「はー…ここがロンドンねぇ…」

街に足を踏み入れた瞬間、はしみじみと呟いた。
そしてゆっくりと周囲を見回し、誰にともなく頷く。

「実際に見るのは初めてだわ」
「来たことないの?」
「うん、テ…写真でしか見たことない」

何か別の単語を口にしかけたようだが、はすぐに別の言葉に言い換える。
それをなんとなしに聞いていた神田が、軽く目を眇めた。

「そうなると、は土地勘皆無だな。まあ期待しちゃいねぇが」
「一言余計ッ」
「もう…ふたりとも、喧嘩しないで」

相変わらずのふたりに苦笑しつつ、リナリーはゴーレムを介して現地の探索部隊と連絡を取り合う。
気が付けば、こういう役割というのは暗黙の了解になっているものだ。

「…現地の探索部隊と連絡がついたわ。宿は港側ですって」
「わかった」
「はぁい」

…こう言うときだけ仲が良いというか、息が合うというか。
まったく同時に返事を返してきたふたりに、リナリーは微笑った。



アシタのミライ ----- File02 セツナイキズ




「…………仲良いですねぇ、神田とは」
「アレンくん、顔引きつってるよ」

笑いながらリナリーが指摘すると、アレンは驚いたように目を瞠った。
どうやら、今の表情変化はまったくの無意識だったらしい。

「アレンくんって、のことになると余裕無くなるねぇ」
「何言い出すんですかしかも微笑ましげに!」
「だって微笑ましいもの」

にっこり微笑んで、リナリーはさらりと言い放った。
絶句するアレンに対し、更に追い打ちをかける勢いで言葉を続ける。

「大丈夫だよ、今回は私との話だから」
「わかってますよ! なんでそう楽しそうに笑うんですか…ッ」
「楽しいから」
「………」

即答で返されたこともそうだが、その楽しくて仕方ないと言わんばかりの笑顔は、どうだろう。

「ええと。どこまで話したっけ?
 そうだ、ロンドンに入ったところからだよね」

言葉を失うアレンに構わず、リナリーは話を再開させる。
もちろん、これ以上先ほどの件を突っ込まれても困るので、アレンは何も言わなかった。

「探索部隊が待っていたのは、港の方にある宿でね。
 早速荷物を置いて、調査に向かうつもりだったの。でもその日は男女比率が普段と逆だったから、――


+++


「今回は、神田が一人部屋だね」
「結構珍しいわよね、教団は男性の方が多いから」

大抵一人部屋を宛がわれているとリナリーは、何故かしきりに頷き合っていた。
そして、ほぼ同時に神田の方へ視線を向ける。

「まあ、別に神田と同じ部屋でも平気だけど」
「うん、神田だし」
「そうだよね、神田だし」
「………どうでも良いからさっさと荷物を置いて来い」

呆れて良いのか怒ればいいのかわからない場の雰囲気に、神田は微妙な表情でようやく口を開いた。
だというのに、は場違いなほど晴れやかな笑顔で、神経を逆撫でするようなことを平気で口にする。

「後で遊びに行ってあげるからね! 寂しくないよ!!」
「来るな馬鹿女! 遊びに来てんじゃねぇんだぞ!?」
「なにおう!? ロンリーウルフじゃ可哀想だと気遣ってやってるのに!」
「おまえ本当にいちいちムカつく奴だな!?」
「もう! どうして口を開くと喧嘩するのふたりともッ」

寄ると触ると喧嘩を始めるふたりに、さすがにリナリーは呆れてため息を吐いた。
決して仲が悪いわけではない。ないのだが、この過剰スキンシップは、任務時以外に留めて欲しい。

「知るか! この馬鹿が悪い!」
「神田が短気なのが悪いんだ!」
「てめぇ、自分のことを棚に上げてよくそんなことが言えるな?」
「その台詞はそっくりそのままお返しするよ」
「だからやめなさいってば!」

睨み合うふたりを引き剥がすと、リナリーは頭痛を覚えて額に手をやった。
喧嘩を売るも悪いが、あっさり買い上げる神田も悪い。
基本的に似た者同士なのだろう。次の瞬間にはお互いに忘れているので、そういう点では心配ないが。

「…チッ。後で食堂で落ち合うぞ。のんびりしてる暇はねぇからな」

舌打ちしてそう言うと、神田はさっさとその場を離れていく。
こういう時に引くのは大抵神田の方であり、リナリーからすれば、そんな彼の行動は珍しい部類に入る。
コムイの言うとおり、神田にとってという少女は特別な存在なのだろう。

「絶対「同じ部屋でも平気」とか言ったから怒ったんだよーやだねー」
ったら…怒ると思って言ったの?」
「うん」

言い切るのもどうだろう。
ちょっと神田が可哀想に思えてきたリナリーだった。

「なによぅ、リナリーだって言ってたじゃない。…ところでさ、リナリーにとって神田って恋愛対象じゃないの?」
「んー…兄弟みたいなものだし…こそどうなの?」

神田の方は多分間違いなく、のことを気にしていると思うけど。
そんな言葉を言外に含みつつリナリーが聞き返すと、は小さく唸って首を傾げた。

「あー…まず神田がわたしを女の子扱いしないからねぇ」
「…そうかなぁ」

リナリーから見れば、神田の変化ははっきりと見てわかるものだ。
もちろん、付き合いが長いと言うこともある。
しかしそれに気づかないところを見ると…は相当鈍い、のだろうか。
………自分に向けられたもの限定で。

