――第一記録『変な奴』。
彼女に初めてつけた『記録』は、そんな一言だった。
決して、特別目立つ容姿ではない。
…もちろん、日本人は珍しいので目立つことは目立つが。
それなりに整った容姿はしているが、せいぜい並か少し上くらい。
分類するなら美人なのだろうが、この程度ならそれこそそこらじゅうに転がっている。
だが、その存在は酷く浮いて見えた。
人混みに埋没してしまいそうな程、これといった特徴の無い少女。
だというのに、彼女は世界に溶け込めずにそこに居る。
人の輪に溶け込めないのではなく、《世界》に溶け込めない。
それは、《傍観者》で在り続ける『ブックマン』に似ていると。
どこかで思い始めた頃から、=という少女は、ラビにとって興味深い存在になった。
「任務?」
初任務を終えて1ヶ月以上が経った頃だった。
食堂でお昼を食べながら、向かいに座るラビから言われた言葉に、わたしは目を瞬かせる。
「わたしに? 珍しいこともあったもんだ」
「自分で言うか、普通。…おい、。ひとの蕎麦を食うな」
「堅いこと言うなよ。天ぷらあげるから」
「……」
「…おまえらが仲良いのはわかったから、人の話聞けよ」
そんな、呆れたように言わなくても。
一緒にご飯食べてるだけで仲良しなら、わたしは教団中と仲良しだよ。
だと言うのに、言われた神田は心底嫌そうに眉間に皺を寄せやがった。
「…なんで俺がこの馬鹿と仲良いんだ。お前の目は節穴か」
「ンな嫌そうな顔すんなよわたしに失礼だぞ神田の馬鹿」
「誰が馬鹿だ馬鹿女」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだ」
「不毛な会話すんな」
頭痛を抑えるように頭を抱えながら、ラビがわたしと神田の言い争いを中断させる。
さすがに不毛の自覚は互いにあるので、わたしも神田も揃って口を噤んだ。
「とにかく、飯食ったらは司令室に集合。良い?」
「えーーーー」
「えー、じゃねぇさ。仕事だって、仕事」
「………仕事は良いんだけどさぁ」
…仕事は良いんだ、仕事は。
わたしの手に負えないような仕事を、コムイさんが回してくるはずないし。
だからわたしが危惧しているのは、そこじゃない。
「…これだけ余裕持って呼びつけてるんだ、飛び乗り乗車じゃねぇだろ」
渋るわたしの隣で、ふと箸を止めた神田が口を開いた。
やだ、なんで伝わったんだろ。超能力者かこいつ。
「あ、ホント? じゃあ行く」
「そこなの!?」
そこですとも。
あの飛び乗り乗車は、出来れば今後も遠慮したい。
「うん、凄く重要」
「良いじゃん、は空飛べるし。なんならオレの《伸》で」
「それもちょっと興味あるけど、でもやっぱ飛び乗りは嫌なの」
力加減失敗して、車体に突っ込まれちゃ堪ったもんじゃないし。
どうしてこうも交通の便が悪いのかね…。
「今回も飛び乗り乗車とか言われたら、憂鬱で食欲も沸かないところだったわ」
「…それだけ食えば充分だろうが」
「ユウより食ってんだろ、」
「神田は逆に食が細いから。比べないで」
18歳男子の一食が蕎麦一枚ってのはあり得ないと思う。
そうか、だからあんなに腰が細いのか。なんか腹立つなぁ…。
.
.
.
食器を片づけに行ったを見送り、残された男ふたりは思わず顔を見合わせた。
ひとりで三人分は騒がしい彼女の様子に、ラビは苦笑を浮かべる。
「しっかし…は女の割によく食うさ」
「寄生型だからだろ。最近は運動量も激しいし」
「…おまえらよくあの訓練続くよな…」
「大したことねぇだろ」
どこがだ。
よっぽどツッコミを入れてやろうかと思ったが、ラビはなんとか押し留まる。
言っても無駄な人種というものが、世の中には存在するのだ。
「…を当てるってことは、かなり有力な情報なんだな」
「ん? あー…そうだろうな。少なくともコムイは、イノセンス発見の確率が高いと踏んでる」
不意に神田が呟いた言葉に、ラビは小さく頷いた。
その返答に一瞬瞑目し、神田はジッとラビを見る。
「…気をつけろよ」
「え、ユウがオレの心配!? めずらしー」
「アホか。そうじゃねぇよ」
即答だった。
そうだろうなぁ、とは思いつつもラビは苦笑いをした。
「…ああ、の心配?」
「違う」
「じゃあ何さ」
「…そうやって始終ヘラヘラ笑ってると、あいつに殴られるぞ」
「………」
表情を変えないままに言われた言葉に、ラビは言葉を失った。
目を瞬かせる彼に、神田は軽く目を眇める。
「…あいつの観察眼を甘く見るな。馬鹿だが目は確かだ」
数回瞬きをして、ラビは無理矢理笑った。
そして、ようやく返した言葉は、酷く間が抜けていると自分でも思っただろう。
「肝に銘じておくさ」
「ふん」
別段何を返すわけでもなく、神田は席を立つ。
それとほぼ同時に、入り口の方でが声を張り上げていた。
「ラービー! 行くよー!?」
「おう、今行くさ! じゃ、またな。ユウ」
それだけ言い残して、ラビはに駆け寄る。
騒ぎながら食堂を出ていくふたりを見送り、神田は呆れたように息を吐いた。
+++
司令室の前に辿り着いたわたしは、ノックもそこそこにドアを盛大に開け放った。
横でラビが微妙な表情をしてるけど、わたしは気にしない。
「コムイさーん、来ましたよー」
「ああ、来たね。ちゃん」
ほら、コムイさんも普通に出迎えてくれるし。
ふと、わたしは司令室にコムイさん以外の人影を認めて首を傾げた。
ん? あの特徴的な髪型のおじいちゃんは…?
