今まで意識していなかったのだ。
出会いがあれで、今日まで顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたし。
息をつく暇もなく一緒の任務に就き、それを共に遂行したせいもあるだろう。

頭では理解していた。
彼女は年上で、行動も言動も滅茶苦茶で、口も悪いけど。
だけどそれでも、女の子だということ。

理解はしていた。
だけど意識していなかった。
彼女は戦友であり仲間であり、先輩であり同僚だから。

なのに、気づいてしまった。
酷く頼りない程に細い手首とか、照れて顔を赤くする仕草とか。
大の男に囲まれても気丈だったのに、僕を見て安堵した笑みを浮かべた表情を見て…、

――が女の子なんだということを、意識した。


「皆様お待たせしました!
 それでは、今期リアルレイドを開催致します!」

大会のジャッジを務めるフィロの声が、闘技場内に響き渡る。
その声で、僕の意識は思考の波から引き戻された。

「過去、惜しくも『闘神』に敗れ優勝を逃した選手から、新たに参戦した選手。
 数多の強豪達が己の肉体と技を競い合い、富と名声、麗しき美女を得る為に闘います!」

多方向から、歓声が沸き上がる。
異様なほどの熱気だ。人命と金が絡んだこの見せ物が、よほど楽しみらしい。

「それでは本日は、Aブロック初戦を執り行います!
 一番手は過去、ブロック決勝まで勝ち上がった屈強の戦士、イタリア出身,マッシーモ!
 対するは今大会が初エントリー! 巨大な義手を用いて闘う若き少年戦士、イギリス出身,アレン=ウォーカー!」

大仰な紹介に、思わず苦笑する。
この手の大会は、大抵大袈裟だ。その方がウケが良いんだろう。

「30分後に試合は開始されます。それぞれのパートナーは、受付へお集まりください!」

いよいよ、か。
非合法な武闘大会,リアルレイド。
ちらりと横にいるに視線を移すと、それに気付いたのか彼女も顔を上げた。

「じゃ、頑張ってね」
「はい。はおとなしく待っていてくださいね」
「はいはい、おとなしくしてますよー」

軽い口調でそんなことを言っているけれど、不安がないわけじゃないだろう。
いくら僕達を信頼していると言っても、怖くないはずがない。
それでも気丈に笑う彼女に、言葉には出さずに誓う。




決して、不安にさせない、と。



Intermission01 闘神都市の夜 ----- File04 逆鱗 ~ The 1st Night




「…あっさり勝ったねぇ」

試合開始から3分。
早々に特別室から解放されたわたしは、アレンの顔を見て開口一番、そう言った。

が特別室で暴れないように、短時間で頑張りました」
「をい」
「冗談です。を不安にさせないように、が本当ですよ」
「………」

これがいつもの紳士的な完璧笑顔で言われたら、わたしは迷わず冗談と受け取っただろう。
だけど残念なことに、アレンは真顔だった。判断に困る。

「ほら、子供は不安になるとむずかりますから」
「それ赤ちゃんだろうが!?」

冗談より質が悪かった。
よりによって赤ん坊扱いですか。何こいつ。殴りたい。

拳を握り締めるわたしに構わず、アレンは手続きの為に受付に向かう。
そこには、大会ジャッジを務めるフィロの代わりに、数人の女の子がいた。職員だろうか。

「おめでとうございます、アレン=ウォーカー様!
 こちらが報奨金100ギニーと、特別室の鍵になります」
「ああ、鍵はいりません。彼女以外の女性に興味ありませんから」

…うわー。それ、わたしかー?
紳士然とした完璧な笑顔で言ったアレンに、係員の女の子達が頬を染めていた。
当然、その「彼女」らしいわたしには、羨望の眼差しが向けられる。

「さあ、行きましょう。
「…はい」

笑顔で手を差し出され、わたしも微笑んでその手を取る。
なんか周囲で女の子達の黄色い悲鳴が上がった。
感嘆のため息まで聞こえる。何この状況。変な空気だ。
しばらく歩いたところで、わたしはぼそりと呟く。

