――どういうおつもりですか、『闘神』」

少女の固い声に、答える相手の声は、性別の判断が付きにくい。
涼やかな男性の声にも聞こえるが、ハスキーな女性の声とも受け取れる。

「何がだ?」
「ルールの改変です」
「ああ…別に構わないだろう。ゲームにハプニングは付き物だ」
「…特定の参戦者への『闘神』の肩入れは禁則事項です」
「肩入れ?」

『闘神』は、少女の言葉を鼻で笑った。
低く笑う『闘神』に、少女は僅かに顔をしかめる。

「…おまえは、彼らを見ていて何も思わないか」
「思いません」

即答で返す少女の、その頑なな様子に、『闘神』はため息を吐いた。
それが余計に癇に障ったのか、少女の表情は険しくなる。

「彼らは、ここにいる奴らが失ったものを持っている」
「やがては失うものでしょう」
「失わないさ。それがわからないなら、これ以上おまえと話をしていても意味がない」

それだけ言うと、『闘神』は軽く手を払った。
下がれ、と。そう命じられたと気付き、少女は悔しげに唇を噛む。

「…折角だ。明日のカードはAブロックとFブロックにしよう」
「…Fブロック代表,ガウトは失格です。試合は行えません」
「証拠がないと言ったのはおまえだ、フィロ。それに、俺はあの少年の本気が見たい」
「…………」

身勝手なその一言に、少女――フィロは、目を瞠った。
半年。この『闘神』がリアルレイドのルールとなって半年の間、ルールが改変されたことはなかった。
だが、その異例が起こった。特定の参戦者に、二回も。

「それとも何か。おまえは、違反者の存在を認めて、ルールをねじ曲げたのか?」
「…いいえ。『闘神』の意志によるルールの改変を、承認しました」
「ならばコレも、俺の――『闘神』サルジュ=アルサールの意志だ。従え」

『闘神』――サルジュ=アルサールは、絶対の権限を持つ己の名を口にする。
フィロは一瞬沈黙し、そして、どこか苦々しく呟いた。

「…『闘神』…あなたは、『この世界』を壊すのですね」
「俺が? 馬鹿言うな、フィロ。俺にそんな度胸はねぇよ」

自嘲気味に笑い、サルジュはちらりと視線を窓の下に落とす。
そこには、颯爽と闘技場に入る、ひとりの若い剣士の姿があった。

――『壊す』のは、あいつらだ」



Intermission01 闘神都市の夜 ----- File04 逆鱗 ~ The 2nd Night




「大変長らくお待たせしました! これより本日の試合を開始致します!
 『闘神』の意向により、本日の対戦カードが変更になりました!」

闘技場内がざわめく。
だが決して、それに不満を口にする者はいなかった。
――絶対的なカリスマだな、『闘神』は。ルールをねじ曲げても容認されるか。

「それでは、ブロック覇者によるトーナメントを開始致します。
 一番手はその巨漢を武器に闘う拳闘士,Bブロック代表、ギリシャ出身,オルビス!」

そんな紹介と共に、目の前に現れた巨漢を一瞥する。
単なる力自慢か。鈍足そうだ、俺の反応速度なら万に一つの危険もないだろう。

「対するは、華麗な剣技で魅せる若き剣士,Dブロック代表、日本出身,神田ユウ!」

小っ恥ずかしい紹介口上に、思わず舌打ちが洩れた。
…変な歓声も上がってるし、いつも思うがこの居心地の悪い空間はなんとかしろ。

「おい、優男。なんで対戦カードが変わった?」
「知るか。後で『闘神』に訊いてきてやるよ」
「へッ。言うじゃねぇか!」

くだらない問答に、嫌気が差してくる。
これならまだ、やモヤシと口論してる方が遥かにマシだ。

「…悪いが、10秒だ」
「あ?」
「俺は忙しいんだよ。だから10秒で終わらせて、そっちの用事を片づけに行く」
「て、てめぇ…」

怒りに顔色を変えた相手を、俺は酷く冷めた気分で見やる。
こんな安い挑発に引っかかるとは、よくブロック戦を勝ち抜いてきたものだ。
これなら10秒も要らないかも知れない。

