今日は、珍しくサークルの集まりがあるらしい。
実は加々知先輩と白澤先輩以外のメンバーに会ったことがないので、本当に活動しているのか疑問だったのだが…
「活動日は割と不定期ですが、週2くらいで集まって情報交換してるみたいですよ」
「情報交換ってなんですか…」
「仕入れた怪異の話とか、体験談とかですね」
なんなんだ、そのサークル。
普通に民俗学の研究目的で入ってきた人は、すぐいなくなるんだろうなぁ…。
「オカルト好きには、民俗学に興味持つ人多いらしいよ?」
「そうなんですか? というか今声に出てましたか、私」
それは非常に恥ずかしい。
「田舎の風習とか、本物の儀式が含まれていたりしますからね」
「風習というか因習だろうな、それ」
「儀式…」
「得てして田舎とは、妙なものを祀っていたりしますから。
祖霊や土地神なら良いのですが、怨霊を鎮めるために祀っているタイプは時々危ないものもあります」
閉鎖された空間って、そういうもんなんだろうなぁ。
とは言え、うちの祖父母の家も田舎にあるし、お年寄りは迷信とか信じてる人多いのも事実。
「…あ、なんかうちもそういうのあったみたいですよ。
母方なんですけどね、変な風習? 習慣? 残ってますね」
「そうなの?」
「興味深いですね。さんに憑いてるのはそれかもしれません」
憑いてる前提はやめて頂きたい。
「どんな話?って聞いても大丈夫かな」
「特に面白い話じゃないですし、私も詳しくは知りませんよ?」
「構いませんよ。暇つぶしだと思って気軽にどうぞ」
「そんな長い話でもない、ありふれた昔話ですが…。
うちのご先祖様は、ある田舎の山奥に住んでいたらしいんですよ。
まあ場所は知りませんが、今では名前も残っていないような小さな農村だったそうです――」
***
むかし、むかし。
とある農村があった。
その村は続く日照りによって田畑が枯れ、大層困っていました。
このままでは、村を捨てねばなるまい。
そんなことを大人が話しているのを聞いた村の娘が、ある神のもとへ出向きました。
「神様、神様、どうか村に雨を降らせて下さい」
娘の真摯な願いに姿を現した神は、娘に告げます。
「心優しい娘よ、しかし縁を持たぬ者の為に願いを叶えてはやれぬのだ」
「どうすれば縁が結ばれるのですか?」
娘の問いかけに、神は少し間を置いてから答えました。
「では、こうしよう。お前が数え年で15になったら、私のところにお嫁においで。
約束してくれるなら、村が干上がらないよう雨を降らせてあげよう」
娘は喜んで神の提案を受け入れました。
その日から三日三晩、村には雨が降り、干上がった大地は潤いを取り戻したのです。
神様との約束を娘が村の皆に話すと、村人達は大層喜び、娘が15になる頃に立派な花嫁衣装を作ってくれました。
そして月日流れ、15になった娘のもとへ神様が迎えにやってきました。
村人達が作った花嫁衣装を纏い、娘は神様の花嫁となったのです。
***
「…で、なんやかんやあって、その神様と娘の間に生まれた子供の子孫が私です」
「「……………」」
物凄く、微妙な顔をされた。
…いや、わかってます。わかってますよ?
