「そんなことがあったんですか…」

リナリーの幼少時――エクソシストになった経緯を聞いていたアレンは、ようやくそれだけ呟いた。
暗闇を恐れる人間は多いが、リナリーのそれは幼少時のトラウマだ。
そう簡単に克服出来るものではないし、それを強制するのは非道である。

「…情けないでしょう? 戦闘の最中に考え事をして、瓦礫に潰されるなんてね」

苦笑するリナリーに、アレンは頭を振った。
誰が情けないなどと思うだろうか。
エクソシストとて人間だ。それぞれの苦悩もトラウマもあって当然で、時に失敗するのも当たり前なのに。

そんなアレンの反応に、リナリーは「ありがとう」と言って微笑んだ。
ああ、が護りたいのは彼女のこういうところなんだろうな、と。
その穏やかな微笑みを見ながら、アレンはなんとなくそう思う。

――暗闇の中に閉じ込められて。
嫌な記憶がどんどん溢れてきて…それで、必死に呼んだの。兄さんを」
「コムイさんを?」
「そう。あんなところに居るわけないのにね」

辛いことを思い出す内容にも関わらず、リナリーは笑う。
それが彼女の強さだと、眩しく感じながら。
だがこの強さを身につけるまでの苦悩や苦労を考えると、やはり、の存在は大きいのだと認識させられる。

「私は半ば、錯乱状態になっていたんだと思う。
その時の記憶も結構曖昧で。…だからこの先は、に聞いた話なんだけど――



アシタのミライ ----- File04 彼と彼女と私の話




「リナリーッ!!」

崩れ落ちた瓦礫から這い出て、が最初に叫んだのは年下の少女の名前だった。
さすがに焦った表情で、再度這い出てきたばかりの瓦礫へと向かう。
そんな彼女の腕を掴んで引き止めたのは、油断なく六幻を構えたままの神田だった。

「待て、。おまえはイノセンスの捜索だ!」
「そんなこと言ってる場合!?」
「おまえの細腕であの瓦礫が退けられるか!?」

怒鳴り返され、はぐ…っと言葉に詰まる。
神田の言は正論だ。ただでさえ非力で体力のないでは、瓦礫など退けられるはずも無い。

「こいつを片付けてから、俺が行く。おまえはイノセンスを探せ」
「神田…」

AKUMAを見据えたままに告げられた言葉に、は唇を噛む。
自らの無力さを、思い知る。
仲間を助けることすら叶わない。
エクソシストでありながら、こうも無力な自分はいったい何なのか、と。

「…でも…でも、リナリーにもし何かあったら…」
「エクソシストとして戦場に居た時間は、リナの方が遥かに長い。
 おまえみたいなひよっこが心配するほど、あいつはヤワじゃねぇ」
「ちょ、ひよっこで悪かったわね!」

