それから1時間後。
雨の中、店から店をはしごしながら、は色々なものを物色していた。
服の裾が汚れる、と言えば「汚れた方が良いのよ」と返されて笑われる。
…言われた僕達は困惑して、首を傾げるくらいしか出来なかった。
「ねぇ、すっごいボロ舟で良いんだけどさ、経費で落とせない?」
不意に、は少し考え込むような仕草をしてから、リナリーを振り返る。
僕達の旅費を管理しているのはリナリーなので、何か買う物を見つけたんだろうとは思ったが。
…舟って。
「…どうするの、舟なんて…」
「使うの」
「乗るんですか?」
「ううん、壊す」
「「「は!?」」」
壊す。今、きっぱり壊すとか言った。
思わず目を瞠る僕達に、は、それはもう晴れやかに微笑んだ。
「舟が難破して、辿り着いたことにしようかな、と」
「ボロ舟で河渡ろうなんてする奴いねェだろ!?
しかもこんな天気で!!」
「逆に事情がありそうじゃない。無理だとわかっていても挑戦しちゃうところが」
「そ、そういうものなの…?」
いやに楽しそうなの様子に、リナリーは半信半疑ながら考えを改めつつある。
…騙されてる。絶対騙されてる。そんなこと信じちゃいけない。
そもそも、なんでこんなには活き活きしてるんだろう。
「ああ、あと、アレンとラビは一切喋らなくていいから」
「「へ?」」
「声でバレそうだし。リナリーも極力話さなくて良いよ、わたしがやるから」
「、大丈夫なの? ひとりでそんな…」
「大丈夫、大丈夫! みんなは、わたしに口裏合わせてくれれば良いからさ。
リナリーは、困ったらわたしの方を見る。OK?」
「で、でも本当に大丈夫なのかしら…ありもしない国の、しかも王族を騙るなんて…」
「詐欺師の常套手段でしょ」
「「「詐欺師じゃないから」」」
さらりと答えたに、僕達は同時に突っ込みを入れる。
…なんでそんな不満そうな顔をするんだろう。詐欺師のつもりだったんだろうか。
「だいたいこのご時世、王族を名乗る部族なんて、それこそ溢れかえってるじゃない。
ひとつふたつ聞いたことのない王族が混じってたって、気にしないわよ。閉鎖国なんだし」
「そう言い切るのはどうかと思う…」
「平気。ほら、リナリーには気品があるから全然大丈夫」
「…がやった方が…付け焼刃の宮廷作法なんて、私、不安で…」
「その為にわたしがいるんだよ。自信持って、ちゃんとフォローするから!」
自信たっぷりに言われて、「それなら頑張る…」とリナリーは素直に頷いてしまった。
既に僕もラビも、慣れない衣装を無理矢理着付けられ、
その上「少しでも慣れろ」と連れ回されているので、何か言う気力もない。
…その後。
が渡し守のおじさんと交渉して、もう使えない舟を『廃品回収』の名目で引き取った。
もちろん、『廃品回収』なのだから、一銭も掛かってない。逆にお金を払うとまで言われていた。
……って、いったいどういう環境で育ったひとなんだろう。
「我が女誠国へようこそ、お客人。
私はこの女誠国の政を担う宰相,タオレンと申します」
豪奢な部屋――謁見室とかだろう――に通されたわたし達は、そんな厳かな言葉に出迎えられた。
相手は国主ではないらしく、上から見下ろされることはない。
――何故なら、『こっちの方が身分が上』だからだ。
「お初にお目に掛かります、宰相殿。
こちらが我が主、リナリー公主。わたしはその乳母の娘、にございます」
公主、って言うのは、中国で言う『お姫様』って意味だ。
無駄に雑学ばかり入ったわたしの頭は、当時の宮廷作法やら役職やら、最低限の知識が入っている。
…いや、もちろん正式なものじゃないし、半分は漫画や小説の創作かもしれないけど。
「公主、と――失礼ながらお聞きします。どちらの公主様で在らせられるのか」
「……」
来た。
だけどこれは、予想通り。
ここで口にする言葉は、あくまでも『不自然』でなければならない。
「――ご存知でしょうか。セイランと言う国を…」
「青嵐…先日、皇帝が崩御なさったと聞き及んでおります。では、その方は…」
え、あったのか、セイランって国。
丁度良く皇帝が死んだばっかりとは、好都合だ。
「…どうぞ、ご内密にお願い致します」
「…事情がおありなのですね。わかりました、すべて私の胸に仕舞っておきましょう」
