「それで、…悟? どうした?」
会話に集中せずに階下をじっと見ている五条に気づいて、夏油は言葉を止めた。
「……あれ、だよな。一緒にいる奴、誰?」
「ん?」
視線を階下から逸らさず聞いてきた五条に促され、夏油も階下に視線を落とす。
階下にはが居て、誰かと会話中だった。見覚えのあるような無いような、印象の薄い成人男性だ。スーツ姿では無いので、補助監督では無いだろう。もちろん、一般人でも無い。
「補助監督じゃないね。高専所属の術師だろ、と任務が一緒だったんじゃないかな」
「女子高生と大人の男をふたりきりで同じ任務に就けるか普通? 別に俺たちとか、歌姫辺りで良いだろ」
「………」
無自覚なのだろうが、顔に『不機嫌』と書いてある。
見知らぬ術師と会話しているの様子は、特筆すべきところはないが、表情は穏やかで普段より愛想が良いように見える。
五条たちと初めて会った頃のは周り全てが敵であるかのように尖っていたが、2年に上がった今ではそんなこともない。相変わらず悪意には敏感だが、悪意のない相手にはむしろ愛想が良い。好意に対しては、無意識に考えないようにしているきらいがあるが。
「…あのさぁ、悟…」
「なに?」
「…あまりこういうことを言うのはどうかと思って、今まで言わなかったけど…」
「なんだよ歯切れ悪いな」
少し躊躇うように口を開いた夏油に、五条は訝しげに首を傾げた。
「…のことが好きなら、いい加減小学生みたいなことはやめた方が良いよ」
「は、」
とても言いたくなさそうな微妙な表情で、夏油が口にした言葉に、五条は虚を衝かれたような表情で一瞬、硬直した。
「………はぁ!? な、んで俺が、あんな猪女を!?」
「が自分以外の男と喋ってるだけで、そんなブッサイクな面してイライラしている理由が他にあるか?」
「ブサイクとはなんだ生まれながらのイケメンだわ」
「はいはい」
無自覚なのか自覚してるのか、判断の難しい反応だった。
「だいたいあんな、口より先に手足が出るような凶暴で可愛げなくて、面倒な体質で頭イカれてる変人女なんて、」
「まあね、気遣わなくて良いくらい強くて、反骨精神があって、君と同じように特異体質持ちでだいぶイカれてて、対等に喧嘩出来る女の子なんてくらいだしねぇ…」
「オイ、傑、話聞け」
「でもね、だからって小学生レベルのアピールは逆効果だよ。彼女自身もちょっと情緒の成長が歪だけど、そのうち嫌われるよ?」
「なんで?」
「なんで、って…」
「嫌いって言われたことないけど」
「まあ、うん…今はね…。も少しおかしいから…。でもしょっちゅう怒らせてるだろ」
「………」
怒らせている自覚はあるらしい。
喧嘩するほど仲が良い、とも言えるが、物理的な喧嘩に発展することも多々あるので微妙なところだった。
「は自分が他人の恋愛対象になるとか考えたことないタイプだと思うよ。だから悟が距離詰めても「距離近いなコイツ」くらいにしか思ってない。少しでも意識していればもっと恥ずかしがるか嫌がるか、極端な反応を示すと思うよ」
「……え……アイツ、バカなの……?」
「あー…うん、そういうこと言っちゃうから悟はダメなんだよ…」
煽る気が無くても煽っているようにしか聞こえないのは、問題だ。
特に、は沸点が低い。極端に短気とも言う。すぐに喧嘩になるのは目に見えているので、出来ればやめておいて欲しいのが夏油の本音だった。
「…でもさぁ…アイツ、俺の顔面あんまり効かないし…」
「顔面にしか反応しないより良いだろ?」
「そうだけど、無反応はちょっと腹立つ」
「…順調に拗らせてるな…顔面以外でなんとかしなよ」
今の発言は実質、認めたようなものだよなぁと思いつつも、夏油はそんな野暮なツッコミは入れなかった。
「言っただろ。これからは、良い意味でも悪い意味でも注目されるようになる。私たちはの味方だけど、私たち以外にもの味方になってくれるひとはいる。誰と一緒にいる事を選ぶかは、次第だろう?」
「……」
五条、夏油に続く若年の一級術師候補として、は注目され始めている。