わかっていても、改めて他人に言われると腹が立つものだ。
怒鳴り返したに、しかし神田は感情的になることなく言い返した。

。…気負うな。自分で何でも解決出来る程、おまえは器用じゃねぇし、力も無い。
 だからおまえは、おまえに出来ることをやれ」
「………」

目を合わせずに言われた、その言葉。
それは貶しているかのようにも聞こえるが、実質はそうではない。

自らに出来る最善を、全力で成せ、と。
それは確かな激励であり、信頼を促す言葉でもあった。

自分を信じろ、と。
そして、リナリーを信じろと。そう言われた気がして、はゆっくりと瞬きをする。

「…わかった。ここは、任せる」
――無駄だ。何人たりとも、私の能力には抗えない』

会話を遮るように、AKUMAが口を開いた。
意味深なそれに、と神田は鋭い視線を向けた。

「…能力だと?」
『おまえ達は言ったな。「幻覚症の患者が増えている」と。
そうとも、私は「悪夢(ナイトメア)」。人間の心に巣食う悪夢を視せる者』

ニタリと、AKUMAが嗤う。
歪な笑みに、ふたりは嫌悪感を覚えて顔をしかめた。

『今頃、瓦礫の下敷きになったエクソシストも心が砕かれているだろうよ!』
「!!」

その言葉に、は大きく目を瞠る。
悪夢を見せる能力――人の心を傷つけ、狂わせるAKUMAの力。
それに晒されれば、如何にエクソシストとは言えど――

『さあ、おまえ達も自らの心の闇に喰われるがいい――!』

高い笑い声と共に、AKUMAの額が割れた。
そこから現れたのは、第三の目。
禍々しい金色の目は、まるで、それを見た者の心を食らうかのように怪しく揺らめいた――


+++


『自らの闇に勝てる者はそうそう居ない。
 特に、貴様らのような戦場に立つ人間は、その闇が通常より大きく強い』

膝を着く神田を前に、AKUMAは嗤った。
その表情には、確かな勝利を確信した喜悦が浮かんでいる。

「…ッ」

僅かに、神田の握る六幻が動く。
だが、それも微かな反応に過ぎない。

『抗うか、エクソシスト?
 しかし無駄だ。もはやおまえは、指先すらまともに動かせな』
「…起きろこの馬鹿ーーーーーーーーーーーッ!!」

喜悦を含むAKUMAの言葉を遮り、少女の裂帛の声が空気を揺らした。
その声に反応して神田が顔を上げるのと、が彼の頬を思いっきり平手で殴ったのは、ほぼ同時である。

「~~~ッ!! ってぇなッ、この馬鹿女! なにしやがる!?」
「呑気に寝てるのが悪い。むしろ感謝してよね!」

殴る必要があったのか。
偉そうに仁王立ちになっているに、神田は舌打ちした。
確かに助かったのは事実だが、殴られたのはどう考えても余計だと、思う。
思うが、言ったところで反省する奴ではない。

『…何故…何故、私の能力が効かない!?』
「お生憎様ね。わたしに身動き取れなくなるほどのトラウマなんてないわ!」

そう言い放ったの表情には、はっきりとした感情が浮かんでいた。
それは、『怒り』だ。
先程までの焦りはいっそ不気味なほど鳴りを潜め、彼女は静かにAKUMAを見上げていた。

「わたしは平凡で退屈で、真綿のように平和な世界で生きて来たの。
 そりゃ、人間社会だもの。それなりに嫌なことだってあったわ。でもね――

平和な世界で生きてきた女が、あんな目を出来るものなのか、と。
強い意志の宿る鋭いその眼光に、神田は目を眇める。

恐らくは、もともとの素養があったのだろう。
戦場に立ち、武器を振るう素養ではなく。
光でも闇でもなく、そのどちらでもある、強さの素養。

その強い瞳は、歴戦の戦士であっても簡単に宿すことは出来ない。
――それはただ、『力』。鍛えてどうなるものではなく、そう…精神の強さだ。

――もうその程度のことでは、わたしは立ち止まらない」

強い眼差しに気圧されたのか、AKUMAが一歩、下がる。
普段はただの小娘でありながら、彼女は時折、誰よりも強い意志を持って相手を見る。

決して目を、逸らさずに。

その強さに、人は自然と惹かれる。
ただの甘えた世間知らずかと思えば、なかなかどうして、骨のある女。
だからこそ彼女は、この戦場で生き残っていられるのだろう、と。
らしくないことを思う自分を笑い、神田は立ち上がった。

「神田」
「下がってろ。…時間が惜しい。一気にカタをつける」

スッと、神田は六幻を構える。
イノセンスの光が浮かぶ刀身が、AKUMAにピタリと向けられた。


+++


「う…うぅ…ッ」

耳の奥で、何度も何度もそれが響く。
幼い自分が、「おうちに帰して」と何度も何度も呟く声。
耳を塞いでも聞こえてくる。
気が、狂いそうだった。

「…け、て…」

ああ、ダメだ。
まやかしだってわかっているのに。
――なのに、沸きあがる恐怖が、消えない。

『…助けて…』
「…助けて…」

幼い自分の声と、今の自分の声が重なる。
ただ、それは痛みだった。
幻覚だ。この痛みはとうの昔に消えたもの。
だけど『覚えてる』。私はこの痛みを覚えている。
心が血を流して、痛みに喘いでいた自分を、覚えている。
だからそれは、現実以上にリアルで、重い――痛み。

