「劫火灰塵――《火判》!!」
荒れ狂う炎に巻かれ、レベル1のAKUMAが破壊される。
「《天蓋黒盾》ッ!!」
打ち出される弾丸を避けながら、避けきれない分をわたしは盾で防ぐ。
思ったよりも弾丸の速度が遅く感じられた。…特訓の賜物、と取るべきだろう。
「へぇ…特訓の成果はあったみたいだな、」
「痛いのと苦しいのとムカつくのに耐えた甲斐があったわねッ」
「ムカつくの、って」
苦笑しながら、ラビが呆れたように呟く。
…ここ一ヶ月の特訓は、思い出しただけで脱力するような内容だ。
………あの鬼教官めッ!!
「ああああ、思い出しただけで腸が煮えくり返りそうッ」
「…おまえら仲良いのか悪ィのか判断に困るさ…」
不機嫌さが表情に出たのか、ラビの疲れたような声にわたしは我に返る。
いけない、戦闘中になんて呑気なことを。
『…エクソシスト…? 随分大きな獲物が掛かったものだ』
「その言葉はそっくりお返しするさ。…で、なんでオレを狙った?」
AKUMAは嗤った――ように、見えた。
人の姿を持たないAKUMAの表情なんかよくわからないのだけど。
『――簡単なこと』
AKUMA――おそらくアラニスは、腕と思しき部品を持ち上げる。
それと同時に、彼女の背後から何かが飛び出してくる。
――それは、無数の『人間』だった。
「…な…人間!?」
「違う…ッ…あれは『死体』だ!!」
真っ青な顔でラビが怒鳴る。
その言葉に、わたしも顔から血の気が引くのを感じた。
死体? 死体!?
なんで死体が動いてて、しかもこっちに向かってくるわけ!?
『私の能力は「死者を操る力」。これはすべて私の可愛いお人形』
優美な声で嗤い、アラニスは首を傾げるような仕草をする。
『――お人形は、若くて活きの良い男が良いじゃない?』
「はー…そりゃ光栄さ」
苦く笑って、ラビは槌を構え直す。
わたしは、きつく両手を握り締めた。肌に爪が食い込むほどに、きつく。
…死者を蘇らせる生き神少女は、人間を生き返らせていたんじゃない。
そう見えるように、死体を操っていたんだ――。
「ラビー! 死体は火葬してあげてーっ!」
「おまえたまにすっげぇ残酷だなぁ!?」
群がるゾンビ軍団を器用にかわしながら、わたし達は怒鳴り合っていた。
AKUMAなら、ただ破壊すれば良い。
だけど現状は、そこまで簡単なものじゃなかった。
「護れ、《天蓋黒盾》ッ!!」
盾を前方に張り、周囲のゾンビを弾き飛ばす。
もう、最初に戦っていた場所からどのくらい離れたかわからない。
気が付けば、街外れまで移動してきてしまったようだ。
「ちッ…数ばっか揃えやがって、キリがねぇさ」
「ラビ!」
「ん!?」
攻撃の火力はラビだけなので、ラビの疲労もかなり溜まっているだろう。
ゾンビやレベル1をかわしながら、わたしはラビの傍に着地する。
「ラビの火判って、範囲どのくらい!?」
「えー…槌のサイズによるけど」
「よし、目一杯範囲広げてレベル1とゾンビさん達焼き払って!」
「は?」
訝しげにわたしを見るラビに、わたしはにやりと口角を持ち上げて笑った。
「アラニス…レベル2はそれまでわたしが食い止めておくから」
「ちょっと待て、おまえじゃレベル2の相手は無理さ!」
「適当に逃げ回るから大丈夫」
「!」
厳しい声で名前を呼ばれて、思わず肩を竦める。
それでも、わたしは譲る気はない。ラビだけに戦わせるわけにはいかない。
「冷静になって。攻撃火力もラビだけだけど、範囲攻撃持ってるのはラビだけなんだから」
「…それはそうだけど」
心配してくれているのはわかってる。
わたしには攻撃手段がないし、避けるにも盾で防ぐにも限界があるだろう。
でも、稼ぐ時間はほんの少しで良いはず。だから、大丈夫。
「大丈夫。死にたくないから、無茶なんかしないよ」
「……わかったさ。任せたぞ、」
「おっけー」
頷き合って、わたしとラビは逆方向に駆け出す。
わたしは、盾を張ったままアラニスの前に飛び出した。
「さあ、わたしと遊ぼうか」
『…羽根付きの、エクソシスト…』
わたしを前にしたアラニスが、微かに呟く。
羽根付きが珍しいんだろうか。
『――面白い』
――その声が、合図になった。
.