しきりにタオレンと名乗った宰相は頷いている。
…厳しそうなひとだけど、誰だって女は噂話やスキャンダルに弱い。
わたしは、ゆるりと微笑んだ。これは心理作戦だ、余裕を崩せばこっちが痛い目を見る。
「…あの…」
遠慮がちに、リナリーが口を開く。
それを手で制してから、わたしはリナリーの方に耳を向けた。
唇の動きだけで伝える。「わたしを通して喋って。お姫様らしく」。
「…あの、ね?」
こそ、と耳打ちされて、わたしは小さく頷いた。
そして、ゆるりとタオレンさんの方を振り返る。
「――宰相殿。無礼を承知でお訊き致しますが、国主様はいずこに?
我が公主が、是非御挨拶をしたいと…」
「……申しわけありません。国主は病床に伏せっておいでなのです」
苦い表情で返された。
…姿を見せない、病床に伏せった国主、か。きな臭いな。
「そうでしたか。それは失礼を」
「いいえ。非礼をお詫びするのはこちらの方です。
聞けば、舟が難破し難儀しておられたとか。
そのような一大事、お慰めも出来ずに申し訳ないと、国主も嘆いております」
胡散臭い、とは思いつつ、その言葉にわたしは微笑を浮かべてみせる。
こういう時は、笑顔の仮面が役に立つというものだ。
「…して。失礼ながら、あのような舟で、どこへ参られようとしておいでだったのです?」
探るような視線に、リナリー達が僅かに身を固くする。
わたしは3人に――と言うよりリナリーに小さく頷いて、もう一度タオレンさんに視線を戻した。
そして、わざと重く、呟くように告げる。
「――紫珠まで」
「おお、そのようなところまで。それは随分な長旅となりましょう」
「経路としてこちらを選んだのも、公主の体力を思ってのこと。しかし道程は遠く険しいものです…。
失礼を承知でお願い致します、宰相殿。一晩の宿をお貸し願えませんでしょうか」
「もちろんでございます。青嵐の公主様を歓待出来ますのは、我が国にとっても歓びです」
「ありがとうございます、宰相殿のご温情に感謝を」
…第一関門、突破。
これで滞在許可が下りた。だけど、信用されたわけじゃない。
それに、…さっきから、視線がわたしの後ろの方に向かってるのも、考慮しないと。
「…して。つかぬ事をお訊き致しますが」
「はい」
「後ろに控える者…よもや男ではありませんでしょうな」
「「……」」
平伏したままのふたりに、緊張がはしる。
だけど、何があっても顔を上げるな、声を出すなと言ってあるので、ふたりは微動だにしない。
「…無論。こちらのお国柄、よく把握しておりますゆえ」
「…そうですか。しかし、そちらの赤毛の方。随分と大柄でございますね。
そちらの白髪の子も、顔に傷などありましたが…?」
…女官の顔に傷はまずかったか。
だけど、こんなところで失敗するわけにもいかない。
わたしは平静を保って、貼り付けたような微笑のまま、口を開く。
「…赤毛の者は、コウ。白髪の者はハクと申します。
コウは公主が幼い頃より傍近くに仕えます護衛。ハクは公主の遊び相手を兼ねた女官です」
「…ほう…お若いのに、大変な職に就いていらっしゃいますのね?」
「「………」」
それは一般的に考えれば、「労いの言葉」だった。
身分が上の人から直接声を掛けられ、返事を返さないのは無礼に当たる。
なんとか顔だけは上げたふたりを庇うように、わたしはスッと頭を下げた。
「…宰相殿、ご容赦を。亡き陛下の弔いのため、このふたりは『無言の行』を行っているのです」
「なんと。それは不便ではありませんか?」
「…いいえ。このハクは、幼い頃よりわたしが面倒を見ております。言葉が無くとも通じるのです。
それに、コウは…その、公主の…大切な者ですので…」
うっかり言ってしまうと、「え、なにそれ聞いてない」と言わんばかりの視線が後ろから突き刺さる。
…ごめん、口が滑った。
だけど、内心冷や汗を掻くわたしに、タオレンさんが返した反応は予想外だ。
「まぁ…!」
「こ、これは宰相殿を信用して打ち明けるのですが…
その、公主を連れてわたし達が旅をしておりますのも、道ならぬ恋を成就させる為で…」
「まあまあ…!」
えらく熱の入った反応だった。
必死に話を作るわたしの言葉に、何度も何度も頷いている。
…え、なにこれ。ウケてんの?