「…助けて…助けて、兄さん…ッ」

幼い頃のように、必死に兄さんを呼んだ。
来るはずも無いことは、自分が一番良くわかっている。
しっかりして、私はエクソシストなのよ、と。何度も自分に言い聞かせて。

それでも、暗闇がもたらす孤独は、私を苛み続ける。

「いや…ここは嫌、ここから出して…ッ…兄さん、助けて…!」

うわ言のように、何度も繰り返す。
喉が痛い。声も掠れて、音にならない。
腕を伸ばす気力すら、無い。
だって伸ばしたところで、どこにも光が無い。

助けて、と。
何度も繰り返す。やがて声が出なくなって、心の中で。
怖い。ここは怖い。暗闇が怖い。この記憶はいつまで私を苛むの。

「…ぅ…あ…ッ」

嗚咽が零れた。
目が痛いのは、涙が滲んでいるからか。
引き攣れたように、喉が痛む。



「リナリーッ」



――声が、聞こえた。
闇の中で、私を呼ぶ声が。

「…兄、さん…?」

いや、違う。
自分の言葉を、私は即座に否定した。
違う。今の声は兄さんじゃない。
同じ優しい声。だけど、兄さんのそれよりも柔らかな音。

「リナリー! リナリー、返事してッ!!」

瓦礫を退ける音と、私を呼ぶ声。
耳の奥に響く幼い自分の声が消えていることに、私は気づく。

「……?」

私を、呼ぶ声、は。

「リナリー! 良かった、意識がある!」
「……」
「掴まって。今、引っ張り出すから!」

そう言って、彼女は腕を伸ばしてくる。
ボロボロになった、手。
AKUMAとの戦闘で負ったのか、それとも瓦礫を退ける際に傷つけたのか。
どちらにせよ、自分自身の傷を癒せない彼女に、傷を負わせてしまった。
――私の、せいで。

「…ごめ、ん…」
「え?」
「…ごめん、なさい…私のせい、で…が怪我なんて、することなかった、のに」

闇が晴れて嬉しいはずなのに。
差し伸べられた傷だらけの腕に、私は悲しくなった。

私がもっと強ければ、こんなつまらない怪我を負わせることはなかったのに。
命に関わる怪我じゃないからと言って、痛くないはずがないのに。
どうしよう。どうしよう。爪が割れて、指が傷だらけで。
の手は綺麗で女の子らしい手だったのに。私のせいで。

「…ごめんなさい…」
「馬鹿ッ! 変なこと気にしてないで、早く掴んで!」
「…ダメよ、そんな傷だらけの腕で…爪も割れてるわ、人間ひとり引っ張り上げたら、大変なことに」
「だからくだらないこと心配してんじゃないって言ってるでしょ!?」

初めて向けられた強い口調に、反射的に肩を竦めた。
なんて真っ直ぐで、凛とした声だろう。
ただ私は、今まで見たことの無い彼女の表情を、見つめた。

「この程度の傷がなんだって言うの!?
 爪なんて割れてもすぐ伸びてくるのよ、こんな掠り傷なんてすぐに塞がるわ!」

自らの負った傷などものともせずに、伸ばされた腕。
は怒っていた。だけどそれは、怒るというより叱ると言う方が正しい。

「こんな程度の傷より、リナリーの方が大事に決まってるでしょ!
 リナリーは瓦礫の下で我慢したんだから、わたしだって多少の痛みくらい我慢出来るよ!!」

涙が、滲んできた。
必死に手を差し伸べてくれるのが、嬉しい。
だけど、それ以上に――

「わたしは、あんたよりお姉さんなんだからね!?」
…」
「ほらッ」

差し伸ばされた手に、私は震える自分の手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、強く握り締められた。