.
.
戦いは、終わりに近づいていた。
どうやら、ひたすら反射神経を鍛えていただけだと思っていた訓練は、イノセンスにも影響していたらしい。
わたしの盾はアラニスの攻撃を受けてもびくともせず、その形を保ったまま。
アラニスがあまり攻撃向きではないのかもしれないけれど、とりあえず凌げればそれで良い。
『…しつこいですよ、黒羽根のお嬢さん』
「あんたに言われたくない」
攻撃を避けながら、わたしは鼻で笑って見せた。
視界の隅に、アラニスに迫る影が見える。わたしは、小さく笑った。
「――《直火判》ッ!」
『ッ!!!』
アラニスが振り返ったときには、もう遅い。
直にアラニスに叩きつけられた槌が、逆巻く炎を生み、彼女の身体を焼いた。
『アアアアァアアァアアアッ!?』
耳を劈くような悲鳴を上げながら、炎の中でアラニスが藻掻く。
藻掻く彼女の腕が、最後の力なのか、ラビを薙ぎ払った。
「な…ッ?!」
「ラビッ!!」
物凄い勢いで、ラビの身体が落ちる。
それを追って、わたしは羽根を動かした。
――寸ででラビの腕を掴んだ時、視界の端で燃え尽きるアラニスの姿を、見た。
+++
――なんだって間の悪い場所に、こんな大穴が空いてるんだ。
自分って実は不幸体質なんじゃなかかろうかと、ラビは頭を抱えたくなった。
アラニスの最後の攻撃で、迂闊にも吹っ飛ばされた先には、大穴が空いていた。
恐らく、この街の地下坑道か何かに繋がっていて、地盤が弛んだか何かで空いた穴だろう。
…結構、深かった。
「…悪ィ、。しくじったさ」
「ンなこと良いから上がって来いッ」
「…それが、さぁ」
いつまでもの細腕じゃ耐えられないよなぁ、と。
いっそ腕を離して貰った方が気が楽だと考えて、ラビは苦笑する。
「…槌、下に落っことしちゃった」
「はぁ!? 何やってんのよ!」
「あはは…ごめん」
怒鳴られて、ラビは苦笑を返すくらいしか出来なかった。
まったくもって失態だ。これが師であるブックマンに知られれば、後で絶対叱られる。
「ま、死にはしねぇさ。手、離して良いよ」
「何言ってんの!?」
「の細腕じゃ、引っ張り上げんのは無理さ」
どう考えたって、ろくに武術もやっていない少女の細腕で、10代後半男子の体重に耐えられるわけがない。
怪我はするかもしれないが、死ぬことはないだろうと、ラビはを安心させるように笑った。
だが、は睨め付けるほどの強さで、ラビを見つめ返す。
「――落ちるわよ」
「うん、だから」
「違う。あんたが落ちるなら、わたしも一緒に落ちるわよ」
「!?」
躊躇いもなく言われた言葉に、ラビは絶句した。
冗談だと思いたかったが、の目は本気だ。
「あんたを抱えて飛ぶのは無理でも、一緒に落ちれば衝撃を受けないように滑空することは出来る」
「なに、言って…おまえまで落ちることねぇだろ!」
「どうして? そっちの方が生き残る確率が高い。だったらわたしは落ちてやる」
真っ直ぐな、強い瞳。
迷いのない声。
その強さが、いったいどこからくるのだろう。
どこか甘い考えを持ち、我が儘で、だけどどうしようもなく優しい少女。
およそ戦場に似つかわしくない『普通』さを持つ彼女の、何がこんな瞳をさせるのか。
呆然と彼女を見つめるラビに、はなおも言葉を続ける。
「あんたを、こんなところで死なせるわけには、いかない」
「なん、で…」
「理由はいくつかあるけど、一番切実なのは」
そこで一旦言葉を切ると、はにやりと口角を持ち上げて笑った。
「――わたしが、死にたくないからよ!」
「は…」
あまりにもはっきりと言われた、その言葉。
一瞬目を瞠ってから、ようやく意味を把握したラビは、思わず笑った。
