「室長殿」

騒がしく出ていくラビとを見送るコムイに、ブックマンの静かな声が掛けられた。
コムイもまた、その声に反応して静かに振り返る。

「…先程のゴーレム…」
「ええ。…念には念を入れて」

ふたりの言うゴーレム――に与えられたそれは、ある特殊な機能を持っている。
持ち主の居場所を常に把握する、一種のナビゲート機能。
悪い言い方をすれば、猫に鈴をつけたようなものだ。

「バレたら怒るでしょうねぇ」
「…致し方ないことだ。気に病まれるな」

その言葉に、コムイは苦く微笑う。

「彼女を頼みます」
「心得ておる」

小さく頷くと、ブックマンは司令室を後にした。
重く音を立てて閉じる扉の音に混じり、呟かれた言葉もまた、重い。



「…数奇な運命だな…《神》の《声》を聴く少女、か…」



破滅のプロセス ----- File02 黄泉返りの街




汽車で半日。
すっかり夜も更けようかと言う頃、わたし達はその街に到着した。

「ここが噂の『黄泉返りの街』…か」
「全然普通の街だよねぇ…」

見たところ、なんの変哲もない街だった。
特別廃れているわけでもなく、特別栄えているというわけでもない。
…いや、時間が時間だからかもしれないけど。

「で、探索部隊のひとはどこに…」
「お待ちしていました」
「ん?」

掛けられた声に、わたし達は振り返った。
そこには、わたし達と同世代くらいの青年が居た。身に纏っているのは、探索部隊の団服だ。
その青年は、ラビを見て軽く目を瞠る。ラビも似たような表情をしていた。

「…ラビ? ラビじゃないか!」
「ラグラス!」

ああ、この人が。
親しげに挨拶し合うふたりを、なんだか不思議な気分でわたしは眺めていた。
…ラビに普通の友人が居たとは。いや、探索部隊は普通じゃないか…。

「久しぶりだな、ラビ!」
「おう、久しぶり。変わってないなぁ、おまえ。4、5ヶ月ぶりくらい?」
「ブックマンもお久しぶりです。お変わりありませんか?」
「うむ。そちらも変わりないようだな」

青年――ラグラスは、ブックマンとも顔見知りらしく、にこやかに挨拶していた。
そして、最後にわたしの方を見る。

「彼女は?」
「一ヶ月前に入団した新人エクソシスト。噂聞いたことあんだろ?」
「ああ!」

ぽん、とラグラスは何かを思いついたように手を打った。
そして、わたしを見ながらにっこりと微笑む。

「神田とやり合って無事だった唯一のエクソシスト!」
「何その認識!?」

目を瞠るわたしに、ラビがこそっと耳打ちした。

「…ユウと衝突して無傷だったのはおまえが初めてなんさ、
「え、なにそれなにそれ!?」

どこまで猛獣扱いなんですか、神田は。
噂に尾ひれが付いて大変なことになってるんじゃないか、あいつ…。

「噂で聞いたときはどんな猛者かと思ったけど…こんな可愛い女性だったとはね」
「………」

笑顔で言われた言葉に、わたしは一瞬言葉を失う。
なんとなくラビを見上げてから、わたしはがしっとラグラスの手を取った。

「ありがとう! こっち来て初めてまともに女の子扱いされた!!」
「そうなの? ラビ、女性の扱い方なってないよ」
「え? オレ? オレのせい!?」

まぁ、ラビは別に女の子扱いをしないわけじゃないんだ。
…子供扱いするんだよ、この赤毛兎めは!

「改めて自己紹介させてもらうよ。俺は探索部隊のラグラス。
 今回の『黄泉返りの街』の件を担当する。よろしく」
よ。よろしく、ラグラス」

差し出された手を握り返す。
なんていうか、絵に描いたような爽やかさ。

…うん、逆に胡散臭いな!

そんな失礼なことを思っているとは、さすがに感づかれてないだろうけど。

「じゃあ、早速だけど現状を把握してもらう。
 宿を取ってあるから、そっちに移動しようと思うけど…構わないよな?」
「おう。そろそろ夕飯時だしな」
「おなかすいたー」
「はいはい、ホントにはよく食うさー」

挙手しながら言うと、何故かラビに頭を撫でられた。
…なんでいつもラビはわたしを子供扱いするかなぁ? 年下のくせに!