「ま、いいさ。神田じゃないけど、さっさと荷物置いて来よう?」

あっさり一言で片付けたに、リナリーは苦笑しつつ頷いた。


+++


「リナリー、どっちのベッドが良い?」
「え?」

部屋に入った瞬間に訊かれて、リナリーはきょとんと目を瞬かせた。
聞こえなかったと判断したのか、は窓際と通路側のベッドをそれぞれ指差して、もう一度尋ねる。

「どっちが良い? リナリーが選んで良いよ」
「どうして?」
「どうして、って…だって、リナリーは女の子だし」

何を今更、と言うように返されて、リナリーは首を傾げた。
の言い分は間違ってはいないが、それで言うなら彼女も女の子である。

だって女の子じゃない」
「まあ一応…」
「そんなに気を使わないで、
 私だって、みんなと同じエクソシストなんだし…」

リナリーは笑顔でそう言うものの、はどうもピンとこないらしい。
難しい表情で考え込む彼女に、リナリーは言葉を付け足した。

「神田やラビに対するような感覚で良いから」
「や、それは無理」

即答だった。
半ば言葉の途中で答えられ、リナリーは絶句する。

「リナリーは女の子だから、あんな扱い方出来ないよー」
「…でも…」
「あはは、気にしないで! わたしフェミニストなだけだから!」

軽く笑い飛ばすと、困惑気味のリナリーに、は苦笑しながら口を開いた。

「…わたしね、こっちに来る前は学生だったんだけど」
「え? あ、そうなの…?」

初めて聞く、の過去だった。
教団に入る人間の多くは、何かしら重い過去を背負っていることが多い。
なので、そういう話を訊くことはルール違反だと、暗黙の了解になっていた。

「そこが結構、男子生徒の割合が多くてさ。だから男の子相手でも気楽なの。
 逆に女の子の方が慣れてないかもしれないな。リナリーも、割とそうなんじゃない?」
「え…」
「教団の男比率は高いからねー」

…つまり。
は、教団を学校のように捉えている、ということなのだろうか。
今まで誰ひとりとして、そんな感覚で教団に属した人間はいなかった。少なくともリナリーが知る限りでは。

「…う、ん。そう、かも」
「でしょ? だからさ、大目に見てね! 可愛い女の子には無条件に優しくしちゃうんだー」

今の話と、可愛い女の子云々は、どうやって繋がったんだろう。
なんだか上手く煙に巻かれたような気がして、リナリーはしきりに首を傾げる。

リナリーはが好きだ。
数少ない同世代の女の子だし、優しいし面白い人だと思う。
だが同時に、隔たりと言うか壁というか、そんなものを感じてしまうのも、事実。
の言うことは、難し過ぎて理解出来ない時がある。

「あの、…きゃっ!?」

いきなりポテッと頭の上に何かが落ちてきて、リナリーは小さく悲鳴を上げた。
一瞬きょとんとしてから、はリナリーの頭の上に陣取るそれに手を伸ばす。
銀色のゴーレム――が一月ほど前にコムイから貰った、通信用ゴーレムだ。
名前は『ソルトレージュ』という。
リナリーが名前の意味を訊くと、名付けた当人は酷く曖昧に「何かの魔術用語」と実に適当な答えをくれたものだが。

「コラコラ、リナリーの頭に乗っかるなんて百年早いよ? なぁに、ソルトレージュ…」
『なにもたもたしてんだ! 荷物置いてさっさと来い!!』

いきなりパカッとソルトレージュの口が開くと、聞こえたのは聞き慣れた怒鳴り声だった。
一瞬驚いたように固まって、しかしはため息と共に目を眇める。

「…短気は損気って言うよ、神田」
『言うことはそれだけか!?』

それを皮切りに、ゴーレムを介したふたりの口喧嘩が始まった。
最初の頃の険悪な雰囲気はなく、それは例えて言うなら痴話喧嘩だ。

「……」

そんなふたりの言い合いを眺めながら、リナリーはそっとため息を吐いた。
自分はに気を遣われている。それがなんとなく、寂しいと感じながら。


+++


「…で。情報をまとめると、精神に異常を来す患者が増えてるってこと?」

宿の食堂に集まった三人は、待っていた探索部隊の話を総合し、話し合いを始めていた。
もちろん、探索部隊の情報を元に、自らの足で情報をまとめていく為に、だ。

「らしいな。幻覚でも見てるのか、死んだはずの人間を呼んだり、
 その場に無いものの存在を訴えているケースが多いらしい」
「幻覚…」

手元の資料を見ながら、リナリーは小さく呟いた。

「イノセンスの奇怪か、アクマの能力と取るべきね」
「確率的には五分…いや、性質の悪さから考えると、アクマである可能性の方が高いな」

相変わらず淡々とした口調で、神田がそう返す。
いい加減神田のテンションの低さには慣れてきたのか、は構わず話を続ける。

「患者さんの共通点は?」
「これと言って無い。それこそ、老若男女様々だ。
 強いて言うなら、大きなトラウマを抱えた人間が多い」
「大きなトラウマ?」
「家族が死んだとか、瀕死の重傷を負ったことがある、とかな」
「ああ、なるほど…」