「も、もともと、公主の母君は身分もさほど高くなく、公主が生まれてすぐに亡くなられて…。
乳母を務めましたわたしの母も既に亡く、公主には後ろ盾もありません。
先だって皇帝位を継がれた義兄君様が早々に輿入れさせようと、そんなお話が出て居ても立ってもいられず…」
そろそろ、後ろの視線も痛い。
ちらりとタオレンさんの顔を見れば、泣き出さんばかりに目を潤ませている。
…そしてそのまま、裾を引きずってわたしの前まで進み出てきた。
「そのような事情がおありとは…!
噂には聞いております、公主様の兄君…シャオレイ様は、冷酷な方だと言うではありませんか」
え、そうなの?
…なんか怖いくらい設定がピタピタとハマって行くんだけど、なにこれ…。
「女官殿!」
「は、はい」
「愛する者の為に身分を捨てる公主様、その御方に付き従う貴女様のお姿に、私、感銘を受けました。
なに、この国には外部の間者など入り込めるはずもない。どうぞ、ごゆるりとご滞在くださいませ…!」
痛いほど手をきつく掴まれて、言われた言葉を理解するのに、数秒を要した。
…自分で言うのもなんだけど、すごく、予想外の展開です。
+++
歓迎の宴が終わった後。
お腹は膨らんだけど、どっと疲れたわたし達は、案内人が来るまで廊下で涼んでいた。
慣れない服、ってだけでも大変なのに、3人ともまともに声も出せなくて更に疲れたようだ。
…逆に、喋りっぱなしのわたしはわたしで、相当疲れてるけど。
「…信じられませんね…」
「…本当…凄過ぎるわ…」
「…って口から先に生まれてきたんじゃねぇ…?」
口々に言われて、わたしは思わず首を傾げて目を眇める。
そんな、変なものを見るような視線を投げてこなくても良いだろうに。
「それ誉めてんの? 貶してるの?」
「誉めてますよ。局部的に」
「局部的かよ」
いちいち一言多い奴だ、本当に。
むくれるわたしを宥めるように、リナリーが苦笑する。
「…この後はどうするの?」
「ん。みんなが寝静まるのを待って動こう。神木の場所はだいたいわかったし」
「「「……いつ聞き出した?」」」
「男も女も、酒に酔えば饒舌になるもんですよー」
パタパタと手を振って答えると、一様にため息を吐かれた。
…え、なに。その反応。
「ってば汚れたオトナさー」
「女性にモテるタイプでしょ、って」
「どういう意味かな。あんたらに言われたくないよ」
そっくりそのまま返したい、その台詞。
思わず笑みを引きつらせたわたしは、拳を握り締めた。
…よし、いい加減殴ろう。ムカつくから。
「失礼致します、お客人」
「えっ。あ、はい!」
静かな声を掛けられて振り返ると、綺麗な女の人が立っていた。
多分、この人が案内人だろう。
「私は宰相,タオレンの妹で、リィロンと申します。
お部屋のご用意が出来ましたので、私が皆様を御案内致します」
「ありがとうございます」
「他国へ参られてご不安でしょう。
少々手狭にはなりますが、おふたりずつお部屋をご用意させて頂きました」
「あ、はい。お心遣いに感謝致します」
軽く頭を下げると、にこりと微笑まれた。
う。美人の笑顔は万国共通の宝です。眩しい。
