何度落ちないから大丈夫だと宥めても、彼女は怯えてしがみついたままだった。
そのくせ、休憩時にはそんなことはなかったかのように振る舞う。
よっぽど、高いところが苦手なのだろうか。
だけど可愛らしく震えてしがみつくというよりは、
落ちてなるものかと必死にしがみつてるという方が正しいような…、
…ああ、あれだ。母猿にしがみついて移動する子猿みたいな感じ?
思わず笑ったら、物凄い形相で睨まれた。
「…しがみついてる立場のくせに、良い度胸だよねぇ」
「ぎゃー! やめて押さないで落ちる! ヒトデナシ!!」
「なんでじゅうたんの真ん中に座ってるのに落ちるんだよ」
…ホント、顔は可愛いのに中身が残念な子だなぁ。
もっとも、このくらい落差激しい方が、見ていて飽きないんだけど。
すぐに着く、という言葉とは裏腹に、ほぼ1日掛けて私達は目的地に到着した。
緊張で肩に力が入り過ぎたのか、あちこち痛い。
「…着いたんだよね? 乗り換えとかないよね…?」
「ないよ。お疲れさま」
言われて、私はようやく安堵の息を吐いた。
落ちないから大丈夫、と言われたってあの不安定感で安心するのは無理だった。
母猿にくっつく小猿のように紅覇にしがみついてたけど、もはや恥も外聞もあったもんじゃない。
「そんなに怯えなくても、落ちないって言ったのに」
「絶対落ちない保証がどこにあるの!」
「落ちなかったじゃない」
「それは結果論です!」
「おまえ、案外面倒くさい奴だね?
で、腰抜けて立てないとか言うなら、特別に担いで行ってあげるけど?」
「大丈夫…多分」
そろそろと立ち上がると、多少違和感はあったけど転ぶようなことはなかった。
だいたい、担がれて移動なんて冗談じゃない。
「うん、平気」
「なら良いんだけど。
じゃあおまえにひとり付けるから、そのみすぼらしい格好なんとかしてきてね」
「みすぼらしい!?」
言うに事欠いてなんて暴言!
そりゃあ、逃亡劇やらなにやらで、多少汚れてはいるけども!
「僕は陛下と兄王様に帰国の挨拶をしてくるから。
取り敢えず洗って適当に着せ替えたら、僕の部屋に連れてきてよ」
「はい、紅覇様。お任せ下さい」
「ちょ、」
だから、その扱い方!
とりあえず洗うとか、適当に着せ替えるとか! 本当にペットか何かなの私は!?
「じゃあ、また後でね~」
私の内心の憤慨など気づきもせず、紅覇はお姉さん達を伴って行ってしまった。
残されたのは私と、私のお世話を言いつけられたお姉さんズのひとり。
「……………」
「では参りましょうか、さん」
「………はぁ………」
フォローは、まったくなかった。期待しちゃいなかったけど。
もう、ここまで来たら抵抗する気力もない。
…そもそも、抵抗しても紅覇はともかくお姉さんにすら勝てないだけなんだけど。
+++
お風呂に連れて行かれて洗われて、あれよあれよと連れて来られた一室。
多分紅覇の部屋なんだろうけど、特に説明も無いのでとりあえず不明としておく。
私の周囲にはたくさんの衣装と、アクセサリーと、3人のお姉さんズ。
で、私は部屋着…いや、多分下着代わりの単衣姿のまま、既に1時間近く経過。
「髪も瞳も黒ですもの、装飾に黒曜石の簪はどうかしら?」
「それだと同化してしまうでしょう? 翡翠が良いと思うわ」
「やっぱり琥珀よ、琥珀。黒髪によく映えるわ」
「石より細工物が良いのではないかしら? この蝶の銀細工なんて素敵じゃない?」
『どれが良い?』
「どれでも良いです」
一斉に振り返ったお姉さん達に、私は即答した。
が、しかし。相手はかなりの強敵なようで、あんまり気にしてくれない。
「さんったらそんな、つれないこと仰らないで?」
「ほらほら、こちらへいらしてくださいな!」
「簪ひとつに30分近く掛けられたら面倒くさくもなります」
……………いい加減、風邪ひきそうなのでもう、なんでも良い。
「そんな、せっかく飾り甲斐のあるオモチャ…いえ、女の子が来て私達も喜んでいますのに…」
「今オモチャって言った!」
主人が主人なら、従者も従者だな!
なんで私が着せ替え人形にされなきゃいかんのか!
