…ひとつだけ、確かなことがあるとすれば。
それは私が、声を掛ける人間を間違ったということだ。
「で。君の転入は3日後だと聞いてるけど。学校に何の用?」
どれだけ偉いんだ、日本の学校の風紀委員長って。
そんなどうしようもない疑問を抱く程度には、雲雀恭弥と名乗った男は非常識だった。
校長室さながらの、広く調度品も揃った部屋。
そこに通された私は、自分のミスに頭を抱えたくなった。
痛恨のミス、と言えるだろう。
どうにも素性の見えないこの男を前に、私はどう対処すべきか悩む。
強行突破? 何の意味も無いし、ボンゴレ10代目に迷惑が掛かっては困る。却下。
嘘をつくか誤魔化すか。…多分通用しない。この男、どう見てもただの学生とは思えない。
「…ここまで案内してくれてありがとう。ところで訊きたい事があるんだけど」
「先に訊いてるのは僕だよ」
「答える前に訊かせて。あんた、何者なの」
じっと見据えながら問うと、一瞬不機嫌そうな顔をしてから、それでも雲雀は口を開いた。
「並盛中の風紀委員長。そしてこの並盛の秩序、かな」
「秩序?」
秩序、ときたか。
一介の学生の口にする言葉とも思えない。
そう、例えて言うなら――
「…ジャパニーズマフィア…ええと、なんだっけ。極道っていうの?」
「咄嗟にそういう単語が出てくる辺り、ただの留学生じゃないね。君こそ何なの」
「……」
否定も肯定もしない、か。
ますます素性不明だ。そっちこそ、ただの学生じゃないだろう。
「…あんたの素性は、どうあっても教えてくれそうにないわね。
だったら私も答えない。…強いて言うなら、この学校に用があるのは人探しの為よ」
「人探し?」
興味を引かれたのか、不機嫌そうだった表情に、少しだけ違う感情が混ざる。
私は小さく頷き、本来の目的であるその名前を告げた。
「沢田綱吉っていう人。この学校の生徒のはずだけど、知らない?」
「…君、彼の関係者?」
知っているらしい。
急に、雲雀はまじまじと私を見つめてきた。
居心地に悪い視線に私が顔をしかめると、ひとりで納得したように呟く。
「なるほどね。ただの留学生じゃないのは確定か」
「…?」
「で。君は何? 強いの?」
「…あの。質問の意味がわからないわ」
「沢田綱吉の周辺には、あの赤ん坊を始め、面白い奴らが集まってくるからね。
君もそのひとりなんだろう? もしかして、君も『守護者』とかいう奴?」
「――! 『守護者』って…なんであんたが知ってるの!?」
思わず、私は立ち上がった。
〝守護者〟――ボンゴレのボスを守護する、特殊リングの継承者。側近中の側近だ。
ボンゴレの長く続く伝統のひとつであり、それぞれが天候になぞらえた刻印のリングを所持する戦士達。
マフィアに属さない人間が知るはずも無い、言葉だ。
目を瞠る私に、雲雀は何かを投げて寄越した。
咄嗟に受け止めると、開いた手の中には小さなリングが、ひとつ。
その刻印に、今度こそ私は息を呑んだ。
「なっ…こ、これ…《雲のリング》…!? なんでこれを、あんたが!」
「僕の物だから。一応ね」
「あ、あんた…守護者だったの…!」
〝なにものにも囚われず我が道を往く浮き雲〟――雲の守護者。
なるほど、10代目の守護者はすべて学生と聞く。この男が雲の守護者であっても、確かに違和感はない。
「…そう。あんたが守護者のひとり…しかも、《雲》ってことはディーノの弟子か…。
挨拶が遅れたわ。私はボンゴレの同盟ファミリー,フォンティーナの==フォンティーナ。
ボンゴレ10代目,沢田綱吉の花…いえ、護衛兼家庭教師として、この並盛に来」
「――それで? 君は強いの?」
私の言葉を遮って、雲雀は再度、同じ質問をしてきた。
強いか、って。なんでそんなことを聞かれるんだろうか。
正直に言わせてもらえば、私より強い人間はごまんと居るが、これでも一応ボス代理。
戦闘能力を問われているのなら、それなりの自信はあった。
「…強いんじゃない?」
「ふぅん…」
私の返答に満足したように嗤い、瞬間、雲雀が動いた。
咄嗟に腿のホルスターからショットガンを引き抜き、構える。
耳障りな金属音が、室内に響き渡った。
「――いきなりなんの真似? 私達は敵ではないはずよ」
「関係ないよ、そんなこと」
さすがに、腕力では相手が上か。
いきなり飛び出してきたトンファーをショットガンで防いだ私は、小さく舌打ちして腕を大きく振り払う。
トンファーが離れた瞬間に、そのまま横に飛んだ。
窓の前に着地した私に、雲雀が口を開く。
「君が強いなら、噛み殺してやろうと思ってね。それだけ」
「ご冗談。立場上、ボンゴレ10代目の守護者とやり合うなんて無茶は出来ない」
10代目お目付け役の、リボーンの許可でもあれば別だけど。
そもそも、なんで守護者に喧嘩売られなきゃいけないわけ。訳がわからない。
「そんなことより、沢田綱吉はどこなのよ!」
「知らないよ。自分で探せば?」
「…あー、そうですかー…」
最初から教える気ないんじゃないか、この人。
もはや彼は、私の話を聞く気なんてない。ただ、そのトンファーを振るいたいだけだ。
この戦闘マニア――と、私は小さく舌打ちする。
ただの学生どころかボンゴレの次代守護者で、しかも戦闘マニアの狂犬ときた。
…私って、運が悪いんだろうか。
「…雲雀恭弥、だったわね」
「そうだけど?」
「悪いけど、私と闘りたかったらリボーンの許可でも貰ってきて頂戴!」
それだけ言い捨てて、私は窓から外へ身を躍らせる。
ああ、思ったより高さ無かった。不幸中の幸いだ。
「っと」
着地して、速攻で私は駆け出す。
学校でボンゴレ10代目を探す事は出来なさそうだけど、彼の家はこの近辺。
ディーノの言っていた商店街と公園を探して、そのまま近所の人間にでも聞けば家くらい判明するだろう。
「…、か。退屈しなくて済みそうだね」
…上から降って来た声には、気づかなかった振りをした。
+++
追いかけて来たらどうしようかと思ったけど、さすがにそこまで暇じゃなかったようだ。
学校を飛び出した私は、小さな公園に辿り着いた。
おそらく、ここがディーノの言っていた公園なんだろうけれど…。
…やっぱり地図を寄越さなかったディーノには、後で説教が必要だな。
「この時間帯なら、子供が遊んでても良さそうなものだけど…」
チラホラと子供はいるが、親と一緒に遊びに来ている子が居ない。
子供に聞いても、案内なんて頼めないだろう。
知らない人について行っちゃいけないと、教育されてるだろうし。
さてどうしたものか、と思案する私の耳に、幼児とは違う声が届いた。
「あそこのケーキはとっても美味しかったですね~、ツナさんっ」
「はいはい、わかったから前見て歩けよ、ハル」
「でも京子ちゃんが来られなかったのが残念です~…」
「仕方ないよ、家の用事だって言ってたし…」
「でもでも、とっても美味しかったしプリティなお店でした!