「…ね。あの公主様と赤毛の方、恋人同士なのでしょう?」
「えっ」
いきなり耳打ちされて、わたしは目を瞠った。
こっちの応えなんて気にもしないで、彼女はうっとりと息を吐く。
「道ならぬ恋の果てに身分を捨てて――なんて、素敵ねぇ」
「は、はぁ…そ、そう言って頂けると…っ」
無理矢理、わたしは営業スマイルを浮かべた。
今日何度目だ、これ。顔の筋肉が引きつる。
「でも本当、貴女方、美形揃いよね」
「は!?」
「あの白い子も可愛いわ。少し異相だけど、そこがまた。ね?」
ね?って言われても。
わたしはアレンの本性を知ってるし、そもそも、異相とか言われると腹が立つ。
…そりゃ、確かにアレンはちょっと変わってるけど。言わなくても良いじゃないか、そんなこと。
「あ、公主様と赤毛の戦士様のお部屋は一緒にしておきましたから!」
「え、そ、そう、です、か」
咄嗟に出た嘘が、相当この国のお姉さん方のお気に召してしまったらしい。
…女だけしかいないんだから、女同士の恋愛が普通なんだろう…変な感じ…。
「そして、女官殿のお部屋はこちらに」
「…あの、リナ…じゃない、公主達のお部屋から随分離れてますね…」
なんで隔離されるのかわからず、おずおずと言ってみる。
途端、カッと目を見開かれた。こ、怖い…。
「野暮なことを仰ってはいけませんわ!」
「野暮!?」
「ようやく身分を気にせずふたりきりになれるのです、邪魔をしてはお可哀想ではありませんか!
女官殿も公主様の乳姉妹でいらっしゃるならば、お察ししてあげてくださいな!」
「えええ…」
な、なんで怒られるんだろう、わたしが…。
いや、それより問題は、わたし達が分断されてしまうことだ。
「…ええと…コレとふたりきりですか…?」
思わず、わたしはアレンを指さした。
アレンは「コレってなんですか」と言わんばかりに睨んでる。
「何か問題でも? 女同士なのですから、良いではありませんか」
「…いや、そうなんですけどね…」
いや、男なんですけどね。とは言えない。
言葉を濁すわたしに、リィロンさんはハッと目を瞠った。
「もしかして、女官殿。あのハクと言う子に言い寄られてますの?」
「はァ!?」
耳打ちされた言葉に、思わずわたしは大声を上げた。
アレン達がぎょっとしてわたしを見たけど、それを気にしてる場合じゃない。
「それはそれで、素敵ではありませんか!
お美しい公主様と、凛々しい赤毛の戦士様の恋物語も、情熱的で素敵ですけど…。
年上の美しい上級女官に憧れを抱く、可憐な幼い女官…うっとりしますわ…」
「あのー…もしもーし…?」
…すっかり別の世界に行ってしまったようだ。
っていうか、なんですか、その絵に描いたような百合の世界は。
「女官殿!」
「は、はい!」
いきなり手を掴まれて、わたしは反射的に返事を返した。
リィロンさんは、それはもう、黒い瞳をキラキラさせている。
…ああ、うん。タオレンさんと姉妹だよ、間違いなく。
「どうぞ、ごゆるりとおくつろぎ下さいませね」
「…ハイ…」
満面の笑顔で言われたわたしは、必死に頷くくらいしか出来なかった。
…この国、怖い。色んな意味で。
+++
「うーん…まぁ、妥当な組分けかもなぁ…??
