「起きて、ツナ」
「んー…あと…ごふん…」
「ダメよ。朝食を食べる時間がなくなる」
「…あと、さんふん…」
「ダメだってば」
布団に潜り込む彼を、私はそれでも揺さぶり続けた。
さすがに布団を剥ぎ取ってしまうのは可哀相だ、そうする前に起きて欲しい。
「ツナ。起きて、お願いだから」
「…………………ぇ」
不意に、もそりとツナが布団から顔を出した。
ようやく起きる気になったのかと安堵し、私は笑顔で口を開く。
「おはよう、ツナ」
「…………さん?」
「はい」
「…………………ッ!!!??」
顔が赤くなったり青くなったりしてるけど、まぁ、目は覚めたようだ。
私はベッドから離れて、跳ね起きたツナに告げる。
「それじゃ、すぐに準備をして。
護衛役を仰せつかった以上、あなたを遅刻させるわけにはいかないから」
何故か必死に頷くツナに首を傾げつつ、私は彼の部屋を後にした。
…その直後に、部屋の中で何か物が落ちる音が頻発してたのは、なんでだろう?
「………お客さんにオレを起こさせるのはどうかと思うんだけど」
起きて来たツナは、席に着くなり据わりきった目でそう言った。
その視線の先にはリボーンと奈々さんがいる。
「起きないツナが悪いんだろ」
「そうよ、ツッ君。目覚ましで起きないからよ」
「いや、だからって…!」
彼は随分と律儀な人のようだ。
私は正確には『客』ではない。気にする必要はないのだが。
「気にしないで、ツナ。私が勝手に起こしに行っただけだし」
「…いや、むしろ気にしてください…」
「? 何を」
「何を、って…」
苦虫を噛み潰したような表情になったツナに、私はますます首を傾げる。
私がいったい、何を気にしなければいけないのか。
「ツナ。はお前の嫁になる女だ、気にするな」
「だからそれはッ!!」
「わかってる。それ自体の決定権はツナにある、そう構えないで」
「…えっと」
理解が出来なかったらしい。
困惑したように言葉を詰まらせたツナに、私は食器を置いて口を開いた。
「上下関係が明確なの。私の持つ権限は、ツナより下」
「えーと?」
「ちなみに、私の滞在は9代目の決定だから、それはツナの権限ではどうしようもない」
「あの…」
「今の私はあなたの花嫁候補でしかないから、権限はあなたの守護者と同等くらいかな。
ああ、大丈夫。私、これでも並より強いから、あなたの護衛くらい出来る」
「あのっ」
少し語尾を強めて、しかしまるで内緒話でもするかのような小声で、ツナが口を開いた。
「何?」
「…母さんとか、一般人の前でボンゴレの話題は…」
「あ。…ごめんなさい、迂闊だったわね」
そういえば。
彼は、自身がボンゴレの10代目であることを隠している。
正式な襲名を終えていない今現在、確かにそれは必要最低限の警戒だ。
「あらあら。ツッ君、ちゃんと随分仲良くなったのね」
「へ!?」
「ちゃんはひとりで馴染みのない日本に来たんだから、色々力になってあげるのよ」
「え、うん…」
「奈々さん、ご安心ください。ツナの身辺警護から一般教養に至るまで、私が力になります」
「ちょっとさんッ」
「あら! 心強い家庭教師が増えたわね、ツッ君」
「母さんも少しは疑問に思ってよ!」
ツナが何を言おうと、朗らかに微笑んで見せる奈々さん。
…この人、大物だ。
しみじみとそう思いながら、ふと私は壁に掛かる時計を見上げた。
「…ツナ。私の記憶では、もうそろそろ家を出ないと間に合わない」
「え? うわ、ホントだ!」
同じように時計を見上げたツナはそう言って、残った朝食を胃に流し込む。
なんて勿体無い食べ方だろうか。
そう思いながら眺めていると、慌てたように「行ってきます!」と言って居間を飛び出した。
「…ごちそうさまでした。それでは私も行ってきます、奈々さん」