彼女の出自から距離を取る者も少なからず居るが、今は期待の新人を見る目の方が多い。
加えて、最近の彼女は相応に愛想もあるので評判も悪くない。単なる同期生でしかない彼らの知らないところで交流が生まれていたとしても、何もおかしくはないのだ。
「…ちょっと行ってくる」
「え? 悟?」
逡巡は、短かかった。
階段を使うのも面倒なのか、時間を惜しんだか、五条はそのまま手摺りを乗り越え階下に飛び降りる。
普通なら自殺行為だが、呪力操作に長けた彼の場合はこの程度の高さからの着地は、造作もない。
「…必死だな…珍しい…」
無事に着地しての方へ向かう五条を見送りながら、夏油は呟く。
――特異な眼を持って生まれた、特別な子供。
傲慢に、我が儘に、そしてどこか孤独に成長してきたのは、想像に難くない。
同じように特異な体質を持った相手がいて、それが同期生の少女であれば、得難い存在として気に掛かるのもまた、当然といえば当然だ。
他人にあまり興味を示さない五条が、珍しく初対面からちょっかいを掛け続けている理由も、そんな一種の執着めいた『何か』なのだろう。
「上手くいくと良いけど」
その執着が『恋』なのかどうかは、もしかしたら当人にすらわからないのかもしれないが。
親友の健闘を祈りつつ、それはそれとして面白そうなので見学することに決めて、夏油は手摺りに身を預けた。
+++
「」
「ん?」
聞き慣れた声にが振り返ると、少し不機嫌そうな表情の五条が近づいて来た。
この程度の機嫌の悪さは割と日常茶飯事なので、はあまり気にしない。
「任務終わった?」
「うん、今帰ってきたところ」
何か労ってくれるのかと一瞬思ったが、別にそんな言葉は出てこなかった。
ただ、黙ってを――というよりを通り越して別のものを見ている。
「……」
「おーい?」
どうやら、先ほどまでと同じ任務についていた術師の方を見ているらしい。
知り合いなのかと一瞬思ったが、それにしては視線に親しみというものがない。
「…あ、ええと、…それでは私は失礼します。さん、また今度」
「え? あ、はい、お疲れ様でした」
そそくさと立ち去る術師に、は軽く会釈を返す。
何か急ぎの用事でも出来たのだろうか――と思ったが、普通に考えて、190cmのガラの悪い男子高校生が出てきたら逃げるだろう。
色彩から、呪術界では有名な五条悟であることは、すぐに判別出来たのだろうし、余計にだ。
「……今の誰?」
「北澤一級術師だよ。任務一緒だったの」
「……「また今度」って?」
「ああ。甘いもの好きなんだけど、男一人で店に行くのが恥ずかしいんだって。だから奢るから今度付き合って欲しいって言われて」
「………は。ベタ過ぎだろ」
「は?」
なぜそこで舌打ちをするのか。
目を瞬かせるに、五条はようやく視線を向けた。
「行かない方が良いよ。…というか、行くなよ」
「なんで? パフェ食べたい」
「パフェ如きで釣られてんじゃねーよ。危機感無さ過ぎ、緊張感無さ過ぎ、オマエってほんとバカ」
「喧嘩売ってんの? 買うぞ?」
なぜ突然、バカ呼ばわりされなければいけないのか。
今度はの方が、不機嫌そうに表情を歪ませる。
「…じゃあ聞くけど」
「?」
「硝子が大人の男とふたりきりで任務に就けられたらどう思う」
「それはダメでしょ、もし何かあったらどうすんの!」
即答したに、五条は軽く頭痛を覚えて頭を抱えた。は、自分と硝子にどれだけの差があると思っているのだろうか。
「……さっきまでオマエがその状況だっただろ。その上、任務関係なく後日会う約束取り付けようとするような奴と」
「は? 私と硝子は違うでしょ」
「……」
「……」
「……オマエ、バカなの?」
「あァ?」
さすがに、二度目である。ただでさえ短気なが耐えられるのはここまでだ。
しかし、目を据わらせるに対する五条の反応はこれ見よがしなため息だった。
「…鈍いとかじゃなくて純度100%のバカか…」
「バカバカ言うなぶん殴るぞ」
「悪意には異様に聡いくせに、それ以外の判定がガバガバなのどうなんだよ。術師だって人間だぞ、よく知らない男にホイホイついて行くな」
