※過去編です。呪専時代の日常編。しばらく続きます。
ハルノアラシ 02





――が転入して、一ヶ月ほどが経過した頃。
関東とは言え郊外にある呪術高専は、雪こそ降っていないものの程よく寒い。

「…一応、一般教科もやるんだな。ここって。なんか意外」

たった今終わった授業の教科書をパラパラと捲りながら、は独り言のように呟いた。
しかし人数の少ない教室だ。残る三人が反応して、彼女に視線を向ける。

「期末試験とかないの?」
「ねぇよ。なにワクワクしてんの」
って勉強好きなの?」
「好きでも嫌いでもないけどテストはちょっとワクワクする」
「変わってるな…」

勉強が好きでもないのに、テストにワクワクするとはどういう心理なのか。
不思議そうにしている三人に、は「やったことの結果が目に見えるのは楽しいだろ?」と首を傾げた。
それは割と勉強好き、ということなのではなかろうか。

「テストが無いのになんで一般教科もやるの?」
「普通の学校だってテストのために勉強してるわけじゃないと思うよ」
「ここ、表向きは宗教系私立校だからね。三年まで通えば高卒資格貰えるんだよ。だから一応、普通の教科も最低限はやるんじゃないかな」
「実技訓練に任務に一般座学…割と厳しいよね、時間的に。忙しいな」

任務に至っては、日中に行かざるを得ないパターンもある。等級によっては単独任務もあり得るのだ、平等に一般教科を学ぶのは難しい。
呪術高専に通っていても最終的に呪術師にならない者もいるという。そういった学生が一般の専門学校に進んだり一般企業に就職したりする際の、最低限の配慮、なのだろうか。

「実際のところ、呪術師育てるのが最優先だから三年間ぐうたらしてても卒業は出来るだろ」
「ぐうたら出来るほど暇ではないけどね。普通は一年生だと等級が低いから、少しは余裕がある想定らしいけど」
「オマエらの等級だとね~。別の意味で忙しいだろうね」
「等級ねぇ…二級以上は単独任務も可能なんだよね?」

夜蛾に偶然見出された際に、二級呪霊を素手で祓っていたは、なし崩しに二級術師として転入してきた。
学生でも任務に就けば給料が出るらしい。だったら今まで祓ってきた分もくれないかな、などと半ば本気で言ったら変な顔をされた。解せない。

って結局二級なの? 学生証見せろよ」
「なんでいちいち偉そうなのお前。ホラよ」
「いちいち偉そうなのはオマエだろ。…やっぱ二級なのか。低く見積もっても準一級くらいでもおかしくなさそうだけど」

一級くらい難なく祓えるだろ、と。
簡単に言われて、と硝子は思わず顔を見合わせた。
一級呪霊とてホイホイ湧くものではないし、大抵の術師が二級止まりの中、五条の基準は明らかにおかしいと思う。

は一応、スカウト枠だからね。規定上、一級術師の推薦無しで準一級以上は難しいだろう。前歴無しの転入生が二級というだけでも天才と呼ばれるレベルだよ」

二級以上の術師に単独任務が許可されている、ということは、術師としては二級はもはや一人前レベル、ということなのだろう。
そう言う意味では、呪術師の家に生まれたエリート以外が、入学時点で二級なのは珍しいこと、に当たるのか。

「なるほど。私は天才だったのか」
「コイツはただのゴリラだろ」
「誰がゴリラだ」
「いてっ!? だからいちいち蹴るなよ!」

抗議の声は、綺麗に無視した。
ちょっと気分良くなっているところに水を差すのが悪いのだ。

は術式無しで二級を祓えるんだろう? 推薦が受けられればすぐ準一級に上がるよ、在学中に一級も堅い」
「私、呪霊の等級なんか知らねーよ?」
「え。夜蛾先生、教えなかったのか」
「先生に会ったときに殴っ…祓ったのが二級らしいということはなんとなくわかった。あの意味不明な言葉吐いてた気持ち悪い奴が二級かー」

等級の区分分けはどうなっているのだろう。
同級生である三人が既に基礎知識に詳しいため、はその辺りを授業で教えられていない。教科書も特に無い。都度気になったら誰かに聞く、と言う繰り返しになる。大抵、答えてくれるのは夏油だった。

