※過去編です。呪専時代の日常編。しばらく続きます。
ハルノアラシ 03





軽く足を引っ掛けられて、は体勢を崩し地面を転がった。
即座に跳ね起きた瞬間、授業終了のチャイムが鳴り響く。

「ハイ、終了~」
「あー! もー! 勝てなーい!!」

悔しい!と騒ぐを、外野の硝子と夏油は苦笑しながら眺めていた。
努力では埋められない部分はどうしてもある。と五条の体格差では、負けないことなら可能だろうが勝つのは難しい。

「いい加減諦めなよ、
「悟もたまには負けてあげなよ」
「オマエ、幼児扱いされてるぞ」
「もぉーっ!! 負けて欲しいんじゃなくて勝ちたいの!」

どっちにしろ、正攻法で勝てるわけがない。
本人も理解してはいるが、それはそれ。正攻法で勝てなければ意味がない、とは言うが持論が「喧嘩に王道はない」なので諸々矛盾している。

「…そろそろ誰か代われよ…コイツ、金蹴り狙ってくるわ目潰ししようとしてくるわ、別の意味で変な汗出てくるんだよ…」
「オマエ以外誰が相手出来るんだよ、そんな暴れん坊」
「夜蛾先生の呪骸でも借りてくるか?」
「呪骸がボロボロにされるのがオチじゃない?」
「そこまでぬいぐるみを虐待する趣味はないわ」

気を削がれたのか、軽く頭を振って立ち上がる。
乱れた髪を直しながら一息つくに、スッとミネラルウォーターのペットボトルが差し出された。

「水分補給はした方が良いよ。1時間近くやってたからね」
「ありがとう。…どこかの誰かさんも、夏油くらい気遣いが出来ればねぇ…」

そう言いながら、はちらりと視線を向ける。
視線を向けられた五条は、嫌そうに顔を顰めた。

に言われたくねぇよ」
「どこの誰とは言ってませんが?」
「思いっきり俺の方見て言っただろーが」
「自覚があるんだねー」
「コイツ…」

しばらく睨み合って、ほぼ同時にプイッと顔を逸らす。
今日も小学生みたいな喧嘩してるなぁ、と見慣れた日常風景に、どこか微笑ましい気持ちになりながら硝子と夏油はそれぞれを宥めながら、揃って運動場を後にした。


+++


教室に戻って来た四人は、それぞれ適当に過ごしていた。
次の授業は座学だが、通常の高校とは違い、呪術高専の授業カリキュラムはあまりキッチリしていない。教員もまた呪術師なので、任務に駆り出されることも多く急遽自習になることも少なくはなかった。

、ちょっとおいで」
「うん?」
「アンタは無茶するから、怪我してないか診るの」

手招きされて、は素直に硝子の前に座る。
硝子はいつもの調子での手足を診て、怪我がないことを確認した。

「うん。今日は大丈夫みたいだね」
「怪我したらちゃんと言うのに」
「怪我しても気づかないとかザラでしょ~。頑丈なのも考えものだね」

体の表層を呪力が循環している――という特異な体質上、は常に呪力の鎧を纏っているような状態なので、普通より頑丈だ。その分、多少怪我に対して感覚が鈍い。

「近接戦が得意な術師って、割と自分の怪我に鈍い傾向あるよね」
「術式考えればまあ、近接戦に寄るのもわかるけど…って戦い方めちゃくちゃだよな。それなのに体術として成立してるの、若干納得いかないんだけど。我流?」

いつの間にか、結局四人で椅子を寄せ合って集まっていた。
人数の少なさゆえにか、一般的な高校生より距離感が近い。それが日常になっているので、四人は今更そのことに疑問も抱かないようになっていた。