「紅覇様のご趣味に合わせるか、一番似合う装いにするか、そこが問題よねぇ」
「さすがに紅覇様のご趣味に合わせるのはまだ日が高いわよ」
「どういう趣味なのよ!?」
放っておいたら、とんでもない格好にされそうだ。
「普通で良いです普通で! お姉さん達みたいな格好で充分です!」
『そんな!?』
「なんでそこで吃驚するの私が吃驚だよ!?
ホントなんでも良いから! でないと風邪引いちゃうから!!」
言い返して、私は適当な衣装を引っ掴んだ。
着方…は、まぁ着物に近いけど着物ではないし、そう複雑でもない。
それでも悪戦苦闘しながら、…むしろ手伝おうと手を出してくるお姉さんズを躱しながら、
なんとか私は風邪をひかなさそうな格好に落ち着いたのだった。
「…まあ、こんなもんでしょう」
若干、着られてる感がするけど。
しかしこの袖はちょっと、動きにくいのでなんとかならないだろうか。
まぁこれでよしとしよう、と一人頷いていると、お姉さんズは背後から不満の声を上げてきた。
「あーん、もっと飾りたかったのにぃ」
「衣装も装飾もこんなに用意しましたのにぃ」
「そんなに着れますか!! どんだけ用意してるの!?」
いったい何人分の衣装なのかと、突っ込むのも面倒くさい。
だいたい、風呂に連れて行かれたときにはひとりしか居なかったのに、気が付いたら3人に増えてるってどういうこと。
「紅覇様を喜ばせて差し上げるのが、私達の生き甲斐ですから」
「私達も楽しみたいという私情もありますけど」
『ねー?』
「いやいや、巻き込まれる私は大迷惑なんですが」
お姉さん達、なんでそこまで紅覇のこと大好きなの。
そりゃあの子綺麗だけども、性格とか色々凄いじゃない。
「さんはツンデレさんなのですね?」
「長続きしそうにないツンですけど」
「素直そうですものね」
「好き勝手言わないで下さい誰が長続きしないツンデレか!!」
ツンはともかくデレはない!
そもそもツンデレって造語でしょ、なんで外国人のこの人達が知ってんの!
「紅覇様はとてもお優しい方ですわ、さんのことも可愛がってくださいますわよ」
「私は犬猫じゃないですから!!」
「それにジンに認められれば、私達のように眷属になる可能性もありますし」
「…眷属?」
眷属になる、ってなんでしょうか。
首を傾げる私に、お姉さんはどこか誇らしげに答えてくれた。
「紅覇様は迷宮攻略者で、ジンの金属器使いなのです」
「…ダンジョン? ジン? 金属器?」
なにそのファンタジー用語。
ゲームの話? それともこの人達、中二病集団?
「…もしかしてさん、迷宮もご存知ではない…?」
「聞いたことないです。何かのゲームですか? オンライン?」
ダンジョン探索系のゲームだろうか。
その手のゲームは詳しくないから、わからない。
「迷宮攻略をゲーム扱いとか、なかなか肝の据わった物言いだよねぇ」
そんな声とほぼ同時に、後ろから軽く肩を引っ張られた。
バランスを崩した私の体は、後ろに傾ぐ。
とん、と小さな衝撃に、背後から現れた相手にぶつかったのを理解した。
「っ、紅覇」
挨拶だけにしては遅かったな、と思う前に。
…今なんで引っ張ったの? 何の嫌がらせ??
「なんでまだそんな格好してるの?
まさかそれで着替え終わったとか言わないよね」
「なによ、文句あるの」
「地味過ぎ」
「地味の何が悪いの!」
本っ当に悪気なく失礼な子だな!
なんですか、その残念そうな顔は!!
「下手な侍女より地味だよ、やり直し」
「勝手なこと言わないでよ!
簪ひとつに30分掛けられるくらいならこのままで良いです!」
「なら自分でちゃんと選べば良いのに。
炎兄に会うのに、そんな格好じゃ許さないからね」
「は?」
さらっと言われた言葉に、一瞬固まった。
…え? なに? 誰に会うって??