「はい。気をつけてね、ちゃん」
奈々さんの笑顔にもう一度会釈を返してから、私もツナを追って居間を後にした。
+++
「それじゃ、ツナを頼むぞ」
「ええ」
「いや、ちょっと待とうよ…」
私とリボーンの会話に、ツナが口を挟んだ。
なんとも複雑そうな表情で、私とリボーンを交互に見ている。
「…女の子護られるってのは、ちょっと男としてどうなのオレ…」
「しょーがねーだろ。の方がお前より強いんだ」
「わかってるけどッ」
「そんなことはないわ」
私が口を開くと、ふたりは言い合いをやめて私の方を見た。
「ツナ。あなたがボンゴレの正当な血筋を持ち、次代に選ばれたという事実。
これは決して、あなたが弱くは無いという証。今はまだ完全ではないにしろ、あなたは強くなる」
「………」
「私に出来るのは、あなたの手を煩わせないことだけでしょうね」
そう。
だからこそ、ボンゴレ次代の花嫁には、それが必要だったのだろう。
自らの身を守れる力と。
10代目と共に部下をまとめる手腕。
それを兼ね備える十代後半の娘。確かに、そうそう居ないだろう。
「そ、そんなことないよ! え、えっと、なんだっけ。さんはあの、マフィアのボスなんでしょ?」
「? 代理だけど」
「代理でも凄いよ! オレにはそんなの無理だし」
「…無理と言われると、その、…困る」
「あ、ごめん…いやそうじゃなくて! ああ、なんて言えばいいのかな…!」
必死に言葉を探しているツナに、私は不思議な気分で首を傾げた。
「とにかく、さんは凄い人だから、オレより自分が下だなんて思っちゃダメだってこと!」
「…ごめん、意味が良くわからない。私はツナの部下ではないけど、今はそれに準じる立場で」
「そういう意味じゃなくてさ…!」
…困った。ツナの言いたい事がよくわからない。
困惑する私に、それでも何か伝えようと必死なツナを見て、なんだか悪いことをしているような気分になる。
さてどうしたものか――思案する私の耳に、実に緊張感の無い声が聞こえた。
「おはよーございます10代目! そろそろお時間かと思いお迎えに上がりました!!」
「え。ご、獄寺くん…」
ツナを『10代目』と呼ぶ少年。
ボンゴレの関係者であることは間違いない。《守護者》のひとりだろうか。
まじまじと監察していると、視線に気づいたのか、彼は私の方に視線を向けた。
「ん? この女、何者ですか。見たことのない顔っすね、10代目」
「あ、この人は…」
「ツナの花嫁候補だ。フォンティーナの代理ボスのだぞ」
「10代目の!?」
驚いたように目を瞠り、彼はまじまじと私を見た。
「…フォンティーナと言えば…キャバッローネと親交の深い…ボンゴレの同盟ファミリーの」
「さすがに詳しいわね。…あなたはスモーキン・ボムでしょう?」
「!」
ビンゴ、か。
ツナの《守護者》の中で、マフィアに詳しい人間は、恐らく一人。
あの《毒サソリ》ビアンキの弟で、悪童《スモーキン・ボム》の名で知られるとある富豪マフィアの息子。
確か名前は――ハヤト。獄寺隼人だ。
「ツナの身辺のことは、既にだいたいは把握している。
数名の守護者は一般人からの選出だから、データが無いものも多いけれど」
「…てめぇ、随分10代目に馴れ馴れしいじゃねぇか」
「花嫁候補だから」
馴れ馴れしい、というのは愛称で呼んでいることだろうか。
返答が気に入らなかったのか、彼――獄寺の眦が吊り上った。
「ボンゴレでもない奴が、なんで10代目の花嫁候補なんだ!」
「知らないわよ」
「俺は認めねぇ!」
「ちょ、獄寺くん!?」
「……」
うーん…
部下にも歓迎されてない、か。
とことん嫌われたもんだな、私も。いや、『花嫁候補』として、ね。
「あの跳ね馬の息が掛かった奴なんか、認めるわけにはいかねぇ!」
「理由それ!?」