「…だから詳しくは知らないって言ったじゃないですか…」
「…いえ、それもそうなんですが…」
「…なんか良い話っぽく言ってるけど、それさぁ…」
「まあ、神様って部分は相当怪しいですよね。外国人とかですかね?」
「…いやどう聞いてもただの生贄じゃないですか」
「でも子孫が残ってるんですよ! ほらここに!」
そりゃ私もちょっと思ったけど、それだとあんまりにもあんまりだ。
だいたい、それだとうちの血筋どうやって繋がったの?って話になる。
「…その娘さんの兄弟の子孫じゃないですか?」
「夢くらい見せて欲しいです」
「…そもそも本当に神なのかどうか…ちゃんが言うとただのおとぎ話にしか聞こえなかった…」
「いや、おとぎ話ですよ? うちの婆様は信じてますけど。ただ変な習慣は残ってて…」
「そうでしたね。どのような習慣が?」
「女の子が生まれて、その子が15歳になったら、鬼灯の実を絞った汁でこういう…
目みたいな模様を額に描くんですよ。変ですよね。特に跡が残るわけでもなんでもないんですけど」
「「は…?」」
紙にさらっと書いて見せると、ふたりとも変な顔をした。
なんていうんだろ。予想外の場所で予想外のものを発見した、みたいな?
驚いているというか、戸惑っているというか、そういう顔だった。
「いや、引かないで下さいよ…」
「いえ、引いたわけでは…」
わかってます。普通に考えたらなんか変な家だな、って思う。
でもなんか当たり前のようにそうだったし、一回きりだったし。
…特に何も起こらなかったし。気にしてなかったんだけどなぁ…。
「…なんの偶然だろうな、これ」
「偶然なんですかね…」
「あのー?」
なんだか難しい顔で話し合い始めちゃった。
なんですか、そんなに不思議でしたかうちの風習は。
「…可能性としてお聞きしますが、霊が視えるようになったのはその頃からですか?」
「まっさかー……………………え。あれ。そうかも?」
笑い飛ばそうとして、ふと考えた。
小さい頃って、そんなに幽霊とかそういうの視えた記憶がほとんどない。
「そういえば小さい頃って今程はっきり視えてない…?」
「「…………」」
あれ? これって家系オカルト??
今まで気にしてなかったけど、視えるのって遺伝??
「…………うん、わかんないですね」
「もっと気にしようよ、ちゃん」
「今度親御さんに聞いてみたらどうですか。私も気になります」
「そうですね、そうします」
――後日、この件で私達は大変な目に遭うのだけど、それはまた別の機会に。
+++
「おや、今日はおふたりだけですか?」
その部屋に入ると、ふたりの男性に出迎えられた。
「いらっしゃい」
「おー、加々知と白澤! 久しぶりだなー」
「こんにちは」
加々知先輩と白澤先輩を出迎えたそのふたりは、後ろに居た私に気づいて首を傾げた。
「あれ? その子、誰?」
「新メンバーか!?」
「あ。ええと…文学部一回生のです」
軽く頭を下げると、椅子を勧められたので腰掛ける。
ふたりの男性は、多分、先輩だろう。この部屋に慣れている感じがする。
「俺は天雄。経済学部の3回生な。
あ、名前じゃなくて名字ね。よく間違われるけど。名前は隼」
「僕は艾葉草摩。同じく文学部の3回生だよ」
やっぱり先輩だった。
明るいムードメーカー的な天雄隼(てんゆう はやと)先輩と、穏やかな艾葉草摩(がいよう そうま)先輩か。
なんだか変わった名前だなぁとぼんやり聞いていると、
「メインのメンバーはあともうひとりいて、」
「あっ、みんなもう集まってるのね。遅くなってごめんなさい」
そう言いながら、部屋に新たな人物登場。
長い髪の、綺麗な女の人だった。思わず見惚れるレベルの。
「いや、今集まったとこ。それより喜べ、香子。新メンバーが女の子だ!」
「あら!」
思いっきり注目された。
香子さん、と呼ばれた女性は私の方に駆け寄ってきて、私の手を取る。
そして、これも見惚れてしまう綺麗な笑顔を向けてきた。
「はじめまして、経済学部3回生の空薫香子(そらだき たかこ)です」
「ぶ、文学部一回生のです。はじめまして…」
いかん、イケメンより美女の方が緊張する…!
