――『14番目』が死んだ後、その意志を継いだ人間がいるそうです」

ゆっくりと語り始めたルベリエの言葉に、コムイは微かに顔をしかめた。
彼の言い方は何か勿体ぶっていて、なかなか本題に入ってくれない。

「意志?」
「それも複数いるそうでして。マリアン元帥はそのひとりなのです」

何故、そう言い切れるのか。
そんな視線を投げても、ルベリエは気付かぬ振りで話を続ける。

「彼は、アレン=ウォーカーを《奏者の資格》と知って弟子にしたのでしょう」
「……随分きっぱり仰るんですね」

《奏者の資格》――《方舟》を操る存在。
何故、ノアではないアレン=ウォーカーがその資格を持つのか、まったく見当も付かない。
だが、どう考えても彼がノア、もしくはそれに関わる人間だとは、思えないのだ。

あの、AKUMAへ向けた純粋で恐ろしいまでの、破壊的な『愛情』。
そして、ノアや千年伯爵に向ける、強い怒り。
アレン=ウォーカーは、愚直なまでにエクソシストだった。

それを知らない彼等中央庁の人間の思惑など、コムイにとっては身勝手な体裁でしかない。

「…室長。これって怖~い話だと思いませんか?」
「!?」

笑みすら浮かべて、ルベリエはそう切り出してきた。

――得体の知れないノア。
 それを崇める人間が集まって、何かを企てている。ような? ねェ?」

訝しげに眉間に皺を寄せるコムイに、対するルベリエはその反応すら楽しんでいるように見える。
何故、そうもきっぱりと言い切れるのかと、コムイは知らず、目の前に鎮座するその男を睨み付けていた。



File05 だが進む刻の針




「クロス元帥ー、来ましたよ…って」

ソルトレージュに案内されて、わたしはやたらと豪華な部屋に足を踏み入れた。
…瞬間、視界に飛び込んできた光景に頭痛を覚えて頭を抱える。

「………何昼間っから飲んだくれてんですか。しかも美女侍らせて」
「おお、来たか小娘」
「誰が小娘か」

まったく、一から十まで失礼なひとですよ、この人は。
なんとなしに視線をクロス元帥の横に向けると、意外な美女の正体にわたしは目を瞬かせる。

「…あれ…? クラウド元帥…?」
「ほう、私を知っているのか? …会うのは初めてのはずだが」

う。久々にやってしまった。
団服を着ていれば、女性の元帥はひとりだけなんだから誤魔化しも利いたけど…どうしよう?

「まぁ良いだろうが。細かいことはよ」
「相変わらず大雑把な男だな、お前は」

そう呆れたように返しながらも、クラウド元帥はこれ以上詮索してはこなかった。
…さすが大人の女性だ…格好良い…!

「マリアン元帥! 嬢との接触は長官から禁止されているはずです!」

…なんだ、それ。
彼らの言葉に、わたしは目を瞬かせた。
見慣れない制服に身を包んだ男達――おそらく、中央庁の役人だろう。
彼らの言う『長官』とは、あのルベリエ長官のことに違いない。

――わたしとクロス元帥の接触を禁じる理由は、なんだ?
まったく身に覚えがない。

「あー? ふたりっきりで会うな、ってだけだろ。クラウドもテメェらも居るんだから問題無ェだろうが」

気怠るそうに言って、クロス元帥はこれみよがしなため息を吐いた。

「…ったく、他の男の手垢が付いた小娘なんかに手ェ出すかよ」
「なんて言い方するんですかしかも本人の前で!」

もうちょっと言い方ってものがあるだろう。
…こういうところ、さすが師弟だなぁと思う。変なところばっか似やがって。

「…もう良いです、クロス元帥に常識を求める方が間違いでした」
「辛辣だな、オイ」
「優しくして欲しいならそれなりの態度をしてください」
「お前、絶対相手見て態度変えるタイプだろ」
「まさか! わたしが優しいのは女性にだけです!」
「お前より幾分マシだな、クロス」

表情ひとつ変えずに、クラウド元帥はそう言いながらクロス元帥に視線を投げる。
それを受けて、クロス元帥は心外そうに顔をしかめた。

「オレは女には紳士的だろうが、女には」
「嘘だ」
「お前みたいなちんちくりんは対象外だ」
「誰がちんちくりんですかっ!!」

即答で返されて、わたしは眦を吊り上げた。
まったく、ひとをなんだと思ってるんだこのひとは!

