多分、わたしは意識しているようで、していなかったんだと思う。
アレンはわたしにとって《物語》の《登場人物》であり、4歳も年下の少年で。
出会い方も最悪。その後も喧嘩ばかり。
どう考えたって、彼を男として扱うのは無理だと思っていた。
だけど、抱き締められた時の腕の強さが。
ああ、男なんだな――と、漠然と意識させる。
でもきっと、これはわたしが女だから思うことだ。
アレンが仲間思いで、仲間を傷つけられると我を忘れるほど激昂するのは『知って』いる。
わたしは、アレンにその《仲間》のひとりとして、認められたのだ。
こんなにも誇らしいことはないだろう。だから、
――だからこれは、恋なんて呼べるほどに、明確なものじゃない。
ずざざーーーっ!
…と。あり得ない音を立てて、わたしとアレンはそこに着地した。
いや、ごめん、わかってる。これは着地じゃなくて落下です。
「……ッ」
「ご、ごめん…」
酷い着地に、アレンの声に怒りがこもる。
それをなんとか宥めていると、今度は軽快な足音が聞こえた。
「! アレンくん!!」
リナリーだ。後ろに神田もいる。
声を掛けようとするより先に、わたしはリナリーに抱きつかれた。
「…ッ…無事で良かった! アレンくん、ありがとう…!」
「あ、あれ? リ、リナリー?」
「あの! 試合は!?」
詰め寄るわたし達に、答えは神田の方から返される。
普段と何も変わらない、無愛想な口調で。
「終わった」
無情な一言だった。
思わず顔を見合わせるわたしとアレンに、リナリーが苦笑する。
「安心して、ふたりとも。アレンくんは不戦敗になってないから」
「「え?」」
思わず声がハモった。
いや、だって。なんで遅刻したのに。
「神田が代わりに出たの。当然勝ったわ。アレンくんの試合は、明日よ」
リナリーが笑顔で告げたそれは、甚だ予想外の一言だった。
え。アレンの代わりに神田が? どういうこと?
「え、なんで? なんで?!」
「神田が、交渉してくれたんですか…?」
驚いて目を瞠るわたし達に、神田は普段以上の仏頂面で舌打ちする。
…あ、この表情は知ってますよ。照れてるときとか、神田は普段より仏頂面になるんだ。
「…任務の為だ。それに、決定打は俺じゃねぇ」
「「…?」」
「ルージュさんに助けてもらったのよ」
「え? ルージュさんに?」
再び首を傾げるわたし達に、リナリーが補足してくれた。
そしてますます、わたしとアレンは首を傾げるのだ。…なんで、ルージュさんが?
「…『闘神』の意向だとよ。明日の対戦カードも弄られてる」
「明日の、って。僕のですか?」
「ああ。対戦相手はFブロック代表のガウトだ」
「…!」
神田の言葉に、わたしは思わず息を飲んだ。
思わず、さっき掴まれた腕をさする。
「あ、あいつ、失格じゃないんだ…」
「……」
呟くわたしの隣で、アレンが何か考え込んでいる。
そしてふと、何かに気付いたように呟いた。
「…なるほど、そういうことですか」
「とんだ愉快犯だな」
「まったくですね」
何がだ。
意志疎通はばっちりなのか。おまえらいつの間にそんな仲良くなった。
「本来なら、一日一試合のブロックトーナメントだが…
このカード変更に伴って、C・Eブロックの対戦も明日、行うらしい」
「…大会期間の、短縮…?」
「かもしれねぇな。『闘神』が何考えてるのかわからねぇが…
――『俺達に』有利になるように、事が動いてる」
神田の一言に、わたし達は顔を見合わせる。
――確かに、そうだ。対戦カードが変わったり、大会が短縮されるのはわたし達にとっても願ったりで。
「単なる好意として受け取るには、妙な部分が多過ぎる。
俺達は、まだ『サルジュ=アルサール』と接触していないんだからな」
「そうだよねぇ…ルージュさんから伝わってるのかな?」
「………」
首を傾げるわたしに、神田は応えずに顔をしかめた。
わたしが何かしたから、ではなさそうだ。なんだろう?
「神田?」
「…いや、なんでもねぇよ。ところで、」
軽く頭を振ってから、神田は不機嫌そうにわたしを見やった。
正しくは、わたしとアレンを。
「…おまえらいつまで手ェ繋いでんだ。鬱陶しい」
「「あ」」
言われて、わたしとアレンは初めて気が付いた。
さっき飛んで来たときから、手を繋いだままだったんだ。うわぁ、恥ずかしい。
「嫉妬ですかー、ユウちゃーん?」
「…………」
アレンの手を離してから、わたしは照れ隠しにそう言って笑ってみる。
途端、神田は無言で抜刀した。
「きゃーッ?! ダメだって、六幻は危ないって!