「そういやなんでビンタで祓ったんだよ。オマエ、蹴りの方が強いだろ」
「そりゃ…こう、目の前にズイッと来たから…反射的に…」

同じような流れてビンタされた経験のある五条は、嫌そうにジト目でを見やる。

「…オマエさ、反射で殴るのやめな?」
「急に目の前に化け物出てきたら殴るしかないじゃん」
「普通の素人は悲鳴上げるんだよ。って相当イカれてるよな」
「呪術師なんてみんなイカれてるだろ」
「ごもっとも」

それにしたって、誰に師事するでもなく育ったくせに平然と呪霊相手に殴る蹴るの攻撃を加えるの反応は、術師界隈から見てもズレてはいるが。

「次の時間なんだっけ」
「実技訓練だよ」
「あー」

実技訓練。主に呪力のコントロールと体術を身に付ける時間であるが、所属人数が四人いる一年生は、ほぼ自習に近い状態にある。

「ほぼ自習じゃん、あれ。意味あんの?」
「もちろん、先生が稽古をつけてくれることだだってあるんだけどね。ただ私たちはある程度、スタイルが確定しているから自習も多い。鈍らないように鍛錬する、という意味でも実技訓練の授業は意味はあるさ」

要するに、一般的な学校における体育の授業と同じということなのか。

「術師は呪力操作による肉体強化および体術も基本だ。私と硝子もそれなりには出来るんだよ、悟とが飛び抜けてるだけで」
「夏油のは『それなり』よりかは全然上でしょ」

体格に恵まれたものの特権か、接近戦を不得手とする者が多い『式神使い』に近しい術式持ちでありながら、夏油の体術はや五条にも引けを取らない。
その三人の中ではかなり劣って見える硝子ですら、並程度には動ける。今年の一年生は逸材揃いだった。

「夜蛾先生が来ると変な呪骸連れてくるから、それはそれで面白いけどね」
「じゅがい?」
「自立式人形。夜蛾先生は傀儡呪術学の第一人者でね、高い戦闘能力を持つ呪骸を作り出すことが出来るの。そのうち見る機会あると思うよ、カワイイぬいぐるみ」
「カワイイぬいぐるみが戦うの? 想像つかない…」

の脳裏には、巨大なティディベアがボクシンググローブを付けてファイティグポーズをキメている姿が浮かんだ。当たらずしも遠からずである。

「あれ、カワイイか…?」
「女子の感覚では可愛いんじゃないかな…」

女子の『可愛い』が男子に理解できないのは、呪術師の世界でも共通らしい。


+++


実技訓練は、運動場で行われる。
通常の学校のグラウンドほどには広くないが、それでも人数を考えれば広めのスペースだ。

「硝子ー組手やろー」
「えー? は手加減下手だからやだなー」
「えー!」

いつも通りに硝子に声を掛けたは、一言で切って捨てられて思わず目を瞬かせた。
四人しかいない一年生。男女比は半々。硝子に断られたらどうしたら良いのか。

「五条とやりなよ」
「なんで? やだよ」
「手加減下手同士でやれよ。どっちも相手するの面倒くさい」
「硝子って割と辛辣だよね」

悪気の一切ない軽い口調で抉ってくる。
確かには手加減が下手だ。呪力操作に難はない、単に性格の問題である。

「夏油~、組手やろ~」
「珍しいな、硝子。いいよ」
「あ!」

困っている間に、硝子はさっさと夏油に声を掛けていた。そしてあっさり了承を得てしまった。

「やーい、フラれてやんの」
「うるせェよ。いいよ、硝子が終わったら夏油とやるから」
「何言ってんの? オマエは俺とやるんだよ」
「えー! やだー!」
「全力で拒否るな」

そう言われても、とは五条をちらりと見上げる。
は女子としては、それほど背が低いわけではない。平均的なサイズだと自負もある。
それを前提としても、五条は体格に恵まれいる。恵まれ過ぎているともいう。
190くらいはある身長。細身に見えるが筋肉の付いた体。要するに、から見ると――

「…的がデカいな」
「人見て何考え込んだかと思ったらソレかよ」
「何食ったらそんな育つの?」
「俺見てそういう反応する奴他にいねぇよ。オマエなんなの? 五条クン格好良い!とかないの?」
「ねェよ。デカいだけだろ」
「ちょっと傷ついた」
「それはゴメン」
「そこは謝るの?」