「……」

スッと、六幻を上段に構える。
この刃を振るのは一瞬で良い。そして今は、目の前に戦いに集中する。

――は大丈夫だ。あいつが必ず助け出す。
それに、あのじゃじゃ馬がこんなところでリタイヤするわけがない。

「さっさと掛かってこいよ、雑魚が。時間が惜しい」

相手が怒りの形相で、己の武器を振り上げる。

――遅ェ。

軽く鼻で笑って、俺は六幻を片手に前に出た。


+++


方向感覚の曖昧な奴が、どんなに走り回っても時間の無駄だ。
そう気付いたのは、走り出して少し経った後だった。

「…ティムキャンピー!!」

併走ならぬ併飛行をするティムキャンピーの尻尾を、僕はがしっと掴んだ。
あまりに強く掴んだせいか、ティムが嫌がって暴れた。だけどそれを気遣う余裕はない。

「ソルトレージュの場所はわかるか?! と一緒にいるはず…ッ」

一緒にいなかったとしても、ソルトレージュならを探せるだろう。
方向感覚が曖昧な僕より、ティムキャンピーやソルトレージュの方が人捜しには向いている。

ソルトレージュは、の為に特別にコムイさんが作ったゴーレムだと聞いた。
彼女の存在は特殊で、教団にとってとても大事な存在だから、監視役も兼ねていたと。
だからあの銀のゴーレムは、はぐれてもを見つけ出せる。
今は、その能力が必要だった。


不意に、ティムが何かを見つけたように飛んで行った。
その後を追って、僕は人気のない――どこか陰鬱とした、何も無い廊下に出る。

「こんな場所…あったか…?」

他の場所に比べて、いやに壁は汚れているし、あまりにも人気が無い。
違和感に首を捻っていると、ティムに髪を引っ張られた。

「いたたッ。なんだよ、ティム…――ソルトレージュ!?」

ティムに促され、視線を向けた先には銀色のゴーレムがいた。
ソルトレージュは、困ったように廊下の一点でぐるぐると迷走している。
どうして、こんな何も無い廊下で…。

「…もしかして、」

駆け寄ると、何かを訴えるようにソルトレージュが壁の一カ所を示す。
その壁に触れていくと、不自然な繋ぎ目があった。

「…仕掛け扉、か?」

呟き、僕はソルトレージュを見上げる。
ソルトレージュは、肯定するように数回回った。

「…イノセンス、発動――!!」

開け方がわからない。時間は惜しい。
あまり誉められた行為ではないけれど、仕方ないだろう。

――壁の破壊を実行すべく、僕は左腕のイノセンスを発動させた。


+++


「…なんですかこの扱いは」

両手首を後ろ手に縛られて、わたしは目の前に居並ぶ筋肉ダルマ共を睨め上げた。
だから何度も言ってんだろうが。
わたしはエロゲーのヒロインになる気はないと。

男性キャラは間に合ってるんですよ。
性格はアレでソレだけど、美形日本剣士と美少年英国紳士だよ。充分以上だ。
…あ、そういえば最近ラビを見てないな。あいつも顔は良いよね。周りは美形ばっかりか、わたし幸せだなぁ。

………なんて、現実逃避してる場合じゃないんだけど。

「二度も三度も似たような事やってんじゃないよ、脳味噌まで筋肉共め」
「相変わらず威勢が良いな、ねーちゃん」
「品のない呼び方やめてくれないかなぁ」

吐き捨てるように返すと、わたしの前に立つガウトが嗤った。
まるで手に入れた玩具を品定めするような視線が、酷く不快。殴りたいくらいに。

「しかし驚いた。あんな上品そうな顔して、なかなかどうしてやるじゃねぇか、あんたの相棒はよ」
「当たり前でしょ。じゃなかったらパートナーになんてならないよ」
「なるほど、信頼し合うってのは良いね。青臭ェ」

誉めてないだろ、それ。
青臭いって貶し言葉だろ。
わたしを貶していいのはわたしだけだ。こんな筋肉ダルマに貶される覚えはない。

「…で? アレンとの対戦を心待ちにしていたってのは、なんの冗談だったわけ?」
「なに、気が変わったんだよ。あの小僧には、大会から退席してもらう。連んでたカンダとかいう優男もな」