「…アレン」
「なんですか」
「……ダメ、もう限界」

わたしが言うと、アレンが足を止めた。
そしてわたし達は、ゆっくりと向かい合い――

「「あはははははッ!!」」

大笑いした。
それはもう、盛大に。転げ回りそうなほど。

「ちょっと、なにあれ、このエセ紳士!」
こそなんですか、あの慎ましい態度!」

お互いに指さし合って、涙が出るほど大笑いする。
どうやら、ふたりして笑いのツボにはまった模様。呼吸が苦しい。

「あー、可笑しかった! わたし、アレンにああいう表情されたことないもん!」
「お互い様ですよ。僕だってのあんな態度、見たことありません!」

ケタケタ笑い合いながら、わたし達は耐えられなくなってその場に座り込んだ。
それでも笑いは収まらない。

「…てめぇら、なに座り込んでるんだ。みっともねぇな」
「「あ、神田」」

呆れたような声が降ってきて、わたしとアレンはほぼ同時にその名前を呼ぶ。
声を合わせて呼ばれたのが嫌だったのか、神田が眉間に皺を寄せた。

「お疲れ様、アレンくん。試合時間3分ですって? 凄いわね」
「いえ、大したことじゃないですよ。神田ならもっと早いんじゃないですか?」

確かに神田の攻撃方法の方が、アレンより速度が速い。
瞬殺、なんて事態もあり得るかも知れない。そうなったら、賭け事に勤しんでる奴らは大打撃だね。

「神田の試合はいつ?」
「予定では1時間後だが…モヤシの試合が早く終わったからな。
 恐らく繰り上がるだろ。他の試合が長引けば話は別だが」
「神田はDブロックだっけ」

訊くと、神田は小さく頷いた。
そして僅かに顔をしかめ、目を眇めた。

「問題のサルジュ=アルサールだが…奴は『闘神』だ、決戦日まで姿を見せないだろう。
 AからFまでの各ブロックの覇者が決まり、その6人の頂点に立った者が、『闘神』に挑める」
「OK、まずはブロック制覇ね」

わたしが言うと、3人も頷いた。
当面の目標は単純、まずはブロック制覇。
これはまぁ、さっきの試合を見る限り、難しい事じゃないだろう。


+++


「…おい、モヤシ」
「アレンです。…なんですか?」
「おまえから見てどうだ、この大会」

やリナリーに聞こえないようにか、神田は声量を落とした。
それに応える僕の声も、互いが聞き取るのが精一杯の声量だ。

「なかなかの強豪揃いみたいですよ。『普通の人間』なら、ですけど」
「…『ただの人間』レベルを超える奴は居ないってことか」
「もっと極端に言えば、エクソシストである僕達の敵ではない、ですね」

そう。例えどんなに強くとも、イノセンスを持つエクソシストとは勝負にならない。
互角以上に戦える存在があるとするなら、それは同じエクソシストか特殊な人間だ。

「その分、狡猾な人間が多い。油断は出来ません」
「そうだな。…とリナリーから、目を離すな。
 普段なら放っておいても問題ないだろうが、下手に暴れられても困る」
「ですね。…特に、が既に目を付けられています。Fブロックのガウトという参戦者です」
「…また余計なことやったんだろ、あのじゃじゃ馬は…」
「…ええ、まぁ…。聞いた話ではそのガウトという男、何度も『闘神』に挑んでいる実力者です。
 花形闘士のひとりですね。…ただ、色々と良くない噂があります」

僕の言葉に、神田は眉間に皺を寄せた。
そして、どこか不機嫌そうに聞き返してくる。…なんで不機嫌なんだろう。

「噂?」
「ええ。ルールの綻びを突いて、他参戦者のパートナーに暴行したり、妨害を行ったりしていると。
 証拠がないので大会主催側は放置しているようですが」
「ふん…どこにでもいるだろ、そういう下衆は。斬れば良いだけだ」
「…相変わらずですね」

なんでも斬れば良いと思ってるんじゃないだろうか、この人。
しょっちゅう抜刀してるし、が言うには例のコムリンも切り捨てたらしいし。

「…何事も、なければ良いんですけど」

色んな意味で。
…身内にも不安な存在が多過ぎる。


+++


その後も、アレンと神田は順調に勝ち進んでいった。
闘技場で再会したヴァルさんの話によると、かなりふたりの賭け金が上がっているらしい。
そりゃそうだろう。普通の人間が、ふたりに勝てるわけがないのだから。

「あっという間にブロック戦が終わったねー」
「ええ。…ちょろいですね」
「…こらこら、アレン。紳士、紳士」

カード以外でも黒アレンは降臨するのか。
…むしろこっちが素か。納得した。

「このまま行くと、明後日にはアレンと神田が当たるんじゃないの?」
「そうですね。まぁ、とリナリーにとっては、どっちが勝っても負けても同じでしょうけど」

確かに、どっちが勝ってもわたしとリナリーに害が及ぶことはない。
…けど、ふたりが本気でやり合ったら確実に怪我は免れないだろう。

「…治療するのわたしなんだから、ほどほどにしておいてよ」
「僕に言われても…」
「…俺に八百長試合をしろってのか、。良い度胸だな」
「待った! 六幻はやめて、切れる! 切れるからッ!!」