苦い表情で言われた言葉に、はぐぐっと首を傾げる。
喧嘩を売られているとばかり思っていたが、これは、もしかして違うのかもしれない。
「…つまり、なに? 五条は私の心配してんの…?」
「……」
YESともNOとも返って来なかったが、このパターンの沈黙は肯定である。
これが夏油であれば、も「心配性だなぁ、保護者かよ」と笑って答えたのだろうが、相手が五条となると、少し違う。
こいつに心配されるほど、自分は無防備に見えるのだろうか…という、どうにも腑に落ちない気持ちだけが残される。
「大丈夫だって、そんな物好きいねェよ。いたとしてもぶん殴って再起不能にするわ」
「…あの、さぁ」
適当に流そうとしたは、思ったより真剣な声に思わず口を噤んだ。
「悪意が無いから安全、良い奴、なんて単純なわけねぇだろ」
「…いや、まあ、言いたいことはわかるけど…」
今まで散々、三重苦女と言われてきたのに、ここで改めて普通に女扱いされても困惑する。
自身も、自分があまり性格がよろしくないことも、口が悪いことも自覚している。一般的な意味で、男が好む女の理想像とは真逆に近い。危機感を持てと言われても、反論したくなるだけだ。
「わかってねぇだろ」
「んー…ソンナコトナイヨ…」
「…確かにオマエは強いよ。呪力操作による肉体強化は完璧、格闘技に関しても天賦の才ってもんがあるんだろ。…それでも、」
強く手首を掴まれ、反応するより先に、縫い付けるように背後の壁に押し付けられる。
は常に呪力を放出している体質だ。呪力による肉体強化を、ある程度日常的に保っている。それでも、壁に押し付けられた手は指先くらいしか動かせない。
「それでも、オマエは女なんだよ。こうやって、簡単に押さえ込める」
手首を掴む手の大きさ、力の強さに、なにより――怒っているような、困ってるような、真剣味を帯びた表情に、少しだけ動揺する。
どう答えるべきか迷って、は何度も、唇を空回らせた。
「…知ってるよ。そんなこと」
ようやく吐き出せた言葉は、何の捻りも面白味もない。
勝手なことを言うなと、怒って良いはずだ。にはその権利がある。
強者の上から目線の、見当違いの説教ほど、癪に障るものはない。馬鹿にするのも大概にしろ、と、は自分を押さえ込んでいる五条を睨め上げる。
「でもそれは、五条が私より強いから、そう思うだけだろ。 お前以外で私を余裕で押さえ込める奴なんてそういないよ、何の心配してるの」
「……そう思ってるなら、もう少し危機感持てよ」
「どういう意味、」
が最後まで言うより先に、上から何かが飛んできた。
その飛んできた何かは、五条の後頭部に当たって地面を転がった。
「~~~ッ」
「だ、大丈夫!? え? いま何が起こった!?」
余程の衝撃だったのか、声になりきらない呻き声を上げながら、後頭部を押さえながら五条はその場に崩れ落ちる。
普段なら絶対当たらなかっただろうが、タイミングが悪過ぎた。
地面を転がるものに視線を向ける。…ジュースの缶だった。空ではない。
「こらー! に何かしようなんて許さないわよ五条ーっ!!」
聞き覚えのある声が、上から聞こえた。
が視線を上げると、女子生徒がひとり、窓から顔を出して怒鳴っている。歌姫だった。
「…え、あそこから缶投げたの…?」
歌姫とて術師である。呪力操作で肉体強化を施せば、そのくらいは難しくないだろう。
缶をヒットさせるコントロール力は、また別だが。
「…う、歌姫か…なんだよその異様なコントロール力!? 殺す気か!!」
「的に当てるのは得意なのよ! 何しようとしたのか知らないけどから離れなさいこのクズ!!」
「状況確認してから攻撃しろよ!! まさか校内でそんな場所から狙撃されるとは思わなかったわ!!」
たまたま階下に視線を向けた歌姫が、と五条を見つけて、体勢のせいで誤解をした、らしい。
それで中身の入った缶を投げつけるのもどうかと思うが、それも可愛い後輩を守らんとした結果である。まず誤解を解かなければならない。
「歌姫センパーイ、大丈夫でーす! こいつ、変なことする度胸無いんでー!」
