――陽の光が、目に痛い。

瞼に感じる光に、思わず顔をしかめた。
…ああ、そうか。カーテン閉め忘れたのか…。

「……」

目が覚めた時に起きないと、多分このままとんでもない時間まで寝過ごしそうだ。
陽の入り具合からいって、多分そんなに早い時間じゃない。

…よし、起きよう。
そう思って瞼を持ち上げた瞬間、視界に入った白に思考が停止した。

「おはよう、
「………」
「…?」

瞬きもせずに硬直していたわたしの様子に、相手は不思議そうに顔を覗き込んでくる。

………ええと?

「…ッ!!」
?」

顔に血が集中する。
動こうにも動けなくて、それでも辛うじて枕元にあったクッションを掴んだ。

「~~~ッきゃーーーーっ!!?」
「は?! ちょ…っ」

思わずアレンにクッションを叩きつけたのは、まぁ…恥じらいによる可愛い行為の範疇に入る…よね? 多分…。



File04 狗と羊




「……信じられませんね、君の行動って」
「……わたしも信じたくない」

不機嫌そうにごはんを口に運ぶアレンに、同じように朝食を食べながらわたしは応えた。

「…朝っぱらから何喧嘩してるんさ、お前らは。ミランダが困ってんぞ」
「え!? あ、あ、あの、ごごごごめんなさい別に邪魔するつもりはっ」
「ミランダ、落ち着いて。あなたが謝るところじゃないから」

狼狽えるミランダさんを宥めながら、リナリーもラビも呆れたようにため息を吐く。
そして、どうしようもないものでも見るように、わたしとアレンに視線を戻してきた。

「「で、今日は何?」」
「声揃えて言うなーっ!!」

なにその扱い! 酷い!
憤慨するわたしに、ラビはなんとも言えない表情で頬杖をつきながら口を開く。

「…どーせアレンが後先考えずに暴走したか、が理不尽なこと言ったかだろ」
「決めつけるの良くないっ」
「そうですよ、ラビ。失礼です」

怒鳴り返すわたしと、心外そうに返すアレンとを交互に見やって、ふたりはこれみよがしなため息を返してきた。
ラビはともかくリナリーまで! なんで!?

「…今回は明らかにが酷いです」
「謝ったじゃない」
「起き抜けに悲鳴上げられた僕の気持ちがわかりますか!?」
「寝ぼけてたんだからしかたないでしょ?! 起き抜けに至近距離に居られたら心臓に悪いよ!!」
「だからって悲鳴上げることないじゃないですか! 何もしてないのに攻撃される謂われはないですよ!!」
「だから何回も謝ってんでしょうがしつこいなァ!?」

もう、何回言うんだこいつは!
だってびっくりしたんだよ! 仕方ないじゃない、他意はないんだし!

「…とりあえず突っ込み所が多々あるけど、お前らちょっと落ち着くさ」
「もう…ふたりとも恥ずかしいわよ。すっかり注目の的じゃない」

ふたりに言われて、わたしはぐるりと食堂を見回す。
…何人かと目が合って、思いっきり苦笑された。
………いっそ指さして笑ってください。

「っていうかそもそもな? なんでお前はの部屋に寝泊まりしてるんさ、アレン」
「恋人だからですが何か問題でも?」
「真顔で言うな! ラビも余計なところに突っ込まない!」

視線が! 視線が痛い!
わたしは食べかけの料理を脇に避けて、テーブルの上に突っ伏した。

「…あ、穴があったら入りたいって今本気で思った…ッ」
はもう少し開き直ると良いですよ」
「あんたは開き直り過ぎだ!!」

前から思ってたけど、アレンって羞恥心が著しく薄いんじゃないだろうか。
それか、面の皮が厚いか。…両方だな、うん。

「…。今、もの凄く失礼なこと考えてたでしょ」
「なんでわかるのよ」
「せめてもうちょっと誤魔化しましょうよ!? しかも真顔だし!」
「だって誤魔化しても「顔に書いてありますよ」とか言うんでしょ、アレン。
 じゃあ誤魔化すだけ無駄じゃない。わたし、素直な正直者だし」
「こ、こういうときだけ素直になるって、どういう…ッ」
「…あーもー…一生やってろさ、お前ら」

