「お土産です」
「ありがとうございます…?」
唐突であった。
目の前にずいっと突きつけられたのは、手のひらに乗るくくらいのぬいぐるみ。
持っているのが加々知先輩だからか、余計に小さく見える。
「あまり大きいぬいぐるみはお邪魔かと思って、手のひらサイズにしました。
それともぬいぐるみはお嫌いでしょうか? 大抵の女性は好きかと思うのですが」
「いえ、私もぬいぐるみは好きなんですが…」
…なんで、パンダ? どこのお土産?
あと大の男がこう、小さい子みたいにぬいぐるみの手を動かして、
あたかも生き物であるかのように動作させてるのが…あれ、なんか可愛く見えてきた。
「…お前さ、説明もなしにいきなりぬいぐるみ渡されてもびっくりするに決まってるだろ」
「白澤先輩」
「そうですね、失礼しました。上野動物園に行って来たので、そのお土産です」
「ああ、上野動物園。…動物好きなんですか?」
「ええ。良いですよ、動物園。特に上野動物園は、死ぬほどハトがいます」
「何を見に行ってるんですか加々知先輩は」
ハトならどこ行っても見られます。
「…でもなんか意外ですね、ぬいぐるみ…」
「そうですか? 女性へのお土産としては妥当な線だと…」
「え。うーん…そうなんですかね? いや、可愛いですけど」
一般的なお土産は、菓子類の類な気がするが。
…これは、どういう風に受け取るべきなのだろう?
「あ、やっぱりちゃんはお菓子の方が良かった?
食べるの好きだよね、君。いつも食堂で会うし」
「ひとを色気より食い気みたいに言わないでください!
あと食堂で会うのはたまたまですし、兼休憩所なんですから仕方ないでしょう?」
まさかそういう認識をされているとは、まったく思ってませんでした。
別学年、別学部の私が、このふたりと遭遇する場所なんて食堂くらいなんだから仕方ないだろう。
「…そういえば、さんも年頃の女性でしたね。失念してました。
本当にただのお土産で、下心はありませんのでご安心下さい」
「そういえば、って。失念って。いや最初から何も期待してないですけども」
明らかに、扱いが妹か、ともすれば娘なんだけど。なんで。
そういう期待はある意味出会った瞬間から持ち合わせてないから、問題ないんだけどなんか複雑。
「そもそも、ちゃんはそういうこと言ってるんじゃないと思う」
「…うん、もう良いです…」
「そんな顔しないで。飴食べる?」
「なんで飴常備してるんですか…」
白澤先輩、それはもう孫を宥めるお爺ちゃんの行動です。
「さすがに、飴玉一つで機嫌が直るほど子供ではないです」
「だよね」
「でも貰います」
「結局貰うんですか…」
頂けるものは、ゴミでない限り頂きますとも。
「色んな意味で規格外だよね、ちゃん」
「普通ですよ、普通。
それで、今日はどうしたんですか。お土産渡す為に呼び出したわけじゃないですよね?」
そう。今日は偶然ふたりと会ったわけじゃない。
呼ばれてのこのこやってきたら、いきなりパンダのぬいぐるみを突きつけられただけだ。
「そうでした。天雄さんが言っていたんですが、」
天雄先輩とは、オカ研の中心人物――というと語弊があるかもしれないが、
色々と企画を立てたりするのは彼なので、あながち間違いでもない。
「本決まりではないようですが、夏休みに小旅行を計画しているらしいです」
「…それは、オカルト的な意味の?」
「ええ。私達もメンバーに入っているようですが、さんも行けますか?
…あまり関わる人間が増えるのも考え物なのですが、遠方へ行くのは滅多に無い機会ですからね」
確かに。さすがの私も、この3人だけで旅行に行くのは躊躇いがある。
その点、サークルのメンバーが集まるということは、少なくとも空薫先輩がいるということで。
「…男性複数に女子ひとりだと、さすがに体裁が悪いですからね。空薫先輩がいれば女子ふたりになりますし」
「僕は気にしないけどねー」
「貴方が気にしなくても、さんは気にするでしょう。
それに、天雄さん達が行こうとしている場所にも少々興味がありまして」
興味。興味ですか。
この感情の起伏がわかりづらい先輩が、興味を持つことですか。
「…加々知先輩が興味あるとか、ロクでもない場所なんでしょーね」
「貴方、最近スレてきてませんか。お母さんは悲しいです」
「お母さん!?」
いつの間に加々知先輩は私のお母さんに!?