狼狽える私を眺めながら、加々知先輩と白澤先輩は特に助け舟を出してくれる気配もない。
「…この方達を見てると、古い友人達を思い浮かべてしまいますね、私」
「…案外、お前にそっくりな奴もいたりしてね」
「まさか」
呑気に雑談! いや別に何かされてるわけじゃないけども!!
…先輩達しかいないこの空間、結構アウェーなんじゃないかな私…。
「で? 今日はなんか新しい体験談とかある?」
「折角ちゃんが加わったんですもの、彼女のお話も訊きたいわ」
「あ、お茶煎れるよ。煎茶と紅茶、どっちが良い?」
「なんだそのチョイス」
艾葉先輩が、部屋の隅に置かれたポットへ近づいて行った。
当たり前のような和やかな雰囲気。この三人、本当に仲良しなんだなぁ。
「他にもメンバーはいるんだけどね、基本的に集まるのはこの面子。
ちなみにこの三人、幼馴染なんだって。仲良いよね」
「へー…」
幼馴染。この歳まで友人関係が続いてるって凄い。
でも空薫先輩みたいな美人、取り合いにならないんだろうか。
ぼんやり考えていると、さっそくオカルト話が始まったようだ。
「…そうですね。最近ですと、女性の霊に取り憑かれた男性の話がひとつ。
正体は男性がこっ酷く振った元恋人で、男性を連れて行こうとしていたようです。解決しましたが」
「マジか! 加々知と白澤って体験談が結構エグイの多いな…」
「その男の人、大丈夫だったの?」
「とりあえず連れては行かれませんでした。五体満足ではあります」
「良かったわねぇ」
反応緩いな!
あの件ってそんな緩い反応で済んじゃう話じゃなかったよ!
…加々知先輩が淡々としてるせいだろうか。この人、怪談語るの向いてない。
「三人は何か面白い話ある?」
「さすがにお前らみたいなエグイ体験談はねーよ。
うーん、でも何もないで終わらせんのもな。折角新メンバーも来てくれたしな…」
そんな気遣いは無用なんだけど、話自体には興味がある。
無意識に目が輝いてしまったんだろうか、先輩達は苦笑した。…恥ずかしい。
「…あ、そうだ。あの話をしよう! ガキの頃の不思議体験!」
「え。どれ?」
「そんなに不思議体験してるんですか?」
案外、視えるひとって多いのだろうか。
今まで会ったことなかったんだけどなぁ…。
「今はそうでもないわよ。さっき白澤君が、私達は幼馴染だって言ってたけど…
実はもうひとり、別の大学に進んだ子がいてね? その子と一緒に居る時は、不思議なことによく遭遇したの」
「へぇ…」
「あ、そいつちょっと加々知に似てるよ。雰囲気が。あいつの方がもう少し緩いけど」
「そうですか。興味深いですね」
「…普通に居たな、お前のそっくりさん」
加々知先輩に似た人、かぁ…。
かなり特殊な人だと思うんだけど、それがもうひとり…。
その人も素手で幽霊殴ったりしちゃう人なんだろうか。
「それで、どんな話なの? 不思議体験ってことはホラー系じゃないわけ?」
「ホラーと言えばホラーかもだけど、別にそんな怖かったわけじゃないんだよな」
「隼君、どの話しようとしてるの?」
「ん? 鬼に会った時の話」
「「ああ!」」
艾葉先輩と空薫先輩が、「あれか!」とぽむっと手拍子を打った。
…っていうか、鬼? 鬼って、絵本とかに出てくるアレ?
