※過去編です。呪専時代の日常編。しばらく続きます。
ハルノアラシ 05





「今ちょっといいか、。…あ」
「?」

掛けられた声に振り返ると、想定外の相手だった。

「あ、夏油か。びっくりした」
「悪い。悟のがうつった」
「あー」

周りに呼び方が引っ張られるのは、まあよくあることだ。教室内でを苗字で呼ぶのは夏油だけなので、余計に。

「別に良いよ、呼びやすいように呼んで」
「そうかい? じゃあ私も名前で呼ばせてもらうよ」
「うん」

五条は勝手に呼んでいるし、硝子も、夜蛾も名前で呼ぶ。夏油だけダメなどということは無い。

「それで、要件なんだけど。夜蛾先生が呼んでいたよ。たぶん、あの感じだと昇級の件だと思う」
「そうなの? ありがとう、行ってくる」

軽く礼を告げて、は共有スペースを後にした。


+++


「術式って強化出来るの?」

教室に入って来るなり、は五条が座る席まで一直線にやって来て、開口一番そう質問した。

「え?」
「だから、術式」
「生得術式のこと言ってる?」
「そう」

同じ寮内で生活しているとはいえ、示し合わせて毎日一緒に登校しているわけでは無い。現に夏油や硝子もまだ教室に来ていない。
しかし朝からずっと姿が見えないと思っていたが、突然そんなことを言いながら教室に入ってくれば、五条でなくとも首を傾げるだろう。

「なに、いきなり」
「いや、昇級査定に入るらしいから…一級相当を術式無しで祓えるかわかんないし、一応?」
「ふぅん。冥さん以外からも推薦されたのか」

まあ妥当だろ、と。気の無い感想を口にして、五条はに視線を戻した。

「理論的には、術式に流す呪力量を増やせば強くなるよ」
「そういうのじゃなくて。なんかこう、出来ることを増やすというか」
「出来ることを増やす、ねぇ…生得術式は生まれながらに持つもので、術師ひとりにつきひとつなんだよね。変更とかは出来ないわけ」
「でも五条の無下限呪術は二種類…三種類? あるじゃん」
「あれはのと一緒。違うように見えても同一術式だよ。呪力のコントロールで強化して使い方変えてんの」
「…一緒?」
「…アレか。は自分の術式をよく理解してないんだな」

よく考えなくても、は術師として育てられたわけでもなければ、ひどく中途半端な時期に入学してきたので初歩的な授業も受けていない。
なまじ呪力操作も術式も、下手な術師よりこなしてしまうせいで、夜蛾すらその辺りを失念している。

「じゃあ、ちょっと説明しようか。座って」
「うん」

促されて、は椅子を引っ張って来て五条の前に座る。

「まず、生得術式ってのは、基本的には生まれた時から体に刻まれているもので、ひとりにつきひとつ。変更は出来ない。この時点で、呪術師っていうのは生まれ持った才能でほぼ実力が決まる」
「うん」
「例外も居るけどな。…で、術式は基本は順転、つまり攻撃に適した負の呪力で発動する。特に意識しなけりゃ負の呪力になるから、これは知識だけ持っていれば良い」
「硝子がやってる反転術式は、正の呪力だっけ?」
「そ。正しくは負の呪力に負の呪力を掛けて正の呪力に変換してる。硝子の説明はまったくわかんねぇけどな」

確かに、硝子の説明はひどく感覚的で分かりづらい。
とはいえ、も特異な体質から成る普通とは違うらしい呪力操作を、わかりやすく説明しろと言われても難しいのでそんなものなのかもしれない。

の術式の話に戻すぞ。オマエの術式は時間の縛りで効果を底上げしているだけで、四つあるように見せかけて本来はひとつの術式なんだよ。で、オマエは完全な無意識で緻密な呪力コントロールを行っていて、それぞれ四つの属性を術式に付与してる」

頷きながら、はふと気付いて小さく唸る。
五条の説明は意外にも分かりやすいが、対象が自身の術式なので、違和感が凄い。

「…聞いておいてなんだけど、私の術式なのに五条の方が詳しいのなんか変な感じ…」
「眼が良いからね。の術式は属性ごとに一応違う呪力の流し方をしているんだけど、俺の眼で視てもほとんど流し方が同じだから、かなり細かい調整だと思う」

