「おまえがフォンティーナファミリーのか。よく来たな」


目の前で偉そうに腕を組んでいるのは、スーツを纏った赤ん坊だった。
名前を訊くまでもない。
黄色のおしゃぶりを持つ、赤ん坊。
――アルコバレーノのひとり,リボーンだ。

「話は9代目とディーノから聞いてる。
 ママンには家光が知人から預かった、ホームステイ中の留学生ってことで話を通してあるぞ」
「ええ、聞いてるわ。事前情報は文書で。…写真も付けて欲しかったわね」

小さく息を吐く私に、リボーンはニヤリと笑った。…ように見えた。
さすがは一流の殺し屋として名を馳せた、ボンゴレ9代目が最も信頼する存在。
…そうそう表情を変えないか。あのへなちょこを、『跳ね馬』に育て上げただけはある――

「それで。私がまず、するべき事は何?
 今更だけど、三つ指ついて日本式の挨拶をすれば良いの?」
「そんな必要はねーぞ。には家庭教師と護衛も兼任してもらうからな」

ああ、やっぱり、そうか。予想通りだ。
単なる花嫁候補ではない、と。
…もっとも、どっちが本音でどっちが建前かは知らないが。

「…おい、リボーン」

今まで黙っていたボンゴレ10代目――沢田綱吉が、口を開いた。

「…どういうこと? やっぱり、この人ボンゴレの関係者?」
「当然だろ」
「………新しい家庭教師とか、言わないよな?」
「それも間違いじゃねーが、こいつはおまえの花嫁候補だ」
「へ?」

きょとんと、彼は目を瞬かせた。
その様子から見るに――どうやら誰一人として、彼に私の来日を教えていなかったらしい。



「…えええええええッ!? は、花嫁候補ーーーーーーーーーッ!?」



悲鳴に近い絶叫を上げた彼を、責められる奴は…
まぁ、いないだろうなぁ……。



標的03 家族




「は、花嫁ってなに? 何ソレ!?」
「結婚相手だ。いわゆる正妻だな」
「言葉の意味を訊いてるんじゃないよ!!」

詰め寄る沢田綱吉に、リボーンはまったく表情を変えない。
…心なしか、面白がっているようにも見えるが。
ハルは途中で自宅に帰った為、私はひとり、手持ち無沙汰に突っ立っているしかない。

「ボンゴレの総意で選ばれた、マフィアのボスに相応しい花嫁候補だぞ。
 おまえみたいなダメツナには過ぎた女だ、喜べ」
「そういう問題じゃないだろうがーーーーっ!?」

…うん、どうやらボンゴレ10代目本人には、歓迎されていないようだ。
それも仕方ないよなぁ、と私は割と冷静に納得する。

変わり者とは聞いていたけれど、こうも普通の少年だとは予想外だった。
神の采配と謳われた9代目の選んだ後継者だ、もっとそれっぽいのを想像していたけれど…。
まぁ、この歳まで一般人として生きてきたのだから、こんなものだろう。

「…10代目、少し落ち着いて。
 ボスたる者、勝手に正妻を押しつけられるのは、気に入らないとは思うけれど」
「いや、気に入るとか気に入らないとかじゃなくて…!」
「これがボンゴレの総意である以上、私はあなたが正式に10代目を襲名するまで、イタリアへ帰れない」
「は?」

きょとん、と目を瞠る表情は、やはり幼い。
年齢は14と聞いたけれど、もう少し下に見える。

「な、なんだよそれ…リボーン!?」
「掟だからな」
「掟って…可哀想じゃないか! この人、無理矢理連れて来られたんだろ!?」

言われた言葉に、今度は私が目を瞠る番だった。
なんとなく、わかってしまった。
彼が怒っていたのは、勝手に決められた花嫁ではなく、私が無理矢理連れて来られたという、そのことだと。

実際には、私は勅命を受けはしたものの自分の意思でここへ来た。
ボンゴレ10代目の正妻となる覚悟も、一応はある。どうせ今すぐどうこうなる話ではないし。
…だけど、つまり、…彼は。