「…ははははッ! 何ソレ!」
「だってあんたいなくなったら困るじゃない! わたしの死亡率が上がる!」
「ひ、ひでー! おまえ最悪! むしろ最高ッ」
涙が出るほど笑って、ラビは自分を落ち着かせるように息を吐く。
…まったく、この場面でこんな台詞を吐く奴なんて、どこを探しても彼女だけだ。
じっと、ラビはを見上げた。
既に重みに耐えきれなくなってきているようで、細い腕が震えている。
「わかった。じゃあ、。…一緒に落ちてくれ」
「OK。手、離すんじゃないわよ?」
そう答えて笑うと、は羽根を動かしながら、前に身を乗り出した。
バサリ、と大きな音を立てて羽根が動き、ふたり分の体重を乗せて、穴の奥へと落ちていく。
――互いにしっかりと、手を握り合いながら。
+++
「…死ぬかと思った」
「おまえが大丈夫って言ったんさ」
「ラビだって言ったじゃんか」
言い合って、わたし達は同時に吹き出した。
「ってホント、無茶苦茶だよなぁ」
「ラビなんてただの馬鹿でしょ。イノセンスを落とすなよ」
「あはは、悪ィ。それはさすがに言い返せねぇさ」
苦笑混じりにそう言うと、ラビは無造作に落ちている槌を拾い上げる。
…AKUMAを倒した後で、ホントに良かった。これ戦闘の途中だったらどうなっていたか。
「…でも、無事で良かった」
「おまえもな。…助かった。ありがとな、」
そう言って笑うラビの表情が、どこか戸惑っているような気がして、わたしは首を傾げる。
わたしの行動は、そこまで突飛だっただろうか?
「…でもな、。あんまり男に優しくしない方が良いさ」
「は? なんで?」
聞き返すわたしの頭を撫でてから、ラビはこつんと額を軽くぶつけてきた
…近い。顔が近いです、お兄さん。
「惚れちゃうから」
「え」
「ウソ」
あっさり言って、ラビがわたしから離れた。
しばらく呆然としていたわたしは、ようやくからかわれたことに気付く。
「…ラビッ!!!」
「あはははは!」
嘘って。嘘って!
なにこいつ! 言動と行動が腹立たしいんですけど!?
「まあ、なんつーか…おまえの男気には惚れたさ」
「男気って」
か、可愛くない表現された…。
女の子に対して「男気」って。なんだよ、もう…どいつもこいつも…。
「よーし、今日からオレらは親友さ!」
「はァ!? わけわかんないよ、唐突過ぎるよ!」
「いーのいーの! さッ、助けて貰ったお礼に、帰りはオレの《伸》で上まで連れて行ってやるさー」
そう言えば、会った一週間後にマブダチとか言われたっけ。
…うん、まぁ、こういう奴なんだろう。
…ちなみに。
これ以降、わたしはよっぽどのことがない限りラビの《伸》で移動はしたくないと、心に誓った。
+++
>
「この馬鹿者がッ!!!」
宿に戻ったわたし達を待っていたのは、そんなブックマンのお説教だった。
いや、主に、叱られているのはラビだったんだけど。
「無事に解決出来たから良かったようなものを…
嬢に何かあったらどうするつもりだったのだ!」
「そ、そう怒らないでやってください、ブックマン。わたし無事でしたし…」
「それは結果でしかない」
「厳しー…」
フォローもまともに出来やしない。
ごめん、と手を合わせると、ラビは苦笑しながら首を振る。
まだ続くブックマンのお説教を中断させたのは、黙って一部始終を眺めていたラグラスだった。
「なになに、おまえらなんかあった?」
「な、なんもねぇさ!」
笑いながら訊いてきたラグラスに、ラビが即答で返す。
何を焦ってるのかよくわからないけど、どもってるのはなんでだ。
「なんもねぇワケあるか。昨日より仲良くなってんじゃん」
「オレらは前から仲良しだぜ? なんてたってはオレの親友さー」
