※過去編です。呪専時代の日常編。しばらく続きます。
ハルノアラシ 04





「それでさぁ、あいつなんて言ったと思う!?」
「はいはい」
「「小さ過ぎて視界に入らなかった」、って言いやがったんだよ! そんなチビじゃねェっての!」
「はいはい。…ほんとには五条の話ばっかするなぁ」

妬けるねぇ、と言いながら笑う硝子に、は顔を顰めて頭を左右に振った。

「そんなことないよ! あいつが! 腹立つことばっかするから!! 愚痴が絶えないの!!」
「わかったわかった、硝子さんがカルピス奢ってあげるから機嫌直しな」
「わーい硝子大好きー」
「現金だな~」

そんな話をしながらふたりが自販機エリアに到着すると、そこには先客がいた。

「あら。硝子じゃない」
「あ、歌姫先輩」

にとっては初対面の女子生徒は、どうやら硝子の知り合いらしい。

「どちらさま?」
「四年の歌姫先輩。先輩、こっちは同期のです」

紹介された女子生徒――歌姫は、にこりと穏やかに微笑んでに右手を差し出した。

「ああ、噂の転入生ね。はじめまして、庵歌姫よ」
です。はじめまして」

差し出された手を握り返して、も自己紹介をする。

「女性術師は数が少ないのよね。任務で一緒になることもあると思う。よろしくね、
「こちらこそ、よろしくお願いします。歌姫先輩」

そう答えて軽く頭を下げると、笑顔のまま歌姫は固まった。

「……」
「…あの? 先輩?」

何かおかしな反応をしただろうか。
伺うようにが歌姫の顔を覗き込むと、両手で手を握り締められた。

「…ちゃんと敬語が使える後輩で良かった…」
「え…どういうこと…」

しみじみと言われた言葉が、何かおかしい。
首を傾げてが硝子に視線を向けるのと、背後から聞き慣れた声が聞こえたのは同じタイミングだった。

「あっれー? 歌姫じゃん。何してんの?」
「出たわね! 先輩には敬語使えよ五条悟!!」
「え? なんで? 敬語って敬う相手に使うもんでしょ?」
「先輩を! 敬えよ!!」

先程まで穏やかに微笑んでいた歌姫が、別人のように豹変した。
目を白黒させるに、硝子は特に表情も変えずに五条を指差す。

「コレのせい」
「あー…」

なるほど、とは納得して頷いた。
年上は無条件に敬うべき、という歌姫の価値観と五条の価値観が絶望的に合わない結果、ああなったのだろう。
仮に五条が敬語を使ったところで慇懃無礼にしか聞こえないので、諦めた方が良いと思ったがは口を噤んだ。余計なことは言わないに限る。

、アンタはアイツの影響受けちゃダメよ!」
「あそこまで突き抜ける方が難しいと思いますよ」
「そうよね。良かった、良い子で…」

心底安堵したように言われて、は曖昧に笑う。言われるほど『良い子』でもない。

「良い子ぉ? が? 口悪い・態度悪い・ガラ悪いの三重苦だぞコイツ」
「余計なこと言わんでよろしい。ひとの頭を肘置きにするなと何度言ったらわかるんだお前は」
「いてっ」

当たり前のように頭の上に肘を置かれたは、ほぼ反射で背後に肘鉄を繰り出す。
呻き声と共に崩れ落ちる気配を感じて、「あれ?」とは振り返った。

「…オマエ…自分の攻撃力を、ちゃんと、自覚して欲しいんだけど…」
「変なとこ入った…? ゴメン。でも全体的にお前が悪い」
「…心配してる顔してその言葉のチョイスなんなの…」

そう言われても、やめろと言われたことを繰り返す方に非があると、でなくても思うだろう。

「ちょっと力加減間違えたのは謝るけど、そもそもお前がひとを肘置きにしなけりゃこんなことしねェのよ」
「すぐ手足が出るのは『良い子』なんだろうか」
「大丈夫、安心して。今のところ五条しか対象になってない。それに私、別に良い子になる気ない」
「…オマエほんとそういうところだぞ」
「いてっ」