「オイコラ。やろうと思えば出来るんだからな」
「ん?」
「…もういい…」
疲れたようにそう返して、五条は深く、息を吐く。
「すぐ助けに行くから!」と怒鳴り返してきた歌姫を宥めつつ、その場をなんとか落ち着かせた頃には周囲は野次馬だらけ。
教室に戻れば、騒ぎを起こしたことを夜蛾に叱られ、夏油と硝子は相変わらず他人事のように笑っていた。
結局、五条がなぜあんなことを言い出したのかは、にとっては謎のまま。いつも通りの、ただ賑やかな日常としてその日は過ぎていく。
――まさかこの日をきっかけにして、思いがけない方向へ事態が転がっていくなどと、誰が予想出来ただろうか。
+++
「…ー」
「んー?」
「今週は任務の予定ある?」
「え…」
一瞬、は言葉を詰まらせた。
…先日の一件から、五条がどこかおかしい。
まず、の任務予定を、当たり前のように確認するようになった。緊急で入った任務の場合も、何も言わずに出ていくと後で拗ねる。いや、拗ねるなんて可愛いものではない。面倒臭いことこの上ない。
「…え、っと…明日都内で一件、週末に長野出張…」
「ひとり?」
「いや、ふたりだよ…」
「……誰と?」
「明日のは歌姫先輩と。週末のは田嶋さんだったかな」
「田嶋って誰」
「え? 一級術師の…」
「男? 女?」
「男の人だけど…」
畳み掛けるような怒涛の質問攻めである。
が最後まで答えるより先に、五条は夜蛾の方へ顔を向けた。
「せんせー。週末のの任務、俺が代わりまーす」
「「は?」」
何を言い出すのか。
当事者であると、急に巻き込まれた夜蛾は、困惑の表情で五条を見やる。
「お前何言ってんの?」
「悟。は昇級査定中なんだ、邪魔するんじゃない」
「俺だって一級じゃん。推薦者じゃないし、問題ないですよね?」
「いや、まあ、規定上はそうなんだが…」
昇級査定には、教員・推薦者以外の一級以上の術師が同行する必要がある。
確かに、規定では同期生がダメとはなっていない。
「…さすがに引率無しで学生ふたりに出張はだな…」
「大人の男と女子高生をふたりきりで出張任務に就ける方がどうかしてると思いまーす。何かあったらどうするんですかー?」
「お前は何があると思ってるんだよ…」
遊びに行くわけではなく、呪霊を祓いに行くのである。その上、出張とはいえ日帰りだ。一体何を心配しているのか。
「五条とふたりきりなのは問題ないのかね?」
「悟にそんな度胸は無いから、大丈夫じゃないかな」
外野を決め込んでいる硝子と夏油は、内緒話をする体でそんな勝手なことを言い合っている。
「…オイ。聞こえてるぞ、傑」
「そもそも出張って言っても日帰りなんだけど」
「……わかった、わかった。勝手について行かれても困るからな、調整してもらおう。も悟が一緒の方が気楽だろうしな」
「まあ、私は、どっちでも良いですけど…」
結局、折れたのは夜蛾の方だった。
次期学長に内定している夜蛾は、一教員以上の権限もある。同じ等級の術師を交代させることは何も難しくないだろう。
…気楽は気楽だが、確実に要らない仕事は増える。
いったい、どうしてこうなってしまったのか――
+++
「………最近、五条がちょっとおかしい」
目の前に出されたサラダをフォークで突きながら、ぽそりと呟くようにそう言ったに、硝子と歌姫は同時に視線を向けた。
「なに、いきなり」
「アイツがおかしいのは今に始まったことじゃないでしょ?」
「そうなんですけど、そうじゃないんです」
ゆるゆると頭を左右に振って、は深く息を吐いた。
「…やたらと私の任務のことに口出ししてくるし…私と任務で一緒になった術師のひとにガン飛ばすし…この間なんて話の途中で割って入って来てろくに挨拶も出来ず…いったい何がしたいのか…」
「「………」」
硝子と歌姫は、顔を見合わせて小さく頷き合った。
「……硝子。これはつまり、そういうことね?」
「はい、先輩。そういうことです」
飲んでいたスープのカップをそっと置いて、歌姫は話を聞く体勢に入る。
