――――AKUMAの群の中、降り立つ白い道化。


純然たる殺気。
AKUMAを見据える、瞳。

その姿に安堵すれば良いのか、嘆けば良いのか、本当はいつも迷う。
だけど今は、そんなことを考える余裕も無さそうだ。

――ッ」

わたしと目が合った瞬間、アレンは何かを言いかけて口を噤む。
瞬間、真っ直ぐに射抜くような視線をわたしに向け、告げた。

――立って。今は君の力が必要です」
「うん…わかってる」

苦笑を返して、わたしは立ち上がる。
体中が痛い。だけど、動けない程ではない。

そうだ、わたしの役目は――――

「みんなのことはわたしに任せて。
…だから戦闘は任せるわ、アレン」



File08 翳り




「……」

心が、ざわめく。
呼吸をしているはずの自分が、まるで人形のよう。
微睡みの中に居るように、感覚が薄い。
ただ、ヘブラスカの言葉だけが、頭の中をぐるぐると回り続けている。


――強い力はその代価も大きくなる…寄生型のようにな…



「…代価」

――それは、命が削られるということ…


次に同調するときは…
覚悟は…必要だと思う…



「カクゴ…」

呟いたのは、無意識だった。
実感なんて少しも沸かない。
寄生型の適合者の宿命も…
私自身が、寄生型になるかもしれないという事実さえも。

――『覚悟』。
昔…ただひとり、暗い牢獄のようなこの部屋で。
兄さんが来てくれたあの日――エクソシストになったその、覚悟。
それだけでは足りないと、イノセンスは言うのだろうか。

――…ッ」

――嫌、だ。
怖い。苦しい。私が寄生型になれば、自らの寿命を縮めれば、きっと兄さんを傷つける。
だけど、でも。もアレンくんも、クロウリーも――戦う度に命を削り続けているのだと、知ってしまった。

知らなかった時とは、違う。

達と一緒に戦いたい。
…だけど怖い。
苦しい。痛い。心が痛い。

「…兄さん……ッ」

頼りたくないと、思ったのに。
これ以上ふたりに負担を掛けてはいけないと、そう思っていたのに。

怖い。
怖い。
息が出来ない。
私は、どうすれば良いの…!

『敵襲!!』
「ッ!?」

唐突に、無線ゴーレムから響く聞き慣れない言葉。
私は、反射的に抱えていたシーツを離して立ち上がった。

『エクソシスト及び本部内全団員へ!
 第五研究室にアクマ出現。現在エクソシスト2名が応戦中』
「!! 第五…!? 科学班のみんながいる所だわ」

リーバー班長達の顔が、脳裏に浮かぶ。
本部(ホーム)に、アクマが。

――みんながいる研究室が、戦場に?

ぞっと、背筋に悪寒がはしった。
…どうして、此処にアクマが…ッ

『元帥及び以上のエクソシストは至急方舟3番ゲートのある間へ。
 ――ノイズ=マリ、ミランダ=ロットー。至急3番ゲートの間へ。
 ファインダー各隊は室長の指示する一で待機。……』

すべての通信を聞き終わる前に、私は部屋を飛び出していた。
エクソシスト2名…きっとひとりはアレンくんだわ。
さっきの指示では、の名前が挙がらなかった。もしかしたら、もうひとりはかもしれない。

――行かなきゃ。
ふたりを助けて、兄さん達を守って、この本部(ホーム)を守って――――

「!」

走る自分の足を、ふと見下ろす。
足…すごく軽い。
《黒い靴(ダーク・ブーツ)》と離れたからかな。全然痛くない。


――ずっとずっと…あの靴は重くて、痛かった。


「……っ」

ダメだ。しっかりしなきゃ。
怖がっちゃダメだ。
私は戦わなきゃ。大切なものを守るためには、戦わなきゃ――

「ラビさんどこへ!?」
「知らせは済んだし現場戻るさ! っとぉ!?」

階段を横切った瞬間、悲鳴に近い声が上がる。
聞き覚えのある声に、私は走りながら振り返った。

「ラビ!」
「リナリ!? 裸足でどこ行くんさっ」
「昇降機が今どこの階にあるか知ってる!? ヘブラスカの間に…っ」

走りながら告げた言葉は、最後まで続かなかった。
軽い衝撃と共に私は誰かにぶつかり、足を止める。
謝ろうと顔を上げるのと、肩を掴まれるのはほぼ同時。私の肩を掴んだのが誰かを認識した瞬間、私は僅かに目を瞠った。

