別れてからの、ふたりぐらし 01





この状況はなんなのだろうかと、彼女――は珍しく頭を抱えていた。
目の前には必死に頭を下げる、不動産屋の女性社員。横には見知った他人。

「…つまり同じマンションの別の部屋を案内しようとして間違えて同じ部屋を紹介し、気づかず同じ部屋で書類を作成し、鍵を渡す今日になってようやく判明した、と」

確認の為に復唱しただけなのだが、の淡々とした口調のせいか女性社員の顔色はますます青くなった。

「あんまり脅かすなよ、謝ってるのに可哀想じゃん」
「脅かしてない、現状の確認をしただけ。…まあでも、相手がお前で良かったよ。さあ帰れ」
「ひどい」
「お前、そもそもお屋敷持ちの御三家の坊々だろうが、なんの嫌がらせだ」

一応、上から提示された住居候補のひとつなので普通のマンションではないのかもしれないが、それにしてもこんな偶然があり得るだろうか。
何か訳ありなのだろうが、の方は文字通り生活が掛かっている。

「それで、別の部屋は空いているのですか?」
「も、申し訳ありません、すべて契約済で…更新時に退去される方はいらっしゃるかもしれませんが、早くても三ヶ月は先に…」
「まあ、そう簡単にはいかないよねぇ…」

もちろん、非は不動産側にあるが、忙しさにかまけて引越し当日まで鍵を受け取りに来なかったのが悪かった。しかもふたりとも、だ。既に引越業者のトラックは荷物を積んで引越先のマンションに向かっているし、もともといた部屋は引き払った後なのである。
彼女の上司や同僚が尽力しているようだが、同じような条件で今すぐ入居出来る部屋を探すのは難しいだろうし、見つかったとしても、の立場では好き自由に移るのはやはり難しい。かといって実家が近くにあるわけでもない。
あまりに現状が珍し過ぎて現実感がないくらいだった。

「いっそ暫く一緒に住む?」
「…………は?」

冗談なのか本気なのかわからない口調と表情で言われた言葉に、は思いっきり顔を顰めた。

「…あの、おふたりはお知り合い同士で…?」
「そう、実は昔馴染みでね」

相変わらず笑顔のままで女性社員に答える彼――五条悟に、は渋面を作る。
確かに、彼とは昔馴染みだった。


は、御三家のひとつ『加茂家』の傍流『家』に生まれた呪術師である。
傍流とはいえ、家はまともな術師が生まれなくなって数百年、没落の一途を辿りほぼ一般人と変わらない生活を送ってきた。
そんな中に生まれたは数百年ぶりの真っ当な術師だったが、しかし当然、本流の加茂家からはまともな扱いは受けていない。
特になにか後援を得ることもなく、非術師の家系から出た術師と同じような扱いで、高校一年の三学期に呪術高等専門学校に編入した。その際の同期のひとりが、この五条悟である。


その際の同期のひとりが、この五条悟である。


たいとる




「それで、結局どうしたの?」

普段からアンニュイな雰囲気ではあるが、そこに心底面倒臭そうな色を滲ませて、家入硝子は元同級生達を見やる。
硝子の職場である東京都立呪術高等専門学校の医務室は、客人を迎え入れる場所では無い。だというのに、いったいどこから調達して来たのか、ふたりは椅子を持参して現れ、当たり前のような顔で勝手に居座っている。
そして、珍事を報告…というより愚痴りに来たは、見るからに不機嫌だった。

「取り敢えず保留にして帰って来た。じっくり話し合おうか五条クン」
の話し合いは物理じゃん。こわーい」
「よそでやってくれ。なんでふたりとも私のところに来るのかな」

ここに集まる三人は、ぷらぷらと遊んでいて良い人材ではない。
それが雁首揃えて顔つき合わせてなにをしているかと言えば、程度の低い子供の喧嘩である。

「そもそも、なんでがこっちに引っ越してくることになったんだい? 地方勤務希望だったのに。なにも聞いてないよ」
「最近妙な呪霊の事件が多いから、東京来てくれって夜蛾学長から要請された。こっち来てから知らせようと思ったんだよ。で、住居は出された候補の中から決めたんだけ、…ど…」

――そもそも。候補が決められていた時点で、疑って然るべきだったのだろう。
そこに思い至った瞬間、なんとなくこの珍事の見当がついて、は目を細めた。

「…………五条。お前、一枚噛んでるだろ」
「えー?」
「白々しい」

保守的思考極まる呪術界に於いて、所謂『外れ者』であるをわざわざ呼び寄せるような物好きはそう居ない。
そしていま隣にいる男は、その物好き筆頭だ。

「…と、いうことは、今回のブッキングは仕込みってことかな?」
「なんの嫌がらせだよ」
「人聞き悪いなー。さすがにこれは僕だって想定外だったよ、面白かったけど」
「面白がるな」

