別れてからの、ふたりぐらし 03





「…忘れてた…五条と一緒に歩くと滅茶苦茶目立つんだよな…」

乗客のまばらな電車に揺られながら、は疲れたように息を吐いた。
この電車は人が少ないが、ここに至るまではそれなりに混雑していた。東京はどの時間帯でも人が多い。

「わかる。五条先生、デカイもんな」
「しかも色彩がコレじゃん? 大抵チラチラ見られてる。主に女子」
「どこ行っても注目されちゃうからイケメンは辛いねぇ」
「別に否定はしねェけど、自分で言うなよ」

190を超える長身、色素の薄い髪と瞳で、やたら整った秀麗な顔立ち。
黙っていても、そこにいるだけでかなり目立つ。いつものノリで電車で来たのは失敗だったな、と今更ながらは後悔した。

「でもさんも割と目立つよな」
「え。どこが?」
「歩き方が。足運びが独特な感じ。なんか、こう、…えーと…うーん……喧嘩強そう?」
「………」

喧嘩が、強そう。
これはたぶん、褒め言葉ではない。
相手に悪気が一切無いので怒るに怒れず、複雑な表情で口を噤むとは対照的に、横で聞いていた五条は必死に笑いを堪えている。ここが電車内でなければ、それこそ笑い転げていただろう。

「そうだね、は喧嘩強いよ。僕なんか出会ったその日に呪力纏った足で蹴られたからね」
「ひとを暴力の権化みたいに言うな。あれはお前が悪い。だいたい…なんだかんだで私、学生の頃から五条に組手で勝ったことねェよ…」
「これだけ身長(タッパ)違えば、リーチの差で僕が圧勝するの目に見えてるでしょ。頭何個分違うと思ってんの」
「わかってるけど悔しい!」
「ガキかよ。言ってることが昔とまったく同じじゃん」
「ほんと仲良いなー。…あれ。そういえば五条先生の同期、ってことはもしかしてさんも先生?」
「え? いや、違うよ」
「悠仁の馴染みやすい言い方だと『元クラスメイト』が正しいかな。僕とはもう12年くらいの付き合いだね。初めて会ったのは悠仁と同じ歳の頃だよ」

――約12年前。高校一年の、秋の終わり頃。
当時は一教員であった夜蛾学長にスカウトされる形で、は都立呪術高専に編入した。
当時の一年生は呪術界史上稀に見る天才揃いであったが、そこに放り込まれたもまた、かなり特殊な部類だった。懐かしい話だ。

「あの頃のは可愛い…くはなかったな」
「オイ」
「だってオマエ、めちゃくちゃ荒んでたじゃん。初対面でガン飛ばしてくるし仲良くする気ゼロだし」
「お前が言うなよ。人の顔見るなり地雷踏み抜きやがったくせに」
「初対面の相手の地雷なんか知るかよ」
「お前あれ、未だに謝ってねェな? 謝れ」
「今更? ってば心狭ーい」
「あァ!?」
「五条先生はなんでいちいちさんを怒らせようとするんだよ…」

周りの視線が痛い、と暗に訴える虎杖に対して、五条は笑いながらの頭を軽く小突いた。

「ホラ、ちっちゃいチワワが大きい犬に果敢に吠えかかるのってさ、愚かで可愛いじゃん?」
「チワワ!?」
「先生、そういうとこあるよね…」

つまり、怒る反応が楽しくてわざとやっている、というのが質問に対する答えだろう。

「高校の同級生かぁ。先生たちが12年前に俺と同い年だった、っていうのが軽く衝撃的だけど」
「え、どういう意味で?」
「………ふたりとも若いな、って意味!」

あ、マイナスの意味だなこれ。
一瞬の沈黙の後に笑顔で言われて、は目を細めた。さすがに、大人気ない姿を晒し続けている自覚があるので、何も言い返せない。

「五条先生とさんが同じ教室で授業受けてるのは想像するとなんか、…すごく濃い学年だな!」
「素直か」
「ちなみに一つ下の学年には七海が居て、二つ下の学年には伊地知が居たね」
「めちゃくちゃ濃い!!」
「ある意味地獄のような学校だよな、あの時期の東京校…」
「その頃の京都校の人たち、交流会嫌だっただろうなァ…」

