自分の興味の移り変わりが激しい事は、自覚していた。
唯一揺るがないものは、兄へ向けた敬愛と忠節くらいだろう。
武器を取って闘うことも、書物を開くこともすべては、そこに集約する。
だからこれは、いつも通りのただの気紛れ。

夜色の髪と瞳を持つ、異国の娘。
怯えを孕んだ視線。だけどその奥にはまだ反抗の意思があって。
…どうせ、いつかは飽きてしまうのだろうけれど。
それでもしばらく退屈しなくて済みそうだと、そう思っただけ。




――それだけの、つもりだったのに。



私の嫌いな皇子様 01




「………」
「思ったより大人しくなっちゃったね。
 やり過ぎた? ごめんね~、手加減苦手でさ~」
「……………」

俵担ぎで運ばれながら、私は貝のように口を閉ざしていた。
身長差は10cm程度の、しかも女の子に担がれるって不本意なんだけれど、…要するにビビってるのだ。
だってこの子、こんなでかい剣担いだ上に私を俵担ぎで運んでるんだよ? 腕力で敵うわけがない。
それ以前に平然と、というか笑顔で暴力を振るわれれば、そりゃあ怯えもするとも。下手に噛みついたら殺されかねない。

「そう言えば聞いてなかったけど、おまえ、名前は?」
「……………………」
「あ、名前無いの? じゃあ不便だし僕が付けてあげるよ。えーと…真っ黒だから、」
「…よ、変な名前付けないでッ」
?」

小首を傾げながら、紅覇は確認するように私の名前を反芻した。

「ふぅん…ね。まあ良いか~」
「…どういう反応なの…」

なんなの。私の名前になにか文句でもあるのこの子?
そもそも犬猫じゃあるまいし、名前が無いわけがない。
それともこの子達の言う「奴隷」というのは、そういうものなんだろうか…?

「…あのね、お金を払ったところ悪いのだけど、私は奴隷じゃないわ。あそこに居たのは手違いよ」
「そうなの?」
「そうなのよ! 私は、」
「まあ、おまえの事情とかはどうでも良いけどぉ」
「良くないよ! 話聞いて!?」
「だって、あんなのに捕まるおまえが悪いよ。双黒なんだから」

私が悪いの!?
旅行に来た覚えもないのに国外のどこかで行き倒れてて、
奴隷商人とかいう怪しいおじさんに拾われたのは、私のせいだとでも!?

「ただ髪と目が黒いだけじゃない!」
「そう言っちゃったらそれまでだけどね~。でもやっぱり珍しいものは珍しいし?
 おまえ、どんな山奥から降りて来たの? 今までよく普通に生活出来たね~」

暗に、田舎者とバカにされたのでしょうか、今。
失礼極まりないけれど、それはそれとして…。
黒髪黒目なんてそれこそ溢れ返ってるというのに、なんで私がこんな目に。
アジア圏の人間、全部黒髪黒目じゃないの…! 奴隷として売買なんて、国際問題だよ!!

「ちなみに、おまえがどのくらいの金額で売られてたかわかる?」
「知らないわよ…!」
「僕も知らないけど」
「え、ちょっと! 買った側がソレ知らないの!?」
「だって支払いしたの僕じゃないもの。
 でも多分、この辺りの家だったらが100は建てられるんじゃないかな~」
「ひゃく!?」

100? 家が100軒経つ金額って幾ら!?
そりゃこの辺りの家って、集合住宅みたいに似たような建物しかないけども!!

