――誰もが、その心の奥底に『望み』を持っている。
それは美しい望みであったり、醜い望みであったりするだろう。
しかし、『望み』はすべてが平等。優劣など存在しない。
だけど、ワタシは醜い望みが好きだ。
穢れた欲望に身を任せ、壊れていくその姿に、狂気の美しさを見出す。
ワタシの手の中で、面白い程に狂い咲く『人間』という花。
その望み、その願い、その狂気。すべてが醜く、そして美しい。
だから、殺すのならば壊れた後で。
どこまでも堕ち、穢れ、咲き狂った後で散らしてあげる。
ああ――ワタシは、愚かで醜い『人間』が愛しい。
深夜の廊下を、わたし達は走っていた。
一応団服を引っ掛けて来たとはいえ、慣れない衣装は走りにくい。
「アクマは?!」
「近くにはいます。場所が特定出来ない…隠れているみたいですね…!」
「そんなこと出来んの?!」
「さぁ…。ただ、どうもこの国に入ってから、なんか左眼の調子がおかしいんですよ…」
そっと、アレンは自身の左眼を手で覆う。
その左眼は、つい最近治ったばかりだ。
潰されて再生したんだから、何か後遺症が残っているのかもしれない
「い、痛いの? 痛いの??」
「いや、痛くは…ど、どうしたんですか?」
「だって、痛かったら可哀想だなと思って」
潰されただけでも、想像を絶するものがあるし。
…やばい。想像したら気分悪くなってきた。
顔色に出たのか、アレンが一瞬、困ったような表情をする。
そして苦笑しつつ、軽口を叩いた。
「…こんな格好させられてる方が可哀想です」
「似合ってるよ」
「嬉しくありません」
そうかなぁ、似合ってるのになぁ、と。
笑うわたしの頭を、アレンは軽く小突いた。
「リナリーとラビの方はどうする?」
「ティムに行ってもらいましょう。連絡はソルトレージュで取れますし」
頷くと、アレンの羽織った団服からティムキャンピーが飛び出して来た。
…ちょっと最近思うんだけど、この子どんどん大きくなってないか。最初もっと小さかったはず。
「ティム、頼んだよ」
アレンが言うと、任せておけと言わんばかりに、ティムキャンピーは周囲を旋回してから飛び去った。
…ティムキャンピーって頭良いよなぁ…やっぱり製作者のクロス元帥って、天才とかの括りに入るんだろうか。
「――、止まって!」
「え?」
不意に腕を掴まれて、急停止させられる。
湿った風に乗って、何かの花びらが舞う。不気味な光景だ。
「…この辺りです、多分…反応が強くなった…」
「この辺り、って言っても…」
周囲を見渡すけれど、これといって気になるものはない。
ここはどこだろう…通された部屋とは、随分と趣が違う。
「――イノセンス、発動…」
小さく呟くと、わたしの背に黒曜石の羽根が具現する。
ばさりと音を立てて羽根を広げ、わたしは軽く地を蹴った。
「!?」
「この辺り見てくる。すぐ戻るから」
「単独行動は危険ですよ!」
「大丈夫、大丈夫。何かあったらソルトレージュを飛ばすから」
本気で心配されてるんだろうなぁ、これは。
わたしの手をしっかりと掴んで離さないアレンに、思わず苦笑した。
「――何かあっても、助けてくれるでしょ?」
「…」
「行ってくるね」
そう言って微笑うと、アレンは手を離してくれた。
わたしはアレンに小さく頷いて見せて、上空へ上がる。
――ここは仮にも、一国の国主が住まう建物。
広過ぎて、散策するのも一苦労だ。だったら、上から見渡せば何かわかるかもしれない。
「…ん…?」
上に上がった瞬間、視線を感じた。
アレンじゃない。もちろん、ラビでもリナリーでもない。
――誰だ?
周囲を見回す。変化は無い。気のせい…?
