「…………………」
いつものように学食へ足を運ぶと、見知った顔を発見した。
…知り合いじゃなければ、絶対近づかないであろう状態だったが。
そっとしておこうかしらと逃げの態勢に入った私だったが、
「あ、ちゃんだ。これからお昼? 一緒にどう?」
声をかけられてしまった。
仕方ないので、しぶしぶ、ふたりに近付く。
「こんにちは。…加々知先輩、物凄くグロッキーですけどどうかしたんですか」
周辺の席に人が近づかないのは、明らかにこの人が原因だ。
不機嫌そうなオーラを発したこの凶相、好き好んで関わろうとは思えない怖さがある。
「ああ、寝不足寝不足。いつものことだから、気にしなくて良いよ」
「そういえば目の下の隈、一段と酷いですね」
加々知先輩は深夜バイトでもしてるのか、いつも目の下に隈を作ってるわけだが。
今日は一段と酷い。この凶相は眠気に耐えてる結果なのか…。
「午後の講義、休めないんですか? その顔で出たら講師泣きますよ」
「…さんは、割とはっきり物言いますよね…いえ、慣れているので大丈夫です」
慣れてるのも如何なものだろう。
「大丈夫じゃないだろ。お前ね、いい加減三徹とかやめなよ」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「お前普段からそうだろ。別に僕のせいじゃない」
「三徹て。何があったらそんな状況に…」
加々知先輩、苦学生なんだろうか。
深夜バイトにレポートに、忙しくて寝てる暇もないとか?
でもさすがに三徹はドクターストップだと思う。
「絶対寝た方が良いです」
「いえ、今寝たら起きられなくなります」
「良いよ、ちゃん。どうせ言っても聞かないから。
あとで薬飲ませてベッドに叩き込むから気にしないで」
「やれるものならやってみろ」
「ひとの親切なんだと思ってんだ」
「眠い時まで喧嘩しなくて良いですから」
白澤先輩が女の子をナンパするのが条件反射なら、このふたりが喧嘩するのも条件反射だ。
ある意味仲良しなんだろうけれど、激しいので見ている方はハラハラする。
「あ。そういえばさ、ちゃんに聞きたいことがあったんだけど」
「なんでしょう?」
「最近女の子の間で話題になってるおまじない、ちゃんは試した?」
「おまじない……
……ああ、図書館の『四季』ですね」
同じ講義を受けている子達が教えてくれた、どんな願いも叶えてくれる「おまじない」の話。
中高生かよ、と笑ったけれど、話を聞くとなかなかオカルトちっくな話だったので覚えている。
「『四季』とは、本のタイトルですか?」
「そうですよ。貸出禁止図書、ってあるじゃないですか。
閲覧可能で貸出不可の本の保管部屋。そこに置いてある古い本らしいです」
「それに噂の「おまじない」が載ってるの?」
「あー…いえ、その本自体がおまじないの本ではなくて…
おまじないをするための道具、って話ですよ」
曰く。
図書館の奥にある、貸出禁止図書室には、『四季』というタイトルの古い本がある。
この本を手に取り、ページをめくって最初に目についた言葉を口にすれば、願いが叶う。
…と、まあある意味ありきたりな話なわけだが。
「ふぅん、おまじないに本が必要なんだ。変わってるねぇ」
「そうですねぇ。
ただ噂によると、その本、心の底から叶えたい願いがある人しか見つけられないんだとか」
「と、いうと?」
「図書館の本って、雑多に並んでるように見えますけど、ちゃんと司書さん達が管理してるじゃないですか。
どの本が何冊あって、今何冊貸出し中で、って。『四季』は、そういったリストに載っていない本だそうです」
ここが、なんだかオカルトちっくだなと思った部分。
つまりは『存在しない本』というわけだ。
「結局、ただの都市伝説ですよね」
「「……………」」
笑って返した私とは反対に、ふたりは無言で顔を見合わせた。
…え、なんですかその反応?
「…さんは、午後の講義は?」
「え? ええと…今日は15時まで何もないですね」
「では行きましょう、図書館」
「え」
立ち上がった加々知先輩に、私は首を左右に振った。
いや、確かにオカルトちっくだなとは思ったし、確かめてみたいという思いはわかる、わかるけれども。
「…いやいや、そんな暇あるなら加々知先輩は寝ましょーよ」
「いえ、私の眠気がピークに達する前に片付けなくては」
「なんでそこまで…明日でも良いじゃないですか」
「今日出来ることを明日に回すなんてとんでもない! それこそ堕落の第一歩ですよ!」
「えええ…」
凄い真面目だ…!