そんな、嫌そうに言わなくても良いじゃないか。
盛大にため息を吐くラビにむくれつつ、わたしは組んだ腕の上に頭を乗せて、ふと思う。

………なんか、平和だなぁ。

みんなの体調も戻りつつあるし。
…まだ目を覚まさないクロウリーが心配だけど、でもきっと大丈夫だ。
わたしの体調が万全になれば、治癒の力で治してあげられる。

「どうしたの、ちゃん?」
「あ、うん。なんか平和だなーって」

言った瞬間、ミランダさんは柔らかく微笑んでくれた。
随分穏やかな表情になったなぁと、思う。彼女はエクソシストになることで、良い方向に変わった希有なケースだろう。

「こんな平和な時間が、少しでも長く続けばいいな、って…思ったんだ」
…」
「あはは。ごめん、変なこと言っちゃった」

笑って言い返すと、みんなの表情にも笑顔が浮かぶ。
視線を向ければ、目が合ったアレンが穏やかな表情で、わたしを見つめていた。

――わたしが望んだのは、アレンが居て、わたしが居て、みんなと微笑い合える《世界》だった。

今、その《世界》はここにある。
だから――このまま何も無く、穏やかな日々を送れれば良いのに…と、願ってしまう。
そんなことは無理だって、わかっているけれど。

「…失礼。アレン=ウォーカーはどなたですか」
「「「「「え?」」」」」

背後から聞こえた、堅く丁寧な口調にわたし達は一斉に振り返った。

振り返った先に居たのは、見覚えのない青年。
きちっとしたスーツを着込み、大きめの箱を両手に持って彼は至極真面目な表情で立っていた。
……誰?

「アレン=ウォーカーは僕ですけど…ええと、どちら様ですか?」
「はじめまして。本日からキミを監視することになりました、ハワード=リンク監査官であります。
 これはお近づきの印に、私が焼いたパンプキンパイです。良かったらどうぞ」

淀みのない口調で言って、ハワード=リンクと名乗った青年は持っていた箱の蓋を開けた。
中に入っていたのは、香ばしい匂いを振りまくパンプキンパイ。…美味しそう。

「よろこんでいただきます」
「恐縮です」
「待てアレンッ、食う前につっこめ!」

躊躇いもなくパイにフォークを突き立てたアレンの腕を掴んで、ラビが慌てて制止する。
その横で、リナリーが椅子を蹴って立ち上がった。

「…か、監視ってどういうこと!?」
「このパイ美味しいですよ。も食べますか?」
「あ、頂戴。っていうかマジで誰ですかこのホクロ」
「知らない! …って、もアレンくんも! どうしてそんなに冷静なのッ!?」

珍しくリナリーに怒鳴られて、わたしとアレンは顔を見合わせた。

「…いや、だって」
「なんかもう、今更何が出てきても…」
「「ねぇ?」」
「ああもう! どうしてこういう時だけ緊張感がないのよ! 監査官っていったら、中央庁の…ッ」

中央庁…?
首を傾げるわたしに構わず、リナリーは少しだけ考え込んでから告げた。

「…私、兄さんに訊いてくる!!」
「あ。リナリー!?」

止める間もなく駆け出し、リナリーは食堂を飛び出して行った。

「あの子、まだ脚も本調子じゃないのに…!
 わたし、ちょっと行って来る。ラビ、悪いけどアレンをお願い」
「お、おう」
「なんで僕がラビに世話焼かれなきゃいけないんですか」
「良いからあんたは大人しくごはん食べてなさい」

