「なんだ、ティム。来たのか」
外界と教団を繋ぐ水路。
そこへ向かう途中、追いかけてきた金色にクロスは手を伸ばした。
「くれぐれもあちらで粗相のないように。クロス元帥」
「お前は俺の母ちゃんか」
冗談めかして応えるクロスだったが、対するコムイの表情は堅い。
「本当に大丈夫ですか。こんな時でなければ僕も行くんですが」
「話つけに行くだけだ。俺を心配するなんて珍しいじゃねぇか、コムイ」
「違いますよ。途中であなたがバックレたりしないかが心配なんです」
「はっはっはっ」
憎まれ口を叩くコムイの心情を理解してか、クロスは普段と変わらない調子だった。
そんな様子を彼らしいと思いつつも、コムイは何か納得し切れないものがある。
「お気をつけて」
「うむ」
そしてクロス元帥と共に中央庁へ戻るルベリエの周囲には、監査官数名とリンクの姿がある。
無言でリンクは、赤ん坊ほどの大きさの荷物をルベリエに差し出した。
「ご苦労、リンク監査官」
それを受け取り、ルベリエは満足そうに頷く。
中央庁から戻るまでここは頼みましたよ。報告はかかさないように」
「は」
その報告の大半は、アレン=ウォーカーの監視結果なのだろうが。
否、もはや彼の監視対象はアレンだけでは済まなくなっているような気も、しないではない。
「時間です、元帥」
短く告げたルベリエに、特別応えを返すわけでもなく、クロスはティムを片手に乗せた。
そして、コムイの手にその金色のゴーレムを落とす。
「じゃあな」
「え。ティムは連れて行かないんですか?」
ティムキャンピーはアレンが連れ歩いてはいたが、本来はクロスのゴーレムだ。
すっかり連れて行くものだとばかり思っていたコムイが聞き返すと、クロスは軽く手を振って応えた。
「ティムが「行かない」とさ。荷物整理、頑張れよ」
それだけ言うと、振り返ることもなくクロスはルベリエと共に去っていく。
あまりにも潔い、ある意味では彼らしくもあるその後ろ姿を見送りながら、コムイは口を開く。
「さて…ボクらも忙しいよ、リーバー班長」
「ウィッス」
――――ルル=ベルによる本部襲撃の後すぐ。
中央庁と教団の幹部が召集され、今後の体制について連日評議が行われた。
科学班は約半数の研究員を失い、その他の班も含めその被害は大きく。
本部はしばらく、機能を失ったように静かだった。
「おーい、ー」
「んー? あれ、ジョニーさん」
呼ばれて振り返ると、車椅子に乗ったジョニーさんが近づいて来た。
まだまだ完治にはほど遠い様子だけど、だいぶ元気になったようだ。
「勝手に病室抜け出したら婦長に怒られますよ?」
「ナイショにしててね。で、アレン達知らない?」
「それはわたしも目下捜索中です」
その名前を聞いた瞬間、わたしはにっこりと無駄に微笑んだ。
ジョニーさんが怯んだような気がしたけど、なに、気にしない。
「………あいつら揃って病室抜け出しやがったんですとっ捕まえて説教しようと探し回ってます」
「そ、そっか…も怪我人なんだから無理しないでね…」
「ダイジョーブです」
死にかけたのが嘘のように元気です、わたし。
…これはね、ある意味悪運が強いんだと思うんだよね、わたし。
脇腹に喰らった一撃が致命的だったわけだけど、それ以外の外傷が比較的軽かったのが幸いした。
車椅子も松葉杖も必要ない。さすがわたし。…自分でも吃驚だが。
「………もうね、アレンとか神田なんか心配しちゃいねーんですよ」
「な、なんで?」
「あいつら異常に回復速いんで。心配するだけ心の贅肉」
「…それってもだよね?」
「そこは流して下さい」
良いの。だってわたし寄生型だもん。
「あの口ほど頑丈じゃない赤毛兎めとご老体コンビがもー心配で心配で」
「あー…わかるわかる。ラビって意外と打たれ弱いよね」
うんうん、とわたし達は頷き合った。
無駄に頑丈なアレンや、装甲薄い割にどんな傷も治る神田に比べて、ラビが打たれ弱いのは仕方ない。
そのくせ無茶やる度合いは同じくらいなものだから、お姉さんはいつも気が気じゃないよ!