「紅覇様。紅炎様がさんにお会いになられるのですか?」
「うん。少し話したら、の故郷に興味持ったみたい。
ニホンって国名に聞き覚えはないけど、もしかしたらこっちと呼び方が違う国かも、って」
「それホント!?」
思わず、私は紅覇の両肩を掴んだ。
つまり紅覇は、例の博識なお兄さんに日本のことをさっそく訊いてくれたと。
意外と良い子だ。さっきの暴言はなかったこととして忘れても良いくらい。
「あからさまに嬉しそうだね」
「当たり前よ。帰れるかもしれないんだもの」
「え~…なにそれ、ムカつくな~」
浮かれる私に対して、紅覇は不機嫌そうに顔を顰めた。
「どうせひとりじゃ帰れないくせに。僕が飽きるまでここに居なよ」
「…いつ飽きるのよ」
「さあ? 1ヶ月後かもしれないし、10年後かもしれないし」
「うん、無理」
10年もこの子のオモチャにされたくないです。
…でも確かに、ひとりで帰るのは無理かもしれない。
紅覇に頼んでも無理なら、そのお兄さんに頼るしか…
…でも妹に甘いお兄さんだったらダメかもしれない。
「…ねぇ、紅覇。あんたのお兄さんどんな人?」
「強くて頭良くて格好良いよ」
「いやそういうこと聞いてるんじゃなくて」
これ、相当なブラコンなんじゃなかろうか…。
逆に、これだけ慕ってるってことは、歳の離れた優しいお兄さん…というのが一番あり得そうだ。
「…紅覇はお兄さん大好きなんだねぇ…」
「そうだねぇ。炎兄なら結婚しても良いよ。まあ無理だけど」
「そーですかー…」
どんどん望み薄になっていくんですけど。
…兄と結婚しても良いとかどんだけ仲良しだよ…どんだけ素敵なお兄さまだよ…。
「なに、炎兄に興味あるわけ? …僕には興味無さそうなのに」
「興味っていうか…私を家に帰してくれるならもう犬猫でも良いというか…」
「それはそれで失礼な奴だな~」
「…あんたの大好きなお兄さまに媚び売る気はないから安心しなよ…
あんたが機嫌悪くなるだけで、家に帰れるわけでもなし…」
そもそも、私は媚を売るとか甘えるとか、そういうのが凄く苦手なんだけども。
だから如何に私が日本へ帰りたいかを、主張するしかないわけだ。…帰れるのかな。不安になって来た。
「…そんなに帰りたいの?」
「帰りたいです」
「ここにいれば、働かなくても衣食住には困らないし、可愛がってあげるのに?」
「…それに大した魅力を感じないんだけど」
働かなくても衣食住には困らない、って言われてもねぇ…。
見ず知らずの国だし。しかも人形扱いだし。この子ちょっと怖いし。
楽な暮らしだけど自由はないって、それただ生きてるだけで何も楽しくないよね?
「…ふぅん…? おまえ、やっぱり変わってるね」
「普通でしょ。楽し過ぎると代償が怖いし」
そして、決して言うほど楽ではなさそうだ。
…未だに一夫多妻制の国だよ?しかも王政なんでしょ?
なんでそんなとこに私が居て、あまつさえお姫様のオモチャにされなきゃいけないんだろう…。
「普通、もっとみっともなく躍起になるんじゃないの?
上手くすれば次期皇帝の妃になれるかもしれないんだよ?」
「好きでもない人と結婚してどうするのよ。お妃様とか面倒くさいじゃない」
「………」
私、何か変なこと言ったかな。
不思議そうに私を見る紅覇の反応に、私の方が首を傾げてしまった。
「…って、やっぱり変な奴だねぇ」
「だからなんで変なの私が!」
「変だよ。だって大抵はさ、どうにかして気に入られよう、妃の座に収まろうと躍起になるのに。
並より顔が良ければ尚更ね。国が違ったって、女なんかそんなもんでしょ?」
「それはすっごく偏見だと思うけど…」
「そうでもないよ、後宮の女はみんなそんな感じだもん」
「そもそもが特殊環境じゃないの。皇族って大変なんだね」
「その反応は変だよ。…うん、でも」
そこで言葉を切ると、紅覇は嬉しそうに微笑った。
一瞬、私がたじろぐほどに、素直に。
「おまえみたいなの、僕は好きだよ」
「……」
「やっぱり手元に置いておきたいなぁ。おまえさ、ずっとここに居なよ」
「なんでそうなったの。私は帰りたいって言ってるでしょ」
「だから帰らないで、って言ってるんだよ?」
「そんなこと言われても。
こんな見ず知らずの国で生きてくとか簡単に決められるわけないじゃない」
しかも職業:お人形。
……いやいや、無理だよ。それ職業じゃないよ。
「強情だなぁ。僕がここに居ろ、って言ってるのに?」
「…なんでも自分の思い通りになると思ってるの?」
「言うねぇ、おまえ」
何が楽しいのか、紅覇は上機嫌だ。さっきまで不機嫌だったのに。
逆に、今度は私の方が不機嫌なんだけど。
…怒らせるのわかってて言ってるよねこの子。性格悪いな。
「どっちにしても、炎兄がの故郷を知ってる保証はないんだけどね」
「う…?」
「炎兄も知らなかったらどうするの?」
「ど、どうするって…」
「結局ここに居るんでしょ? 他に行く宛てないもんね~?」
「うぅ…っ」
意地悪だ…この子ホントに意地悪だ…!
