――――AKUMAの群の中、降り立つ白い道化。
純然たる殺気。
AKUMAを見据える、瞳。
その姿に安堵すれば良いのか、嘆けば良いのか、本当はいつも迷う。
だけど今は、そんなことを考える余裕も無さそうだ。
「…――ッ」
わたしと目が合った瞬間、アレンは何かを言いかけて口を噤む。
瞬間、真っ直ぐに射抜くような視線をわたしに向け、告げた。
「――立って。今は君の力が必要です」
「うん…わかってる」
苦笑を返して、わたしは立ち上がる。
体中が痛い。だけど、動けない程ではない。
そうだ、わたしの役目は――――
「みんなのことはわたしに任せて。
…だから戦闘は任せるわ、アレン」
「……」
心が、ざわめく。
呼吸をしているはずの自分が、まるで人形のよう。
微睡みの中に居るように、感覚が薄い。
ただ、ヘブラスカの言葉だけが、頭の中をぐるぐると回り続けている。
――強い力はその代価も大きくなる…寄生型のようにな…
「…代価」
――それは、命が削られるということ…
次に同調するときは…
覚悟は…必要だと思う…
「カクゴ…」
呟いたのは、無意識だった。
実感なんて少しも沸かない。
寄生型の適合者の宿命も…
私自身が、寄生型になるかもしれないという事実さえも。
――『覚悟』。
昔…ただひとり、暗い牢獄のようなこの部屋で。
兄さんが来てくれたあの日――エクソシストになったその、覚悟。
それだけでは足りないと、イノセンスは言うのだろうか。
「――…ッ」
――嫌、だ。
怖い。苦しい。私が寄生型になれば、自らの寿命を縮めれば、きっと兄さんを傷つける。
だけど、でも。もアレンくんも、クロウリーも――戦う度に命を削り続けているのだと、知ってしまった。
知らなかった時とは、違う。
達と一緒に戦いたい。
…だけど怖い。
苦しい。痛い。心が痛い。
「…兄さん……ッ」
頼りたくないと、思ったのに。
これ以上ふたりに負担を掛けてはいけないと、そう思っていたのに。
怖い。
怖い。
息が出来ない。
私は、どうすれば良いの…!
『敵襲!!』
「ッ!?」
唐突に、無線ゴーレムから響く聞き慣れない言葉。
私は、反射的に抱えていたシーツを離して立ち上がった。
『エクソシスト及び本部内全団員へ!
第五研究室にアクマ出現。現在エクソシスト2名が応戦中』
「!! 第五…!? 科学班のみんながいる所だわ」
リーバー班長達の顔が、脳裏に浮かぶ。
本部(ホーム)に、アクマが。
――みんながいる研究室が、戦場に?
ぞっと、背筋に悪寒がはしった。
…どうして、此処にアクマが…ッ
『元帥及び以上のエクソシストは至急方舟3番ゲートのある間へ。
――ノイズ=マリ、ミランダ=ロットー。至急3番ゲートの間へ。
ファインダー各隊は室長の指示する一で待機。……』
すべての通信を聞き終わる前に、私は部屋を飛び出していた。
エクソシスト2名…きっとひとりはアレンくんだわ。
さっきの指示では、の名前が挙がらなかった。もしかしたら、もうひとりはかもしれない。
――行かなきゃ。
ふたりを助けて、兄さん達を守って、この本部(ホーム)を守って――――
「!」
走る自分の足を、ふと見下ろす。
足…すごく軽い。
《黒い靴(ダーク・ブーツ)》と離れたからかな。全然痛くない。
――ずっとずっと…あの靴は重くて、痛かった。
「……っ」
ダメだ。しっかりしなきゃ。
怖がっちゃダメだ。
私は戦わなきゃ。大切なものを守るためには、戦わなきゃ――!
「ラビさんどこへ!?」
「知らせは済んだし現場戻るさ! っとぉ!?」
階段を横切った瞬間、悲鳴に近い声が上がる。
聞き覚えのある声に、私は走りながら振り返った。
「ラビ!」
「リナリ!? 裸足でどこ行くんさっ」
「昇降機が今どこの階にあるか知ってる!?