不満そうに顔をしかめるアレンをラビに押しつけて、わたしは食堂を出た。
…けど、リナリーは既に遙か前方を疾走中だ。
………《黒い靴(ダークブーツ)》が無くても、リナリーは足が速いです…。


+++


「兄さんはどこ!?」

怒鳴るように訊きながら、リナリーは司令室に繋がるコムイさんの仕事部屋に飛び込んだ。
…この子本当に怪我人ですか? 滅茶苦茶速…。

リナリーの剣幕に気圧されてか、科学班のみんなは司令室を指さした。
そんな中でただひとり、慌てたように声を上げたのはリーバーさんだ。

「あっ、ちょっと待てリナリー!」
「やっほー、リーバーはんちょー」
も来たのか!? すぐにリナリーを止め…ッ」
「兄さんっ」

リーバーさんの制止を聞かずに、リナリーは司令室に駆け込む。
わたしはその背を追いかけて、リナリーの腕を掴んだ。

「アレンくんに中央の監視がつくってどういうことッ?」
「リナリー、ちょっと落ち着いて…」

言った瞬間、リナリーが身を強ばらせたのが、わかった。

「!」
「リナリ…ッ」
「おや」

司令室の中には、コムイさんの他にもうひとり誰かがいた。
その人物はリナリーを見て、極めて友好的に微笑む。…目は笑っていなかったが。

「こんにちは、リナリー。脚の具合はどうかね」
「…ルベリエ、長官…」

声を掛けられたリナリーが、顔を蒼白にしてよろめく。
慌てて、わたしは彼女の体を支えた。

「当分こちらに留まることになってね。
 そうだ、キミのイノセンスについても検査させてもらいますのでよろしく」

リナリーは頷きすら返さずに、立ち尽くしていた。
…こんなリナリーは初めて見る。いったい…?

――おや? もしやそちらが嬢ですかな?」
「え…」

そのひとは、今度はわたしの方へ視線を向けてきた。
値踏みするような視線が、まるで蛇の――ような。

「これはこれは…
 失礼、思っていたより可愛らしいお嬢さんだったので、少し驚いてしまいましたよ」
「…誰?」

立ち尽くすリナリーを後ろに庇い、わたしはリナリーがルベリエ長官と呼んだその男を、見た。

本能的に感じる。
勘のようなものが、近づくなと警告していた。
この人、なんだか嫌な感じがする…。

「私は中央庁特別監査役,マルコム=C=ルベリエです。
 早々にお会い出来て何よりでしたよ、嬢。以後、お見知り置きを」
「……中央庁、特別監査役……?」

さっきも聞いた。…中央庁の、監査官。
アレンを監視しに来た? 何の為に。
わたしを知っているのはどうして?

――この人達は、いったい何?

「…ッ」
「リナリ…?」

背後に庇ったリナリーが、ぎゅっ…と、わたしの服を掴んだ。
震えているのが伝わってくる。…怯えてる。
この人が言葉を発する度に、わたしの服を掴むリナリーの指先が冷たくなっていく。

「貴女には、先日の会議で決定した事柄がありましてね、嬢。
 詳しい話は後ほどさせて頂きますが…そうそう、貴女のイノセンスも少し検査させて頂きますよ」
「…会議で決定した、事柄…?」

わけがわからず、わたしはコムイさんに視線を向けた。
コムイさんの表情は堅く、顔色は若干悪い。

…まさか、右手の傷痕がバレた…?
いや、だとしたらもっと詰問されるはず。それはない。
なら、いったい…なんだ?

探るように視線を向けていりと、ルベリエ長官は何かのケースを取り出した。
…なんだろうかと訝しむわたしは、次の瞬間言葉を失った。

「あとこれ、私の新作ケーキなんだが、ひとつどうかね?」

なんでケーキ?!
さっきのリンクとかいう人もだけど、なんで手作りケーキ常備してんの!?

