珍しい。
矢霧波江の感想は、実に率直でシンプルだった。
趣味で情報屋を営む折原臨也の下で、彼女が助手のようなことを始めて数ヶ月程経つが、
今目の前に現れたそれは、かなり珍しい類の来訪者だった。
…首無しライダーやら池袋最強の男やら、そんな奴らはよく見かけるが。
「あれ?」
「?」
「…ここ、折原臨也の事務所よね?」
「そうだけど」
「いつの間に美人秘書なんて雇ったんだあいつ何様?」
いや、聞かれても困るし。
そっちこそどちらさまですかと聞きたい。
そう思いはしたが、波江は言葉を飲み込んだ。
いきなり現れた客人は、高校生くらい…だろうか。
とりあえず一言で表すなら、月並みだが「美少女」だった。
制服は着ていないので、学校には行っていないのかもしれないが。
しかし今の口ぶりからして、臨也とは親しい…のかわからないが、少なくとも面識はあるのだろう。
若いのにこんなところに出入りして、何してる子なんだろう。
思わず顔をしかめた波江だったが、彼女に「美人秘書」のレッテルを貼付けた少女は、
波江に構わず勝手知ったる家の中とばかりに、ずかずかと室内に入って行く。
「あの」
「あ、お構いなく! お茶だけで良いんで!」
厚かましい。
にこやかに言われて、波江は顔を引き攣らせた。
いったい、この少女は何者なのか?
疑問に思ったが、まあ、彼等の会話を聞けばわかることだろう。
そう考え直してキッチンに向かった波江は、奥から聞こえた会話に動きを止めた。
「相変わらず元気に悪事を働いてるか臨也くーん」
「なっ…ちょ、 なんでここの住所知ってんの!?
そもそもなんで生きてるわけ!?」
「え? …愛じゃない?」
「わけがわからない!」
年下の少女相手に、悲鳴に近い怒鳴り声を上げる臨也。
今日は珍しいことばかりだわ、と波江は呑気な感想を呟いた。
「で、なんで生きてんの」
「誰も死んだなんて言ってないだろ」
「3年も行方不明だったくせに何をいうのかな。ホントに何しに来たの」
「臨也こそなんで生きてんの? とっくにシズちゃんに殺されたかと期待してたのに」
「うん、いい加減俺と会話しようかちゃん。
…シズちゃんだけでも面倒なのになんで君まで生きてんのかな、ねぇ死んでよ」
「お前が死ねよ」
酷い会話である。
、と呼ばれた少女と臨也の会話は、若干互いに一方通行的だった。
自分で煎れたお茶を飲みながら、波江はそんなふたりを呑気に眺める。
「…3回目だけど。何しに来たのかな…」
「臨也で遊びに」
「ホント帰ってください」
「冗談よ?」
「本気だろ」
対するは、答える代わりにニヤリと笑う。
それをどう受け取ったのか、臨也はそれはもう深いため息を吐いた。
「あー…もー…理屈通じない奴は大嫌いだ…」
「何言っちゃってんの臨也くん。お前の座右の銘は人、ラブ!だろ?
私を愛すれば良いよ」
「座右の銘じゃないし、そもそも君は人じゃない人外だ」
「酷いなぁ」
言葉ほど、酷いとは思っていないような気がする。
にやにやと笑うと、疲れ切った臨也の様子を観察していた波江は、首を傾げた。
で。
いったいこの少女は何者だ。
「…ホントにさぁ…なんで何回家を変えようが携帯の番号変えようが毎回突き止めるかな…」
「隠れたいなら目立つことやめたら? 有名人の情報なんて、いくらでも転がってるもんよ」
「それ普通じゃないからねちゃん。ヤクザか君は」
「臨也に言われたくないなぁ。
ただ単に愛する臨也を面白おかしく追い詰めたいだけなのに!」
「それを言うなら今の流れ的には「追いかけたい」だろ。笑えないよこの犯罪者。
どうせ住所は役所のコンピュータにハッキングしたんだろ」
「携帯会社は案外セキュリティ緩くて楽よ」
「…契約会社変えてくる」
「それは私への挑戦?
良いよ、好きなだけ悪あがきしてちょうだい。その方が萌えるから」
「萌えとか言うな。
…もうホント死んでくれないかな。そしたらキスくらいしてあげるから」
「あはは! いらねー!」
なるほど、犯罪者VS犯罪者か。
なんとなく合点がいって、波江は一人で頷いた。
「…波江。そろそろ突っ込んでくれないかな…俺一人じゃこの子止められないんだけど…」
「若い子相手にへたれるの珍しいわね」
単なる感想を返した波江に、臨也はため息を吐く。
「…騙されてるよ波江…彼女、俺の同級生だから」
「…………は?」
さすがに、波江は驚いて反射的にの方を見た。
まだ幼さを残す、形容するなら「可憐」という言葉が似合いそうな顔立ち。
薄い化粧はしているが、今日日の女子高生ならこのくらいしていて当然だ。
小さく小首を傾げて波江の方を見る仕草も、酷く可愛らしい。
……20代? この顔で? 本当に?