「! 兄さ…」
「ラビも一緒か」
「!」

探索部隊と、中央庁の役人とを従えた兄さんが、厳しい表情で私達を見ていた。
そして、私達に付いてくるように促す。

私とラビは顔を見合わせ首を傾げつつも、兄さんに従って歩き出す。
やがて、見覚えのある区画へたどり着き、私は兄さんに声を掛けた。

「あの、兄さん? ここは医療区域…」
「……」

私が全て言い終わるより先に、兄さんは医療区域の扉を開けた。
その次の瞬間、背に掛かる軽い衝撃。

「「!? え?」」

扉の向こう側へと突き飛ばされたのだと認識したのは、扉が閉められてからだった。
慌てて扉を開けようとしたけれど、押しても引いてもビクともしない。
鍵を、掛けられたのだ。

「ちょっ…兄さん!?」
「何すんだコムイ! 出せさ!!」
「ふたりとも!」

呼ばれて、私とラビは初めて部屋に人が居たことを認識した。
振り返ると、医療班の面々が揃っている。

「!」
「婦長!? ドクターやみんなも…」

目を白黒させる私達に、婦長は自分の背後を示す。
視線を向けると、そこには眠ったままのクロウリーの姿があった。

「ここはクロウリーの病室よ。私達はまだ目覚めてない彼の担当なの」
「ここ医療区域に結界を張って、非戦闘員の避難場所にした」

扉の向こうから、兄さんの言葉が続く。

「キミ達もここにいなさい。神田くんとチャオジーも今探してる」
「「!! なっ…」」

思わず、私達は言葉を失って立ち尽くした。

――避難。私達が。…《エクソシスト》が?

「冗談じゃねェ。じじぃンとこ行く、出せ!!」
「キミ達は今、武器が無いだろう」
「だからさっさと直せっつったんだろーが!! 研究員増やせバカ!!」

扉を叩くラビの声が、何故か遠くの出来事のように聞こえる。

時間は恐らく、ほんの一瞬だった。
私はその一瞬だけ、一切の動きを止めて立ち尽くす。

「アレンがとんでもねェ数のアクマが居るつってたぞ!
 あン中にはも居るんだ、こんなとこでじっとしてられっか!!」
「!! ちゃんが…!?」

アレンくん…――
ラビはアレンくんに監視が付いた日から、出来る限りは彼と一緒にいた。
なら、それは紛うことなき事実だ。

「…っ」

きつく、唇を噛む。
――覚悟を、決めた。
ふたりだけに、これ以上背負わせられない。

――ヘブラスカの所へ行かせて、兄さん!
 私なら…っ、シンクロできれば戦えるかもしれない…!!」

顔を上げ、微かに震える自分の手に気づかない振りをした。
…怖くない。怖がっちゃ駄目。だって私は、もうあの日に決めたじゃない。

「どうシンクロするつもりだい?
 装備するだけじゃ、キミのシンクロ率は10%以下だっただろう。それに…」
「昔…っ、見た実験…っ!!」

思い出すだけで、声が震える。
扉の向こうで、兄さんが息を呑む気配がした。

「! なに?」
「エ、エクソシストをつくる実験…あったでしょ…」

駄目。震えては駄目…!
怖くない。そんなことを思ったら負けてしまう。

「ヘブラスカに…体内にイノセンスを入れてもらうの。
 あの時は適合者じゃない人達だったから…でも私なら、イノセンスに応えられるかもしれない…!」
「バカな事を言うな、それでシンクロできるという保証はどこにもない!
 失敗してイノセンスが暴走する可能性だってある!」
「ヘブラスカは覚悟が必要だって言ってた…っ」