「わぁぁおいしそう 僕がいただきますぅ~~~
「長官のケーキは美味いっスもんねェ」

何故かわたし達とルベリエ長官の間に滑り込んで、コムイさんとリーバーさんは口々に彼のケーキを絶賛した。
…冷や汗を掻きつつ。

「……」
「リナリーもちゃんもほら! そろそろ検診の時間じゃないかい?」
「あっ、そっ、そうスよ!」

検診の予定なんかない。
だけどふたりの様子を見る限り、わたし達――と言うよりリナリーに、これ以上ここに留まって欲しくないらしい。

「……」

視線を向けると、リーバーさんが小さく頷く。
それに頷き返して、わたしは震えるリナリーの手を握り締めた。

「じゃあオレ、連れていきますんでっ」
「よろしくぅー、リーバーくん」

そんなふたりのやりとりを聞きながら、リナリーとわたしはリーバーさんに背を押されて司令室を出た。

そのまま執務室を横切り、廊下へ出る。
…その間、リナリーは真っ青な顔で一言も言葉を発しなかった。

「………大丈夫か、リナリー…」

リーバーさんの気遣う言葉にすら、彼女は頷くので精一杯だ。
だからわたしは、リナリーの手を握る手に力を込めた。
同じくらいの…いや、それ以上の強さで、リナリーが手を握り返してくる。…全然大丈夫そうに見えない。

「…リーバー班長、あの人いったい誰ですか?」
「え? あ、そうか…は知らないんだな。
 ルベリエ長官は中央庁の特別監査役で、……あれ?」

説明しようと口を開きかけて、リーバーさんは首を傾げた。

「…日用品と一緒に、その辺りの資料も支給されなかったか?」
「…リーバー班長。わたし、英語読めません」
「ああ…そういうことか」

なんでそれだけ喋れて文字が読めないかな、と。
何度も言われてきたことを、改めて言われた。…いや、わたしに英語を喋っている気は無いんだけど。本当に。

「簡単に言うと…中央庁ってのは、この黒の教団を創ったところだよ。
 で、あのルベリエ長官は、この教団の…そうだな、監視役みたいなもんか…」

監視役…あまり良い言葉じゃない。
いったい彼らは、教団の何を監視すると言うのか。

「教団のトップはコムイ室長なんだが、大元帥の下に位置する室長と違ってルベリエ長官はヴァチカンの直属だ。
 権限的には、室長と同等なんだろうが…まぁ、深く考えるな。あまり好人物とも言えないし、出来れば関わらない方が良い」

明言を避け、リーバーさんはそう言葉を濁した。
…そりゃあ、お近づきにはなりたくないタイプだけど…
だけど、理由はそれだけじゃないはずだ。

教団に居た半年――中央庁の人間なんて、見かけたこともなかった。
わたしより後に教団に入った人は、多分同じだろう。

「…リーバー班ちょ…」

思わず考え込むわたしの隣で、リナリーが小さく呟く。
わたしとリーバーさんが視線を向けると、リナリーの顔色はやはり真っ青で、握り締めた手が震えていた。

「あの人、当分ここにいるってどうして…?
 …アレンくんを監視って、あの人、何しに来たの…?」

やっぱり、リナリーの反応がおかしい。

――彼女は、コムイさんが室長になる前の教団を知っている。
もしかしたら、その過去に関係があるんじゃないか…?

「リナリ…?」
「……ッ」

何かを必死に訴えるように、リナリーはわたしの手を握り締める。

――この表情は、知っている。

アレンが入団する、3ヶ月くらい前。
《ナイトメア》と名付けられたAKUMAの攻撃に晒された時と、同じだ。

確信する。
あのルベリエという男は、リナリーの過去のトラウマのひとつだ。

わたしは足を止めて、わたしより背の高い彼女の頭を撫でた。
震える華奢な手を握り、安心させるように微笑って見せる。

「…大丈夫だよ。リナリーはひとりじゃないからね」
「あ…」

きっと、ここに戻ってきたばかりのわたしだったら、こんなこと言えなかった。

だけど昨日、わたしは勇気をもらったから。
この右手の傷痕が災厄を招くモノであっても、わたしはもう迷わない。揺れたりしない。

欲しかった《世界》はここにある。
だから、わたしの大切な誰かが泣いていたら、わたしはその涙を拭ってあげよう。
辛い思いをしているのなら、いくらでも手を差し伸べよう。
その為の言葉を、わたしは躊躇わない。

