「「………」」
汽車の個室。
そこには、嗚咽を漏らすクロウリーと、不機嫌全開のわたし。
その向かい側に、苦笑するアレンとラビの4人が顔を突き合わせていた。
「そんなに落ち込むなって、クロちゃぁーん」
「も機嫌直してくださいよ…」
「…わたしは冷静ですとも」
「「嘘つけ…」」
口を揃えて言われた。なんて失礼な。
横に座るクロウリーは、縮こまってずっとべそかいてるし。
「しょうがねェだろ、いくら説明しても信じてくんなかったんだから」
「だが…っ」
…うんうん、気持ちは痛いほどわかるよ、クロウリー。
命懸けでAKUMAを倒して、吸血鬼事件を解決して、化け物呼ばわりされちゃあね…、
――村のひとつやふたつ、破壊したくもなるわよね!
「まあ、気持ちはわかりますけどね。さすがに僕もムカッときましたよ」
「…所詮一般人にとっちゃ、不思議な力は善悪問わず畏怖の対象なんだろうけどねー」
舌打ちしながら呟くと、呆れたような視線がアレンから送られてくる。
…文句ありそうな顔だ。自分だってムカついてたくせに。
「………は憂さ晴らしに家一軒壊して来たじゃないですか。まだ足りないんですか」
「足りない。化け物とか言われたら化け物らしく振る舞いたくなった」
ついでに言うと、壊したのは家じゃない。物置小屋だ。
いくらわたしでも、人様の居住区を破壊なんてしない。
「…、カルシウム摂っとけ。ユウみたいになるぞ」
「あそこまで短気じゃない」
苛々しながら、わたしはガツッと足を高く組んだ。
その脚を、間髪入れずにアレンがぺちっと叩く。素足に平手はちょっと痛い。
「脚を組まないでください!」
「なんで!? っていうか痛いよ叩くなよ!」
「前に座ってるのは僕とラビですよ!?」
「だからなんだ! わかるように喋れ!!」
「その神田みたいな口調やめてください腹立つからッ!!」
「さっきから注文多いなァ!?」
ずいっとお互いに身を乗り出して、至近距離でわたし達は睨み合う。
こっちは極限まで苛々してるので、目つきが相当悪くなってる自覚はある。でもアレンだって充分人相悪い。
「…………おーい、そこのふたりー。
いい加減にしとけー、疎外感で余計にクロちゃんが泣いてるさー」
疲れ切ったように、ラビがそう言いながらわたしとアレンの睨み合いを中断させた。
そして、わたしの横で縮こまっているクロウリーを指さす。…彼はまだ泣いていた。
「うぅ…ッ」
「…泣くなよ、クロちゃん。
いいじゃん、帰れんでも。男は胸に故郷がありゃいいんさ」
「「(くさっ)」」
あまりにもクサい台詞に、わたしとアレンはまったく同じ表情をした。
さっきまで睨み合っていたことも忘れて、ふたり同時にラビを見る。
「…ラビ。「男のロマン」とか言っちゃう男って、幼稚だって知ってる?」
「何を今更なこと言ってるんですか、。ラビは最初から幼稚ですよ」
「おまえらホントにムカつくな。殴って良い?」
拳をぷるぷると握り締めるラビの笑顔が、思いっきり引きつった。
まぁまぁ、とわたしとアレンはそんなラビを手で制す。
ふと隣を見ると、クロウリーはまだめそめそと泣いていた。…大丈夫かこの人。
「…っていうか、まだ泣いてるの? ほら、涙を拭いて。
元気出しなよ、クロウリー。ほら、わたし達っていう仲間が付いてるんだし!」
「そうそう。そだ、気晴らしに汽車ん中でも見てきたら? 乗ったん初めてなんだろ?」
ラビの提案に、クロウリーはハッと顔を上げた。
そして、ちょっと照れくさそうに咳払いをしてから、いそいそと立ち上がる。
「う、うむ…そうであるな。ちょっと行ってくるである」
「「「いってらっさーーい」」」
ホント、イノセンス発動時とキャラ違うなぁ、と。
苦笑いを浮かべつつ、わたし達は同じ事を思っていた。
「クロちゃんやーーい」
「クロウリーーーー?」
――3時間後。
わたし達は、クロウリーを探していた。
…汽車の一本通路で。
「こんな小せェ汽車回んのに、どうやったら3時間もかかるんさ」
「まさか、迷子…?」
「こんな狭いトコで迷子になるのはアレンくらいだよ」
「、喧嘩売ってます? いくら僕でも、汽車の中で迷子にはなりません!」
自分で方向音痴の自覚はあるらしい。
微妙に視線が泳いでいるのがその証拠だ。
「…まぁ、ただの迷子ならまだ良いけどねぇ…」
「どういう意味さ?」
「怖い人に絡まれてたら、可哀想だなと思って。クロウリーは上品な貴族だし」