神田もか。
アレンも神田も、顔も良いし強いしで、色んなもんを持っていかれてるんだろう。
ほら、人気とか。掛け金上がってるとか言ってたし。

「ああいうのが、間違って『闘神』にでもなってみろ。
 リアルレイド自体が潰されちまう可能性もある。この楽園をだぜ? 冗談じゃねぇ」

…何が楽園か。
好き勝手に生きられる場所が無くなるのが気に入らないだけだろ。

「しかし、女は別だ。おまえとあのもうひとりのお嬢さんには、オレのパートナーの席を用意してやろう」
「うわー、やだー。それなら千年伯爵と一緒に暮らす方がまだマシだ!」

こんな下卑た男のパートナーにされるくらいなら、伯爵と一緒にお食事した方がマシです。
ああ、でもそれはそれで怖いな。
ちょっと想像してしまった。

「だいたい、偉そうに言ってるけど…結局、アレンにも神田にも勝てそうにないから、わたしを直接狙ったんでしょ?」

言った瞬間、ガウトは不機嫌そうな表情になる。
機嫌を取る気なんてさらさらないわたしは、怯まず言葉を続けた。

「わたしを盾に取れば勝てるとでも? 冗談、そんな小細工したってあのふたりには勝てない。
 わたしを餌にすれば、リナリーをおびき出せるとでも? 馬鹿言わないで、リナリーはそんなに軽率じゃないわ」

こんなところで足手まといになんて、なってたまるか。
わたしは、わたし達は、イノセンスと適合者を教団に連れ帰らなきゃいけないんだ。
その為の犠牲が必要なら、わたしがなろう。大丈夫、最悪の事態になんて陥らない。わたしが諦めない限りは。

――この大会から退席するのは、あんたの方よ」

言い放った瞬間、衝撃が右頬にはしった。
両腕を拘束されているわたしは、受け身も取れずに石畳に投げ出される。

「気が強いのは良いが、あまり過ぎた口を利くなよ。いくらイイ女でも萎えるからな」

勝手に萎えてろ。
言い返そうにも、頭がくらくらして、上手く言葉に出来なかった。
強く打ち付けたらしく、一時的に身体が動かない。

「…」

女の顔を殴る奴がいるか。男の風上にも置けない。
口の中を切ったのか、口内が血の味がして気持ち悪かった。
キッと、わたしはガウトを睨め上げる。こんな暴力に、屈して堪るか。

「…猫みてぇな女だな。もったいねぇが、遊んだ後は殺すしかなさそうだ」
「ふざけんな。遊んであげるつもりはないわ」
「なるほど。イイ女だが、長生きは出来ねぇタイプだな」

そう言って下卑た笑みを浮かべると、ガウトに腕を掴まれた。
両手首が拘束されている状態だ、こんな無茶な体勢じゃ身体が痛い。

…怖くないわけじゃない。余裕なんかない。
だけど、大丈夫だと思っていた。
これは願望じゃなく、確信だ。
――絶対に、来てくれると。確信しているから。

「…長生き出来ないのはそっちだよ」

返して、わたしは口角を持ち上げて笑う。
ガウトの表情が消えた。
怒らせてどうするんだか、と自分に思わなくはない。
――だけど、わたしにはこういう生き方しか出来ない。馬鹿でも良い。

ぐっと、わたしは拳を握り締める。
自分のイノセンスに意識を集中させた。
…盾を腕以外に張ったことはないけど、同じ原理で脚でも大丈夫だろう。
AKUMAには効かなくても、普通の人間なら蹴り飛ばせるだろうと。そう思って。
…だけど奇跡って、起こるものなんだな。

――ッ!!」

そんなわたしを呼ぶ声と、壁が破壊されるのはほぼ同時だった。
その勢いのままに、アレンの左腕がわたしの上にいたガウトを殴り飛ばす。
邪魔な巨体が視界から消えると、わたしは慌てて跳ね起きた。

「アレン…!」

なんだか、自分の声とは思えないほど素直だった。
表情にも出てしまったんだろうか。駆け寄ってきたアレンが、ガシッとわたしの両肩を掴んだ。
その表情は必死で、逆にわたしは呆気にとられてしまう。

「酷いことをされたりしませんでしたか?! 怪我は!?」
「いや、まだ何もされてないけど…」

答えている途中で、アレンの手がわたしの唇に触れた。
おいおい、不躾に女の唇に触れるもんじゃないですよ、このエセ紳士。

「…血、出てますよ」
「え? あー…口の中切ったみたい。さっき殴られた時」
「………殴られた?」

アレンの顔から、表情が消えた。
その無表情に、わたしはぞっと背筋に冷たいものがはしるのを感じる。
…お、怒ってる…?