ヘブラスカの間に…っ」
走りながら告げた言葉は、最後まで続かなかった。
軽い衝撃と共に私は誰かにぶつかり、足を止める。
謝ろうと顔を上げるのと、肩を掴まれるのはほぼ同時。私の肩を掴んだのが誰かを認識した瞬間、私は僅かに目を瞠った。
「! 兄さ…」
「ラビも一緒か」
「!」
探索部隊と、中央庁の役人とを従えた兄さんが、厳しい表情で私達を見ていた。
そして、私達に付いてくるように促す。
私とラビは顔を見合わせ首を傾げつつも、兄さんに従って歩き出す。
やがて、見覚えのある区画へたどり着き、私は兄さんに声を掛けた。
「あの、兄さん? ここは医療区域…」
「……」
私が全て言い終わるより先に、兄さんは医療区域の扉を開けた。
その次の瞬間、背に掛かる軽い衝撃。
「「!? え?」」
扉の向こう側へと突き飛ばされたのだと認識したのは、扉が閉められてからだった。
慌てて扉を開けようとしたけれど、押しても引いてもビクともしない。
鍵を、掛けられたのだ。
「ちょっ…兄さん!?」
「何すんだコムイ! 出せさ!!」
「ふたりとも!」
呼ばれて、私とラビは初めて部屋に人が居たことを認識した。
振り返ると、医療班の面々が揃っている。
「!」
「婦長!? ドクターやみんなも…」
目を白黒させる私達に、婦長は自分の背後を示す。
視線を向けると、そこには眠ったままのクロウリーの姿があった。
「ここはクロウリーの病室よ。私達はまだ目覚めてない彼の担当なの」
「ここ医療区域に結界を張って、非戦闘員の避難場所にした」
扉の向こうから、兄さんの言葉が続く。
「キミ達もここにいなさい。神田くんとチャオジーも今探してる」
「「!! なっ…」」
思わず、私達は言葉を失って立ち尽くした。
――避難。私達が。…《エクソシスト》が?
「冗談じゃねェ。じじぃンとこ行く、出せ!!」
「キミ達は今、武器が無いだろう」
「だからさっさと直せっつったんだろーが!!
研究員増やせバカ!!」
扉を叩くラビの声が、何故か遠くの出来事のように聞こえる。
時間は恐らく、ほんの一瞬だった。
私はその一瞬だけ、一切の動きを止めて立ち尽くす。
「アレンがとんでもねェ数のアクマが居るつってたぞ!
あン中にはも居るんだ、こんなとこでじっとしてられっか!!」
「!! ちゃんが…!?」
アレンくん…――!
ラビはアレンくんに監視が付いた日から、出来る限りは彼と一緒にいた。
なら、それは紛うことなき事実だ。
「…っ」
きつく、唇を噛む。
――覚悟を、決めた。
ふたりだけに、これ以上背負わせられない。
「――ヘブラスカの所へ行かせて、兄さん!
私なら…っ、シンクロできれば戦えるかもしれない…!!」
顔を上げ、微かに震える自分の手に気づかない振りをした。
…怖くない。怖がっちゃ駄目。だって私は、もうあの日に決めたじゃない。
「どうシンクロするつもりだい?
装備するだけじゃ、キミのシンクロ率は10%以下だっただろう。それに…」
「昔…っ、見た実験…っ!!」
思い出すだけで、声が震える。
扉の向こうで、兄さんが息を呑む気配がした。
「! なに?」
「エ、エクソシストをつくる実験…あったでしょ…」
駄目。震えては駄目…!
怖くない。そんなことを思ったら負けてしまう。
「ヘブラスカに…体内にイノセンスを入れてもらうの。
あの時は適合者じゃない人達だったから…でも私なら、イノセンスに応えられるかもしれない…!」
「バカな事を言うな、それでシンクロできるという保証はどこにもない!