兄さんの言葉を遮るように、私は必死に言葉を紡ぐ。

「イノセンスはきっと私を試そうとしてる。
 命を懸ける覚悟を私が示せば、きっとシンクロできるわ。ううん…絶対してみせる。私…」

咽がカラカラに渇く。
ひりつくように、痛い。

「私はきっと、ホームのみんなや、を…兄さんを、守れるなら…」
――――「死んでもいい」って?」

響いた、静かな声。
その響きに、そしてその言葉に、私は瞬きも忘れて凍り付いた。

「みんなや、ちゃんや、ボクの為なら自分の命はどうなってもいいのか?」

どこか感情を抑え込むような、静かな声。
だけど――その声は、泣いていた。

「ち、ちが…私は…」

無意識に、涙が零れた。
違う。違うの、兄さん。聞いて…。

「兄さん、私は…」
「…ここにいてくれ。お願いだから…」
「……兄さ…ん」

苦みを吐き出すように呟かれた言葉に、私は言葉を失って立ち尽くす。

『室長! マリとミランダが到着しました』
「…すぐ行く」

通信に短く告げ、兄さんが扉から離れていく。
私は、遠ざかる足音を聞きながら、呆然としていた。

私…私は、また…軽率な言葉で、大切なひとを傷つけた…。

「リナリ…?」

気遣うラビの声に、私は応える言葉を持っていなかった。



――どうして私は、こんなにも無力なんだろう…。



+++


――範囲拡大、《瞬癒結盾》!!」

出来る限り、治癒の範囲を広げて発動する。
それでも全員は無理だ。範囲を広げたせいか、治癒速度は極端に遅い。

「…っ」

消耗も激しい。
こんな広範囲の治癒なんて未経験だ。
広範囲の治癒は、理論上は可能。だけど今のわたしにとっては、効率が悪い。
でも、ひとりひとり治す余裕なんて…!

「…無理でも、やらない、と…」

アレンとブックマンは、たったふたりでこの数のAKUMAを相手にしなきゃいけない。
なら、わたしの役目はみんなを護ることだ。

歯を食いしばれ。
今耐えなきゃ、全てを失う。

戦闘の余波で、髪や服が煽られる。
それでもわたしは、その場を動かず発動し続けた。

「騒がしっ」
「守化縷(スカル)、まだ時間はある。できる限り改造を続けなさい」
「はっ」
「《卵》を方舟に入れたら退く。
 ――アクマ達。それまでエクソシストを押さえろ」

どこか遠く聞こえる、ルル=ベルの平坦な声。

――《卵》なんかもうどうでもいい!
早く…早く帰って。お願いだから…ッ!

「私の仕事…主人の卵は渡さない」

瞬間、骸骨頭――守化縷(スカル)達は、さっきまで忘れたかのように停止していた《改造》を、再開した。

「!!」
「やめろ!!」

AKUMAとの交戦を中断し、アレンが守化縷(スカル)達に向かう。
その後を追うように、数体のAKUMAが向かって来る。

――範囲拡大!! 《天蓋黒盾》!!」

――――ダメか…ッ
いくらなんでも、範囲が広すぎる! これ以上はカバーリング出来ない…ッ!!
治癒を継続しながら盾を張るには、これ以上範囲を拡大するのは無理だ。
研究員のみんなを護るので精一杯だ。いや、それすらも満足に出来ていない。
このままじゃ消耗戦は必至。アレン達のサポートには回れない…ッ!

「ぐっ…」
「アレン!」

守化縷(スカル)を護るように、複数のAKUMAがアレンを迎え撃つ。
そのまま押し戻されるようにアレンの体は、研究室の柱に激突した。

「…、動くな!!」
「!!」

鋭く一喝されて、わたしは踏み出しかけた足を止める。
…今のわたしに出来ることは、研究員のみんなを護ること。
一度に多くのことを背負うことなんて、わたしには出来ない。そんなことはわかっている。

だけど。
――わたしは、…わたしは。

「…意味が…無い、よ…」

――あなたを護れないのなら、こんな《ちから》に意味なんて無い。

口を衝いて出そうになったその言葉を、わたしはぐっと飲み込む。
わたし…今、酷いことを考えた…?