そう言われても、にはまったくその認識がない。
術式に呪力を流す。それは感覚的に理解してはいるが、血液を心臓に送るように当然のこととして行なっているだけだ。そこに何らかの変化を加えようという意識をしたことは無い。

「そもそもさ。俺はこの眼があるから物凄く細かい呪力操作が出来るわけ。で、オマエはそういうもんがないのに、術式使う時だけめちゃくちゃ細かい調節してるの。これ、普通に考えたら異常なんだよね」
「異常って。言い方」
「人間には限界値、ってもんがあるんだよ。は普段の呪力操作も、そりゃあ上手い方だけど術式使用時の調節の細かさはやっぱり異常なんだよな、普通はそんなこと出来ない。俺みたいに最短ルートが分からないんだから、まず脳が耐えられない。要するに、オマエがやってることは人間の限界値超えてんの」
「ひとを人間の枠からはみ出してるかのように言うな」

出来るものは出来るのだから、仕方ない。そもそも、当たり前のようにそれが出来る五条が言うセリフではない。
…それとも、自分自身のことをそういう風に捉えているのだろうか。

「その辺りは体質に依るところも大きいんだろうな。術式の工程も、幾つかすっ飛ばしてるし…」
「え。そうなの」
「やっぱ無意識かよ…」

そう呟くように返して、呆れたように目を細める。
よっぽど何か言い返したかったが、はぐっと我慢した。いまは教えを請う立場である。

「ちょっと前後するけど、術式ってのはある程度分類があるんだよ。のはなんか曖昧だけど、一応、降霊術式になるか? まあそれは大した問題じゃないからいいや」

降霊術式。名称から考えれば、亡者の思念を呼び出し憑依させる、というイメージがある。
しかしの術式にそういう要素はない。強いて言うなら四獣――概念である四象に実体を持たせたもの、の力を具象化する結果から、神降しに近いと言う意味で降霊術式に分類される、ということだろうか。

「で、術式を発動するためには、プログラムみたいに式を構築する必要がある。降霊術式なら掌印、詠唱、降ろすための媒介が最低でも必要になるか。これを細分化した手順が工程、はその工程を幾つかすっ飛ばしてる。理由としては体表を呪力が循環している分、術式に流すために呪力を練るとか分別するとかが省略されるのと、単純な呪力量の多さでゴリ押ししてるから…とも思うけど、無意識にやっているにしては工程の飛ばし方がね…。オマエ、あんまり術式使うことないからいつもそうやってるのかはわからねぇけど」
「ふむ?」
「工程の省略ってのは俺もやってるし、他にも出来る術師はいるけどさ。理解してないでやってるわけだろ、オマエってやっぱ特異な体質なんだな」
「言うほど特異な体質かねぇ…呪力の循環が内か外か、ってだけでしょ…?」
「いや特異だろ。オマエ以外の人間は体内循環なんだよ」
「主語大きくない!?」
「事実だろ」

言い切られて、は言葉に詰まった。実際、と同じ体質の例は今のところ無い。

「…まぁね。生まれた時から『それ』が当たり前なんだから、「どうやってるか」なんて聞かれてもわかんねぇよな」

言葉に詰まったの反応をどう解釈したのか、五条がらしくない言い方をしたことに少しだけ驚いて、は思わずまじまじと彼を見る。真っ黒なサングラスの向こう側の表情は、よく見えない。

「オマエの場合は、そうしないと生きられなかったんだろ」
「……」
「ん? なに?」

急に黙り込んだに、ふと気付いて五条は不思議そうに視線を向ける。
は返事を返さず、身を乗り出して彼のサングラスに指を掛けた。

「え?」

何の脈略もないの行動に、五条はゆっくりと目を瞬かせた。
青く澄んだ両の眼は、何もかもを見透かすような、深い色。取り上げたサングラスを手の中で遊ばせながら、はじっと五条の眼を見つめる。