軽く額を指で弾かれた。地味な痛みに、は思わず額を手で抑えて顔を顰める。

「随分と愉快な子が入ったわね」
「おかげで毎日退屈しませんよ」
「硝子がそう言うならよっぽどね。…!」
「え? はい?」

掛けられた声にが顔を上げる。
弧を描くような軌道で投げられたものを、は反射でキャッチする。

「今度、硝子と三人でランチにでも行きましょ。またね」

機嫌良さそうに手を軽く振って、そのまま歌姫は戻って行った。
手の中に収まっているジュースの缶を見下ろす。これは所謂『先輩の奢り』というやつだろうか。

「お礼を言う間も無く行ってしまった…」
「先輩は気にしないとは思うけど、今度会った時お礼言えば良いよ」
「そうだね」

連絡先もわからないが、そこは硝子と歌姫が仲が良いようなので問題はないだろう。

「歌姫、何しに来たの?」
「ただの休憩じゃない? 四年生って任務多くて忙しいんでしょ?」
「そんなに忙しいかねぇ。だって歌姫、弱いじゃん」
「お前はとことん失礼な奴だな」

仮にも相手は先輩、その上性格に難も無く人の良さそうな女子である。さすがのでも、そこまで突き抜けた態度は取れない。

「じゃあ聞くけど、はどう思った?」

問われて、一瞬、は言葉に詰まった。
術式や呪力量などは戦う姿を見ないと判別がつかない。だが、近接戦が得意かどうか、というくらいは、筋肉のバランスや足運びでにもわかる。

「…………接近戦は得意じゃなさそうだな、と」
「だろ?」
「でも術式知らんしトータルして強いとか弱いとかはわからん。…歌姫先輩、可愛いから別にそれで良くない?」

真面目な顔をして言い放ったの言葉は、ある意味では五条と大差無かった。
どういう意味で捉えれば良いのか判別出来ず、五条は首を傾げ、硝子は呆れたように目を細める。

「オマエの理論が謎過ぎてわかんねぇんだけど。…やっぱりって相手が女だと対応がちょっと優しくなるよな…」
「私からすると、オマエらどっちもどっちだけどな」
「こいつと一括りにするのやめて?」
「こっちのセリフなんだけど?」

同じような反応を返すふたりに対して、硝子が返したのはどこか生温い視線。最近コイツら似て来たな、という呆れも多分に含んでいる。

「それより五条は何しに来たの?」
「あ。忘れるところだった。オマエら呼びに来たんだよ」
「忘れんなよ。なに?」
「任務だって」
「私?」
「一年全員」
「多いな…」

自意識過剰などではなく、単純な術師としての能力だけなら東京校の一年生は全員が抜きん出ている。全員投入とならば、既に被害者も出ているような相当危険な案件なのだろうか。

「あー、違う違う。ヤバい案件とかじゃなくて、野外授業だと。今回は夜蛾先生が引率だってよ」
「ああ、だから私も行くのか。ほんとにヤバい案件かと思った」
「硝子は普段、救出案件とかしか参加しないもんね」
「私は戦いには向いてないからね~。荒事はオマエらに任せるわ」

一般人に比べればそれなりに動けるとはいえ、向き不向きはある。
そもそも、他者の怪我を治せるほどの反転術式の使い手は希少だ。硝子が危険な任務に戦力として駆り出されることは、これからも無いだろう。

「今回はすぐ治してやるから好きなだけ怪我していいよ」
「好き好んで怪我するバカがどこにいるんだよ」
「せめて「怪我しないようにね」って言って欲しい」

普段はそう言ってくれるのに、と不満気に言われて、硝子は口角を持ち上げ笑う。

「オマエら怪我するときは勝手に怪我するし、しないときは擦り傷ひとつないから、改めて心配するだけ無駄でしょ?」


+++


引率の夜蛾に四人が連れて来られたのは、寂れた神社だった。

「神社自体は移転されたんだがな。鳥居が古くなっていたからとそのまま放置したせいで、心霊スポットにされてしまったらしい。おかげでこの神社跡のみならず、近隣でも呪霊が大量に湧いている」