案外、三徹の理由の大半はこの人の性格のせいなのではあるまいか。
「…こいつ、こうなったら聞かないからねぇ…ごめんね、ちゃん。ちょっと付き合ってくれる?」
「私は構いませんけども…」
こうして、私達は図書館へと向かうことになったのだった。
+++
「…さすが、貸出し禁止図書…そこそこ古い本が多いね」
「100年くらい前のものですかね」
「それ以上古いと閲覧禁止図書に置いてあるんじゃないですかねー」
とはいえ、100年前の本だって充分以上な貴重だし。
閲覧出来るだけ、この図書館は大らかな気がする。
「…さて、この中から探すわけですか」
「何か手掛かりとかはないのかな?」
「例えば、何色の表紙だとか。分類はどことか」
「そういう話はないんですよ、だから地道に探さないと…」
こうして、件の本の捜索が始まった。
当てずっぽうに探すわけだから、効率悪いことこの上ない。
眠気でイライラしているのか、ちょいちょい加々知先輩と白澤先輩は喧嘩してたけど、いつものことなので放っておく。
かれこれ一時間ほど探した頃。
ふと、私は机の上に本が出しっぱなしになっているのに気がついた。
「…あれ。これ…?」
「…さっきこんな本ありましたか?」
「…いや、無かった。ちょっと変だね、この本」
まるで、唐突にそこに現れたような、違和感。
いきなり触れるのは怖いので、置いたまま覗き込む。
――本のタイトルは、『四季』だった。
「…これみたいですね」
「さんは、おまじないのやり方は知ってるんですか?」
「あ、はい。 一緒に講義受けてる子達が教えてくれたので」
やり方と言っても、本を開くだけだが。
「…え、まさかやらせるの?」
「事象が起こらないと判別出来ませんし。何かヤバそうだったら止めてください」
「お前な…じゃあ何かあったら僕の指示に従えよ」
「…………わかりました」
「なんでそんな嫌そうなんだよ腹立つな!」
あ、私がやるのか…別に良いけど。
「…えーと…危なかったら途中で止めるから、お願い出来る?」
「……白澤先輩ってお祓い出来る人なんですか?」
「あー、うん…厳密に言うとちょっと違うけど、そう認識してくれてて良いよ」
「ご安心ください、さん。この人の口は信用出来ませんが、頭と能力は保証しますよ」
「いちいち一言多いんだよお前は」
ホント、仲良いんだか、悪いんだか。
怪異を視えなくなるようにしてくれるとか、とんでもないこと言うくらいだし…ここは信用しよう。
「わかりました。ええと…まず、本を開 いて…」
机上の本を手に取って、私はページを開いた。
さて、最初に目についた言葉を口にするということだけど――
いったいどんなことが書かれているのかと、開いたページに視線をはしらせた。
――瞬間、妙な感覚に襲われた。
視覚で文字を追ったはずなのに、何かが違う。
「さん…?」
「ちゃん? どうしたの?」
ふたりの声が、酷く遠く聞こえる。
直感した。これは、ダメだ。早く閉じなければ。
ふたりに返事を返そうと口を開いた時、それは動いた。
本の上の文字が踊り、跳ね、口の中に飛び込んできたのだ。
「――――!!」
そして、
そして、
私は、
私の口が勝手に動いて何かを喋っていると認識しているのに、
――――何を喋っているかが、まったく聞き取れない。
「これ、何か喚んでる…!? ちゃん、本、本から手を離して!」
そんなこと言われても、指先一つ自分の意思で動かせないのだ。
感覚と自我が切り離されているとでも言えば良いのだろうか。
自分の手で本を持って、自分の足で立って、自分の口で言葉を紡いでいる感覚はある。
だけどわからない。自分が何を口にしているのか。自分に何が起こっているのか。
空気ががらりと変貌した。ような気がした。
誰もいないはずの背後に、何かの気配を感じる。
人ではない、と思えるほどにそれは重く冷たい。
寒気を感じて、自然と手が震える。
だけど私の口は止まらずに、何かを紡ぎ続けた。
「おい、ほ…じゃない、加々知! ちゃんから本引き剥がせ!」
「……」
白澤先輩に言われて、加々知先輩が私に近付いてくる。
一歩、一歩、何故か物凄く遅く感じてしまう、その瞬間。
物凄い勢いで、加々知先輩は私の背後に向かって掌底突きを繰り出した。
…
……
………え?
「……………」
風圧で尻餅を着いた私の手から本は離れ、床にバサリと落ちる。
気が付けば私は四肢の自由を取り戻していた。
………いや、それは良い。それは良いのだけれども。
「お………お前何やってんのォォォォッ!?」
「え。いえ、なんかもう…考えるの面倒くさくなって…とりあえず殴ろうかなと…」
「アホか! 力任せにぶん殴るとか何考えてんの馬鹿なの!?
潰れたから良いようなものを、ちゃんに返ったらどうするつもりだったんだよ!!」
「そこは白澤さんがなんとかするかな、って…」
「お前は僕のことをなんだと思ってるんだ便利道具か!」
「え? 言って良いんですか?」
「…ごめん、言わなくて良い。もう寝ろよ、お前…」
ふたりのやりとりを聞いていたら、なんだかだんだん落ち着いてきた。
つまり『何か』が私の後ろに居て、その『何か』を加々知先輩がぶん殴った、と。
…………え、ホントに物理攻撃? なにそのトンデモ展開。
「ごめんね、ちゃん。大丈夫?」
「…あ、はい。大丈夫です」
白澤先輩の手を借りて立ち上がって、私は裾を払った。
視界の端に映った例の本に一瞬息を呑むと、加々知先輩が何事なかったかのようにそれを拾い上げる。
「…で。この本、どうですか?」
「どうもこうも…アタリだよ、大当たり!