「一緒にみんなのところに戻ろ。
 大丈夫、あんな変なヒゲオヤジ、絶対わたしの可愛いリナリーにこれ以上近づけさせないからッ」
…」

僅かだけれど、リナリーの表情に笑顔が戻る。

ああ、やっぱりわたしは、この子の笑顔が好きだ。

親友と呼んで良いのかどうか、本当は今でもよくわからない。
だけど、そんな括りは意味のないことだ。

みんなと一緒に居たいから、
アレンの隣で生きると決めたから、
リナリーの笑顔が見たいから――
それがわたしの『戦う理由』で、何が悪い。

わたしは、こうして握った手が暖かいことを知っている。
みんなが向けてくれる笑顔が、こんなにも心を満たしてくれるのを知っている。

この《世界》は全然平和じゃなくて、安全なんかじゃないけれど。
苦しくて辛くて、泣くことも許されないこともあるけれど…

――それでもわたしは、ここで『生きている』。

家族と、友人と、二度と会えなくなるのは悲しい。
でも、薄情かもしれないけど…それでも、わたしが生きたいと思ったんだ。この《世界》で。

まだ子供のわたしが、人生を決めてしまうことを…両親は悲しむだろうが。
だけど決して、簡単に考えているわけじゃない。
たくさん、たくさん考えて…決めた道だ。

「…ごめんね、。いつも弱音ばかりで」
「何言ってんの。…リナリーは、強い子だよ。わたしはそれをよく知ってる」

真っ直ぐで凛とした彼女の姿勢に、純粋で綺麗なその願いに、わたしは何度も助けられてきたのだから。

「…ありがとう。あなたが居てくれて、本当に良かった」

リナリーはそう言って、ふわりと微笑んだ。
少しだけ気恥ずかしくて、だけどそう言ってもらえたことが誇らしくて、わたしも笑顔を返す。
そんなわたし達のやりとりを、リーバーさんは優しい眼差しで見守ってくれていた。

「…じゃあ、。リナリーを頼むぞ」
「はーい」

笑って返事を返した瞬間、ふと視界の端に銀色のが映り込む。
それはどんどん近づいて来ているようだ。

「あれ? 何か飛んでくる…」

目を凝らすけれど、それより速く、その銀色はわたしの手の中に飛び込んで来た。

――ソルトレージュ!?」

恐る恐る手の中を覗き込んでみると、そこには見覚えのある相棒が鎮座していた。

「うっそ、あんたいつの間に直してもらってたの?
 うわーうわーっ、久しぶりーーーーっ!」

思いがけない再会に、わたしは思わずソルトレージュを抱き締めた。

――おい、。話があるからちょっと来い』
「へ…?」

ちょ、再会と同時に通信かよ。もうちょっと感動の再会をさせてくれても良いじゃないか。
しかも第一声が重低音のセクシーボイスって。
…あれ。なんだか多大にショック…。

「この声…クロス元帥だわ」
「は? え? あの人どこに居んの?」

すっかり教団内で行方不明になってるとばかり。
首を傾げるわたしに、しかし遠慮の欠片も無い言葉がクロス元帥から投げられる。

『場所はソルトレージュが案内する。良いからとっとと来い』
「なんでそんな理不尽なまでに偉そうなんですかッ」
『偉いんだから仕方ねぇだろ。元帥だからな』
「うわー、自分で言ったー…」
『黙れ小娘。無駄話は良いから早く来やがれ。
 わざわざその壊れたゴーレム、直してやったんだからよ』