ほら、切れるからーッ」
「おまえは一度斬っておかねぇと、いつまでたっても馬鹿が治らねぇよ」
「治る前に死んじゃうって! そんなに怒らないでよ、神田!
愛してるよ!!」
「…嫁入り前の女が軽々しくそういう台詞を口にするんじゃねぇ!!」
「なんで余計に怒るのーッ?! わたしに大和撫子魂なんか要求すんなよ!」
フォローしたはずが、余計に怒らせたようだ。何故。
小さな盾を創り出して、わたしは六幻の刃をなんとか防御する。
…これ、イノセンスが発動してないから無事なのであって、発動してたらわたしは真っ二つですよ。
「…ヤマトナデシコってなんですか?」
「確か…日本人女性の、清楚な美しさを誉めて言う言葉ね」
「…には一生縁がない言葉ですね」
至近距離でなんてことを言いやがるんですか、こいつは!
あまりに失礼な言葉に、わたしは六幻を防いだままアレンに向かって怒鳴った。
「おいこらアレンーっ!」
「吠えないでください、みっともない」
「おまっ、さっきまでの優しさをどこへ捨てて来た!」
「あははは、何言ってんですか、。きっと幻覚ですよソレ」
「なんだってーッ?!」
このエセ紳士! 詐欺師!!
さっきまでのわたしの感動を返せー!!
ぎゃいぎゃい騒ぐわたしに、アレンはあろうことかそっぽ向きやがった。
え、なに。なんなのあいつ。腹立つなぁもう!
「もう…はやっぱり一言多いんだから。ねぇ、アレンくん?」
「…あれは多分一生治りませんよ!」
おいおい、酷い暴言だなそこ。
自覚はしてるけど他人に言われると腹立つんだけど。
わたしが眦を吊り上げていると、リナリーが苦笑しながらアレンに耳打ちする。
しかし残念ながら――いや、リナリーはわかってやってるんだろうけど、わたしは耳が良い。
「怒らないであげてね。の「愛してる」は、「好き」じゃ足りないから出た言葉なの。
本当の意味での「愛してる」、はまだ誰にも言ってないと思うわよ?」
「…な、なんでそんなこと僕に言うんですか?」
「さあ、どうしてかしら? アレンくんが拗ねてたから?」
「拗ねてません! リナリー、それは不名誉な誤解ですよ!」
「そう? じゃあ、そういうことにしておくわね」
「リナリーっ!!」
…ああ、アレンが言いくるめられた。
やっぱりリナリーには敵わないな、うん。
+++
「……疲れた」
「はい、お疲れさまでした」
ぐったりとベッドに倒れ込むわたしに、投げられたのはそんな心のこもってない言葉だった。
…なんかさっきから、機嫌悪くない? この子。
「…アレンさん。さっきから機嫌悪くないですか」
「気のせいですよ」
「いや、気のせいじゃないよ」
「うるさいですね」
「酷ッ?!」
うるさいって。うるさいって酷いだろ!
さっきは優しかったのに! なに、あれはやっぱり幻覚?!
「…アレンの馬鹿ーサドー」
「………僕を怒らせて楽しいですか、?」
「最初から怒ってるから関係ないじゃん」
ふん、と鼻で笑って、わたしはころんとベッドに転がる。
瞬間、酷い痛みが手首にはしった。
「い…ッ」
「?」
「…っー…な、なんでもない」
「嘘」
一言で切って捨てると、アレンは有無を言わせずわたしの手首を掴んだ。
鋭い痛みがはしって、わたしは声にならない悲鳴を上げる。
「~~~ッ!」
「…怪我してるじゃないですか! なんで手当しなかったんですか!?」
知らないよ、自分でも気付かなかったんだよ!
縛られていたせいで鬱血したり、無理に動いて、擦れて傷がついたんだろう。
全然気付かなかった。しかしこれは地味に痛い。
「はやっぱり馬鹿ですね!」
「あ、あんたね…他に言い方ないのか…ッ」
「ありませんよ。馬鹿は馬鹿でしょう」
「そうだけど! そうだけどー…ッ」
駄目だ、痛みで頭働かなくなってきた。
いい加減離して欲しい。本当に痛いから。
「手当しますから暴れないでください」
「…じゃあ離してください…」
ほらほら、涙出て来ちゃったよ。本当に痛いんだよ、掴まれると。
無駄に身体に力が入っているわたしに、アレンは小さく息を吐いた。
そして、握っていたわたしの手首を口元に引き寄せて、そのまま傷に口付けてくる。
…
……
………なにしてくれてんの、この子。
「な、なななななにしてくれちゃってんの、アレンさんっ?!」
「消毒」
「いや、そこ平然と言うところじゃないよね?!