「うん」
「スポーツは? 習い事とか部活とか」
「してない」

即答で返されて、三人はそれぞれ顔を見合わせる。

「確かに、スポーツ少女の印象はないけど…」
「…スポーツすらしてない女の子が、どうしてこんなことになってんの?」
「あー、殴りたい奴がいたの」
「え、なにその理由…」
「ありがち、ありがち。小さい頃から年に一回は加茂の本家に挨拶行かなきゃいけないんだけどさ、私は長女だからって小学生の頃から毎回連れて行かれてたのね。で、宗家の奴らは御当主サマ以外完全に無視してくるんだけど、」

一瞬懐かしむように目を細めてから、の表情にじわりと怒りの色が滲み出る。据わった目が怖い。

「……分家のガキどもがさぁ、まあ私より年上なんだけど。非術師が来るところじゃない、って虐めてくるわけよ。か弱い小学生女児を叩いたり蹴ったりしてくるのよ、クソでしょ」
「うわぁ」
「それはマジクソだわ~」
「大人は何も言わないのか、それは」
「言うわけねェじゃん、むしろ笑って見てるわ」
「最悪だな」
「…で、数年間怒りを貯めたさん12歳、手始めに5歳年上のクソガキをフルボッコにして本懐を遂げました」
「なんて?」

何かとんでもない言葉を聞いた気がする。
困惑する三人に対して、は得意げに親指を立てて見せた。

「こっちの呪力に気づかないような才能無しの坊ちゃん連中ごとき、私の敵じゃなかった」
「そんな良い笑顔で言われても」
「…え? そいつら殴りたくて強くなったの? 嘘だろ?」
「本当」

人間って負の力が強いほど強くなれるだね、などとひとりで納得したように言うを、三人はそれぞれなんとも言えない表情で見る。

「才能の無駄遣いを地で行ってるな…」
「そして力を持て余した結果、呪霊を祓い始めた辺りで夜蛾先生と出会い今に至る」
「殴る相手が欲しくて呪霊殴ったってこと…?」
「失礼な! そんな野蛮人みたいなことしてない、ただ目が合っちゃって、襲いかかってきたから!」
「で?」
「あ、こいつら殴れるんだー…って」
「…オマエさぁ…」

そんな感想が出てくるようなら、目の前にいきなり出てきた呪霊を悲鳴一つ上げずにビンタで祓った経緯も頷けた。

「剣道とか柔道とか、なんかそういうの習って強くなろうしたとかじゃないのが怖い」
「習ってはいないけど色々齧ってはいるよ。柔道、剣道、合気道、弓に薙刀、キックボクシングにムエタイ、レスリング…武器使うのはあんまり向いてなかったな」

思いつく限りの武道、格闘技を列挙したかのようなラインナップだった。

「………オマエは何になりたくてそんなことしてたの?」
「つまりは、格闘技において天性の素質があるということか…?」
「オマエも真顔で何言ってんの?」
「知ってる? 格闘技の教室って男ばっかだから、女の子が行くとみんな喜んで色々教えてくれるんだよ」
「うん、それは多分オマエだから教えてくれたんだろうし、下心あって教えてくれた奴もいたと思うから。なんでそんな危ない橋渡って生きてんの? あとここまでの話でオマエがガラ悪くなる要素あった?」

殴りたい奴がいたから我流で強くなった、までは良いとしても。
現在の口が悪い・態度が悪い・ガラが悪いの三重苦が構成された経緯がいまいちわからない。

「分家のガキどもクソじゃん?」
「クソだけども」
「でも基本坊ちゃんどもだから、こっちが反撃した上で荒っぽい口調で喋るだけでビビるわけよ」
「しょーもねぇな」
「土壇場で間違わないように日々荒い口調と鍛錬を欠かさなかった結果、なぜか喧嘩を売られることが増えて…」
「「「は?」」」