「…本題に入らなくて良いのか、クロス。日が暮れるぞ」
「ああ、忘れてた」
「…ちょっと」

呼びつけておいて、用を忘れるってどんな扱いだ!
…なんでこう、どこへ行っても男からのわたしへの扱いはロクでもないのか。

「…その前に」
「はい?」
「テメェら酒買って来い!」

思わず、わたしは床やテーブルに散乱する酒瓶を見下ろした。
………まだ飲むのか?

「し、しかし世話役を仰せつかった以上、元帥の傍を離れるわけには…」
「うるせぇな。男の面なんざ見ながら安酒なんか呑めるかよ。
 いいからとっとと行け。パッと行ってさっさと帰って来れば良いだろうが」

また、無茶苦茶だ。
ちょっと感じの悪いルベリエ長官の部下とは言え、さすがに同情してしまった。
早々に追い出されてしまった彼らを見送っていると、クロス元帥は小さく息を吐く。

「…ようやく行ったか。これで話が出来る」

…あ、その為に無茶苦茶言って追い出したのか。
つまりそれは、他に聞かせられない話ということ…あれ? クラウド元帥は良いのか…?

「まどろっこしいのは性に合わん。単刀直入に言うぞ」

思わず、わたしは姿勢を正した。

。お前をイエーガーの後釜に推す動きがある」
「は?」

言われた言葉が、うまく頭の中で変換出来なかった。
…イエーガー元帥? また懐かしい名前が出てきたなぁ…で、今なんて言った?

「元帥になれってことだな」
「は…」

今度こそ、頭の中が真っ白になった。
元帥。元帥ってあれだよね、一介のエクソシストの上司みたいなもんだよね。
……わたしが、元帥?

「…えええ!? 何それ?! ワケがわかりません!」
「お前が《臨界者》だからだ、

狼狽えるわたしに、クラウド元帥は冷静に告げる。
《臨界者》――イノセンスとのシンクロ率が、100%を超える者の総称。元帥となる絶対の証。

江戸に入った時、ティエドール元帥とブックマンは、わたしを指して言った。
――異例の《臨界者》、と。

気にも止めていなかった。
忘れていたと言っても良い。
まさかそれが、そんな大事だったなんて…。

「元帥の空きがひとつ。そして都合良く現れた《臨界者》――
 それが若い女、しかもイノセンスに関わる特殊な能力を持つとくれば、あいつらにとってはこれ以上はない《生贄》だろうな」
「イケニエ!?」
「あいつらにとっては、エクソシストは神から与えられた人柱だろうよ」

不機嫌そうに吐き出された言葉に、わたしはルベリエ長官を思い出していた。

あの、決して笑わない蛇のような目。
まるで武器か道具を見定めるような、暖かみの無い視線。
ぞわりと、悪寒が走る。ああ、彼なら、そう考えていても不思議はない。
あんなにも怯えるリナリーを見たのは、初めてだった。
リナリーは他人の良いところを見つけて、好きになろうと努力するタイプだ。なのに。

わたしが思っている以上に、あの男…危険なんじゃないか…?

「…わたしを元帥になんてして、あのひと達に何の得が…」
「元帥の地位は単なる建前だろうな。
 連中はイノセンス――《神の声》を聴くお前を、《聖女》という象徴として欲しがっているだけだ」

…また聞き慣れない単語が飛び出してきましたよ。
アレンの「天使」発言にも驚かされたけど、こっちも突飛さに関しては良い勝負だ。

「せ、聖女…」
「な、笑えるよな。聖女って面かよ」
「そこまで言われる筋合いはないですよッ」

顔は関係ないだろ、顔は!
自分の顔が十人並みなんてことは自分で認識してるよ! 改めて言われると腹立つなッ!