「…冗談でしょ?」
「あはは、よく言われる。
まあ気にするなよ矢霧製薬の矢霧波江さん?」
「……」
なんで名前を知ってるんだ。
目の前の人物に、何か妙な薄ら寒さを感じて波江は顔をしかめた。
「…ちゃんに会うと情報屋とか名乗るの空しくなるよ」
「特化分野が違うじゃない。活動拠点も違うわけだし」
「…その特化すら君より勝るとは思えないけどね。
自分の活動拠点外の情報すら網羅してるくせにホント腹立つ。早く死ねば良いのに」
「あんたが死んでくれたら悦びで死んであげるわ。そしたらシズちゃんの一人勝ちだね!」
「…君さ。3年前もまったく同じこと言ったよね」
3年前から言ってることが変わらないのも、どうかと思う。
思いはしても声に出さないのが波江だ。
結果的に、本人達は無自覚の似たもの同士の会話は、第三者から見れば滑稽だった。
「…で、4回目だけど。――何しに来た、」
「そうね。じゃあビジネスの話をしましょう、折原臨也?」
途端、空気が変わった。
それを波江が肌で感じた瞬間、不意に臨也は波江に視線を向ける。
「…波江。今日はもう上がって良いよ」
「ん?」
「と仕事の話すると長いから。居てもやってもらうことないし」
「そ。じゃあ帰るわ。
何やってもあんたの家だし文句無いけど、後始末は私が出勤する前に終わらせてね」
「…え。いや、何の後始末」
「死体隠すなりゴム捨てるなり」
「何その両極端な例!?」
思わず言い返した臨也に、対する波江は別段何を返すでもなく、
カップをキッチンへ戻すとそのまま退室していく。
無駄な詮索はしない、というか大した興味も抱かないのが彼女の常だが、
言いたい放題言ってフォローなしとは良い性格だ。
「…結構良いキャラじゃない波江さん!」」
「はいはい、言ってなよ。で、仕事の話だろ」
若干気怠げに言った臨也に、は小さく嗤う。
そして、どこか楽しそうな口調で告げる。
「――私が居なかった間、池袋で起こったことを教えて」
「…………それこそいくらでも情報源はあるだろ。謝礼払ってまで俺に聞くこと?」
「私が知りたいのは「解決した事件の結末」あるいは「現在進行中の事件の推理」じゃないのよ」
わかってるでしょ?、と。
そう言って首を傾げる彼女は、どこまでも本気のようだ。
嫌な予感がして、一瞬、臨也はどう答えたものかと思案する。
「あんたの口から聞かせてよ。どこまであんたの計算だったのかも含めてね」
「…高いよ?」
「いいわよ、幾らでも。
なんなら金以外でもいいけれど? 波江さんが許可くれたし」
にやりと笑いながら言われた、予想外の言葉。
思わず、臨也は椅子からずり落ちた。
「…大丈夫?」
「………あんまり」
「やーね、生娘じゃあるまいし」
「ソレ色々問題発言だよねちゃん」
「相変わらず女に興味ないの?」
「それ誤解。単に君みたいな可愛げのない女なんて抱きたくない」
「勃たない、って言わない辺り素直よね!」
「…萎えるようなことばっかり言う女だな、とは常に思ってるよ」
少なくとも、この性格がもっと可愛げのあるものなら、確実にモテただろう。
しかし事実はコレで、外見はとんでもなく美少女だというのに昔から浮いた話はひとつもない。
…それはそうだ。いったい、どこにこんな女を口説こうとする勇者がいるものか。
そして同時に、例え勇者が現れてもこの女がなびくわけがない。それこそあり得ない。
「あのさぁ、臨也くんよ?」
「なんだよやめてよその呼び方シズちゃんっぽいムカつく」
「はいはい、話の腰を折るな」
笑顔だというのに、何かその声音に薄ら寒いものを感じて臨也は口を噤む。
いつも彼は思うのだが、この標準が笑顔の女はどういうときに表情を変えるのだろうか。
ああ、面倒臭い。
思わず呟くが、聞こえているはずなのにはそれを無視した。意図的に。
「あんたホンットに私のこと嫌いだよね」
「とっても。理屈通じないしこっちの話聞かないし軽くストーカーだしとにかくウザい」
「あっはっは、無自覚か臨也! お前それシズちゃんに言われてるぞ!!」
「そーゆーとこがウザいの、ちゃんは。その顔でその性格は詐欺だよ」
「…酷いわ、臨也くん。私は善良な普通の可愛い女の子よ」
「…………うん、キモい」
「酷いな! そんなに私が憎いか!」