このひと、たまに言動があさっての方向から来るな、意味わからない。
「…ちゃんはさ、熊野詣って知ってる?」
「熊野詣…熊野三山を参詣するあれですか? 確か和歌山県の…」
「正確には、三重県と和歌山県を跨ぐ形になりますね」
「天雄君、神社仏閣大好きなんだって。だから熊野詣の真似事がしたいらしいよ」
…神社仏閣好きってのは意外だけど、「真似事」って。
「………なんで真似事なんですか」
「本気でやろうとしたら、結構大変なんですよ。
数日間籠って精進潔斎、道案内を修験者にお願いして、道中ももちろん精進潔斎を貫き、
妄語・綺語・悪口・嘘など道理に背く言葉は厳禁、忌詞を用いることにより会話には細心の注意を払うなど、
決められた手順や道順、様々なルールを厳守する必要があります。自身の足で歩くので日数も掛る」
「……………」
それは、なかなか大変だ。
精進潔斎、ってことは肉類はやっぱり厳禁だよね。そんな食生活で山登りを数日間…
「死んでしまいます」
「さすがにその程度じゃ死なないよね!?」
「最近の若い方は軟弱ですから、あながち間違っていないかもしれません」
最近の若者にあなたは入らないんですか、加々知先輩。
「…熊野は本物の霊地ですから、あまり遊び半分で熊野詣の真似事などして欲しくは無いんですがね。
まあ儀礼的な手順を正式に踏まない限りは、それほど影響もないでしょうし大丈夫でしょう」
そういうもんだろうか。
熊野って確か――隠国(こもりく)、という別称があったはず。
死者の国に最も近い場所。黄泉の女王イザナミノミコトが葬られた地。
――といっても、熊野に残る伝承は色々後になって付け足された要素が多そうだな、と調べた時に思ったけれど。
熊野速玉大神と熊野夫須美大神がイザナギノミコト・イザナミノミコトと同定されたりとか。
まあそれは良い。とにかく、熊野詣では確か死と転生を巡る旅、という構造を持っていたはず。
それの真似事、って…大丈夫なのかな? いや、気にし過ぎか。
「…それより私は、あの地に伝わる安珍清姫伝説に興味があります」
「安珍清姫?」
「僧侶安珍に裏切られて、怒りのあまり蛇に変じた少女の復讐劇だね」
「古来の怪談ですね」
鐘の中で焼き殺されるアレか。熊野の伝承だったんだ。
ああいうのって、発祥の地がどこかよくわからないのが多いイメージ。
「この話にはレパートリーが色々ありまして、舞台も様々です。
ただ…和歌山県の真砂の里にのみ伝わる、清姫が白蛇の娘であったという伝承が気になります」
「白蛇の…娘?」
「古来から白い動物は神の使い、もしくは神の化身と言われているからね。
そんな生まれのお嬢さんが、神とは相反するモノとして伝えられた――っていうのが、僕らが気になってるところ」
私には、話に神秘性を孕ませる為の創作にも感じられるけれど。
いや、多分そんなことは私が指摘するより先に、このふたりなら視野に入れてる。
なのに、どうしてそんなことを言ったのか。そっちの方が気になった。
「物語としては、確かに面白いかもしれませんけど…なんで、そんなこと気になるんですか?」
「「………」」
その瞬間、ざわりと肌が粟立った。
いつも基本的に穏やかな笑顔を浮かべている白澤先輩の表情が、消えたからだ。
「――『神から生じたモノは、神であるか魔であるか』」
「え?」
無表情、と。一言で表現して良いのだろうか。
思わず、私は居住まいを直した。これは半ば無意識だ。
「僕達はそれを確かめなくちゃいけない」
「…確かめて、どうするんですか?」
応えたのは、白澤先輩じゃなかった。
「さあ――どうするんでしょうね?」
…どうしてだろう。
加々知先輩が無表情なのはいつものことだ。なのに。
今、そう応えたふたりが、何故か――妙に、怖かった。
――そしてこの夏、私はとても不思議な体験をする。
To be continued?
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