「…ふぅ…」

ようやく一息ついた。
リボーンを相手に日課の早朝鍛錬に勤しんでいた私は、区切りがついたところで構えを解いた。

「今日はここまでだな。 朝からこれだけ動けるとは、なかなか優秀だぞ」
「ありがとう。そう言ってもらえて光栄だわ」

せいぜい1、2時間とはいえ、息ひとつ乱れていない。さすがはリボーンだ。
こんな家庭教師が付いているのだから、ツナの将来は安泰だろう。
当人はこの時間、まだ布団の中だが。

「そろそろ戻りましょうか。ツナを起こさないと遅刻しちゃう」
「あんまツナを甘やかすんじゃねーぞ」
「朝くらい良いじゃない」

まったく、厳しい先生だ。
思わず苦笑した私は、後方から駆け寄って来る人影を見つけた。

「ん…?」
「あれは…了平じゃねーか」

知り合いらしい。
その名前には聞き覚えがある。確か…

「《晴》の守護者ね。確か京子のお兄さん」
「そうだぞ。チャオっす、奇遇だな了平」
「おお! 沢田のところの小僧か。
 時にその女子は何者だ? その身のこなし、只者じゃないな!」

わかるのか。
もともとは一般人であったと聞くが。
…いやいや。優秀な戦士とは、一目で相手の力量を測れるものだ。
ならばやはり、ここはその能力に敬意を払うべきだろう。

=フォンティーナよ。あなたのことはリボーンから聞」
「京子のクラスに来た転校生だな! 京子から聞いているぞ!」
「そ、そう…」
「ときに!」
「は、はい」

勢いに飲まれ、差し出したままの手を引っ込めることも出来ず私は返事を返す。
そんなわたしに、彼――笹川了平が言い放った一言は、予想の斜め上を行っていた。

「ボクシング部で青春の汗を流さないか!」
「………はい?」



標的06 楽しい部活動のススメ




「…まだボクシング部の勧誘やってたんだ、お兄さん…」
「びっくりしたわ…」
「それだけが強そうに見えたんだろーな」
「実際、強いわよ?」
「ケッ。言ってろ」

そうやって悪態を吐くが、昨日より獄寺は幾分大人しい。
昨日の一戦が相当効いたか。しかし、萎縮したり落ち込んだりという風にも見えない。

……
………まぁ、悪態を吐く元気があるなら、心配する必要もないか。

「………で。さん…ちゃんと断ったよね?」
「当たり前でしょう。私はツナの護衛と家庭教師で忙しい」

胡乱げな視線で見られて、思わずため息を返した。
私がそんな暇人に見えるのか。少しイラッとした。…ええ、少しだけ。

…ツナは、どうも予想以上に自覚が足りないらしい。
――私は彼の…《ボンゴレ10代目》の《花嫁》候補として、この日本へやって来た。
それは世界でもトップクラスのマフィアであるボンゴレの、それこそ未来に影響を及ぼす大事なのだ。
今こそツナに合わせて私も学校には通っているが、本来なら彼には早々にイタリアに移住し、
9代目の傍で然るべき教育を受けてもらいたいのが本音だ。この小さな学び舎で彼が得られるものなど微々たるものだろう。

…まぁ、もっとも。
この状況下に彼を置いているということは、9代目は彼自身に選ばせるつもりなのだろうが。

長き歴史を誇る、ボンゴレの業を引き継ぐか。
それとも、すべてを捨てて平凡な生活を継続するか。

しかしボンゴレの血統を持つ中で、死ぬ気の炎を発現させているのはもはや、彼だけ。
9代目はさすがにもう、前線に経つには高齢だ。直系の子もなく、甥も失った今、早々に跡継ぎが必要なはず。
それでツナが10代目を継承しなければ、あのボンゴレが、…滅びるということだ。

