リナリー達と合流して、数日が経ち…
わたし達はクロス元帥を追って、中国大陸へ渡った。
中国入りして一日目。
――わたし達は、自然災害に見舞われていた。
「ただいまー!」
「おー、おかえりー」
ずぶ濡れで帰ってきたラビとアレンに、わたしはタオルを手渡す。
ああ、でもこれは着替えないとダメだと思う。団服から水が滴るって、どれだけだ。
「ご苦労様。どうだった?」
「全然ダメ! 河が増水してて、しばらく舟出せねぇって!」
「完全に足止めですね。雨が上がってから、数日待たないと危険だそうです」
「そっか…」
思わず、わたし達は顔を見合わせてため息を吐いた。
この辺りは、小舟で河を渡ることでしか、別の集落へ行けない。
だけど朝から降り続ける雨で河は増水。結果、こうして足止めされていた。
「仕方なかろう。これを好機として、休息を取るのも手だ。
いつアクマが襲ってくるかわからんからな」
「そうですね…」
とは言え、随分と遠くまで来てしまったし。
何より…誰も言わないけど、心の何処かに焦りがあった。…他の部隊に多くの被害が出たと聞いて。
「丁度雨季に入ってしまったのよ。この季節は仕方ないわ」
「そっか、リナリーの生まれ故郷はこっちだっけ…」
誰よりも仲間を想うリナリーが、一番辛いんだろうなぁ…。
…これから先の《物語》は、更に辛い出来事が待っている。なら、今だけでも、休息を取るべきなのかもしれない。
「…そうだね。これからのことを考えたら、少し休んでおくべきだよね」
「うん、そうよ。いざって時に疲労で動けなかったら、大変だもの」
微笑むリナリーに、わたしは頷く。
それを確認すると、リナリーはアレン達を振り返った。
「そうそう。中国語が話せるのは、私とブックマンとだけなんだから、3人とも行動する際は気をつけてね。
大きな街なら別として、小さな集落では英語は通じないことがほとんどだから」
言われて、アレン達は頷いた。
中国語ってのは馴染みが薄いようで、彼らは3人とも中国語を話せない。
…いや、本来なら、わたしだって中国語は疎か英語も喋れないんだけど。
「意外でした。って、語学に精通してたんですね」
「いやー…ははは…」
…違う、違うんだ。
わたしの耳には全部日本語で聞こえてくるだけなんだよ…。
そしてわたしの喋る言語も、その時々で応用が利くだけなんだ…。
…なので当然、中国語も読めません。
「ラビ。おまえも次期ブックマンならば、すべての語学を覚える必要があるぞ」
「うぐっ…わ、わかってるさー…」
久々に真っ当な説教をされて口ごもるラビに、わたし達は笑った。
今だけでも、笑っていられればそれは『救い』になる。
この心が平穏でいられるのは、今だけだと。
――わたしは、『知っている』から。
「「「「「女尊男卑の国??」」」」」
あれから半日。
お昼ご飯をつつきながら、わたし達は声を揃えて聞き返した。
「左様。この村より更に奥深くへ行くと、女誠国と呼ばれる小国がある。
この小国、女しかいないという不思議な国でな。聞けば彼女らは、男に人権を与えていないと聞く」
淡々と語るブックマンに、わたし達は一同、渋い顔をする。
古代中国って、結構不思議な話多いけど…そういう国もあったのか…。
「うひゃー…怖ェ国さー…」
「…でも男いないのになんで国として成り立つわけ??」
わたしが呟くと、みんなの視線が一斉にわたしに集中した。
「え?」
「だって変でしょ。子供どうやって作るのよ」
言った瞬間、空気が凍った。…ような気がした。
きょとんと目を瞠るわたしに、アレンがため息混じりに口を開く。
「…。そういうことを真顔で言うの、やめてください」
「へ? だって気にするでしょ、普通。女同士じゃ子供出来ないもん」
「…そういうこと平気で言うから、は色気ないんですよ」
「オイコラ、酷い暴言だぞソレ。謝れモヤシっ子」
「まずがその暴言を謝ってください」
「嬢。アレン。おぬしら、いい加減にせんか」
「「…ごめんなさい」」
怒られた。
素直に謝ってから、わたし達は再びブックマンの方へ視線を向ける。
「で? 確かに変な国だけど、なんでそんな話が今出て来るんさ??」
「うむ。先程、宿の客に気になる話を聞いてな」
ズズ…っと、お茶を啜って、ブックマンは静かに語る。
どこ行ってたのかと思ったら、情報収集してたのか。抜け目無いなぁ。
「女誠国には、『幻惑の香』なる香が存在するのだそうだ」
「幻惑の香…?」
「使用者が望む夢を見せる香だと、言われておる」
…
……
………それって、ヤバイ系の薬じゃないですか??
