「へーわじましずおくん。
スイッチさえ入れなければ、温厚でちょっと不器用な男の子」
携帯を片手にパソコンのキーボードを叩きながら、彼女――は誰にともなく呟いた。
「きしたにしんらくん。…あれは無理だな、もう完全に自分の世界保ってる」
ここ数日で把握した情報を基に、は楽しそうに文章を入力していく。
彼女は笑っていた。
どこまでも無邪気に、歪に。
「さって…じゃあ君はどうかな、おりはらいざやくん?」
「は? のことを教えろ? なんでそんな偉そうなのシズちゃん」
珍しく殴り掛かってこないかと思えば、妙なことを聞いてくる。
ああ、でも妙でもないか? と臨也は思い直した。
「なに? 彼女のこと気になるの?
やめときなよ、美人だけどあれは結構性格悪いよ?
深いとこ探ると出るわ出るわ黒歴史…」
――まあ、キレるのを抑えてまで、彼が自分を頼ってきたのは面白い。
そう考えれば臨也の機嫌は良くなった。
「こんなあっさり見つかる程度の情報だってのに、なんだあれ…
さすがの俺でも戸惑ったね。このネタが一番酷い。30人相手に一人で無傷ってなんだよ、化け物?」
「は?」
「だぁから、喧嘩。まぁあの通り見た目は美人だし、小さいし、相手はマワすつもりだったんだろうけど?
30人の明らかに自分よりガタイの良い男相手に無傷勝利。相手全員病院送り!
ナニコレ、女版シズちゃん?」
調べれば調べる程、都市伝説じみてるんだよね、と。
臨也は珍しく歯切れの悪い言い方をした。
「あのちっさい身体に、そんな力ってあるもんなの?
…ああ、でもシズちゃんも身長あるだけでそこまでガタイは良くないか」
「わかってて言ってんのか? あいつのは腕力とかじゃねぇだろ」
「おや、意外。彼女が強いのは知ってたんだね」
にやにやと腹立たしい笑みを浮かべる臨也を前に、静雄は反射的にキレそうになったがなんとか抑えた。
話はまだ終わっていない。
「徹底的に情報集めて、操作して、最後はトラブルも自分で叩き潰しますってか。
…うっわ、なにそれ。腹立つなぁ…! 人間じゃないね化け物だね!
ムカつく!!」
「………おーい。臨也ー?」
「お? いけないけない、シズちゃん如きの前でとんだ醜態を」
「殺すぞこの野郎」
声のトーンが下がった。
そろそろキレるかな、と内心思いながら、臨也は「まあまあ落ち着いて」と穏やかに笑う。
「…というわけで、惚れかけてるなら今のうちにやめておいた方が良いよ?
確かにシズちゃん相手にしても壊れなさそうな女だけど、俺以外がシズちゃんで遊ぶのはなんかイヤ」
「どぉいう理屈だ!! っつか惚れてねぇよ!!」
「へぇ? そう? 今までそんな風に気にした相手なんか居た?」
臨也が笑いながら聞くと、静雄は言葉に詰まって口を噤む。
わかりやすいな、と内心呆れながら、臨也は珍しく、忠告を投げる。
「恋愛はゲームだ。ハマるとヤバイよ? 色々とね」
+++
「勝手なことをしないでくださいませんことー?
おーりはーらくーん?」
静雄が立ち去った後。
上から降ってきた声に、臨也は視線を向けた。
視線の先にある給水塔の上に、寝そべる女子生徒がひとり。
「…どこから現れてるんだよ。俺を見下ろすのやめてくれないかな、さん?」
わざとらしく敬称を付けて呼ぶと、はにこりと微笑んで立ち上がる。
そして、軽やかな音を立てて臨也の前に飛び降りてきた。
「うんうん、三者三様全部が方向性違いとは面白いなぁ!