「…マリがついてるから安心してたわたしが馬鹿だった!
いくらなんでもマリひとりじゃあいつら全員の面倒は見きれない!!」
「たまにってアレン達のこと何だと思ってるんだろうって、不安になるよ俺」
手の掛かるガキ共です。
…いや、手の掛かる云々ではわたしも似たようなものかもしれないけど。…いやいや。
「とにかく、さっさと見つけてアレンと神田とラビを正座させて3時間説教の刑!!」
「3時間ってが辛くない?」
「…30分にしようかなっ」
「いきなり6分の1まで減ってるよ!?」
良いんです。わたしが疲れたら意味ないもん。
しかし30分程度じゃあいつら堪えないだろうなぁ…どうしてくれよう。
思案に暮れるわたしの視界に、見覚えのありすぎる後ろ姿が映った。
「あ、いたいた」
「あの赤毛は見間違いようがないわね…」
都合の良いことに、脱走者全員発見です。
…まさか怪我人どもが修練場にいるなんて、誰が思うんだ。
「こらー、そこの怪我人ズー!」
「ん?」
「じゃん。何してんの」
「それこっちの台詞…って、アレなにやってんの…?」
呑気に振り返ったラビ達に言い返そうとして、わたしは視線をついと修練場の中央へ向けた。
――なんか凄い砂煙が上がってますが。ナニアレ。
「…も、動けない」
「は。口程にもないな、モヤシ」
お互いに疲労の色を見せつつ、竹刀を片手に携えたアレンと神田の姿が、ようやく砂煙の中から見えた。
…更にズタボロになってるよあのバカ共…。
「さすがです、神田…やっぱり剣だと敵いませんね」
「当たり前だ。ムダな動きが多すぎんだよ、テメーは。さぁ、丸刈りになってもらおうか」
丸刈りって。
なんとなくわかった…この珍しい組み合わせが、真面目に稽古してる理由というか発端が…。
稽古とは言え、負けず嫌いのふたりだ。
神田はどこまでも真っ向勝負だけど、相手の土俵で戦うアレンが普通に竹刀振り回すだけなわけがない。
「やだなぁ。まだ「まいった」とは、――言ってないでしょッ」
「ッテメ!」
竹刀を突きつける神田の腕を、アレンは足で拘束して、そのまま砂地に叩きつけた。
「うりゃあッ!!」
「ぐっ」
あー…やると思ったー…。
神田はいい加減、アレンの中身を理解すべきだと思う。
勝つ為なら手段選ばないぞー、アレンは…ガキだから。
「ああっ、神田先輩!」
「あれー。珍しいね、あのふたりが組んでるなんて」
「おー、ジョニー」
「もう動いて大丈夫なのか?」
「それ、わたしはあんたらに言いたいんですけども」
ジョニーさんはジョニーさんで困ったものだが、別段傷の治りが早いわけでもないラビ達が言えた立場じゃないと思う。
「ってば自分も怪我人なのに婦長2号みたいだな…」
「誰が2号だ怪我人兎。で、あのモヤシっ子とパッツン男児は何やってんだ」
なんとなくわかるが、経緯がわからん。
あのふたり、なんだってあんなにイライラしてるんだ?