+++


「「生き神様ぁ!?」」

ラグラスから聞かされた話に、わたしとラビは思わず声を合わせた。
そんなわたし達の反応に、ラグラスはどこか満足そうに頷いた。

「そ。まぁ、死者の蘇生なんてやられたら、神様扱いになるの無理は無いけどね。
 それが若い娘とくれば、年寄り連中は聖女様だーって騒ぎ立てるわけ」
「うーん、まぁベタだけどさ…で、死者の蘇生ってどういうこと?」
「そのままの意味。死んだ人間が息を吹き返すんだ」

複雑な表情で、ラグラスが苦く呟く。
思わず想像してしてしまった。…ホラー。ホラーですソレ。

「実際見たけど、確かに死んでいたはずの人間が起き上がって、普通に生活してる」
「…ただのホラーにしか聞こえないんだけど」
「きっと夜中に墓地に行って墓掘り起こしてるんだぜ。で、死体食うの」
「やめてよーーー!?」

ぼそ、と耳元で言われて、反射的にラビをぺしっと叩いた。
怖がるわたしの様子を面白そうに眺めてるんだから、こいつも充分性格悪い。

「…ラビ、嬢。緊張感が足りんぞ」
「「はーい」」

気のない返事を返すわたし達に、ブックマンは深く溜め息を吐く。
そして、重々しい口調で告げた。

「…しかし厄介だな。我々が黒の教団として接触するのは問題があるやもしれん」
「どういうこと?」
「括りでは『聖職者』である我々が接触することで、
 その娘が真実、神聖な存在なのだと街の者が思ってしまうことが問題なのだ」

そこで一旦言葉を切ると、ブックマンは顔をしかめた。
わたしはただ首を傾げるだけだ。

「アクマだった場合はもとより、適合者であった場合もな」
「どうしてですか? 適合者だったら別に構わないんじゃ…」
「あのな、

しきりに首を傾げるわたしに、ラビが苦笑した。

「死者を蘇生する生き神様、なんて名前で有名になってみろ。
 行く先々で人だかりが出来て、仕事どころじゃねぇさ」
「一般人を巻き込んでしまう可能性も上がるしね」

ラビとラグラスの説明に、ああ、とわたしは納得する。
行く先々で大名行列みたいになってたら、護れるものも護れないか…。

「じゃあ、団服を脱いで接触するしかないんじゃないの?」
「やっぱそれしかないかぁ」
「危険ではあるが、致し方なかろう」

頷くブックマンに、わたし達も頷き返した。
幸いにして、わたし達は四人。二手に分かれた効率の良い調査が出来る。

「じゃ、わたしとラビで行ってこよっか?
 ブックマンとラグラスには聞き込みの方を継続してもらって」
「危ねぇぞ? オレとじじいで行ってくるから、は」
「わたしが行かなきゃ意味ないでしょうが」
嬢の言うとおりだ。ラビ、しっかり務めを果たせ」
「へいへい、りょーかいさ」

肩を竦めて答えて、ラビはふとわたしの方に視線を移す。
なんだろう、と首を傾げていると、また頭をぽんぽん、と撫でられた。

「じゃあ、今日はもう遅いから明日からな。、ちゃんと起きろよ…?」
「失礼な! 任務地で寝坊なんてしない!」
「嘘付け!」

初任務で寝坊した奴が何を言う、と。
呆れたように笑われて、わたしはぐっと言葉を詰まらせた。
…認めるさ。認めるとも。どうせわたしは寝汚いですよ。

…………だって眠いんだもん、仕方ないじゃない。


+++


「…あー…疲れた」

ロビーのソファーに背を預け、ラビは深く息を吐いた。
が部屋に引っ込むまで、延々とふたりで騒いでいたのだ。疲労するのも当然だった。

「お疲れ、ラビ」
「ラグラス」

近づいてきたラグラスに、ラビは顔だけで振り返る。
ラグラスはソファーの背もたれに腕を置き、ラビを見下ろす姿勢で笑った。

「いやはや、予想以上に破天荒なお嬢さんだね、彼女」
「でしょー?」

予想通りの会話に、ラビは苦笑しながら返す。
だが、次に言われた言葉は、さすがに予想外だ。

「ラビが他人に振り回されてるのは初めて見た」
「…え、そお?」
「振り回す側だったじゃないか、ダグとかいつも怒ってたし」
「あいつは怒らせると面白いからなぁ」

そう言えば最近顔見てないなぁ、と。
ラビが教団に入り立ての頃から知っている知己を、なんとなく思い出す。
まぁ、不器用なりに頑張っていることだろう。逆に、目の前にいる奴は器用過ぎるくらいだが。

「ラビ。…本部から話は聞いてるよ。
 ――彼女に関しては、『何を見たとしても見なかった』ことにする」
「……」

静かに告げられた言葉に、思わずラビは黙り込んだ。
さすがはコムイ、根回しは完璧か。
の能力は、教団内でも機密事項だ。本人に自覚はないが。

「面倒なことになってて悪ぃな、ラグラス」
「慣れてるから良いよ、ラビが気にすることじゃない」

年上の貫禄か、そう言って笑う姿はどことなく落ち着きがあって安堵させられる。
…ラグラスが早熟なのか、はたまたが子供なのか、少し判断に困ったラビだった。

「…で、だ」
「ん?」
「随分仲良いじゃないか、彼女とはどこまでいってる関係?」
「は?!」

一瞬で落ち着いた年上の表情から、ラグラスのそれは悪戯を思いついた少年のものに変わった。
言われた言葉を理解するのに多少の時間がかかり、ようやく我に返ったラビは思いっきり首を左右に振る。

