…ひとつだけ、確かなことがあるとすれば。
それは私が、声を掛ける人間を間違ったということだ。

「で。君の転入は3日後だと聞いてるけど。学校に何の用?」

どれだけ偉いんだ、日本の学校の風紀委員長って。
そんなどうしようもない疑問を抱く程度には、雲雀恭弥と名乗った男は非常識だった。



標的02 必然的な偶然




校長室さながらの、広く調度品も揃った部屋。
そこに通された私は、自分のミスに頭を抱えたくなった。

痛恨のミス、と言えるだろう。
どうにも素性の見えないこの男を前に、私はどう対処すべきか悩む。
強行突破? 何の意味も無いし、ボンゴレ10代目に迷惑が掛かっては困る。却下。
嘘をつくか誤魔化すか。…多分通用しない。この男、どう見てもただの学生とは思えない。

「…ここまで案内してくれてありがとう。ところで訊きたい事があるんだけど」
「先に訊いてるのは僕だよ」
「答える前に訊かせて。あんた、何者なの」

じっと見据えながら問うと、一瞬不機嫌そうな顔をしてから、それでも雲雀は口を開いた。

「並盛中の風紀委員長。そしてこの並盛の秩序、かな」
「秩序?」

秩序、ときたか。
一介の学生の口にする言葉とも思えない。
そう、例えて言うなら――

「…ジャパニーズマフィア…ええと、なんだっけ。極道っていうの?」
「咄嗟にそういう単語が出てくる辺り、ただの留学生じゃないね。君こそ何なの」
「……」

否定も肯定もしない、か。
ますます素性不明だ。そっちこそ、ただの学生じゃないだろう。

「…あんたの素性は、どうあっても教えてくれそうにないわね。
 だったら私も答えない。…強いて言うなら、この学校に用があるのは人探しの為よ」
「人探し?」

興味を引かれたのか、不機嫌そうだった表情に、少しだけ違う感情が混ざる。
私は小さく頷き、本来の目的であるその名前を告げた。

「沢田綱吉っていう人。この学校の生徒のはずだけど、知らない?」
「…君、彼の関係者?」

知っているらしい。
急に、雲雀はまじまじと私を見つめてきた。
居心地に悪い視線に私が顔をしかめると、ひとりで納得したように呟く。

「なるほどね。ただの留学生じゃないのは確定か」
「…?」
「で。君は何? 強いの?」
「…あの。質問の意味がわからないわ」
「沢田綱吉の周辺には、あの赤ん坊を始め、面白い奴らが集まってくるからね。
 君もそのひとりなんだろう? もしかして、君も『守護者』とかいう奴?」
――! 『守護者』って…なんであんたが知ってるの!?」

思わず、私は立ち上がった。
〝守護者〟――ボンゴレのボスを守護する、特殊リングの継承者。側近中の側近だ。
ボンゴレの長く続く伝統のひとつであり、それぞれが天候になぞらえた刻印のリングを所持する戦士達。
マフィアに属さない人間が知るはずも無い、言葉だ。

目を瞠る私に、雲雀は何かを投げて寄越した。
咄嗟に受け止めると、開いた手の中には小さなリングが、ひとつ。
その刻印に、今度こそ私は息を呑んだ。

「なっ…こ、これ…《雲のリング》…!? なんでこれを、あんたが!」
「僕の物だから。一応ね」
「あ、あんた…守護者だったの…!」

〝なにものにも囚われず我が道を往く浮き雲〟――雲の守護者。
なるほど、10代目の守護者はすべて学生と聞く。この男が雲の守護者であっても、確かに違和感はない。

「…そう。あんたが守護者のひとり…しかも、《雲》ってことはディーノの弟子か…。
 挨拶が遅れたわ。私はボンゴレの同盟ファミリー,フォンティーナの=フォンティーナ。
 ボンゴレ10代目,沢田綱吉の花…いえ、護衛兼家庭教師として、この並盛に来」
――それで? 君は強いの?」

私の言葉を遮って、雲雀は再度、同じ質問をしてきた。
強いか、って。なんでそんなことを聞かれるんだろうか。
正直に言わせてもらえば、私より強い人間はごまんと居るが、これでも一応ボス代理。
戦闘能力を問われているのなら、それなりの自信はあった。

「…強いんじゃない?」
「ふぅん…」

私の返答に満足したように嗤い、瞬間、雲雀が動いた。
咄嗟に腿のホルスターからショットガンを引き抜き、構える。
耳障りな金属音が、室内に響き渡った。

――いきなりなんの真似? 私達は敵ではないはずよ」
「関係ないよ、そんなこと」

さすがに、腕力では相手が上か。
いきなり飛び出してきたトンファーをショットガンで防いだ私は、小さく舌打ちして腕を大きく振り払う。
トンファーが離れた瞬間に、そのまま横に飛んだ。
窓の前に着地した私に、雲雀が口を開く。

「君が強いなら、噛み殺してやろうと思ってね。それだけ」
「ご冗談。立場上、ボンゴレ10代目の守護者とやり合うなんて無茶は出来ない」

10代目お目付け役の、リボーンの許可でもあれば別だけど。
そもそも、なんで守護者に喧嘩売られなきゃいけないわけ。訳がわからない。

「そんなことより、沢田綱吉はどこなのよ!」
「知らないよ。自分で探せば?」
「…あー、そうですかー…」

最初から教える気ないんじゃないか、この人。
もはや彼は、私の話を聞く気なんてない。ただ、そのトンファーを振るいたいだけだ。
この戦闘マニア――と、私は小さく舌打ちする。
ただの学生どころかボンゴレの次代守護者で、しかも戦闘マニアの狂犬ときた。
…私って、運が悪いんだろうか。