え。ソルトレージュ直してくれたの、クロス元帥なの?
…なんだろう。それを盾にとって無茶な要求されそうな予感。
………借金押しつけられたらどうしよう。

「…っても、行かないわけにもいかないよなぁ…。
 ごめん、リナリー。先に食堂に戻ってて! わたしもすぐ戻るから!」
「ああ、ならリナリーはオレが送って行く。迷子になるなよ、
「大丈夫ですって、アレンじゃあるまいし!」

笑いながら返して、わたしはふたりに見送られながらソルトレージュを追いかけた。


+++


――リナリーとが食堂を飛び出して、少し経った。
残されたオレ達は、アレンを監視するとか言う中央庁の役人と対峙していた。
…いや。実際に対峙しているのはオレだけのような気も、しなくはない。

……なんで当事者は呑気に差し出されたパイを食ってるんだ。心配してるこっちの身にもなれ。

「『14番目』?」
「ノアの一族から抹殺されたノアのことです。
 正確な姓名がわかっていないのと、元来13人であるノアの一族にその人物は14人目として生まれた為、 
 『14番目』という通り名で呼ばれています。ご存じありませんか?」
「!」

心当たりがあるのか、アレンは一瞬だけ表情を変えた。
なんだってこういう時に限って、ポーカーフェイスになれないのか!
ますます相手に疑われるということに、気づいていないのだろうか。

当人より、恐らくオレの方が焦っているだろう。
…そりゃ、焦りもするさ。
に頼まれた以上、こいつらの好きにさせるわけにはいかないのだから。

「……」
「それと僕の監視とどう関係あるんですか?」
「…まず、」

そこで言葉を切ると、リンクと名乗った青年は大量の紙束をテーブルの上に取り出した。
…多いとかそんなレベルじゃないような気がする。

「いくつかの質問に答えて頂きます。書面におこしましたので明日の朝までにすべて記入してください」
「多ッ!?」
「どんだけあるんですか」

適当な一枚を手に取った瞬間、アレンがなんとも言えない表情になる。
覗き込むと、細かい字が紙面にびっしりと…

「あいや~~~、ビッシリ! 一晩で終わんの?」
「…ここはうるさいので、書庫室に移動しましょう」
「えっ。書庫室に朝まで!?」
「じゃあオレも本読みに…」
「遠慮して下さい」

提案した瞬間、速攻で却下された。
そしてリンクはアレンを立たせ、紙束の半分を押しつける。

「ごはん食べれるんですよねこれ!? 断食じゃないですよねッ?」

お前の心配はそこかよ! ついさっき散々食っただろうが!

よっぽどそんな突っ込みを入れてやりたかったが、そんな暇もなくアレンは連れて行かれてしまった。
…悪ィ、。オレには無理だったさ。相手が悪過ぎた。

「ホクロふたつめ…」
「このパイ凄く美味しいわ」

…ここにも呑気さんがいたよ…。
今までのやりとりを聞いていなかったのか、ミランダが嬉しそうにパイをつついていた。

…この人もなぁ…小心者なのか大物なのか、時々わかんねぇさ…。

「アラ? 中央のボーズどっか行ったの? せっかくお茶持ってきてやったのになーによ」

盆にお茶を乗せて顔を出したジェリーが、不満そうに口を尖らせた。
それを聞いてようやく、ミランダがパイから視線を上げる。

「中央のボーズ?」
「あっ、ミランダも会うの初めてだっけ? 教団を創った所の役人よぉ」

役人と言えばまだ聞こえは良いが、ようは監視役だ。
――教団に所属する、すべての人間を見張る番人。

「オレらを見張る番犬さんさ」
「犬なの?」

喩えで言った言葉を、ミランダは鵜呑みにしたようだ。
思わず苦笑が浮かぶが、しかし「イヌ」というのもあながち間違いではない。





「…そ。狗だよ。
 主に忠実で、獰猛な――羊を追い回す、狗さ」






平穏の箱庭を侵す、暗き暗雲。



To be continued?

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