「そんなんじゃねぇさ! はただの同僚だしっ」
「女好きのおまえがそんなわけあるか」
「言い切るのはどうよ!? 女ならなんでも良いってわけじゃねぇさっ」

ラビの持論からすれば、女性は皆国宝である。
しかし、色恋沙汰となれば話は別だ。

「可愛いじゃないか、彼女。ちょっと変な子だけど」
「いや、だってあいつ中身ガキじゃん」
「おまえが言うなよ」
「少なくともよりはオトナだぜ、オレ…」

黙っていれば年相応の女性であるだが、口を開けば十代前半の小娘同然だ。
そのくせ、たまに相手が萎縮するほど真っ直ぐで、重い言葉を吐くことがあるのだが。

「おまえみたいなのには、あの子くらいが丁度良いと俺は思うけどね」
「それってどういう意味なんさー…」

しみじみと言われた言葉に、疲れたようにラビは項垂れた。
対し、ラグラスはどこか楽しそうに笑う。

「退屈しないだろ?」
「はは…それは確かに…」

常に騒ぎの中心にいるような台風娘だ、確かに退屈はしない。
しかしそれ以前に、彼女は『記録対象』だ。
それ以上の感情を抱くのは、あまりよろしくない。だいいちラビの好みではない、はず。なのだが。

「ま、確かに一時凌ぎの相手には向かないか。気ィ強そうだし」
「…おまえ結構ヤな奴だよな、ラグラス」
「それは失礼。久々に面白そうな事態に直面して、ちょっとテンション上がってるんだよ」

にやりと口角を持ち上げて笑うラグラスに、ラビは思わず頭を抱える。
…久々に会った友人は、絶好調に嫌な奴だった。


+++


夜。
…枕が変わると寝付きが悪いわたしは、気を紛らわせようと散歩中だった。

「くしゅっ…う~…誰か噂してんのかなぁ…」

くしゃみ一回って悪い噂だっけ?
誰だよまったく。

「このような夜更けに女子の一人歩きは感心せんな、嬢」
「ブックマン」

うわ、びっくりした。
唐突に声を掛けられて本気でびっくりしたんですけど。心臓に悪い。

「えーと…枕替わると寝付き悪いんです、わたし」
「汽車の中では眠られていたようだが…」
「そういうのは平気なんです。枕がダメで」
「……」

変な沈黙が流れた。
え? あれ? 呆れられてる?? 何故!

「…不思議な娘御だ」
「ええー…」
嬢は日本出身だそうだが、いったいどうやってここへ参られた」
「……」

一瞬、わたしは言葉を失って目を瞠る。
世間話、という程軽い口調では、なかった。
じっと見据えてくる視線に、わたしはゆっくりと瞬きをする。

「…答えなきゃダメですか、ブックマン?」

笑顔で口を開くと、微かにブックマンが反応した。
そのまま、わたしは言葉を続ける。

「疑われても仕方ないでしょう。かなり怪しいですから、わたし」
「自覚はおありか」
「そりゃありますとも」

どこから来たのか、どうやって来たのかもわからない。
ただイノセンスの適合者だったから、教団に招き入れられただけ。
異世界から来ました、なんて言ったところで良ければ冗談、悪ければふざけてると思われるのがオチだ。

「…まぁ、よかろう。嬢がどこから来たか、などということは些細なことでしかない」
「『護衛』というよりは『監視』ですね、ブックマン」

妙にあっさり引くので、わたしはそんな言葉を投げてみた。
そういえば、彼ら『ブックマン』の一族のことは、わたしもよく『知らない』。

――それが、あなた達の『役目』ですか?」
「……」

何か聞き出せるんじゃないかという、打算が無いわけじゃなかった。
これは純粋な知的好奇心。だから、それっぽい言葉でカマを掛けてみただけ。
しばらく黙り込んでいたブックマンが、やがて根負けしたように息を吐く。

「…食えぬ女子よ。飄々としているかと思えば、随分と鋭い観察眼をお持ちのようだ」
「それは買いかぶり過ぎというものです、ブックマン」

そう、買いかぶり過ぎだ。
ただわたしは、《物語》を知っているがゆえの有利な立場でしか、ない。






「わたしは、普通の子供ですよ?」






《賢者》と《道化》、似て非なる《傍観者》



To be continued?

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