これって、そのお兄さんが日本を知ってる可能性は低い、
つまり帰れる可能性がもの凄く低いってことだよね…!
散々期待させておいて酷い! 酷過ぎる!
「なんでそんな意地悪するの?!」
「だってが可愛くないことばっかり言うんだもん」
「そんな理由!?」
死活問題で嫌がらせされたら堪ったもんじゃないよ!
「紅覇様ったらすっかりさんを気に入られて」
「妬けてしまいますわね」
「これどう見ても嫌がらせされてるよね私!?」
紅覇も大概だけど、お姉さん達も充分おかしい!
何この国…変人しかいないの?
「とにかく、炎兄が会うって言ってるんだから、さっさと支度済ませてよね~」
「あんたがちょっかい掛けてくるから支度が終わらないんでしょう!?」
と、いうか。
この格好じゃダメなわけ?
「最初の格好よりは良いけどね~。ホント地味。ダメ」
「ダメって」
そんなにダメなの?
日本人が地味なのは仕方ないじゃない…紅覇みたいに、存在自体派手な造りしてないし…。
「おまえさ、態度がすぐ顔に出るよね」
「え!」
「もう待つの飽きたから、僕が選んであげるよ。
あ、そっちの服取って。その赤いやつ」
さっきまで黙って私と紅覇のやり取りを眺めていたお姉さんズが、すすっと動いた。
………こういうとこ凄いよね、この人達。
「簪は如何致しますか?」
「簪は要らない。銀細工の飾りあったでしょ、それ持ってきて」
言いながら、紅覇は何の躊躇いもなく私の服を引っぺがした。
相手が女の子とは言え、ここは悲鳴を上げても許されるはずだ。
だけどあまりにも躊躇いが無さ過ぎて、羞恥より怒りより、驚きが勝った。
「え? え??」
「はい、動かない。
僕が手ずから着替えさせてあげるんだから、光栄に思いなよ」
「ええー…」
別に頼んでないんだけど…。
それにしても、センス云々はよくわからないけど、なんか妙に手馴れた感じが。
お姫様っていうと、着替えもメイドさんがやっちゃうイメージなのに、
なんでこの子他人の着替えを手馴れて…ああ、そうか。「人形」か。
………いったい、私で何人目の「人形」なんだろう。怖くなってきた。
「肌は綺麗だから、白粉はそんなに要らないかな。…ちょっと、紅は?」
「はい、こちらに」
「言う前に用意しておけよ、気が利かないな」
「はい! 申し訳ありません!」
そんな、冷たく言わなくても。
…と言いかけた私は、お姉さんの反応に顔を引きつらせた。
…………あれ。なんか喜んでる?
「…なんで怒られてるのに心なしか嬉しそうなんだろう」
「いつものことだから気にしなくて良いよ」
「そ、そう…」
やっぱ変だ、この人達。
あれかな、SとMな関係なのかな。…嫌だなぁ、ますます早く帰りたいよ…。
「よし、まあ急拵えだしこんなものかな。うん、悪くないね」
「…はぁ…」
まぁ、うん…衣装やアクセサリーが綺麗なのは、私でもわかる。
化粧…も、したことないわけじゃないから、おかしなことになっていないのは、わかる。
……………でもこの服物凄く動きにくい。ひらひらしてるし裾も袖も長いし。あと頭の飾り重いし。
「おまえさぁ、せっかくもとが良いんだから、もう少し着飾り方覚えた方が良いよ?」
「………」
「あとそのしょぼい表情やめなよね~。もうちょっと賢そうな顔してごらん?」
「あんた本当に悪気なく失礼ね!」
しょぼいってなにさ! ホントに失礼だな!
そりゃお世辞にも賢いとは言えないけど、言われるほどしょぼくない!…多分。
「じゃあ支度も出来たし、行こうか。炎兄を待たせるわけにはいかないからね」
「う、うん」
王子様か…あ、ちょっと緊張してきた。
怖い人じゃないと良いなぁ…あと、変な人じゃないと良いな。ここ切実。
「お姉さん達も行くの?」
「そりゃあ、僕の従者だもん。主に着き従うのは当然でしょ?」
「……それ、3人も必要?」
「ううん、正直そんなに要らない」
『おふたりとも酷いです!』
ああ、さすがにこういうのは反論するんだ。
と、思ってお姉さんズの方に視線を向けて、ちょっぴり私は後悔した。
………とりあえず、紅覇=S、お姉さんズ=M、で私の認識がロックされたのは、言うまでもない。
なんかもう、ダメかも。この国。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。