駅から歩いて、どれくらい経っただろうか。
ヴァルさんに先導されるままに辿り着いたそこには、地下へ続く階段が隠されるように存在していた。
「……」
一種の、異様な雰囲気があると言えば良いだろうか。
入ったら二度と出られないとでも言わんばかりの、嫌な感じ。
荷物を抱える腕に、自然と力が入る。
「…こちらが、地下都市ディングレイの入口になります」
ヴァルさんの言葉に、わたし達は頷いた。
わたし達の他に、ここへ入っていく人間はいないようだ。
知る人ぞ知る。そんな場所なのだろう。
「出入口は、ここひとつか?」
「はい、今のところは、この場所のみが確認されています。
ただ、参加者とパートナー以外入場を許可されていない場所は、調べることが出来ませんでしたので…」
「他にも出入口がある可能性も、少なからずあるんですね」
それを調べるのは、どうやらわたし達の仕事になりそうだ。
リナリーも同じ事を考えていたのだろう、わたし達は顔を見合わせて頷き合う。
「一度中へ入りますと、参加者とパートナーは都市の外へ出ることは出来ません」
「次に出るときは、勝敗関わらず大会から退席した後、ってことですね」
「そうなります。ただ、外部との連絡が遮断されるわけではありません」
…と言うことは、無線ゴーレムでの通信は可能ということか。
ともすれば、無線ゴーレムがわたし達の生命線となる。
「また、大会参加者達が滞在する『闘神の館』へは、参加者とパートナーしか出入り出来ません。
都市の内部ならば、自由に歩き回ることが可能です。…どうか、くれぐれもお気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
「では、参りましょう」
そう告げて、ヴァルさんは地下へ続く階段へと足を踏み入れた。
それに倣い、わたし達も彼に続く。
暗い、光の射さない地下への階段。
――その闇は、先の見えない《物語》に飛び込む今の状況を、物語っているようだった。
「ここが、地下都市ディングレイ、ですか…」
「地下にあるとは思えないわ…それに、」
「ああ…思ったよりも、人が多い」
そこに辿り着いた瞬間、想像していた光景とは違う景色に、わたし達は絶句した。
多くの店が建ち並び、多くの人間が闊歩している。普通の都市となんら変わりはない。
「非合法な都市ではありますが、その筋では有名な娯楽施設ですからね…。
今では奴隷剣闘士を廃止した国が多いので、その代わりを求めて各国から人が集まるのです」
「やっぱり、賭け事とかも?」
「この都市にいるほとんどの人間が、リアルレイドで金を稼ぐ目的で集まっています。
参加者然り、観客然り。日に莫大な金額が動きます、下手なカジノよりも」
「…汚い金ってのはどこにでもあるんだねぇ…」
しみじみと、わたしは呟いた。
闘技場って聞いて、まぁ予感はしていたんだ。
まったく、無駄に金を持ってる金持ち達はやることがロクでもないね。
「参加の受付はどこでやっているの?」
「はい。都市の中央部にあります、リアルレイド闘技場の入口です。
そこに受付の女性がいますので、説明を聞いてください」
ヴァルさんが示したのは、コムイさんに写真で見せられた、あの東京ドームそっくりの建物だった。
その奥には、大きな建物がある。なんだろう、あれは。まるでお城だ。
「ヴァル。おまえは都市内部で待機していろ。
怪しまれないよう、大会当日には闘技場に来た方がよさそうだ」
「わかりました。出来る限り、私も調査を進めます」
くれぐれもお気をつけて、と。
何度も念を押して、ヴァルさんは街の人混みの中に消えていった。
…ひとりで大丈夫なんだろうか。いくら優秀な人とは言え、ちょっと心配だな。
「、行きますよ」
「あ、うん」
促され、わたしは慌てて3人の後を追った。
程なくして闘技場の前に辿り着いたわたし達は、覚悟を決めてその門をくぐる。
だけど、その先に居た、あまりにも想像とかけ離れた女性の姿に、わたし達は目を瞬かせる。
「いらっしゃいませ、リアルレイド闘技場へようこそ!