…
……
………これは、あれか。
私は、とばっちり? しかもくだらない理由の。
「…ツナ」
「は、はい」
「……あなたの守護者、ちょっとバカね」
「なんだとこのアマッ」
「獄寺くん落ち着いて!!」
掴み掛からんばかりの獄寺を、ツナが必死に押し止める。
そんな様子を一瞥して、私はため息を吐いた。
…ああ、こいつガキだ。紛うことなき中学生だ。
「てめ! 今絶対失礼なこと考えてただろ!」
「考えてないよ。ただガキだな、と」
「なんだと!?」
「やめてってば、獄寺くん! さんも挑発しないで!」
「おいおい、朝から何騒いでんだ? 楽しそうだなー」
「「「!」」」
不意に掛けられた第三者の声に、私達は振り返る。
そこには、爽やかなスポーツ少年像を実体化させたような少年が立っていた。
ツナと同じ制服…友人だろうか。
「よっ」
「山本! ちょうどいいところに…!」
「なんだなんだ、今日はどうしたんだよ?」
ツナの様子から見るに、かなりツナから信頼されているようだ。
もしかして、彼も《守護者》のひとりか…?
「…あなたも、守護者?」
「え? …あれ? 見慣れない制服だな」
言われて、私は自分の着ているものを見下ろした。
…並盛中学の制服じゃなかったのか、これ。渡されたものを適当に着たけど。
「他校の子か? なんだよツナ、隅に置けねーな!」
「え!? いやいやそうじゃなくて!」
「てめっ、山本! これは10代目の一大事なんだぞ、それを!」
「獄寺くんッ!! 頼むから女の子にまで喧嘩売らないで!」
…3人になったら、余計にうるさくなったような気がする。
既に獄寺の矛先は私からスポーツ少年の方に移ってるし、ツナは疲弊し切った表情だ。
「…リボーン」
「なんだ?」
「…この子達はあれね。バカでしょ」
「まーな。筋金入りだぞ」
そんな、あっさり認めて良いものなのだろうか。
ふと腕時計に視線を落とせば、既に予定時間を大幅に過ぎていた。
「ツナ」
「な、なんですか!?」
「時間。このままじゃ遅刻する」
「え…あああああっ!?」
顔色の悪くなったツナを見て、私はため息を吐いた。
…ああ、この子達は、バカだ。
+++
「へー…ホームステイねぇ」
「それで、うちで預かることになったんだよ」
なんとか始業時間に間に合った私達は、教室までの廊下を歩きながらそんな話をしていた。
そこでふと気になったのは、ボンゴレの関係者であるはずのこの少年に対する、ツナの歯切れの悪さだ。
「あなた、《守護者》のひとりなんでしょう?
ええと、」
「ああ、オレは山本武な。そっちなんだっけ」
「==フォンティーナよ」
「、ね。で、守護者ってこの指輪の件か?」
そう言って彼が取り出したのは、鎖に繋げられた指輪。
そこに刻まれていたのは、《雨》の刻印だ。
「…《雨》…スピルビ=スクアーロに勝った男…ね?」
「ああ、…まぁ、な」
頷いた彼――山本の表情が、僅かに曇った。
だけど、それは一瞬のことで、もしかしたら見間違いかもしれない。
「それは良いとして。…《守護者》なのに、ボンゴレの事情を知らないの?」
「うん? まぁ、オレは難しいこと考えるの苦手なんでね」
「……ああ、そう」
つまり、気にしていないということか。
それでも《守護者》となることを了承し、命懸けの継承者争いに参加したのだから大物だ。
「…あの、さん」
「何?」
躊躇いがちに掛けられた声に、私は首を傾げた。
「…どこまで一緒に来るの?」
「教室までに決まってるでしょう?」
「いや、オレ、2年だし…」
「なら、多分私も2年生」
「「…………」」
流れた変な沈黙を破ったのは、ツナの叫びにも似た一言だった。
「さんって15歳じゃなかった!?」
「正しくは、今年16になるね」
「既に中学生ですらないですよねそれ!?」