確かに、一生のうち遭遇する確率は限りなく0に近い珍事ではあるが。
しかし仕込みではない、ということは。同じマンションの別の部屋を契約しようとしていたのは事実ということになる。

「…え。じゃあわざわざ同じマンションに住もうとしてたのはガチなやつ…? やだキモい…」
「ガチで引くなよ、なんだその生ゴミを見るような目。ストーカーじゃないって、一応理由はある。の昇級の監督官になったから、僕」
「…………は?」

昇級の、監督官、とは。
の等級は準1級だ。単独での1級任務もこなしているが、もう10年ほど昇級出来ていない。今更、昇級の話が出てくるのはおかしい。

「いやいやいや、おかしいだろ。今更監督官? しかも五条が? ナイナイ、お前にその手の任務が来るのは絶対おかしい。そもそもお前が監督官とか大抵の呪術師はストレスで吐く」
は僕のことなんだと思ってんの?」

確かに本人を前にして言い過ぎかもそれないが、事実だろう。
自他共に認める最強の呪術師。そんな奴に見守られながら任務をこなすのは、若手にとって緊張を通り越して拷問だ。
のように付き合いが長い場合は、始終茶々を入れてくる未来しか見えない。

「…とにかく、冗談はもう少し上手くだな」
「冗談じゃなくて本当。これがまた許可降りたんだよねー。さすがにこの人手不足の中、を遊ばせておく余裕はないからさ」
「許可降りたんじゃなくて押し通しただけだろお前の場合。…いやだから、単独で1級呪霊祓っても上げてもらえないんだからここで頭打ちなんだろ、なんでそういう話になるんだよ」

1級呪術師に上がるには幾つか条件と手順があり、はそれを学生時代に既に満たしていた。
その上でこの歳まで昇級出来ていないということは、上層部はを1級に上げる気は無い、ということなのだろう。本流筋の加茂家への配慮か何かであることは想像に難くない。
そもそも、にも出世欲はない。

「加茂家の横槍がなければ、は学生の頃にはもう1級に上がっていたと思うけどね。なるほど、もう五条のワガママで無理矢理上げるしかないのか」
「別に1級に上がらなくても不自由してないんだが? 怠いときに等級に合わないからやらない、って言えなくなるからむしろ困る」
「やる気無さ過ぎていっそ清々しいね」

こそ、補助監督を務める面々の胃に穴を開けるタイプの呪術師だった。
その我儘が通るのも地方勤務ならではか。東京に来たがらない理由のひとつは、間違いなくそれだろう。


「なんだよ」
「オマエが1級か準1級かで、他の呪術師達の生存率は大きく変わるんだよ。つまりを1級に上げることは、僕の可愛い生徒たちを守ることに繋がるわけだ」
「む…」
「そもそも、準1級のが地方勤務ってことからしておかしいんだよ。地方と東京じゃ呪霊の力が段違いなのはわかってるよな? だって、幼気な若い呪術師を無駄に死地に送りたくはないだろ?」
「まあ、大人としては、うん…」

いっそ清々しいほどやる気がなくとも、とて大人である。
未来ある少年少女が、大人の都合で命をすり減らすのは、見ていて気分の良いものではない。
彼らの為だと言われれば、なるほどそうかと納得も出来る。

「ご理解ありがとう。じゃあ昇級任務終わるまで取り敢えず一緒に住もうか」
「う、ん…?」
。冷静になった方が良い。今の話と、オマエらがルームシェアする話はまったく繋がらないよ」
「…あ!?」

危うく頷きかけたは、硝子の声に引き戻されて目を見張る。
手段はともかく、昇級の理由は確かに真っ当だ。しかしその間、が私生活を拘束される必要性は無いし、身内でもなんでもない五条と一緒に住む必要性は万に一つも無い。
流れで了承してしまうところだった。誤魔化すように、は小さく咳払いをして仕切り直す。

「………監督官云々は良いとして、私とあんたがルームシェアする必要ある? 無いだろ。私は何を監督されるんだ」
「だって僕、忙しいし。暇になったらの監督官する感じでいこうかな、って」
「私だって忙しいわ。ふざけんな」

人手不足、と先に言ったのは五条の方である。
地方勤務ですら、休む間もなく任務の連続。が特に望まなくても、東京にいる間は仕事が舞い込んで来るに違いない。盛大にコキ使われるのは目に見えている。
特級呪術師であり教職員でもある五条と、1級相当の呪術師であるの『暇な日』が被ることなど果たしてあるのだろうか。