神社の境内。
拝殿跡の階段に腰掛けた夜蛾が、世間話のノリで解説する。硝子はその隣で気の無い相槌を打ちながら、残る三人を眺めていた。

「ありがち~。被害は?」
「死亡者はまだ出ていないが、時間の問題だろう」
「それで、被害が出る前に祓うついでに、私たちの授業教材になった…と」
「そういうことだ」
「それは、良いんです、けれども」

当たり前のように進んでいく会話を聞きながら、若干困惑の滲む声音では口を挟む。

「どうした、。何か質問か」
「…数が! 多いですよね!!」

思いっきり呪霊を踏み潰して祓いながら、は耐え切れずにそんな声を上げた。

「オマエらの課外授業は、生半可な呪霊では役に立たなくてな。敢えて数が多い場所を選んだ」
「ありがた迷惑です!」
ー、口じゃなくて手を動かせー」

夏油から掛けられた気の無い声に、は軽く舌打ちする。

「……面倒だから呪力の塊ぶつけて一気に潰す……」
「やめろバカ。オマエがそれやったらここに居る全員巻き込まれるだろうが。自分の呪力量考えろ」
「五条の術式で全員庇ってもらえばいける気がする」
「ンな器用なことまだ出来ねーよ」
「…。やめなさい」
「うぅ…」

ため息混じりに夜蛾に止められ、の表情が曇る。全身から面倒臭い、イライラする、と言う感情が漂っていた。

は基本真面目だけど、割と面倒臭がりだよね」
「俺でも我慢してちまちま祓ってんのに、短気にも程があるだろ」
「うるさーい!」

半ば八つ当たり気味に、怒鳴りながらは呪霊を思いっきり蹴飛ばした。
蹴りで首を落とすという、割とイカれた祓い方をするの暴れっぷりに若干引きながら、五条と夏油は話題変える。

「傑ー、なんか面白い呪霊いたー?」
「いや、今のところ特に居ないかな。面白そうなのが居たら教えてくれ」
「おー」

イカれっぷりはどっちもどっちだが、当人たちは無自覚だった。

「面白そう、の基準はなんなんだよ…」
「希望としては変わった能力がある奴かな。低級でも良いよ、索敵には使えるしね」
「わかんねーよ…」

変わった能力を持つ呪霊、と言われても、の祓い方はほぼ一撃必殺なので「弱らせてから祓う」と言う選択肢がない。呪霊の能力を見ることなく終わってしまうこともザラにある。

「呪霊だってただ漂ってるだけじゃないんだよ」
「知ってますけど!?」
は殴る蹴るしか出来ねぇもんな」
「あ? 他のことだって出来るわ」
「真面目にやれ、三人とも」
「「「はーーーーーい」」」
「返事を伸ばすな」



.
.
.



――数十分ほど経過した頃。
周囲の呪いの気配がかなり薄まり、もう襲いかかってくるようなレベルのものは存在しないと認識した三人は、ほぼ同時に臨戦態勢を解いた。

「終わった?」
「終わったんじゃない?」
「今日はなかなかの数だったね。お疲れ様」
「お疲れー」

ハイタッチを求めるように両手を上げたに、五条も夏油も反射的にそれに応えた。
ノリが体育会系になりつつある。

は私たちの倍は動いているのに、元気だね」
「ほんと体力オバケだよな」
「言い方!」

ふたりに比べて術式の性能がピーキー過ぎるは、結果的に術式に頼らない近接戦が多くなる。日々の体力づくりは必須であるし、この程度でバテていては話にならない。

「息切れ一つ起こしていないとは、相変わらずやり甲斐のない奴らだな…」
「教師がそういうこと言います~? だーれも怪我しなくて私はちょっと退屈でーす」
「オマエの発言もどうかと思うぞ、硝子」

怪我をしたらしたで叱るだろうに、心にもないことを平然と言う硝子に、夜蛾は苦笑を返した。

「…少し心配していたが、杞憂だったな」
「何がですか?」
のことだ。悟と傑は術師として抜きん出ているからな、がそこに溶け込めるか心配していたんだが」
「パッと見は生真面目そうに見えますけど、多分一番イカれてますよ、あの子」