――なるほど。変わった人ね、…マフィアにしては」

呟いて、私は小さく息を吐いた。
変わり者。確かにその通りだ。呑気でへなちょこのディーノですら、ここまでじゃない。

「10代目。ここに来たのは私の意思であり、ボンゴレ10代目の正妻となることの覚悟も出来ている」
「え」
「これを」

困惑する彼に、私は一枚の皮洋紙を差し出した。
それを広げると、そこには鮮やかな炎が灯る。紙を燃やすことの無い、特殊な炎が。

「それは…死炎印!?」
「これがボンゴレの総意であり、9代目の勅命である以上…
 例え10代目であっても、私をイタリアに帰す権限は無い。それはリボーンも同じ事」

皮洋紙を仕舞い直し、私は小さく息を吐いた。
彼の心配は予想外だったし、でもまぁ正直に言えば私は嬉しい。
だけど、はいそうですかとイタリアに帰れる程、この件は単純ではないのも事実だった。

「迷惑かもしれないけれど、」
「め、迷惑だなんてそんな!」
「そうだぞ、。むしろツナが相手じゃおまえが迷惑してるだろ」
「そうそう!…って、おまえ酷くない? それ…」

恨めしげな視線にも、リボーンはそ知らぬ顔だ。
しばらくそんな睨み合いが続いたけれど、やがて根負けしたように沢田綱吉はため息を吐いた。

「…わかった。花嫁候補云々とかそういうのはとりあえず置いておくとして…」

そこで言葉を一旦切ると、私の方に視線を向けてくる。
首を傾げる私に、彼はスッと利き手を差し出してきた。

「ええと…さん? だったよね」
「え? ええ」
「えっと…うん、よろしく。同居人として」
「……」

笑顔が幼いなぁ、と思った。
だけど、差し出された手は、ちゃんと男の子の手だ。
なんだか不思議な気分で、私は差し出された手を握り返す。

「…10代目は変わり者だと聞いたけど、本当ね」
「いや、オレは常識人だと思います…それより、あの、その呼び方やめない…?」

おずおずと遠慮がちに言われた言葉に、一瞬、首を傾げる。
少し考えてから、ようやく気づいた。
…ああ、そうか。仮にもボンゴレの10代目、下手をすれば命に関わる。

「…あ。そうね、この呼び方では無用心よね…ごめんなさい、ええと…なんて呼べば?」
「ツナのことはツナで良いぞ、
「なんでおまえが答えるんだよ…」

始終変わらずマイペースなリボーンに、
しかし慣れているのだろう、そんな言葉がため息と共に吐き出される。
そして私は、告げられた彼の愛称だろう呼び名を、反芻する。

「…ツナ?」
「え、あ、はい?」
「ツナ?」
「な、なんですかさん…」

少し困惑したような表情で、彼――ツナは首を傾げた。
その仕草が小動物みたいだと思いながら、私は口を開く。

「…なんか美味しそう」
「え」
「冗談。ああ、そういえば、ひとつ聞きたい事が…」

ふと今日の出来事を思い出し、《守護者》だというあの雲雀恭弥について訊こうとした、瞬間。
背後に、複数の小さな足音を聞きとがめて私は振り返った。

「あれ? ツナ兄、お客さん??」
「え? あ、フゥ太。ビアンキにランボ、イーピンも?」

なんだ知り合いか、と安堵すると同時に、私は飛び出してきた名前に目を瞠った。

「…《ランキング》フゥ太に、《毒サソリ》ビアンキ…?
 なるほど、さすがはボンゴレの次期10代目。部下の質が高い」
「オレの教え子だからな」

偉そうに腕を組んで答えたリボーンに、私は小さく頷いた。
見た目が赤ん坊とは言え、彼は凄腕の家庭教師。
なにせ、あのへなちょこディーノを立派なボスに育て上げたのだ。
その指導を直接受けたことのない私とて、彼の手腕には尊敬の念を抱いている。

そんな話をしていると、《毒サソリ》ビアンキが私の方へ歩み寄ってくる。
ポイズンクッキングという不思議な攻撃手段を持つ彼女、マフィア界ではかなり有名な部類だ。

「話は聞いてるわ。あなたがツナの婚約者ね」
「ええ。正しくは『候補』だけどね」
「同じ女同士仲良くしてやれ、ビアンキ。ツナは頼りねぇからな」
「ええ、リボーンのお願いなら喜んで」

頷く彼女に、私はスッと利き手を差し出す。
彼女は何の躊躇いも持たず、私に手を握り返してきた。

=フォンティーナよ」
「私はビアンキよ。よろしく、

互いの挨拶が終わると、私は背後に視線を感じてゆっくりと振り返った。
後ろでは、《ランキング》フゥ太が私をじっと見上げている。
幾分、目を輝かせながら。

「それにしても…《ランキング》フゥ太が日本に居たとはね。
 それもボンゴレ10代目に付いているなんて、驚いた」
「ボクはツナ兄が大好きだから一緒にいるだけだよ。
 ねぇ、ツナ兄のお嫁さん候補ならボクにとってもお姉さんだよね。姉って呼んでも良い??」
「ええ。良いわよ」
「やった! ありがとう、姉!」