「話によれば…樹齢300年と言われる、女誠国の守神とされてきた大木を使った香でな。
流出しているものではないらしいが、女誠国に迷い込んだ娘が持ち帰ったらしい。
しかしこの香、女誠国の外に持ち出して3日と経たぬうちに、朽ちてしまったと聞く」
「…朽ちた、って…」
「面妖な話だと思ってな。イノセンスの奇怪ではないかと私は睨んでいる」
最後の言葉に、ハッとわたし達は目を瞠った。
イノセンスの、奇怪。
すっかり元帥探しに没頭してたけど、イノセンスを探すのもわたし達の仕事だ。
「…イノセンスの奇怪…」
「確かに、有り得ない話ではないですね…」
わたし達の表情に、真剣さが増す。
そんなわたし達を見回してから、ブックマンは重く頷いた。
「もしもイノセンスならば、「ハート」の可能性がある以上見過ごせん。
しかし場所が場所だ。迂闊に足を踏み入れるには危険が伴うだろう」
「じゃあ、私とで行けば良いわ。
私達は女だし、中国語だって喋れるもの。問題ないわよ。ね?」
「そうだね。ひとりじゃ不安だけど、ふたりいるなら大丈夫だよね」
最初に女誠国の不思議なしきたりを話して聞かせた時点で、ブックマンの意図はわかっていたし。
さすがにひとりじゃ不安だけど、リナリーが一緒なら問題ない。
「そうだな。ここは嬢とリナ嬢に任せるより、他に…」
「待ってください。残されたこっちは心配ですよ、ふたりだけなんて…」
「そうさー。ソレがイノセンスなら、アクマが襲ってこないとも限らねぇし」
「うむ。女性だけを危険に晒すわけにはいかないである」
真剣な顔で口々に言われて、わたしとリナリーは顔を見合わせた。
…凄い。リナリーはともかく、わたしが女の子扱いされてるよ。
「…どうなさる、嬢、リナ嬢。小僧共はこう言っているが」
そう聞いてきたブックマンが、ちょっと笑ってた。
その意味深な笑みに、「あ」とわたしとリナリーは小さく声を上げる。
…なるほど、そう来るか。
「…リナリー」
「なぁに、」
「ブックマンとクロウリーは無理だけど、このふたりならなんとかいけそうじゃない?」
「アレンくんはともかく、ラビには少しキツいんじゃないかしら…」
「大丈夫、大丈夫。ガタイの良いおねーさんもいるし」
まだ出てきてないけど、マホジャさんなんてかなりものだと思う。
それに比べりゃ、ラビ程度モヤシも良いところだ!
…それで言うとクロウリーもなんだろうけど、なんか可哀想なんでわたしには出来ないなぁ。
「あの…」
「…おじょーさん方、何の話…?」
恐る恐る、と言うように、アレンとラビが口を開いた。
訊いて起きながら、その表情は「聞きたくない」と訴えている。器用だ。
ふたりを振り返って、わたしとリナリーはにっこり微笑んでやる。
「何って…」
「決まってるじゃない」
「「ふたりとも、女装してもらうわよ?」」
+++
「うーん、やっぱリナリーはこっちの衣装似合うよねぇ」
「あら、だって似合ってるわよ? もう少し裾が長い方が良いかしら…」
「ありがとー。あー、動きにくいのは嫌だなぁ…そうだ、スリット入れよう。
そうすれば大丈夫だね。じゃあ、リナリーは頭にコレつけて」
「重そうね…」
ああでもないこうでもない、とわたし達は言い合いながら衣装や装飾品を引っ掻きましていた。
リナリーは美人だし、綺麗な長い黒髪だし、肌も白いし何を着せても似合う。
…あー。わたし、自分で着飾るより他人を飾る方が好きだなぁ…。
「ばっかりズルイわ。私だって、を綺麗に飾りたいのに」
「ははは、リナリーのように綺麗にはならないよー」
「そんなことないわよ。その服も似合ってるし。ね、クロウリー?」
急に話を振られたクロウリーが顔を上げた。
散乱しているアクセサリーを片づけながら、彼は穏やかに微笑んで頷く。
「ふたりとも、とても美しいであるな」
「ありがとー、煽てても何も出せないわよー♪」
素直なひとは良いね、お世辞でも嬉しくなる。
さて、残る素直じゃないのと、本音と嘘がごちゃ混ぜのは、不気味に静かなわけですが。
「…で、そこの隅っこにいるふたり。いい加減出てらっしゃい」
「そうよ、せっかく綺麗にしてあげたのに」
「「………」」