失敗してイノセンスが暴走する可能性だってある!」
「ヘブラスカは覚悟が必要だって言ってた…っ」
兄さんの言葉を遮るように、私は必死に言葉を紡ぐ。
「イノセンスはきっと私を試そうとしてる。
命を懸ける覚悟を私が示せば、きっとシンクロできるわ。ううん…絶対してみせる。私…」
咽がカラカラに渇く。
ひりつくように、痛い。
「私はきっと、ホームのみんなや、を…兄さんを、守れるなら…」
「――――「死んでもいい」って?」
響いた、静かな声。
その響きに、そしてその言葉に、私は瞬きも忘れて凍り付いた。
「みんなや、ちゃんや、ボクの為なら自分の命はどうなってもいいのか?」
どこか感情を抑え込むような、静かな声。
だけど――その声は、泣いていた。
「ち、ちが…私は…」
無意識に、涙が零れた。
違う。違うの、兄さん。聞いて…。
「兄さん、私は…」
「…ここにいてくれ。お願いだから…」
「……兄さ…ん」
苦みを吐き出すように呟かれた言葉に、私は言葉を失って立ち尽くす。
『室長! マリとミランダが到着しました』
「…すぐ行く」
通信に短く告げ、兄さんが扉から離れていく。
私は、遠ざかる足音を聞きながら、呆然としていた。
私…私は、また…軽率な言葉で、大切なひとを傷つけた…。
「リナリ…?」
気遣うラビの声に、私は応える言葉を持っていなかった。
――どうして私は、こんなにも無力なんだろう…。
+++
「――範囲拡大、《瞬癒結盾》!!」
出来る限り、治癒の範囲を広げて発動する。
それでも全員は無理だ。範囲を広げたせいか、治癒速度は極端に遅い。
「…っ」
消耗も激しい。
こんな広範囲の治癒なんて未経験だ。
広範囲の治癒は、理論上は可能。だけど今のわたしにとっては、効率が悪い。
でも、ひとりひとり治す余裕なんて…!
「…無理でも、やらない、と…」
アレンとブックマンは、たったふたりでこの数のAKUMAを相手にしなきゃいけない。
なら、わたしの役目はみんなを護ることだ。
歯を食いしばれ。
今耐えなきゃ、全てを失う。
戦闘の余波で、髪や服が煽られる。
それでもわたしは、その場を動かず発動し続けた。
「騒がしっ」
「守化縷(スカル)、まだ時間はある。できる限り改造を続けなさい」
「はっ」
「《卵》を方舟に入れたら退く。
――アクマ達。それまでエクソシストを押さえろ」
どこか遠く聞こえる、ルル=ベルの平坦な声。
――《卵》なんかもうどうでもいい!
早く…早く帰って。お願いだから…ッ!
「私の仕事…主人の卵は渡さない」
瞬間、骸骨頭――守化縷(スカル)達は、さっきまで忘れたかのように停止していた《改造》を、再開した。
「!!」
「やめろ!!」
AKUMAとの交戦を中断し、アレンが守化縷(スカル)達に向かう。
その後を追うように、数体のAKUMAが向かって来る。
「――範囲拡大!! 《天蓋黒盾》!!」
――――ダメか…ッ
いくらなんでも、範囲が広すぎる! これ以上はカバーリング出来ない…ッ!!
治癒を継続しながら盾を張るには、これ以上範囲を拡大するのは無理だ。
研究員のみんなを護るので精一杯だ。いや、それすらも満足に出来ていない。
このままじゃ消耗戦は必至。アレン達のサポートには回れない…ッ!
「ぐっ…」
「アレン!」
守化縷(スカル)を護るように、複数のAKUMAがアレンを迎え撃つ。
そのまま押し戻されるようにアレンの体は、研究室の柱に激突した。
「…、動くな!!」
「!!」
鋭く一喝されて、わたしは踏み出しかけた足を止める。
…今のわたしに出来ることは、研究員のみんなを護ること。
一度に多くのことを背負うことなんて、わたしには出来ない。そんなことはわかっている。
だけど。
――わたしは、…わたしは。
「…意味が…無い、よ…」
――あなたを護れないのなら、こんな《ちから》に意味なんて無い。
口を衝いて出そうになったその言葉を、わたしはぐっと飲み込む。
わたし…今、酷いことを考えた…?