思わず、三人の声がハモった。
さすがにその件に関しては自覚があるのか、は器用に視線を逸らす。

「…まあ、死ななきゃ安いよね」
「返り討ちにしてたのか」
「オマエそれただの不良だろ」

金蹴り目潰し当たり前、「喧嘩に王道はない」が持論。
その最大の原因は、恐らくそれだ。

は呪力操作上手いからね、不良程度相手じゃ力持て余すだろうけど。でもさぁ、呪術師になる、って決めて高専来たんでしょ? そのガラの悪い感じ必要だったの?」
「そう簡単に直らねぇだろ」
「お前はいちいち一言多いよ」

確かに、最初は猫を被っていても問題なかったとはも思う。
初日からやらかして、挙句に教師に叱られるという不名誉な転入デビューとなった理由は、間違いなく――

「…最初に会ったのが五条だったからかな」
「ナニソレ」
「…ほら、呪術師になるってことはさ、血筋的に加茂家とどうしても関わらざるを得ないかもだし、他の御三家に関わる可能性もあるわけだし」
「確かに、可能性はあるよね」
「禪院家は加茂家に輪をかけてヤバいと噂に聞いたし」
「そうね」
「だから御三家全部ヤベェ奴の集まりなんだと思って」
「まあ、うん」
「五条家は五条悟の話しか聞かなかったけど」
「さすが俺」
「血筋も力も完璧な御三家の坊々とかそいつ絶対ヤベェ奴だと思って」
「なんだと」
「まあでも、先生に聞いたら御三家の奴らは高専にはほとんど通わない、って聞いてちょっと安心してたのにさ…なぜか五条悟が同期生だし、その上開口一番で私の地雷を踏み抜いてきたし…」
「え。そんなことした?」

訊き返されて、「冗談だろ」と思って視線を向けると、本気で不思議そうにしていた。無自覚らしい。

「…と、いう経緯で取り繕う余裕吹っ飛んだよね。最初に会ったのが五条じゃなかったら、もうちょっと猫被って大人しくしてたと思う、私」
「猫被る前にああなったってことか」
「笑ったよね。任務から戻って教室のドア開けたら、五条が知らない女子に思いっきりビンタされてたんだもん。思わず写メ撮ったわ」
「撮るな」
「ホラ、これこれ」
「見せんな。いい加減消せよ」

大笑いしながら携帯のカメラを向けて来た硝子の姿は、も覚えている。

「あれはオマエが悪いよ」
「納得いかねー。コイツの脚にそんな価値ある? いつも見せて歩いてるじゃん」

不満そうにそう言いながら、五条はのスカートの裾を軽く引っ張る。
あまりに自然な流れでされたことに驚いたが声を上げるより先に、硝子が思いっきり平手で五条の手を叩いた。

「なんでいま捲ろうとした? オマエさぁ、最近ちょいちょいにセクハラするよね。なんなの?」
「…なんでより硝子が怒るんだよ…」
「目の前で友達がセクハラされてりゃ怒るに決まってるでしょシバくぞ」

硝子は基本的にアンニュイで、あまり怒ったりもしないが、怒る際にはとても静かだ。
普段と口調も変わらないし、表情も変わらない。ただ声のトーだけが変わる。
先に硝子の方が怒ったせいで怒りのやり場を失ったは、五条を叱る硝子と叱られる五条とを交互に眺めながら、かくんと首を傾げた。

「怒るタイミングを逃した…」
「悪いね、…アイツちょっと小学生みたいなところあるから…」
「前から思ってたんだけど、夏油はあいつの保護者か何か?」

五条が何かやらかす度に、高頻度では夏油にこんな風に言われている。五条自身が謝ったことはもちろんほぼ無い。

「だいたい、女子高生なんてスカートの下に何か履いてるだろ。ちょっと捲ったくらいで、」
「履いてないよ」
「…は?」

何言ってんのオマエ、と。
そんな視線を向けられて、対するは緩く頭を左右に振った。

「ショートパンツとかでしょ? 履いてないよ。動く時邪魔だから」
「……」
「……」

数秒の沈黙の後、五条は頭痛を抑えるように頭を抱えた。

「いや…むしろ履けよ…。あれだけ脚高く上げて蹴ってくるのにそれはダメだろ…」
「五条がデカいだけで、あそこまで脚上げる必要も普段はないんだけどね」
「そういう問題じゃねぇだろ。俺に見えるのは気にしないのかよ」
「………」

