「…だから。どうしてこんな時間にこんな場所で寝るんですかはッ!!」
「眠いんだもん仕方ないじゃない!」
「眠いからってその辺で寝ないでくださいよ!
仮にも女の子でしょう!?」
「仮にもってなに!?」
そんな言い合いを、ラビとリナリーはなんとなしに眺めていた。
がどこでも寝てしまうのはいつものことなのだが、それを放っておけないのがアレンである。
結果、毎日のようにこんな下らない口喧嘩が繰り広げられるわけで、ラビ達にとっては見慣れた光景だった。
「おー、またやってるさ」
「……」
「仲直りしたかと思えばあれだもんなぁ」
「…ラビ」
不意に、ふたりを眺めていたリナリーが、ぽつりと呟いた。
呼ばれたラビは、きょとんと目を瞠る。
「ん? なに? どうしたさ、リナリー?」
「じれったいわ」
「は?」
ラビが怪訝そうに聞き返すと、リナリーはぐっと拳を握り締めた。
握った拳がぷるぷる震えているのは、ラビの目の錯覚ではないだろう。
「あのふたりよ! あんな事件があったのに、髪の毛一筋程にも進展が無いわっ」
あんな事件、とリナリーが言うのは、先日のとアレンの大喧嘩だ。
その件はクロウリーの事件の中で無事に解決し、だからこそふたりは仲良く喧嘩してるわけで。
ましてや、傍で一部始終を見ていたラビからすれば、リナリーの知らないことも知っているのだが。
「髪の毛一筋分くらいはあったんじゃないかと…」
控えめに言っては見るものの、リナリーは微妙に聞いていない。
「は奥手だし…」
「いや、あれはただ鈍いだけさ」
「アレンくんは紳士だし…」
「どこがさ。あいつどっちかっていうと魔王だぞ」
「ああ、これじゃあ進展しないのも当たり前だわ!」
「リナリーさん、オレの話聞いてる?」
一応言ってみたが、聞いてないだろうなということはよくわかる。
その証拠に、リナリーはキッとラビの方に向き直って、言い放った。
「ここは私達が一肌脱がなきゃダメね!」
「達って何!? オレも数に入ってる!?」
「当たり前でしょう?」
きょとんと目を瞬かせて、リナリーは首を傾げた。
「ラビは自称・の親友じゃない」
「自称とか言うなよ傷つくだろっ」
「とにかく、の為なのよ! あとアレンくん」
「うわー、おまけみたいな扱いさー…」
が絡んだときのリナリーの行動力と理不尽さは凄い、と。
諦めたようにラビは溜め息を吐いた。
「じゃ、行ってきまーす」
「、買い物リスト持った?」
「え、アレンが持ってるんじゃないの?」
「…さっき手渡されたのはでしょ…」
出だしから息が合ってない。
なんだか初めてのお使いに行く子供のようだ。
そんな一見微笑ましいが酷く不安になるふたりに、リナリーはにっこりと微笑む。
「気をつけていったらっしゃい、ふたりとも」
「迷子になんなよー」
「アレンじゃあるまいし」
「。喧嘩なら買いますよ、高額で」
相変わらず喧嘩腰なふたりだった。
仲良く喧嘩しながら宿を出ていくふたりの姿がだいぶ離れて行った瞬間、
満面の笑顔のリナリーが、ラビの方を振り向く。
「…さ! 私達も行くわよ、ラビ!」
「えー…マジでー…?」
活き活きしているリナリーに引きずられるようにして、ラビは渋々ソファーから立ち上がった。
尾行がバレようものならアレンが怒りそうな気がするが、リナリーの機嫌を損ねるのも恐ろしい。
+++
物陰から、リナリーとラビはひょこんと顔を覗かせた。
前方には、メモを見ながら買い出しを進めるとアレンの姿がある。
「買出しの基本は道草。そこでは恋愛イベントが発生するのがセオリーよ」
「恋愛イベントって」
「まずは第一のイベント発生キーを用意したわ」
「用意したんかい!?」
いったいいつの間に用意したんだ!
その異様な行動力に、さすがのラビも顔を引きつらせた。
いったい何を用意したんだろう、とラビが眺めていると、道端に小さな仔猫が座っていた。
「…発生キーって…あの仔猫?」
「そうよ! 雨の中、寂しく佇む可愛い小動物をふたりでお世話するの」
うっとりと言ったリナリーに、ラビは一瞬言葉を失う。
そして、緩慢な動きで上を見上げた。
――晴れ渡った青空を。
「…リナリー…本日は快晴さ…」
「………」
同じように空を見上げて、リナリーは沈黙する。
かと思ったら、彼女はがしっとラビの肩を掴んだ。
「…ラビ! 木判! 雨を降らせて、雨を!」
「無理! いくらなんでもそれは無理! そんなことに使えねぇさ!」
「そんなことって何よ! の為に働くのが嫌なの!?」
「ンなことはねぇけど、だからって意味もなくイノセンスを使うエクソシストがどこにいるんさ!?」
恐ろしいことに、リナリーの表情は真剣だった。
普段の常識人代表のような彼女からはかけ離れた言動に、ラビは必死に頭を振る。
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.
