急場凌ぎとはいえ、飾り付けたはもとが良い分、十分以上に鑑賞に値する姿だと思う。
炎兄も明兄も一瞬息を飲んだのを見て、単に自分の自己満足ではなかったことを確信する。
「…………」
「…………」
…で、この展開はなんだろう。
僕の背中にへばりついてると、じっと彼女の出方を見ている炎兄。
……なんだろう、これ?
「…なに見つめ合ってるの? あとなんで僕の後ろに隠れてるわけ?」
「…ああ、うん…ええとね…」
「?」
「…………想像と違ってね…………こ、紅覇のお兄さん怖いね…………!」
「………あー」
なるほど。見つめ合っていたというより、動物的本能で目を反らせなかっただけらしい。
炎兄にしろ明兄にしろ、黙っていれば威圧的な強面だ。
なんといっても、炎兄は次期皇帝。いくらが普通じゃなくても、気圧されるのは当然のこと。
「うん。炎兄、顔怖いって」
「………そうか。普通にしているつもりなんだがな」
「炎兄にしろ明兄にしろ、真顔が強面なんだよ? 少し微笑ったら?」
「紅覇。私はともかく、兄王様に失礼ですよ」
「……………」
一斉に視線を向けられて、は慌てたように思い切り頭を左右に振った。
飾り付けた髪が鞭のように肌を叩いてきて、地味に痛い。
「え、あの、ごめんなさい大丈夫デス!」
「全然大丈夫そうに見えないんだけど」
大丈夫だというなら、いい加減背中にへばりつくのやめてほしいんだけど。
「と言ったか。そう怯えずとも、何も取って食ったりはしない」
「いやホントに大丈夫なんでお構いなく! 下手に構われるとなんか怖いです!」
「だから…いや、いい。本題に入ろう」
良く考えなくても失礼なの反応に、怒らない炎兄はさすがに大人だなぁ。
小さく息を吐いてから、炎兄は改めてに視線を向けた。
「。お前の故郷の話を、聞かせてくれ」
「「「………」」」
説明が得意な方ではない、という自覚はあれども。
三人が三人とも、そんな「子供の法螺話を聞かされた大人」みたいな顔しなくても。
………そんなに変な話をしただろうか。ただ聞かれるままに答えただけなのに。
「…ええと。その反応はなんでしょーか」
「…いえ、予想以上に奇想天外な話と言いますか…」
「明兄、無駄だよ。は鈍いからはっきり言わないと伝わらないって」
「誰が鈍いのよ!」
どうしてこう、この子は一言多いのか!
眦を釣り上げる私に、紅覇は呆れたように目を眇めた。
「自覚ないの?」
「自覚も何も!」
「こら、やめなさいお前達。兄王様の御前で」
とりなすように、ボサボサ頭のお兄さん――紅明さんが間に入って来るけど、
こんな理不尽に文句を言われて、気が収まるわけもない。
「はっきり言うけど、お前の故郷の話って荒唐無稽過ぎ!
戦がない、ってのは良いよ。平和で。おまえの頭の中がのんびりしてるのは平和ボケだってわかるし。
でもなに? 大量の人間を高速で運ぶ箱とか、遠くにいる人間と会話する道具とか? しかも誰でも使えるって!?」
「だって本当のことだもん! 平和ボケで悪かったわね!!」
「そんな魔法道具が横行してる国なんてあるわけないじゃん!
しかも一般市民がその道具を使い放題? 有り得ない!」
「魔法道具じゃないし! ただの機械だし!! 魔法の方が有り得ないわよ!」
「魔法じゃないのにどうやってそんな道具が作れるわけぇ!?」
「だからやめなさいと…兄王様、どうにかしてください」
「………」
困ったように紅明さんが顔の怖いお兄さん――紅炎さんに振ると、呆れたようにため息を吐かれた。
また理不尽な文句を言われるんだろうかと身構えたけど、予想に反して、向いた矛先は紅覇の方だった。
「…紅覇。理解の及ばぬものを「無い」と決めつけてはいけないと、常に言っているだろう」
「でも、炎兄。いくらなんでも、そんな国があったら…」
「ああ、恐ろしいな。一般市民すらも、それだけの道具をいとも容易く扱うなど」
いやいや、何も恐ろしくないですから。普通のことですから。
顔に似合わない冗談でも言ってるのかと思ったけど、三人とも真顔だった。
…この国ってそんなに科学水準低いわけ…??
「だが、それ以上に気になるのは…それほどの力を有していながら、その存在が露見していないことだろう」
「そうですね。伝承の類にすら、そのような国の話は出てきません」
「…え、じゃあ私どうやって帰ったら…」
露見してない、って。
日本は鎖国なんてしてませんけども。
いや、もしかしてこれはタイムスリップってやつ?ここは古代中国ですか?