「「……………………」」
何故か、加々知先輩と白澤先輩が無言で顔を見合わせた。
今日はちょいちょい、ふたりの反応がおかしい気がする。気のせいかしら。
「鬼って、角生えてて虎柄パンツで肌が赤かったり青かったりする、あの鬼ですか?」
首を傾げながら訊ねると、三人は互いに顔を見合わせて、同時に噴出した。
「角はあったけど、赤とか青じゃなかったよ」
「そうね、角と、あと耳が尖ってなかったら普通のお兄さんだったわね」
角に、尖った耳…。
特徴的には鬼だけど、普通のお兄さんっぽい鬼…想像つかない。
「…なんだか嫌な予感がしてきました」
「…まあ、うん、…ここは抑えろ」
また、ふたりの反応が妙だった。
だけど天雄先輩はお構いなしに、話し始めたのだ――
***
俺らのもうひとりの幼馴染――額着(ぬかずき)っていうんだが、こいつが変わった奴なんだ。
誰に対しても礼儀正しくて、いつもピシッと姿勢が良くて。
おまけに頭も良いし運動も出来るし、物静かで大人びてたな。…ホントはただ単にぼーっとしてるだけなんだけど。
でも中身は案外、なんていうか…普通の中学生だったよ。よく俺らはつるんで馬鹿な事やってたな。
え? どこが「変わった奴」なのかって?
ああ、それはすごく単純な話。あいつ、所謂『視えるひと』なんだよ。加々知と白澤と同じ。
あの頃、それ知ってるのは俺らだけでさ。
額着も「自分は幽霊視えるんです!」とか言って回るような構ってちゃんじゃなかったし。
…逆に真顔のまんま淡々と、「自分の首抱えて歩くってどう思います? あれわかっててこの世に留まってますよね。何の意志表示なんでしょう」…とか、さらっと聞いてきたりして、そんなヤバイもん視えてんのコイツ!?って戦慄したもんだけどな。
俺ら三人には特に霊感ってものはないんだけどさ、あいつと一緒にいるとたまに変な体験をしてた。
怖い体験より、不思議な体験が多かったかな? 額着曰く神様とか妖怪とか、なんかそういうのとよく遭遇したよ。
で――あれはそうだな、俺達が小5の、確か夏休み前頃だったかな。所謂一番馬鹿な時期だ。
あの日、俺達四人は夏休みどこ行くよ?ってわくわくしながら計画立ててた。
額着の奴は「宿題終わってからにしてくださいね、今年は手伝いませんよ」なんて薄情なこと言ってたな。
…こら、艾葉。高校3年の夏までずっと手伝って貰ってたとかバラすな。
とにかく、楽しい夏休みの計画を練りながら帰宅中だったわけだよ。
で、その計画を練るために家が広かった額着の家に行くことにしたんだ。
額着の家は比較的山の中にあったから、近道ってことで山道を通った。
山道、って言っても道として整備されてるかは微妙なレベルでな。夜になったら通りたくない道だった。
当然、好き好んでそんな道使うのは、子供くらいのもんだ。
ちょっと進んだ辺りで、珍しい事に人が居た。
若い兄ちゃんだった。多分、二十代半ばくらいかな?
俺達の地元には大学とかなかったし、そのくらいの年代は珍しい。
で、その兄ちゃんは俺らを見て凄い驚いた顔してた。
でもな、俺らの方が何倍も驚いたっての。
だってその兄ちゃん、頭に角があったんだよ。しかも耳が尖ってた。
「…………」
「…………」
で、額着はその兄ちゃんとしばらく見つめ合ってた。
というか、あれは額着が凝視してた、って方が正しいのかな。
変な緊張が流れてたんだけど、不意に額着が小さく息を吐いたんだ。
その瞬間に、俺達は悟った。あ、この兄ちゃんはヤバイ奴ではないんだな、って。
「…何かお困りですか?」
かくん、と首を傾げて額着はそんなことを言い出した。
俺らばかりか、その兄ちゃんも唖然として額着を見たよ。
あんまりにも普通に言うから、え?この兄ちゃん普通の人間なの?って俺は思ったね。
もちろん違ったわけだけど。
「何か、お困りですか。あと角は隠した方が良いですよ」
「え? …あ、うん。そうだな」
慌てて、その兄ちゃんは帽子を被った。帽子を被ると普通の人だ。
「それで、何かお困りですか」
「あー…とりあえず今は、お前らに見られて困ってる」
「それはそちらの不注意でしょう」
「お、おう」
普通だ。これはむしろ額着がおかしいのか。
「…一応聞くけど…怖くねーの?」
「悪いモノには視えませんので。ヒトに害悪を与えるモノは、視ればわかります」
「その歳でそんなハッキリ視えんのか。難儀だなぁ」
「そうですね。長生き出来ないかもしれません」
「こらこら、そういうこと言うなよ。友達が青い顔してるぞ」
兄ちゃんの言う通りだ。
たまに額着はなんでもないように、自分は長生き出来ないだろうとか言うから性質が悪い。
「…ええと、お兄さんは、何をしているんですか?」
とにかく話題を変えたかったんだろうな。
あの時は珍しく、香子が口を挟んだ。
「…ええと…なんて言えば良いんだろうなぁ…仕事なんだけどさ」
「仕事?」
鬼の仕事ってなんだろう?