生き物の形をしたモノを、平然と踏み潰し、蹂躙する。術師として教育されてきたわけでもない16の少女が、それを級友との談笑の片手間で行うのだからイカれ具合も推して知るべし、だ。周りへの被害をろくに考えない五条ですら止めるほど、大雑把で適当な祓い方をすることも多々ある。先程のように。

「個人的には、五条が振り回されてるの見るのは結構面白いですね」
「そうか…俺の胃は痛いが…」

結果的に、問題児の中にさらに問題児を投入したようなものだ。当人たちはともかく、担任である夜蛾の気苦労は絶えない。
そろそろ戻ろうか、と腰を上げたところに、ヒールの音を鳴らして境内に入ってくる足音と、拍手の音とが耳に届いた。

「これは面白いところに遭遇したね」

そんな涼やかな声に視線を向けると、アルカイックな微笑を浮かべた若い女性が進み出てくる。以外は、彼女と面識があった。

「冥か。珍しいところで会うな」
「お久しぶりです、夜蛾先生」
「ああ。任務かな?」
「ええ、帰り道ですよ。可愛らしい後輩たちの姿を見かけて、思わず野次馬しに来てしまいました」

突然現れた見知らぬ女性に、は首を傾げた。

「…誰?」
「冥さん。高専のOBで一級術師」

じっ、とは紹介された女性術師――冥冥を見つめる。
どこか浮世離れした雰囲気と、そつのない身のこなし。いままでが会ったどの術師ともタイプが異なる。

「…あのひと、めちゃくちゃ強いな」
「わかる?」
「うん。私じゃまだ勝てないな…。足元ピンヒールじゃん、それであの体幹? 嘘みたい。今まで会った中で、文句なしにダントツで格好良い」
「……前からちょっと思ってたんだけど、って女の方が好きなタイプの性癖?」

胡乱げに言われて、は嫌そうに目を細めた。そして、これ見よがしな重いため息を吐き、淡々と言い返す。

「すぐそういうゲスな勘ぐりする。だからお前は顔の割にモテないんだよ」
「とんでもねぇ暴言吐いたぞコイツ」
「どっちもどっちだよ。何の話ししてるの」

どうしてこのふたりは、互いに怒らせるような言葉をわざわざチョイスするのか。
喧嘩しているのかじゃれているのか、だんだん境界線が曖昧になっていくふたりを眺めながら、夏油は呆れたように目を眇めた。
ふたりの話は、コロコロと坂道を転がるように脱線していく。

「だったらオマエはどんな男が好みなんだよ」
「なんでお前とそんな話しなきゃならんのよ。…まあ…そうねぇ…夜蛾先生は素敵だと思う」
「おじ専!?」
「違ェよバカ」

そんなに、驚くほどのことなのか。
が呪術師になるのを決めたきっかけのひとつは、夜蛾の人柄にある。呪術師にもまともな大人はいる、ということをは初めて認識した。言うなら雛鳥への刷り込みに近い。

「オイ、聞こえているぞ。俺はまだ35だ、言われるほどおじさんではない」
「俺らから見たら立派にオッサンだよ」

20近く歳が離れているのだから、まあ高校生からすればそうなる。
も特に否定はしないので、先程の返答は半分おふざけだろう。

「たまには真面目に答えろよ」
「常にふざけてるみたいな言い方やめろや。なんでこんなことを真面目に話さなきゃならねェのよ、五条には関係ないじゃん」
「か、」

一瞬、五条は言葉に詰まって、唇を開けたり閉じたりして、言う言葉を探している。

「…関係は、ない、けども」
「? なんだよ」

絞り出すような声音に、は訝し気に首を傾げた。
の想定と違う反応だった。五条は他人の都合はお構いなしに喋るタイプなので、こんな風に言葉を詰まらせるのは珍しい。

「女の子にそう強引に迫るものではないよ、五条君。仲が良くて大変結構だけどね」

妙な空気になったふたりに助け舟を出したのは、予想外にも部外者である冥冥だった。
どこか揶揄うようにくすくすと笑いながら、ふたり――というより、を興味深そうに見て、近づいて来る。