「ああ、でも、小さい国ならまるごと買えるかもね」
「国まるごとって…そんなお金出してまで私を、その、買って、あなたは何がしたいの…?」
「どうしたいんだと思う?」

いや、わからないから訊いてるんだけど…。
質問に質問で返さないで欲しいんだけど、そう言ったところで無駄だろう。
だけど考えてみたところで、奴隷なる人間が何を求められているかなんてわかるはずもない。

「…さっきのお姉さん達みたいに、お世話係とか…?」
「あれは奴隷じゃなくて、僕の従者。一緒にしないでくれる?
 それに宮廷には下女なんて溢れかえってるし、多分あいつらの賃金とおまえの値段は釣り合わないよ」
「…家100軒だもんね…」

この国の相場はわからないけど、真っ当な仕事じゃ稼げない金額なのは想像に難くない。
…じゃあそれだけの金額に見合う労働ってなに?
よく聞くマグロ漁船的な? それとも風俗? どっちも御免です。

「おまえは見た目も悪くないし、着せ替え人形にでもしようかなぁ」
「き、着せ替え人形!?」

予想の斜め上の回答だった。
…え? 着せ替え人形? 等身大リカちゃん人形的な扱いってこと? 生物扱いですらないの?

「だってか弱そうだし、あんまり賢くなさそうだし、綺麗に飾るのが一番良い使い道だと思うよ~。
 ああ、踊りくらいは覚えようか。僕の暇潰しになりそうだしぃ」
「…ひまつぶし…」

しかも、自分の暇潰し。
ますます、扱いがペットか玩具だ。…冗談じゃないです。
どうすれば日本に戻れるかわからないけど…
少なくとも、この子に連れて行かれたら帰れなくなりそうな気がする。
なんとか逃げられないだろうかと、私は必死にもがいた。

「今更なに暴れてるの? 落ちるよ?」
「落ちても良いわ、逃げられるもの」
「落ちたら拾うだけだけどね」
「また暴れるわ」

幸い、腕力はともかく、体格自体は私と紅覇はさほど差が無い。
バランスを崩して落としてもらえたら、走って逃げだせる…!

「そんなに人形扱いが不満? 楽な仕事だと思うけどなぁ」
「そもそも私は奴隷じゃないと言ってるでしょう!!」
「だから僕にはそんなのどうでも良いんだってば。
 …ま、分不相応な欲丸出しで媚びてくるより、ずっと良いよ。僕はその方が好き」
「………………」

好きと言われても、この状況では全然嬉しくない。
嬉しくないのだけど、紅覇に悪気も敵意もないのは、私にとっては最悪だった。
思いっきり蹴飛ばしたり、引っ掻いたり出来ないのだ。
新しいオモチャを買ってもらった子供みたいに、嬉しそうにしてるから。
申し訳程度の抵抗など何の意味もなく、私は逃げてきた道を逆戻りして、例の店の辺りまで戻って来てしまった。

「紅覇様! 心配しておりました…! 」
「大袈裟だなぁ。なにもないよ」

待っていたのは紅覇のお付きのお姉さん達で、駆け寄って来た彼女達に紅覇は上機嫌で返事を返した。
…いい加減降ろしてくれないかな。重くないんだろうか。

「さぁ、そろそろ煌へ戻りましょう。じゅうたんを用意してありますから」
「え~~~!? 僕、あれ嫌いなんだけど!」
「ですが陸路は危険ですし、大所帯になりますから時間も掛かります」
「その子で遊ぶお時間が減ってしまいますよ? 旅の最中では道具も揃いませんし…」
「………しょーがないなぁ、もう」

一瞬考えてから、紅覇は私を担いだまま歩き出した。降ろしてくれるつもりはないらしい。
お姉さん達も何も言ってくれないので、私はこのまま更に見知らぬ土地へ連れて行かれてしまうのかなぁ…。
…若干諦めが入って来た。この状況で逃げ切れるとはちょっと思えない。

「あ、そうそう。この子、って言うんだって。おまえ達、苛めちゃダメだよ」
「まあヒドい! 紅覇様のお人形を私達が苛めるわけありませんわ」
「きちんとお世話致しますわ、ご心配なさらず」