――
には、わかるかしら。
ただ優しくされるよりも、叱ってもらえる方が




――こんなにも嬉しいと、いうことが。




+++


リナリーを瓦礫の中から引きずり上げたは、大きく安堵の息を吐いた。
腕の中にある年下の少女は、大きな怪我もなく意識もはっきりしている。
AKUMAとの交戦で救出が遅れたことを案じていたにとって、それは他にないほどの幸運だった。

「はー…良かったぁ…」

瓦礫を退けたのは、当然ではなく神田だった。
もちろんも手伝ったのだが、爪が割れた時点で止められた。
つまり何の役にも立たなかった。
なので、無事に引っ張り上げられたことに心底安堵していた。

「…ありがとう、神田。わたしじゃ助けられなかった」
「適材適所だろ。礼を言われるようなことじゃない」

ぶっきらぼうに告げるのは、照れ隠しだろうか。
思わず笑うを軽く睨むと、神田は微動だにしないリナリーに声を掛ける。

「潰されてはいなかったようだな。おい、立てるか?」

その言葉に、リナリーは小さく頷いた。
瞬間、の団服を掴んだままの手が、震える。

…ッ…、ごめんなさい…ッ!」
「お、落ち着こう? ね? 大丈夫だよ、わたしは全然平気だからっ」
「ごめんなさい、私のせいで…私なんかの為に…ッ」
「……」

俯き、身体を震わせるリナリーの様子に。
そして、恐らく無意識に吐き出されたであろうその言葉に。
の瞳が、スッと眇められた。

「…リナリー。ちょっと顔上げなさい」
「え…」

言われるままに顔を上げた瞬間、

――パァンッ

…と。高い音が、響いた。

「……」

左頬に響く鈍い痛みに、リナリーは目を瞬かせる。
リナリーだけではなく、神田もの唐突な行動に驚いて目を瞠る。

「…お、おい。、おまえ何やって…」
「神田はちょっと黙ってて」

一言で神田の言葉を遮り、はまだ呆然としているリナリーに視線を合わせた。
真っ直ぐな黒い瞳が、射る様な強さでリナリーを見つめる。

「気を遣うな、って言っておきながら…リナリーはそうやって気を遣うの?」
「あ、あの…」
「瓦礫の下に閉じ込められて、怖い思いをしたのはリナリーだよね?
 なのになんで、「私のせいで」とか「私なんかの為に」とか、言うの?」

その声音は酷く静かで、だが端々に怒りが滲み出ていた。

「わたしが怪我をしたのは、わたしの責任だよ。
 リナリーのせいだなんて思わないし、リナリーなんかの為に、なんて絶対思わない」

の方が泣きそうだ、とリナリーは思った。
怒りを内包した声音は、だけどどこか哀しそうで。
――リナリーは、自分が酷く軽率な発言をしたことに、気づく。

「わたしはリナリーが大事だから、助けたかった」
「……」
「逆の立場だったら、リナリーはわたしを助けてくれない?」
「そんなこと…!」
「同じだよ」

顔色を変えて反論するリナリーに、は静かな口調で告げた。
傷だらけの手が、リナリーの手を握り締める。

「わたしもリナリーも、同じだよ。同じ気持ちなんだよ。
 …だけどごめんね。わたしはリナリーを大事にし過ぎて、ちゃんと言葉で伝えてなかった」

の爪は、瓦礫を退ける際に割れて無残な形になっていた。
リナリーの手を握るその手に、あともう少し力を込めれば、割れた爪は彼女の肌を傷つける。
それを気遣ってか、そのギリギリの強さで手を握っているを、リナリーは呆然と見つめ返した。