ジト目で見られて、ようやく思い至ったのかは急に真顔になった。
そして椅子ごと硝子の隣に移動し、彼女の腕を取って身を寄せる。

「……」
「勝手に見せておいてなんだその反応」
「見たの?」
「見てねーよ」

即答した五条に、は胡乱げな視線を向ける。
その状況に苦笑して、夏油は声量を落として五条に問いを投げる。

「…本当のところは?」
「アイツの蹴り速いしそんな余裕あるかよ。太腿くらいしか見えねーわ」
「余裕あるじゃないか」

幸い、ふたりの会話はの耳には届かなかったが、硝子の耳には届いていた。
少し考える素振りをして、硝子は自分にくっ付いているの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「明日休みだし、買いに行こうか。下に履くやつ」
「硝子、付き合ってくれるの?」
「もちろん」

に頷いてから、硝子は五条と夏油に視線を戻す。

「オマエらも来るでしょ荷物持ち」
「荷物持ち前提?」
「今の流れで俺ら連れて行くの?」
「当然でしょ」

ちゃんと朝起きろよ、と一方的に告げる。
なし崩しに、四人の休日の予定が決まった瞬間だった。


+++


――翌日。電車に揺られながら、はぼんやり周囲を眺めていた。
東京は、とにかく人が多い。
そして行き交う多くの人々は、周囲の人間に関心がない。
…が、目立つ奴を思わず見てしまうのは、人の性だ。

チラチラと、思わず向けてしまったというような視線を感じる。自身ではなく、その隣に。

「…お前と一緒にいると本っ当に目立つなァ…」
が目立ってるわけじゃないんだからいいだろ、別に。チビのオマエはせいぜい俺の肘置き程度にしか見えねぇよ」
「オイ! 本当に肘置きにする奴がいますか! 寄り掛かってくんな重たい!!」

当たり前のように頭を肘置きにされて、抗議の声を上げる。騒ぐふたりに、残るふたりが呆れたような視線を向けるのもいつものことだ。

「オマエら外でまで喧嘩するなよー」
「なんで悟はいちいちにちょっかい掛けるかな」
とほとんど喋ってない傑に言われてもな。思春期かよ」
「私は悟とは違って紳士だからね。挑発しないし乗らないんだ」
「…私が煽ってるって言ってる?」
「夏油って割とナチュラルに煽るよね」
「それに、が何か喋ると悟が率先して喋るから、私は口を挟むタイミングがないんだよ」
「んなことはねぇ…よな?」
「知らん」
「いや、割とそう。オマエらよくふたりで喋ってるよ、自覚ないの?」

口々に言われて、と五条は互いに顔を見合わせた。
そして同時に、頭を左右に振った。

「「ナイナイ」」
「マジで自覚ないんだこのふたり」

お互いに口が悪いので喧嘩をしていることが多いが、感覚が近いのか仲が悪いという印象はない。

「ま、喧嘩するほど仲が良いって言うしね」
「そうだね」
「夏油はあれじゃない? 親友取られて寂しいんじゃない?」
「まさか。小学生じゃあるまいし。硝子こそ、せっかく同じ歳の女友達が出来たのに、悟に取られて寂しいんじゃないかい?」
「あー、ちょっとソレあるかも。ってさぁ、私と話してても五条の話ばっかするの。妬けるね」
「へぇ。悟も最近はの話ばかりするよ」
「「勝手に何言ってんだやめろ」」

