「おまえがフォンティーナファミリーのか。よく来たな」
目の前で偉そうに腕を組んでいるのは、スーツを纏った赤ん坊だった。
名前を訊くまでもない。
黄色のおしゃぶりを持つ、赤ん坊。
――アルコバレーノのひとり,リボーンだ。
「話は9代目とディーノから聞いてる。
ママンには家光が知人から預かった、ホームステイ中の留学生ってことで話を通してあるぞ」
「ええ、聞いてるわ。事前情報は文書で。…写真も付けて欲しかったわね」
小さく息を吐く私に、リボーンはニヤリと笑った。…ように見えた。
さすがは一流の殺し屋として名を馳せた、ボンゴレ9代目が最も信頼する存在。
…そうそう表情を変えないか。あのへなちょこを、『跳ね馬』に育て上げただけはある――。
「それで。私がまず、するべき事は何?
今更だけど、三つ指ついて日本式の挨拶をすれば良いの?」
「そんな必要はねーぞ。には家庭教師と護衛も兼任してもらうからな」
ああ、やっぱり、そうか。予想通りだ。
単なる花嫁候補ではない、と。
…もっとも、どっちが本音でどっちが建前かは知らないが。
「…おい、リボーン」
今まで黙っていたボンゴレ10代目――沢田綱吉が、口を開いた。
「…どういうこと? やっぱり、この人ボンゴレの関係者?」
「当然だろ」
「………新しい家庭教師とか、言わないよな?」
「それも間違いじゃねーが、こいつはおまえの花嫁候補だ」
「へ?」
きょとんと、彼は目を瞬かせた。
その様子から見るに――どうやら誰一人として、彼に私の来日を教えていなかったらしい。
「…えええええええッ!? は、花嫁候補ーーーーーーーーーッ!?」
悲鳴に近い絶叫を上げた彼を、責められる奴は…
まぁ、いないだろうなぁ……。
「は、花嫁ってなに? 何ソレ!?」
「結婚相手だ。いわゆる正妻だな」
「言葉の意味を訊いてるんじゃないよ!!」
詰め寄る沢田綱吉に、リボーンはまったく表情を変えない。
…心なしか、面白がっているようにも見えるが。
ハルは途中で自宅に帰った為、私はひとり、手持ち無沙汰に突っ立っているしかない。
「ボンゴレの総意で選ばれた、マフィアのボスに相応しい花嫁候補だぞ。
おまえみたいなダメツナには過ぎた女だ、喜べ」
「そういう問題じゃないだろうがーーーーっ!?」
…うん、どうやらボンゴレ10代目本人には、歓迎されていないようだ。
それも仕方ないよなぁ、と私は割と冷静に納得する。
変わり者とは聞いていたけれど、こうも普通の少年だとは予想外だった。
神の采配と謳われた9代目の選んだ後継者だ、もっとそれっぽいのを想像していたけれど…。
まぁ、この歳まで一般人として生きてきたのだから、こんなものだろう。
「…10代目、少し落ち着いて。
ボスたる者、勝手に正妻を押しつけられるのは、気に入らないとは思うけれど」
「いや、気に入るとか気に入らないとかじゃなくて…!」
「これがボンゴレの総意である以上、私はあなたが正式に10代目を襲名するまで、イタリアへ帰れない」
「は?」
きょとん、と目を瞠る表情は、やはり幼い。
年齢は14と聞いたけれど、もう少し下に見える。
「な、なんだよそれ…リボーン!?」
「掟だからな」
「掟って…可哀想じゃないか! この人、無理矢理連れて来られたんだろ!?」
言われた言葉に、今度は私が目を瞠る番だった。
なんとなく、わかってしまった。
彼が怒っていたのは、勝手に決められた花嫁ではなく、私が無理矢理連れて来られたという、そのことだと。
実際には、私は勅命を受けはしたものの自分の意思でここへ来た。
ボンゴレ10代目の正妻となる覚悟も、一応はある。どうせ今すぐどうこうなる話ではないし。
…だけど、つまり、…彼は。
「――なるほど。変わった人ね、…マフィアにしては」
呟いて、私は小さく息を吐いた。
変わり者。確かにその通りだ。呑気でへなちょこのディーノですら、ここまでじゃない。
「10代目。ここに来たのは私の意思であり、ボンゴレ10代目の正妻となることの覚悟も出来ている」
「え」
「これを」
困惑する彼に、私は一枚の皮洋紙を差し出した。
それを広げると、そこには鮮やかな炎が灯る。紙を燃やすことの無い、特殊な炎が。
「それは…死炎印!?」
「これがボンゴレの総意であり、9代目の勅命である以上…
例え10代目であっても、私をイタリアに帰す権限は無い。それはリボーンも同じ事」
皮洋紙を仕舞い直し、私は小さく息を吐いた。
