手を繋いで街中を歩いて、でもその優しさが哀しかった、と。
自嘲気味に語るリナリーに、アレンは言葉を発することが出来なかった。
話を聞く限りでは、は変わっていない。
だが、受け取る側の気持ち次第で、その行動は大きく意味を変えている。
「その日一日一緒に居たけど、の態度は変わらなかった。
はどんな時でも優しいし、私を気遣ってくれた。私が望む望まないは別にして、ね」
「…まぁ、らしいと言えば、らしいですよね…」
「そうだね。今になってみれば、私もそう思う」
仕方の無い人よね、と。
苦笑するリナリーの表情は、言葉とは裏腹に、どこか晴れやかだった。
彼女ほど、を理解している人はいないのかもしれない。
そんな風に、アレンは感じていた。
「…だけど、あの頃の私はそれが哀しくて悔しくてしょうがなかったの。
気を遣うの態度が哀しくて、気を遣わせてしまう自分が嫌で堪らなかった」
苦く笑いながら、続く言葉。
それは過去を語りながらも、その感情がまだ根強く残っている。そんな印象をアレンに抱かせた。
「そのことばかりに気を取られ過ぎたんだと、思う。
注意力が散漫になってた。あの時の私は、ただの足手まといだったわ」
「え? リナリーが、ですか…?」
リナリーの能力の高さは、共に旅を続けるうちにアレンにもわかっている。
その彼女が、自らを足手まといだと、そう称するような事態など想像も付かなかった。
それが顔に出たのか、リナリーは小さく苦笑する。
そして、話の続きを語り始めた。
「…一日歩き回った結果、私達はあるひとつの共通点を見つけたの――」
「絶対怪しい」
「決め付けるのはどうかと思うけど…」
「だが、手掛かりは他に無い」
言い合って、三人は顔を見合わせ頷き合った。
目の前には、酷く寂れた教会が建っている。
街中に大きな聖堂があった。
もしかしたらこっちは古い教会で、街中に拠点を移したのかもしれない。
そんな場所に集まったのは、れっきとした理由があった。
「…この教会って、ヴァチカンの管轄じゃないの?」
「さぁな。街中の大聖堂ならまだしも、こんな隅にひっそりと建っている教会、誰の管轄かなんてわからねぇよ」
神田のおざなりな説明に、は「ふぅん」と実に適当な相槌を打った。
「患者さんは全員、例の症状が出る前にここに来てるんだよね…」
「集めた情報によれば、そうね…」
「壊されもせずにここに在るということは、管理している者がいるということだろ。
それが人間かアクマかは別にして、な」
神田のその言葉に、もリナリーも小さく頷く。
色々な情報をまとめた結果、この古びた教会に行き着いたのだ。
手掛かりは徹底的に洗う。情報に見落としがあっては事だ。
「行ってみよう。アクマなら壊さなきゃいけないし、イノセンスがあるなら回収しなきゃ」
「そうだな…」
普段は喧嘩ばかりしているくせに、と神田はこういう時は息が合う。
どちらも慎重さに欠ける無謀な人種、と言えば似た者同士なのだろう。
だが、そこには絶対の信頼があるように感じられた。
「……」
思わず黙り込むリナリーが感じるのは、やはり疎外感だ。
別に仲間はずれにされているわけじゃないが、どうにも、ふたりの間に入っていけない。
「リナリー? 行くよ??」
「え…あ、うん。ごめんなさい」
声を掛けられ、ようやくリナリーは顔を上げた。
任務の最中に考え事なんて、エクソシストとして失格だ。
しっかりしなければ、とリナリーは自分に言い聞かせ、先行するふたりに続く。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」
呼び鈴を鳴らしながら、が声を張り上げた。
それに呼応するように、少し遅れて扉が開く。
「はい。どちらさまで…、――ッ!」
出てきたのは、神父服を纏った男だった。
年の頃は二十代後半か、三十代の前半。
三人を見て、顔色を変えた。だがそれだけでは、彼がAKUMAかどうかはわからない。
「――黒の教団だ。…おまえがここの管理者か。聞きたいことがある」
「神田、悪役みたいだからもうちょっとソフトに言ってあげて」
「おまえは少し黙ってろ」
真顔で茶々を入れたを、神田は一言で切って捨てる。
その慣れたような遣り取りに、リナリーはまた妙な感覚を覚えていた。
「…立ち話もなんですので、どうぞ中へ」
少しの沈黙の後、神父はそう言って3人を教会の中へ招き入れた。
+++
「幻覚症を訴える患者が急増していることを、ご存知ですか?」
「…はい」
「では、この教会に通う方々の多くが、その該当者であることも?」
「…もちろんです。信仰心の篤い方ばかりでしたので、胸が痛みます」
神父の答えは、完璧だった。