悪い笑顔で大暴れするふたりを想像してしまい、虎杖の笑顔が引き攣る。
そしてその想像は、あながち間違いでもない。

「七海も伊地知もなんか、老けたよなァ。硝子は目の隈凄いし」
「10年も経てば老けるでしょ。まあ、はあんまり変わんないよね。中身はだいぶダメになったけど」
「何がダメなんだコノヤロウ。外見も中身もろくに成長してないお前に言われたくないわ」
「はァ? 僕のどこ見て言ってんの? 成長してるだろ、ぐっと落ち着いて立派に生徒想いの教師やってるよ。ねぇ、悠仁」
「え。そこで俺に振るの?」
「自分で言うなよ」
こそひとの顔見るなり喧嘩売ってくるのいい加減やめろよ。成長してないどころか退化してるじゃん」
「はァ? お前こそ私の何見て言ってんの? 喧嘩売って来るのはお前の方だろ。私の憧れは冥さんだぞ、あんな女になるために日々努力してる大人の女なんだよ、お前と一緒にすんな」
「大人の女ぁ? 足元にも及んでねぇんだよ。口も態度もガラも悪い三重苦女が寝言言うな」
「それこそお前に言われたくねェんだよ。寝言とはなんだ」

ぐっ、と握り込んだ拳をが突き出すのとほぼ同時に、五条は腕を伸ばしての頭を掴んだ。
ふたりの身長差はかなりある。の拳は五条まで届かない。
足短い猫が足長い猫と喧嘩してるの、こんな光景だったな…などと考える程度には、虎杖はだんだんこのふたりのペースに慣れて来ていた。

「やーいチビー」
「お前に比べりゃ大抵の人間はチビだわクソがーッ!!」
「っ!?」

一歩足を引き、即座に低い位置から放たれる横蹴り。
普通、こんな狭いところで出せる動きではない。それを反射的に避けた五条の真横で、電車の手すりが軽くひしゃげた。
一瞬の沈黙の後、は油切れのロボットのようなぎこちない動きで、五条に視線を向ける。

「…避けるなよ…電車が壊れるだろ…」
「電車が壊れるような力でひとを蹴るなよ…」

術式で防げるとか、そういう問題ではない。人間の本能はそこまで都合よく出来てはいないのだ、どうしたって咄嗟に避ける。
いきなり目の前で行われた破壊行為に、しかしそれを眺めていた虎杖が突然噴き出した。
と五条がまったく同じ動きで視線を向ける。

「あ、ごめん。なんか、先生としての姿しか知らないからさ。同級生と一緒に居る五条先生ってそんな感じなんだなー、って。なんか新鮮」
「今の見て朗らかに笑えるとか悠仁すごいね」

普通の人間なら当たれば骨が折れる程度の威力の蹴りを、仮にも同期、さらには元カレに叩き込む姿を目の当たりにして、その反応。大物である。

「…なんて良い子なんだ虎杖は…癒しか…もうおねーさんが好きなものなんでも奢ってやるよ…」
「え? なんで? 嬉しいけどなんで?」

首を傾げる虎杖に、は破壊した手すりを視界に入れないようにしながら小さく咳払いをした。

「さすがに今のは大人気なかった。ごめんなさい」
「いや、俺は別に良いけど」
「なんで僕じゃなくて悠仁に謝ってんの?」
「うるさい」

の返答は素っ気ないものだったが、視線を逸らしたままだった。
100%自分は悪くない、と思っているときは真っ向からガンを飛ばしてくるタイプの人間なので、これはちょっとバツが悪いときの反応であることを、付き合いの長い五条はよく知っている。