「《道化ノ帯(クラウン・ベルト)》!!」
《道化ノ帯(クラウン・ベルト)》に貫かれ、AKUMA達が消滅する。
だけど数が半端ではないのだ。撃ち漏らしたAKUMAが、ガッとアレンの頭を掴んだ。
「!」
『もらった!』
わたしの中で、大きく鼓動が脈打った。
手が震える。脚が震える。喉がカラカラに乾いて、上手く頭が回らない。
咄嗟に足を踏み出した瞬間、ビリ…ッと右手が痛む。
思わず足が止まる。…なんだ、この痛みは。
「――《天針(ヘヴンズ・コンパス)》!!」
『!!』
痛みに足を止めてしまったわたしの横を、ブックマンの針が勢い良く通り過ぎる。
それは正確な動きでAKUMAを捉え、それを吹き飛ばした。
「間に合ったか、小僧…」
「ありがとう、ブックマン」
振り返った瞬間に、わたしもアレンも表情を強ばらせた。
そこにいたブックマンは、AKUMAに囲まれた状態で石か何かを塗り固められたように、動きを封じられていた。
「!!! ブックマンッ」
「アクマの能力にあてられたようじゃ…
今のが最後…指がかとおて動かん」
「ブックマ…」
ブックマンを助けようと身を翻したアレンに、AKUMAが群がる。
いくらアレンでも、あの数は…ッ!
巨大なAKUMAが、ブックマンへ駆け寄るアレンに迫る。
それを切り伏せようと体の向きを変えたアレンに、AKUMAが群がった。
まるでそれは、アレンを攻撃するというよりは動きを封じる為のような、行動。
瞬間、身動きを封じられたアレンに向かって、強大なAKUMAが炎にも似た衝撃波を放った。
「アレン!!!」
「小僧!」
いつの間に現れたのか、ルル=ベルがAKUMAに両腕を取られたアレンの前に降り立つ。
そして、変形させた腕をアレンに向けて振るった。
「あ…」
くたりと、アレンの頭が落ちる。
微かなノイズと共に、アレンを護る《神ノ道化(クラウン・クラウン)》の鎧が解ける。
わたしは、声にならない悲鳴を上げた。
発動が解けたということは、今、アレンの意識は無いということになる。
この状況でイノセンスの守りを失うことが何を意味するかなんて、考えるまでもない。
「アレ…ッ――っ!?」
反射的に飛び出そうとしたわたしは、酷く無防備だったのだろう。
力任せに、後ろに腕を引っ張られた。
ルル=ベルに踏みつけられた方の腕に酷い痛みが戻ってきて、視界が歪む。
「…ッ!?」
『ノア様。《姫君》は如何致しましょう?』
「連れて来い。これ以上こちら側に置いてもプラスにはならない」
冗談じゃない!