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騒ぐふたりをよそに、とアレンは仔猫と接触していた。
「あ。、仔猫がいますよ」
「え? どこどこ? あ、ホントだー」
駆け寄って、はしゃがみ込んだ。
仔猫は怯える素振りもなく、小さな歩調でに近寄ってくる。
「人懐こいね。家猫かなぁ」
「…なんですか、イエネコって」
「家で飼われてる猫」
「飼い猫で良いじゃないですか」
「いいじゃん、家猫でも」
「…それ、日本語?」
「んー…多分?」
軽く頭を撫でてやると、仔猫はころんと転がった。
その小さなにくきゅうをつつきながら、は嬉しそうに微笑う。
「可愛いなー、にくきゅう」
「あんまりつつくと嫌がられますよ?」
「う。それは困る」
慌ててつつくのをやめるに、アレンは微笑った。
そんなふたりの傍に転がる仔猫は、ごろごろと喉を鳴らしてふたりに懐いていた。
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.
そんな微笑ましい光景に、リナリーは機嫌良くラビを振り返った。
「あら。良い雰囲気じゃない?」
「……どこのガキさ、あいつらは」
対するラビは、微笑ましいが恋愛云々とはかけ離れた雰囲気に、それだけ返すのが精一杯だ。
しかしその返答が気に入らなかったのか、リナリーはムッと顔をしかめる。
「なによ。微笑ましいじゃない」
「あー…そうだねー…」
適当に相槌を打って、ラビはこっそりと溜め息を吐いた。
早く終わらないかなぁ、とばかりに視線を向けるのと、アレンが立ち上がったのはほぼ同時だ。
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「ほら、そろそろ行きますよ、」
「えー…」
「これからの旅の途中で、猫の世話なんて出来ないでしょ。
捨て猫じゃないかもしれませんし、勝手に連れて行っちゃダメです」
「…はーい」
少しだけ名残惜しげに、は仔猫から離れた。
仔猫はそういった人間に慣れているらしく、別段懐いて離れないということはない。
これは本当にどこかの飼い猫かもしれないなぁ、とは苦笑した。
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.
何事もなく立ち去って行ったふたりを見送りながら、リナリーは無言だった。
嫌な予感がするな、とラビが視線を下げると、握り締められた拳が震えている。
「……ダメじゃないアレンくん! 猫よりの方が可愛い、くらい言わなきゃダメじゃないーっ!」
「言わないだろ普通! 言ったら最後、が腹抱えて大笑いするのがオチさ!!」
信じられないとばかりに叫ぶリナリーの口を無理矢理塞いで、ラビは暴走気味の彼女をなんとか押し止める。
こんなところで大声を上げては、見つけてくださいと言っているようなものだ。
「…はー…早く帰りてぇさー…」
思わず、ラビはしみじみとそう呟いた。
+++
「…じゃあ、気を取り直して第二イベントね」
「…いくつイベントを用意してるんさ、リナリー」
呆れたように聞き返したラビに、リナリーはきょとんと目を瞬かせた。
そして、軽く小首を傾げながら口を開く。
「プランだけなら、似通った分も含めて50通りくらいは」
「多ッ!?」
まさか全部やる気じゃないだろうな、と顔を青くするラビに、リナリーは苦笑しながら手を振った。
「全部は試さないわ、効率悪いもの。で、第二のイベントはあれよ」
「…ただのパン屋さ」
「違うわよ、隣!」
リナリーが示した方向を、ラビはまじまじと見る。
パン屋の隣に、小さな店が出ていた。
女性が好みそうな、アクセサリーが並んでいる。
「…アクセサリー店?」
「そ。買い物リストにはパンが書いてあるでしょう?
確実に通るのよ、あそこを」
女の子は得てして、装飾品が好きである。
つまり、女の子が露店に並ぶアクセサリーを眺めていると、一緒にいる男がさり気なくプレゼントしてやる、あれか。
…………ベタだなぁと思う前に、あのふたりにそれはあり得ない、と瞬時に思ってしまったラビだった。
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.