だからなんでこうも短気なんだ、こいつは!!
なんとか六幻を収めさせ、わたしは安堵の息を吐く。
…いや、まぁ、神田は誰に対してもこうだから、仕方ないけど。

思わずため息を吐いたわたしは、近づいてくる足音に振り返った。
そこには、数人の女の子。制服を纏う彼女たちは、このリアルレイドの職員だ。

「アレン=ウォーカー様。様。
 試合開始30分前になりました。準備をお願い致します」
「あ、はい。じゃあ、わたし行くね、アレン」
「はい。おとなしくしていてくださいね。すぐ終わらせますから」
「あはは、なんで毎回大人しくしてろって釘刺すかなー!」

試合の度に繰り返される言葉に、わたしは苦笑する。
なんだかんだ言って、みんな心配性だ。この中で一番年上の筈のわたしが、一番心配されてる気がする。

、途中まで一緒に行くわ」
「え。リナリー、なんで??」
が心配だからよ。には攻撃手段がないでしょう?」

そう言って、リナリーはにっこりと微笑んだ。
…有無を言わせない笑顔だ。逆らったらいけない。

曖昧に笑って頷き、わたしはリナリーと一緒に受付までの廊下を歩く。
そろそろ試合が始まるからだろうか。廊下には人がほとんどいなかった。

「あのぅ、そこのツインテールのお嬢さん」
「え? 私?」

しばらく歩いたところで、呼び止める女性の声にわたし達は足を止めた。
豪奢な金髪の、綺麗なひとだ。誰かのパートナーだろう。

「あの、あなた、神田さんのパートナーよね…?」
「え? ええ、そうですけど…」
「その、おかしな事を訊くけれど…あなた、やっぱり神田さんとお付き合いを…?」
「え? いえ、そういうんじゃないですけど」

おお、モテてるぞ、神田。
でもあいつ顔は良いけど中身はお馬鹿さんですよ、おねーさん。
短気だし口悪いし。でも結構可愛い奴です。あれ? 薦めてどうすんだ、わたし。

なんとも微笑ましい気分でそれを眺めていた、その時だった。
ぐいっと、乱暴に腕を後ろに引かれた。振り返る間もなく、凄い力で引きずられる。

「リナ…ッ」

リナリーの名前を呼ぶ前に、口を塞がれた。
引きずられる最中、リナリーに詰め寄っている女の人と目が合う。
その瞬間、彼女は小さく嗤った。

…ああ、あの女、囮だ。

リナリーの注意を引きつけ、わたしをひとりにさせる為の。
誘拐される覚えなんてないのだけど、なんとなく予測はついた。

――Fブロック代表,ガウト。

…で。わたしはいったい、どこに連れて行かれるんだろう?


+++


「それじゃあ、僕もそろそろ行きます。神田、リナリーを頼みますね」
「……」

神田の応えは無言だったけど、まぁ、これは了承と受け取って良いんだろう。
ある意味、特別室に拘束されている間は、は安全だ。
あとは、リナリー。そろそろ戻ってくる頃だと思うんだけど…。

「アレンくん! 神田!!」

僕が歩き出すのとほぼ同時に、リナリーが悲鳴に近い声で名前を呼んだ。
その顔色は蒼白で、今にも泣きそうなほど慌てているのが、見て取れる。

「どうしたんですか、リナリー。そんなに慌てて…」
が…がいないのッ」

その一言に、僕と神田の表情は凍りついた。
が、あのガウトという男に目を付けられたのは、神田にも話した。
そして多分、僕と神田が今、考えてることは同じだろう。

「…おい、いつはぐれた?」
「ほんの少し目を離した間よ!
 別の参戦者のパートナーに話し掛けられて、気がついたらいなくなってて…」

恐らく、その女性もグルだろう。
もしかしたら、ガウトのパートナーかもしれない。
…やられた。まさか試合で当たる前に、手を出してくるなんて。

「…ッ…探して来ます!」

考えるより先に、走り出していた。
リナリーが戻って来た方向へ戻る形で。

「おいッ、モヤシ!?」
「アレンくん!?」

ふたりの声が聞こえたけど、振り返る時間も応える時間も惜しい。
今はただ、を追うことしか、頭になかった。


+++


脇目も振らず走っていったアレンを見送ったリナリーは、焦っていた。
アレンも同様、感情で突っ走るタイプだ。止めても無駄だったのはわかっている。
だが、事態は一刻を争う――そう、アレンの試合開始時間だ。