無邪気に笑う表情があどけない。
弟と同じくらいの歳だろうか。なんだか微笑ましい気分になって、私も微笑った。

「…で、こっちの小さいのは? ツナの兄弟?」
「ランボさんはボヴィーノファミリーのヒットマンだもんね!」
「は?」

牛柄の服を着た子供が、声高に言った。
ボヴィーノ。ボヴィーノ? ああ、なんか10代目の《守護者》になった奴がいるとか聞いたような?

「アホ牛の言う事は気にすんな。
 あと、そっちのはイーピンだ。日本語が不得手だから感覚で会話しろ」
「…はぁ…」

イーピン、と紹介された子供は、礼儀正しく頭を下げてきた。
挨拶らしい言葉を口にしているが、日本語でもイタリア語でもない。
中国語? 一応語学として学んだことはあるけど、あまり得意じゃない。
それでも身振り手振りでなんとなくわかるから、コミュニケーションに問題はなさそうだ。

「そう言えば、母さんは? みんなで買い物に行ってたはずじゃあ…」
「荷物が多いから、先に帰って置いてきてと頼まれたの」
「……え。まだ買い物してるの?」
姉が来るから、ごちそうで歓迎するんだって」
「………ねぇ。さんが来るのを知らなかったのってオレだけ?」
「サプライズ企画だからな」
「要らない気遣いすんなよ!」

本当に、ツナにだけ知らされていなかったようだ。
怒鳴ってから疲れたようにため息を吐く彼に、私は苦笑混じりに声を掛ける。

「…苦労してるんだね」
「…うん」

しみじみと返された。
ボスという立場は、大なり小なり気苦労が絶えないものだけど…
……彼の場合、周囲が特殊過ぎるのかもしれない。さすがはボンゴレ、とでも言おうか…。

「あらあら、どうしたの? みんな、家にも入らないで…」

後ろから声を掛けてきた人物は、どこかツナによく似た面差しの女性だった。
多分、ツナのお母様だろう。通りで、ボンゴレ門外顧問とは似てないと思った…彼は母親似か。

「母さん」
「おかえりなさい、ツッ君。あら…?」

笑顔で言ってから、彼女――確か名前は奈々さん――は、まじまじと私を見る。
そして、人好きのする柔らかな笑顔を浮かべた。

「あらあらあら! あなたがちゃん? 主人から話は聞いてるわ」
「初めまして、です。今日からお世話になります」
「ええ、自分の家だと思って寛いでちょうだいね」

穏やかな笑顔に、なんだか落ち着かないような妙な気分を味わう。
普通の家庭の、普通の母親。私には縁のない存在。
返す言葉を見つけられずに、私はただ、頭を下げた。

「うふふ、今日は腕によりをかけてごちそう作るわよ!
 あ、ツッ君。ちゃんをお部屋に案内してあげてね」
「え。待って、部屋ってどこ!?」

この家にそんなに部屋数あるわけないじゃん!、と。
半ば叫ぶように訊いたツナを意図せず無視して、奈々さんは楽しそうに食材を抱えて家に入って行った。

「パパンの変なコレクションルームがあったでしょ。そこを片付けたの」
「そんな部屋あったの!?」
「二階の角部屋だよ。世界各国のお土産物がいっぱい入ってたよ、ツナ兄」
「ランボさんこれ貰っちゃったもんね!」
「ランボ、それ勝手に持ち出した。戻す!」
「やだもんねーーっ」

口々に勝手なことを言い合いながら、沢田家の現在の住人達は、銘々に家の中へ入っていく。
最後に残された私とツナは、思わず顔を見合わせた。

「…え、ええと…じゃ、じゃあ行こうか、さん…」
「はぁ…」

促され、私は沢田家の玄関をくぐる。
ああ、そうか。日本は靴を脱いで上がるんだっけ。
いそいそと靴を脱ぎ揃えて、私は玄関に散らばる靴の量に、なんとなく不思議な気分を味わっていた。

「…ツナ」
「え?」
「賑やかな『家族』ね」

呟くように告げた言葉は、自分でも半ば無意識だったと思う。
一瞬きょとんと目を瞠ってから、ツナはにこりと微笑った。






「うん。退屈しないと思うよ」






賑やか『家族』。



To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。