「まあ、オレらとしてはな。お前が元帥になるのは反対なわけだ」
「…そりゃ、入団一年未満のひよこが元帥なんて…」
「それ以上に、あいつらのやり方が気に食わねぇ」

そんな理由か。
いや、クロス元帥らしいと言えばらしいんだけど…なんかなぁ。

「だからお前には、」
「たっ、ただいま戻りました…!」

微妙な表情を作るわたしに構わず、クロス元帥が言葉を続け掛けた瞬間だった。
おつかいに出された、曰く『クロス元帥の世話役』達が戻ってきたのは。

「………早ェな、オイ」

やや困惑気味に、クロス元帥が呟く。
予想以上の短時間だった。
いったい、彼らはどこから酒を調達してきたんだろうか。
…この速度なら、食堂かもしれない。

「……」

恭しくグラスにワインが注がれる。
何故かグラスはクラウド元帥と、ついでにわたしの前にも用意されていた。
……いや、一応未成年というか、そもそも酒飲んでる場合じゃ無いんだが。

「………」

一口口に含んだ瞬間、クロス元帥は渋面を作った。
と、思った矢先にクロス元帥は、事も有ろうに酒瓶を床に叩きつけるという暴挙に出る。
もの凄い音が響いて、室内に酒の匂いが充満した。

「なんだこのシケた酒はあーーーーー!!」

…ああ、やっぱり酒が気に入らなかったわけですか。
あの渋面からそうかなぁとは思ったけど…いや、だからってなにも酒瓶投げなくても。

「ですから長官から、元帥に掛かる経費は節制せよとキツく言われてまして…」
「こんな安モン飲めるか! てめぇらオレの世話係だろーが! ロマネ・コンティ自腹切ってでも買って来いやっ」
「元帥…それは高すぎます」
「我々の給金ではちょっと…」

必死になだめに入る彼等の姿に、なんだか涙が浮かびそうだ。
可哀想に…でも相手がクロス元帥じゃあね、諦めるしかないね。
こんなのが毎日繰り返されれば、アレンのあの性格形成も頷ける。
…思った以上に苦労してきたのかも、あの子。

「…なぜ私がお前と酒を飲まねばならんのだ」
「オレが女と飲むのが大好きだから。
 4年ぶりだろ? 相変わらずイイ女だな、クラウド」
「お前は相変わらずどうしようもない」

そんなアダルティな会話してる場合じゃないと思います、元帥ズ。
呆れ半分で視線を泳がせていると、不意にクロス元帥と目が合った。
…なんだろう。瞬時に脳裏に浮かんだ言葉が「絡まれる」だったんですが。

「なんだ、変な顔して。お前も飲め」
「…いや、一応未成年なんでちょっと」
「あ? 幾つだ」
「19」
「何が未成年だ。飲め」
「ええええ…」

未成年に酒勧める悪い大人が居る!!
…ん? そもそも仮想とはいえここは19世紀末のイギリス。
もしかして、あの、19歳って…子供じゃなかったり、する…?

…いやいや、考えるのはよそう。
良いんだ。わたしは現代日本生まれの現代っ子。わたしにとっての成人は20歳。
…だからまだ子供です! もうちょっとで20歳だろとか言われても今はまだ19歳!!
………なんか空しくなってきた。

「聖女サマがこんな安酒飲めねぇって言ってんぞ」
「言ってません」
「合わせろよ。使えねぇな」
「どんだけ我が儘ですかあんたは」

ひとをダシにして再び酒を買いに行かせようとするクロス元帥に、わたしは今日何度目かのため息を吐いた。
安酒だろうか高級品だろうが、このピッチで飲むなら大差無いように思う。

わたしは手の中のグラスを見下ろした。
なみなみと赤いワインの注がれたグラス。酒ってそんなに美味しいだろうか…。
小さい頃に好奇心で飲んだことがあるけど、あんまり美味しかった記憶がない。