(…まぁ、そうなったら次に白羽の矢が立つのはツナの子供か…。
 最終的にどうしようもなくなったら、そういう交渉になるんでしょうね。遺伝子提供しろ、って)

それもなんだか嫌な話だよなぁ、と。
本日何度目かのため息を吐き出すと、視線を感じて私は顔を上げた。

「…おい、
「なに」
「…不本意だが、てめぇが強いのは認める。
 だが10代目の右腕はこの俺だ!!」
「はいはい…」

決意はご立派です、自称右腕。
しかし私の頭の中は今、そこまで平和じゃない。

「真面目に聞け!!」
「だから私はツナの部下じゃないんだってば…。
 右でも左でも好きな方選びなよ…」
「おまっ…右腕をそんな軽々しく語るんじゃねぇ!!」

ああ、もう。うるさい。
獄寺の右腕談義を右から左へ聞き流しながら、私は小さく息を吐く。

認めてくれるのは良いが、今後はいちいち挑んでくるつもりだろうか。この自称右腕は。
……一途さとは、時に相当面倒くさい。

「……ツナ。あなたの守護者、クセ強過ぎ」
「それオレのせいじゃないと思う」

確かに。
いやしかし、ツナの部下なのだからなんとかして欲しい。

「…だいたい、獄寺くんはまだましな方だと思うよオレ…」
「…ああ。雲雀恭弥は特に酷かったわね確かに。
 話を聞かない具合は笹川了平も良い勝負だわ。霧にはまだ会って無いわね、まともだと良いけど」
「…いや、そいつぶっちぎりで非常識だから」

そうなのか。
10代目守護者の選出は、ツナの父親であるボンゴレ門外顧問の家光氏が行ったと聞くが。
……まあ、数々の苦難を乗り越えてきた7人。絆は深いのだろう。多分。

「…それだけ、ツナには魅力があるんでしょうね」
「み、魅力?」
「当たり前だ。10代目程の方は他にいない」
「確かに、ツナはスゲー奴だからな」
「ちょ、やめてよ恥ずかしい!」

…ああ、なんて平和な子達。
照れているのか心底嫌がってるのか、はたまた謙遜か。
そんな3人の温いやり取りに、私はほとんど無意識に生温い笑みを浮かべてしまった。
……いや、良いんだ。やり方はそれぞれ。他所は他所、うちはうち。

ーーーッ!!」

前方から、猪のように突進してくる姿が、あった。
…もはや忘れられようも無い。なにせ、今朝の今だ。

「…え。笹川?」
! 是非ボクシング部に!!」
「それ今朝断ったでしょ!?」

あれは諦めて帰ったんじゃなくて、単に朝飯食いに帰っただけか!?
…あ。いけない。無意識に汚い言葉が飛び出そうになった。

「お前は沢田に次ぐ10年にひとりの逸材だ!」
「あ、ありがとう」
「その力をくすぶらせるなどもったいないと思わんか!」
「いや充分有効活用してるけど」

こう見えてもマフィアなんですが。
しかし困った。まさかここまで話を聞かない人間がいるとは。
しかも厄介なことに、悪気がまるでない。

「…気持ちは嬉しいけど、私はツナの相手で手いっぱいなの。他を当たってもらえる?」
「誤解を招くような発言しないでさん!?」
「つまり沢田の了承を得れば良いわけだな!?」
「違いますから! 落ち着いてお兄さん!!」

今度はツナに詰め寄った笹川を、必死に宥めに掛かるツナ。
…あれ。なんか、昨日もこんなようなことがあったような。
……あれれ。私、もしかして、迷惑掛けてる?