「もういっそ、「監督しました」ってことにして通して良いじゃない? が1級呪霊を祓えるのは周知の事実なんだし、形式だけの話だろう?」
「さすがにバレた後が面倒だからそれはナシでしょ」
「そこはルール守るのかよ…」
「足元固めておかないと無茶出来ないだろ。そこをおざなりにするから、は上に露骨に煙たがられるんだよ」
「お前にだけは言われたくねェな」

実力はあれど、態度とガラがすこぶる悪い。
伝統やら格式やらが大好きな上層部からが煙たがられるのは、半分くらい彼女の自業自得である。
しかし『最強』ゆえの発言権で我儘を通し続ける五条にだけは、言われたくない一言だった。

「呪霊相手よりオマエらが喧嘩して怪我して帰って来そうで嫌なんだよね。私の仕事を増やさないように頼むよ」
「私らもう28だぞ、さすがにそんなバカなことしねーよ!」
「頭はガキのまんまだよ。五条はに蹴られると喜ぶしね」
「ひとをドMみたいに言うなよ。あれはの太腿見てたら避け損ねただけだし」
「はい、セクハラー五条アウトー」
「頭がガキのまんまなのはこいつだけだ。あと五条クンにはあとでお話があります」

まったく、冗談なのか本音なのか、いまいちよくわからない。

「そういえばスカート丈長くなったけど、それ、術式に影響ないの?」
「この歳でミニスカートなんか穿けるかよ。前スリットなので問題ありませーん」

の術式の関係上、膝から下の足が覆われていると都合が悪いが、いい歳してミニスカートで動き回れるほどの勇気は彼女にはない。

「結局見えるんじゃん」
「見ようとすんな。小学生かお前は」

軽く五条の座る椅子を蹴るに、硝子が「大きい子供がふたりいるな」と小さく笑う。それを聞いて、は慌てて足を引っ込めた。

「真面目な話、結構無茶な手を使うからさ。は僕の管理下に置いておきたいんだよね」
「表現に悪意を感じる。お前、私のこと軽く馬鹿にしてるだろ」
「それは被害妄想だよ。って昔からそういうところあるよな、何と戦ってんの?」
「お前の言動と行動がいちいち臓物にクリティカルヒットすんだよ、よくそんな好き勝手喋れるな」
「あ、ついでに高専で臨時講師してくれると助かる、って夜蛾学長が言ってたよ」
「話聞けよ。あとそれはお前経由じゃなくて学長経由か百歩譲っても伊地知経由で言え」
「誰が言っても同じじゃん」

同じではない。
首を傾げる五条に、はゆっくりと頭を左右に振った。

「いや、仕事だから。お前は私の上司じゃない。そもそもお前の頼みなら引き受けない」
「感じ悪ーい」

五条の頼みを引き受けたら最後、限界まで跳ね上げた難易度とクオリティを要求されることを、はよく知っている。伊達に長い付き合いではない。

はそういうところ面倒くさいな。わかったよ、夜蛾学長から正式に要請出てるから改めて伊地知に連絡させる」
「結局私が断らない前提だよな、それ。良いけど。……昇級までの間の家賃はお前持ちな」
「OK、交渉成立だ。はい、鍵」
「え」

不動産屋から引き取っていないはずの鍵を、なぜ、持っているのか。
差し出された鍵を反射的に受け取って、は胡散臭いものを見るように視線を投げる。対する五条は気にも留めていない。

「荷物は明日届くだろうから、高専に来てもらうのは明後日からで良いよ」
「その話は学長か伊地知経由にしろと言ったよな? 私の話聞いてた? 高専の臨時講師の件もこっちに選択権無いのかよ」
「無いよ。社会人は大変だよねぇ」

要するに、高専の講師のアルバイトすらも単なる決定事項であり、には要請を受ける以外の選択肢は端から与えられていないらしい。
こういうときは、フリーランスの冥冥が羨ましい。この進路を選んだ時点で、この手の理不尽には耐えねばなるまいが、不満を顔に出さずに要られるほど、は空気の読める女ではない。
片付ける用事がある、と相変わらず軽い調子で言って医務室を出て行く五条を見送って、は疲れたようにため息を吐き出した。

「硝子」
「うん?」
「マンションの鍵って大抵ふたつ渡されるよな?」
「そうだね」

に渡された鍵はひとつだけだ。状況的にもうひとつの鍵は五条が持っているということで、つまりなし崩しに、ルームシェアが確定してしまったことになる。

「…やっぱり私があいつと一緒に住まなきゃいけない理由、無いよな?」
「無い。って馬鹿だよね、すぐアイツの口車に乗せられるんだから」

淡々とした正論が、グサリと刺さる。
返す言葉もなく頭を抱えるに、硝子は追い討ちをかけた。

「だいたい、元カレとルームシェアとか、どんな理由があっても無いわー」
「言わないで…」

何年前の話してるんだよ、と。
辛うじて言い返したの声には、いつもの覇気はまったく無かった。









To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。