鬼といえば人間食うんだろ、みたいに思ってた俺達はちょっと怖くなってきたんだが、
肝心の額着は全然平気そうだから、多分違うんだろうと安心もしてた。
「…あ、そうだ。お前らさ、この辺りでなんかヤバイもん視たり聞いたりしたことないか?」
「ヤバイって…幽霊とか、そういうの?」
「そうそう」
今目の前に鬼が居るんじゃなかったっけ?
まさか鬼にそんなこと聞かれるとは思ってなかったから、
なんかだんだん、ただのコスプレした兄ちゃんなんじゃねーかと思い始めてた。
「…………」
顔を見合わせる俺らとは対照的に、額着だけ難しい顔で考え込んでた。
「……海岸沿いに、今は使われていない歩行者用のトンネルがあります。
特に曰くはないのですが、昔から霊が出ると噂でして。いわば霊の溜まり場です。
…ここ1年くらい前からかなりまずいモノが住み着いたようで、近付くことも出来ません」
初耳だった。
思わず額着を見ると、珍しく渋面だ。かなりヤバイらしい。
「あー、なるほど。えーと……………トンネルってあっちか?」
そう言いながら兄ちゃんが指差したのは、間違いなく噂のトンネルがある方向。
俺達の表情から当たりだと確信したんだろう、兄ちゃんは納得したように頷いた。
「……うーん、これかぁ……そうだな、ヤバイなこれ。
最近この街で亡者が増えてんの、原因アレかぁ…俺ひとりじゃ無理だな…」
鬼がヤバイとか言い出す心霊スポットってどんだけヤバイの!?
恥ずかしながら、まだ小坊の俺らは泣きたくなってきた。
「…あ、悪ィ。怖がらなくて良いぞ、アレちゃんと回収していくから!」
俺達がよっぽど酷い顔をしてたのか、兄ちゃんは慌ててそう言った。
「で、でもお兄さんいま、ひとりじゃ無理って…」
「大丈夫だ、応援呼ぶから! 20人くらいいればいける!」
なんかリアルな数字だった。
「…本当…?」
「ホント、ホント。だからお前らはしばらくそのトンネルに近付くなよ。
他にも近づこうとしてる奴居たら、出来るだけ止めてくれ。特に子供はマズイから」
「わかりました。宜しくお願いします」
わけがわからず必死に頷く俺達とは違って、額着だけは静かに言いながら頭を下げた。
額着のそんな態度は珍しいから、それだけで「かなりあのトンネルヤバイんだ!」って余計に怖くなったけど。
「よし、じゃあ連絡するかー。お前らは真っ直ぐ家に帰るんだぞー」
そう言って兄ちゃんはどこかに行こうとした。
俺は思わずその背中に声を掛けたんだ。
「なあ! 兄ちゃん、名前は!?」
なんで名前なんて聞こうと思ったんだろうな。
今考えても不思議だよ。
「こういうのは匿名にしといた方が良い、って昔会った神獣が言ってた」
キリッとした顔で言われた瞬間、
「あ、この兄ちゃん馬鹿だ」って思ったね、俺は。
去っていく兄ちゃんを見送ってから、俺達は言われた通り大人しく帰ることにした。
「なんか変な兄ちゃんだったなー」
「なんだったんだろうね??」
「あの角と耳、本物かしら…」
「どーだろ?」
「――いえ。あの方、本物ですよ。
もしかしたら、死者を迎えに来た獄卒かもしれませんね」
淡々と、額着がそう言ったんだ。
ふーん、って軽く流しかけて、え!?って俺達は見事に固まった。
対する額着は唐突に鞄から飴玉出して齧り出す。わかってたけどフリーダムだな。