あれ? わたしがおかしいの!?」
「ちょっと黙っててください。は声が大きいです」
「きゃーッ!? 舌這わせるのやめてー!?」
「卑猥な表現しないでくださいよ」
「卑猥なのはおまえだよ! わ、わたしを萌え殺す気かーッ!!」
自分で言っててわけわからなくなってきた。
アレンは平然と自称『治療』を続けてるし、わたしの頭はあまりのことに思考を放棄し始めてる。
…わたし、多分しばらく眠れないと思う…。
…ヘタに押し倒されるより、こういうのの方が恥ずかしいことに気付きました。
+++
――大会も終幕に向けて動いていた。
昨日の試合では、ガウトを叩きのめしたので気分は良い。
ついでに、その前の晩からが大人しくなったので、これも気分が良かった。
…別に騒いでいてもいいけど、たまにはしおらしい態度でいても良いと思う、彼女は。
「さあ、大会もいよいよ大詰め!
本日の準決勝戦は、今大会注目の対戦カードです!」
変わらない調子のフィロの口上は、闘技場を沸かせる。
初戦の時より、ギャラリーが増えたような気がするのは、気のせいだろうか。
「昨日の試合で大技を魅せたAブロック代表、イギリス出身,アレン=ウォーカー!
対するは、8秒と言う試合最短時間を記録したDブロック代表、日本出身,神田ユウ!」
――そう。今日の対戦相手は神田。
いつかくるだろうとはお互い思っていたし、試合形式上仕方ないことだ。
「怒涛の快進撃を続ける、新規参戦者同士の対戦です!
さあ、決勝へ勝ち進むのはどちらなのか!」
沸き上がる歓声の中で、僕と神田は向かい合う。
初めから八百長なんてする気はない。お互いに。
「まぁ、来るとは思ってましたけどね」
「そうだな。…てめぇとは、一度戦ってみたいと思ってた」
「奇遇ですね。…僕もですよ」
神田が六幻を抜く。
その刃が、イノセンス特有の光を灯した。
――なるほど、本気だ。
その光景に、僕は微笑んだ。
「手加減は?」
「要らねぇ」
「では、お互い死なない程度に」
「そういうことだな」
殺気とまではいかない。
だけど確かに、闘気とでも言える気配がそこに漂う。
「それでは――準決勝戦、始め!!」
開始の合図と共に、僕はイノセンスを銃器型に変えた。
神田のスピードは半端じゃない。まずは足を止める!
「応用の利く武器だな」
「避けられちゃ意味無いんですけど、ねッ」
さすがに、速い――!
そこらの一介の戦士なんかとは、格が違う。
当てるつもりは毛頭ないが、ここまで見事に避け切られると感心してしまう。
――下手な小細工は効かない、か。
「なら、真っ向勝負といきましょうか」
「へぇ? やる気かよ」
「負けず嫌いなんです、僕」
そう返して笑ってから、僕は武器を剣型に変形させる。
そして宣言通り、真っ向から神田の六幻にその刃をぶつけた。
「くッ…この、馬鹿力」
「耐えてる神田も凄いですよ」
「言ってろ!」
力では僕の方が上。
ただし、剣技においては神田が上か。
長期戦に持ち込めば、技能の差は埋まるか?
いや、神田も相当負けず嫌いだろうから、時間を掛けるだけ無駄だ。
「はッ。腕上げたじゃねぇか、モヤシ」
「アレンです。いい加減覚えてください」
軽口を叩き合いながら、僕達は何度も刃を交え、その度に何度も仕切り直す。
やっぱり、強い。
自然と口元に笑みが浮かぶ。それは神田も同じだ。
だけど、踏み込もうとした、瞬間だった。
「――ッ!!」
微かに、左目が疼く。
ぞわりと、確かな気配が背筋を凍らせた。
神田も気付いたのか、その表情に緊張がはしる。
「――神田!」
「チッ…アクマか!?」
僕達が同時に武器を引き、振り返ると――、
そこには、無数のAKUMAが居た。
忘れるな。エクソシストの使命は、AKUMAを屠ること。
To be continued?
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