「わたしは、「ごめんなさい」じゃなくて「ありがとう」って言いたい。
 リナリーにもそう言って欲しい。大事な仲間を助けて謝られるのは、やっぱ哀しいよ」
「う…ッ」

喉の奥から、引き攣れるような音がした。

「うわぁぁぁぁんっ」
「ぅわっ!? リ、リナリー!?」

声を上げて泣きながら、リナリーはに抱きついた。
バランスを崩しかけたはそれでも踏みとどまり、なんとかリナリーの身体を支える。

「ごめんね、ごめんね、…ッ」
「あの、だから」
「それから…ありがとう…ッ」

しっかりと、確かな音で告げられた、その言葉。
はハッと目を瞠り、抱きついているリナリーを見る。

「…私を、助けてくれて、ありがとう…っ」
「リナリー」

の表情が、穏やかな微笑に変わった。
泣きじゃくるリナリーの頭を撫でてやりながら、は優しく言葉を紡ぐ。

「…うん。お疲れ様、リナリー。
 助けるのが遅くなってごめんね。…頑張ってくれて、ありがとう」

その言葉にリナリーはますます泣き出し、涙が止まる様子はない。
そんな彼女に苦笑しつつ、は視線を巡らせた。
そして、「見なかったことにしておいてやる」と言わんばかりに他所を向いている神田に、声を掛ける。

「…あ、神田」
「ん?」

一応振り向いた神田に、は瓦礫の隅の方を指差した。
その先には、おそらく教会の屋根に取り付けられていたであろう、ロザリオが埋もれている。

「そこの瓦礫に埋もれてるロザリオね。
 なんかイノセンスっぽいから回収しといてー」
「……先に言え、そういう大事なことは!?」

あまりにも適当に言われた、しかし重要な事柄に、神田は怒鳴りながら立ち上がった。
そんな彼の反応に、はムッと顔をしかめる。

「リナリーの方が大事だもん!」
「時と場合と自分の立場を考えろ!」
「なによぅ、神田だってリナリーの為に、一生懸命瓦礫を退けてくれたじゃない」
「だからそれは…ッ」

からかうようなの口調と、上手く反論出来ない神田と。
ふたりの会話を聞きながら、リナリーは微笑った。


――きっともう、以前のような疎外感を感じることは無い。
だってこんなにも、自分は彼女に認められているのだから。


そんなことを、思いながら。
リナリーは年上の少女の腕の中で、ただ穏やかな気持ちで微笑んだ。


+++


――そんな感じで。
 その後本部に帰ってからしばらく、にくっついて離れなかったのよ、私」

あれはさすがに、兄さんも反応に困っていたわね、と。
朗らかに微笑いながら、リナリーは話をそう締め括った。

「どこへ行くにもが一緒じゃなきゃ不安になっちゃって。
 多分、精神的に幼くなっていたのね。兄さんが教団に来てくれたときと一緒」

だけどは、嫌な顔ひとつせずに私についていてくれたの、と。
嬉しそうに語るリナリーに、アレンもまた、穏やかな微笑みを向けた。

らしい、ですね。本当に」
「ええ。らしいでしょ?」

言い合って、思わずふたりで吹き出した。
という少女を深く知るふたりだからこその、意思の疎通だ。

「確かに、一見すればは普通の人よ。
 だけどね…どうしてかしら。彼女の強さに、みんなが惹かれるの」

どうして、と言いながら。
リナリーはその理由を知っているかのような口調で、語る。

は『光』でも『闇』でもない。
 だけどそのどちらでもある――そうね、喩えるなら『力』そのものかしら」
「…『力』、そのもの」
「不思議な人だと思うわ。一緒に居た時間は長くないのに、その存在はこんなにも大きい。
 私も、神田も、ラビも。が居ない世界なんて、きっと想像もつかない」

