「起きて、ツナ」
「んー…あと…ごふん…」
「ダメよ。朝食を食べる時間がなくなる」
「…あと、さんふん…」
「ダメだってば」

布団に潜り込む彼を、私はそれでも揺さぶり続けた。
さすがに布団を剥ぎ取ってしまうのは可哀相だ、そうする前に起きて欲しい。

「ツナ。起きて、お願いだから」
「…………………ぇ」

不意に、もそりとツナが布団から顔を出した。
ようやく起きる気になったのかと安堵し、私は笑顔で口を開く。

「おはよう、ツナ」
「…………さん?」
「はい」
「…………………ッ!!!??」

顔が赤くなったり青くなったりしてるけど、まぁ、目は覚めたようだ。
私はベッドから離れて、跳ね起きたツナに告げる。

「それじゃ、すぐに準備をして。
 護衛役を仰せつかった以上、あなたを遅刻させるわけにはいかないから」

何故か必死に頷くツナに首を傾げつつ、私は彼の部屋を後にした。
…その直後に、部屋の中で何か物が落ちる音が頻発してたのは、なんでだろう?



標的04 最強の花嫁




「………お客さんにオレを起こさせるのはどうかと思うんだけど」

起きて来たツナは、席に着くなり据わりきった目でそう言った。
その視線の先にはリボーンと奈々さんがいる。

「起きないツナが悪いんだろ」
「そうよ、ツッ君。目覚ましで起きないからよ」
「いや、だからって…!」

彼は随分と律儀な人のようだ。
私は正確には『客』ではない。気にする必要はないのだが。

「気にしないで、ツナ。私が勝手に起こしに行っただけだし」
「…いや、むしろ気にしてください…」
「? 何を」
「何を、って…」

苦虫を噛み潰したような表情になったツナに、私はますます首を傾げる。
私がいったい、何を気にしなければいけないのか。

「ツナ。はお前の嫁になる女だ、気にするな」
「だからそれはッ!!」
「わかってる。それ自体の決定権はツナにある、そう構えないで」
「…えっと」

理解が出来なかったらしい。
困惑したように言葉を詰まらせたツナに、私は食器を置いて口を開いた。

「上下関係が明確なの。私の持つ権限は、ツナより下」
「えーと?」
「ちなみに、私の滞在は9代目の決定だから、それはツナの権限ではどうしようもない」
「あの…」
「今の私はあなたの花嫁候補でしかないから、権限はあなたの守護者と同等くらいかな。
 ああ、大丈夫。私、これでも並より強いから、あなたの護衛くらい出来る」
「あのっ」

少し語尾を強めて、しかしまるで内緒話でもするかのような小声で、ツナが口を開いた。

「何?」
「…母さんとか、一般人の前でボンゴレの話題は…」
「あ。…ごめんなさい、迂闊だったわね」

そういえば。
彼は、自身がボンゴレの10代目であることを隠している。
正式な襲名を終えていない今現在、確かにそれは必要最低限の警戒だ。

「あらあら。ツッ君、ちゃんと随分仲良くなったのね」
「へ!?」
ちゃんはひとりで馴染みのない日本に来たんだから、色々力になってあげるのよ」
「え、うん…」
「奈々さん、ご安心ください。ツナの身辺警護から一般教養に至るまで、私が力になります」
「ちょっとさんッ」
「あら! 心強い家庭教師が増えたわね、ツッ君」
「母さんも少しは疑問に思ってよ!」

ツナが何を言おうと、朗らかに微笑んで見せる奈々さん。
…この人、大物だ。
しみじみとそう思いながら、ふと私は壁に掛かる時計を見上げた。

「…ツナ。私の記憶では、もうそろそろ家を出ないと間に合わない」
「え? うわ、ホントだ!」

同じように時計を見上げたツナはそう言って、残った朝食を胃に流し込む。
なんて勿体無い食べ方だろうか。
そう思いながら眺めていると、慌てたように「行ってきます!」と言って居間を飛び出した。