微妙に噛み合っていない。
思わず、夏油と硝子は手を止めてふたりの方へ視線向けた。

「睨み合ってないでさっさとやりなよ」
「いや、」
「なんか…」
「「一瞬でも目を逸らした瞬間にやられそうで…」」
「野生動物かな」
「手が掛かるな…」

小さく肩を竦めて、夏油は睨み合うふたりに近づく。
そして、それぞれの肩を掴んで一歩、下がらせた。

「…はい、ふたりともそのまま五歩下がって。私が合図出すから、あとは好きにやってくれ」

その状態で夏油自身は数歩、後ろに下がる。

「3、2、1――始め!」

先に飛び出したのは、意外でもなんでもないがの方だった。
二人の間にある距離は、およそ十歩分。それを飛ぶような速さで一瞬で詰め、脚を高く振り上げる。

「っと、やっぱ速いな」
「防ぎながら言うんじゃねェよ、腹立つな」
「防がないと痛ェだろ」

身長差を考えれば、かなり無茶な体勢だがはまったくよろめきもしない。
脚を掴まれそうになって、は咄嗟に両手を地につける形で方向を変え、距離を取る。

「あ。お前、術式使うなよ。無下限呪術で弾かれると萎える」
「言い方! 女が真顔で萎えるとか言うな。組手では使わねーよ、あれ結構疲れるんだぞ」

あくまで訓練だ。術式で防御するほどのことではない。
五条もも呪力操作に長けており、体術に関しても互いに得意分野。そうなると、体格差でが圧倒的に不利だった。
体格差がある相手の場合は、相手の攻撃を利用する方法があるが五条もそれはよくわかっているので、積極的な攻撃には転じない。懐にでも飛び込まない限り、当てること自体が難しい。
対する五条からしても、ちょこまかと動き回るを捕まえるのは、なかなか骨が折れる。

「…あ~~~…足元をハムスターがチョロチョロしてる感覚~…」
「誰がハムスターだそんなに小さくないわ!!」

跳躍で距離を詰めたが、後ろに少し、脚を引く。
力いっぱい蹴りを放つ溜めの動作に見えるが、の場合は大抵ブラフだ。また高い位置への蹴りがくるか、と思ったが、想定より脚が上がっていない。

「? 蹴りの位置が随分低…いっ!?」

脚を潰しに来たかと一瞬思ったが、本能的にぞわっと妙な悪寒を感じて、五条は大きく後ろに下がった。
の蹴りは虚しく宙を蹴るが、問題はその位置。

「オ、オマエいまどこ狙った!?」
「え? …急所を狙うのは当たり前では…?」
「当たり前じゃねーよ! 組手! 訓練!! 女のオマエにはわかんねぇだろうけど、オマエの想像を絶する痛みなんだからな!?」
「良いことを聞きました」
「やめろバカ! 積極的に狙おうとするな!」
「目に見えて弱点があるのに狙わないなんてあり得ない」

正論ではあるが、普通は狙わない。
完全に組み手を中止してふたりを見守っていた硝子と夏油は、呑気に外野を決め込んでいた。

「積極的に急所狙ってくる女子とかどうなんだろーね」
「悟が相手だと本当に容赦ないね、彼女」
「仲良いっちゃ良いけどハラハラはするね」
「…本当に? ハラハラしてる?」

外野が好き勝手を言っている間に、ようやく五条はを捕まえた。

「っとに、コイツは!」
「えっ」

腕を掴まれ、ぐるんっ、と半回転させられる。そのまま、の体は地面に落とされた。
が体勢を立て直す前に、五条は自分の脚での脚を封じて、両腕を使えないように肩を押さえつける。
柔道でああ言う寝技で勝った選手いたな、と硝子たちはぼんやり考えていた。

「ぎゃー! ねぇ、ちょっと、コレは狡い! 手足の長さ全然違うんだから寝技は卑怯!動けない!!」
「動けねぇようにしてんだよ! ちょこまかしやがって!」
「んーっ」
「うわっ、バカ暴れんな! 脚折るぞ!」
「その前にお前の腕折ってやるよ!」