「…なんだよ」
「いや、…なんでもないよ」
「………」

小さく息を吐いて、はゆるりと頭を左右に振った。
大したことではない。
…同じように特異体質を持って生まれた者同士、何か通じるものがある、ような。そんな錯覚を覚えた、なんてことは。言葉にする必要もない。

「それで、術式の話だったね。なんだっけ、工程の省略? 緻密な呪力操作?」
「…オマエまともに話聞いてねぇじゃん。サングラス返せ」

差し出された手に、はサングラスを戻す。
真っ黒で普通の人が掛けても見えもしないサングラスを、当たり前のように掛け直す五条をなんとなしに眺めながら、は独り言のように口を開いた。

「見え過ぎるのも大変ね」
「オマエも似たようなもんだろ」
「…ああ、そう言われると、そうか」

物心つく頃からこうなのだから、当人からしてみれば大変も何もない。

「…なんだっけ。ああ、術式の強化の話な。掌印の簡略化、…いや、これたまに省略してるよな。で、詠唱の省略、媒介の単純化、これ以上オマエは何やるんだよ、って話なんだけど。…いやほんと、『急々如律令(コンバート)』の一節詠唱だけで即座に発動する降霊術式って何の冗談だよ。それ原理説明出来たらその道の権威になれるぜ?」
「そんなこと言われてもなァ…」

そもそも、分類が降霊術式なのかすらわからない。
降ろす、というよりは、感覚的にはタンスから服を引っ張り出して羽織る感覚に近い。

「理解しないで使ってるのが逆に怖ぇよな。…多分なんだけどさ。の術式には『大元』があるよ」
「『大元』?」
「そう。オリジナル、マニュアルって言った方がわかりやすいかな。証明は難しいから与太話だと思ってくれて良いんだけど。の家はもともと、加茂家嫡流から枝分かれした血筋だろ?」
「一応ね」
「で、術式と引き換えに呪いを受け入れた術師の子孫」
「うん」
「俺は、の術式はその最初に呪いを引き受けた術師が、引き換えに失った術式なんじゃないかと思う。失われた加茂の相伝術式、ってところか」

相伝術式。御三家が最も重要視し、その血筋に生まれた者が何よりも渇望するモノである。
さらりと出てきた単語に、思わずは一瞬、一切の動きを止めた。

「…………話が大きくなったな?」
の術式にある玄武・青龍・朱雀・白虎の元ネタはわかるだろ? 方角を司る霊獣、四神相応、星宿の守護神、いずれも陰陽道に於ける陰陽五行の思想に関わってくる。他に例がないからって、仮にも加茂の血筋なんだから無関係と考える方がおかしいだろ?」
「うーん…まあ、うん…?」

加茂家は、伝統的かつ正統派な呪術師――陰陽師の血統だ。
が自分の術式を認識した際、無意識にそれを連想して陰陽五行思想に基づいた解釈をした結果が、今である。
その無意識がただの所謂『中二病』的なものであったのか、もっと違う本能的なものであったのか、今となっては記憶は薄い。

「そう考えていくと、の術式は降霊というより『神降し』って表現した方が正しいか。土属性の『黄竜』に該当するものが無いのは、逆に違和感あるけどな」
「そういやそうか。五行思想では木火土金水の五属性だもんね」
がまだ気づいていないだけで、術式『黄竜』もあるのかもね。それを探してみるのもひとつの手じゃない?」
「極ノ番かもしれないよ」

急に割り込んできた第三者の声に、ふたりは同時に視線を向けた。
いつの間に教室に入ってきたのか、見慣れた級友が笑顔でふたりを眺めている。

「傑」
「極ノ番って?」

特に驚きもせず疑問を口にするに、夏油は苦笑して二人の座る席に近づく。

「『領域展開』を除いた、術式の奥義だよ」
「奥義! 強そう!」
「あー。イメージ的には、術式の集大成、って感じかな。確かにあり得るよな、黄竜って四神相応の中央だし。…というか、傑はいつから居たんだよ?」
「悪いね。ふたりがいつになく真剣に話していたから、声を掛けるタイミングを逃し続けていたんだ」