お姉さん達からも人形認識なの!?
だけど紅覇のお世話係は、私の世話までしてくれるらしい…なんか意外…。

「………」
「意外? 皇族の個人所有物なんだから、このくらい当たり前だよ」
「…紅覇って皇族なの?」
「うん。煌帝国現皇帝の子供」
「…煌帝国…?」

そうか、お姫様なのか…この感覚のズレっぷりも、それなら納得だ。
そしてこの、末っ子特有の我が儘っぷり。上に兄姉がいるんだろうなぁ…。

「…私はあなたの国を知らないけど…あなた絶対、上にお兄さんかお姉さんが居るでしょう」
「うん、兄様がふたりと、姉様が7人」
「多っ!?」
「下にも妹と義弟が一人ずつ居るよ~。妹って言っても同じ歳だけど」

…異母兄妹ってやつだろうか。
今時、一夫多妻制ってこと? 煌帝国っていったい、どこにある国?
…あれ。そういえばなんでこの子、日本語喋れるんだろう…?

「でもなんでわかったの?」
「え? あー…うん…なんかそんな感じ…?」
「ふぅん?」

まさか「我が儘だから」と言い返す勇気はなかった。
言ったところで、多分軽く流されてお終いな気もするし。

「…あの、紅覇?」
「なに?」
「日本にはここからどう行けば帰れるのかな…?」
「ニホン…って、それがおまえの故郷なの?
 …そんな地名は聞いたことないけど…おまえ達は?」
「いえ、わたくし共も存じ上げませんが…」
「ええっ…」

日本知らないって、いったここどこなの本当に!?
アジアの国の中では有名だと思うんだけど! というか、今日本語喋ってるよね?!

「炎兄か明兄なら知ってるかもね。博識だから。聞いてみたら?」
「…そのお兄さん達はどこにいるのよ…」
「これから帰るから、すぐ会えるよ」
「私は行かないわよ!!」
「はぁ? なに言ってるの?
 おまえは僕の玩具なんだから、一緒に行く以外選択肢なんかないよ」

それは何度も聞いたけど!
いい加減にしてくれないかな、この平行線会話!

「だから! 私はあなたの玩具でも奴隷でもないの!!
 お願いだから、もう少し真面目に私の話を聞いて!!」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」
「は…?」

何が大丈夫なの?
私はただ家に帰してもらえさえすれば、あとはもうどうでも良いのたけど。

「僕は自分のものは大事にするし、丸腰の女相手に武器を振り回すほど野蛮じゃないし?
 兄様に害を成すモノでなければ、おまえを傷つけたりなんてしないよ」
「……」
「ただ手加減は大の苦手だから、物理的な反抗はやめておいた方が賢いと思うよ~。
 傷つけるつもりはないけど、うっかり不可抗力で殺しちゃうことはあるかもしれないしねぇ…?」
「全然大丈夫じゃないでしょうそれは!?」
「だから、良い子にしてれば綺麗な服を着せて美味しい物を食べさせてあげるって言ってるの。
 おまえがいくら馬鹿でも、僕の言ってることの意味くらいわかるでしょ?」
「誰が馬鹿!? そこまで言われなくてもわかるわよ!
 結局あなたが言いたいのは、自分の言うこと聞かなかったら暴力振るうってことでしょう!?」
「そこまで言ってないってば。口答えくらいならお好きにどーぞ。
 僕は心が狭いんじゃなくて、手加減がものすご~~~く苦手なだけだもん」
「そんなの大差ないわよ…!!」

なんなのこの子! 我が儘とかそれ以前の問題だわ!
なんでそんな楽しそうに人を馬鹿に出来るわけ!!

「じゃあ、あんまり理解出来てないみたいだから言っておくけど」
「何を!」
「今ここで逃げたところで、また捕まって売り飛ばされるのがオチだよ。
 今度はどっかの好色ジジイやキモいおじさんに買われちゃうかもね。おまえ、双黒の上に若い女だし」
「……!」

………………想像しちゃったじゃないか。
なまじ紅覇が綺麗な顔をしているせいで、それは落差が激しい。

「僕がご主人サマの方が、おまえにとっても良いと思うけど?
 少なくとも僕はおまえに手枷足枷を付けたりしないし、家畜扱いしたりしない」
「……でも、人形扱いなんでしょう?」
「不満ならペットにしておく?」
「ペットでもないし! 私は人間です!!」

あくまで人間扱いしないつもりですか!
憤慨する私とは対象的に、紅覇は何が楽しいのかけらけら笑ってるし!