「…直感は、無視しない方が良いけど、ね」
見当たらないものは仕方ない。
わたしはそのまま、ある場所を見つけて、そこに向かって滑空する。
――先程の宴会で聞き出した、神木の元へ。
+++
静かに、わたしはその場に降り立った。
見上げるのは、この国の守神である、神木。
――先程風に舞っていた花びらは、この木の花か。
荘厳なその姿を見上げていると、不意に、背後から物音が聞こえた。
「――誰?」
物音に振り返ると、そこには女の子が立っていた。
多分、わたしとそう歳は変わらない。綺麗な女の子だ。
「…そなた、タオレイが申しておった客人か」
「……もしかして、国主様?」
尋ねると、少女は微かに首を傾ける。
随分と、機械的な動きをする子だ。病気と聞いたし、そのせいかもしれない。
「…イーリィと。そなたは?」
「え…、です」
「、か」
わたしの名前を反芻すると、少女――イーリィは、小さく頷いた。
独特のテンポだな、と思う。会話し辛い。
「あの白い娘は?」
「は? 白い娘って。…あ。アレ…じゃない、ハクのこと?」
「ハク。…白、か」
安直な偽名をお気に召したのか、イーリィはふわりと微笑んだ。
綺麗な笑顔なのに、何故か一瞬、ぞわりと背筋に寒気がはしる。
「…あれは美しい造作をしているな」
「え?」
「ティエンに似ている」
「…ティエン?」
人の名前――か?
ティエン…『天』? ご大層な名前だけど、姉妹か何かだろうか。
「イーリィの恋人だ」
「………女の子ですよね?」
「当たり前だろう」
当たり前なんだ。
…女しかいない閉鎖空間って怖いな。学校どころか生活空間だもんな。
「は、ハクの恋人か」
「…は!?」
なんでそっちに話が飛ぶんでしょうか!
さっきのことを思い出して、バッと顔が熱くなった。
落ち着け、落ち着くんだわたし。クールダウン、クールダウン!
「そんなんじゃありませんッ!!」
「違うと? では何だ」
「な、何だ、って言われても…」
わたしだって聞きたい、それ。
…わたし達の関係って、なんだ??
仲間? 友達? 少なくとも恋人ではない。
「仲良く睦んでいただろう」
「睦…ッ!? 待ってそれ誤解…って」
…なんだ、この違和感は。
わたしは、目の前の少女を凝視する。
「――どこから、見てたの…?」
「………」
ニタリと、イーリィは嗤った。
ぞわりとわたしは総毛立つ。
本能が告げる。やばい。『コレ』は何だ。
「…『ティエン』が戻ってきた。イーリィが喜ぶ」
「な、に、を」
鼻孔をくすぐる、甘ったる香り。
なんだ、これは。
「…貴女は要らない。邪魔だから、どこかへ行って?」
綺麗に微笑んで、告げられた言葉。
ぐらりと、視界が揺れた。
咄嗟に、わたしはソルトレージュを手放す。
――あの子なら、何も言わなくてもちゃんと、アレンのところまで飛んでくれるはずだ。
安堵して、ほんの少しだけ気が緩む。
――意識が、落ちた。
+++
――遅い。
がひとりで偵察に出てから、それなりに時間が経っている。
離れに居るラビとリナリーが合流するまでは、結構掛かるだろうとは思っていた。
…だけど、周辺を見に行っただけのが、ここまで遅いのはおかしい。
「…やっぱり、ひとりで行かせるんじゃなかった…」
目の前にいないだけで、こんなにも不安になるなんて。
…こういうのは、自覚すると辛い。
「…でも、ああいう言い方されたら、止められないよな…
わかっててやってるんだろうか、あれは」
今までは、ただの天然だと思ってたけど。
ここに来て発揮された、詐欺師紛いの巧みな話術を見ると、もしかして計算かもしれない。
…まぁ、そこまで器用だとも思えないけど。
そんなことをぼんやりと考えていると、視界の端に銀色に輝く何かが見えた。
――それは、どこか戸惑ったような動きで浮遊している。
「!! ソルトレージュ…!?」
呼ぶと、その銀色の光は一直線に僕の方へ向かってきた。
手を伸ばせば、その上に止まる、小さなゴーレム。
間違いようもなく、のソルトレージュだった。
「おまえ、なんで…は!?」
持ち主の姿が見当たらない。
尋ねると、微かに羽根を動かした。まるで首を横に振っているかのように。
「まさか、…ッ」