微妙に答えになっていないが、かなり前から黙ってふたりを眺めていた、ということだろうか。

「領域展開ってのは?」
「術式を付与した生得領域を、呪力で周囲に構築したもの。簡単に言うと『自分の心の中を外部に具現化した空間』」
「なるほどわからん」
「無敵キャンディ食ったカービィになれる空間」
「最強じゃん」
「えええ…いや、それで分かるなら良いけど…」

より正確に言うならその表現は正しく無い。
正しくは無いが、の前提知識を考えれば、これ以上細かい説明をしてもあまり意味がない。少なくとも、今現在は。

「領域展開なんて使える術師ほとんどいねぇよ、俺でもまだ使えないもん。には無理無理」
「決めつけんなよ」
「極ノ番の習得を目指した方がまだ現実的だろ」
の呪力量なら、無理ではなさそうだけどね」
「そこまで単純なもんじゃねぇだろ。まずは前提知識が欠けてる」

ある程度の前提知識が無いと、呪力量だけではどうにもならないらしい。
雲を掴むような話になってきて、若干は面倒くさくなってきていた。ゲームなら簡単でも現実のパワーアップは、思ったよりも難しい。

「術式の強化を目指すなら、は肉弾戦だけじゃなく術式もどんどん使っていった方が良いね。あるものは活用しないと、上達しないよ」
「うーん…そうだよねぇ…」

まず、使わなければ上達しない。それはにも十分わかっているのだが、今まで特に必要としていなかったのでいまいちピンと来ない。

「使い勝手が悪いから、って目を逸らしても仕方ないよ。ちゃんと向き合わないと。自身の術式なんだから」
「…ハイ…」
「………傑ってのこと名前で呼んでた?」
「ん?」

黙り込んでいたかと思えば、いったい何を言い出すのか。
気にすることか?と首を傾げるとは対照的に、夏油はくつくつと笑いながら頷く。

「ああ、この前好きに呼んで良いと言われたからね」
「…ふ~~~ん…」

少しばかり、声のトーンが下がった。
不機嫌ですと堂々と表情に出ている。

「なによ」
「別に?」
「別に?じゃねェわ。なにそのブサイクな面」
「はぁ? 俺のご尊顔を前にしてブサイクとはなんだ生まれながらのイケメンだわ」
「顔面偏差値の話はしてねェよ」

子供のように不貞腐れた様を指摘したつもりだったが、これはもしや無自覚か。
は面倒くさそうに目を細め、ため息混じりに言い返した。

「心配しなくても、夏油を取ったりしねェわよ」
「…そっちじゃねぇよ…」
「?」

困惑したように言葉を絞り出した五条に、は首を傾げる。そんなふたりの様子を眺めていた夏油が、耐えきれなくなったかのように噴き出した。

「…夏油は何笑ってんのかな?」
「い、いや…は本当に、鈍いというよりナチュラルにおバカなんだなと」
「え? なんでいきなりディスられてるの私?」

突然馬鹿呼ばわりは、心外である。
五条に比べてさも常識人です、という顔をしている夏油だが、案外こういうところがある。

「おーっす。お? 今日は仲良しだね」

空気を読む気もなく、教室に顔を出したのは硝子だった。
マイペースに、三人が固まっている席に寄って来る。

「硝子」
「いつもナカヨシだよ」
「まあ、確かに仲良しは仲良しか」

の本気か冗談かいまいち判別のつかない返事に、硝子は適当に相槌を打った。

「いまは何故か不機嫌そうにむくれてる五条の面がブサイクだな、って話してた」
「仲良しと言った同じ口で凄いこと言うよね、アンタ」

にそれ言われたらさらに機嫌悪くなるだろうな、と呟きながら、硝子は五条に視線を向ける。
納得いかない、と顔に書いてあった。これは面倒なことになりそうだ。

「…
「ん?」
「オマエ、俺の顔面見てもなんも思わねぇの?」

何か面倒なことを言い出した。
硝子と夏油は顔を見合わせ、そっとふたりから距離を取る。

「お前はいきなり何言い出すの? 無駄美形だとは思ってるけど」
「わざわざ無駄って付けなくても良くない!?」
「だって性格がすべてを台無しにしてるし…」

から見ても、五条は正統派の美形ではある。
ただし、黙っていれば。口を開けばただの生意気なクソガキだ。

「さっきまで真面目に喋ってたのに、なんで急にIQ下がっちゃうワケ? なんて言って欲しいの? たまには褒めろ的な?」
「…褒めてない自覚はあるんだな…」

だんだんと苦い表情になっていく五条を眺めながら、ちょっと言い過ぎたかなとは考える。
人の神経を逆撫でし、臓物に来るような言葉を平然と吐くくせに、五条は案外打たれ慣れていなくて繊細な面もある。