次こそ京子ちゃんとリベンジです!」
「…おまえリベンジって言葉の使いどころおかしくない…??」
視線を向けると、中学生くらいの男の子と女の子が、仲良く下校中だった。
可愛らしいカップルだ。私より少し年下かな…?
女の子は元気の有り余ったような、健康的な可愛らしさがあるし、男の子もまだ幼くて可愛い。
平和そうな、ごく普通の学生カップル。
微笑ましい気分で眺めていると、何の話をしてるのか、女の子が大仰な身振り手振りで話している。
…あれ? 何か飛んでくる…??
「いッ!?」
顔面に、学生鞄が飛んできた。
普段なら避けられるが、予想外なこととぼんやりしていたせいで、それは見事に顔面に直撃する。
「~~~ッ!!」
ちょ、何入ってるのこれ…!
鈍い痛みに、私は思わず蹲って顔を押さえた。
「はひ~~~ッ!?」
「馬鹿、何やってんだよハル!! だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄ってきたふたりに、私はなんとか顔を上げて返事を返した。
「…な、なんとか」
「ごめんなさいごめんなさい!
ハルの不注意です、お顔大丈夫ですか!? 潰れてないですか!?」
「つ、潰れてはいないと…」
顔が潰れる程の凶器なのか、この鞄は。
ハル、と呼ばれていた女の子があまりに必死なので、私はゆるゆると頭を振った。
痛かったことは痛かったけど、避けられない私も悪いのだ。
「ああでも、お顔真っ赤になっちゃってますー!
ハルの家はすぐ近所ですから、手当てさせてくださいっ」
「いえ、お構いなく…」
「ダメですダメですそんなのハルの気が治まりませんっ」
「えーと…」
…困った。
大した怪我もなく、まぁせいぜい顔が赤くなった程度。
腫れてもいないし鼻血も出てないし、どうやら痣も出来ていない様子。
わざわざ家に上げてもらって、手当てを受けるほどのことではない。
「ハル、落ち着けよ。困ってるじゃないか」
「でもでもっ」
「本当に気にしないで。どこも怪我してないから…」
「でも…」
真面目な子なのだろう。
納得のいかない表情で私を見るハルに、私は苦笑しながら立ち上がり、口を開いた。
「んー…と、じゃあ道を教えてもらってもいいかしら。私、迷子なんだ」
「はひ?」
「迷子?」
きょとん、と目を瞬かせるふたりに、私は口にした言葉を少し後悔した。
…ああ、うん。こんな住宅街で、いい年して迷子はないわよね…。
「…ええと。人を探してるんだけど、初めて来た場所だから道がわからなくて。
住所は教えてもらったけど地図がなくてね…この近所なのは間違いないんだけど。訊いてもいい?」
「はい! ハルが責任を持ってその人を探してあげます!!」
「いや、家教えてくれれば良いからね。
――沢田綱吉って人の家。知ってる?」
「「…………え?」」
私が言った瞬間、ふたりはきょとんと目を瞠った。
何か変なことでも言っただろうか、と首を傾げる私に、男の子の方がおずおずと口を開く。
「…沢田綱吉は、オレですけど…」
「…………は?」
一瞬、私はもしかして名前を言い間違えたのかと思った。
だってそのくらい、予想外だったのだ。
まじまじと、私は目の前の男の子を見る。
まだまだ幼さの残る顔立ちは、凛々しいとか威厳とかとは無縁の、どちらかと言えば可愛い造りで。
体型的にもまさしく並、どこにでもいそうな、普通の男子中学生。
これが。
あの、天下のボンゴレの、10代目?
自分の婚約者とか、そういう事実が思考から完全に飛んで。
12歳の自分の弟以上に、マフィアらしい風格の欠片も見当たらない彼の姿に、目を瞠った。
「…あなたが…ボンゴレの10代目…!?」
目の前で困惑した表情を見せる彼に、私は呆然とそう呟いた。
大マフィアの未来ボスは、予想以上に普通の人でした。
To be continued?
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