好奇心と困惑の入り混じった、複雑な表情で口を開いた。
「…あの五条がねぇ…。アイツにそういう情緒があるとは思わなかったわ」
「小学生並ですけどね~」
「そうね。…としてはどうなの、私はアイツだけはオススメ出来ないけど」
「何がですか」
不思議そうに首を傾げるに、歌姫は目を瞬かせた。
「……」
「……」
「…。アンタもしかして、物凄く鈍い?」
「え」
「違いますよ、先輩。はただ、おバカなだけです」
「硝子さんひどい!」
似たようなことを先日夏油にも言われたが、なぜバカ呼ばわりされなければならないのか。
そういえば、前に言われた時も五条絡みだだたな、とふと気付いては渋面を作る。
「一応、今は所謂『恋バナ』をしてるのよ」
「なぜ。私は五条が最近おかしいという話をしていたはず」
「だから。五条がのことが好きだから挙動がおかしくなってる、って話でしょ」
「………」
呆れたように言われて、はゆっくりと目を瞬かせ、ぐぐっと首を傾げた。困惑を通り越して真顔である。
「歌姫先輩、何言ってるんですか?」
「なんで真顔なのよ。私がおかしいみたいな言い方やめてくれる?」
「…ちなみにLIKEですかLOVEですか」
「この流れならLOVEだろ」
コイツ大丈夫か、という困惑の表情でふたりに見られて、はパタパタと手を振った。あり得ない。
「私を好きになるような物好き居ませんって。しかも五条? それこそ私にちょっかい掛ける必要ないわ。あいつの面(ツラ)なら適当に歩いてるだけで、美女でも美少女でも美少年でもいくらでも釣れるでしょ」
「なんか最後変だったわよ」
「顔面で釣れないアンタにご執心ってことは、つまりガチなんでしょ」
「ナイナイ」
そこだけは力強く否定してくるのも、チグハグな印象だ。
外野からすれば、五条の態度はあからさまだ。当事者が気づかない――というのはよくある話ではあるが、は別に鈍いわけではない。
「…アンタに近づく男をあれだけあからさまに牽制してるのに? 違うと言い切る?」
「見当違いの心配してるだけでしょ? あいつ意外と友達思いだよね」
「………距離感バグってきてる自覚ある?」
「あいつは初対面から距離感バグってるよ」
間違ってはいない。間違ってはいないが、本気でそう思っているのだろうか。
硝子からすれば「またこれか」という話だが、歌姫の表情はますます困惑の色が濃くなっていく。
「……私でもこれはさすがに五条に同情するわね」
「カケラも意識されてないとか、あんまりにもあんまり過ぎて笑えないですね」
「なぜ」
心外そうに顔を顰めながら、はスープのカップを持ち上げる。
長話のせいで少し冷めてしまったスープを、ぐるぐるとかき混ぜながら、興味なさそうに口を開いた。
「そもそもあいつの性格で、まともに恋愛出来ると思えないんですけど」
「そう言うはまともに恋愛したことあるの?」
「…………………………無いですけど」
「無いんじゃん」
口々に言われて、は渋面のまま冷めたスープを口に運ぶ。
言うほど、硝子や歌姫も恋愛ごとに興味はなさそうなのに、なぜ自分だけ言われるのか。解せない。
「こそ恋愛するという情緒が備わっているのかどうかあやしいわよね」
「……興味ないわけじゃねェですよ」
「興味レベルか」
「こっちも小学生並ね」
「…もうこの話やめましょうよ…」
「アンタが始めたのよ」
確かに話を振ったのはだが、そもそもの発端は硝子と歌姫の勘繰りからである。
五条がおかしいのはにもわかる。わかるが、それと恋愛事がの中で結びつかない。
「でも、五条のこと好きって言ってたじゃん?」
「え。そうなの?」
「眼! 眼の! 話だよ!!」
あれが発端だと言われると、さすがにも抗議くらいしたい。
褒めろと言われたから、褒めるべきパーツを褒めたのだ。他意はない。
「眼、ねぇ…はアイツの眼、嫌いだと思ってたわ」
「え。なんでですか」
「だって、呪力を視認して術式を暴く六眼よ? ってそういうの嫌がりそうな印象があったから」
「…暴かれるのはまあ、不愉快ですけども」
確かに――五条の持つ六眼は、万物すべての呪力の流れを視認し、他者の術式を暴く。
