――あの日。すべての仲間のために戦おうと、決めた。



私の為に無理をしてくれた兄さんの為に。
私を受け入れてくれた、教団の仲間の為に。


だから、強くなりたいと願った。
戦う力が欲しい。
護れる強さが欲しい。
何よりも、決して折れない心の強さが、欲しい。



だから、かもしれない。
私はただ、彼女の強い眼差しに惹かれた。


初めて会った時、彼女の瞳にここまでの力は無く。
あったのは、戸惑いとほんの少しの好奇心。

ここでの生活が、彼女に力を与えた?
いいえ。きっと、それは彼女が生まれながらに持っていて、だけど使う必要の無かった力。


真っ直ぐに私を見るその瞳に、強い力を見た。
それは『光』ではなくて、だけど『闇』でもなく。
ただ、それは『力』だった。

彼女は純粋な『力』。
『光』でも『闇』でもなく、また、そのどちらでもあり。
だからこそ、私は――私達は、彼女に惹かれた。



アシタのミライ ----- File01 彼女と私と昔の話




きょろきょろと辺りを見回していたリナリーは、目当ての人物を見つけて声を掛けた。

「あ、――

だが、呼び掛けた声は、途中で止まる。
の他にも、人が居たからだ。

「だからなんですぐそういうこと言うのかなぁアレンは!?」
「言われるようなことしなきゃ良いじゃないですか!!」

…見慣れた光景だった。
とアレンの口喧嘩は今や日常茶飯事で、これがふたりなりのスキンシップだと周囲は理解している。
最も、それを指摘したところでふたりとも認めないのだが。

「……」

なんとなく面白くなくて、リナリーはふたりの方へ若干荒々しい足取りで近づいて行った。
そして、の腕を強引に取る。

「…ッ!!」
「え!? あ、リナリー?」
「行きましょうッ」
「えッ!? ちょ、ちょっと…!?」

そのままを引きずりながら、リナリーはその場を後にした。
残されたアレンは首を傾げ、引きずられて行くは目を白黒させていたが、
…それにリナリーが気付くのは、もう少し後になる。


+++


「…アレンくん」
「リナリー?」

しょんぼりと肩を落としながら声を掛けてきたリナリーに、アレンはきょとんと目を瞬かせた。
申し訳なさそうに視線を落としていたリナリーは、意を決したように顔を上げる。

「あの…さっきはごめんね」
「え? あ、いえ…どうかしたんですか? またが何かやらかしました?」

言い切るのはどうだろう、とリナリーは苦笑した。
リナリーからすれば、は時々破天荒ではあるが根はしっかり者だ。
だが、アレンを始めとする男性陣には、そうは見えないらしい。

「ううん、そうじゃないんだけど…笑わない?」
「笑いませんよ。どうしたんです?」
「うん。…がアレンくんとばっかり喋ってるから、ちょっと面白くなかったの」

言われた言葉が予想外だったのか、アレンはゆっくりと瞬きをした。
そして、どこか困惑気味に微笑う。

「ええと…」
「あ、別にそれが悪いことってわけじゃないのよ、もちろん」

慌てたように返して、リナリーは苦笑した。
そして、視線を下げながら、ロビーの中央を陣取るソファーに腰を下ろす。

「…って、さ。前からそうなの。男の子と一緒に居る方が気楽みたいで」

ぽつりと、リナリーは呟くように言った。
そのまま、手で自分の隣を示す。座れと言う意思表示と受け取り、アレンは彼女の横に座った。

「教団は男性の方が多いし、元々、は神田やラビと仲が良いでしょう?」
「それはそうですけど…リナリーとこそ、仲が良いじゃないですか」
「でも、最初はそうでもなかったわ」

もちろん、仲が悪かったと言う意味ではないことは、アレンにもわかった。
のリナリーに対する扱い方はやはり別格に映るし、リナリーのに対するそれも同じだ。

「私が兄さんの手伝いで忙しかったのもあると思うし、の性格的なものもあると思う。
 は教団に来る前は、男の子が多い学校に通っていたらしいし、男の子の方が気楽だって言ってた」

どこか寂しそうに、ぽつりぽつりと語るリナリーの話に、アレンは耳を傾ける。
以前から感じてはいたが、リナリーのを慕う気持ちというのは、とても真っ直ぐで純粋だ。
まるでそれは、本当の姉妹であるかのように。

「もちろん、はわたしを大事にしてくれるし、一緒にいる時間も決して短くは無いと思う。
 だけどね、どうしても、神田やラビには敵わないの。最近はアレンくんにも、かな?」
「…リナリーは、本当にが好きなんですね」
「ええ。大好きよ」

何の躊躇いもなく、リナリーは柔らかな微笑と共にそう告げた。
彼女のその真っ直ぐさを、アレンはどこか羨ましく思う。自分には真似出来ない。

「私はを本当の姉さんのように思ってるし、もそう思ってくれてると思う。
 だけどどうしても、考えてしまうの。もう今からじゃあ、『親友』にはなれないのかな、って」

の『親友』という立場。
それこそ、リナリーに与えられた場所だと思っていた。
同性同士で、いつも仲が良い。きっと互いの悩みを語り合うこともあるだろうし、それは異性には入り込めない世界だ。
アレンはそう思っていたし、周囲もそう思っている。なのに、リナリー本人がそれを否定した。