柔道はスポーツだが、このふたりはほぼ野生動物だった。
流石に骨折は勘弁して欲しいな、と呟いて立ち上がり、硝子はジタバタしているふたりに近づく。

「ストップ、ストップ。オマエらほんとにやりかねないからそこまでにしてよ。治す身にもなれ。ほら、も落ち着きな」

暴れていたも、硝子に諭されて動きを少し緩める。
涙目なのは、単純に悔しいからだろう。色気も可愛げもあったものじゃない。

「これだけ身長(タッパ)違うんだし、五条だって体術得意なんだから勝てるわけないでしょ」
「わかってるけど! こいつに負けるのは! 悔しい!」
「バカなのかなこの子」

同じ歳の男子に寝技掛けられて、痛いとか恥ずかしいとかではなく負けたのが悔しくて涙目になる女子高生とか。
子供っぽいというよりは、若干頭が弱いようにしか思えず硝子は苦笑する。まあ、普段が普段なので、ちょっとくらいおバカな方が可愛い。

「悟。そろそろ離してやりな」
「いや今離したら絶対暴れる。コイツ、ガチで金蹴り狙ってくるぞ。おっかねぇよ」
「離さない方が暴れると思うけど…」

案の定、思い出したようにジタバタし始めたを抑え込むように、反射的に五条は腕に力を込めた。小さく悲鳴が上がる。

「…ほんとにさぁ…コイツなんなんだよ…。チビくせに力強い口悪いしガラ悪いし」
「別にはチビじゃないよ、オマエがデカいだけだよ」
「そろそろこの体勢やめてもらえます!? はーなーせー!」
「離したらどうせまた攻撃してくるだろ! オマエは猪か!」
「誰が猪か! ギブギブ! マジで痛ェって肩外れる!」

ギャーギャー騒いでいると、呆れたように四人を見やりながら、夜蛾が運動場に現れた。

「オマエらなにしてるんだ」
「あ、先生」
「先生ー、五条とがまた喧嘩してまーす」
「またか…いい加減にしろ、ふたりとも。そんなに体が余っているなら、この任務はオマエたちふたりに行ってもらおうか」
「「えっ」」

寝耳に水の話にふたりは動きを止めて同時に夜蛾へ視線を送る。
対する夜蛾は、まだ地面に転がって格闘しているふたりに目線を合わせるようにしゃがみ、淡々と口を開いた。

「場所は都内郊外にある廃病院。二級呪霊と思しき呪霊が複数体確認されている。本来なら安全を考慮して三、四人は必要な案件だが、オマエたちならふたりで問題ないだろう」
「「………」」
「なんだその顔は」
「「いえ、別に」」

ようやく、五条はを抑え込んでいた手を離した。
よろよろと抜け出したは立ち上がり、砂埃を払う。
ふたりは若干不満げに互いを見て、わざとらしいため息を吐き出した。


+++


「…普通、怪談って夏じゃねェの?」
「夏だけじゃねーよ。呪霊は人間がいる限りいつでも湧くわ」

今回自分は引率出来ないから、補助監督の話はよく聞くように――そう言われて送り出されたふたりは、件の廃病院を見上げてげんなりしていた。
濃い呪いの気配は、確かに感じる。

「廃病院か~…なんか嫌だなァ」
「屋内は動きにくいからな。面倒だけどさっさと片付けて帰ろうぜ」
「そんな簡単な話か?」
「大丈夫でしょ。俺もオマエも強いんだし」
「………」

初対面から五条はをおちょくったり煽ったりしてくるが、術師の実力に関してだけは高く評価していた。
よく言えば、非常に素直なのだ。だからこそ、も五条の一挙一動に腹を立てても結局、嫌えずにいる。硝子たちの言う通り、むしろ仲良い方なのでは?と思う時も多々ある。
それが逆に腹立たしいのだが。

「ま、廃病院なら暴れて壊しても問題ないしね」
「いや! ダメですよ! 極力壊さないでください!」

背後から聞こえた悲鳴に近い声に、ふたりは振り返る。
本日の補助監督は、二十代半ばの女性である。
口調は丁寧だが、明らかに問題児を見る目だった。

「呪霊のせいで取り壊し作業が進まない建物なんです! 勝手に壊れたら困るでしょう!」
「老朽化により倒壊とか」
「ダメです!」

最後まで言わせる気もない勢いだった。

「俺とだぞ? 絶対壊れるだろ」
「一緒にしないで」
「オマエが言えた立場かよ、猪女」
「あ?」
「ハイ! 喧嘩はやめてくださーい! 帷下ろすますよ!良いですね!?」

有無を言わせず帷を下ろす補助監督――確か名前は髙橋さんだったか――に、と五条は思わず顔を見合わせた。意外と押しが強い。

「あなた達が倒壊した建物の下敷きになる可能性だってあるんですからね! 安全第一ですよ! 喧嘩もダメですからね!」
「「はーーーーい」」
「返事は伸ばさない!」

充分に気をつけて、と念を押されながら、ふたりは帷の内側へと脚を踏み入れた。


.
.
.