「…酒なんて何が良いんですかね…」
「なにガキみてぇなこと言ってやがる。一度飲んでみろ」
「えー…」

反射的に顔をしかめて、ゆるりと視線を上げた。
瞬間、クロス元帥の頭の上にどさどさっ、と紙束が降ってくる。
その紙束を降らせてきたのは…

「…アレン?」

真っ黒いオーラを放ちながら、クロス元帥の上に紙束を降らせたのはアレンだった。
もうごはんは食べ終わったんだろうか。珍しい。いや、そもそもその紙束はなんだ。

「おお、馬鹿弟子。何してる」
「…それはこっちのセリフですよ。
 やっと見つけたと思ったらこの飲んだくれ。しかもにまで何やらせてんですか」
「なんだよ心の狭い奴だな。ティム、連れてくんなって言ったろ」

呑気に振り返ったクロス元帥の胸ぐらを掴みながら、にこりとも笑わずにアレンは平坦な口調で言った。
クロス元帥に話を振られたティムキャンピーは困ったように旋回して、そのままわたしの肩に降りて髪の毛の中に隠れてしまった。
…羽根と尻尾がはみ出てるけど。そもそも、このサイズになったティムキャンピーがわたしの髪に隠れるのは無理だろう。
しっかし、やっぱりティムキャンピーは特殊ゴーレムだよなぁ。この感情機能はいったい、どういう仕組みなんだろうか…。

「で、なんか用かよ?」
「………」

呑気な口調のままにクロス元帥が訊いた瞬間、アレンの表情が変わった。
明確な怒りのオーラが背後に見える…角の幻覚まで見えてきた。

「………「なんか用かよ」だあ………?」
「ウソウソ。…楽譜のことだろ」
「!」

ボソリと小さな声量で言われた言葉に、アレンがハッと表情を強ばらせた。
…瞬間、アレンの両腕を、クロス元帥の世話役ふたりががしっと掴む。

「!?」
「悪いな、アレン」

クロス元帥が言った瞬間、世話役はそのままアレンを引きずって行った。
しかも、結構な速さで。

「へっ? ちょっと?」
「おお、速ッ」
「ア、アレンー…!?」

一応声を掛けてはみるものの、突然のこともわたしも目を瞬かせた。
なんでアレンが連れて行かれるんですか、ちょっと。

――キミとマリアン元帥、そして嬢との面会は禁止されました」

そんな固い声が聞こえて、わたしは声がした方へ視線を向ける。
そこにはホクロ…じゃなかった、リンクだったっけ? が、大量の紙束を抱えて立っている。

「はあ?」
「これは教団命令です」
「そんなっ、なんだよそれ! 師匠はともかくなんでまで!?」

ともかく、で片づけて良いんだろうか…。
とはいえ、わたしにだってアレンとの接触を禁止される覚えも言われもない。
いったい、中央庁は何を考えているんだ?

「キミは今、教団から疑われているのですよ。《14番目》の関係者として」

淡々とした口調で、リンクはそう告げた。
まるで当たり前のことのように。

アレンの表情が強ばる。
多分、わたしの表情も同じ様なものだっただろう。

――《14番目》。方舟を操る《奏者の資格》を、アレンに与えた存在。
何故、それを彼等が知っている?

「そして彼女、嬢は元帥となり、ゆくゆくは《聖女》として教皇の下に仕える身。
 異端の疑いを掛けられたキミと、彼女が釣り合うとでも?」

――なんて、勝手な言い分だろうか。

わたしはわたしでしかないし、元帥なんて大層な身分を背負う気もなければ、《聖女》なんてガラでもない。
わたしが他より《特別》なのは、ただこの《世界》の《創造主》と同じ世界に生まれたという、それだけのことだ。

――《世界》よりも仲間を、アレンを優先するわたしが、《聖女》? 笑わせてくれる。

アレンとわたしが釣り合わない?
そんなこと、赤の他人にとやかく言われるようなことじゃない。

だいいち、アレンが《14番目》――ノアとの繋がりを疑われているのなら、わたしは何だ。
右手に《聖痕》に似た傷を抱え、ノアから付け狙われている、わたしは?

