「……」
瞼に光を感じて、目を開けた。
空はすっかり白んでいる。…夜が明けたらしい。
視線を上に移せば、無防備な表情で眠っているの顔があった。
…よくこんな場所で眠れるものだ。順応性のある、とでも評価してやるべきか。
「…図太い神経してるぜ、まったく…」
呟きながら、ゆっくりと身を起こす。
それでもは一向に起きる気配がなく、あろうことかそのまま横に転がりそうになった。
慌てて抱き留める。が、それでも起きない。
「……少しは警戒しろよ……」
しがみついて寝ているに、思わずため息を吐いた。
神経が図太いのは構わないが、無防備なのは問題だ。仮にも女なのだから。
「…死ぬ前に痛い目見そうだな、おまえ」
呑気に寝息を立てているの頭を、軽く叩く。
僅かに身じろぎしたくらいで頑なに起きようとしない相手に、さすがに呆れを通り越して感心した。
「…死にたくないから、足掻く…か」
――酷く人間臭い理由だと、思った。
《世界》を守る《使徒》にしては、自己中心的で人間臭い。
あそこまで躊躇いもなく、そんな本音を吐き出す奴を初めて見た。
「…変な女」
――――ただ。
今まで遭ったどんな奴とも違う、心地よさのようなものを、朧気に感じていた。
「も~~~ッ…心配したでしょ! 何やってたの!?」
と神田が本部に戻った後。
眦を吊り上げたリナリーに、は思いっきり怒鳴られていた。
「ご、ごめんなさい」
「そんな薄着で一晩うろうろしてるなんて! この前倒れたのを忘れたの!?」
「…ハイ…申しわけないです…」
いったい、どっちが年上なのか。
叱られているを眺めながら、仏頂面でソファに座っている神田にラビがこそっと耳打ちする
「なんでがユウの団服着てるんさ? いつの間にそういう仲に」
「――三枚に下ろされたいか」
間髪入れず、六幻がラビの前に揺らめく。
一瞬ぎょっとしたものの、いつものことなのでラビはへらりと笑った。
「冗談、冗談だって! …でも、ユウってああいう気が強いのが好みだったん?」
「話が変わってねぇぞ、馬鹿兎。だいたい、てめぇと一緒にするな」
「あはは、オレはパス。可愛いけど子供っぽいもん」
「…そーかよ」
へらへら笑うラビに、神田は鬱陶しそうに手を振った。
それに気付かない振りをして、ラビは話を続ける。
「マジな話、ホントに何もなかったん?」
「ねぇよ」
「えー。女の子があんな格好してて、一晩中一緒に居りゃあ過ちくらい犯すでしょー」
「……あいつ相手に過ちの犯しようがねぇだろ」
えー、とつまらなそうに声を上げるラビの頭を、神田は六幻の鞘でガツンッと叩いた。
そして痛みに蹲るラビに、苦い口調で告げる。
「…あそこまで無防備なくせに気が強い変人女、
押し倒せる奴がいたら、それはよっぽどの鬼畜かただの物好きだな」
目を眇めて言われた言葉に、ラビは一瞬目を瞠ってから、盛大に笑い転げた。
+++
――あれから、一週間余りが経った。
珍しいことに神田もラビも任務がなく、わたし達はここ数日ずっと修練場に通い詰めだ。
…わたしは相変わらず痣だらけになっていたけど、弱音を吐く気はもはやない。
「――発動! 《天蓋黒盾》!」
振り下ろされた木刀を、わたしは発動した盾でガードする。
足の重心が微かに傾いて、思わずよろけた。
「――踏み込みが甘い。何度言ったらわかる」
「…ッ」
神田が木刀を引いた。
わたしは床を蹴って、大きく後ろに飛ぶ。
「ガードした後に、」
「わっ?!」
急に眼前に迫った神田のスピードにに、思わず目を瞠った。
瞬間、足を払われてわたしはその場に転がる。
「――後ろに飛んでどうする、この馬鹿。おまえの速度じゃいい餌食だ」
「~~~っ…いったぁ…!」
うぅ…お尻打った…。
くっそー…足払いとは卑怯な。
「…今日はここまでだ」
「え! わ、わたしまだやれるよ!?」
「阿呆」
慌てて立ち上がったわたしの額を、神田はぺちっと軽く叩く。
目を瞠るわたしに、神田は表情を変えずに言った。
「適度に休め。根を詰めても上達しねぇぞ」
「……」
返す言葉が、一瞬出てこなかった。
いやいや、とわたしは考え直す。わたしは何も出来ないんだから、人一倍やらなきゃダメだ。
「…でも、わたしは人一倍やらないと…」
「心配するな。元々大成する才能がない」
「酷ッ!?」
「だが、根性だけは誉めてやる」
予想外の一言に、今度こそわたしは絶句した。
…え。なに。今、誉められた? 神田に??
「集中してやってりゃ、そのうち見られるようにはなるだろ」
「う~…」
「焦るな」
唸るわたしの頭を、神田が軽く叩いた。
――叩くというよりは、少しだけ優しい仕草で。
「焦ってもおまえの場合、転ぶのがオチだ」
「あんたねぇッ!!」
…一瞬でもときめいてしまった自分が許せない。
本っっ当に、一言多いんだよ、この男は!!
.
.
.
「…なぁ、リナリー?」
「なに?」
「なんかさ。ユウって、感じ変わった?」
食ってかかるを軽く受け流している神田を見やり、ラビがそんなことを言った。
問われたリナリーは、少し考えてから口を開く。
「んー…どうかしら。
よくわからないけど、少なくともには少し優しくなったかな?」
「ふぅん…」
リナリーの目から見てそうなら、まず間違いはないだろう。
――常に観察していた人間ふたりがそう感じるなら。
「あのユウが、ねぇ…」
頑なで、常に周囲に壁を作ってきたような奴が。
こうして眺めていると、どことなく楽しそうに見えなくもない。
その変化をもたらしたのが、つい数週間前に入団したばかりの、新人エクソシスト。
「…興味沸いてきたさ」
「え? 何か言った?」
「いいや? なんもー」
不思議そうに首を傾げるリナリーの声に、ラビはへらりと笑う。
その視線を、ひとりで騒いでいる少女に向けたままで。
地に根を張り、何よりも強く。
To be continued?
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