「だったら、その容姿以外で何か役に立つことを証明してみせてよ。
 そうしたら、もっと別の扱いをしてあげる」
「……」

言われるほど、物凄く容姿に秀でてるわけではないと、思うけれど。
他に何か取り柄や誇れるものがあるかと訊かれると、…残念なことにこれと言って無いわけで。

「さってと、じゃあそろそろ帰ろうか」
「え?」

言葉に詰まる私を、紅覇はようやく肩から降ろしてくれた。
降ろされた先は…じゅうたん?
なんで屋外にじゅうたん? しかもかなり大きいんだけど。

「…なにこれ、じゅうたん…?」
「端っこにいると落ちるよ。こっちおいで」
「え??」

そのまま手を引かれて、じゅうたんの中央まで移動する。
座れといわれたので腰を下ろした瞬間、急な浮遊感に襲われた。

「~~~~ッ!? …っ、きゃああああああああああああっ!!?」

飛んでる!? 飛んでるよねこれ!? 気のせいじゃないよね!?
一拍遅れて悲鳴を上げた私に、紅覇は顔をしかめた。

「うるっさいなぁ…至近距離で悲鳴上げないでよ…」
「だ、だって、なに、なんで、飛…っ、…これ何…!?」
「じゅうたん」
「普通じゅうたんは空飛ばない!!」
「魔法道具だし。なに、見たことないの?」
「まほうどうぐ!?」

そんな、ドラ○もんの秘密道具じゃあるまいし!!
こんな不安定な布が人間乗っけて空飛ぶとか有り得ない…!

「お、降りる! 降ります!! やだコレ怖い!!」
「うるさいってば。すぐ着くから黙っててよ」
「無理無理落ちちゃういやだ!」
「も~~~…!」

あたふたする私の肩を、紅覇は強く掴んだ。
そしてそのまま、自分の方へ引き寄せる。
予想外の展開に目を白黒させていると、紅覇は宥めるように私の頭を撫でてきた。

「僕にしがみついてなよ。絶対落とさないから」
「…?!」
「何意外そうな顔してるの。言ったでしょ、僕は自分のものは大事にするの」

私はあなたのモノじゃないんだけど、と。
本当なら言い返すべきなのに、思わず言葉に詰まってしまった。
…一瞬とはいえ、女の子にときめいちゃったよ…これが俗にいう「吊り橋効果」かな…。

「あら、妬けますわね」
「おまえ達はこの子みたいに小さくないからしてあげないよ~」
「小さいって」

なんで同じくらいの歳の子に、子供扱いされなきゃいけないんだろう…。
そりゃあ私は小柄な方だけど、同世代に見えない程幼い外見をしてるわけじゃないと思う。
むしろ紅覇の方が年下だと思うんだけど。たぶんそんな気がする。

「ホラ、危ないから前見ておきなよね。落ちたら大変でしょ?」
「はい、紅覇さま」

…あれ?
当たり前のようにお姉さん達を気遣うような言葉が出てきて、なんだか意外だった。
平然と奴隷を買い上げたり、容赦なく攻撃してきたりするから、なんか危ない人なのかと思ってたけど。

「まぁ、よっぽど隅に寄らない限り落ちはしないけど…ん? なに?」
「…なんでも、ない」

もしかしたら、少し常識外れなだけで、そんなに悪い子じゃないのかもしれない。
…そう思ってしまったわたしは、少し楽観的過ぎるのだろうか?






無邪気な我が儘って性質悪い。



To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。