「やっぱり、最初からずっと一緒に居た神田やラビに、親友の席は持って行かれちゃってるのかなぁ…」
「でも、はリナリーを、多分誰よりも大事にしてますよ」
「そうかもしれないね。でもやっぱり、私はにとって『妹』なんだよ」

背中を預けて戦う存在じゃなくて、守りたい存在なのよ、と。
嬉しいのか哀しいのかわからない、そんな複雑な表情でリナリーは語る。

「だから、ちょっとだけ悔しい。アレンくん達が羨ましい」
「リナリーは、どうしてそんなにのことを?」

仲間を思いやる心の強いリナリーだが、に対するそれは、ある種桁外れだとアレンは常々思っていた。
の為なら平気で無茶をしでかしそうな彼女だが、当然、それには理由があるはずだ。
それだけの信頼と執着とを抱かせた、何かが。

「…アレンくんが入団する、3ヶ月くらい前…かな。
 私とと、神田の3人でイノセンス回収の任務があったの」
「…なんか、神田とが一緒の任務に就く確率、いやに高くないですか?」
「あはは、そうだね。そこもちょっと神田はずるいよね」

兄さんは「純粋な戦力バランス」って言ってたけど、と。
苦笑しながら返して、リナリーはどこか昔を懐かしむような表情になった。

「…任務自体はそう難しいものじゃなかった。
 ただ、そこに現れたアクマが厄介な能力を持っていたの」
「厄介な能力…?」
「精神攻撃系。…その時にね、初めてに引っ叩かれたのよ」

自分の左頬に手のひらを当てながら、リナリーは楽しそうに笑った。
だが、それを聞いたアレンは、思わずぎょっと目を瞠って咄嗟に立ち上がる。

が!? リナリーをですか!!?」
「あ、やっぱりアレンくんも驚くんだ?」
「そりゃ、驚きますよ!!」

叫ぶように返して、アレンはのろのろとソファーに座り直した。

「コムイさん2号みたいにリナリーを大事にしているが…」
「兄さん2号って」

言いたいことはわかるけど、と。
どう反応して良いのかわからず、リナリーは言葉を濁した。

「…でも、そうね。どんな怪我よりも、あの時に叩かれたのが一番痛かった」

痛かった、と。
そう語る割には、その表情はとても穏やかだった。

「…あの時言われた言葉は、きっとずっと忘れられない。
 あの時感じた感情も、強く握り締められた手の暖かさも…」

そっと自身の手を握り締めるリナリーの様子は、何か大切なものを抱き締めているかのようだった。

「だから、教団のみんなは私の大事な家族だけど、はその中でも特別なの」

特別だ、と。
言い切る彼女が、アレンには眩しく見えた。
何より、それほどが『特別』になった経緯に、興味が沸く。

「…あの、リナリー…」
「うん?」
「その時のこと…訊いても、良いですか?」
「……」

おずおずと訊ねてきたアレンに、リナリーはきょとんと目を瞬かせた。
そして、ゆるりと穏やかに微笑み、頷く。

「…あれはね、が教団に来て2ヶ月が経った頃だったわ。
 も教団での生活にすっかり慣れていたし、他のみんなも、の存在が当たり前になってきた頃」

まるで昔話を語って聞かせるように、リナリーは話し始めた。
ほんの少し前に起こった、彼女の大切な物語を。

「その任務は、普段と変わらない形で私達に下されたの――


+++


「うん、多分ね。イノセンスだと思うんだよね」

司令室。
だらけきったコムイを前に、三人の年若いエクソシストは困惑気味だった。
…いや、コムイがだらけきった態度なのは珍しくないので、困惑というよりは呆れて、が正しいかもしれない。

「相変わらずテキトーですねぇ…」
「そう言わないでよ、ちゃん。こっちも頑張ってるよー?」

目の下のクマを見れば、頑張っていることはわかる。
わかるのだが、こうも大っぴらにだらけながら適当な言い方をされれば、突っ込みたくなるのが人間というものだ。

「…で。今回は三人で行ってもらおうと思ってー…。
 そんなわけだから頼むね、リナリー。神田くん、ちゃん」

コムイの言葉が言い終わる前に、神田が舌打ちした。

「…ちッ。またこいつとか」
「ちょっと神田さん、その舌打ちは失礼極まりないですよ!」
「うるせぇ。この間のラビと一緒に行った任務でも、火力不足で手間取ったらしいじゃねぇか、この戦力外」
「なにおう!? 囮という立派な役目を果たしたわたしになんて言い様!」
「囮なんざ最悪の策だろうが。そんな策しか使えねぇのかよ」
「きーーっ! おまえ何様だーーー!」
「ちょっとふたりとも、落ち着いてッ」

いがみ合うふたりの間に立って、リナリーが睨み合いを遮断する。
初期の頃より多少緩和したとは言え、顔を合わせれば喧嘩するのは変わってくれない。

「兄さん、早く任務の説明をして!」
「あはは…相変わらずだなぁ、神田くんもちゃんも…」

笑い事じゃない。
よっぽどそう言い返そうかと思ったが、リナリーはぐっと堪えた。
…言っても無駄だ。何せ、徹夜二日目のコムイに何を言ったところで、都合の悪いことは聞こえていない。

「じゃあ、改めて説明するよ。
 今回の任務はロンドン。調査する奇怪は――

そう言いながら、コムイは一枚の地図を引き下ろした。
赤く×印の付いた地点を示し、どこか神妙な口調で、告げる。









――『悪夢(ナイトメア)』だ」






其れは彼女と私の《物語》。



To be continued?

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