私は当大会のジャッジを務めます、フィロと申します。
次の大会開催は3日後ですが、参戦者希望の方でしょうか?」
フィロと名乗ったその女性――というよりは少女――は、そう言って首を傾げた。
営業スマイルなのか、人好きしそうな笑顔だ。
非合法な大会にはあまりに不釣り合いなその笑顔に、困惑しつつもわたし達は頷いた。
「――それでは、当大会のルールをご説明致します!」
その瞬間、フィロの笑顔が更に濃くなった。
だけど、その軽やかな口調、笑顔、すべてを取って見ても、何か異質だ。
そう、気持ちが悪いほど『完璧』だった。
「当大会の参加者は、国籍・年齢・性別は問いません。
参加資格はただひとつ。美しい女性をパートナーとすることのみです」
…あれ? 枕詞に「美しい」って付いたよ?!
思わず、わたしは顔をしかめた。…既定に達してない、とか弾かれたらどうしよう。立ち直る自信がない。
「特例として、女性の参戦者は自分自身をパートナーに指定することが可能です。
また、滞在中の滞在費の一部は、ご自身で負担して頂く事になりますのでご了承ください」
「一部?」
「はい。お食事等はそれぞれのペースがありますから、こちらで特別にご用意は致しません。
また、大会での怪我やご病気などの治療費も、当方では負担出来ませんので覚えておいてくださいね」
まぁ、その点は大丈夫だろう。わたしが全部引き受けられる。
…あ、でも病気は治せないかもしれない。ついでに、一番病気になりそうなのは体力のないわたしだ。
「もちろん、食堂や医療施設などは完備してあります。実費となりますがご利用は自由です。
こちらでサポートさせて頂くのは、参戦者とパートナーの宿泊室のみですね」
それが、さっきヴァルさんが言ってた『闘神の館』か…。
宿泊先を提供するというより、監視・管理をしやすくする、みたいな含みを感じるんだけど。
「次に、大会参加者における褒賞についてご説明します。
まず、一試合に勝つごとに賞金100ギニーが賞与されます」
「ひゃ…ッ?!」
飛び出してきた金額に、わたし達は絶句する。
とんでもない金額ですけど、100ギニーって。日本円にして約200万だよ。
「次に、対戦相手のパートナーを一晩自由に出来る権利が与えられます。
ただし、これを死傷することは禁じられていますので、お気をつけください」
つまりそれは、逆に言えば「死ななきゃ何をしても良い」ってことか。
…薄ら寒いものを感じる。
「そして優勝した際は、賞金として10000ギニーが賞与されます。
更に闘神の称号が与えられ、このディングレイの将軍位が与えられます!」
「将軍位? ここは国じゃないだろ、その地位にどれほどの価値がある」
「ごもっともです。ですが実質上、闘神はこのディングレイの王。このリアルレイドの頂点ということですね。
望めば、この大会の一切を仕切ることが可能となる権限を与えられます」
胡乱げに目を眇める神田に、しかしフィロは顔色ひとつ変えなかった。
まるで、笑顔の仮面をずっと付けているかのようだ。始終笑顔が崩れない。
「では、敗者の義務も説明致しますね。
まず敗者は、パートナーを対戦相手に一晩、差し出さなければいけません。
パートナーはどんな要求であっても受け入れ、決められた時間内は特別室から出ることは許されません」
笑顔で言う事じゃないよ、それ…。
つまり勝負がついた後、逃げ出したりしないように、拘束しておくって意味だよね…?
それがルールだと言われて、さすがにゾッとする。
「また、敗者は一度、大会から退席する形になります。
再戦は可能ですが、その際には前回とは違うパートナーを登録する必要があります」
まるで使い捨ての道具だな、と。
嫌悪感を感じるわたしは、ずっと笑顔を崩さないフィロに薄ら寒いものを感じていた。
違和感。つきまとうそれが、消えない。
「以上が大会の規約です。次に試合ルールについてご説明致します。
試合は一対一の対決となります。使用される装備・武器に制約はありません。
勝敗は対戦相手の降伏、または死亡にて決します。また、遅刻は不戦敗となりますのでご注意ください」
さすがは非合法。生死も問わないか。
これは、どんな卑怯な手を使う奴が出てくるかわからないな…。
「では、次にその他の禁止事項の説明です。
まず、大会期間中は参加者及びパートナーの都市外への外出は禁止されます。
また、参戦者同士の私闘は禁じられますが、場合により正当防衛は認められます。
最後に。他人のパートナーへ危害を加えることは厳禁とし、その場合はいかなる理由があっても失格となります」
なるほど、パートナーは参加者の貴重な「財産」。
大会の勝敗が決するまでは、パートナーの身の安全は最優先事項なわけだ。
だけど本当に、なんて滅茶苦茶な大会だろう。誰が考えたんだ、コレ。
「以上で説明は終了です。
何か不明な点は、いつでもお訊き頂ければお答え致します」
完璧な営業スマイルで話を締めくくったフィロに、わたしは疑問をぶつける。
さっきの禁止事項の部分、気になるところがあったんだよね。
「しつもーん。参戦者が失格になった場合、パートナーはどうなるんですかー?」
「その場合、パートナーは身柄を拘束され、1年間リアルレイドの為に無料で奉仕して頂きます。
ただし、10000ギニーの違約金を支払えばパートナーの身柄は釈放されます」
うわぁ、シュール…! 10000ギニーなんて見たこともないよ!