視えてしまうことへの苦悩なんて、生まれた瞬間からその眼を持っていた五条には無い。他者と違うことを嘆くような感性を、彼は持ち合わせていない。
どこまでも、傲慢に、理不尽に。平等にすべてを暴くその眼は、持たざる者にとっては確かに恐ろしい。恐ろしいと、感じるのが普通なのかもしれないが――
「あいつの傲慢で理不尽なまでの平等さは、嫌いじゃないです」
「「……」」
特異体質を持つ者同士の親近感――と言うものとはまた、違うのかもしれないが。
にとっては、見透かすように見つめてくるあの眼は、決して不快なものではない。
「…って変わってるわね…」
「一年の中ではたぶん一番イカれてますからね~」
「硝子さんさっきから私の扱い酷くない?」
「見てる分には楽しいよ、アンタと五条」
「どういうこと…」
私は娯楽でもオモチャでもないよ、と。そう言い返したのとほぼ同じタイミングで、の携帯に着信が入った。
「…あ。すみません、電話…」
「任務? 私たちに構わず出て良いわよ」
「…任務、…では、ない、です、ね…」
ディスプレイに表示された名前を見て、は面倒くさそうに顔を顰める。
仕方なく通話ボタンを押すと、脳天に響くようなほぼ怒鳴り声に近い相手の声が届いた。
『遅ぇよバカ! ワンコールで出ろ!』
「はァ!? うっせぇよバカ! 私も暇じゃねェんだよ、硝子と歌姫先輩と飯食いに行くって昨日言っただろ!!」
席が隅っこだったのは、不幸中の幸いだった。
周囲の何人かはびっくりしたようにの方へ視線を向けている。
「あー。五条かー」
「…声デカ…」
電話越しでもうるさいなコイツら、と硝子と歌姫の表情に呆れの色が浮かぶ。
もともとふたりとも口が悪いが、不機嫌な時は更に酷い。少し恥ずかしい。
『知らねぇよそんなの。明日の任務の打ち合わせする、って言っただろーが、さっさと戻って来い』
「今じゃなくても良いだろ別に…」
『遅い時間になるとオマエ、話の途中でも遠慮なく寝るだろ。だからこんなギリギリじゃなくてさっさと時間作っておけば良かったんだよ。ほんとにオマエは危機感無さ過ぎ、緊張感無さ過ぎ、』
「あーあーうるせェなァ!! てめェは私の彼氏か何かかよ!!」
『か、…………』
勢いで言い返したの言葉に、五条は一音発したきり静かになった。
電話は繋がっているが、完全に沈黙している。
「……五条? おーい? もしもーし?」
呼びかけてみるが反応が無い。
首を傾げながらがもう一度呼びかけるために口を開いた瞬間、ブツリと通話が切られた。
「…あ!! あいつ切りやがった!! 一方的に掛けてきてなんなんだよ、もう!」
パタンっ、と携帯を閉じて、は自分を落ち着かせるように深く、息を吐く。
このまま放置しても良いはず、ではある。あるのだが……。
「…すみません、歌姫先輩。ちょっと行ってきますね…」
「行くの!?」
「放置すると拗ねるんで…」
しかも拗ね方が可愛くないので、後々が非常に面倒だ。明日から一緒に出張任務に赴かなければいけないので、これ以上面倒なことになるのは困る。
「いいよいいよ、ここは私が払っておくから行ってやんな」
「ごめんね、硝子。お願い~」
「任せろ~」
歌姫に対して頭を下げて、は荷物を引っ掴んで店を後にした。
怒涛の展開に、残された歌姫は唖然としながら目を瞬かせる。
「…あのふたり、付き合ってるの?」
「…いや、付き合ってないはずですよ」
「…じゃあなんなのアレ…」
「…さぁ…?」
束縛のキツい面倒臭い彼氏と、それを結局甘やかすダメンズメイカーな彼女にしか、見えないが。あれでふたり揃って無自覚というのは、色々問題がありはしないか。
「時間の問題、ですかねぇ」
「あれはあれでお似合いなのかもねぇ…」
絶対面倒臭いカップルになりそうだけど、と。
頬杖をつきながら歌姫がそう言って、運ばれてきた食後の珈琲を口に運ぶ。
舌の上に広がる苦みに、目細めた。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。