「ホラー的な意味で廃病院とか廃校舎とか苦手」
「嘘だろ、素手で呪霊を殴るような奴が?」
「それとこれとは話が別だ」

ホラーは雰囲気に恐怖するものであって、呪霊は殴れるのでちょっと現実感がある。
もちろん、とて呪霊がまったく怖くないわけではない。人間の恐怖から生み出される呪霊は、生理的に嫌悪感を抱かせる容貌をしていることが多い。さすがに、突然現れたらびっくりする。

「見た感じで前のより強いな、弱いな、ってのはわかるんだけど、呪霊の等級区別ってどうやってつけてるの?」
「その辺結構曖昧らしいよ。準一級と二級の差は術式の有無って基準」
「例えば同じ強さでも、術式が無ければ二級になるわけね」

その危険性があるために、こう言ったケースでは二級以上の術師が複数で任務にあたるらしい。

「じゃあ、今回は準一級相当が紛れ込んでる可能性もあるわけだ」
「だろうな。ま、居たところで問題ないっしょ。…でも、呪霊には生物学上の性別ないからな。急所狙っても意味ねぇぞ」
「しつこいな。人間相手じゃなきゃ狙わねェよ」
「いやオマエ全然わかってないじゃん!」

皮肉なのはもわかっていたが、敢えて気付かないふりをしただけだ。
そもそも、体格差で不利なら急所を狙うのはにとっては当たり前だ。金蹴り、目潰しは当たり前、喧嘩に王道はない、が持論の女である。

「もうオマエと組手やりたくねー」
「私もお前とはやりたくなーい」

互いに言い捨てて、病院内を進む。
随分静かだな、と思いながら歩を進め、不意にぞわりと背筋に寒気がはしって足を止めた。


「わかってる」

――呪いの気配が、近くなった。
は常に呪力を放出している特異体質だ、自身の呪力に邪魔されるので、あまり索敵に向かない。

「数わかる?」
「特に強い反応は五、六。雑魚はいっぱい」
「雑魚は踏み潰して祓うから平気でしょ」
「雑! え、いつもそんな感じ? ビンタでも丁寧な方?」
「ビンタの話は良いから!」

一生引きずられそうなネタである。
そんなにおかしいかなぁ、と憮然としていると、壁の向こう側から『何か』がすり抜けて来た。
一見無防備に立つふたりに、壁をすり抜けてきたソレらは、言語化の難しい奇声を上げて襲いかかってくる。

「「邪魔」」

まったく同じタイミングで、と五条はそれぞれ、飛びかかってきた呪霊をまともに見もせず片手で祓う。
呪力をぶつけるだけで祓えるのだから、三級以下だ。もはや数を数えるのも面倒だった。

「弱いけど、数多くてウザいな。他にもウジャウジャいそう」
「バルサンみたいなこと出来ないの? ほら、あれ。なんだっけ。あの術式。『蒼』?」
「オマエは俺をなんだと思ってんの?」

五条家相伝の術式を指して、バルサン扱いはさすがに酷い。
しかしの方は、おちょくっているわけでもなく、至極真面目だった。

「一箇所に集めて一気に叩いた方が楽かなって思って」
「あー、まあ、わかるけど。の術式で何か良いやつないの?」
「ナイナイ。今使えるのは『玄武』だもん、あれは例えて言うなら水の弾丸だよ。追い込み漁みたいなことは出来るけど」
「追い込み漁なら俺でも出来るわ。…さすがにそう上手くはいかないか」