リアルレイドの為、ってなんだ。何させる気なんだ。
「以上でよろしいでしょうか?
それでは、参加者はこちらの書類にお名前と出身地、使用武器とパートナーをご記入ください」
笑顔で差し出された書類に、わたし達は額を寄せ合ってああでもないこうでもないと書き加えていく。
結果、事前に決めた通りにわたしはアレンにパートナーとなり、リナリーは神田のパートナーとなる。
ちなみに、出身地のよくわからないアレンは、一応イギリス出身と書いておいた。
「…参戦者は神田ユウ様と、アレン=ウォーカー様。
パートナーはリナリー=リー様と様ですね」
書類を確認し、フィロは値踏みするようにわたしとリナリーを見た。
…なんだか非常に気分の悪い視線だ。明らかに値踏みしてるとしか、言いようがない。
なんだよ、リナリーはともかくわたしじゃパートナー既定の「美しい女性」をクリアしてないってのか。そうなのか!
思わず、わたしはフィロを睨み返す。逆ににっこりと微笑まれた。…わたし、このひと苦手だ。
「2名の参戦を許可致します。こちらが滞在中に使用して頂く宿泊室の鍵です」
そう言って、フィロはアレンと神田にそれぞれ、一本ずつの鍵を手渡した。
そう、ふたつだけ。
「…ええと。参戦者とパートナーは、同じ部屋ですか?」
「はい。パートナーの身の安全を考慮し、同じお部屋をご用意させて頂いております。
また、個人的なお知り合い同士でも、ご用意させて頂いた宿泊室への互いの出入りは禁止です」
困惑気味のアレンの問いに、フィロは当然のように頷いてにっこりと微笑んだ。
まぁ…一緒にしておいた方が、大会主催側も管理が楽なんだろう。
「「…………」」
わたしとリナリーは別に気にしてなかったんだけど、男性陣はそう簡単に割り切れないらしい。
片やストイックなサムライボーイ、片や絵に描いたような英国紳士。…これがラビなら、全然気にしないんだろうけど。
わたしとリナリーは顔を見合わせ、頷き合った。やれやれ、手の掛かる男共だ。
「どうしたの、ふたりとも。行きましょう」
「さっさと荷物下ろそうよ、腕疲れた」
サッとふたりから部屋の鍵を奪い取ったわたしとリナリーは、ふたりを置いて歩き出す。
今更、宿が同室だろうがベッドが一緒だろうが些細なことだ。…あ、いや、ベッドはさすがに厳しいか。
「…うちの女性陣は逞しいですね」
「…まったくだな」
後ろで、ふたりのそんな声が聞こえた。
それを聞いて、わたしとリナリーは思わず吹き出す。
いつだって女の方が逆境に強いもんだよ、おふたりさん。
+++
荷物を部屋に置いたわたし達は、『闘神の館』の食堂に集まっていた。
周囲は無骨な戦士と、対照的な綺麗なお姉さん方がたくさんだ。
中には剣を腰に佩いたお姉さんもいる。女性の参加者なんだろうか…。
そんな一角で、4人で固まっているわたし達は、かなり異色な存在だった。
「大会は三日後かぁ…」
「その間、修練場の使用が許可されているみたいね。
ただし、ここで他の対戦者と手合わせすることは厳禁、と…」
リナリーとふたりで、渡された説明書を読みながら、わたし達はこの『闘神の館』の間取りを記憶する。
各階の説明とか詳しく書いてあって便利だ。…説明書というよりパンフレットみたいだな、コレ。
「大会の初戦は、当日に発表されるみたいね」
「初っ端からふたりが当たったら笑えるよね」
「それはさすがに笑い事じゃないわよ、」
何故かそこで、わたしとリナリーは顔を見合わせて笑い出した。
なんだか無性に可笑しかったんだから仕方ない。人間、開き直ると笑いが込み上げてくるものだ。
「「………」」
そんなわたし達を、アレンと神田は複雑そうに眺めていた。
一緒に笑えば良いのか、呆れて良いのかわからないとでも言わんばかりの表情だ。
「…なに、どうしたの、ふたりとも。さっきから黙っちゃって」