ニヤニヤ笑うふたりに、と五条はまったく同じ言葉を口にした。

「……オマエ、硝子に何吹き込んでるんだよ」
「……お前こそ夏油に何吹き込んでるんだよ」

悪態を吐き合っているが、視線は器用に逸らし合っている。さすがのふたりにも、気恥ずかしさはあるらしい。

「どっちが思春期なんだか」
「ほんと、アイツら面倒臭いね~」

くつくつと肩を震わせて笑う夏油と硝子に、と五条が言い返そうと口を開いたのと、目的地の到着アナウンスが流れて電車のドアが開いたのはほぼ同時だった。


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女性の買い物は、年齢問わず総じて長い。
その理由としては、寄り道が多いことが挙げられる。
もちろん個人差はあるし、特別意識はしていなかったが、どうやら類に漏れず自分もそうだったらしい――と、気が付いたら荷物が増えていた現状を、は俯瞰的に自己分析していた。

「私はスカートの下に履くものを探しに来たんだけど…」
「そうだね」
「関係ないものばかり増えた…」
「良いんじゃない? そんな日もあるよ」
「インナーパンツって扱い的には下着になるのかな」
「あー。ここで探してみる?」

硝子が示したのは、ランジェリーショップだった。
華やかな内装はまさに女の園、当然のように女性客しかいない。

「…こういう専門店には無いのでは?」
「でもルームウェアとか売ってるしあるかもしれないじゃん」

そうかもしれないが、綺麗に化粧をして流行のファッションに身を包んだ大人の女性ばかりの店内は、とても入り辛い。

ってエロい下着似合いそうだよね」
「硝子さん? なんて??」

突然掛けられた言葉の意図が全く読めず、は思わず聞き返した。
対する硝子は普段通りのマイペースさで、店頭にディスプレイされているセットアップ商品を指さす。
黒のレースが基調だが、若干下の布面積が少ない。

「ホラ、ああいうやつ」
「…どっちかっていうとアレは硝子の方が似合うんじゃないかね」
「私だと意外性ないじゃん。みたいなのが着るからエロくなるんだよ。それに、私の薄い太腿よりのむちむちの太腿の方がガーターベルトは映えるでしょ」
「私、若干ディスられてない? というか、いきなりなに?」

確かに硝子の方が背が高くスレンダーではあるが、言われるほど差があるだろうか。
そもそもなんでそんな話になったのか、と目で訴えると、硝子は親指でビッと背後を指さした。

「間接的にそこの思春期男子どもをからかって遊んでるの」
「こんなことで照れるほど可愛げないだろ、………あれ?」

そういや静かだな、と思いながら振り返ると、物凄く居心地悪そうな顔で歩道の縁石に座り込んでいるふたりがいた。

「…俺らに聞こえないところでやってくれよ、そういう話…」
「…その店は私たちにはちょっと、いや、かなり難易度が高いかな…」

1秒でも早くこの場所から離れたい、という心の声が聞こえてくるかのようだ。
ですら入りにくい店なのだから、彼らにとってはそれ以前の問題だろう。

「……意外と可愛げがあった」
「脳みそ小学生レベルだからね。
 で、あれ買う?」
「要らん。どこに付けてくのあんな下着」
「勝負下着?」
「何の勝負すんの?」
「さぁ?」
「オマエらの方がセクハラだよバカ! あーもうわかった、謝るからそろそろ勘弁してくれ」
「悟もこう言ってるし、こういう店はふたりだけで買い物来た時に寄ってもらえるかな…」

呑気に会話を続ける硝子とに、さすがに耐えきれなくなって、ふたりは絞り出すように声を上げる。

「仇は取ったよー」
「気持ちは嬉しいけど私にもダメージ入ってるよ硝子ー」

テンションは普段通りのまま、片手を上げた硝子に、は苦笑しながらハイタッチする。
ぐったりしている男子ふたりを促して、ランジェリーショップ前を離れて数歩。
ありがちな喫煙エリアを見つけた硝子が、不意に足を止めた。

