「室長殿」
騒がしく出ていくラビとを見送るコムイに、ブックマンの静かな声が掛けられた。
コムイもまた、その声に反応して静かに振り返る。
「…先程のゴーレム…」
「ええ。…念には念を入れて」
ふたりの言うゴーレム――に与えられたそれは、ある特殊な機能を持っている。
持ち主の居場所を常に把握する、一種のナビゲート機能。
悪い言い方をすれば、猫に鈴をつけたようなものだ。
「バレたら怒るでしょうねぇ」
「…致し方ないことだ。気に病まれるな」
その言葉に、コムイは苦く微笑う。
「彼女を頼みます」
「心得ておる」
小さく頷くと、ブックマンは司令室を後にした。
重く音を立てて閉じる扉の音に混じり、呟かれた言葉もまた、重い。
「…数奇な運命だな…《神》の《声》を聴く少女、か…」
汽車で半日。
すっかり夜も更けようかと言う頃、わたし達はその街に到着した。
「ここが噂の『黄泉返りの街』…か」
「全然普通の街だよねぇ…」
見たところ、なんの変哲もない街だった。
特別廃れているわけでもなく、特別栄えているというわけでもない。
…いや、時間が時間だからかもしれないけど。
「で、探索部隊のひとはどこに…」
「お待ちしていました」
「ん?」
掛けられた声に、わたし達は振り返った。
そこには、わたし達と同世代くらいの青年が居た。身に纏っているのは、探索部隊の団服だ。
その青年は、ラビを見て軽く目を瞠る。ラビも似たような表情をしていた。
「…ラビ? ラビじゃないか!」
「ラグラス!」
ああ、この人が。
親しげに挨拶し合うふたりを、なんだか不思議な気分でわたしは眺めていた。
…ラビに普通の友人が居たとは。いや、探索部隊は普通じゃないか…。
「久しぶりだな、ラビ!」
「おう、久しぶり。変わってないなぁ、おまえ。4、5ヶ月ぶりくらい?」
「ブックマンもお久しぶりです。お変わりありませんか?」
「うむ。そちらも変わりないようだな」
青年――ラグラスは、ブックマンとも顔見知りらしく、にこやかに挨拶していた。
そして、最後にわたしの方を見る。
「彼女は?」
「一ヶ月前に入団した新人エクソシスト。噂聞いたことあんだろ?」
「ああ!」
ぽん、とラグラスは何かを思いついたように手を打った。
そして、わたしを見ながらにっこりと微笑む。
「神田とやり合って無事だった唯一のエクソシスト!」
「何その認識!?」
目を瞠るわたしに、ラビがこそっと耳打ちした。
「…ユウと衝突して無傷だったのはおまえが初めてなんさ、」
「え、なにそれなにそれ!?」
どこまで猛獣扱いなんですか、神田は。
噂に尾ひれが付いて大変なことになってるんじゃないか、あいつ…。
「噂で聞いたときはどんな猛者かと思ったけど…こんな可愛い女性だったとはね」
「………」
笑顔で言われた言葉に、わたしは一瞬言葉を失う。
なんとなくラビを見上げてから、わたしはがしっとラグラスの手を取った。
「ありがとう! こっち来て初めてまともに女の子扱いされた!!」
「そうなの? ラビ、女性の扱い方なってないよ」
「え? オレ? オレのせい!?」
まぁ、ラビは別に女の子扱いをしないわけじゃないんだ。
…子供扱いするんだよ、この赤毛兎めは!
「改めて自己紹介させてもらうよ。俺は探索部隊のラグラス。
今回の『黄泉返りの街』の件を担当する。よろしく」
「=よ。よろしく、ラグラス」
差し出された手を握り返す。
なんていうか、絵に描いたような爽やかさ。
…うん、逆に胡散臭いな!
そんな失礼なことを思っているとは、さすがに感づかれてないだろうけど。
「じゃあ、早速だけど現状を把握してもらう。
宿を取ってあるから、そっちに移動しようと思うけど…構わないよな?」
「おう。そろそろ夕飯時だしな」
「おなかすいたー」
「はいはい、ホントにはよく食うさー」
挙手しながら言うと、何故かラビに頭を撫でられた。
…なんでいつもラビはわたしを子供扱いするかなぁ? 年下のくせに!