「わかってるわかってる、やり過ぎたとは思ってるんでしょ? は素直に謝れない奴だからね」
「なんだろう…なんか、ムカつく…」
「痛い痛い、照れ隠しに抓るな」
「誰が照れ隠しか」

一応、やり過ぎたことを反省はしているので、の攻撃は控えめだった。
術式で防げるはずの攻撃を敢えて受けている五条の様子を見るに、やっぱり相当仲良いんだな、と思いながら虎杖は視線をひしゃげた手すりに移した。
虎杖自身も任務の際によく物を壊してしまうのだが、この場合はどうなるのだろう。

「先生、この手すりどうすんの?」
「んー…ちょっと電話するね」
「電車の中で電話はマナー違反だよ」
「悠仁、意外と真面目だよね」

緊急事態のときは仕方ないんだよ、と言いながら五条は履歴から見慣れた名前を開き、通話ボタンを押した。

「…あ、伊地知? いや、大したことじゃないんだけど、ちょっと頼みたいことがあって。そんな警戒すんなよ、普段ほど面倒なことじゃないって。うん。いや、いまと一緒にいるんだけどさ。そう、。で、が電車壊した」

間違ってはいないが、若干語弊がある言い方だった。
電話の向こうで相手――伊地知が慌てふためいているのが想像できて、虎杖は力無く笑う。

「え? いやいや、大丈夫だって手すりがひしゃげた程度だよ。がガチでやったら電車真っ二つじゃん。平気平気、僕とじゃれてただけ。え? …、これ何号車?」
「三号車ー」
「三田線三号車。もしなんか問題になったら適当に処理しておいて。低級呪霊が出たから行きがけに祓ったとかさ。じゃ、よろしくー」

一方的にそう告げて、五条は通話を切り上げた。

「伊地知なんだってー?」
「なんかゴチャゴチャ言ってたけどたぶんなんとかしてくれるでしょ」
「…伊地知さん良い人過ぎない…?」
「ああ見えて有能だからねぇ」

有能と良い人は、必ずしもイコールではない。
人の良過ぎる伊地知を想って、虎杖はそっと合掌した。
それとほぼ同タイミングで、千石駅到着のアナウンスが車内に響く。

「あ、千石着いた。降りなきゃ」
「電車、思ったより空いてたな」
「12時過ぎると混むよ」
「山手線がね」

何事もなかったかのように、三人は電車を降りて駅のホームへ消える。
後に残されたのは、無残にひしゃげた手すりだけだった。


+++


「あった、あった」
「へー!」

駅から少し歩いて、目当ての店の前で立ち止まる。
こじんまりとした店構えだ。ガラス張りの壁の向こうには、温かな橙のランプに照らされた木材の調度品がどこかレトロな雰囲気の店内。
店先に置かれているのは、手書きのメニューと自分で撮影したであろう写真。これはこれで味がある。

「これは絶対美味い店だ」
「実際美味いよ」
「しばらく来てなかったけど、なんかメニュー増えた気がするね」
「私はここ来たら卵かけご飯一択」
「ここのプリン美味いよね」
「お前ほんとにブレねェな」

厳選卵の黄身だけを使った濃厚プリンは、確かに美味ではある。テイクアウトができるので、プリンだけを購入して行く客も多いようだ。
店内は、まださほど混雑していないようだが――

「今更だけどほんとにここで良いの? ロオジエとかでも良いけど」
「店の前で言う…? 昼間っからロオジエは重てェわ。私、庶民なので」
「ロオジエってなに?」
「…ランチで三万くらい軽く飛ぶ店。普通は予約しないと入れない」
「お、おう…?」

上手く想像出来ないらしい。
確かに、高校生が出入りするような店では無い。もひとりでは行かない類の店だ。

「なんだかんだで五条は良いとこの坊々だもんなァ…」
「まぁねー」
「謙遜くらいしろよ。腹立つな。
 …まあ、うん。学生の頃ならまだしも、五条がこういう店に居るのは確かに面白いよね。ははッ、ウケる」
「コイツほんとに性格悪いから気をつけた方が良いよ、悠仁」
「何言ってんだ。年下には優しいぞ、私」
「ちょいちょい俺を巻き込んで軽い喧嘩するのやめてくれない? ふたりが仲良いのはわかったからさ」