「ツナ」
何故か狼狽えるツナに、私は首を傾げつつ口を開く。
「私は日本に、勉強をしに来たわけじゃないよ」
「…ええと」
「学年なんかどうでもいい」
「言い切った!?」
「既にボンゴレの情報操作部門に、私のデータは改ざんされてる。問題はない」
「ええー…良いのかな…」
明らかに、顔が「良くない」と言っている。
だけど、さすがにリボーンの教え子。多少疑問に思っても、もう突っ込まないらしい。
「私はあなたの護衛役も兼ねている。同じ教室に居た方が何かと都合がいいでしょ?」
「う、うん…」
渋々、といった感じでツナが頷くと、私とツナの間に獄寺が割り込んできた。
敵意剥き出しの表情で、私を睨め付けながら。
「10代目をお守りするには俺が居りゃ充分なんだよ。女は引っ込んでろ」
「…スモーキン・ボム…いえ、獄寺隼人。
あなたが守護者なのはわかっている、だけど自分を過信すると足元をすくわれるよ」
「な!?」
「それに実力的にも性格的にも、少なくともあなたよりは私の方が護衛に向いてる」
「なんだと!?」
徐々に険しさを増していく獄寺の表情を見て、「あ、しまった」と思ったけどそれこそ後の祭りだ。
普段の癖で、言いたい放題言ってしまった。これは、怒るだろうな…。
「そこまで言うなら、その実力とやらを見せてもらおうじゃねーか!」
「獄寺くん何言ってんの!?」
「…それであなたの気が治まるなら、別に構わないけど」
「さんまで!」
「…でも、リボーンかツナの許可がないと」
立場上、《守護者》とやり合うなんて無茶は出来ない。
出来ないが、リボーンかツナの許可さえ降りれば、話は変わってくる。
何かと制約の多い私だけど、その『制約』を解除するのは至極簡単なのだ。
「良い案だな」
「ってなんでリボーンまで学校に来てんのー!?」
いつの間に現れたのか。
確かに朝、玄関で別れたはずのリボーンが、当然のような顔をして廊下のど真ん中に立っていた。
「は獄寺と同じ、中距離支援型の二丁銃使いだ。
お前もの実力を知っておく良い機会だぞ、ツナ」
「で、でもさんは女の子で…!」
「ツナ。悪いけど、あなたの常識と私の常識は違う」
スッと、私は腿のホルスターからショットガンを引き抜いた。
「リボーンの許可が下りたなら、問題は無いわ」
「あるって! 絶対あるから! むしろそんな物騒なもの携帯してたの!?」
「リボーン。私はどうすれば良い? 獄寺とガチで死合えば良いの?」
「ちょ、待ってさんってそんなキャラ!?」
今度こそまともな人だと思ってたのに!、と。
ツナが小声で叫んだけれど、私は聞こえない振りをした。
失礼な。私は正常だ。ただ、ツナの常識と私の常識が違うだけ。
「死ぬまでやり合う必要はねーぞ、。
そうだな…今日の放課後に河川敷に集合だ。勝負方法はオレが用意しておいてやるぞ」
「任せてください、リボーンさん! 10代目の未来は俺が守ります!」
「趣旨が変わってるわよ、獄寺」
「うるせぇ!!」
私のツッコミが気に入らなかったのか、キッと睨まれた。
もちろん、マフィアとは言え中学生の眼光如きにビビる私ではないけれど。
「ぜってー負けねぇ!」
「あとで吠え面かくなよ」
「俺の台詞を取るんじゃねぇよ!」
「期待してるぞ、ふたりとも」
満足そうにそう告げたリボーンに私は視線だけで応え、獄寺は力一杯頷いた。
「な、なんでこんなことに…?」
「あはは! 良いじゃねーか、面白そうだし!」
「山本…呑気過ぎるよ…」
ため息と共にツナがそう呟くのと、予鈴が鳴り響いたのはほぼ同時だった。
自称右腕 VS 花嫁候補。
To be continued?
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