ちゃんちゃん!」

玄関で呼び止められ、私は振り返る。
その明るく快活な声は、この家の秩序というか絶対領域、そんな存在で。
平たく言えば、この――沢田家を切り盛りする、女主人なわけですが。

「なんですか、奈々さん?」
「はい! お弁当!」
「え?」

差し出された包みに、思わずきょとんと目を瞠ってしまった。
まじまじとそれを見下ろしてから、はたと我に返る。
…ああ、そうか。並盛中は昼食持参の学校だったっけか。

「ありがとうございます」
「中身はね、ツッ君とお揃いよ」
「…お揃い、ですか…」

ありがたく受け取った矢先、笑顔で言われた言葉に一瞬固まった。
お揃い。…お揃いですか。
…いや、同じ家に住んでいて同じ人が詰めたお弁当、中身が違うわけもない。

「ツナ~、遊んで~!」
「オレはこれから学校なの! イーピンと遊んでろよっ」
「ツ~ナ~っ!」
「だあああっ、もう!!」

朝から賑やかなことだ。
騒ぎながら、二階から駆け下りてくる彼を見上げて、私は小さく息を吐く。
3人家族で暮らすには広いこの沢田邸は、今や様々な居候を抱えている。
自分もそのひとりなので何も言えないが、毎朝毎朝賑やか極まりない。

「あ、ご、ごめんさん! すぐ行くからッ」
「急がなくて良い。転ぶよ」
「え? うわああああっ!?」

言ったそばから、彼――沢田綱吉――ツナは、階段を踏み外して転がり落ちてきた。
倒れた彼の上に、牛柄の服を着た子供とスーツを纏った赤ん坊が降りてくる。

「言ってるそばからこれか。まったくおまえはダメツナだな」
「悪かったな! ランボもリボーンも退けよッ」

怒鳴り返して立ち上がると、ツナは玄関先に居る私に視線を向けた。
私がにこりと微笑んでみると、居心地の悪そうな微妙な笑顔を浮かべる。



賑やか極まりないが、これが今の私の日常だ。
ランボにへばりつかれて怒鳴っているツナを横目に、私は小さく息を吐く。
何故、こんな平和なのかそうでもないのかわからない日常に、身を浸しているのか――


騙されたような思いで、私は2週間前のことを思い出していた。



標的00 オープニング・フェイズ




「ボス! 失礼します」
「ん。入れ」

短く告げると、重々しくドアが開かれた。
顔を出したのは、強面の黒服。
普通の少女なら震え上がるような出で立ちの男だが、私にとっては家族のひとりだ。

「グイード。何、どうした?」
「はい。ボンゴレ9代目の名代として、キャバッローネファミリーの10代目が」
「…ディーノが? 来てるの?」

珍しい、と。
私は小さく呟き、席を立つ。
キャバッローネと私、=フォンティーナがまとめるフォンティーナは、古い付き合いだ。
その10代目ボスであるディーノは、私にとって兄のような存在でもある。

そして、ボンゴレ。
絶対的なその存在は、同盟を結んでいるとは言え対等とは言い難い。

格式・規模・伝統。どれを取ってもあちらが上なのだから、それも当然か。
そして、その9代目の名代として来ている以上、ディーノは私より上に位置していることになる。

「居間に通してあるのよね? 出迎えるわ。
 ああ、カズマを呼んでちょうだい。あれも次期ボスなんだから」
「はっ」

恭しく頭を下げるグイードに、私は小さく頷いて部屋のドアを開けた。
…瞬間、目に飛び込んできた金髪に、ぎょっと目を瞠る。

「よっ、。久しぶりだな」
「…ディーノ。ボンゴレ9代目の名代が、人様の敷地内をうろうろしないでちょうだい…」

何食わぬ顔で、軽い調子で笑う青年――ディーノに、私は頭を抱えてため息を吐いた。
いや、まさか勝手に執務室に入ってくるなんて、思いもしなかったのだ。


+++


「…相変わらず緩いわね、ディーノ」
は相変わらずガチガチだな」
「緩いよりマシよ。私はあんたほど強くないから。
 ――で? ボンゴレ9代目の名代であんたが来るなんて、なんの用?」