「《道化ノ帯(クラウン・ベルト)》!!」

《道化ノ帯(クラウン・ベルト)》に貫かれ、AKUMA達が消滅する。
だけど数が半端ではないのだ。撃ち漏らしたAKUMAが、ガッとアレンの頭を掴んだ。

「!」
『もらった!』

わたしの中で、大きく鼓動が脈打った。
手が震える。脚が震える。喉がカラカラに乾いて、上手く頭が回らない。

咄嗟に足を踏み出した瞬間、ビリ…ッと右手が痛む。
思わず足が止まる。…なんだ、この痛みは。

――《天針(ヘヴンズ・コンパス)》!!」
『!!』

痛みに足を止めてしまったわたしの横を、ブックマンの針が勢い良く通り過ぎる。
それは正確な動きでAKUMAを捉え、それを吹き飛ばした。

「間に合ったか、小僧…」
「ありがとう、ブックマン」

振り返った瞬間に、わたしもアレンも表情を強ばらせた。
そこにいたブックマンは、AKUMAに囲まれた状態で石か何かを塗り固められたように、動きを封じられていた。

「!!! ブックマンッ」
「アクマの能力にあてられたようじゃ…
 今のが最後…指がかとおて動かん」
「ブックマ…」

ブックマンを助けようと身を翻したアレンに、AKUMAが群がる。
いくらアレンでも、あの数は…ッ!

巨大なAKUMAが、ブックマンへ駆け寄るアレンに迫る。
それを切り伏せようと体の向きを変えたアレンに、AKUMAが群がった。
まるでそれは、アレンを攻撃するというよりは動きを封じる為のような、行動。
瞬間、身動きを封じられたアレンに向かって、強大なAKUMAが炎にも似た衝撃波を放った。

「アレン!!!」
「小僧!」

いつの間に現れたのか、ルル=ベルがAKUMAに両腕を取られたアレンの前に降り立つ。
そして、変形させた腕をアレンに向けて振るった。

「あ…」

くたりと、アレンの頭が落ちる。
微かなノイズと共に、アレンを護る《神ノ道化(クラウン・クラウン)》の鎧が解ける。

わたしは、声にならない悲鳴を上げた。
発動が解けたということは、今、アレンの意識は無いということになる。
この状況でイノセンスの守りを失うことが何を意味するかなんて、考えるまでもない。

「アレ…ッ――っ!?」

反射的に飛び出そうとしたわたしは、酷く無防備だったのだろう。

力任せに、後ろに腕を引っ張られた。
ルル=ベルに踏みつけられた方の腕に酷い痛みが戻ってきて、視界が歪む。

「…ッ!?」
『ノア様。《姫君》は如何致しましょう?』
「連れて来い。これ以上こちら側に置いてもプラスにはならない」

冗談じゃない!
だけど身体能力は並以下のわたしでは、AKUMAの腕を振り払うことは叶わない。

腕の痛みのせいで、頭が回らない。
まずい…視界が…――

『エクソシストめっ』
――待て。丁度いいわ。こいつ、連れて行く」

失い掛けた意識が、覚醒する。
痛みに朦朧としながら顔を上げ、ルル=ベルの言う『こいつ』というのが誰なのか認識した瞬間、頭の中が真っ白になった。

「14番目が残した《奏者の資格》…《姫君》共々、主人の前に突き出しましょう」

まずい…今のアレンには抵抗出来ない…。
最悪、わたしひとりなら、連れて行かれてしまってもなんとかなる。
最低限、命の保証だけは、されている。
――でも、アレンは。