女の子同士だし、まぁいいか??」
「………あの。一応突っ込み入れておきますけど。僕、男ですからね」
無理矢理結われていた髪留めを外しながら、アレンが顔を引きつらせた。
わかってますとも。反応が面白いな、相変わらず。
「ってかモテるねぇ、ハクちゃん?」
「その安直な偽名もどうかと思うんですが、センスが」
「犬にポチって付けるようなもんだよ」
「自分で言わないでくださいよ、っていうか自覚してるんですか」
目を眇めて言われた。
いつも以上にツンツンしてる。そんなに女装が嫌だったんだろうか。
「っていうかなんで喧嘩腰なのさ。お腹空いて気が立ってんの?」
「そんなわけ…ッ………あるかも」
「あんなに食べたのに」
「食べても食べても減るんです」
寄生型だからかな。
わたしもこっち来てから、前よりは食べるようになったけど。
「わかったわかった、とりあえず水でも飲んで凌ぎなさい」
「はい…」
水差しからコップに水を注いで、手渡す。
素直に受け取って、アレンはコップの中身をあおった。
と思ったら、半分程一気にあおった辺りで、微妙な表情で固まる。
「………」
「ん?」
「コレ、本当に水ですか?」
「へ? 何、味でもついてた??」
口を押さえて青くなってるアレンから、わたしはコップを奪い取った。
軽く舌先で舐める。…ああ、うん。これ、水じゃないな。
「………コレ、お酒だ」
「………お酒?」
もう一口、呑んでみる。
うん、間違いなくお酒だ。しかもちょっと強めの。
「無臭の酒って何? ナニコレ、変なの」
「なんてもん呑ませるんですか!!」
「わたしのせい!?」
「差し出したのはでしょう!」
「呑んだのはアレンじゃんか!!」
いつも通りのくだらない喧嘩に、だんだん馬鹿馬鹿しくなってくる。
相変わらず扱いは散々だ。特にアレンの場合、時々気紛れに優しいから質が悪い。
…どうせ、着飾ってみたところで、わたしは女の子らしさなんてものとは無縁なんだってのを思い知らされる。
「…ふんっ。気の利かない女で悪かったわね!
どーせ、わたしは気も利かないし優しくもない、男の理想からかけ離れた女ですよッ」
腹が立って、ふんっと思いっきり身体ごとわたしは後ろを向いた。
なんだよ、自分でもわかってるよ。どうせ可愛くないよ、色気もないですよ。
苛々としながらきつく拳を握る。
爪が食い込んで痛いけど、こうでもしないと苛々が爆発しそうだった。
「……」
不意に、握り締めていた手に、アレンが手を重ねてきた。
驚いて振り返るより先に、後ろから抱き締められる。
「え?」
「…誰もそんな風に思ってませんよ」
「ア、アレン? どしたの??」
抱き締められたことなんて、まぁ無くはないけど、それだって心配の末の行動だったわけで。
こんな、優しいけど情熱的、みたいな。むしろ恋人を抱き締めるみたいなの、あり得ない…し?
………いけない。恥ずかしくなってきた。
「あ、あのさぁ。怒ってないから、機嫌取らなくて良いよ?
うん、ほら、わたしが優しくて可愛い女の子でも、色気のある大人の女でもないのは事実だし?」
「だから、そんなことないって言ってるじゃないですか」
「…ッ」
耳元で囁かれて、ぞわりと変な寒気がはしった。
…え、ちょっと待って。冷静に考えたら、この状況結構やばくない?
夜だし。
部屋に鍵掛けたし。
ふたりきりだし。
ここ、寝台の上だし。
………一応、男と女だし。
「…あのー…アレンさん、君の誠意は伝わったので、そろそろ離して下さいませんか」
「嫌です」
「うわー、即答ですかー」
「…って、柔らかいですね」
…
……
………何言っちゃってんのこの子。
「…そりゃ、女の子ですから」
「うん。それに、甘い香りがする」
「ちょ…ッ?! …くすぐったい…ッ」
い、いま、首吸われた! わけわかんない!