リナリーの言葉に、アレンもまた考える。
黒の教団に所属し、たくさんの人に出会い、仲間と呼び合える人達が出来た。
その中でも、ずっと初めから、常に一緒にいた

もしも彼女が居なかったら?
その時の自分は、今日までの自分と同じだっただろうか。

「アレンくんも、そうじゃない?」
「……」

どこか見透かすような真っ直ぐな瞳で、リナリーがアレンを見る。
ちょうど考えていたことでもあるそれに、一瞬目を瞠ってから、アレンは少し困ったように微笑った。

「…そう、ですね」

それは、案外簡単に言葉になった。
きっとリナリーが純粋な想いをに向けているから、その影響だろう、と。
らしくない自分に、アレンは苦笑する。

「…きっと、傍に居るのが当たり前になっていて…
 距離が近くなり過ぎて、色々なものが見えなくなっているんだと、思う」

始まりからずっと、傍に居た。
その強さも弱さも、目に映る彼女のすべては、当たり前のものになっていた。
だから今更、素直な感情をぶつけるのが恥ずかしいような、そんな気分になって。

「…気が付くと喧嘩してるんですよねー…」
「うーん。あれはも悪いかなぁ…」

結局は、喧嘩を売る方も買う方も悪い。
とはいえ、ふたりが本気で喧嘩しているわけではないことくらい、周囲はちゃんと熟知しているのだ。

「…あのね、アレンくん」
「はい?」
「私はが大好きだけど。
 アレンくんと一緒に居る時のが、一番好きなんだよ」
「え…」

穏やかな笑顔で言われた言葉に、アレンはゆっくりと瞬きをする。
そんな彼の反応は予想していたのか、リナリーの彼を見る視線は穏やかだ。

「アレンくんは…の前では、無理に笑ったりしないでしょ?」
「……それ、は」
も、全然アレンくんに遠慮しないよね。初対面からそうだった。
 ああ、お互いに信頼し合ってるんだなぁ、って。だから、そんなふたりを見てるのが好き」

でも、と。
どこか悪戯っぽく、リナリーは笑う。

「…たまに、やきもち妬くけどね?」
「リナリー…」
「ねぇ、アレンくん。…この戦いが終わって、教団に戻ったら…」

それがどれほど先の事かは、わからないけれど。
痛みを堪えるような笑顔で、リナリーは言葉を紡ぐ。

「きっと、平和な時間が流れるんだよね。
 とアレンくんは相変わらず喧嘩してて、でも仲良しで…」

それは予想であり、純粋な願いだった。
どれほどにリナリーが平和を望み、皆で教団(ホーム)へ帰ることを渇望しているのか。
それを垣間見た気分で、アレンは彼女の話に耳を傾ける。

「そんなふたりを見て、私もラビも、神田も…
 面白くなかったり、微笑ましい気分になったり、するんだよね」

目に浮かぶでしょ、と。
優しい笑みと共に問われて、アレンもまた、微笑で返した。

「…みんなで帰ろうね、アレンくん」
「…はい」

頷き合って、ふたりは微笑う。
願いは共通だ。そして、ふたりの間にある存在への想いも、また。

「あー。こんなところに居たー」

良いタイミング、と言って良いのだろうか。
廊下の向こうからそう声を掛けてきたのは、話の中心であっただ。


「あら、どうしたの?」
「うん、ラビがポーカーやろうって。
 今日こそアレンを打ち負かすんだー!って張り切ってるから」
「あー…」
「ラビったら、相変わらずね」

どんな過酷な状況であっても、そういった遊び心を忘れないのがラビである。
あまりにも彼らしいその提案に笑い、アレンとリナリーは立ち上がった。

「まずイカサマを見抜けるようになってから、出直して来て欲しいですね」
「っていうか遊びでイカサマすんな」
「使えるものを使って何が悪いんですか」
「あれ? イカサマって犯罪だよね? なんでわたしがおかしいみたいになってんの?」

「違いますよ、イカサマはテクニックです」、と。
アレンが言えば、負けじとも何かを言い返す。
そんなふたりの姿を微笑ましい気分で眺めながら、リナリーは言い合うふたりの手を取った。







「はいはい。喧嘩しないで行きましょう、ふたりとも」






彼と彼女と私と、優しく幸福な日常。



To be continued?

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