「なんの騒ぎだ?」
「また沢田かよ」

あちこちから、登校途中の生徒達のそんな声が届く。
そんな声に、ツナはぐったりとへたり込んだ。それはもう、この世の終わりのような嘆きっぷりで。

「わ、悪目立ちしてる…思いっきり目立ってる…!」
「……ねぇ、これ何の群? 朝から鬱陶しいよ」

遠巻きの声に紛れ、酷く冷静な声が響く。
ハッと顔を上げたツナが、その人物の名前を呼び掛けた瞬間――

「ひ、雲雀さ」

私は、目の前に迫ったトンファーをショットガンで迎え撃った。
ギリギリ、と擦れ合う不快な金属音。
問答無用でトンファーを打ち込んできたその男は、楽しそうに口角を持ち上げて笑う。

――また会えて嬉しいよ、
「そう思うならトンファーは引っ込めて欲しいわね…ッ、
 ってか顔近いわよ離れてちょうだい。私を誰だと思ってるの?」

仮にもあんたのボスの、正妻候補よ。この距離感はないんじゃないの。
…っていうかホントに躾のなっていない守護者だ。後で家庭教師のディーノに文句言ってやる。

「ちょ、ストップ!! 待って!?」
「「!」」

睨み合う私と雲雀の間に、予想外にもツナが割って入った。
思わずきょとんと目を瞠る私と雲雀の様子に気づいていないのか、ひたすら慌てながら。

さんなんて物騒な物を校内に持ち込んでんの! 仕舞って仕舞って!!
 ひ、雲雀さんもトンファー仕舞ってください! 相手は女の子てすよ!?」

私の構えたショットガンを無理矢理下ろさせ、今度は雲雀に視線を向ける。
…さっき、雲雀を見た瞬間怯えたのはどこの誰だった?
いつの間にか私に代わって、ツナが雲雀と睨み合うような立ち位置になっていた。

「…………」
「…………」
「…誰に指図してるの、草食動物」
「ひぃっ!? ご、ごめんなさい!!」

をい。
あっさり謝ったツナに、思わず脱力した。
…な、なに。なんなの、この子。謎過ぎる。

「…いい、気が殺がれた。
 ――。遊びたくなったら応接室においで」
「行きません」

即答で返すと、何故かにやりと笑われた。
…なんで笑った、今。やっぱりあいつ、変だ。

「…た、助かったァ…」
「じゅ、10代目! しっかり!!」

へたり込むツナに、獄寺が駆け寄る。
…おかしな話だ。ボスが部下に対して怯えるなんて。
だけど――単に怯えていただけ、ではないのかもしれない。
会って間もないとは言え、雲雀の性格はある程度把握している。
あそこで威圧的に押さえつければ、彼は引かなかっただろう。
…つまり…そういうこと、なんだろうか。

「…ツナ」
「あ。怪我はない? 大丈夫ですか?」
「え…」

そこで、そんなセリフが出るか?
…ああ、なるほど。これが、ボンゴレの次代を担う、ボンゴレX世。
私のような一介のマフィア程度に、彼の器は計れない。そういうことなのか。

「…ええ…ありがとう、ツナ」

まだ弱く小さな、巨大組織の後継者。
争いを嫌い、かつて敵であった者にすら手を差し伸べる。
なんて、計り知れない器。
案外――私は、とんでもない男の花嫁候補になってしまったのかも、しれない。