だけど身体能力は並以下のわたしでは、AKUMAの腕を振り払うことは叶わない。
腕の痛みのせいで、頭が回らない。
まずい…視界が…――
『エクソシストめっ』
「――待て。丁度いいわ。こいつ、連れて行く」
失い掛けた意識が、覚醒する。
痛みに朦朧としながら顔を上げ、ルル=ベルの言う『こいつ』というのが誰なのか認識した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「14番目が残した《奏者の資格》…《姫君》共々、主人の前に突き出しましょう」
まずい…今のアレンには抵抗出来ない…。
最悪、わたしひとりなら、連れて行かれてしまってもなんとかなる。
最低限、命の保証だけは、されている。
――でも、アレンは。
「《卵》も回収した。退くぞ」
「さぁさ、おいで新人諸君。新しい家(ホーム)だ」
ルル=ベルの言葉に、守化縷(スカル)と奴らに改造されてしまった研究員のみんなが、《方舟》へと乗り込んで行く。
喉に何かが張り付いたような感覚。
声が、出ない。
「残った人間は殺せ」
『はっ』
無慈悲なルル=ベルの言葉に、絶望感に支配され、力が抜ける。
わたしには、もう、何も……
「小僧! 嬢!!」
『さて、さよならだジイさん』
身動きの取れないブックマンに迫る、AKUMA。
『たった3匹で勝てると思ったのかい?』
だけどわたしには、動くことは疎か悲鳴を上げる気力すら残っていなかった。
――ああ。わたしは無力だ。
どんなに偉そうな言葉を並べ立てても、所詮はただの人間。
もうわたしには――何も、出来ない…。
『!?』
『なんだ? 動けない?』
『結界!?』
AKUMAの言葉に、わたしは閉じかけた瞳をハッと見開いた。
視線を巡らせる。
そこには、結界装置(タリズマン)を抱えたリーバーさん達の、姿。
『結界装置(タリズマン)か!』
AKUMAの動きが、一時的とはいえ停止する。
ブックマンを庇うように前に出たリーバーさん達。
気を失ったアレンとわたしを助けようと、AKUMAに向かうバクさん達。
「連れて行かせるものか!!」
「班長…」
「科学班をナメんじゃねェぞ!」
その光景は、無謀の一言に尽きるのかもしれない。
だけど、わたしはゆっくりと目を瞬かせた。
『小癪』
「!!」
結界を破壊しようと、AKUMAが結界への攻撃を始める。
だけど、リーバーさん達の表情には絶望も諦めもない。
AKUMAに対して、わたし以上に無力であるはずの、彼らが。
「起きろウォーカー! 拉致られるぞ!」
「アレン、起きて――――っ!!」
ジョニーさんの、悲鳴に近い声。
必死な彼らの姿に、わたしは自分を恥じた。
自分に何が出来ると、思っていたのだろう。
絶望だけはしないと。心だけでも強く在ろうと、そう決めていた。
そのはずだった。
なのに、わたしは諦めた。絶望に身を委ねた。
まだ――わたしにも、出来ることがあったかもしれなかったのに。
「起きてっ、アレェェーーーン!!」
ジョニーさんの悲痛な声に呼応するように、アレンのイノセンスが動く。
一瞬で自分を拘束するAKUMAを切り裂き、アレンは微かに微笑む。
「ありがと…」
その言葉は、わたしの心を鋭く抉る。
わたしは、いったい何を、していたのか。
「――ッ!」
「……ッ」
強い口調で名前を呼ばれて、わたしは弾かれたように顔を上げる。
瞬間、わたしを拘束していたAKUMAは切り裂かれ、わたしはアレンの腕に抱き込まれた。
右肩に、鋭い痛みがはしる。
「…ッた…ッ」
「!」
少しだけ焦った表情のアレンと、視線がぶつかる。
なんだか久しぶりにアレンの顔を見た気がした。
…だけど、真っ直ぐに彼の目を見ることが、出来ない。
「…ごめん…」
「謝らないで。…僕が君を護るのは当然のことなんだから」
「…腕痛いから離してクダサイ…」
「…………少しは空気を読む努力くらいしてくださいよ、」
「なんて暴言ですかモヤシっ子め」
「どっちが暴言ですか」
いつも通りの、会話。
嬉しくて、だけど凄く苦しくて、泣きそうだ。
「大丈夫…今はわたしの心配なんてしないで」
「でも!」
「アレン!」
強く、名前を呼ぶ。
そうすればアレンが言葉を止めてしまうのを、わたしは知っている。
掴まれている腕は痛い。だけどそれ以上に、心が痛い。
苦しい。痛い。どうして。
「――わたしがこの《世界》で生きる《理由》を、消さないで」
「…?」
「一緒に戦わせて。…お願い」
「……………わかった」
強がったわたしの言葉に、アレンは小さく頷いた。
手が震えそうになるのを、わたしは必死に隠して俯き、きつく唇を噛む。
どうして。怖い。
…何が怖い?