――オイ、小僧。その件、オレ達は了承した覚えはない」

不機嫌そうに目を眇めながら、不意にクロス元帥が口を開いた。

「正式な師にも付いていない、入団歴1年未満の小娘に元帥の地位だ?
 正当な理由があるとは思えねぇな。大方、こいつのイノセンスの《声》を聴く能力が欲しいだけだろ」
「…憶測で物を言うのはやめていただきたい、マリアン元帥。
 彼女は《臨界者》です。元帥となる条件はクリアしており、イエーガー前元帥没後の今、元帥の椅子には空きがあります」
「そんなタテマエなんざ、オレ達にはどうでもいいんだよ」

斬って捨てるように吐き出されたクロス元帥の言葉を引き継ぎ、今まで沈黙を保っていたクラウド元帥が口を開く。

「我ら4人の元帥、各支部の支部長、そして本部室長の総意により…
 彼女、は暫定的にこのクラウド=ナインの弟子とする」
「へ…?」

待って。
ちょっと待って。
展開が早過ぎてついていけないんですけど。

え? わたしが? クラウド元帥に弟子入りするの?

「そのような勝手が許されるとお思いですか」
「勝手なのはそちらも同じだろう?
 正式な師に付き、然るべき知識と実戦経験を積ませる。途中で挫折するなら、それまでの存在だ」

僅かに険を含むリンクの言葉に、クラウド元帥は表情を変えない。

「彼女は当分、私の預かる身だ。
 ――我が弟子に、無用な接触や勝手な振る舞いは許さん。覚えておけ」

クラウド元帥がそう告げた瞬間、彼女の傍らにいた小さな小猿がわたしの膝の上に移動してきた。
そして、威嚇するようにリンクに向かって毛を逆立てる。…可愛いな、オイ。

「…そういうことだ。
 私は厳しいぞ、
ちらりと視線を向けられて、わたしは反射的に頷いた。
クロス元帥の「話」ってこのことか…ああ、びっくりした。

「…わかりました。この件、長官へ報告致します。
 が、アレン=ウォーカーと彼女の接触を禁じる命令は撤回されません」
「…ッ」

アレンの表情に、確かな動揺が浮かんでいた。
わたしは、肩に乗るティムキャンピーを軽く撫でてやってから、小さく告げる。

「ティムキャンピー、アレンを頼むわね。何かあったら教えて」
『…』

わたしの言葉に、ティムキャンピーは頷くように小さく体を揺らした。
そして、部屋から連れ出されていくアレンを追いかけて行く。

「……」
「なんだ、心配か? どうせあいつらがどう調べたって何も出てきやしねぇよ」

クロス元帥の言葉に、わたしはゆるりと顔を上げた。

慰めのつもりだろうか。
ああ、だけど、この人が心配ないと言うのなら、アレンは大丈夫だ。

「まずお前は、自分の身を守ることを優先して考えることだ。
 成り行きとはいえ、クラウドから学べることは多いだろうからな」
「…はい」

頷くと、わたしの膝の上にいた小猿が肩の方に移動してきた。
それを見て、僅かにクラウド元帥が目を瞠る。

「ほう…? ラウ・シーミンが私以外に懐くとは珍しい」

そう言いながら、クラウド元帥はわたしの前に立った。
その真っ直ぐな射るような視線に、わたしは、自分が置かれた状況の異常さを理解する。

――こんな《世界》を望んだわけじゃない。…だけど。
わたしが、この《世界》で生きる為に支払う《代償》は。

「お前のイノセンスは、どうやらクセが相当強い。
 …現状は厳しいぞ。ついてこれるか?」
「………」

一瞬だけ、わたしは瞑目する。
――そうだ。望んだのは、わたし自身じゃないか。

支払う《代償》は、《平穏》と《故郷》。
白と黒に彩られたこの《世界》で、エクソシストとしてアレンと共に生きること。
それは、わたし自身が決めた途。
後戻りはもう出来ない。そんな選択は、私自身が許さない。
もう逃げない。もう、揺れたりなんかしない。

わたしがこの《世界》で生きるために、必要なのだと言うのなら。
――元帥にでも聖女にでも、なってやる。
みんなを、アレンを護れる力を得られるのなら――それでも構わない。