「や、はじめはただの剣術稽古だったんだけどさ。
あのふたり、ミョーにイライラしてて。もー、扱いづらい」
「で、イライラの原因は?」
「わかってることをわざわざ聞くのは趣味が悪いぜー、?」
「ソウデスカ」
…まあ。なんとなくわかっては、いるが。
それなりに長い付き合いだ、ふたりの性格を考えれば何も難しいことはない。
「テメェ、ヘバったフリしてやがったな!!」
「騙し討ちも立派な戦法です」
「もう死ね! この似非紳士野郎!」
「師匠が似非者なもので」
怒鳴り合いながら取っ組み合うふたりの手には、既に竹刀などない。
もはや単なる殴り合いです。動物かお前らは。
「…気付いたらもうかれこれ1時間こんな感じ。負けたら丸刈りらしいさ」
「もうただの殴り合いになってるよ」
「馬鹿だろ。あいつら馬鹿だろ。そもそもキングオブ負けず嫌いコンビに決着つくわけねーだろ」
「、真顔はやめてなんか怖い」
怯えたように視線を逸らすのはやめて頂きたい、ラビ。
心なしかチャオジーが引いてるような気がして、なんか切ないから。
「…あの襲撃がよっぽど悔しかったんだろう。
特にアレンの奴はあんな性格だから、きっと抱え込んでいるんじゃないか」
「アレン…」
…
……
………いかん。しんみりムードになってきた。
なにか話題を変えようとあたふたしてみるものの、まったく浮かばない。
仕方ないので、わたしはラビに目で訴えてみた。
「………」
「………」
「……そんなに見つめられると困っちゃう」
「違うだろ馬鹿兎」
伝わってなかった!!
全然まったくこれっぽっちも伝わってなかったよ今!?
「んで、は良いとして…ジョニーは何しに来たんさ?」
さらりと話題が変えられた。
…今のアイコンタクトの意味は…? あれ?
「ん? 団服の採寸測りに来たの。ラビと神田とアレンの」
「仕事してんのかよ!?」
まさかのお仕事発言に、わたし達はバッと一斉にジョニーさんを振り返った。
その怪我で仕事?! どんだけ仕事中毒だよこの人!?
「十代はすぐサイズ変わるからさー」
「仕事中毒だねェ」
「ここにも説教対象者が居たなー…」
どこまでも真面目な人だなまったく…
…気を紛らわせる為の逃避行為の意味も、立ち直る為の前向きな意味も、どちらもあるんだろうけど。
「おーい、アレーン、神田ぁ~」
「コラ! いい加減にしろ!」
未だ殴り合いを続けるふたりを、ようやく止める声。
…いや、遅いから。ふたりとも凄い顔になってるから今。
「ふぁいすん(採寸)?」
「あはははっ」
「おお~~~」
「ちっ、面倒くせェな」
「お疲れっス、神田先輩」
「やりすぎだ、お前ら」
顔をパンパンに腫らしたふたりを、暖かく迎える面々。
いや、さすがに誰かツッコミ入れようよ。こうなる前にさ。
「あれ? 、なんでここに。治療は?」
「半死人がうろちょろしてて良いのかよ」
「あんたらにだけは言われたくないです」
重傷人に言われたくないです。
この呑気者どもどうしてくれようか…と、考えていた瞬間、背後から怒りのオーラが漂ってきた。
なのでわたしは、特に逃げそうなアレンと神田を両手でそれぞれ掴む。
「?」
「なんだよ」
「……婦長ー、馬鹿5名…いや、6名捕獲しましたー」
「ご苦労様、さん」
その声が聞こえた瞬間、チャオジー以外の全員が硬直した。
…なんだ、逃げる心配無いみたいだ。
「――そこの仕事中毒者とエクソシスト五名。だぁぁぁれが病室から出ていいと言ったかしら?」
例えて言うなら、心霊現象的な冷気が漂ってきた。
相当お怒りです。今まで見た中で一番怖いかもしれない。
こっぴどく叱られる面々を眺めながら、わたしはため息を吐いた。
どうしてこう、男というのはお馬鹿さんなんでしょうか。
「あーあ…馬鹿ばっか」
思わず呟いたわたしの肩の上で、ソルトレージュが僅かに身じろぎした。
スッと手を差し出すと、その口から聞き慣れた声が。
『、今アレン達と一緒に居るか?』
「え? リーバー班長? あ、はい。一応居ます」
ちらりと視線を向ければ、アレン達はお仕置きの真っ最中だ。
あ、耳引っ張られてる。痛そう。
『エクソシスト全員、今すぐ司令室に来てくれ』
「今すぐ!?」
この惨事の後でか…ギャグにしかならなそうな絵面しか浮かばないけど。
「了解しましたー…けど、あの」
『ん?』
「何見ても笑わないであげてくださいネ」
『は?』
怪訝そうなリーバーさんに、わたしは中途半端な半笑いを返すしかなかった。
視界の端に映る、騒動を眺めながら。
+++
「リナリーのイノセンスが?」
「うん。リナリーは寄生型ではないことが判った。でもその前に、」
真面目な表情で、コムイさんは眼前に整列するアレン達を見た。
…正確には、まるでダンボの如く腫れ上がった彼らの右耳を。
「ちょっとそこ耳隠してくれるかな?