しかも君は相当優秀だね折原くん! たった数日で私のことを調べ上げちゃうなんて!!」
「……それ、本性? 猫被るのやめたの?」
「さーあ? こっちが猫かもしれなくてよ、折原くん」
ころころと、どこか上品に笑ってみせたに、臨也は目を細めた。
…明らかに遊ばれている。
反応を楽しまれているのがありありとわかり、臨也は苛立たしげに口を開いた。
「…あ~~…ッ、くそ…いいよ名前で呼び捨てろよ、なんかその猫撫で声キモチワルイ」
「はははっ、酷いなァ。これでも男ウケは良いんだよぉ?」
だろうな、と。
客観的に見た正直な感想を内心呟きつつ、臨也は気怠げに首を傾げた。
「で? そのイカれた本性曝け出してくれてるのはどういう了見?
シズちゃんは俺が先に目をつけたんだから、ややこしいことしないで欲しいんだけど?」
「わぉ! 折原くんとシズちゃんはボーイズでラブってる関係デスカ?
やーん、滾るわー!」
「キモチワルイ想像やめて欲しいんだけど」
いつの間に愛称呼びに変わったのか。
実に楽しそうなの様子を、臨也は怪訝そうに見るが彼女は気にしていない。
「イヤだなぁ、なんでそんな敵意剥き出しなの?
君はもっと賢い子だろう?」
「俺の何を知ってるんだ何を」
「んー? 色々と?」
可愛らしく首を傾げつつ、は一歩前に出た。
近い。が長身であったら、鼻先が触れ合う程の距離だ。
「私は臨也くんと仲良くなりたいだけなんだけどなぁ?」
「はっ…よく言うよ。何企んでるの、ちゃん?」
「イロイロと♪」
上機嫌に笑いながら、は臨也の首筋に腕を絡めた。
まるで抱き合うような距離だ。
このままキスされたとしても、臨也は動じなかっただろうが。
「君の感性を鑑みるに、猫を被るよりこの方が良いかと思ってね。
ホラ、興味が沸いてきただろ? ああ、良いよ口では答えなくて。目がそう言ってる」
にやりと口角を持ち上げて嗤う表情に、もはや「可憐な美少女」の面影はない。
良く言えば妖艶、悪く言えば悪人面だ。
「…俺も大概だけど、君も相当歪んでるねぇ…なんて言えば良いかな、こういう時」
「「反吐が出る」?」
「そう、それ」
「ふふっ、やだなあ臨也くん…君みたいなの、なんて言うか知ってる?」
くすくす、と。
楽しそうに笑いながら、は背伸びをして臨也の耳元に唇を寄せる。
「同族嫌悪」
「!」
「ね?」
「…なるほど。納得したよ」
耳元で嗤う少女に、臨也は苦笑を返す。
躊躇いもなく、同族嫌悪ときた。
まったく、変な奴に目をつけられたものだ。
そう呟いた臨也は、嗤っていた。楽しそうに。
「ね? 興味沸いてきたでしょ?」
「そうだね。退屈しなくて済みそうだ」
「素直なひとは好きよ」
「そりゃどーも。そろそろ離れてくれないかな、君みたいな子に密着されると照れるよ」
「ははっ、嘘吐き」
笑いながら返すと、はあっさり臨也から離れた。
「それで? 君は俺に…というより、俺達にどうして欲しいの?」
「言ったじゃない。仲良くしたいだけよ?」
「手駒に欲しいって? 確かにボディガードには向いてるかもね」
「そうねぇ、君とシズちゃんを組ませたら敵無しでしょうね。仲良くしてくれればの話だけど」
「冗談でしょ? 御免被るよ」
仲良く? 有り得ない。
そしてもまた、有り得ないと思いながら言っているのだから、質が悪い。
「まあボディガードとかはどうでも良いや。
ただ私は、興味があるだけだよ。知的好奇心とでも言っておこうか」
「…違うね。君の場合は知的強姦者だ」
「あら酷い。まあ否定はしないでおくわ」
反射的に言い返した臨也に対し、彼女は怒るわけでも傷つくわけでもなく、笑った。楽しそうに。
「そこで笑うとかさ…君はどう言えば堪えるわけ?