繰り出されるいくつかの質問に、少しの沈黙を持って答える神父の様子には不審なところが無い。
だが逆に、『完璧過ぎた』。
「…神父。この付近にイノセンスが在る可能性が有る。
しばらくここに滞在させてもらうことになるが、構わないな?」
「ちょ、ちょっと神田…良いのそれ言っちゃって…」
「問題無い。…普通の神父なら良し、アクマだったとしても逆にあっちからボロを出す」
だからいつ何が起きても良いように、気を引き締めておけ、と。
言外に語る神田に、とリナリーは小さく頷いた。
「…イノセンス…ですか」
「ああ」
「ここに…?」
「可能性の話だ。心当たりは無いか?」
神田が重ねて尋ねると、神父は俯いた。
『――イノセンスなら、今、目の前に3つある』
その言葉と同時に、神父の姿は奇怪な姿へと変貌する。
ヒトでは在り得ない、その容貌。
「…アクマ!」
「やっぱりな…」
スッと、神田は六幻を引き抜いた。
もまた、その背に漆黒の羽根を広げる。
「、おまえはイノセンスを探れ。ここは俺とリナリーが引き受ける」
「…わかった。怪我しないでね」
「わかっている」
戦闘における呼吸も、二人は完璧だった。
互いに、背中を預けられる仲間――なのだ。
それを目の当たりにして、リナリーは思わず俯き、唇を噛む。
――それが、いけなかったのだ。
「リナリーも気を付け…」
がそう言いながら振り向いた瞬間。
外から弾丸を撃つ込む激しい攻撃音が、響いた。
レベル2のAKUMAには、付き従うレベル1がいる。
外に待機していたそれらが、教会に向けて総攻撃を仕掛けてきたのだ。
ただでさえ古い建物だ。
AKUMAの総攻撃を受け、無残にもその建物は崩れていく。
「く…ッ…生き埋めにするつもり!?」
「! リナリー! 外へ出ろ!!」
神田の指示に、リナリーは一瞬、反応が遅れた。
思考に沈んでいたせいだ。
それを理解するのと、柱が倒れたのは、ほぼ同時だった。
「…ッ! リナリー! 危な…ッ」
「え…、――――ッ!?」
の声に、リナリーは咄嗟に上を見る。
崩れ落ちてくる瓦礫が、視界一杯に広がった。
+++
「……」
意識が覚醒した瞬間、揺らぐ視界に飛び込んできたのは、闇だった。
光の差さない、闇。
ここはどこだろうかと考えて、ようやく思い出す。
私は崩された教会の、瓦礫の下敷きになったのだ。
…失態だった。私の《黒い靴(ダークブーツ)》なら、簡単に回避出来たはずなのに。
任務の最中に考え事なんて、本当にどうかしてる。
「…ふたりに、迷惑、かけちゃう…」
…それでもは、微笑うのだろうか。
優しく微笑って、私を気遣うのだろうか。…怒っては、くれないのだろうか。
「………」
…闇は、嫌いだ。
あの頃のことを、思い出してしまうから。
両親を殺され、兄さんからも引き離され、無理矢理教団に連れてこられた、あの頃。
暗い部屋にひとりで閉じ込められて、ただ、生かされているだけの毎日。
兄さんが来てくれたから、あそこは私の『家』になったけれど。
だけど、もし、兄さんがいなかったら――――、
「…やだ…なんでこんなこと、思い出すの…?」
この、暗闇のせい?
だったら、早く脱出しなくては。
闇に身を浸せば、思い出したくないことを思い出してしまう。
それはダメだ。心が軋む。これ以上、ふたりに迷惑はかけられない。
「…重くは、ない…身体に圧し掛かってきてるわけじゃない。
だったら、自力でもなんとか…出られる、かも」
だけど、脚が瓦礫のせいで上手く動かせない。
寄生型ではない私には、イノセンスを装備した脚以外の攻撃手段がない。
「どうしたら…」
考えろ。
考えるんだ。
周囲は闇と瓦礫しかなくて、不安が押し寄せてくる。
どうして?
確かに暗闇は苦手だ。
だけど、どうしてこんなにも、不安と恐怖が胸の奥に渦巻くの?
「…ま、さか…」
――あのアクマの、能力?
幻覚症を訴える患者。大きなトラウマを抱えた人々。
この感覚に長時間晒されれば、自ら命を断つ人もいるだろう。
逆に、死んだ誰かを蘇らせようとする人も。
「…ダメ…囚われちゃ、ダメ…ッ」
必死に自分に言い聞かせて、唇を噛む。
大丈夫。これはまやかし。
闇が晴れれば、こんな感情はすぐに消える。
そう何度も同じ言葉を反芻して、気を落ち着かせようとした、瞬間だった。
『…おうち…帰して…』
「――――ッ!!!」
耳の奥に、幼い声が響いた。
それは――
――――かつての自分自身の、声。
悪夢と言う名の荒野に立ち、私はただ、両手で顔を覆う。
To be continued?
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