「人聞き悪いよ冥さん」
「それは失礼。…初めて見る子だね、その子が噂の転入生かな?」

どんな噂になっているのだろうか。
同じようなことを先程、歌姫にも言われたばかりである。

です。はじめまして」
「はじめまして、私は冥冥。
 先ほど見せてもらったけど、…うん、近接戦に重きを置く女術師は珍しいね」

そう言いながら、冥冥はズイ、とに顔を寄せた。
反射的に息を詰めたの反応には、特に気にする素振りもない。

「呪力操作による肉体強化は完璧。呪力量はかなりあるね、使い方も無駄なく綺麗だ。五条君以外でこれほどの精密な呪力操作が出来る子はなかなかいないよ、今年の一年生は粒揃いだね」
「あの、冥さん、お顔が近いです」
「体術の方は我流かな? 滅茶苦茶な戦い方なのに、きちんと成立しているのが面白い。でもちょっと惜しい、まだ無駄な動きが多い。…そうだね、古武術の動きを取り入れてごらん。君ならすぐに私とも互角に渡り合えるようになる」
「…無視ですか…?」

控えめなの声に、冥冥は笑みを深くした。
一方的に喋っているのは、別にの声が聞こえていないとかではなく、わざとなのだろう。

「君を一級に推薦したい、という術師が現れたら私に連絡しておいで。二人目になってあげるよ」
「あ、りがとう、ございます…?」

差し出された名刺、のようなものを受け取って、は目を瞬かせた。
ろくに反応を返せないを気にすることなく冥冥は彼女から離れ、夜蛾へ視線を移す。

「今日は面白いものを見せてもらいました。先生、それではまた」
「ああ。気をつけてな」

そのまま、何事もなかったかのように立ち去っていく背中を、は唖然と見送った。
文句なしに格好良いが、同時に物凄くマイペースな女性だった。

「金も絡んでないのに、冥さんがあんなこと言うなんて珍しいな」
「は? 金?」
「あのひと、守銭奴だから。基本は金でしか動かないので有名」

組織に属する者として、それはどうなんだ。
疑問が顔に出ているに苦笑して、夏油が説明を引き継ぐ。

「OBだけど、高専の所属じゃないんだよ。完全フリーの呪術師なんだ」
「フリー…そういうひとって珍しいの?」
「うん、珍しいね。フリーランスって、交渉も営業も費用捻出も全部自分でやらなきゃいけないし」

組織に属することの最大のメリットは、面倒な事務作業をすべて専門の者が担ってくれることにある。そういう意味では、様々なスキルがないとどの界隈でもフリーランスで仕事をするというのは難しいはずだ。

「冥さんは高専にコネもあるし、術師の家系出身でもあるからこそのあの立ち位置なんじゃないかな。実力があるから、引く手数多だろうしね」
「ふーん…やっぱり凄い人なんだ」

術師としての実力があって、他にも様々な才覚があるのなら、ひとりでもやっていけるのだろう。その上、金でしか動かないとなれば仕事を選ぶ余裕すらあるということだ。

「冥からの推薦か…これは2年に上がる前に昇級も十分あり得るな…」
「もともと、コイツの等級が二級っておかしかったんじゃないですか?」
「スカウト枠の入学時等級としては上限ギリギリだ、仕方ないだろう」

スカウト枠と家系枠では、少し、その辺りも違うらしい。前例が無いことをするのは、よほどの理由が必要なのだろう。
やはり担任としては、生徒の等級が高いことは何か嬉しいことなのだろうか。そんな疑問を持ちながら、は夜蛾に質問する。

「前にちらっと聞いた気もするけど、昇級の条件ってなんなんですか?」
「まず、一級術師ふたり以上からの推薦が必須だな。その後、推薦者とは別の一級以上の術師と任務に就いて、適性有りとされれば準一級に昇級。単独での一級任務を経て、結果如何で一級に昇級する」

一級への道のりは、なかなか険しいらしい。
は後で知ることになるが、実際には二級に上がるのもそれなりに査定があり、はそれをすっ飛ばして来たのだが、今の段階では知る由もない。