真面目な話だから」
「僕ら真面目に聞いてます」
コムイさんの気持ちもわかる。わたしだって見た瞬間、盛大に笑い転げたとも。
「……アレンくん達、何があったの?」
「ん? 婦長にお仕置きされたの」
「また?」
リナリーにまで「また」とか言われてるし。
怪我人の自覚がないんだろうか、あの子達は。
「、リナリー。話を続けて良いか?」
「「はーい」」
内緒話に勤しんでいたわたし達に、リーバーさんが苦笑する。
怒られちゃったね、と言ってわたしと笑い合うリナリーは、もういつものリナリーだ。少なくとも表面上は。
「寄生型は人体とイノセンスが細胞レベルで結合し、肉体を『対アクマ武器』に造り変える。
つまりイノセンスによる人体改造が行われた者のことなんだ。例えば…」
気を取り直したように、コムイさんは説明を再開した。
「アレンくんの左腕やクロウリーの牙、ちゃんの皮膚は
発動していない時は人の体と同じ形態でいるが、その中身は人体とは別物の細胞組織で出来ている」
「……」
思わず、だろう。
アレンは自身の左腕を見下ろした。
アジア支部で取り戻して以来、アレンの左腕は当初程「奇怪」な形ではなくなった。
細胞が書き換えられ、適した形へと変化する――それは、普通の人間では考えられない、《進化》もしくは《変貌》だ。
「回りくどく言うな、室長。要するに化物になるってことだろ」
「貴様は言葉を選べんのか、ソカロ」
歯に衣を着せないソカロ元帥の言葉を、先生がたしなめる。
だけど言い方を変えたところで、全員の認識は共通だ。
――否。《普通》ではなくなった…という意味では、エクソシストは《人間》では、無いのかもしれない。厳密には。
「き、気にしないでねアレンくん、ちゃん」
「平気ですよ」
「うんうん、割と自覚無いしわたし」
「それもどうなの…」
わたし達を気遣うミランダさんに、わたしとアレンは普段通りに返す。
――そう、気にする必要なんてない。
何も恥じることはない。
わたしはわたしだし、アレンはアレンだ。本質まで変わるわけじゃない。
「でもリナリーの足は、検査したところそういった変化はみられませんでした。体内にイノセンスの反応もありません」
コムイさんの説明を引き継ぐ形で、リーバーさんが書類をめくりながら説明を続ける。
「ただ、この足に残った《結晶》…これは元はリナリーの血液だったものですが、
今はまったく別の金属組織に変わっているんです」
「ヘブラスカも、イノセンスの反応はここからすると言ってる」
「なるほど…」
一通りの説明を聞いて、納得したようにラビが呟いた。
「〝血〟か。適合者の体の一部…」
「これは装備型の進化型だ。適合者の血液と引き替えに、そこからイノセンス自体が武器を生成するタイプ」
――わたし達寄生型が、内側から細胞を作り替えられているなら、