あまりにも冷えたアレンの目に、わたしは言葉を失った。
そこに、殴り飛ばされたガウトがふらつきながら戻ってくる。
義理はないけど、逃げろよ、と思わなくはない。今のアレンはヤバイ。わたしでも怖い。

「ひとりで飛び込んで来るとはな。なかなかどうして気骨がある、と言うよりただの馬鹿か」
「…は、」

スッと、アレンが立ち上がった。
拳を握り締める手に、力がこもっている。
発せられる声が、酷く低い。

「…口も態度も悪いし、いちいち一言多いし、何考えてるかいまいちわからないし。
 慎みなんて欠片も持ってないし、凶暴だし、外見を軽やかに裏切って全然女らしくないけど、」

おいおい、なんだよその言い様は。酷過ぎませんか。
列挙される言葉の数々に、わたしは状況を忘れて顔を引きつらせた。
…こいつ、絶対後で殴ってやる。

――だけどお前は、にしちゃいけないことをした」

顔を上げた瞬間、アレンの口調から敬語が消えた。
殺気にも似た、強い怒りの感情を感じる。

「この落とし前はつけさせてもらう。…容赦はしない」

言った瞬間、アレンの左腕が動いた。
アレンの対アクマ武器は、アレンの意志でその形状・大きさを変える。
身の丈程の大きさになったそれは、屈強な男達を一振りで薙ぎ払った。

殺傷力は抑えているのだろう。
それでも、あれだけ強力な武器だ。怪我はする。

その光景を、わたしは呆然と見ていた。
なにより、自分のせいでアレンが人に武器を向ける事が辛いと、そう感じて。

「……」

悔しくて唇を噛む。また、わたしは足手まといだ。

「くそ…ッ」

そんな舌打ちが、背後で聞こえた。
振り返るより先に、肩を掴まれて引き上げられる。
――ガウトだ。わたしを盾にしようという魂胆か。

「……」

無駄だろうな、と思った。
わたしを人質に取っても無駄だ。むしろ逆効果だろう。

「おい、小僧! この女がどうなっても」

ガウトは最後まで言うことは出来なかった。
アレンは一瞬でガウトの背後に回り込み、その際にわたしの腕を取っていた。
右手でわたしを抱え込み、アレンはガウトを見据える。その声は、底冷えのする冷たさ。

――今、何か…しましたか?」
「…くッ…なんだ、こいつ…バケモノか…ッ」
「ただの人間ですよ」

冷たく言い放つと、アレンは左腕を振るう。狙いはガウトだ。
わたしは、咄嗟にアレンの服を掴んだ。ピタリと、アレンの動きが止まる。

「ア、アレン…アレン、もう良い。もう良いよ…!」
「でも、!」
「ダメだよ、これ以上イノセンスで一般人を攻撃しちゃいけない!」

――わたしは、『知っている』。
アレンは、人間に向けてイノセンスを振るうのを嫌う。
それが例え、どんなに憎い相手であっても、だ。だから、これ以上は駄目だ。

「わたしは無事だし、怪我だって大したことないよ! だから、わたしの為に自分の信念を曲げちゃダメ…!」
「……ッ」

多分、言ってはいけないことだったんだと思う。
まだ表に出していない、アレンの内面を言い当てたようなものだ。
まだ早い。言ってはいけない。だけど、ここでイノセンスを振るうアレンを見るのは嫌だ。

その願いが通じたのか、アレンはきつく唇を噛んで俯いた。
そしてゆっくりと左腕を下ろし、スッと顔を上げる。

――行ってください。ですが、二度目はありません」

視線で相手を殺せるなら、殺しているかもしれない。
それほどに鋭い視線で、アレンはガウト達を睨め付ける。
その視線を受けた彼らは、舌打ちをして、その場を走り去って行った。
…捨て台詞を吐かなかっただけ、誉めてやろうと思った。それだけアレンが怖かったのかもしれないが。

「…。大丈夫ですか?」
「う、うん。平気」

振り返ったアレンの表情は、まだ若干固い。
また説教されるのかと身構えたわたしは、次のアレンの行動に目を瞠る。
――え。嘘。抱き締められた?