こういうときに夏油がいれば、何かしら役立つ呪霊を出してくれるのだが、残念ながら今いるのは超攻撃型のふたりだけだ。

「二手に分かれる?」
「その方が早いか。じゃあ、」

言いかけて、五条は言葉を飲み込んだ。
濃い呪いの気配が、動いた。

「…なんか妙だな」
「気配が一箇所に集まってるね。さっきのはあぶれた低級、ってところか」
「待て。ちゃんと視る」

サングラスを外して、五条はゆっくりと視線を巡らせる。
彼の持つ六眼は、詳細に呪力を視る。術式すら看過するその能力は圧倒的だ。同時に、視え過ぎてしまうがゆえに脳への負担も相当にある。

「大丈夫? それ、疲れるんでしょ?」
「まあ、多少はね。…。病院の間取り図持ってる?」
「さっき貰った。ハイ」
「うん。…ええと、…ここだ。霊安室、だな。ははっ、ベタ過ぎ」

怪談の発生が多い病院、特に遺体を安置する霊安室は、人間が無意識に『死』を連想するため、呪霊が溜まりやすい場所とされる。
そこに低級も集まって来ているとなると、少し奇妙だった。

「強い呪いは、他の呪いも引き寄せる。本当に準一級レベルが居るかもな。なんらかの呪物があると考えるよりは、現実的だ」
「お前の見立てだとどうだよ」
「大丈夫、大丈夫。も準一級くらい普通に祓える。問題ナシ」
「よし。じゃあ、行きますか」

ザルな見積もりだな、と思いながらは視線を前方に向ける。
呪霊と戦うということは、命懸けだ。才能があるからと未成年まで駆り出されるのは、下手なブラック企業よりブラックな労働環境と言える。
常に緊張感を持って挑め、ということになるが、不思議と今、は緊張していない。
別に、等級以上の呪霊でも祓えると言う自信に溢れているわけではない。ないのだが――

「……」
「どうしたよ」
「…なんかムカつく」
「なんで?」

――こいつが一緒なら、緊張する必要もない。
自然とそんな気持ちになったことに、なんだか妙に腹が立った。


+++


それなりの数の呪霊を祓って、ふたりは帷を出る。互いに無傷、疲弊した様子もない。
暴れて何枚か壁に穴を開けたが、幸いにも倒壊は免れた。もともと廃墟だ、怒られることはないだろう。

「終わったー! お腹すいたー!」
「お疲れー。飯行くか」
「行くー」
「傑たちがこっちまで来てるって。合流するか」
「おー」

なぜ夏油と硝子がわざわざここまで出て来るのかはわからないが、まあ単なる気まぐれだろう。
同期生からの評価すらも『問題児』の自覚がないふたりは、そんな適当なことを考えて納得していた。

「お疲れ様でした。…建物倒壊しなくて、安心しました…」
「俺らの心配はしねーのかよ」
「おねーさんに絡むなよ。…髙橋さんだっけ」
「高城さんだろ」
「高遠です…」

ふたり揃って間違っていた。
思わず、それぞれ目を逸らす。補助監督のお姉さん改めて高遠は、少し困ったように笑うだけだった。

「…あー…飯食って帰るから送迎は良いや。倒したのは準一級相当1体、二級7体、三級以下いっぱい。報告よろしくー」
「は? はぁ…わかりました、けど。おふたりは休まなくて良いんですか?」
「見てわかるでしょ、俺らピンピンしてるよ」
「心配してくれてんだから他に言い方あるだろ」
「…はなんで相手女だとちょっと優しくなんの? 俺にも優しくしろよ」
「やだよ」
「即答かよ。…可愛くねーなー」
「お前相手に可愛くしてどうすんの、心の贅肉だよ」
「だから心の贅肉ってなんなんだよ」

「駅まで送りますよ」という申し出は有り難く受け取り、ふたりは最寄り駅で降ろしてもらって、補助監督の車を見送った。

「どこ行く?」
「どこでも良いー…お腹空き過ぎて選んでる余裕ないー…」
「オマエはほんとに雑だなぁ…。どこでも良い、が一番困るって知ってる?」

返した瞬間、背中に軽い衝撃を受けて五条は首だけを動かして振り返る。
頭突きでもしてるのかというような姿勢で、が寄りかかって来ていた。

「え? 何?」
「動きたくない…」
「腹減り過ぎて? …燃費悪過ぎない?」
「育ち盛りの高校生だぞ! 昼時に任務とか虐待だよ」
「オマエはいちいち言葉強いな。ほら、そこ座ってろよ」