「…雲雀恭弥、だったわね」
「そうだけど?」
「悪いけど、私と闘りたかったらリボーンの許可でも貰ってきて頂戴!」

それだけ言い捨てて、私は窓から外へ身を躍らせる。
ああ、思ったより高さ無かった。不幸中の幸いだ。

「っと」

着地して、速攻で私は駆け出す。
学校でボンゴレ10代目を探す事は出来なさそうだけど、彼の家はこの近辺。
ディーノの言っていた商店街と公園を探して、そのまま近所の人間にでも聞けば家くらい判明するだろう。


「…、か。退屈しなくて済みそうだね」


…上から降って来た声には、気づかなかった振りをした。


+++


追いかけて来たらどうしようかと思ったけど、さすがにそこまで暇じゃなかったようだ。
学校を飛び出した私は、小さな公園に辿り着いた。
おそらく、ここがディーノの言っていた公園なんだろうけれど…。
…やっぱり地図を寄越さなかったディーノには、後で説教が必要だな。

「この時間帯なら、子供が遊んでても良さそうなものだけど…」

チラホラと子供はいるが、親と一緒に遊びに来ている子が居ない。
子供に聞いても、案内なんて頼めないだろう。
知らない人について行っちゃいけないと、教育されてるだろうし。

さてどうしたものか、と思案する私の耳に、幼児とは違う声が届いた。

「あそこのケーキはとっても美味しかったですね~、ツナさんっ」
「はいはい、わかったから前見て歩けよ、ハル」
「でも京子ちゃんが来られなかったのが残念です~…」
「仕方ないよ、家の用事だって言ってたし…」
「でもでも、とっても美味しかったしプリティなお店でした! 次こそ京子ちゃんとリベンジです!」
「…おまえリベンジって言葉の使いどころおかしくない…??」

視線を向けると、中学生くらいの男の子と女の子が、仲良く下校中だった。
可愛らしいカップルだ。私より少し年下かな…?
女の子は元気の有り余ったような、健康的な可愛らしさがあるし、男の子もまだ幼くて可愛い。
平和そうな、ごく普通の学生カップル。
微笑ましい気分で眺めていると、何の話をしてるのか、女の子が大仰な身振り手振りで話している。

…あれ? 何か飛んでくる…??

「いッ!?」

顔面に、学生鞄が飛んできた。
普段なら避けられるが、予想外なこととぼんやりしていたせいで、それは見事に顔面に直撃する。

~~~ッ!!」

ちょ、何入ってるのこれ…!
鈍い痛みに、私は思わず蹲って顔を押さえた。

「はひ~~~ッ!?」
「馬鹿、何やってんだよハル!! だ、大丈夫ですか!?」

駆け寄ってきたふたりに、私はなんとか顔を上げて返事を返した。

「…な、なんとか」
「ごめんなさいごめんなさい!
 ハルの不注意です、お顔大丈夫ですか!? 潰れてないですか!?」
「つ、潰れてはいないと…」

顔が潰れる程の凶器なのか、この鞄は。
ハル、と呼ばれていた女の子があまりに必死なので、私はゆるゆると頭を振った。
痛かったことは痛かったけど、避けられない私も悪いのだ。

「ああでも、お顔真っ赤になっちゃってますー!
 ハルの家はすぐ近所ですから、手当てさせてくださいっ」
「いえ、お構いなく…」
「ダメですダメですそんなのハルの気が治まりませんっ」
「えーと…」

…困った。
大した怪我もなく、まぁせいぜい顔が赤くなった程度。
腫れてもいないし鼻血も出てないし、どうやら痣も出来ていない様子。
わざわざ家に上げてもらって、手当てを受けるほどのことではない。

「ハル、落ち着けよ。困ってるじゃないか」
「でもでもっ」
「本当に気にしないで。どこも怪我してないから…」
「でも…」

真面目な子なのだろう。
納得のいかない表情で私を見るハルに、私は苦笑しながら立ち上がり、口を開いた。

「んー…と、じゃあ道を教えてもらってもいいかしら。私、迷子なんだ」
「はひ?」
「迷子?」

きょとん、と目を瞬かせるふたりに、私は口にした言葉を少し後悔した。
…ああ、うん。こんな住宅街で、いい年して迷子はないわよね…。

「…ええと。人を探してるんだけど、初めて来た場所だから道がわからなくて。
 住所は教えてもらったけど地図がなくてね…この近所なのは間違いないんだけど。訊いてもいい?」
「はい! ハルが責任を持ってその人を探してあげます!!」
「いや、家教えてくれれば良いからね。
 ――沢田綱吉って人の家。知ってる?」
「「…………え?」」

私が言った瞬間、ふたりはきょとんと目を瞠った。
何か変なことでも言っただろうか、と首を傾げる私に、男の子の方がおずおずと口を開く。

「…沢田綱吉は、オレですけど…」
「…………は?」

一瞬、私はもしかして名前を言い間違えたのかと思った。
だってそのくらい、予想外だったのだ。

まじまじと、私は目の前の男の子を見る。
まだまだ幼さの残る顔立ちは、凛々しいとか威厳とかとは無縁の、どちらかと言えば可愛い造りで。
体型的にもまさしく並、どこにでもいそうな、普通の男子中学生。

これが。
あの、天下のボンゴレの、10代目?

自分の婚約者とか、そういう事実が思考から完全に飛んで。
12歳の自分の弟以上に、マフィアらしい風格の欠片も見当たらない彼の姿に、目を瞠った。

「…あなたが…ボンゴレの10代目…!?」





目の前で困惑した表情を見せる彼に、私は呆然とそう呟いた。






大マフィアの未来ボスは、予想以上に普通の人でした。



To be continued?

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