「《卵》も回収した。退くぞ」
「さぁさ、おいで新人諸君。新しい家(ホーム)だ」

ルル=ベルの言葉に、守化縷(スカル)と奴らに改造されてしまった研究員のみんなが、《方舟》へと乗り込んで行く。
喉に何かが張り付いたような感覚。
声が、出ない。

「残った人間は殺せ」
『はっ』

無慈悲なルル=ベルの言葉に、絶望感に支配され、力が抜ける。
わたしには、もう、何も……

「小僧! 嬢!!」
『さて、さよならだジイさん』

身動きの取れないブックマンに迫る、AKUMA。

『たった3匹で勝てると思ったのかい?』

だけどわたしには、動くことは疎か悲鳴を上げる気力すら残っていなかった。
――ああ。わたしは無力だ。
どんなに偉そうな言葉を並べ立てても、所詮はただの人間。
もうわたしには――何も、出来ない…。

『!?』
『なんだ? 動けない?』
『結界!?』

AKUMAの言葉に、わたしは閉じかけた瞳をハッと見開いた。
視線を巡らせる。
そこには、結界装置(タリズマン)を抱えたリーバーさん達の、姿。

『結界装置(タリズマン)か!』

AKUMAの動きが、一時的とはいえ停止する。
ブックマンを庇うように前に出たリーバーさん達。
気を失ったアレンとわたしを助けようと、AKUMAに向かうバクさん達。

「連れて行かせるものか!!」
「班長…」
「科学班をナメんじゃねェぞ!」

その光景は、無謀の一言に尽きるのかもしれない。
だけど、わたしはゆっくりと目を瞬かせた。

『小癪』
「!!」

結界を破壊しようと、AKUMAが結界への攻撃を始める。
だけど、リーバーさん達の表情には絶望も諦めもない。
AKUMAに対して、わたし以上に無力であるはずの、彼らが。

「起きろウォーカー! 拉致られるぞ!」
「アレン、起きて――――っ!!」

ジョニーさんの、悲鳴に近い声。
必死な彼らの姿に、わたしは自分を恥じた。

自分に何が出来ると、思っていたのだろう。
絶望だけはしないと。心だけでも強く在ろうと、そう決めていた。
そのはずだった。

なのに、わたしは諦めた。絶望に身を委ねた。
まだ――わたしにも、出来ることがあったかもしれなかったのに。

「起きてっ、アレェェーーーン!!」

ジョニーさんの悲痛な声に呼応するように、アレンのイノセンスが動く。
一瞬で自分を拘束するAKUMAを切り裂き、アレンは微かに微笑む。

「ありがと…」

その言葉は、わたしの心を鋭く抉る。
わたしは、いったい何を、していたのか。

――ッ!」
「……ッ」

強い口調で名前を呼ばれて、わたしは弾かれたように顔を上げる。
瞬間、わたしを拘束していたAKUMAは切り裂かれ、わたしはアレンの腕に抱き込まれた。
右肩に、鋭い痛みがはしる。

「…ッた…ッ」
!」

少しだけ焦った表情のアレンと、視線がぶつかる。
なんだか久しぶりにアレンの顔を見た気がした。
…だけど、真っ直ぐに彼の目を見ることが、出来ない。

「…ごめん…」
「謝らないで。…僕が君を護るのは当然のことなんだから」
「…腕痛いから離してクダサイ…」
「…………少しは空気を読む努力くらいしてくださいよ、
「なんて暴言ですかモヤシっ子め」
「どっちが暴言ですか」

いつも通りの、会話。
嬉しくて、だけど凄く苦しくて、泣きそうだ。

「大丈夫…今はわたしの心配なんてしないで」
「でも!」
「アレン!」

強く、名前を呼ぶ。
そうすればアレンが言葉を止めてしまうのを、わたしは知っている。
掴まれている腕は痛い。だけどそれ以上に、心が痛い。
苦しい。痛い。どうして。

――わたしがこの《世界》で生きる《理由》を、消さないで」
…?」
「一緒に戦わせて。…お願い」
「……………わかった」

強がったわたしの言葉に、アレンは小さく頷いた。
手が震えそうになるのを、わたしは必死に隠して俯き、きつく唇を噛む。
どうして。怖い。
…何が怖い?
どうしようもなく臆病で卑怯な自分の弱さを、知られるのが怖い。