俺、結構酷いこと言ってるよね?」
「自分でそう言っちゃうところが可愛いよ、臨也」
「いや、嬉しくないし」
嫌そうに顔をしかめる臨也に、は意地の悪い笑みを返した。
同族嫌悪と彼女は言ったが、正しくその通りだった。
臨也が何を言おうと、彼女は優位な姿勢を崩さない。
大抵の人間が返すであろう反応を、はことごとく裏切るのだ。
不自然な程に自然な笑顔と、言葉とで。
「…口で勝てないって思ったの、生まれてはじめてだよ?」
「それは光栄ね、とでも言うべき?」
「お好きにどうぞ。ああ、君に向けるぴったりな言葉があった」
「なに?」
「『死ねば良いのに』」
笑顔でそう言い放った臨也に、一瞬きょとんとしてからは嗤い、言い返した。
「それは常に、私もそう思ってる」
その、予想の斜め上をいく反応。
笑えば良いのか呆れれば良いのかわからず、臨也は迷った末にため息を吐き出した。
「…自殺願望でもあるの?」
「そうだったらどうするの?」
「勝手に死ねば良い」
「言うと思った」
だから、なんで笑うんだ。
普通、怒るか泣くか、とりあえず笑わないだろう今のやり取りでは。
どう言えば僅かにでも表情が歪むのかと、躍起になり始めている臨也を横目で見やり、は薄く笑う。
「並より強くても、所詮人間だしねぇ。ここから落ちたら死ぬかな」
「ここ屋上だよ? 落ちて死なないのなんかシズちゃんくらいだ」
「ぅえ…シズちゃんデタラメ過ぎる…! 将来映画のスタントとかやれば良いよ」
「短気だから向いてないね」
「あははっ! 酷いこと言うなぁ!」
屋上の手すりに半身を預けながら、は何が楽しいのかきゃらきゃらと声を上げて笑う。
かと思えば、ふと冷めた目で眼下を見下ろした。
「…あー…一遍、死んでみようかなぁ」
「は?」
「じゃ、バイバイ。臨也くん」
「ちょ…!?」
冗談だろう、と。
臨也が言い返す前に、は手すりの向こう側に身を躍らせていた。
咄嗟に彼女の華奢な手首を、臨也は慌てて掴む。
「…意外ね。嗤いながら見送ると思ってたわ」
「さすがに寝覚め悪いっての…ッ!! やるなら俺が見てない場所でやれよ!」
「はははっ、案外君は良い人だね! と、いうより臆病者かな?」
「うるさい! さっさと上がれ…!」
いくらが小柄で軽いとは言え、片腕で人ひとりの体重を支え続け、
尚且つ引っ張り上げるなんてことは、静雄なら出来るだろうが臨也には無理だ。
幸い、まだ手すりに彼女の手が届く範囲。自分で上がってくれば問題は無い。
「…賭けない? 落ちたら死ぬか死なないか」
「賭けるまでもない! 絶対死ぬ!!」
「じゃあ私は死なない方ね!」
「おい…っ」
パッと、彼女は臨也の手を振り払った。
笑顔で。
急速に落下していく、小さな身体。
その姿に、あまりに非現実的なその光景に、臨也も我を忘れたのだろう。
「…なんで臨也まで落ちてるの?」
「知るか!! こっちが聞きたいよ!」
「私と心中なんてモノ好きだなぁ」
「ふざけんな自殺志願者!」
ああ、死ぬなコレ。
面倒くさい女に捕まったもんだ。
諦めたように、臨也は息を吐いた。
人間ってのは面白いもので、「死」が眼前に来ると冷静になってしまうらしい。
反射的に目を閉じるのは、人間の性だろう。
ああ、こんなときまで人間を愛してる俺って凄いかも。
自棄になってそんなことを考えていた臨也だったが、身体に走った衝撃は予想よりは小さかった。