「え? マジで? やっぱ本物なの?」
「ごくそつ?」
「地獄で亡者を呵責する鬼です。
…さっき通った道沿いの家、花が出てたでしょう? あれ、お葬式ですよね」
そこの亡くなった人を迎えに来たんじゃないですか、と。
額着が淡々と言うものだから、俺らはなんだか妙に納得しちゃってさ。
「鬼も働いてんのか。父ちゃん達と変わらねぇんだなー」
「天雄君の発想は相変わらず面白いですね」
「そうか?」
「お仕事の最中だったなら、引き止めて悪い事しちゃったかしらね」
「あちらが勝手に立ち止まっただけですし、別に香子さんが気に病む必要はないですよ」
確かに、立ち止まったのはあっちが先だ。
「でも何に驚いて立ち止まったんだろうね」
「さて? 知り合いに似ている人でも、見つけたんじゃないですか?」
鬼の知り合いに似てる奴てどんなだよ。
真顔だったけど、まあこいつなりの冗談だろう。
こいつの冗談はいつだってわかりにくいんだから。
…その場はそう思ったんだけど、後になってふと考えたんだ。
額着は、鬼に会うのは初めてじゃなかったじゃないかな、って。
それで、俺らの知らない話をしていたんじゃないのかな、って。
良く思い返せば、あの兄ちゃんが最初に見たのは額着だったんだよな。
…思ったけど、俺は額着にそれを訊かなかった。
あいつ、この手の話の真相というか裏話?っていうのかな。
そういうの、自分から話さないことって、こっちからわざわざ訊くと怒るんだよな。
怒るとホントに怖いから、出来るだけ怒らせたくない。宿題手伝って貰えなくなるのは辛い。
夏休み半ばに額着が「もう海に行っても大丈夫ですよ」ってさらっと言ったんだ。
きっと、あの兄ちゃんが呼んだ「応援」とやらが、
トンネルに住み着いてたヤバイのを退治してくれたんだと思う。
その後、俺らがあの鬼の兄ちゃんと会うことはなかったし、別の鬼と出会うこともなかった。
だからこの話は、これでお終い。
***
「…っていう体験。正直、額着が一緒にいなかったら、
ただのコスプレした中二病兄ちゃんだと思って終わっただろうな」
「鬼って実体あるんですね…」
もっとこう、概念的なものなのかと思ってた。
「鬼にも色々種類があるからねぇ。
中国では鬼って幽霊のことを指すけど、日本の鬼はどっちかっていうと神寄りだしね」
「さすが、白澤先輩物知り。…あれ、加々知先輩どうしたんですか」
普段から静かだけど、割と喋る方でもある加々知先輩が大人しい。
珍しい、今の話は突っ込みどころ満載だったのに。
「……何してるんですか烏頭さん……」
…なんかひとりでぶつぶつ言ってる。怖い。
「…凄く微妙な顔してますね」
「え? あれ? 面白くなかった!?」
「…いえ、そうではなくて…すみません、なんでもないです」
頭痛を抑えるように頭抱えて渋面作ってるけど、具合悪いんだろうか。
…また徹夜したのかな。
「気になることとはたくさんあったけどさ、よく思い出してみるとあのお兄さん、天雄に似てたよね」
「え? まさか俺に鬼の血が流れて…!?」
「いやそういうのいいから」
「そうね、顔は似てないと思うんだけど、こう、雰囲気がね。それも合わせて不思議な体験だわ」
世の中には似ている人が三人いるっていうけど、鬼も含まれるのかしら、と。
空薫先輩はにこにこしながら言った。なんだかこの人、テンポが独特だ。