どうしようもなく臆病で卑怯な自分の弱さを、知られるのが怖い。
「みんなを守りながら戦う為には、の力が必要です」
「うん」
「そして君は、自分自身も守ってください」
そう告げたアレンは、俯いたわたしを強引に上向かせた。
真っ直ぐな銀灰色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめる。
「約束、してください」
「……あんたもよ、アレン」
返した言葉が、震えた。
それに気付いているのか、いないのか。
アレンは柔らかく微笑んで、頷く。
「もう、「死んでも護る」なんて言わないよ。
僕はと一緒に生きるって決めたから」
「…うん」
震えを止めるように、ざわめく心を落ち着かせるように、わたしは小さく息を吸い込む。
揺れそうになる視線を真っ直ぐに正した。
浮かべるのは、強がった笑顔。
言葉を紡ぐわたしの声には、もう震えはない。
「アレン。わたしは、あんたを護るわ」
「?」
「だからアレンも、わたしを護って?」
「……」
ほんの少しだけ驚いた表情をしてから、アレンはわたしを強く抱き締めた。
時間にすれば、それはほんの一瞬。
だけど、その強さにわたしは呼吸を止める。
「――当然だよ。僕はと一緒に、この《世界》で生きていく為に、戦うんだ」
狡いなぁ、と。そう思った。
どんなにわたしが強がって、必死に笑顔を浮かべて告げた言葉も、アレンはさらりと自然な笑顔で返してくる。
落ち込むときはとことん落ち込むくせに、開き直るとこれだ。始末に悪い。
「…行くよ」
「うん…」
――それでもわたしは、思うのだろう。
本当は、嘘でも良かった。
一緒に生きるのだと、確かではない口約束で構わなかった。
どこかで《物語》に終わりが来るのではないかと怯えながら、
それでも希望を抱き続けることが出来る彼の言葉を、嬉しいと。
「…え?」
瞬間的に、わたしのイノセンスがざわめき出した。
「…《黒龍》…?」
何かに反応してる…?
…何に?
「?」
「う、腕…勝手に…ッ!?」
ゆっくりと、わたしの腕が持ち上がる。
何か《ちから》が、手に集まっていくような感覚。
そしてその《ちから》は、見覚えのある形へと形成された。
――大剣。アレンの退魔の剣と同じ形状の。
だけどその姿は、まるで影のように真っ黒だった。
「…これ、は」
《方舟》で、一度だけ発動した。
まるでアレンの退魔の剣の影のような、漆黒の大剣。
「のイノセンス…? また形状が変わって…いや、でも…」
困惑しているアレンに、わたしは応える言葉を持っていない。
だって、わたしが訊きたいくらいだ。
「――刻盤(タイムレコード)発動」
戸惑うわたし達の思考を遮るように、どこからか響く声。
「対象空間(ターゲット)を包囲。
時間を吸い出します――《時間吸収(リバース)》!!」
確かなイノセンスの《声》に、わたしは視線を巡らせる。
…この《声》…ミランダさん。だけど彼女だけじゃない。マリと…それに、
「!!」
「《卵》が…っ!?」
わたし達の足下に、奪われたはずの《卵》が現出する。
ミランダさんのイノセンスによって、時間が戻されたんだ…!
「――方舟。なかなか良い乗り心地だぜェ、ボーズ」
聞き覚えのない、声だった。
だけど、その声とほぼ同時に響く、複数のイノセンスの《声》。
マリとミランダさんのイノセンスの他に、4つ。
この強過ぎる程に強い、《声》――これは。
「…間に合った…っ」
半ば無意識に、わたしは呟いていた。
《方舟》から、見覚えのある面々が現れる。
ひとりは会ったことのないひとだけど…知っている。ソカロ元帥だ。
《卵》を取り囲むように、現れた4人の元帥。
そして、刻盤(タイムレコード)を携えたミランダさんと、彼女を抱えたマリ。
「さぁて。どうされたいか言ってみろ、アクマ共?」
今、惨劇の幕は開かれる。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。