「アレン?」
「……ごめん」

囁くようなか細い声で言われたのは、そんな謝罪の言葉だった。
抱き締められているせいで、アレンの表情はわからない。
だけど、伝わってくるものは、後悔とか自責とか、そういうものだ。
アレンに謝られる覚えは…まぁ、無くもないけど、今謝るべきはどっちかと言うと、わたしだろう。

「なんでアレンが謝るの」
「…ごめん」
「わたしは平気だって。謝らないでよ、アレンらしくない」

抱き締められてる、というより抱きつかれてる、なのかなぁ。コレ。
わたしは手を伸ばして、アレンの頭を撫でてやる。なんだか泣きそうな感じがしたからだ。
だけど、逆にわたしを抱き締めるアレンの腕に力がこもった。

、怖いなら怖いって言って良いんだ。
 …お願いだから、我慢しないで。じゃないと、僕が自分を許せなくなる」
「………」

言われた言葉に、わたしはゆっくりと目を瞬く。
…ああ、そうか。
初めて気付いた。わたしは、怖かったのか。
それを表に出しちゃいけないと、思っていた。思い込んでいた。

わたしはエクソシストだから。
足手まといになりたくないから。
…弱音なんて、吐きたくないから。
だけどそれは多分、会った当初のアレンの、仮面みたいな笑顔と同じだ。

「…怖かった」
「…うん」
「わたしは非力だし、これでも女だし、やっぱ殴られたら痛いし…」
「うん…」
「…だけどね。信じてたの」

確かに怖かった。
だけど、どこかで冷静だったのは。

「アレンが、きっと来てくれるって。信じてたの。
 そしたらやっぱり来てくれた。…ありがとう、アレン」
「…ッ」

わたしの表情は、アレンには見えていない。
だけど声に、微笑んだ気配が混じってしまっただろうか。
照れ隠しなのか、アレンの腕に力がこもる。ちょっと痛い。
だけど、なんだか可愛いなぁと思って、わたしは思わずにこにこしてしまう。
…そこでふと、わたしは大変なことに気が付いた。

「……あ」
「え?」
「アレン、…試合!!」
「あ…ッ?!」

わたしが言うと、アレンはバッとわたしから離れた。
その顔色が、一気に蒼白になっていく。

「ち、遅刻って不戦敗ですよね!?」
「いや、そんなのわたしが許さない! よし、アレン! 掴まって!!」
「は?」

手を差し出したわたしに、アレンは呆けたように目を瞬かせた。
ああ、もう。呆けてる場合じゃないっての!

――イノセンス、発動!」

わたしは《黒曜》を発動させる。
そして、アレンの手を有無を言わせず引っ掴んだ。

「飛ぶよ!」
「ほ、本気ですか!?」
「本気ですとも! 出力最大! 舞え、《黒曜》――!!」
「ちょ、ちょっと待って…うわあぁぁっ!?」

アレンの悲鳴が上がったけど、わたしは敢えて無視する。
瞬間的に盾を張って、わたしは壁を突き破った。振動がちょっと痛い。

「ちょ、! 無理です、建物の中ですよここ!?」
「大丈夫! わたしの行く手を遮る奴は薙ぎ払って進む! たとえそれが一般人でもーっ!」
「さっきと言ってること真逆なんですけどッ?!」

わたしは良いんだよ、わたしは。

よっぽどそう言い返してやろうかと思ったけど、やめた。
アレンを引きずるようにしながら、わたしは人気のない廊下を飛び続ける。



この状況で思うことじゃないだろう。
だけど、わたしはなんだか楽しくなって、自然と笑っていた。






繋いだ手が、ほんの少しだけ誇らしい。



To be continued?

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