「いえ…こういうとき、女性の方が冷静なんだな、と思いまして」
「なに、ふたりとも冷静じゃないの?」
「当たり前です。人一人の人生掛かってるんですよ、少しは慌てます」
「少しかよ。でもほら、わたしもリナリーも、ふたりが負けるなんて微塵も心配してないし」
ねぇ? とリナリーに振ると、彼女も微笑んで頷いた。
そりゃそうだ。こんな条件、ふたりを信頼してなきゃ呑めるわけがない。
「問題は、サルジュさんを引っ張り出すまでにどのくらい掛かるか、だよねぇ…」
「そうね、過去の対戦表を見ても、総当り戦じゃないみたいだし…」
「え、そうなんですか?」
軽く目を瞠って、アレンも受け取った説明書を開く。
その横では、説明書に目を通していた神田が顔をしかめていた。
「各ブロック毎に、優勝が決まって…その後、真の勝者を決めるのか。
一日に一試合で、次回までにはまた三日の期限が与えられる…厄介だな。時間が掛かり過ぎる」
「でも地道にやっていくしか、今のところ手はなさそうですよ」
アレンの言葉に、神田は面倒くさそうに舌打ちした。
繊細そうな外見に似合わず、神田は面倒くさがりだ。苛々して爆発しなきゃ良いけど。
「まぁ、切羽詰ったら…仕方ない、わたしがなんとか」
「は大人しくしていてください」
「おまえは大人しくしていろ」
「…なんで同時に同じこと言うのよ」
ほぼ同時に言われて、わたしはムッと顔をしかめた。
なんですか、その「おまえは何もするな」と言わんばかりの視線。
「おまえが出てくるとややこしくなる。リナリー、を見張ってろ」
「了解。のことは私に任せて」
「あのー…ねぇ、ちょっと…」
理不尽な展開に、わたしは思わず目を据わらせる。
まるでひとをトラブルメーカーのように言わないで頂きたい。リナリーまで。
むくれていると、アレンにそっと肩を掴まれた。
そして、妙に優しげな微笑を湛えて、諭すような口調で言う。
「…良いですか、」
「なにさ」
「の能力は稀有です。それに、行動的な性格は素晴らしいと思います」
「はぁ…」
「ですが君は、救いようのないお馬鹿さんです」
「をい」
「事態を悪化させない為にも、大人しくしていてください。
は誰に対しても一言多いんですから、うっかり目を付けられないように」
誉めてんのか、心配してるのか、貶してるのか、どれだ。
判断しにくいアレンの言い分に、わたしは顔を引きつらせる。
でも、一言多いのは自覚しているので言い返す言葉も見つからない。
「人間を担保に金稼ぎをするような奴らが集まる街だ、悪人の方が比率が高い。
おまえは肝心なところが抜けてるからな。厄介事を起こす前に自粛しろ」
「ふたりがこんなに心配してるのよ、お願いだから早まった真似はしないでね、」
「え、これ心配してんの? 貶されてんじゃないの、わたし?」
アレンに続いて、神田まで。
わたしも大概一言多いけど、こいつらも揃いも揃って一言多いと思う。
しかもそれがわたし限定、ってところが解せない。新手のイジメか。
リナリーはいつでもポジティブだから、こんな言動でも「心配してる」と変換しちゃうし。
四面楚歌? 四面楚歌かこの状況??
「とにかく、よ。三日後の大会が開始されるまで、どうにも動きようがないわね」
「そうですね…せめて、そのサルジュという人が誰か判明すれば良いんですが…」
アレンがそう呟いた、瞬間だった。
「――サルジュ? サルジュ=アルサールのこと?」
そんな疑問を投げかけてくる声に、わたし達は振り返る。
声は、どこかハスキーな女性のものだ。
「坊や達、サルジュに何か用でもあるのか?」
――振り返った先にいたのは、小麦色の肌をした、綺麗な女の人だった。
新キャラ登場。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。