「…あー…ゴメン、ちょっと一本吸ってくるわ。歩きタバコはマナー違反だからね~」
「あ、うん。いってらっしゃい」

さらりと言って道路の向こう側にある喫煙所に向かう硝子を、三人は見送る。
が、しかし。今日は四人とも制服姿だ。

「……いや待て、制服姿はさすがにまずい。連れ戻してくる、ふたりとも待っててくれ」

率先して硝子を追いかけようとして、夏油は一旦足を止めてふたりを振り返った。

「喧嘩しないようにね」
「しねぇよ」
「夏油は私たちがデフォルトで喧嘩してると思ってんの?」

別に、常に喧嘩をしているわけではない。
残されたと五条は、どちらともなく視線を合わせる。

「…そういえばさ、聞いてみたいことがあったんだけど」
「ん?」
「私が御三家嫌いなのは、まあ8割分家の連中のせいだけども。五条は?」

五条は初対面の時に、御三家が嫌いだと言うに、自分もだと返した。自身も御三家のひとつ、五条家の人間であるにも関わらず。

「お前はさ、五条家宗家に生まれて、相伝の術式も持ってて六眼も持ってて、次期当主って決まってて、他の御三家とかからも注目されてて、大事にされてて、なんで御三家嫌いなの?」
「…大事に、ねぇ…」

少しだけ思案する素振りを見せてから、五条は静かに口を開く。

「俺さぁ。正論とかルーティーンとか、予め決められたものって嫌いなんだよね」
「は?」

話が噛み合っていない。
訝しげに首を傾げるに、まあ聞けよと五条は笑いながら言葉を続けた。

「知っての通り御三家ってのは千年も呪術界に君臨する名門なんだけどさ、その分考え方が古臭いし、諸々時代錯誤なんだよ。ずーっと自分たちだけが特別だと信じて疑ってないの。キモくない?」
「いや、うん」
「俺から見れば、俺以外は弱っちぃし」
「すげー自信」
「そもそも御三家出身じゃなくても、強い奴は居るしね」

名門に生まれれば強い、というわけでは、もちろんない。名門に生まれても才能を得られなかった者もいれば、非術師の家系からでもとんでもない天才が生まれたりする。

「…夏油とか?」
「うん、傑は強いよ」

即答だった。
相変わらず仲良いな、という言葉を、は敢えて飲み込む。今更過ぎて口にするのもバカらしい事実だ。

「硝子だって、術式は持ってないけど反転術式を使いこなせる。そんな奴なんて希少だろ?」
「他人を治せる術師って硝子しか見たことないな」
「ただでさえマイノリティな術師の中でもさらに希少だよ。やり方聞いても何言ってるかサッパリだけど」

確かに、擬音しかなくてまったくわからなかった。最終的にはセンスが重要、などと言っていたがそれすら本当かどうかわからない。

「で、極め付けはオマエだよ。は最高に皮肉満載の存在だよな。初代から分かれた御三家傍流の血筋、非術師しか生まれなかった家にいきなり生まれた術式持ちの特異体質。実例の少ない天与呪縛ですらないとか、加茂の連中はどんな顔してそれ聞いたんだろうな」
「悪い顔してるなァ…」

自分が性格が悪い自覚があるが、五条も相当だとは思う。

「だからさ、が御三家はヤバい奴の集まりみたいなこと言ってたけど、どっちかって言うと馬鹿の集まりなんだよ。ああいう馬鹿の相手は疲れる」

それが嫌いな理由、と。
そう言って笑う五条だったが、それ以外にも気に入らない理由があるだろうなと、は朧げに思う。
そもそも、年に数回会うか会わないかのに比べて、彼はその家に生まれ育ったのだ。では想像すら出来ない何かがあっても、おかしくはない。

「で。御三家嫌いのチャンは、俺のことも嫌いなの?」
「…わかってて聞いてるだろ」
「オマエの口から聞いたことないからな」

――最初は、関わりたく無いと思ったのだ。
御三家のひとつ、五条家に生まれた数百年ぶりの奇跡の子。関わってもロクなことにはならないと思っていた。
性格はお世辞にも良くは無い。一言多いし、他人を煽らないと会話出来ないんじゃないかこいつ、と腹も立つ。それでも、この空気を不快であるとは、には思えなかった。