放っておけば世間話に花が咲いて、話が進まない。
それをよく理解しているから、私は早速本題を切り出した。

キャバッローネファミリーの10代目であるディーノが、直々に名代を任されたのだ。
良い話にしろ悪い話にしろ、事はそう小さな事態では無いだろう。

「良い話? 悪い話?」
「うーん…にとっては、どっちでもある話かな」
「なにそれ…」

相変わらず、要領を得ない。
どうしてこう、焦らすように話を先送りにするのか…。
良い話でも悪い話でも、スパッと言ってもらった方が楽なのだけど。

「ボンゴレから、ちょっとした指示がね」
「それは、フォンティーナファミリーに?」
「いいや。自身に」
「私?」

ますます、私は顔をしかめた。
私個人への用事なんて、まったく身に覚えがない。

「今、ボンゴレの次期10代目が日本に居るのは知ってるだろ?」
「ああ。初代の直系だっていう…。ボンゴレ門外顧問の息子でしょう?」
「そうそう」
「それがどうかした?」

ボンゴレの伝統・格式・規模からして、異例的な抜擢に違いは無い。
それもまだ私と同じくらいの少年だと言うから、まぁ多少興味のある話だった。
アルコバレーノを家庭教師に付けたと聞くから、かなり9代目が期待を寄せているのもわかる。
だが、私は彼と面識が無い。
彼に関する何かだったとして、それが私のところに回ってくる覚えはまるで無いのだ。

。ボンゴレの総意で、おまえがそいつの花嫁候補に決まった」
「は」
「すぐに、日本に行って欲しい。それが9代目の指示だ」
「ちょ、」

今、なんて、言った。
聞き慣れない言葉に、私は思わず立ち上がっていた。

「ちょっと待って。待ってちょうだい、ディーノ!
 少し整理させて、頭の中混乱してきた…ッ!!」
「あー、そうだろうなー」

苦笑混じりに言われて、私は思考が徐々に戻ってくるのを感じる。
冷静になろう。
つまり、何か?
ボンゴレは、外で生まれ育った次期10代目に、玉をあてがおうと考えて。
その白羽の矢が立ったのが、私――

「冗談じゃない! 私は、このフォンティーナファミリーのボスなのよ!?」
「でも、正式なボスじゃない」
「それはそうだけど…」

――そう。私は、正式にはこのフォンティーナのボスではない。
次代は弟のカズマ。ただ、弟はまだ12歳だ。

「カズマ…おまえの弟が、15になるまでのボス代理。リミットはあと3年だな。
 ツナ――ああ、ボンゴレの10代目な、あいつがボスになるのは早くてもあと5年。問題はない」
「問題ないって…!」

問題無いわけあるか! 大有りだ!

「まぁ、花嫁候補云々は置いておくとしても、日本には行ってくれ」
「だから私は!」
「これが9代目だけの意思ならなんとでもなっただろうが、今回の件はボンゴレの総意だ。
 断ればフォンティーナの立場が悪くなる可能性も、ある。そうだろ」
「……」

急に真剣みを帯びたディーノの声音に、私はピタリと一切の動きを止めた。
――胃に、冷たいものが落ちるような感覚が、する。

「…脅すつもりはないんだ、そんな顔をしないでくれ。
 ただ、今は日本に行くだけで良い。…あっちにはリボーンも居る。それに、おまえの仮婚約者のツナは良い奴だぞ?
 結局決めるのはツナ自身になるだろうし、そう構える必要もないさ」
「………」

常の調子に戻ったディーノが、立ち上がって私の手を取った。
諭すように言って、彼は微笑う。

「俺もこれから日本に渡る。ひとりで行かせたりしないから、安心しろ」
「………わかった。それがボンゴレの総意なら、従うわ」

ディーノの言葉に、納得したわけではないけれど。
私はため息と共に、小さく頷いた。









――そして私は、日本へ発つことになったのだ。






この《世界》は絶対だった。君に出逢うまでは。



To be continued?

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