「…っつー…ッあ、あれ? 生きてる?」
鈍い痛みに思いっきり顔をしかめつつ、それでも自分の口から声が出たことに驚く。
「あ~~~っ…いてぇなちくしょう」
「シ、シズ、ちゃん?」
なんで、目の前に天敵の顔があるのか。
状況についていけずに、臨也はゆっくりと瞬きをした。
「…ついでとはいえ、テメェを助けるとか反吐が出そうだ」
「助…え、なにそれ…」
助ける。
シズちゃんが俺を。
あり得ない。っていうかどうしてそうなった。
状況を把握出来ずに思考停止に陥りかけた臨也に、笑いを含む少女の声が掛かる。
「賭けは私の勝ちだね臨也。何してくれる?」
「は…?」
にたりと嗤うと、不機嫌そうな静雄を交互に見やり、
そして自分とが彼を下敷きにしている状況を見て、臨也はようやく事態を把握する。
「…っまさか…下にシズちゃんがいたから飛び降りたのか!?」
「さあねぇ…? シズちゃんが私らを受け止めるかどうかは完全に賭けだったんけどね?
まあこれで死んだら賭けは臨也の勝ちになっただけだよ。臨也も死んでただろうけど」
「なっ…そ…っ!?」
さらりと何を言うのか、この女。
言葉に詰まる臨也を、静雄は彼としては加減して軽く足蹴にする。
「…どうでも良いけど臨也は退け」
「ちょ、蹴るなよ…っていたたたたッ?! 折れてるッ、絶対腕折れてるよこれ!!」
「足じゃなくて良かったねー、明日からもシズちゃんと命がけのチェイスが出来るよ!」
「そういう問題か! って、、足が変な方向向いてるよ君」
「うん。あはは、ちょーいてぇホントに死にそー」
「お前ら馬鹿だろ」
呆れたように静雄が言うのと、野次馬の中から新羅が近寄って来たのはほぼ同時だった。
「屋上ダイブとはとんでもないなぁ。君らもの凄く目立ってるよ」
「新羅。…こいつら診てやれ」
「さすがに私も骨折の治療は出来ないよ。さっき救急車呼んでおいた。静雄は?」
「…手首捻った」
「なんでそれで済むのシズちゃんバケモノ過ぎる!!」
「格好良いなシズちゃん! ヒーローみたいだよ!
恋しちゃいそう!!」
「うるせぇ!! 耳元で騒ぐな!」
「…なんで重傷人達はそんなに元気なの?」
まったくである。
そもそも、屋上から落ちて生きてる時点でデタラメだ。
「はっ…あははははっ…」
「?」
「なに、頭打った?」
「や、そうじゃなくて。あー、」
ひとしきり笑った後、は、小さく呟いた。
「――面白い」
にやりと口角を持ち上げ、可憐さの欠片も無い笑みを浮かべながら。
「…骨折しておいて言う台詞かよ」
「いくらでも言うよ! 君達は本当に面白い、こんな楽しい気分は初めてだ!」
上機嫌に言いながら、は三人の頬にそれぞれ口づけを贈る。
「な、」
「…は?」
「ん?」
三者三様の反応を満足そうに見遣り、は笑った。
「聞いて聞いて!
あのねっ、私! 君達のことが大っっ好きだ!!」
最悪足を折っている状態で、いったい何を言い出すのか。
痛みなど感じていないかのように、満面の笑顔で言い放ったを、三人はただ唖然としながら見つめ返した。
後に彼等は口を揃えてこれを「後にも先にも無いほど最悪な出会い」と語ったが、それは別の話。
無邪気に愛を語る、君は可憐で歪なお姫様。
END
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。