AKUMAと遭遇したか、何かを見つけたか。恐らくはそのどちらかだと思うが、
ソルトレージュだけを送ってきたところを見ると、余裕はあまりなかったように思う。
僕に通信手段が無いことが悔やまれる。
いや、そもそも、あの無鉄砲をひとりで行かせたのが間違いだった。
「アレン!」
「アレンくんッ」
聞き慣れた声に、ハッと顔を上げる。
慌てて走ってきたのだろう、ラビとリナリーがティムに先導されながら駆けつけてきた。
「ラビ! リナリー!」
「ティムキャンピーが迎えに来て…いったい、どうしたの?」
「アレン、おまえ、左眼…」
「――アクマが、います」
簡潔に告げると、ふたりの表情に緊張がはしった。
警戒した面持ちで周囲を見回し、いつでも発動出来るように構える。
「…これだけ走り回っていても、誰ひとり起きてこないなんて、おかしいと思ってたの。
もしかしてこれも、アクマの仕業…?」
「断定は、出来ません。僕にも『視えない』んです」
思わず、左眼を片手で覆う。
AKUMAを察知した途端に反応したくせに、その姿を映せない。
そんなこと、今まで一度も無かったのに。
「こんなことは今までなかった…何か、今までとは違う力が動いているのかもしれない。
をひとりで行かせるんじゃなかった…!!」
「そういや、がいねぇさ。どこ行った?」
「偵察に。でも、戻って来ないんです。今、ソルトレージュだけ戻ってきて…」
「まさか…、アクマと遭遇したんじゃ…!?」
息を呑むリナリーに、僕達は顔を見合わせ、小さく頷く。
ソルトレージュだけが戻って来たのだから、そう受け取るのが妥当だろう。
「あり得るな。おい、ソルト! すぐのところへ案内するさ!」
ラビが手を伸ばすと、ソルトレージュがその手に降りた。
そして、何かを必死に訴えている。…なんだろうか。
ティムに比べて、ソルトレージュの感情的な機能はひどく曖昧だ。よくわからない。
「…ッ…何、この匂い…?」
一瞬、花の香りかと思った。
だけどそれにしては、いっそ暴悪的なまでの強い香り。
不意に漂うその香りに――思考が奪われるような錯覚を、覚えた。
「甘い匂い…なんだ、これ…」
「頭ン中、気持ち悪…」
ぐらりと視界が揺れる。
ラビとリナリーの体が傾ぎ、そのままふたりは倒れこんだ。
だけど、それを抱き起こす余裕は、僕にもない。
「く…ッ…」
頭の中が、何かで掻きまわされるような不快感。
強制的に眠りに誘う、甘ったるい香り。
――意識が、奪われる。
+++
――微睡みの時間が、わたしは好きだった。
夢とも現実とも違う、曖昧な境界線。
夢見心地で現実を漂いながら、空想に耽るこの短い時間が、凄く好きで。
だけどこの《世界》に来てから、その時間は要らなくなった。
そんな暇もなかったし、何より、皆と一緒にいるのが楽しくて。
怖い目にもあったし、痛い思いもした。喧嘩もしたし、泣きたくなったこともある。
だけどこの《世界》は、確かに、わたしに『生きていること』を実感させた。
――そう言えば。元の世界では、わたしの扱いはどうなっているんだろう。
もう、一年近くここにいる。
行方不明者? あれって、一年経ったら死亡者扱いだっけ?
家族は必死に探してるだろうか。
友達は? 悲しんでくれてる?
…どうしよう。実感がまるで沸かない。
「――、…!」
誰かの声が聞こえた。
聞き慣れた声。わたしの名前を呼ぶ、その響き。
ゆらりと意識が引き戻される。
ああ、返事を、しなきゃ――…
「!!」
「――ッ!!」
強い口調で呼ばれて、わたしはパチッと目を開けた。
目の前には、見知った少年の、少し不機嫌そうな顔がある。
「…あ、れ…?」
「なんでこんなところで寝てるんですか!」
「え…アレン?」
探しに来てくれたんだろうか。
…探しに。
――どうして、探しに、来るの?
「呼び出したのはでしょう? 寝こけてるってどういうことですか」
「…呼び出し…た?」
待って。
ここは、どこだ。
記憶が混濁する。
さっきまで、わたしは『何をしていた』?
「…ここ、どこだっけ…」
「寝ぼけてるんですか? 待ち合わせに指定したのはでしょ、中央公園」
「………」
…それ…わたしの学校の近くの…?
何、コレ。わたしは何してるの?