――――>はい」

真っ直ぐにクラウド元帥を見つめ返して、わたしは頷いた。


+++


「………」

――今の気分を言葉で表すとしたら、なんだろうか。

言いたいことは山のようにあるけれど、敢えて一言で言うとしたら…「最悪」。
なんだかなぁ…前にも疑われて、容疑者扱いされたことあったなぁ…。
どーして僕ってこうツイてないのか…あ、呪われてるからか。そーか、そーか…

「大丈夫ですか」
「いや、あんまし…」

遠い目をする僕に、別段心配もしていないだろう口調でリンクが声を掛けてくる。
紙束を抱え直して、僕は憮然としながら言い返した。

「言っときますが、僕は何も企ててないし、14番目のことも全然知りませんから!」
「そうですね。大抵皆、はじめはそうやって否認します」
「………っ」

どーゆう意味だそりゃあ…!
疑うとかそういう次元じゃないだろ、それ。
冗談じゃない! そんな下らない理由で拘束される暇は、こっちには無いのだから!

「キミは自身と『14番目』の関係を、行動で証明しているのですよ。
 でなければなぜ、方舟を動かすメロディーを知っていたんです」
「それ!! それ思ったんですけど!!
 きっとあの馬鹿師匠が修業時代に催眠術とかで暗示をかけたに百パーきまってる!! マリアとか使ってさ!!」
「そこに持っていきましたか」

師匠が何かを知っているのは明白だし、マリア――《聖母ノ柩(グレイヴ・オブ・マリア)》がある以上、その可能性は高い。
それで僕が疑われているとしたら、とんだ疫病神だ。今更だけど。

「じゃあ、これが読めたのは?」

師匠への怒りを再確認していた僕に、リンクは何かを差し出してきた。
視線を向けて、思わず僕は目を瞠る。
彼が差し出してきたのは、あの――《楽譜》が印刷された紙だった。

「!! それ…どうして…」
「ふふ…キミ、この楽譜のことコムイ室長に報告していませんね?
 調べたところ、これはどの時代、国、民族の文字にも当てはまらない文字です」
「……」

――そうだよ。
だって、その文字は……

「なぜキミは、これが読めるのです?」

それは僕とマナが、作った文字…
でも、それは――

「誰かから、教わったのではないですか?
 この文字は――『14番目』が作った暗号ではないですか?」

――言えない!

マナはただの旅芸人のピエロで、捨て子の僕を拾って育ててくれた。
…そして、死んだ。

「どうなのです?」

――マナをアクマにした僕は、エクソシストになった。
それだけのはずだ! 僕も! マナも!!

「…え…?」
「どうしたのですか、アレン=ウォーカー?」

思わずリンクを睨み付けた僕は、その背後に映り込んだモノに目を瞠った。
窓硝子に映る僕の後ろに、当たり前のように佇む――影。


――《方舟》の中で、僕を《奏者の資格》と呼んだ…鏡の向こうに居た、モノ。


「お前、なんでここに…っ」

絞り出した声は震え、手から紙束が滑り落ちる。

「は? 紙、落ちましたよ」
「ぼ、僕のうしろ…!! 窓!!」

指をさす僕を訝しげに見やって、リンクは窓を振り返る。

「? 私とキミが映ってるだけですが?」
「!? 見えないんですか…っ?」

とはいえ、彼の反応はお芝居とは思えない。
そんな、馬鹿な。
僕にしか見えていないのか…!?