「みんなを守りながら戦う為には、の力が必要です」
「うん」
「そして君は、自分自身も守ってください」

そう告げたアレンは、俯いたわたしを強引に上向かせた。
真っ直ぐな銀灰色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめる。

「約束、してください」
「……あんたもよ、アレン」

返した言葉が、震えた。
それに気付いているのか、いないのか。
アレンは柔らかく微笑んで、頷く。

「もう、「死んでも護る」なんて言わないよ。
 僕はと一緒に生きるって決めたから」
「…うん」

震えを止めるように、ざわめく心を落ち着かせるように、わたしは小さく息を吸い込む。
揺れそうになる視線を真っ直ぐに正した。
浮かべるのは、強がった笑顔。
言葉を紡ぐわたしの声には、もう震えはない。

「アレン。わたしは、あんたを護るわ」
?」
「だからアレンも、わたしを護って?」
「……」

ほんの少しだけ驚いた表情をしてから、アレンはわたしを強く抱き締めた。
時間にすれば、それはほんの一瞬。
だけど、その強さにわたしは呼吸を止める。

――当然だよ。僕はと一緒に、この《世界》で生きていく為に、戦うんだ」

狡いなぁ、と。そう思った。
どんなにわたしが強がって、必死に笑顔を浮かべて告げた言葉も、アレンはさらりと自然な笑顔で返してくる。
落ち込むときはとことん落ち込むくせに、開き直るとこれだ。始末に悪い。

「…行くよ」
「うん…」

――それでもわたしは、思うのだろう。

本当は、嘘でも良かった。
一緒に生きるのだと、確かではない口約束で構わなかった。

どこかで《物語》に終わりが来るのではないかと怯えながら、
それでも希望を抱き続けることが出来る彼の言葉を、嬉しいと。

「…え?」

瞬間的に、わたしのイノセンスがざわめき出した。

「…《黒龍》…?」

何かに反応してる…?
…何に?

?」
「う、腕…勝手に…ッ!?」

ゆっくりと、わたしの腕が持ち上がる。
何か《ちから》が、手に集まっていくような感覚。
そしてその《ちから》は、見覚えのある形へと形成された。

――大剣。アレンの退魔の剣と同じ形状の。
だけどその姿は、まるで影のように真っ黒だった。

「…これ、は」

《方舟》で、一度だけ発動した。
まるでアレンの退魔の剣の影のような、漆黒の大剣。

のイノセンス…? また形状が変わって…いや、でも…」

困惑しているアレンに、わたしは応える言葉を持っていない。
だって、わたしが訊きたいくらいだ。

――刻盤(タイムレコード)発動」

戸惑うわたし達の思考を遮るように、どこからか響く声。

「対象空間(ターゲット)を包囲。
 時間を吸い出します――《時間吸収(リバース)》!!」

確かなイノセンスの《声》に、わたしは視線を巡らせる。
…この《声》…ミランダさん。だけど彼女だけじゃない。マリと…それに、

「!!」
「《卵》が…っ!?」

わたし達の足下に、奪われたはずの《卵》が現出する。
ミランダさんのイノセンスによって、時間が戻されたんだ…!

――方舟。なかなか良い乗り心地だぜェ、ボーズ」

聞き覚えのない、声だった。
だけど、その声とほぼ同時に響く、複数のイノセンスの《声》。

マリとミランダさんのイノセンスの他に、4つ。
この強過ぎる程に強い、《声》――これは。

「…間に合った…っ」

半ば無意識に、わたしは呟いていた。
《方舟》から、見覚えのある面々が現れる。
ひとりは会ったことのないひとだけど…知っている。ソカロ元帥だ。



《卵》を取り囲むように、現れた4人の元帥。
そして、刻盤(タイムレコード)を携えたミランダさんと、彼女を抱えたマリ。















「さぁて。どうされたいか言ってみろ、アクマ共?」






今、惨劇の幕は開かれる。



To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。