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「あ」
「?」
ある意味リナリーの思惑通りに、はそこで足を止めた。
店先に並んでいるのは、小さな石を使った小柄なアクセサリーだ。
「可愛いー!」
「ああ…女性は好きですよね、そういうの」
師匠がお付き合いしていた女性も、なんか色々付けてました、と。
微妙に遠い目をしながら語るアレンの背中を、は苦笑しながら軽く叩いた。
「お買い物は女の子の醍醐味よ? あ、こっちも良いなぁ、値段もお手頃」
「、そういう買い物も良いですけど、用事を先に済ませましょう。
後でリナリーと来れば良いじゃないですか、どうせ二日は汽車出ませんし」
「それもそっか。うん、あとでリナリーと一緒に来てみようっと」
あっさり納得すると、はアレンと一緒に隣のパン屋に入ってしまった。
…あの様子では、再びアクセサリーを見に戻ってくることはないだろう。
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.
.
「~~~ッ! 違う、違うでしょうアレンくんっ!」
「わーーっ! リナリー、落ち着くさ! 見つかるッ!!」
今にも飛び出していきそうなリナリーの腕を掴んで、ラビは路地裏に引っ込んだ。
より一層やきもきしているリナリーを宥めるように、彼はため息混じりに口を開く。
「…アレンは真面目だから、寄り道云々がそもそも失敗なんじゃあ…」
「……そうね。アレンくんは真面目だものね……」
納得したように呟いて、リナリーはため息を吐いた。
かと思うと、何かを思いついたようにパッと顔を上げた。
「じゃああれは!? 悪漢に襲われるをアレンくんが助けるの!」
「どうやって用意するんさ、そんなもん」
「…ラビ?」
「オレがやってどーすんだよ!!」
いよいよ支離滅裂になってきたリナリーの『計画』に、さすがのラビも怒鳴り返した。
そもそも、それは赤の他人がやるから意味があるのであって、ラビがやっても何の意味もない。
「だいたい、金掴ませてその辺のゴロツキにやらせたところで、結果は目に見えてんだろ。
いくら悪漢つっても、歴戦の戦士でもない一般人程度、ひとりでも伸しちまうさ」
「うーん…それもそうよね…」
最近すっかり逞しくなっちゃったし、と。
思案するように首を傾げてから、やがて思いついたようにリナリーは小さく手を打つ。
「じゃあ、の知り合いの男の人が出てくるのはどうかしら!」
「どうかしら、じゃねぇだろリナリー!
どうやって調達するんさそんな登場人物!
の故郷は日本だろ、日本まで行く気か!」
「…じゃ、じゃあ代役を…あ、神田!?」
「ンなくだらねぇ理由で呼びつけたら殺されるだろーッ!?」
そもそも、現在はどのエクソシストも元帥の護衛で忙しい。
日夜AKUMAと戦い続ける同僚にそんなことを頼もうものなら、確実に刀の錆にされてしまうだろう。
…もちろん、リナリーではなく、ラビが。
「だって他に日本人なんて…ああああっ!? ラビ、どうしよう!
ふたりを見失っちゃった!?」
「…宿行きゃ帰ってるさー…」
もう突っ込む気力も無くなって、ラビは路地の壁に寄りかかって頭を抱えた。
どうしてこうも、と深く関わるとみんなおかしな方向に暴走するのだろう、と考えながら。
「仕方ないわね…じゃあ第二作戦は宿屋で!」
「まだやんの!?」
「その為にはふたりより先に帰らなきゃ…行きましょ、ラビ」
「オレの話聞けよ!」
言ってみたところで、聞くわけもない。
再び元気を取り戻したリナリーは、ラビの腕を掴んで来た道を戻り始めた。
半ば引きずられながら、ラビは思う。
…なんて自分はお人好しなんだろうか、と。
+++
騒がしい声が聞こえて、は振り返った。
特に変わった光景はない。しかし今日は、行く先々で騒がしい人がいたような気がする。
「…なんか今日、騒がしいね?」
「それなりに大きい街ですからね、色んな人がいますよ。
、その荷物貸して。僕が持ちます」
「え、いいよ」
「こういうときは素直に聞いておくものですよ。淑女なら」
「……」
有無を言わせず荷物を取り上げられ、は一瞬、きょとんと目を瞬かせた。
落ち着き無く視線を彷徨わせ、やがて苦笑混じりに呟く。
「…アレンが優しいと気持ち悪いなぁ」
「本っっ当に一言余計ですよねって」
呆れたように目を眇めて、アレンが言い返した。
そして、売り言葉に買い言葉なのか、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「…まぁ、両手塞がってたらの場合転びそうで忍びなかっただけですけどね」
「あっはっはッ! …その喧嘩買うよこのモヤシっ子」
「誰がモヤシですか!! じゃあはなんですか、カイワレですか!?」
「カイワレって酷くない!? わたしあんなにひょろひょろしてないよ!」
「そっくりそのまま返しますよその言葉!!」
結局、ふたりは周囲の思惑などお構いなしだった。
いつものように仲良く喧嘩をしながら、ふたりが宿へ戻るのはしばらく後のことである――。
無自覚者の幸福、周囲の憂鬱。
To be continued?
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