夢に見るほどに恐ろしく、哀しい体験をした人間が多いと、そういうことか。
なるほど、それなら出かける前にコムイが告げた『悪夢(ナイトメア)』という言葉も頷ける。

「…なんかますますアクマっぽいなぁ…」
「決め付けるのは早急だがな。…、イノセンスの気配は?」
「ンなもん近づかなきゃわかんないです」
「使えねぇ奴だな」
「悪かったわね」
「喧嘩してる場合じゃないわよ、ふたりとも」

再び喧嘩モードに突入しかけたふたりを、リナリーやんわりと制した。
さすがに自覚はあるのか、その一言でふたりは口を噤む。

「とにかく、情報が足りないわ。
 実際に私達が見てみないことには、判断の出来かねる問題でもあるし…」

そう。エクソシストが目にして初めて、判明する事もあるだろう。
そうなれば、3人で固まって行動するのは効率が悪い。
だが、には攻撃手段が無く、万が一AKUMAと遭遇してしまった場合、闘うことも出来ないだろう。
ならば、リナリーが提示する案はただひとつだ。

「ここは二手に分かれましょう。戦力的なバランスで考えて、私とが組むわ。
 神田は探索部隊のレイズと一緒に行って。…レイズもそれでいいわね?」

リナリーが話を振ると、今回の担当である探索部隊の男――レイズは神妙な表情で頷いた。
次に神田とに視線を向ければ、それぞれすぐに反応を返してくる。

「ああ、わかった」
「りょーかーい」

当然、ふたりの答えは同じだった。


+++


「そう言えばさ。リナリーとふたりきりって初めてじゃない?」

街中を探索しながら、ふとが口を開いた。
言われた言葉に、リナリーは少し考える。確かに、ふたりきりというのは初めてだ。

「そういえばそうね」
「気が付くと神田かラビが一緒にいるからねー。
 リナリーも忙しいし、なかなか話す機会もないから、不謹慎だけど嬉しいよ」
「私もよ。でも…」

そこで一旦言葉を切ると、リナリーは苦笑した。
どこか寂しげに微笑い、を見つめる。

「でもは、私とふたりだとやりにくいのよね?」
「………」

一瞬、は大きく目を瞠った。
感じたままを口にしたリナリーのそれに、は苦笑する。

「…はっきり言うね、リナリー」
「え。あ、ご、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。
 そだねー…うん、正直ちょっとやりにくい」
「……」

表情を曇らせたリナリーに、は慌てて頭を左右に振った。

「別にリナリーが悪いわけじゃないよ!?」
「あ、うん…大丈夫、わかってる」

嫌われていないのは、リナリーにもわかっている。
はいつでもリナリーに優しいし、どちらかというなら好かれているだろうことは理解していた。
だがそれでも、感じた疎外感のようなものを指摘して肯定されてしまうと、二の句が告げない。

「なんていうのかなぁ…神田とかラビなら、適当に扱っても良いんだけど」
「適当って」

酷い言葉である。
冗談だろうかとも思うが、はどう見ても本気だった。

「でもリナリーは女の子だから、適当には出来ません」
「て、適当はともかく、気を遣ってくれなくても大丈夫よ?」
「ダーメ」

言い返したリナリーに、はにっこりと微笑った。
その笑顔は相変わらず優しかったが、そこには有無を言わせない何かが含まれている。

「だって、リナリーもわたしに気を遣ってくれてるでしょ?」
「え…」
「だからダメ。神田もラビもわたしを気遣ったりしないから、わたしも適当に扱うけど。
 でも、リナリーは女の子で、優しくて、わたしを気遣ってくれてるから、適当には出来ないよ」

今のの柔らかな口調と笑顔は、確かにリナリーにしか向けられないものだ。
だがリナリーにとってそれは、誇らしいことでも嬉しいことでも、ない。

いや、優しくされれば嬉しい。
だけどその優しさは、どちらかというと疎外感を感じてしまう種類のもので。

…」
「はいはい、この話はおしまい!
 さ、行こうリナリー。日が暮れる前に情報収集しないとね」

そう言って、はリナリーの手を取って歩調を速める。
こういう瞬間に、彼女はやはり年上なのだと言うことを、自覚させられる。
手を引かれながら、リナリーは軽く頭を振った。

こんなものは錯覚だ。
こうして手を引かれているのに、






――寂しい、なんて。






この一抹の淋しさは、きっとただの錯覚。



To be continued?

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