「アレンくんの試合までもう30分もないわ…。
 どうしよう、間に合わなかったら不戦敗になっちゃう…!」
「ちッ…リナリー、来い!」
「え? ちょ、ちょっと神田!?」

腕を引かれて、リナリーは目を瞠った。
らしくない行動もそうだし、神田が向かった方角にも驚いた。
――大会受付。ジャッジを務めるフィロのもとだったのだ。

「…おい」
「はい」

目つきの悪い視線を向けられても、相変わらずフィロは笑顔を崩さない。
だがその仮面のような笑顔も、今の神田にはどうでも良いことだった。

「参戦者が他人のパートナーへ危害を加えることは、失格対象だったな?」
「はい、その通りです」

応対がすべて仮面のような笑顔で行われ、神田は苛立ったように舌打ちした。
そんな彼の様子を、リナリーははらはらしながら見守る。

「パートナーが攫われた。やった奴はわかっている。
 今取り戻しに行っているが、時間的に間に合わん。対戦カードを変更しろ」
「…Aブロック代表の、アレン=ウォーカー様ですか?」
「そうだ。大会運営に支障が出ると言うなら、俺があいつの代わりに出る」

神田の一言に、リナリーは目を瞠った。
なるほど、だから自分を引っ張って来たのか――と納得する。

「認められません。証拠がなければ私達は動けませんから」
「証拠? 事が起こってからでは遅ぇだろうが!?」
「そうは仰られましても…ルールなのですから」

頑ななほどの、笑顔だった。
――ルール。都合の良い言葉だ。神田の眦が吊り上がる。

「チッ…おまえじゃ埒が明かねぇ。責任者を呼べ、直接交渉する!」
「リアルレイドのオーナーは、ルールに関しての権限は持ちません。
 また、ルールを定める『闘神』には、決戦日まで会うことは出来ません」

フィロが変わらぬ笑顔で言い切った、その瞬間だった。

――フィロ。そのルールは暫定的なものだ」

響いた女性の声に、フィロも、リナリーと神田も振り返る。
そこに立っていたのは、小麦色の肌をした女性。
ルージュと名乗った、サルジュ=アルサールのパートナーだった。

「!!」
「ルージュさん?!」

驚くリナリーと神田に視線を向けてから、ルージュはフィロに向き直る。
フィロの表情から、初めて張り付けられた笑顔が消えた。

「フィロ。サルジュの意向を伝える。
 『Aブロック代表,アレン=ウォーカーと、Dブロック代表,神田ユウのカードを入れ替えろ』」
「「?!」」

その言葉に、思わずリナリーと神田は顔を見合わせる。
『闘神』は大会のルール――では、今の言葉は。

「…それは、サルジュ=アルサールの意志によるルール改変と受け取って、よろしいのですね?」
「何度も言わせるな。大会のルールは『闘神』だ、そうだろう?」
「……」

軽く瞠目してから、ふっとフィロは伏せていた瞳を開けた。
そして次の瞬間には、あの張り付けたような笑顔に戻る。

「…わかりました。『闘神』サルジュ=アルサールの名の下に、ルールの改変を承認。
 本日の対戦カードを、Bブロック代表,オルビス対Dブロック代表,神田ユウに変更致します。
 それでは神田ユウ様、並びにパートナー,リナリー=リー様。試合は20分後になりますのでご用意を」

フィロの宣言に、リナリーと神田は頷き合った。
の捜索には行けなくなったが、これでアレンが不戦敗になることはない。

「ルージュさん! ありがとう…!」
「俺に礼を言うのは筋違いだ。…武運を祈る」

短く告げると、ルージュはそのまま踵を返した。
どうやらサルジュの伝言を、フィロに届けに来ただけらしい。
だがその後ろ姿を、神田は睨むように見据えた。

「神田?」
「…いや。まさかな」

そう呟いて、神田は軽く頭を振った。
その意味深な呟きに、リナリーは首を傾げる。

「…行け、リナリー。のことはあいつに任せておけ」
「う、うん…神田も気を付けて」
「安心しろ。負けるわけがない」

それだけ言うと、神田はその場にリナリーを残し、闘技場へと向かう。
その足取りに迷いはない。
普段はいがみ合っていても、彼は彼なりにアレンを信頼しているのだろう。多分。

ならば自分も、気丈でなければ――と。
の無事を祈りながら、リナリーは特別室へと向かった。






ただ今は、信じて待つ。そして、自分に出来る最善を。



To be continued?

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