「「…………」」
アレンとラビが、顔を見合わせた。
多分、そこまで考えていなかったんだろう。
…ついでに言うと、怖いかどうかは別として、絡まれているのは間違いないんだけど。
「ここで車両は最後だね」
「さすがに、ここに居なかったらお手上げですね…」
「さすがのクロちゃんも、汽車から落ちるなんてことはないはずさ…」
とか言いつつ、結構「有り得そう」みたいな顔をするふたり。
頼りないっていうより天然だからね、彼…。
苦く笑いつつ、最後の車両のドアを開く。
――そこには、身包み剥がされたクロウリーの姿が。
「「「…………」」」
思わず沈黙するわたし達。
クロウリーは泣きながらぷるぷる震えている。
「ん?」
ちょうどクロウリーの前に座る男が、口を開いた。
「悪いね。ここは今、青少年立ち入り禁止だよ」
ビン底眼鏡の、無精髭を生やした若い男。
――ティキ=ミック。『快楽』を司るノア。
わたしは、思わず硬直した。…まずい。これが顔に出たら本当にマズイ。
「さー、ダンナ。もうひと勝負いこうぜ。次は何賭ける?」
「い、いや、しかし…」
幸い、ティキはわたしには気づいてないらしい。
子供のわたし達に興味は無いと言わんばかりに無視して、クロウリーに詰め寄っている。
わたしは内心、胸を撫で下ろした。
クロウリーには可哀相だが、ロードとの一件以来、わたしはノアに会うのが怖かったのだ。
わけのわからないことを言われて、連れて行かれそうになるのは困る。本当に。
「何やってんですか。クロウリー。すっ裸で…」
「こ、この者達にポーカーという遊びに誘われて…
そしたらみるみるこんなことに…さぶいである」
「「「(カモられちゃったんだ…)」」」
世間知らず、までは許そう。
しかしどうしてこの人は、こんなにお人好しというか、疑うことを知らないんだ。
「…しょうがないな」
小さく息を吐いて、ぽつりとアレンが呟いた。
瞬間、何か黒いオーラを感じて、ぞわりと総毛立つ。
「おいおい、逃げんなよぉ?」
「一度受けた勝負だ、男だったら最後までやっていきなよ」
3人はアレンの変化には気づいていない。
おもむろに、アレンは団服を脱いだ。
何のサービスですかとでも言おうかと思ったけど、怖いのでやめておく。
「!?」
口々にクロウリーに絡むティキ達3人の眼前に、アレンは自分の団服を突き出した。
そして、あのいつもの、一見無害そうな笑顔を浮かべて小さく首を傾げる。
「このコートの装飾、全部銀でできてるんです。
これとクロウリーの身包み全部賭けて、僕と勝負しませんか?」
「お、おいアレン!? 何言って…」
慌てるラビの腕を、わたしは掴んだ。
振り返った彼に、わたしはゆっくりと頭を横に振る。
…放っとけ放っとけ。この後の展開なんて目に見えてる。
「はは…いいよ」
…あーあ。
後悔するぞ、ティキ=ミック。
+++
これで何勝目だろう。
ラビなんか、もうずっと顔が引きつってる。
「コール」
アレンは始終、ある意味ポーカーフェイスである全開の笑顔。
『知っていた』とは言え…これはまた、恐ろしい光景だなァ…。
…アレン、黒い神様が降臨しちゃってるよ。
「「「…ロイヤル…ストレートフラッシュ…」」」
…ああ、うん。これ以上の手はないよな。
ロイヤルストレートで、しかもフラッシュだしね。
呆然としながら顔を引きつらせる3人に、アレンはそれはもう無害そうな笑顔を向けた。
「また僕の勝ちです」
「「「だぁああ! ちくしょーー!!」」」
アレンの手札以外が、宙を舞った。
…いやはや。この短時間で3人の身包み剥ぐって凄いことだよ?
本人ずっと笑顔なのがまた、恐怖を抱かせると言うか。クロウリーは尊敬の眼差しで見てるけど。
「…チョロイな…」
…聞こえてる、聞こえてる。
多分すぐ後ろにいるわたしだけだろうけど、バッチリ聞こえちゃってるよアレン!
しかし、背後から見てると凄い。
イカサマしてるのは『知ってる』んだけど、はっきり言って手元あんまり見えない。
…手札が入れ替えられてるのは、後ろから見りゃわかるんだけど。多分コレ、わざとわたしに見せてるよな…。
「ちくしょう、もう一回だ!」
「いいですよ」
「すごいである、アレン!」
…クロウリー、これは一応犯罪だ。目を輝かせちゃいけない。
手馴れた所作でカードを切る、異様なほど始終余裕を見せるアレンに、そっとラビが耳打ちした。
「…どゆことさ? おまえ、異様に強くない?