「……無いわ。そんなファンタジー有り得ないわ。
そもそも古代中国に中途半端にコスプレみたいな衣装があるわけねーわ…」
頭を抱える私に、少し考えてから、紅炎さんは机上に積んであった本を一冊手に取った。
そして、見るからに古そうなその本を、私に差し出してくる。
「…。この書物を読んでみろ」
「はい? そんな、海外の本なんて読めるわけ…」
見知らぬ文字、だと思う。
英語ではないし、もちろん日本語でもない。漢字ではないから、中国語でもない。
でもなんだろう、なんか…読める…?
「…ええと…〝かつて世界は…〟」
「――いい、全文を読む必要はない。…やはり、読めるのだな」
やはり、ってなんだ。
ひとり納得したように頷く紅炎さんに、私は首を傾げた。
「。お前は――この「世界」の「外」から来た。そういうことなのだろう」
「!?」
世界の外、って…
……それって、ええと、あれですか?
…………………「異世界トリップ」っていう、使い古されたアレですか?
「……………………………そんなバカな!! 有り得ないし!!」
「…ええと。炎兄? 本気で言ってる?」
「無論だ。繋がらない世界の歴史、その矛盾の答えのひとつが彼女の故郷。
市民が魔法道具に等しい道具を日常的に使い、数多の言語を持つ種族が世界中に散らばり、
それぞれが独自の文化と信仰を持つ――それが彼女の世界だという。そして彼女は、トラン語を読むことが出来た」
茫然としている私に、紅炎さんは意味深な視線を向けてきた。
…なんていうのかな…凄く珍しい何かを、それこそ珍獣でも見る様な、感じ…?
………あれ。なんか寒気がした。
「紅覇。随分と、面白いものを拾って来たな」
「ちょ、ちょっとちょっと! ちょっと待ってよおにーさま!」
「お兄様って」
「…俺のことか?」
「そーです! 紅覇のおにーさまッ!
まるで私がここにずっといるかのような言い方ですけど、私は家に帰りたいんですッ!」
「お前の故郷に行く術なら、こちらが訊きたいくらいだな」
「!!」
「すまないが、俺達にはどうすることも出来ん。
真実、お前が外の世界から来たのであれば――この世界の人間にはどうしようもないだろう」
「そ、そんな…」
唯一に近い希望だったのに、あっさり否定されてしまった。
海外どころか、俗にいう「異世界」に放り込まれて、帰る術はなし?
………………そんなマンガみたいな展開、誰も望んでない!!
「それは良いとして、彼女はどう扱うべきですかね。
後宮にでも入れておきますか? 一番安全でしょう」
「え~~~!? 明兄、何言ってんのぉ!?
そんなとこに放り込んで、あのクソ親父の手付きにされたらどうすんのさ!」
「こら。父上、もしくは陛下とお呼びしなさい。
心配せずとも、わざわざ妾妃選びに後宮に足を運ぶようなことは今の陛下には有り得ないでしょう。
だいいち、彼女のような幼い娘に手を付ける様な趣味は陛下にはないはずです」
「無いとは言い切れないじゃない。年増に飽きてコドモ相手にしたがるかもしれないしぃ」
「お前達、仮にも自分の父親をなんだと思っているんだ」
「その前に私をなんだと思ってんですかあんたらは。
人を幼女みたいに言わないでください、私は16歳です!!」
「「「……………は?」」」
まるで小学生か中学生でも扱うような物言いに怒鳴ると、三人はまったく同じ表情をした。
それは……まるで、信じられないものでも見たかのように、驚いた表情。
………………嫌な予感はしてたけど、私は、いったい幾つだと思われてたんだろう。
「16? …いいとこ13、4くらいかと」
「んなぁ!?」
「うっそ、僕と一個違い? 2、3歳は下だと思ってた」
「え、紅覇って私より年上!? 嘘でしょう!?」
「それどういう意味」
そのままの意味ですが。
えええ…この子私より年上? 嘘でしょ?
歳の離れたお兄さんに可愛がられて育つと、こうなっちゃうのかなぁ…。
「…後宮に置くのは少し、検討し直しましょうか」
「最初からダメって言ってるし!
良いの、これは僕の着せ替え人形なの。僕の手元に置いておくの!」
「いや良くないよ!? 誰があんたの着せ替え人形ですか!!」
「紅覇、彼女が16歳とわかった今、それはもっとダメでしょう?
お前は我が国の第三皇子。身内でも眷属でもない同世代の娘を、常に傍に置くなど外聞が悪い」
「なにヤラシイこと考えてんの明兄? 童貞じゃあるまいし」
「な!?」
…なるほど、この兄弟、紅明さんより紅覇の方が口が達者だ。
いや、もしかしたら紅覇の性格が悪いだけかもしれないけど。
………………ん? あれ? 今、何か聞き捨てちゃいけない単語が混じってなかった?