さっさと店入ろうよ、と。
虎杖に促されて、と五条は顔を見合わせた。

「…それもそうか」
「店先でじゃれてると迷惑だしね」
「そうそう。ほら、入って入って」

そのまま、虎杖はふたりの背を押して店内に押し込む。
「お好きな席へどうぞ」、という店員の声に迎えられ、三人は一番奥の席に就いた。
着席するなりさっそくメニューを開いた虎杖は、悩むように小さく唸る。

「…親子丼の口で来たのに卵かけご飯に凄い惹かれる…おかわり自由ってなに? 許されんの!?」
「しかも卵が8種類ある」
「なにそれ制覇したい!」
「卵のテーマパークみたいだよねぇ、ここ。
 悠二、そんなに悩むくらいなら両方食べれば?」
「いや…さすがにそれはちょっと…」

結局、少し悩んでそれぞれ注文する。
料理は複雑なものではないので、あまり待つこともなくほどなくして運ばれてきた。

「卵かけ御飯って贅沢じゃないはずなのに贅沢な感じがする」
「今は厳選された卵を使う店が多いからね」
「一玉500円の卵とかね。ここの卵の値段は知らんけど」

そう言いながら、は選んできた卵を茶碗に割り入れる。
新鮮な卵特有の、ころんとした卵黄と弾力のある卵白が白米の上に鎮座していた。

「俺、このゆうやけ卵が一番好きかも。濃厚で」
「私はみかんたまごかなァ。甘い感じ」
「卵が甘いって不思議だよね。先生は何食べてんのそれ?」
「ふわふわ鍋」
「ナニソレ」

ビジュアルとしては、土鍋の上にふわふわのメレンゲ状の卵が乗っている。
江戸時代からある伝統料理だが、知名度は確かに低い。

「味は茶碗蒸しに近いかな。食感は…そうだね…シフォンケーキっぽい」
「全然想像できない…」

それは食事なのか、スイーツなのか。
そもそも、既にプリンが確保されているあたり、食事のセオリーとかは関係なさそうだ。

「そういえば、二日酔いどうした?」
「んー…暴れたら治った」
「治るか…?」

普通は、激しく動けば二日酔いは悪化する。
しかし顔色も良く、平然と食事を平らげていくので元気になったのは間違いないらしい。

「ストレスだったのかな」
がそんなタマかよ」
「失礼な。私にストレス掛けてるのは主にお前だぞ」
「なんで?」
「無自覚か…そうだよね、知ってた…。まあ、いいや。水取って」
「ん」

テーブルに備え付けられているピッチャーを差し出す五条と、受け取るを交互に見やって、不意に食べるのを止めた虎杖が口を開いた。

「…先生とさんって、いつもそういう感じ?」
「うん?」
「いや、うん…あれ、もしかして気づいてない…?」

ごく自然に、当たり前のようにお互いの隣を陣取っている。電車でも、ここでもだ。
手を繋ぐとか、腕を組むということは確かにない。ないのだが、やたらと距離も近いし、ちょくちょく体が接触しているがお互いに気にもしていない。

「…付き合ってない男女ってこういう距離感ありなの…? いや、俺もよくわからないけど…俺らと釘崎もこんな感じ…では、ない、よなぁ…」
「悠二、食べないと冷めるよ」
「あ、うん」

促されて、小さく頷く。
明確な名前を持たない違和感に虎杖は首を傾げつつ、勧められるままにあれこれと料理を注文しては腹に収めていく。
食べているうちにだんだんどうでも良くなってくる程度には、変わらず目の前の大人ふたりは彼の感覚では始終『仲良し』だった。









To be continued?

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