アンラッキーボーイのハズじゃ…」
「イカサマしてますもん」
さらりと言った。
あまりにも潔い一言に、ぎょっとラビが目を瞠る。
「マジ!? おまえそんなキャラ!?」
「先に仕掛けてきたのはあっちです」
この会話も、ほとんど口を動かさずにしてるんだから、凄い。
軽く目を眇め、カードで軽く口を覆って、アレンはにやりと口角を持ち上げて笑った。
「カードで負ける気しませんね。
修業時代、師匠の借金と生活費を稼ぐために、命懸けで技を磨きましたから」
「技って…」
「博打なんて勝ってなんぼ…容赦はしません。
あっちだって3人グルでやってんですから、おあいこですよ。はははははは!」
「「(アレンが黒ーい…)」」
立ち昇る黒いオーラが、出ているような気がした。
普段の紳士的な優しい微笑みはすっかり消えて、その目は目の前の勝負へ燃えている。
…イカサマ師がイカサマ勝負を持ちかけられると、こうなるんだろうか。
「おまえ、いったいどんな修行時代送ってたんさ…」
「…聞いてやるなよ、ラビ…」
青い顔のラビの肩を、わたしはぽんぽん、と叩いた。
クロウリーは相変わらず、目をキラキラ輝かせてアレンを見ている。
「コール! フォーカード!」
「「「なにーーーーぃ!?」」
「「黒ーーーい……」」
3人の絶叫が響き渡る中。
…わたしとラビは、始終引きつった笑みを浮かべていた。
+++
『キリレンコ鉱山前――』
1時間程経った頃だろうか。
そんなアナウンスが聞こえて、阿鼻叫喚に包まれたポーカーゲームは終幕を迎える。
荷物を取り戻してもらったクロウリーは、アレンへの尊敬の念をますます高めていた。
…色んな意味で騙されてる感は否めないが、うん、本人がそれで良いなら良いか…。
「はい」
鉱山前で降りる3人と連れの少年を見送っていたアレンは、そんな短い言葉で4人を引き止める。
彼が差し出したのは、ポーカーで巻き上げた3人の荷物一式だ。
「仲間の物が取り返せたから、もういいですよ。この季節に裸は辛いでしょ?
」
「少年…」
ティキが、渋く笑った。
でもその後の行動が締まらない感じで、わたしは思わず薄ら笑いを浮かべる。
「情けをかけられるほど、オレらは落ちぶれちゃいねェよ」
「…その手は?」
「あれれ」
3人とも、渋い笑みを浮かべつつも差し出された荷物を掴んでいた。
…締まらない人達だ…ここまでだと、逆に面白くなってきてしまう。
「いやぁ、助かった。
実は今日からこの近くの鉱山で外働きでね。死んじまうとこだった!」
「はは…どこから来たんですか?」
「どこからも♪ オレらは手癖の悪い孤児の流れもんさん♪」
軽い調子で言って、ティキ達は談笑する。
仲が良いんだなぁ、と。
しみじみと思うと同時に、その裏の顔を持つティキに、微かな恐怖を感じる。
決して、わたしは彼らノアを嫌っていたわけじゃない。
主人公の敵役として、とても魅力的な《登場人物》達だと思っていた。
…最初にあの墓地で伯爵を見かけた時だって、そう思っていたんだ。なのに。
――それが今のわたしにとって《現実》だと認識した途端、心が恐怖を訴えている。
さり気なく、わたしは隠れるようにアレンの背後に移動した。
そんなわたしの行動に構わず、展開はわたしが知る通りの道筋で動いていく。
「おれい」
「?」
小柄な少年――イーズが、何かを握り締めた手をアレンに差し出した。
それが『何か』を知るわたしは、顔から血の気が引いていくのを感じる。
…落ち着け。大丈夫だ。『アレ』がアレン達の目に触れることは無い。
「イーズ、それお前の宝物だろ! 待て待て、礼ならオレがすっから」
「いいですよ、気にしなくて」
自分のポケットをまさぐるティキに、アレンは苦笑を返した。
そうこうしているうちに、汽笛の音が鳴り響き、汽車がゆっくりと動き始める。
「ホイ」
「!?」
投げられたものを、アレンは咄嗟に受け取った。
それは使い込まれたトランプだ。…結構、良い品なんじゃないだろうか、これ。
「それでカンベンしてちょー」
そう言って笑ったティキの唇が、続いて音にならない声を刻んだ。
――また会おう、《イヴの娘》。
唇の動きから、わたしはその言葉を理解する。
背筋に冷たいものが、落ちた。
「…気付かれて、た…」
「? どうしたんですか、顔色悪いですよ?」
ふらついたわたしを支えて、気遣わしげにアレンが顔を覗き込んでくる。
――わたしの中の何かが、ざわめく。
これは、あの時と…『巻き戻しの街』の時と、同じ…?
「…なんでも、ないよ…」
応えて、わたしは微笑った。
だって、こんなこと話せない。わたしにだってよくわからないのだから。
――わたしは、ちゃんと微笑えていただろうか。
歯車は廻り、《物語》は動き出す。
To be continued?
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