「私に似てる鬼もいたりするのかしらね?」
「あー、いるかもねぇ。きっと才色兼備の素敵な淑女だよ」
「あら、ありがとう」
あっさり流した。空薫先輩、格好いい。
しかし呼吸するように女性を褒める白澤先輩はなんていうか、さすがだなぁ…。
「もしかしたら身近に、当たり前のように鬼が居たりするのかもしれないですねぇ」
「…………そうですね」
そんな、普通のお兄さんみたいな鬼なら会ってみたい。
きっと、私の知り得ないような話が聞けるような気がするなぁ。
「鬼もそうですけど、…会ってみたいですね、額着さんに」
「あいつ忙しいからなぁ。今度予定が合いそうなら紹介するよ」
「そうね、私もメールじゃなくて久々に会いたいわ、灯里ちゃんに」
「でも額着の彼氏って結構面倒なひとじゃなかったっけ? 怒られないかな?」
「大丈夫じゃねぇの。いつも豚野郎とか罵ってたし、アイツの方が強そう」
「一緒に呼んであげればいいじゃない」
え? あれ??
幼馴染三人組の会話から、予想外の情報が散見されるんですが…?
「「「…………………え? 女?」」」
この流れでまさかの!?
驚く私達に、天雄先輩は不思議そうに首を傾げた。
「うん、額着灯里(ぬかずき あかり)。…あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってないよ、天雄」
うん、聞いてない。
男性だとも聞いてないけれど。
「…いや、加々知先輩に似てるっていうからてっきり…」
「あっ、顔は似てないよ? 中身ね、中身の話」
「そうねぇ、そういう意味では加々知君と灯里ちゃんは会わせてみたいわねぇ」
それは、どういう会話が生まれるんだろう。
…加々知先輩の女性版……………うーん、想像つかない。
「あー、でも。機嫌悪い時に、眉間に皺寄せて舌打ちする時の顔はなんか似てる」
「言われてみれば似てる。…実は兄妹とか?」
「でも同じ年よ?」
「生き別れの双子説を推奨!」
「そんな複雑な家庭環境なわけないって」
なんか好き勝手言い始めた。
…眉間に皺寄せて舌打ちする時、って。あの凶悪な顔か。
それに似てる女性…………そ、想像力が限界です。
「……ほほう。女の子か。そうか……」
「…………………白澤さん? 何考えてんだこの淫獣」
「いだだだっ!? ちょっ、ピアス引っ張んな耳取れる!
なんだよ、彼氏いる子には手は出さないって! 痛ッ!? 待ってマジで痛い!?」
真顔で白澤先輩のピアス引っ張るような、この人に良く似た女性かぁ…。
というかホントにあれ耳千切れるんじゃあ…いやいや、さすがにそれは、ない、よね…?
「……その額着の彼氏がなんか白澤に似てるのは、黙っておこうか」
「……白澤みたいな奴は、まあいくらでもいるよな。あいつは白澤ほど見境ないわけじゃなかったけど」
「ホント、不思議ねぇ。顔は全然似てないし、性別だって違うのに」
そんな三人の会話は、幸いというかなんというか、加々知先輩と白澤先輩は聞こえてなかったようだ。
いつものくだらない喧嘩に発展したふたりの言い合いを眺めながら、私達は顔を見合わせて苦笑した。
――世の中には、似ている人間が三人はいる。
迷信じゃないのかもしれない。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。