―― わ た し は な に を ?
「…どうして、アレンが、ここにいるの」
「はァ!? ふざけてます? 午後の授業サボってまで来たのにその仕打ちですか!?」
「…へ?」
「………」
授業…?
…あ、そうか…。
わたしは、今日、午後から休講になって…それで、アレンを呼び出して…?
アレンはそれに、午後の授業をサボって、来てくれ、た?
「…らしくない、って思ってるでしょ?」
「お、思ってる」
「…でしょうね。自分でも思ってますよ」
まだ転がったままのわたしの隣に、アレンが腰を下ろした。
逆に、わたしは身を起こす。
「…が相手だと、いつもペースを崩されます」
「…は…」
「惚れた弱み、って奴でしょうね」
「は…!?」
予想外の言葉に、息を呑む。
混乱していた頭に、記憶が押し寄せてきた。
半年前に、お隣に越してきた、高校生の男の子。
気がついたら仲良くなってて、恋人になってて、今に至る。
…あれ? 何か、おかしくない…?
記憶に齟齬が生じている。
違和感を感じている。
思い出せ。アレンと「初めて会った」のは、「いつ」だ?
記憶の齟齬に焦るわたしの頬に、アレンの手が触れた。
優しく添えられた手。わたしを見つめる、銀灰色の瞳。
――その秀麗な顔が浮かべる、綺麗な、微笑。
「…らしくなくても良い。
君に呼ばれればどこに居ても駆けつけるし、その為の時間なんて惜しまない」
違う、と。
触れる唇に、呟いた言葉を浚われる。
わたしは、目を瞠った。
「、ずっと傍に居てください」
至近距離で見る、笑顔。
綺麗な。
――ドンッ、と。
わたしは、アレンを突き飛ばした。
「?」
「…ねぇ。あんた、誰?」
「………」
アレンは――いや、目の前の『それ』は、驚いたように目を瞠った。
だけどすぐに、微笑みを作った。『まるで仮面のような』。
「…何言ってるの?
ああ、わかった。怒ってるんだ。は恥ずかしがりだからね」
「…違う…わたしは、まだあの《世界》に居るはずだ!」
距離を取って、わたしは手の甲で唇を拭う。
一瞬、記憶が混濁した。気付かなかったらどうなっていたか。
齟齬が生じて当然だ。――ここは、現実なんかじゃない!
「ここは――わたしが今居るべき場所じゃない。それに」
リアリティはあった。
だけど、決定的な違いがあった。
――わたしの《世界》に、アレンが『居るわけがない』。
「…アレンは、わたしに、そんな仮面みたいな笑顔は向けない」
――あの、初めて出逢った頃。
わたしの言い放った言葉から、しょっちゅう喧嘩するようになったけど。
だけど、それからずっと、アレンがわたしに見せたのは素の顔だけだった。
作り物の「優しい微笑み」なんて、わたしには向けない。…絶対に!
「――切り裂け、《黒金》!!」
発動と同時に、第二解放に移行する。
腕にまとわりつく黒曜石の結晶が、刃の形を成した。
それを腕から分離させて、目の前の『それ』へ投げつける。
「…へぇ。躊躇わないんだね」
あっさりとかわされた。
軽く首を傾げて、『それ』は嗤う。
「ち…ッ…外した…」
「へたくそ」
「なんですって! ちょっと、アレンの顔で言わないでよ余計腹立つわ!」
睨み返して、もう一度腕を振るう。
『それ』はわたしの攻撃を容易く避けて、ふわりとわたしの前に着地する。
目が合った。その瞬間、ガツッと首に手を押し当てられる。
「ぐ…ッ」
「――あーあ。馬鹿だなぁ」
いったい、どこにそんな力があるのか。
わたしはそのまま、上に持ち上げられた。
ギリギリと、首が締め付けられる。呼吸が出来ない。
「――気付かなければ、快楽の中で死ねたのに。聡い女はモテないよ?」
余計なお世話だ。
くそ、物理的に殺す気か?
首締められて窒息死、なんて情けないことこの上ない。
歪む視界の中で、ゆらりと『それ』の輪郭が揺れる。
「――バイバーイ、エクソシストさん」
――微笑んだ顔は、イーリィのものだった。
決して違えない。その《望み》は、わたしだけのモノ。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。