リナリーは強引に体外に追い出された細胞を、《武器》という個体に作り替えられたということだろうか。
「元来装備型はイノセンスの制御が難しく、科学班による「武器化」で力を抑えなければなりませんが、
このタイプは血が両者の媒介になってより強い力を制御できるものになったと思われます。
おそらく、武器が損傷した場合も適合者の血液さえあれば修復も可能でしょう」
イノセンスの、自己修復…。
それが可能なのだとしたら、リナリーは《寄生型》と《装備型》の中間――正しく、新しいタイプのエクソシストだ。
…が、しかし。
「血ねぇ…」
「グロいなぁぁ…」
全員、顔をしかめたのは言うまでもない…。
だって、リアルに血液だよ? 少なくとも、気持ちの良いものではない。
「そんな顔しないで。言ってるこっちも同じ気持ちなんだから」
そうは言っても…。
だいたい、その形状も頂けない。
リナリーのイノセンスは読んで字の如く《靴》だから、足下に装着されているのは…まあ、理屈はわからんでもないが。
なんだかまるで、血の足枷――
そこまで考えて、わたしはぶんぶんっ、と頭を左右に振った。
…今、無意識に酷いことを考えた。
リナリーが選んだ道だ。
どれ程悲壮な決意だったとしても、彼女が自分で選び取った選択肢だ。
それを《足枷》なんて評するのは、彼女を侮辱するも同じじゃないか。
「一応ボクらでこれは《結晶型》と名付けた」
「結晶型…」
ぐるぐる考えていたわたしは、リナリーとコムイさんの間に流れる奇妙な空気を感じ取る。
ぎくしゃくしてる、って表現がしっくりくる…そんな空気。
コムイさんはとっさにリナリーから視線を逸らしてしまったし、それに対してリナリーは戸惑いこそすれ何も言わない。
…この空気、良くない。なんか、嫌だな。
「コムイ。この結晶型はリナリーだけにしかならないのか?」
「いや…断定は出来ないが、おそらく他の装備型適合者にも起こる可能性は高いだろう」
「神さまは僕らを強くしたいってことか」
「……仕方ありません」
ぽつりと、マリが呟いた。
彼の声は、決して大きくはなかったが――全員が、彼に視線を向ける。
「先日の襲撃…江戸からの帰還直後でスキがあったとはいえ、
元帥がいなければ本部は壊滅でした。
これは弱気になって言うのではありませんが…私には、伯爵が我々などいつでも殺せると、そう言ってるように感じました」
――その言葉は、部屋に重い沈黙を、落とす。
「………」
「?」
「え? ああ、うん。なんでもない…」
掛けられた言葉に、わたしは頭を左右に振る。
…いつでも殺せる、か。
確かに、そうなのかもしれない。
今までは、《方舟》の機能が《14番目》によって封じられていた。だから…、
いや…そもそも、ロードの扉とルル=ベルの能力があれば、教団を壊滅させるだけなら可能だった。
伯爵にとって、教団を『生かしておく』意味が、あるのだとしたら…?