「さっき冥さんがを推薦すると言っていたから、もうひとり推薦者が居れば昇級査定を受けられることになるね」
「夜蛾先生とか?」
「教員は駄目だよ。受け持ちの学生は推薦出来ない決まりになってる」
「誰だって自分の教え子は推薦したいもんね、そりゃそうか」

高専の教師以外、となるとたまたま任務が一緒になったり、なんらかの繋がりが必要になるわけだ。
教員が紹介するパターンもあるだろうし、先程の冥冥のようなパターンも実際ある。案外、昇級は前提条件が難しい。

「なんか…」
「うん?」
「…面倒くさいね…」
「ははは」

渋面を作るに、夏油は思わず、といった風に笑う。

「難しく考えることはないさ。普段通りに呪霊を祓っていれば、それで良いと思うよ」
「そういうもん?」
「そういうものだよ」

特に出世欲もないだろう?と、そう聞き返されて、は小さく頷いた。
上がるに越したことはないだろうが、無理に等級を上げたいとも、別に思わない。訳ありの身の上だ、下手なことして加茂の本家に睨まれるのも面倒だった。

「君の体質はとても特別なものだ。その体質をうまく利用して術式を極力使わず立ち回れることから考れば、これから注目されることは嫌でも増えると思う。さっきの冥さんみたいにね」
「んー…うん…?」
「良くも悪くも、君は御三家の血縁者だからね。敵も、味方も、これから勝手に増えていく。まあでも、少なくともここにいる私たちは君の味方だ、何かあればすぐに頼って欲しい」

言われた言葉を噛み砕いて咀嚼するように、はゆっくりと瞬きをした。

「…夏油は本当に16歳ですか?? そんなこと言われたら泣いてしまうだろーが」
「泣くの? は意外と素直だよね」
「意外は余計だよ」

どこか気恥ずかしさを覚えながら、ありがとうと言って良いのか少しばかり躊躇していると、急に背後から肩に手を置かれた。何の脈略もなくそんなことをする奴は一人しかいない。

「え? なに、五条……って! 肘置き扱いに飽き足らず今度は顎置き扱いかよ! お前なんなの!?」

振り返るより先に頭の上に顎を乗せられて、は抗議の声を上げる。
からは五条の表情は見えないので、何を考えているのかさっぱりわからない。

「別にー。ちょうど良い位置に頭がね」
「だからチビじゃねーって! お前がデカいんだよ!」
チャンはうるさいね~」
「お前さぁ!」
「はいはい」
「もー! なんなの嫌がらせ!? 重いー!」

文句を言いながらも、頭突きをするようなこともなく、はされるがままだ。
首は急所である。さすがにその近辺を攻撃出来るほど、も鬼ではない。

「…アイツ最近わかりやすいな」
「うーん…面倒くさいことになってきたね」
「わかっててに話し掛けてたでしょ。夏油ってそういうとこあるよね」
「まあね。…それにしても距離近いよね、あのふたり」

ふたりの距離感が日に日におかしくなっているのは、勘違いではないだろう。
もともと五条の距離感はバグり気味ではあったが、それにしても近い。

「五条はあれだね、猫構い過ぎて引っ掻かれるタイプだよね」
も猫っぽいしね」
「だいぶ飼い慣らされ始めてるけどね」

喧嘩ばかりしているかと思えば、いつの間にそうなったのか。
夏油と硝子はなんとなく察してはいるが、「アイツ、そういう情緒あったのか」という意外性がどうしても先に立ってしまう。

「…おーい、聞こえてるぞー」
「…噂話は本人に聞こえないようにお願いしまーす」
「聞いてたの?」
「…さて、そろそろ戻るか。オマエたちは実技以上に情緒の授業が必要だな…」
「先生、それが必要なのは悟とだけです」
「私たちは関係ないでーす」
「「オイ」」

小学生じゃないんですけど、と。
不満そうに声を上げるふたりに、夜蛾は頭痛を抑えるように頭を抱え、夏油と硝子は笑うだけだった。









To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。