「とっても」
「即答かよ」
「なんでそこで笑うかな」
憎いと言われて喜んで笑うなんて、なんてはた迷惑な性癖か。
割と自分のことは棚に上げて、臨也は目の前の外見だけは美しい女を眺める。
「臨也くんよー」
「なに」
「人間の感情ってのはだね、複雑そうに見えて実はとっても単純なんだよ」
「ああ、そうだね。だから? ホントに君は俺と会話する気無いよね」
「人間ラブな臨也くんならわかるだろ? 人が持つ感情で最も強いものは?」
「…最も強い、なんて表現はナンセンスだよ。
強いて言うなら無機物でも人でも良いけど、向ける対象がある感情。だろ?」
「Good Reaction!! 私もその解釈に異論は無い。
だけど敢えて『強い感情』といわれて浮かぶのは、まぁこのふたつだろう」
そう言いながら、はメモ帳にさらりと文字を書いた。
書かれた文字は『LOVE』と、『HATE』。
「ね?」
「なにが。確かにそのふたつが強い感情であることは認める。
認めるけど、君が何が言いたいのかまったくわからない」
「このふたつの感情は表裏一体、紙一重だ。いっそ同じと言っても良いかもしれない。
愛が憎しみや狂気に変わることもあるし、憎しみが愛に変わる事だって日常茶飯事。これは人間の歴史だね」
「………君ってホントに考え方は俺に近いよね。そこがまたムカつくけど」
「つまりさ、」
だから、こっちの話聞けよ。
言いたいことだけ好き勝手に喋るに、臨也は内心呟く。
しかし次の瞬間飛び出してきた言葉に、彼は返す言葉を失った。
「あんたは私が大好きなわけだよ」
「……………………」
口から先に生まれてきたとか、色々言われる彼にしては珍しい反応だろう。
目を瞠って硬直する彼に、彼女はにやにやと実に人の悪い笑みを浮かべて見せた。
バンッ、と思いっきり両手をテーブルに叩きつけて、臨也はソファから立ち上がる。
「あ・り・え・な・いッ」
「そんなに照れなくても。
あんたのキャラはツンデレよかヤンデレの方が向いてるって」
「俺と会話しよう! ホントに頼むから!」
「愛の語らいなら喜んで!」
「なんでそんなもん君と語り合わなきゃいけないわけ!」
ああもう意味がわからないホントにさっさと俺の目の届かない場所でひっそり死んでくれお願いだから!!
一息でそう言い返すと、さすがに呼吸が続かず臨也は肩で浅く呼吸する。
そんな彼をきょとんとしながら眺めていたは、不意に盛大に吹き出した。
「あっは…あははははははははははッ!! ああ、もう!
あんた可愛い!!
これだから臨也で遊ぶのはやめられないのよ、ホントに最っ高のオモチャだわ!」
「誰がオモチャだよ」
世界広しと言えど、臨也を相手にこんな発言をするような女は他に居ない。
そういう意味では強烈な印象を残す人物ではある。
だが臨也にとっては、平和島静雄と同じ…否、それ以上に面倒な相手でもあった。
理性的だし利己的だし、まぁ褒められた人間性ではないが、狂人では決してない。
だというのに、この発言はどうなんだ。
「愛してるわよ、臨也?」
「…ありがとう。俺は無神経に愛なんて言っちゃう君が大嫌いだけどね」
「あはは、自分を棚に上げてよく言うわ。
でもあんたの吐き出す罵詈雑言は愛の告白にしか聞こえないし、
やかましく叫ぶ呪いの言葉は甘いラブソングにしか聞こえない」
「…俺も大概普通じゃないけど、君はホントに気狂いだよね」
「そうね、まぁあんたよりは真っ当なつもりよ」
「へぇ。どこが?」
言ってみなよ、と。
挑発的に薄く嗤う臨也に、対するは場違いなほどの満面の笑み。
「人間全部を愛するあんたと違って、私は普通じゃない人間だけを愛してる。
普通の人間なんて興味ないわ。ああ、非凡なまでの平凡さなら愛してあげるけどね」
どこら辺が真っ当なつもりなんだろうか。
笑顔で言い放つその言葉が、寸分違わず本音だと知っているから、臨也は顔引きつらせた。
「…そういうとこ、全然真っ当じゃないんだよ君は」
見事なまでに学生の頃から変わらないね、君は。
そう言った臨也に、あんたもね、とは笑って言い返した。
DEATH or LOVE ?
END
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