駅前にある植樹されてるブロックを示すと、はふらふらとそちらに向かう。
そのまま座り込んだを眺めながら、五条は呆れたように目を細めた。

「…腹減り過ぎてご機嫌ナナメとか。いくらチビだからって中身まで幼児かよ」
「チビじゃねェわ。誰が幼児よ」
「オマエだよ。もうすぐ傑たちも着くから、」

言いかけたのとほぼ同時に、駅から見慣れたふたり組が現れた。

「あ、いた」
「五条ー、ー」
「おー。こっちこっち」

駆け寄って来たふたりは、座り込んでぐだぐだしているを見て首を傾げた。

「なに? どうしたの?」
「まさか怪我でもしたのか?」
「いや、全然。腹減り過ぎて動きたくないんだと。燃費悪いよね」
「えぇ…?」

夏油はそのままの意味で受け取ったようだが、硝子から見ればふざけているだけなのは明らかだった。
が任務程度でバテるわけもない。横に座って、硝子がの頬を小突く。

「なに、まーた気に入らないことでもあった? どうせ明日には忘れるようなくだらないことでしょ、ほら行くぞー」
「動きたくなーい運んでー」
「もー。五条、この子運んで」
「…俺はいいけど、」

硝子の意図を汲んで、五条はぐだぐだしているをひょいと持ち上げた。

「ぅおっ!?」
「俺にこのまま抱えられて移動すると、相当目立って恥ずかしいと思うけど、どう?」

五条は背が高く、色彩が日本人離れしているため単体でも非常に目立つ。
その目立つ男に、所謂お姫様抱っこ状態で運ばれている女子高生。…確実に悪目立ちする。

「…………自分で歩く」
「遠慮すんなよ」
「降りる!」
「運んでくれるって言ってるんだし運んで貰えば?」
「やだー!」
「暴れんなよ。落ちるぞ」
「その高さは落ちたら痛いんじゃないかな」

確かに身長を考えれば、この高さで落とされたら確実に腰を打ち付ける。
しかし、の運動神経なら受け身を取るくらいは余裕だろう。

「私が受け身を取れないとでも?」
「真顔で言うなよ。どこの戦闘種族だオマエは。じゃあ、落とすか」
「ぎゃー! ばか! 落ちる!!」

ノータイムで脚を支える片手を外されて、反射的には五条にしがみついた。
小猿が親猿にしがみついているかのようだが、本人は必死である。

「…オマエ、体幹すげぇな。足プルプルしてるけど大丈夫?」
「い、いきなり手を離すな!」
「片腕でも落とさねぇ自信あったもん」
「そういうこと言ってんじゃねェんだよ!
 って、抱え直さなくて良いから! 降ろして!」

今度は片手で抱え直されて、は必死に抗議する。
先程より位置が高い。また落とされるのはさすがのでも遠慮したい。

「夏油と硝子も笑うな!」
「いや、これ笑うなって無理だわー。小猿じゃん」
「せめて猫くらいにしておいて!」
も随分、丸くなったと言うか悟に感化されたというか」
「一言余計だぞ傑。…ま、確かにね。最初は人殺しそうな目してたもんな」
「一言余計なのはお前だよ。ひとを犯罪者予備軍みたいに扱うな。いいから降ろして」
「はいはい、わかったよ」

ようやく降ろしてもらえたは、スカートの裾を軽く払って整える。
無理やり抱えられていたのに、シワひとつない。呪術高専の制服は随分頑丈だ。

「で。どこ行く?」
「学生の寄り道っていったらマックでしょ!」
「それ放課後じゃない?」
「このメンツでマックかぁ。ガラ悪ィ~」
「タバコ手放してから言えよ、硝子」

デカくてパッと見強面の男子二人に、口と態度の悪い女子とタバコ咥えた女子の四人組。当人達にはあまり自覚がないが、店に入った瞬間、サッと人が捌けそうなメンツではある。

「グラコログラコロ♪」
「炭水化物と炭水化物じゃん」
「美味いから良いんだよ」
「ここからだとどこが一番近いかな?」
「比較的駅近にあるよね」

四人はそれぞれ連れ立って、不慣れな街をうろうろと探索する。
意外と店舗が多い、どこにする、などと言い合いながら歩く彼らはやっぱり目立っていて、道行く人々の視線を集める。
もちろん、彼らは誰一人としてそんなことは気にしなかった。









To be continued?

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