「は? 苦し紛れのお芝居ですか。子供じみている」

呆れたように言うリンクの言葉の半分も、僕の耳には入ってこなかった。
何度瞬きをしても、窓硝子に映る僕の背後には、あの影が鎮座している。




――頭が、おかしくなりそうだ。




マナ。僕とあんたは、ただの捨て子とピエロだった。
それだけだった。

――それだけじゃないなら、僕らは何者だったんだ。

「……ッ」
「あっ! どこへ行くのです、アレン=ウォーカー!?」

思わず、僕は来た道を引き返した。
リンクが制止を掛けるのは予想していたし、絶対追いかけてくるのもわかっている。
だけど、今はそんなこと、どうでもいい。



――――今はただ、に会いたい。



+++


「…あれ? アレン?」
…ッ」

クラウド元帥に連れられて部屋を出たわたしは、連れて行かれたはずのアレンが駆け寄って来るのを見て目を瞠る。
アレンは何か必死な顔だ。わたしはそのまま、ほとんどタックルに近い勢いで抱きつかれた。

「うわっ!? え、何? どうしたの? あのホクロは??」
「…ッ…ッ……ッ」

わたしを抱き締める手が、震えていた。
手の痕が残るんじゃないかと思うほど、わたしの腕を掴んだアレンの手には力が入っている。

「…どうしたの? 苛められたの? いつもなら全力で迎撃すんでしょ、あんた」
「…、僕…は、何者なんだ…ッ」
「……え?」

いったい、何を言っているのか。
思わず目を瞬かせながら、わたしは宥めるようにアレンの背をぽんぽん、と軽く叩く。

「いきなり何を言い出すの、あんたは。アレンはアレンでしょうが、何回言わせんのよ」
「……ッ」

言った瞬間、少しだけアレンが落ち着きを取り戻したのを、肌で感じる。
いったい、何があったんだろう…?

「アレン=ウォーカー! 嬢との面会は禁止されていると…」
「……」

アレンを追って、ホクロ――もとい、リンクがそんなことを言いながら駆け寄ってきた。

「…ちょっと。あんた、アレンに何を言ったの」

わたしはキッとリンクを睨み付け、自分でも驚くほど低い声音で訊いた。
ピタリと、彼は足を止める。重ねて、わたしは声を張り上げた。

「何を言ったのかと聞いたのよ、答えて。アレンを苛めて良いのはわたしだけよ!」
「…、ちょっと」

わたしにしがみついていたアレンが、顔を上げた。
もの凄く嫌そうな表情で。

「この場面でそういうこと言いますか普通!? なんでそう、君は空気読めないんですか!!」
「なんでわたしが怒られんの!? 護ってあげてんのに!」
「それとさっきの発言がどう頑張っても繋がらないんですけどそこのところどうなんですか!!」
「なんだよ元気じゃん。心配して損した」
「損!? 言うに事欠いて損!?」
「あーもう、人の揚げ足取るな!」

なんだよ、もう。
さっきまで今にも死にそうな顔して、ひとにしがみついてたくせに。
わたしは苛立ちをぶつけるように、リンクの方に向き直った。

「ちょっと、そこのホクロ!」
「…ハワード=リンク監査官であります、嬢」
「じゃ、リンク」

いや、別に忘れてたわけじゃないんだけどね。
名乗られたら仕方ないな、名前で呼んであげよう。

「中央庁がどれだけ偉いか知らないけど…――あんま調子に乗るなよ」

言った瞬間、僅かにリンクの表情が動いた。
彼は仕事に忠実、かつ真面目の堅物なのだろう。
だけどそんな立派な心構えは、わたしには関係ない。

「こっちはいきなり色んな事言われて、悩んでる暇すらなくてもう頭の中ぐちゃぐちゃ! ブチキレてんのよ。
 あんたの上司が何考えてるのか知らないけど…わたしもわたしの仲間も、あんた達の好きにはさせない」

アレンを動揺させるキーワードは、それこそいくらでもある。
だけど、さっきの様子は異常だ。
まるで、あれは――ルベリエ長官と対面した、リナリーのような。



わたしの大切なみんなを、傷つけることは誰であっても許さない。
――誰を敵に回しても、構わない。
わたしが支払う《代償》は、《平穏》と《故郷》。


そう。
わたしは、わたしの意志のままに行動する。
誰も、アレンですらも、わたしを束縛することは出来ない。






「わたしを飼い慣らせると思ったら大間違いよ。
 ――わたしを、《聖女》なんて名前だけの傀儡に選んだことを、後悔すると良いわ」






例えこの先に何があったって、わたしはもう迷わない。



To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。