「…ごちそうさまでした。それでは私も行ってきます、奈々さん」
「はい。気をつけてね、ちゃん」

奈々さんの笑顔にもう一度会釈を返してから、私もツナを追って居間を後にした。


+++


「それじゃ、ツナを頼むぞ
「ええ」
「いや、ちょっと待とうよ…」

私とリボーンの会話に、ツナが口を挟んだ。
なんとも複雑そうな表情で、私とリボーンを交互に見ている。

「…女の子護られるってのは、ちょっと男としてどうなのオレ…」
「しょーがねーだろ。の方がお前より強いんだ」
「わかってるけどッ」
「そんなことはないわ」

私が口を開くと、ふたりは言い合いをやめて私の方を見た。

「ツナ。あなたがボンゴレの正当な血筋を持ち、次代に選ばれたという事実。
 これは決して、あなたが弱くは無いという証。今はまだ完全ではないにしろ、あなたは強くなる」
「………」
「私に出来るのは、あなたの手を煩わせないことだけでしょうね」

そう。
だからこそ、ボンゴレ次代の花嫁には、それが必要だったのだろう。

自らの身を守れる力と。
10代目と共に部下をまとめる手腕。
それを兼ね備える十代後半の娘。確かに、そうそう居ないだろう。

「そ、そんなことないよ! え、えっと、なんだっけ。さんはあの、マフィアのボスなんでしょ?」
「? 代理だけど」
「代理でも凄いよ! オレにはそんなの無理だし」
「…無理と言われると、その、…困る」
「あ、ごめん…いやそうじゃなくて! ああ、なんて言えばいいのかな…!」

必死に言葉を探しているツナに、私は不思議な気分で首を傾げた。

「とにかく、さんは凄い人だから、オレより自分が下だなんて思っちゃダメだってこと!」
「…ごめん、意味が良くわからない。私はツナの部下ではないけど、今はそれに準じる立場で」
「そういう意味じゃなくてさ…!」

…困った。ツナの言いたい事がよくわからない。
困惑する私に、それでも何か伝えようと必死なツナを見て、なんだか悪いことをしているような気分になる。
さてどうしたものか――思案する私の耳に、実に緊張感の無い声が聞こえた。

「おはよーございます10代目! そろそろお時間かと思いお迎えに上がりました!!」
「え。ご、獄寺くん…」

ツナを『10代目』と呼ぶ少年。
ボンゴレの関係者であることは間違いない。《守護者》のひとりだろうか。

まじまじと監察していると、視線に気づいたのか、彼は私の方に視線を向けた。

「ん? この女、何者ですか。見たことのない顔っすね、10代目」
「あ、この人は…」
「ツナの花嫁候補だ。フォンティーナの代理ボスのだぞ」
「10代目の!?」

驚いたように目を瞠り、彼はまじまじと私を見た。

「…フォンティーナと言えば…キャバッローネと親交の深い…ボンゴレの同盟ファミリーの」
「さすがに詳しいわね。…あなたはスモーキン・ボムでしょう?」
「!」

ビンゴ、か。
ツナの《守護者》の中で、マフィアに詳しい人間は、恐らく一人。
あの《毒サソリ》ビアンキの弟で、悪童《スモーキン・ボム》の名で知られるとある富豪マフィアの息子。
確か名前は――ハヤト。獄寺隼人だ。

「ツナの身辺のことは、既にだいたいは把握している。
 数名の守護者は一般人からの選出だから、データが無いものも多いけれど」
「…てめぇ、随分10代目に馴れ馴れしいじゃねぇか」
「花嫁候補だから」