「まったくヒバリの奴、同じチームで戦った仲間だというのに相変わらずだな!」
「ま、ヒバリらしくて良いんじゃないっすか、あれで」

あっさり言い放って談笑するこの子達はこの子達で、大物だ。
不和を生みかねない、雲雀のような存在を普通に受け入れている。

「…案外上手くやってるのね、あなた達」
「慣れだよ、慣れ。あれでも相当丸くなったと思うぜ? ヒバリもさ」
「ふぅん…」

あれで、丸くなったのか。
じゃあ以前は更に酷かったと。

………ボンゴレの次代は、相当のクセ者揃いだ。恐らく、ツナも込みで。

「…ところで。全員遅刻ね」
『え』

腕時計に視線を落として呟くと、全員がその場で固まった。


+++


「は? じゃあ今朝の騒ぎってアンタ達だったの!?」

放課後。
私の席に集まってきた京子と花と世間話をしていると、今朝の話になった。
花の言い方だと、結構な騒ぎになっていたようだ。

「…まぁ、そうなる、かな?」
「ごめんね、ちゃん…お兄ちゃんったら」
「いや、あれはあれで純粋故の行動だから、気にしないで」

どこまでも悪気が無いのも、かえって困りものなのだが。
かと言って、謝られるようなことでもない。

「っていうか、沢田達とつるんでるとなんか怪我しそうじゃない? 大丈夫なの?」
「大丈夫よ。ツナは私が護る」
「そっちじゃなくてアンタの心配してんだけど、あたし」
「…あれ?」

間違えたらしい。
…そう。そうだ。
今の私は、マフィアとは無関係の普通の女子を演じなければいけないのだ。
いけない。彼女――黒川花は、少しばかり勘が良い。
もし妙な疑いを持たれようものなら、ツナに迷惑が掛かる。それは避けなくては。

「沢田が弱っちいから心配なのはわかるけど、
 なんかただのホームステイにしては、って沢田に対する態度おかしくない?」
「え……………そう?」

なんてことだ。
極力ツナに合わせて来たつもりが、どうやら私の行動は一般的ではないらしい。
内心狼狽えている私にかまわず、花は私を眺めながら言葉を続ける。

「…かといって、沢田に恋愛感情持ってるって感じでもないわよねー…」
「恋愛感情」

…なるほど。
それがあれば、私の一般的ではない行動は「恋は盲目」で済まされるのか。
それはそれで便利だが、下手をして笹川京子や三浦ハルの立場を弱めてしまうのも良くない。
決定権はツナにある。花嫁候補の立場は常に一定であり、優劣をつけるべきではないだろう。

「…私、弟がいるんだけど。少しツナと似てて、なんだか放っておけなくて」
「お、なるほど。確かにあれが弟だったら、おねーちゃんとしては放っておけないでしょうねー」
「もう、花ってば…ツナくん、頼りになるよ?」
「どこがー。ガキじゃん」

とっさの言い訳としては、悪く無かったようだ。
上手く誤魔化せたことに内心安堵していると、今日一日ですっかり聞き慣れた声が教室に響いた。

!!!」
「う。笹川…」
「お兄ちゃん」

また来たか。
本当に後輩の視線をものともしないな、こいつは。

「……部活動のことは断ったけど」
「うむ、残念だが沢田にもお前をボクシング部に入れるのはやめてくれ、と言われたのでな。
 聞けばお前も、沢田が率いる例のチームのメンバーらしいではないか!」
「え。あ。あー………」

なるほど、そう説明したか。
ツナ…あの子、守護者達の扱いは見事な手腕と言わざるを得ない…。
――やはり、評価を変えるべきは私の方か。ただの甘ちゃんではない、アレは。

「それならば問題ない! 俺達は既に仲間だからな!」
「…そ、そうね」

恐るべきポジティブシンキング。

「何、チームって?」
「お相撲大会のこと?」
「は? 相撲…?」
「う、うむ! その通りだ京子! 彼女はマネージャーなのだ!!」
「マ、マネージャー?」

え、いったい何の話。
説明を求めて笹川に視線を向けるものの、訊いてくれるなと言わんばかりに首を振られた。

「というわけで、俺は行くぞ! 邪魔したな!!」
「え、ええ…?」

…もしかして。
マフィア関係の話を、京子には部活動の一環とでも説明してるのか…?
そういうことなら、今後は私も話を合わせなければならない。
が、しかし。

「…なんで相撲…?」

…ツナ。なんて誤魔化し方なの、それ。
呆れて物も言えないとは、このことだ。

小さく息を吐いて、私は思った。
…さて。これでまだ顔を見ていない守護者は、《霧》だけだ。






どうやら、花嫁候補も楽じゃない。



To be continued?

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