くっそ、ちゃんが触るまで気づかなかったとか…」
「勘が鈍ったんじゃないですか、お爺ちゃん」
「誰が爺だ」
よくわからないけれど、あの本がふたりの「探し物」なんだろうか?
計らずしも、私は本当に『囮』の役割を果たしたらしい。
「…とりあえず、痕跡一つ目ということですね。
これは立派な呪物ですから、危ないので回収しましょう」
あっさりそう言ったかと思うと、加々知先輩は取り出した風呂敷で本を包み始めた。
いやもう、ブサイクな金魚柄の風呂敷常備してることにも突っ込みたいけど、ちょっと待って欲しい。
「ちょ、ちょっと待って加々知先輩! そ、それ、持って帰るんですか!?」
「はい。ここに置いておいたら危ないですし」
「え、でもあの、そしたら今度は加々知先輩が…」
本を開いた瞬間の、あの妙な感覚を覚えて身震いした。
視えるとか感じるとか、そういうのよりも、五感の支配権を持って行かれる方がよほど恐ろしいと実感する。
「…ちゃん。素手で実体化前の式鬼ぶん殴って潰す様な奴には、そういう心配はするだけ無駄だよ」
「? 『しき』…?」
本のタイトル…とは関係ないよね。
いや、関係あるのかな…?
「式神ってわかる? 一時期陰陽師ブームとかあったよね、術者に使役される妖怪とか神様」
「ああ…はい、それはもちろん」
漫画やアニメ、果てはドラマでもよく題材になる。
オカルト好きなら、有る程度知っていて然るべき知識だろう。
…その知識が正しいかどうかは別だが。
「実際、神やら鬼やらを喚び出して式符に移して、とかそう簡単に出来ないんだけどさ。
なんていえば伝わりやすいかな……思念? そういうのを投影するのはね、ちょっと素質ある子だと出来ちゃうわけ」
「ごめんなさい、どこのラノベですか?」
「真面目に聞きなさい。…で、この本はそういうものの媒体。所謂呪いのアイテム。
ちゃんみたいに、ちょっと霊感強い子だと簡単にヤバイの出しちゃう」
「………」
ヤバイの、って。
……え、祟りとかあるやつ? 簡単に出ちゃうの?
そしてそんなものを加々知先輩は素手でぶん殴ったの??
「…えーと…そんな下らないことでいちいち喚ばれたら、鬼も堪ったもんじゃないでしょうね…」
「…まあ、鬼にも色々居るからねぇ…」
「有名どころだと『丑の刻参り』ですかね。
あれ、本来は荒御霊の神や魑魅魍魎を喚び出して自分に降ろす儀式ですから」
「自分に降ろすんだ…」
「人間辞めて報復するとか、狂気の沙汰ですね。そのエネルギーはもっと別のことに使って欲しいです」
まったくです。
…しかし加々知先輩は本当に淡々とそういう話するけど、今日は少し表情が険しいような。眠いからかな。
「ところでさん、体調は大丈夫ですか?」
「え? はい、ちょっと疲れたかな、ってくらいで…」
「………え?」
「え? あの…?」
「…失礼しました。いえ、やはり守護が厚いようだな、と。
ともあれ、手荒なことをして申し訳ありません。今日はもう帰りましょう」
「は、はい…?」
なんだろう。
呆れたような感心されたような、微妙なニュアンスだ。
「…つくづく思うのですが、さんは霊的に相当タフですね」
「えっ」
「まー、それを素手で式鬼ぶん殴ったお前には言われたくないだろーね、ちゃんも」
「それとこれは別問題ですよ」
「いや、普通に考えたら、って話だよ」
確かに、タフ云々というのを、このふたりに言われるともやっとする。
だけどどうやら、私の感じた意味合いとはちょっと違うようだ。
「私が霊的にタフ、ってどういう意味です?」
「うん、普通の人間はあんなモノ喚んだら保たないからさ。良くて昏倒、悪ければ発狂或いは取り憑かれる」
笑顔でおっかないこと言うな、この人。
私、そんな危険な状態だったわけ…?
「実体化する前にあいつが潰したから、って言っても…ちょっと疲れたで済ませるちゃんは凄いよ、って話」
「…そんな危ないものなんですか…おまじないじゃなくて呪いなんじゃないですか、それ」
「嫌だな、よく考えてご覧よ。『まじない』は、『呪い』って書くでしょ?」
確かに、書くけれども。
でもどうにも納得は出来ない。
「はあ…どうしてでしょうね?
おまじないと呪いって、真逆な気がするんですけど」
首を傾げる私に、白澤先輩は微笑った。
まるで無知な子供の質問に対する、親のような表情で。
「結果が真逆でも、念と言うのは善悪関わらず同じようなものだからねぇ。
神サマにしてみたら、人間の言う『呪い』も『恩恵』も大した差はないってことさ」
軽く言うけど、なんだか重い言葉だな、と。
微笑いながら言われた言葉に、なんとなくそんな感想を抱いた。
To be continued?
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