馴れ馴れしい、というのは愛称で呼んでいることだろうか。
返答が気に入らなかったのか、彼――獄寺の眦が吊り上った。

「ボンゴレでもない奴が、なんで10代目の花嫁候補なんだ!」
「知らないわよ」
「俺は認めねぇ!」
「ちょ、獄寺くん!?」
「……」

うーん…
部下にも歓迎されてない、か。
とことん嫌われたもんだな、私も。いや、『花嫁候補』として、ね。

「あの跳ね馬の息が掛かった奴なんか、認めるわけにはいかねぇ!」
「理由それ!?」


……
………これは、あれか。
私は、とばっちり? しかもくだらない理由の。

「…ツナ」
「は、はい」
「……あなたの守護者、ちょっとバカね」
「なんだとこのアマッ」
「獄寺くん落ち着いて!!」

掴み掛からんばかりの獄寺を、ツナが必死に押し止める。
そんな様子を一瞥して、私はため息を吐いた。
…ああ、こいつガキだ。紛うことなき中学生だ。

「てめ! 今絶対失礼なこと考えてただろ!」
「考えてないよ。ただガキだな、と」
「なんだと!?」
「やめてってば、獄寺くん! さんも挑発しないで!」
「おいおい、朝から何騒いでんだ? 楽しそうだなー」
「「「!」」」

不意に掛けられた第三者の声に、私達は振り返る。
そこには、爽やかなスポーツ少年像を実体化させたような少年が立っていた。
ツナと同じ制服…友人だろうか。

「よっ」
「山本! ちょうどいいところに…!」
「なんだなんだ、今日はどうしたんだよ?」

ツナの様子から見るに、かなりツナから信頼されているようだ。
もしかして、彼も《守護者》のひとりか…?

「…あなたも、守護者?」
「え? …あれ? 見慣れない制服だな」

言われて、私は自分の着ているものを見下ろした。
…並盛中学の制服じゃなかったのか、これ。渡されたものを適当に着たけど。

「他校の子か? なんだよツナ、隅に置けねーな!」
「え!? いやいやそうじゃなくて!」
「てめっ、山本! これは10代目の一大事なんだぞ、それを!」
「獄寺くんッ!! 頼むから女の子にまで喧嘩売らないで!」

…3人になったら、余計にうるさくなったような気がする。
既に獄寺の矛先は私からスポーツ少年の方に移ってるし、ツナは疲弊し切った表情だ。

「…リボーン」
「なんだ?」
「…この子達はあれね。バカでしょ」
「まーな。筋金入りだぞ」

そんな、あっさり認めて良いものなのだろうか。
ふと腕時計に視線を落とせば、既に予定時間を大幅に過ぎていた。

「ツナ」
「な、なんですか!?」
「時間。このままじゃ遅刻する」
「え…あああああっ!?」

顔色の悪くなったツナを見て、私はため息を吐いた。
…ああ、この子達は、バカだ。


+++


「へー…ホームステイねぇ」
「それで、うちで預かることになったんだよ」

なんとか始業時間に間に合った私達は、教室までの廊下を歩きながらそんな話をしていた。
そこでふと気になったのは、ボンゴレの関係者であるはずのこの少年に対する、ツナの歯切れの悪さだ。

「あなた、《守護者》のひとりなんでしょう? ええと、」
「ああ、オレは山本武な。そっちなんだっけ」
=フォンティーナよ」
、ね。で、守護者ってこの指輪の件か?」

そう言って彼が取り出したのは、鎖に繋げられた指輪。
そこに刻まれていたのは、《雨》の刻印だ。

「…《雨》…スピルビ=スクアーロに勝った男…ね?」
「ああ、…まぁ、な」

頷いた彼――山本の表情が、僅かに曇った。
だけど、それは一瞬のことで、もしかしたら見間違いかもしれない。

「それは良いとして。…《守護者》なのに、ボンゴレの事情を知らないの?」
「うん? まぁ、オレは難しいこと考えるの苦手なんでね」
「……ああ、そう」

つまり、気にしていないということか。
それでも《守護者》となることを了承し、命懸けの継承者争いに参加したのだから大物だ。

「…あの、さん」
「何?」

躊躇いがちに掛けられた声に、私は首を傾げた。

「…どこまで一緒に来るの?」
「教室までに決まってるでしょう?」
「いや、オレ、2年だし…」
「なら、多分私も2年生」
「「…………」」

流れた変な沈黙を破ったのは、ツナの叫びにも似た一言だった。

さんって15歳じゃなかった!?」
「正しくは、今年16になるね」
「既に中学生ですらないですよねそれ!?」
「ツナ」

何故か狼狽えるツナに、私は首を傾げつつ口を開く。

「私は日本に、勉強をしに来たわけじゃないよ」
「…ええと」
「学年なんかどうでもいい」
「言い切った!?」
「既にボンゴレの情報操作部門に、私のデータは改ざんされてる。問題はない」
「ええー…良いのかな…」