「…んー…」

少しだけ考えて、は席を立ち上がる。
先程と同じように手を伸ばして、五条の顔からサングラスを外し、顔を寄せた。そして、じっと至近距離で彼の眼を覗き込む。

「……」
「…なんだよ…」
「五条の眼って綺麗だよね。宝石みたい」

空のような、海のような、深い、蒼。
何もかもを見透かすような澄んだその色に、畏怖を抱く者も多いだろう。だが、はそんなに嫌いでは無い。

――私は、好きだよ」
「は、」

少しだけ笑って言ったに対して、一瞬固まった後、五条は椅子ごと後ろに転がった。

「うわっ、凄い音した。なに、どうした? 五条、大丈夫?」
「…って割と、オッパイ付いたイケメン系だよね~」
「笑いながら言う? それは褒められてんの? 貶されてんの?」
「さぁ、どっちかな~」

罪な女だねぇ、などと言いながら硝子は笑う。

「悟、しっかりしろ」
「…も、アイツやだ…」

床に転がったまま、絞り出すように五条はそんな一言を呟いた。
頭でも打ったのだろうか。には嫌がらせをした気は微塵も無かったのだが。

「褒めろって言うから褒めたのに…」
「期待してたのと違ったみたいだよ」
「えぇ~、ワガママ~!」

褒めろと言うから褒めたというのに、そうじゃないとダメ出しされる謂れはない。
そもそも、の先程の言葉は本心だ。

「冗談でも嘘なんて吐かないんだけどなァ…」

誰にともなく呟いたの言葉に、五条が小さく呻き声を上げて動かなくなった。

「…こいつ、頭打ったんじゃない? 夏油、保健室連れて行ってやってよ」
「いや、…頭は打ってないよ、うん」
「そうなの? じゃあ何してるの?」

返しそびれたままのサングラスをプラプラと揺らしながら、おざなりに呼びかけてみるがやはり反応しない。

「アンタって天然タラシだったんだね」
「なになに? 硝子さん、タラシ込まれてくれるの~?」
「さぁ、どうかなぁ。私は安くないよ?」
「やだ…硝子の方がイケメンじゃん…」

惚れちゃうからやめて、などと冗談を言っていると、音を立てて教室のドアが開かれ、夜蛾が顔を出した。

「よし、全員揃っているな。授業を始めるぞ。…悟は何をしているんだ、珍しく具合でも悪いのか?」
「…ナンデモアリマセン…」

ようやく、緩慢な動きで五条は身を起こす。
倒れた椅子を戻して座り直した彼に、声量を落として夏油が声を掛けた。

「…ああいうのは言われ慣れてるだろ?」
「…そういう問題じゃねぇよ…」
「相手から距離詰められるのは慣れてないんだな…」

一方のは、五条にサングラスを返却してから自分の席に着く。そして、不意に何か考え込むような表情をした。

「……」
「どしたよ」
「…いや、…改めて見るとあいつ、やっぱ顔が良いな」
「あー…」

顔を寄せ合って、内緒話をする声量で喋っていた硝子は、がぽろりと口にした言葉に苦笑する。
先程の面倒くさい質問に、それを言えば済んだ話だったのに、なぜ敢えて「好き」と言う単語を選んだのか。

「…も距離感バグってきたねぇ…慣らされちゃったか…」
「え? そう?」
「わかってないなら重症だ」

無意識だと言うのなら、まあ、そう言うことなのではなかろうか。
コイツらやっぱり面倒くさいな、と呟いて、何も考えていなさそうなと、困惑顔のままの五条を交互に見やり、硝子は――ちょっと楽しそうに、口元に笑みを浮かべた。









To be continued?

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