わたし達が口々に不満を言うと、部屋の隅っこで項垂れていたふたりが、渋々顔を上げた。
――古代中国風の、ひらひらした衣装を着付けられた、アレンとラビが。
ちなみにお化粧もバッチリです。わたしとリナリーの自信作。
「…あはははッ!! 似合う似合う!! アレンってば可愛いー!」
「良かった、こっちの衣装だと体の線が隠れるから、違和感ないね」
「ラビも良いわー。姉御って感じ」
「「ドウモアリガトウ…」」
返された返事には、覇気がまったく無い。
クロウリーなんか、同情するような視線を投げてるし。ブックマンは面白がってそうだけど。
折角飾っても、こんな顔されてたら…ちょっと面白くなっちゃうじゃないか。
「あー、ここに神田が居ればなぁ」
「そうね、飾り甲斐ありそうよねぇ」
「そうそう! すっごい屈辱!って顔してるんだけど「任務の為」って言うと黙りそう!」
「目に浮かぶなぁ、それ…」
言い合って、わたしとリナリーは声を上げて笑った。
そんなわたし達を、ふたりはげんなりしながら眺めている。
「…女の子って…こういうの好きですよね…」
「…何も言うな、アレン…何言っても痛ェんさ、今は…」
物わかりが良くて何よりだ。
だいたい、付いてくるって言ったのはそっちだし、このくらい我慢しないとね。
「…ああ、そうだ、ブックマン。
この女誠国の先には、何があるのかわかります?」
「む? 朱麗という国があるな。その更に向こうには、紫珠という国がある」
「ふぅん…それってどんな国?」
「朱麗は姫将軍と呼び声高い女帝が治める武の国だ。
紫珠は中立国と呼ばれ、多くの異人が集まっていると聞く」
「…ふむ」
聞きながら、わたしはこの周辺の地図を取り出した。
地名なんて読めないけど、だいたいの位置の把握くらいなら出来る。
「どうしたの、?」
「いやいや。設定として何か活かせそうだな、と」
「設定…?」
全員が、不思議そうに首を傾げた。
…リナリーが可愛いのは良いんだ、うん。
……………アレンが妙に可愛いのは、なんか女として許せないものがあるな。
「多分、「黒の教団です。お宅の国の守神である神木を見せてください」…なんて言っても無駄だと思うんだ。
中国の小さな国や集落は、そういったご神体を本気で崇めてるから、余所者にそれを見せるわけがない」
「確かに…そういう傾向はあるかもしれないわね…」
普通の街だったら、黒の教団の権限も利くだろう。
だけど、独自の文化を保って数百年も続いていたような国だ。
そういう閉鎖された空間は、多分、どんな権限も届かない。
「と、言うことは。設定が必要なのよ。
何故、女誠国に来なければならなかったのか。その理由がね」
「具体的には? 旅行中の姉妹とか?」
「余計に怪しいですよ。全然似てないじゃないですか」
色彩も全然違うしな。
だけど、わたしは知ってる。
そこまでじゃないにしろ、逆に、見え透いた嘘の方が事が有利に運ぶことがあるってこと。
「逆よ、逆。「何かのっぴきならない事情がある」と思わせることが大事なの」
「で、でもそれじゃあ怪しまれるんじゃあ…」
「完璧なアリバイの方が、逆に怪しいってね」
木を隠すなら森の中、とも言う。
嘘を隠すなら嘘の中。
どう取り繕っても怪しいなら、逆にそれを利用しよう。
「止むを得ない事情で、独自の文化を歩む女誠国に足を踏み入れた一行。
ちぐはぐな組み合わせで、明らかにただの旅人じゃない。旅人にしちゃ、衣装が上品過ぎるしね」
言うと、リナリー達は自分が着ている衣装を見下ろした。
適当に調達してきたとは言え、決して悪い品じゃない。高級とも言い難いが。
加えて、リナリーを始め…まぁわたしは除くけど、整った顔立ちをしてるし。
一般人に括るには無理のある、神秘性みたいなものがあるのも事実。
もう一度、みんながわたしの方へ視線を戻す。
それを受けて、わたしはにっこりと微笑んだ。
「この『怪しさ』、上手く利用しない手は無いわ。
――任せて。わたし、こういうの得意なの」
度胸と知略を引っさげ、ミッションスタート。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。