明らかに、顔が「良くない」と言っている。
だけど、さすがにリボーンの教え子。多少疑問に思っても、もう突っ込まないらしい。

「私はあなたの護衛役も兼ねている。同じ教室に居た方が何かと都合がいいでしょ?」
「う、うん…」

渋々、といった感じでツナが頷くと、私とツナの間に獄寺が割り込んできた。
敵意剥き出しの表情で、私を睨め付けながら。

「10代目をお守りするには俺が居りゃ充分なんだよ。女は引っ込んでろ」
「…スモーキン・ボム…いえ、獄寺隼人。
 あなたが守護者なのはわかっている、だけど自分を過信すると足元をすくわれるよ」
「な!?」
「それに実力的にも性格的にも、少なくともあなたよりは私の方が護衛に向いてる」
「なんだと!?」

徐々に険しさを増していく獄寺の表情を見て、「あ、しまった」と思ったけどそれこそ後の祭りだ。
普段の癖で、言いたい放題言ってしまった。これは、怒るだろうな…。

「そこまで言うなら、その実力とやらを見せてもらおうじゃねーか!」
「獄寺くん何言ってんの!?」
「…それであなたの気が治まるなら、別に構わないけど」
さんまで!」
「…でも、リボーンかツナの許可がないと」

立場上、《守護者》とやり合うなんて無茶は出来ない。
出来ないが、リボーンかツナの許可さえ降りれば、話は変わってくる。
何かと制約の多い私だけど、その『制約』を解除するのは至極簡単なのだ。

「良い案だな」
「ってなんでリボーンまで学校に来てんのー!?」

いつの間に現れたのか。
確かに朝、玄関で別れたはずのリボーンが、当然のような顔をして廊下のど真ん中に立っていた。

は獄寺と同じ、中距離支援型の二丁銃使いだ。
 お前もの実力を知っておく良い機会だぞ、ツナ」
「で、でもさんは女の子で…!」
「ツナ。悪いけど、あなたの常識と私の常識は違う」

スッと、私は腿のホルスターからショットガンを引き抜いた。

「リボーンの許可が下りたなら、問題は無いわ」
「あるって! 絶対あるから! むしろそんな物騒なもの携帯してたの!?」
「リボーン。私はどうすれば良い? 獄寺とガチで死合えば良いの?」
「ちょ、待ってさんってそんなキャラ!?」

今度こそまともな人だと思ってたのに!、と。
ツナが小声で叫んだけれど、私は聞こえない振りをした。
失礼な。私は正常だ。ただ、ツナの常識と私の常識が違うだけ。

「死ぬまでやり合う必要はねーぞ、
 そうだな…今日の放課後に河川敷に集合だ。勝負方法はオレが用意しておいてやるぞ」
「任せてください、リボーンさん! 10代目の未来は俺が守ります!」
「趣旨が変わってるわよ、獄寺」
「うるせぇ!!」

私のツッコミが気に入らなかったのか、キッと睨まれた。
もちろん、マフィアとは言え中学生の眼光如きにビビる私ではないけれど。

「ぜってー負けねぇ!」
「あとで吠え面かくなよ」
「俺の台詞を取るんじゃねぇよ!」
「期待してるぞ、ふたりとも」

満足そうにそう告げたリボーンに私は視線だけで応え、獄寺は力一杯頷いた。

「な、なんでこんなことに…?」
「あはは! 良いじゃねーか、面白そうだし!」
「山本…呑気過ぎるよ…」






ため息と共にツナがそう呟くのと、予鈴が鳴り響いたのはほぼ同時だった。






自称右腕 VS 花嫁候補。



To be continued?

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