「はー…親友ねぇ…」
横からわたしの肩に両腕を回して、ラビが肩にぶら下がってくる。
それを目を眇めて見ながら、ラグラスが薄ら笑いを浮かべた。
微妙に悪意…というより、意地の悪さを感じてしまうのは、気のせいだろうか。
「…なんだよ、ラグラス。文句あるんさ?」
「いーや? おまえがソレで良いなら良いけど?」
「なんの話? ってかラビ、腕重い。退けて」
「熱い友情のスキンシップさ、我慢して」
「どこがだ! セクハラで訴えるぞ!」
笑いながら言われて、わたしは咄嗟にラビの頭を平手で叩いた。
そんなわたし達の様子に、ブックマンは呆れて物も言えないとでも言うように溜め息を吐く。
「ははッ。面白いなぁ、おまえら」
楽しそうに笑いながら、ラグラスがわたし達に近寄ってきた。
そして、わたしの頭をわしゃわしゃっ、と撫でる。
「ラビのこと頼むな、。こいつ寂しいと死んじゃうから」
「ああ、兎だもんね」
「ちょ、オレは兎じゃねぇさ!?」
ラビが嫌そうに抗議してるけど、わたしは無視を決め込む。
兎が寂しがってじゃれてきてるのなら、多少重くても我慢してやろうと、そう思って。
+++
――数日後。
黒の教団本部、談話室。
「………何やってんだ?」
後ろから掛けられた声に、ラビは振り返った。
任務帰りなのか、旅装のままの神田が呆れたような表情で立っている。
「しー。が起きるさ」
「…談話室は寝る場所じゃねぇだろ」
そうなんだけどさ、と。
膝の上に寝入っているの頭を乗せたまま、ラビは小さく息を吐く。
「いきなりくっついてきて、「和むー」とか言いながら寝ちまったんさ」
「………」
苦笑するラビを呆れたように見やる。
かと思うと、いきなりソファーを蹴倒した。
「どわっ!?」
盛大にひっくり返る際、ラビは咄嗟にを抱き込んだ。
顔から落ちることが無かったので安堵の息をついたが、まったく起きない方が逆に怖い。
「危ねぇだろユウッ!! の顔に傷でも付いたらどうするんさ!?」
「あ? 箔が付くんじゃねぇか」
「付けてどうすんだよ女の子なのにっ!?」
怒鳴るラビの腕の中で、がようやく身じろぎした。
「…っていうか。あんたらうるさい」
「あれ? 起きた?」
「もー…せっかく寝てたのにぃ…」
欠伸混じりに言うと、椅子から転がり落ちた体勢のまま、は神田を睨め上げた。
寝起きでよろしくない目つきは、神田と大差ない。
「足癖悪いよ、神田」
「てめぇは寝汚ぇぞ、。むしろおまえ今起きてただろ」
「どこで寝ようがわたしの勝手でしょー」
「部屋で寝ろ、部屋で。目障りなんだよ」
「言うに事欠いて目障りか! 喧嘩を売られたと判断したよ!」
「てめぇに売るような安い喧嘩は無い」
「なんだとーッ!!」
馬鹿にしたように言われたが、キッと眦を吊り上げる。
面倒くさそうにそれを見て、神田が踵を返した。
「あったまきた! あいつ一発殴ってくる!」
「おー、いってらっしゃーい」
きっと当たらないだろうけど、と心の中で呟いて、ラビは笑う。
機嫌の善し悪しでころころと変わる表情。
見ていて飽きない。日常の一部になりつつある、そんな風景。
…だから、これでいい。
一緒に居て、馬鹿みたいなことではしゃいで騒いで。
良くも悪くも変化しないこの関係が、未来を持てない自分には丁度良いのだと、思った。
――それが例え、上辺だけでも。
「――これ以上なんて、望めるわけないさ」
それは未来ではなく、過去でなく。自由でなく、愛でなく――
To be continued?
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