「ふむ…かといって、下手に侍女にしてしまえば色々面倒な事になりかねんしな。
眷属として軍に加えるのは更に難しい。…、お前はどうしたい。一応、希望を訊こう」
「一応ですか。……その前に、あの、今なんて言いましたお兄さまその2」
「それは私のことですか。…なんですか、殿。何か気になることでも?」
「あの、今、第三皇子とか、言いませんでしたか」
おずおずと口を開いた私に、紅明さんは不思議そうに首を傾げた。
「? ええ、言いましたが」
「…ええと、…紅炎さんが第一皇子で、紅明さんが第二皇子で、」
「名前覚えてるじゃないですか」
「…………第三皇子って、ダレ?」
「僕」
「…………」
「…………」
たっぷり数秒、場は沈黙した。
まじまじと、私は紅覇の頭の先から爪先まで見つめてみる。
小柄な体躯。綺麗な顔立ち。ひらひらした服装。
第三皇子? ………おうじ??
…………………………………男!?
「………嘘だッ!?」
「なんで嘘なんだよ。失礼な奴だな。
炎兄と明兄とは母親が違うけど、正真正銘、煌帝国第二代皇帝,練紅徳の第三皇子だよ僕は」
「だ、だって、だって! 皇子って男じゃん!!」
「はぁ? 当たり前だろ、こんなに可愛い僕が女のわけないじゃん」
「予想のナナメ上の返答!!」
自分が可愛いって自覚があるっていうのも、どうなんだ!!
…いや、そんなことはどうでもいい。問題はそこじゃない。
「だ、だって、あんた、皇子って…男って…そんなことって…!」
「なに、着替えさせたこと気にしてんの? もたもたしてたお前が悪いんでしょ?
そもそも皇子の僕が手ずから着替えさせてあげたんだから、むしろ感謝しなよ」
「それ連呼すんな黙れバカ!!」
「だいたい、素っ裸にひん剥いたわけじゃないし。そもそも僕は女の裸なんか見慣れてるし?
おまえ、そんなに体小さいんだから、どうせ大して発育良くないでしょ。見られて減るほどのもの?」
「な、な、なんてこと言うのこのバカ皇子!!」
「誰が馬鹿だよ」
お前だよ!!
怒鳴り返そうと口を開いた瞬間、別の場所から声が上がった。
「………………なんて破廉恥な!」
「ハレンチ!? なにか誤解してませんか紅明さん!?」
「兄王様、彼女は外の世界を知る稀有な存在。
このまま紅覇の手元に置かせて、何かあったら一大事ですよ」
「何かってなに!?」
「ふむ…しかし、紅覇がこれほど気に入っているのに、取り上げるのも可哀想だろう」
「兄王様! 紅覇を甘やかしてはいけません!!」
「明兄うるさーい」
「私の人権を無視しないでください! なんなのこの兄弟最悪だよ!!」
誰一人私の心配してないじゃない、これ! この兄弟酷過ぎる!!
紅炎さんと紅明さんは比較的まともだと思ってたのに、見事に期待を裏切られた…!
「…わかった、わかった。落ち着きなさい、お前達。
間を取って、の世話は紅覇の従者達に任せる。それでいいだろう」
「全然良くないです! あのお姉さんズ、紅覇にベタ甘じゃないですか!!」
というか、それ間もなにも無いと思うんですが!!
…だけど、私の抗議はあっさり無視された。
「紅覇。彼女を手元に置くのは構わんが、無理強いはするな。自害でもされては困る」
「そんなことしませーん。そこまで飢えてないしぃ」
注意するのそこ!?
いや、確かにそこも注意してあげて欲しいけど、それ以前の問題じゃないの!?
「…本当に大丈夫なんですか。後宮の女達を厭って夜伽を手酷く追い返すような紅覇が、
ここまでひとりの女性に執着するのは今までにないことですよ」
「だから別にをどうこうしようって思ってるんじゃないってばー。もー。
ただ双黒は珍しいし、おまけにこの顔立ちでしょ。飾って遊ぼうと思ってるだけだってば」
「どっちにしろ御免蒙る! なんで同世代の男の子にそんなことされなきゃいけないの!?」
そりゃ、どうこうされたら堪ったもんじゃないけども!
だからって、同世代の男の子に人形扱いされるのがマシだとは、到底思えない。
だってどう考えたっておかしいでしょ。人権は? 私の人権どこいったわけ!?
「なんで、って。おまえが僕に買われた奴隷だからだよ?」
「奴隷じゃないし!!」
「だから、奴隷扱いしないで普通に可愛がってあげるんだから、感謝しなよ」
「しない! 私は人形でもペットでもない! …あんたのそういうとこ、ホントに大っ嫌い!!」
「…あははっ」
大嫌い、と。
ほとんど勢いで怒鳴り返した私に、何をトチ狂ったか紅覇が返してきたのは笑顔だった。
「僕はおまえの、そういうところを気に入ってるんだよ」
「はぁ?!」
「そうやって躊躇いなく、僕に大嫌いなんて言い放つようなところをね」
それこそ、笑顔で言う言葉じゃないと思う。
その態度に。言葉に。視線に。
違和感と言うか居心地に悪さを感じて、思わず、私は後ずさった。
そう、それは。
例えて言うなら――爪を立てる猫を、飼い主が眺める様な?
ただの我が儘、世間知らずな箱入りかと思っていたけど。
だからこそ、ズレた言動も仕方ないと思っていたけど、でも。
もしかして、こいつは異常なのかもしれない。
To be continued?
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