「……本っっっ当にお前はムカつくんだけど、嫌いになれないのがまた心底ムカつく」
「なんだそれ。オマエってほんとに嘘吐けないんだな」
「そーだよ。素直なんだよ」
は素直とは違う気がするけど。
 ま、俺らの間では家のこととかどうでも良いじゃん。無意味だよ」
「…そうだね。たった四人だけの、同期生だしね」
「そうそう」

自分で話を振っておいてなんだが、思ったより真面目な話をしてしまっては若干、困惑していた。
この空気を変えるにはどうしたら良いのか考えて、手に持った荷物に目を止める。

「…そうだ、荷物持ちで連れて来たんだった。ホラ、荷物持てよ」
「もうちょっと可愛く言えないのかよ」

差し出された荷物を受け取ろうとして、ふと何かに気付いたように五条はの手を取った。

「……」
「なに?」
「いや、手が小さいな、と思って」

何を言い出すのか。
思わず、といった感じで呟かれた言葉に、は目を瞬かせた。

「お前が全体的にデカいだけだって…私は普通だよ…」
「小さい印象がなかったんだよ。オマエのビンタとかマジで痛いからさぁ」
「それ関係ある? そもそもビンタされるお前が悪いんだよ。拳じゃないだけ優しいでしょ」
「あれを優しいとは思いたくねぇな」

指を絡めて、何かを確かめるように握ったり離したりを繰り返す。
赤ん坊が初めてオモチャを握るような、そんな所作に近い印象を受けて、いったい何をされているんだろうかと、顔には出さないながらは少し困惑していた。

「背ぇ高ーい。高校生かな?」
「手繋いでるーかわいー」

背後を通りがかったお姉さんたちの、そんな声が聞こえて、途端に無性に恥ずかしくなる。
他人の目から見て、自分たちはなんだと思われているのだろうか――などと一瞬考えて、は思考を払うように頭を左右に振った。

「…あ、の」
「おーい、ちょっと目を離した隙になにイチャついてんの」
「ぎゃっ!?」

聞き慣れた旧友の声に驚いて、は思わず悲鳴を上げた。可愛げも色気もあったものではない。

「…オマエさ、その悲鳴はあんまりだわ。首絞められた鶏かよ」
「失礼が過ぎるんだが!?」

言うに事欠いて、首を絞められた鶏。
一瞬でも変なことを考えた自分を無かったことにしよう、とは五条の手を振り払って、戻ってきた硝子に駆け寄った。

「タバコ吸えたの?」
「夏油に止められた。制服で来たの失敗だったわ」
「我慢できる? 帰ろうか?」
「…んー…いや、まだ目的のもの買えてないし。あと何か食べてから帰ろ」
「うん」

頷いて、は硝子の腕を組んで引っ張るように歩き出す。

「どうしたー?」
「なんでもなーい」

なんでもない、が通用するとも思えないが、説明のしようもないのでは口を噤んだ。
自分でもよくわからない感情を、言葉にすることは不可能なのだから。


.
.
.


どんどん先に歩いていくふたりとは対照的に、動かない五条の肩を夏油は軽く叩いた。

「どうした、悟?」
「…いや、…って小さかったんだな、って思って」
「散々チビとか呼んでおいて今更…? 硝子より背は低いけど、はそこまで小さいわけじゃないよ」
「そうなんだ、けど。そうじゃなくて、手が、」

言いかけて、数秒沈黙する。
軽く頭を振って、気を落ち着かせるように深く、息を吐いた。

「…なんでもねぇわ。行こうぜ、アイツらさっさと行っちゃったし」

少しばかりバツが悪そうに視線を泳がせてから、そう言って返事を待たずに歩き出す。
その背を眺めながら、夏油は思わず、呟いた。


「…ややこしいことにならなきゃ良いけど」









To be continued?

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