+++
「「生き神様ぁ!?」」
ラグラスから聞かされた話に、わたしとラビは思わず声を合わせた。
そんなわたし達の反応に、ラグラスはどこか満足そうに頷いた。
「そ。まぁ、死者の蘇生なんてやられたら、神様扱いになるの無理は無いけどね。
それが若い娘とくれば、年寄り連中は聖女様だーって騒ぎ立てるわけ」
「うーん、まぁベタだけどさ…で、死者の蘇生ってどういうこと?」
「そのままの意味。死んだ人間が息を吹き返すんだ」
複雑な表情で、ラグラスが苦く呟く。
思わず想像してしてしまった。…ホラー。ホラーですソレ。
「実際見たけど、確かに死んでいたはずの人間が起き上がって、普通に生活してる」
「…ただのホラーにしか聞こえないんだけど」
「きっと夜中に墓地に行って墓掘り起こしてるんだぜ。で、死体食うの」
「やめてよーーー!?」
ぼそ、と耳元で言われて、反射的にラビをぺしっと叩いた。
怖がるわたしの様子を面白そうに眺めてるんだから、こいつも充分性格悪い。
「…ラビ、嬢。緊張感が足りんぞ」
「「はーい」」
気のない返事を返すわたし達に、ブックマンは深く溜め息を吐く。
そして、重々しい口調で告げた。
「…しかし厄介だな。我々が黒の教団として接触するのは問題があるやもしれん」
「どういうこと?」
「括りでは『聖職者』である我々が接触することで、
その娘が真実、神聖な存在なのだと街の者が思ってしまうことが問題なのだ」
そこで一旦言葉を切ると、ブックマンは顔をしかめた。
わたしはただ首を傾げるだけだ。
「アクマだった場合はもとより、適合者であった場合もな」
「どうしてですか? 適合者だったら別に構わないんじゃ…」
「あのな、」
しきりに首を傾げるわたしに、ラビが苦笑した。
「死者を蘇生する生き神様、なんて名前で有名になってみろ。
行く先々で人だかりが出来て、仕事どころじゃねぇさ」
「一般人を巻き込んでしまう可能性も上がるしね」
ラビとラグラスの説明に、ああ、とわたしは納得する。
行く先々で大名行列みたいになってたら、護れるものも護れないか…。
「じゃあ、団服を脱いで接触するしかないんじゃないの?」
「やっぱそれしかないかぁ」
「危険ではあるが、致し方なかろう」
頷くブックマンに、わたし達も頷き返した。
幸いにして、わたし達は四人。二手に分かれた効率の良い調査が出来る。
「じゃ、わたしとラビで行ってこよっか?
ブックマンとラグラスには聞き込みの方を継続してもらって」
「危ねぇぞ? オレとじじいで行ってくるから、は」
「わたしが行かなきゃ意味ないでしょうが」
「嬢の言うとおりだ。ラビ、しっかり務めを果たせ」
「へいへい、りょーかいさ」
肩を竦めて答えて、ラビはふとわたしの方に視線を移す。
なんだろう、と首を傾げていると、また頭をぽんぽん、と撫でられた。
「じゃあ、今日はもう遅いから明日からな。、ちゃんと起きろよ…?」
「失礼な! 任務地で寝坊なんてしない!」
「嘘付け!」
初任務で寝坊した奴が何を言う、と。
呆れたように笑われて、わたしはぐっと言葉を詰まらせた。
…認めるさ。認めるとも。どうせわたしは寝汚いですよ。
…………だって眠いんだもん、仕方ないじゃない。
+++
「…あー…疲れた」
ロビーのソファーに背を預け、ラビは深く息を吐いた。
が部屋に引っ込むまで、延々とふたりで騒いでいたのだ。疲労するのも当然だった。
「お疲れ、ラビ」
「ラグラス」
近づいてきたラグラスに、ラビは顔だけで振り返る。
ラグラスはソファーの背もたれに腕を置き、ラビを見下ろす姿勢で笑った。
「いやはや、予想以上に破天荒なお嬢さんだね、彼女」
「でしょー?」
予想通りの会話に、ラビは苦笑しながら返す。
だが、次に言われた言葉は、さすがに予想外だ。
「ラビが他人に振り回されてるのは初めて見た」
「…え、そお?」
「振り回す側だったじゃないか、ダグとかいつも怒ってたし」
「あいつは怒らせると面白いからなぁ」
そう言えば最近顔見てないなぁ、と。
ラビが教団に入り立ての頃から知っている知己を、なんとなく思い出す。
まぁ、不器用なりに頑張っていることだろう。逆に、目の前にいる奴は器用過ぎるくらいだが。
「ラビ。…本部から話は聞いてるよ。
――彼女に関しては、『何を見たとしても見なかった』ことにする」
「……」
静かに告げられた言葉に、思わずラビは黙り込んだ。
さすがはコムイ、根回しは完璧か。
の能力は、教団内でも機密事項だ。本人に自覚はないが。
「面倒なことになってて悪ぃな、ラグラス」
「慣れてるから良いよ、ラビが気にすることじゃない」