彼の心配は予想外だったし、でもまぁ正直に言えば私は嬉しい。
だけど、はいそうですかとイタリアに帰れる程、この件は単純ではないのも事実だった。
「迷惑かもしれないけれど、」
「め、迷惑だなんてそんな!」
「そうだぞ、。むしろツナが相手じゃおまえが迷惑してるだろ」
「そうそう!…って、おまえ酷くない? それ…」
恨めしげな視線にも、リボーンはそ知らぬ顔だ。
しばらくそんな睨み合いが続いたけれど、やがて根負けしたように沢田綱吉はため息を吐いた。
「…わかった。花嫁候補云々とかそういうのはとりあえず置いておくとして…」
そこで言葉を一旦切ると、私の方に視線を向けてくる。
首を傾げる私に、彼はスッと利き手を差し出してきた。
「ええと…さん? だったよね」
「え? ええ」
「えっと…うん、よろしく。同居人として」
「……」
笑顔が幼いなぁ、と思った。
だけど、差し出された手は、ちゃんと男の子の手だ。
なんだか不思議な気分で、私は差し出された手を握り返す。
「…10代目は変わり者だと聞いたけど、本当ね」
「いや、オレは常識人だと思います…それより、あの、その呼び方やめない…?」
おずおずと遠慮がちに言われた言葉に、一瞬、首を傾げる。
少し考えてから、ようやく気づいた。
…ああ、そうか。仮にもボンゴレの10代目、下手をすれば命に関わる。
「…あ。そうね、この呼び方では無用心よね…ごめんなさい、ええと…なんて呼べば?」
「ツナのことはツナで良いぞ、」
「なんでおまえが答えるんだよ…」
始終変わらずマイペースなリボーンに、
しかし慣れているのだろう、そんな言葉がため息と共に吐き出される。
そして私は、告げられた彼の愛称だろう呼び名を、反芻する。
「…ツナ?」
「え、あ、はい?」
「ツナ?」
「な、なんですかさん…」
少し困惑したような表情で、彼――ツナは首を傾げた。
その仕草が小動物みたいだと思いながら、私は口を開く。
「…なんか美味しそう」
「え」
「冗談。ああ、そういえば、ひとつ聞きたい事が…」
ふと今日の出来事を思い出し、《守護者》だというあの雲雀恭弥について訊こうとした、瞬間。
背後に、複数の小さな足音を聞きとがめて私は振り返った。
「あれ? ツナ兄、お客さん??」
「え? あ、フゥ太。ビアンキにランボ、イーピンも?」
なんだ知り合いか、と安堵すると同時に、私は飛び出してきた名前に目を瞠った。
「…《ランキング》フゥ太に、《毒サソリ》ビアンキ…?
なるほど、さすがはボンゴレの次期10代目。部下の質が高い」
「オレの教え子だからな」
偉そうに腕を組んで答えたリボーンに、私は小さく頷いた。
見た目が赤ん坊とは言え、彼は凄腕の家庭教師。
なにせ、あのへなちょこディーノを立派なボスに育て上げたのだ。
その指導を直接受けたことのない私とて、彼の手腕には尊敬の念を抱いている。
そんな話をしていると、《毒サソリ》ビアンキが私の方へ歩み寄ってくる。
ポイズンクッキングという不思議な攻撃手段を持つ彼女、マフィア界ではかなり有名な部類だ。
「話は聞いてるわ。あなたがツナの婚約者ね」
「ええ。正しくは『候補』だけどね」
「同じ女同士仲良くしてやれ、ビアンキ。ツナは頼りねぇからな」
「ええ、リボーンのお願いなら喜んで」
頷く彼女に、私はスッと利き手を差し出す。
彼女は何の躊躇いも持たず、私に手を握り返してきた。
「==フォンティーナよ」
「私はビアンキよ。よろしく、」
互いの挨拶が終わると、私は背後に視線を感じてゆっくりと振り返った。
後ろでは、《ランキング》フゥ太が私をじっと見上げている。
幾分、目を輝かせながら。
「それにしても…《ランキング》フゥ太が日本に居たとはね。
それもボンゴレ10代目に付いているなんて、驚いた」
「ボクはツナ兄が大好きだから一緒にいるだけだよ。
ねぇ、ツナ兄のお嫁さん候補ならボクにとってもお姉さんだよね。姉って呼んでも良い??」
「ええ。良いわよ」
「やった! ありがとう、姉!」
無邪気に笑う表情があどけない。
弟と同じくらいの歳だろうか。なんだか微笑ましい気分になって、私も微笑った。
「…で、こっちの小さいのは? ツナの兄弟?」
「ランボさんはボヴィーノファミリーのヒットマンだもんね!」
「は?」
牛柄の服を着た子供が、声高に言った。
ボヴィーノ。ボヴィーノ? ああ、なんか10代目の《守護者》になった奴がいるとか聞いたような?