気になっている言葉がある。
あの日《方舟》の中で言われた言葉。
『来たるべきその日まで、エクソシストとして生きなサイ』
来たるべきその日とは、何か。
その日が来たら、わたしはエクソシストではなくなるのか。
クロス元帥なら何か知っているかもしれないが、生憎彼は中央庁に出張中だ。
「、眉間に皺寄ってますよ」
「えっ? 嘘?!」
慌てて眉間を両手で隠すと、ほぼ全員から笑われた。ひ、ひどい…
「。ひとりで悩んでも何も解決しないよ。
悩むことがあるなら、思うことがあれば、僕に言って。ひとりよりふたりの方が良いでしょ?」
「アレン…」
「…はいはい、ふたりより三人、三人より四人、ってな」
「ぅぐ…ラビ、重いです…」
見つめ合うわたしとアレンに割って入るタイミングで、ラビが両腕をアレンの頭にのせた。
のし掛かられた状態のアレンが呻くが、それを窘める人間は誰一人居なかった。珍しい。
そう思って視線を皆に移すと、なんとも和やかな視線が方々から向けられている。
……え。皆様、その慈愛に満ち溢れた視線は何。
「そうよ、アレンくん。ひとりで格好つけちゃって」
「…お前らふたりじゃ、延々迷って堂々巡りを繰り返すだけだろうが」
「みんな…」
なんだか気恥ずかしくてくすぐったくて、思わずアレンと顔を見合わせて笑った。
そんなわたし達に、先生は彼女にしては珍しい、穏やかな口調で告げる。
「…、誇るが良い。それは今までのお前が築き上げてきたものだ」
「はい、先生…」
――そうだ。わたし達は、こんなにも多くの人達に護られ、庇われ、赦されている。
今まではひとりで突っ走ろうとした。
今度はふたりで勝手に決めようとした。
だけど、それじゃダメだ。何も変えられない。
「あの…コムイさん」
「うん?」
「確証は無いんですけど…聞いてもらえますか」
真っ直ぐにコムイさんを見つめると、コムイさんも真剣な表情で頷いた。
「…さっきマリが言っていた通り…伯爵側は、いつでも教団を潰せたはずです。
だけど敢えてそれをしなかった…彼らには、教団を『生かしておく』理由があるんじゃないでしょうか…?」
「それは《方舟》が使えなかったからじゃ…」
「わたしもそう考えてました。
でも、ロード=キャメロットとルル=ベルの能力を持ってすれば、時間は掛かるでしょうが、教団を壊滅させるのは可能です」
「!」
全員の顔色が、変わった。
そう。何もロードとルル=ベルの能力は最近になって発現したようなものではないはず。
探索部隊、エクソシスト――外に出る機会が多い彼らの後を付ければ、教団の所在地を知ることはそう難しくはない。
ノアが元は人間であり、AKUMAのように体内に特殊ウイルスを持っていないのだから、扉での識別は不可能。
そもそもロードの能力を考えれば、教団内への侵入など容易なはず。
「ティキが言ってたな…ロードはノアで唯一、《方舟》を使わずに空間移動が出来るって」
「…それに、ルル=ベルの能力で教団員になりすませば、個々にエクソシストを殺すことも可能…か」
探索部隊志願者にでも化ければベストだ。
変な場所に入り込んでも、新人ならある程度は許容される。
「今回の襲撃、あくまで彼らの目的は《卵》だった。
確かに、の説には充分な説得力がある」
先生が表情を険しくして頷く。
それを受けて、コムイさんは再びわたしに視線を向けた。
「本部移転だけでは心許ない、と?」
「単に移転したところで、今回の二の舞に成り兼ねません」
「…なるほど…」
少し思案するように沈黙してから、コムイさんは傍らに立つリーバーさんと頷き合う。
「その辺りの対策も考えよう」
「そうですね、室長」
その一言に、わたしは胸を撫で下ろす。
どこまで何が出来るのか不明確だけど、自覚のあるなしでは相当違うだろう。
もう二度と、闘えない人達が見せしめのように傷つけられるのは見たくない。
「…ひとつずつ」
「え?」
「ひとつずつ、確実に消化していこう。
時間は掛けられないかもしれない。それでも、穴があってはいけない」
「……」
「そうだよね、ちゃん?」
「…はい!」
求められた同意に、わたしは力一杯返事を返した。
出来ることを全力で成そう。
ずっとずっと、自分に言い聞かせてきたその言葉の意味を、ようやくわたしは理解する。
「これから忙しくなるけど、みんなよろしく頼むよ」
「そうか。じゃあさっさと六幻を直せ」
「あっ、いやっ、それはもう少し待って欲しいなーなんて…あのね、絶賛人手不足なのよわかる神田くん…?」
神田の本気なのか冗談なのか判らない一言に、本気で狼狽えるコムイさん。
そんな彼らのやりとりを、わたし達は笑いながら眺める。
今だけでも良い。
こうして、希望を語り合える《現在》があるなら。
――――――きっとわたし達は、この先の《未来》を生き残れるだろう。
信じて進む、その一歩を。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。