年上の貫禄か、そう言って笑う姿はどことなく落ち着きがあって安堵させられる。
…ラグラスが早熟なのか、はたまたが子供なのか、少し判断に困ったラビだった。
「…で、だ」
「ん?」
「随分仲良いじゃないか、彼女とはどこまでいってる関係?」
「は?!」
一瞬で落ち着いた年上の表情から、ラグラスのそれは悪戯を思いついた少年のものに変わった。
言われた言葉を理解するのに多少の時間がかかり、ようやく我に返ったラビは思いっきり首を左右に振る。
「そんなんじゃねぇさ! はただの同僚だしっ」
「女好きのおまえがそんなわけあるか」
「言い切るのはどうよ!? 女ならなんでも良いってわけじゃねぇさっ」
ラビの持論からすれば、女性は皆国宝である。
しかし、色恋沙汰となれば話は別だ。
「可愛いじゃないか、彼女。ちょっと変な子だけど」
「いや、だってあいつ中身ガキじゃん」
「おまえが言うなよ」
「少なくともよりはオトナだぜ、オレ…」
黙っていれば年相応の女性であるだが、口を開けば十代前半の小娘同然だ。
そのくせ、たまに相手が萎縮するほど真っ直ぐで、重い言葉を吐くことがあるのだが。
「おまえみたいなのには、あの子くらいが丁度良いと俺は思うけどね」
「それってどういう意味なんさー…」
しみじみと言われた言葉に、疲れたようにラビは項垂れた。
対し、ラグラスはどこか楽しそうに笑う。
「退屈しないだろ?」
「はは…それは確かに…」
常に騒ぎの中心にいるような台風娘だ、確かに退屈はしない。
しかしそれ以前に、彼女は『記録対象』だ。
それ以上の感情を抱くのは、あまりよろしくない。だいいちラビの好みではない、はず。なのだが。
「ま、確かに一時凌ぎの相手には向かないか。気ィ強そうだし」
「…おまえ結構ヤな奴だよな、ラグラス」
「それは失礼。久々に面白そうな事態に直面して、ちょっとテンション上がってるんだよ」
にやりと口角を持ち上げて笑うラグラスに、ラビは思わず頭を抱える。
…久々に会った友人は、絶好調に嫌な奴だった。
+++
夜。
…枕が変わると寝付きが悪いわたしは、気を紛らわせようと散歩中だった。
「くしゅっ…う~…誰か噂してんのかなぁ…」
くしゃみ一回って悪い噂だっけ?
誰だよまったく。
「このような夜更けに女子の一人歩きは感心せんな、嬢」
「ブックマン」
うわ、びっくりした。
唐突に声を掛けられて本気でびっくりしたんですけど。心臓に悪い。
「えーと…枕替わると寝付き悪いんです、わたし」
「汽車の中では眠られていたようだが…」
「そういうのは平気なんです。枕がダメで」
「……」
変な沈黙が流れた。
え? あれ? 呆れられてる?? 何故!
「…不思議な娘御だ」
「ええー…」
「嬢は日本出身だそうだが、いったいどうやってここへ参られた」
「……」
一瞬、わたしは言葉を失って目を瞠る。
世間話、という程軽い口調では、なかった。
じっと見据えてくる視線に、わたしはゆっくりと瞬きをする。
「…答えなきゃダメですか、ブックマン?」
笑顔で口を開くと、微かにブックマンが反応した。
そのまま、わたしは言葉を続ける。
「疑われても仕方ないでしょう。かなり怪しいですから、わたし」
「自覚はおありか」
「そりゃありますとも」
どこから来たのか、どうやって来たのかもわからない。
ただイノセンスの適合者だったから、教団に招き入れられただけ。
異世界から来ました、なんて言ったところで良ければ冗談、悪ければふざけてると思われるのがオチだ。
「…まぁ、よかろう。嬢がどこから来たか、などということは些細なことでしかない」
「『護衛』というよりは『監視』ですね、ブックマン」
妙にあっさり引くので、わたしはそんな言葉を投げてみた。
そういえば、彼ら『ブックマン』の一族のことは、わたしもよく『知らない』。
「――それが、あなた達の『役目』ですか?」
「……」
何か聞き出せるんじゃないかという、打算が無いわけじゃなかった。
これは純粋な知的好奇心。だから、それっぽい言葉でカマを掛けてみただけ。
しばらく黙り込んでいたブックマンが、やがて根負けしたように息を吐く。
「…食えぬ女子よ。飄々としているかと思えば、随分と鋭い観察眼をお持ちのようだ」
「それは買いかぶり過ぎというものです、ブックマン」
そう、買いかぶり過ぎだ。
ただわたしは、《物語》を知っているがゆえの有利な立場でしか、ない。
「わたしは、普通の子供ですよ?」
《賢者》と《道化》、似て非なる《傍観者》
To be continued?
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