「…おや?」
「ああ、ブックマンとは初対面だったね」
「お初にお目に掛かる。私はブックマン一族の者。
私に名はない。ブックマンと呼んでくれ。そこの未熟者の師であり、祖父でもある」
「…ラビのおじいちゃん?」
…祖父、だっけ?
それともそういう『設定』でここに居るんだろうか。
「=。《双黒の使徒》と予言された者であったな」
「え。はい」
「我らブックマンにとっても、おぬしの存在が何をもたらすのか、皆目見当も付かぬ。
その予言の意味、是非とも見極めさせて頂きたい」
「…はぁ…」
それって、わたしが『記録対象』ってことだろうか…。
別に記録されるような存在じゃないと思うんだけど…ああ、でも異世界人だっけ、わたし。
「ごめんなー、。じじいは堅いんさ」
「おまえは柔らかすぎだ、ラビ」
「柔軟って言って。ま、ただのパンダじじいさ、気負う必要ねぇから…痛ッ!?」
ベシッ、と高い音を立ててラビの頭にブックマンの拳がヒットした。
うわ、間近で見ると過剰な折檻だなこれ。
「不肖の弟子が失礼をした。改めてよろしく頼む、嬢」
「は、はい。こちらこそ」
何事もなかったかのように差し出された手を、わたしは握り返した。
「じゃ、自己紹介も済んだことだし早速お仕事の話に移ろうか!」
テンション高くそう言うと、コムイさんはバッと地図を広げた。
コムイさんの指し示した場所を見て、わたしは思わず目を瞬かせる。
「今回はそんなに遠くないよ。すぐご近所」
「…そこはご近所って言わないです、コムイさん」
「汽車で半日だもん、近所だよ!」
「半日も掛かるのにどこが近所だよ!」
ご近所ってのは歩いて数分程度を言うんじゃないのか!
わたしの認識間違ってますか!?
「ま、まあまあ、落ち着くさ、。
そんで? どんな内容の任務なんさ、コムイ」
「うん。…今回行ってもらう街はね、『黄泉返りの街』と呼ばれているんだ」
苦く告げられた言葉に、わたし達は表情を引き締めた。
黄泉返り――『蘇り』? 千年伯爵とAKUMAを彷彿させる…。
「『黄泉返りの街』…」
「伯爵か?」
「わからない。…ただ話によると、黄泉返りを行う少女がいるらしいんだ」
黄泉返りを行う、少女?
あれ? 伯爵の仕業じゃないの…??
「彼女がアクマなのか、それともイノセンスの適合者なのか…
確率は五分。どちらにせよ、イノセンスがある確率は高い」
「あ、なるほど」
AKUMAである可能性と、イノセンスの奇怪である可能性か。
じゃあ、今回の任務は…。
「名目上は、奇怪の調査。本音はイノセンスの探索。
ラビとブックマンは、ちゃんの護衛だね」
「え…」
護衛!?
思わずラビを見上げると、苦笑で返された。
「危険は百も承知だ。それでも敢えて頼みたいんだ。
ちゃん。…君の持つイノセンスの《声》を聴く力を貸して欲しい」
「……」
ゆっくりと、わたしは瞬きをした。
――イノセンスの《声》を聴く能力。
この能力が使いこなせれば、確かにイノセンスの探索には有利になる…。
「コムイさん。いつものように、「我が儘は聞かないよ」、って言ってくれて良いです」
「ちゃん」
「わたしはエクソシストですよ」
笑顔で言うと、一瞬目を瞠ってから、コムイさんも穏やかに微笑んだ。
「…そう、だね。うん、頼んだよちゃん」
「はい!」
頷くわたしから、コムイさんの視線はラビとブックマンに向けられる。
「ブックマン、ラビ」
「おう」
「うむ。任されよ、室長殿」
「あと、ちゃんにはこれ」
「はい? あ、ゴーレム!?」
手渡された銀色のそれが、パッと翼を広げた。
目の前にふわりと浮かび上がったゴーレムは、旋回してからわたしの頭の上に乗った。
「うわー、ホントに銀色の子だー!」
「女の子はそういうの拘るからねぇ。ちゃん用の特別仕様だから、大事にしてあげてね」
「はーい、ありがとうございますコムイさんっ」
自然と頬が弛んできてしまった。
だってずっと憧れだったんだよ、ゴーレム連れて歩くの!
「詳しい話は現地で探索部隊に聞いてくれ。
今回の件、現地担当はラグラスだ」
コムイさんの告げた名前には聞き覚えはない。
だけど、それにラビが反応を示した。
「ラグラス!?」
「なに、ラビ。知り合い?」
「うん。1年くらい前に入った奴でさ。確か歳はと同じ」
「マジで! 若っ!?」
探索部隊でそんな若い人いるのか。
今まで会った人ってみんな二十代後半だったから、そういうものだと思ってた。
「同世代の君らが若いとか言うもんじゃないよ~」
「大丈夫です、コムイさんもまだまだお若いですよ!」
笑顔で言い返すと、コムイさんは苦笑した。
そして、パタパタと手を振る。
「うっわ、全然心にもないこと言うねぇちゃん!
いいからささっと行っちゃって行っちゃって!」
「コムイさんひどーい」
「ひどくない、ひどくない! はい、ラビ! ちゃん連れてって!」
「はいよー。ホラ、行くぞ」
そのままラビに掴まれて、わたしはずるずると引きずられて行った。
…いつも思うんだけど。
――わたしの扱いって、女の子にされる扱いじゃないよね、いつも?
いつもと少し違う日。
To be continued?
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