わけがわからず狼狽えてると、今度は顎を掴まれて強引に顔の向きを変えられる。
銀灰色の瞳と、目が合った。
「ア、アレン? どしたの? ホントにワケわかんないよ??」
「少し、…黙ってください」
そう言って、熱に潤んだような瞳で、アレンは微笑った。
…え、なんですかその色気。男の子のくせになんですかちょっと。
よくわからないツッコミを口走りそうになったわたしの唇は、そのまま強引に塞がれた。
舌先が触れて、驚いて身を離そうとすると、そのまま引き寄せられて口内を犯される。
どこで呼吸をすれば良いのかわからない。押し退けようと腕を突っぱねても、男の力に敵うわけもなく。
「…っ…ぅ…ふ…ッ」
無理矢理呼吸をしようとすれば、ますます呼吸は奪われて。
響く湿った音に、耳まで熱くなるのを朧気に感じる。
「…は…っ…」
ようやく解放されて、力の抜けた身体が寝台に崩れた。
…まずい。頭がぼんやりする。っていうか、何これ。
仰向けに倒れ込んだわたしに顔を寄せて、アレンが小さく笑った。
作り物めいた笑顔じゃない。だけど普段見るどの表情とも違う。
ぼんやりと見上げていると、覆い被さってきたアレンに、唇を舐められた。
ギシリとふたり分の体重で寝台が軋む音に、ようやく思考が動き出す。
「ちょ、ちょっと待って! 何か変だよ!? どうしたの!」
「どうもしてません。変じゃありません」
「嘘だ! って、こら! どこ触ってんだぁ!」
ヤバイ。これは本当にやばい。
普段はモヤシっ子ー、ってからかってるけど、実際のアレンは鍛えてるから力が強い。
出逢った当初より身長も伸びてるし、…むしろ今、正気じゃないし。何で突然…
――酒! そうか、あの酒か!
そういえば、アレンはクロス元帥から飲酒を禁じられた、って…。
え、なに。つまりこういうこと!?
「~~~ッ…ティムキャンピー!!」
怒鳴るように呼ぶと、手荷物の中に入っていたティムキャンピーが飛び出してきた。
そして、大きな音を立ててアレンの後頭部に激突する。
…こてん、とアレンの頭が落ちた。
「…あー…アレーン…??」
軽く揺すってみるけど、完全に気絶してた。
…あ、コブ出来てる。
「…あ、ありがとう、ティム」
「~♪」
お礼を言うと、ティムキャンピーは気を良くしたのか、ぐるりと部屋を一周してからアレンの頭に乗った。
…コブだかティムキャンピーだかわかんないよ、その位置。
「…ったく…酒呑んで暴走なんて、ベタな漫画じゃあるまいし…あ、漫画か一応…」
うっかり流されそうになったじゃないか。このタラシ。
…っていうか、順序違うだろ。落ち着けよ、わたし。そんなんで良いのか、わたし。
「…重…」
人間一人分の体重で、身動き取れない。
思ったより、わたしって非力だな。気絶した人間ひとり動かせない。
…これ、どうしよう。面倒くさいからこのままで良いか?
ああ、でも化粧落とさなきゃ…
「――ッ!!」
「ぉうわぁ!?」
いきなり、アレンがガバッと起き上がった。
完璧に気絶してたから、朝まで起きないと思ってたのに。心臓に悪い!
「い、い、いきなり起きんなよ馬鹿ァ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないです!」
「そ、そんなこと!?」
ちょっとそれは聞き捨てなりませんが!
あんまりな言い方に、わたしは思わず怒鳴りつけた。
「ちょっとアレン!! あんたね――」
「黙って、!」
開きかけた口は、無造作に片手で塞がれた。
扱いの悪さに本気でキレかけて、ふと気付く。
――アレンの左眼が、変化している。
「――近くに、アクマがいる…!」
無自覚者の憂鬱。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。