「アホ牛の言う事は気にすんな。
あと、そっちのはイーピンだ。日本語が不得手だから感覚で会話しろ」
「…はぁ…」
イーピン、と紹介された子供は、礼儀正しく頭を下げてきた。
挨拶らしい言葉を口にしているが、日本語でもイタリア語でもない。
中国語? 一応語学として学んだことはあるけど、あまり得意じゃない。
それでも身振り手振りでなんとなくわかるから、コミュニケーションに問題はなさそうだ。
「そう言えば、母さんは? みんなで買い物に行ってたはずじゃあ…」
「荷物が多いから、先に帰って置いてきてと頼まれたの」
「……え。まだ買い物してるの?」
「姉が来るから、ごちそうで歓迎するんだって」
「………ねぇ。さんが来るのを知らなかったのってオレだけ?」
「サプライズ企画だからな」
「要らない気遣いすんなよ!」
本当に、ツナにだけ知らされていなかったようだ。
怒鳴ってから疲れたようにため息を吐く彼に、私は苦笑混じりに声を掛ける。
「…苦労してるんだね」
「…うん」
しみじみと返された。
ボスという立場は、大なり小なり気苦労が絶えないものだけど…
……彼の場合、周囲が特殊過ぎるのかもしれない。さすがはボンゴレ、とでも言おうか…。
「あらあら、どうしたの? みんな、家にも入らないで…」
後ろから声を掛けてきた人物は、どこかツナによく似た面差しの女性だった。
多分、ツナのお母様だろう。通りで、ボンゴレ門外顧問とは似てないと思った…彼は母親似か。
「母さん」
「おかえりなさい、ツッ君。あら…?」
笑顔で言ってから、彼女――確か名前は奈々さん――は、まじまじと私を見る。
そして、人好きのする柔らかな笑顔を浮かべた。
「あらあらあら! あなたがちゃん? 主人から話は聞いてるわ」
「初めまして、です。今日からお世話になります」
「ええ、自分の家だと思って寛いでちょうだいね」
穏やかな笑顔に、なんだか落ち着かないような妙な気分を味わう。
普通の家庭の、普通の母親。私には縁のない存在。
返す言葉を見つけられずに、私はただ、頭を下げた。
「うふふ、今日は腕によりをかけてごちそう作るわよ!
あ、ツッ君。ちゃんをお部屋に案内してあげてね」
「え。待って、部屋ってどこ!?」
この家にそんなに部屋数あるわけないじゃん!、と。
半ば叫ぶように訊いたツナを意図せず無視して、奈々さんは楽しそうに食材を抱えて家に入って行った。
「パパンの変なコレクションルームがあったでしょ。そこを片付けたの」
「そんな部屋あったの!?」
「二階の角部屋だよ。世界各国のお土産物がいっぱい入ってたよ、ツナ兄」
「ランボさんこれ貰っちゃったもんね!」
「ランボ、それ勝手に持ち出した。戻す!」
「やだもんねーーっ」
口々に勝手なことを言い合いながら、沢田家の現在の住人達は、銘々に家の中へ入っていく。
最後に残された私とツナは、思わず顔を見合わせた。
「…え、ええと…じゃ、じゃあ行こうか、さん…」
「はぁ…」
促され、私は沢田家の玄関をくぐる。
ああ、そうか。日本は靴を脱いで上がるんだっけ。
いそいそと靴を脱ぎ揃えて、私は玄関に散らばる靴の量に、なんとなく不思議な気分を味わっていた。
「…ツナ」
「え?」
「賑やかな『家族』ね」
呟くように告げた言葉は、自分でも半ば無意識だったと思う。
一瞬きょとんと目を瞠ってから、ツナはにこりと微笑った。
「うん。退屈しないと思うよ」
賑やか『家族』。
To be continued?
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