――胸がざわめく。
ティキ=ミックの内のノアの力は…
吸う息がひどく冷たい。
破壊――…した、はずなのに…。
とても嫌な、感じがする――。
痛みにも似た、奇妙な感覚がした。
本能的な何かが、目の前の存在へ嫌悪を示す。
「……ッ」
左腕を剣に変え、抜き放つ。
傷の痛みすら、今は朧気にしか感じられない。
それ以上の嫌悪感が、沸き上がってきて。
――嫌悪?
いいや、そんな可愛いものではない。
「どういうことだ…っ、なぜ…!?」
背後にを庇いながら、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構える。
傷の治りきっていない体で、どこまで出来るかわからない。
だけどを、みんなを…護らなければ。
「!」
ふと、視線を向けた先。
虚ろな表情で立つティキ=ミックの、右手。
そこから滴るものに、そのあまりに異様な光景に、目を瞠った。
「血が…黒く…!?」
ティキ=ミックはノアだが、人間だ。
その身から滴る血は、赤くなければならない。
だが、今――その右手から滴るその色は。
『がっ、ぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあッ!!!』
「!! …なっ…」
彼の背から伸びた、蔦とも蟲ともつかないそれが、ティキ=ミックを包み込んだ。
『あぁあぁぁぁぁぁあぁっ』
まるで獣のような咆吼を上げ、苦しみ悶える彼の姿に、背後でが息を呑む。
『があぁあぁぁあぁあッ!!』
「そんな…ティキ…!?」
胃に冷たいものが落ちるような、感覚。
襲いかかってくる奇妙な感覚に、呼吸が冷たく凍える。
「…ッッ!?」
激しい衝撃が、来た。
《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構えて衝撃を和らげてもまだ、
それは禍々しい気配を孕んで、肌を刺す――殺気にも似た空気を、発している。
「…あ、あれ…何…?」
震えながら、が呟き、『それ』を指さした。
そこに立つのは、漆黒の武装に身を固めた、ティキ=ミックであったモノ。
「…ッ! ここに居て!」
「アレン!? 待っ…」
彼女の制止を聞かずに、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を持ち上げ、駆け出した。
「はぁあぁあぁああッ!!」
静かに佇む『それ』に向かって、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を振り下ろす。
だが退魔の刃は空を切り、石畳を破壊しただけだった。
「消えた…!? どこに…?」
一瞬。
ほんの一瞬のことだった。
「え…」
顔を上げた瞬間、何かが横切っていく気配がして。
――それを認識した時には左肩に熱い痛みがはしっていた。
「!! …がっ…」
その痛みに息つく暇も無く、背後から迫る衝撃に内蔵を圧迫される。
吐血の気配を無理矢理飲み下し、体勢を整えた。
咄嗟に《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構えた瞬間、同じ衝撃が立て続けに襲いかかってくる。
「ぐ…っ」
なんて力だ…ッ、スピードも…!!
反撃が…ッ、まるで…これが…、これが、人間か…!?
『カァァアア!!』
奇声を発し、『それ』が思いっきり拳を突き上げて来た。
その勢いはそのまま衝撃波となり、抗いようのない大きなうねりとなって襲いかかる。
「しまっ…」
避けることも受けることも出来ずに、衝撃波に吹き飛ばされた。
崩れ掛けの柱に叩きつけられる。
打ち所が悪かったのか、朦朧と霞む意識。
気を失う直前、視界の端に映ったのは、蒼白な顔色をしただった。
「アレン…ッ!!」
柱に叩きつけられたアレンが、前のめりに崩れ落ちた。
震える体を叱咤して、羽根を広げ、わたしは駆け出す。
瞬間、背後から腕を掴まれてそのまま引っ張り上げられた。
「ッ!」
「ラビ!?」
「掴まってろ!!」
言われて、ラビの腕にしがみつく。
いつもより格段に速度の速い、《伸》。
それはそのまま、ティキだったモノの横を通過し、崩れ落ちたアレンを拾い上げた。
『キッ』
人とは思えない奇声を発し、『それ』は着地したわたし達を見る。
無機質なまでに感情の見えない、視線。
ぞわりと寒気を感じて、わたしは息を呑む。
「……っ」
アレンを抱え、槌を構えたラビが、目の前の異形を見据える。
言葉を発することはない、絶対的な畏怖の具現。
見定めるように『それ』を見据えながら、ラビは重く口を開く。
「ティキ=ミックさ…? そのカッコは、何の冗談だ…?」
だけどその問いに、『それ』は答えない。
ただ、そこに佇むだけ。確かな殺気を孕みながら。
「ラビ…」
「アレン、しっかりしろ。なんだアレは」
「扉…が…」
「!」
アレンの言葉に、ラビは愕然と床に散らばる破片を見下ろした。
無惨に破壊された、ロードの扉の残骸。
「もう…方舟から、出ることは…」
絶望的な一言に、わたし達はただ、唇を噛んだ。
『ぐくくくくっ…ひはははははははははははっ』
そんなわたし達を嘲笑うように、『それ』が奇声に近しい笑い声を発する。
視線を向けた瞬間、『それ』は凄まじいスピードでわたし達に向かってきた。
+++
『ひきっ…は、ひはははははははははッ!』
狂ったように嗤いながら、『それ』は拳を振り上げた。
たったそれだけの所作で床が抉れ、かすりもしないのに槌に衝撃がはしる。
目の前の『それ』に感じるのは、嫌悪。
吐き気がするような、気配。
アレンを抱え、を庇いながら『それ』と対峙していたオレは、その背後に奇妙なものを見た。
――数多の、顔。
それはまるで、積み上げられた怨嗟の声が実体化したかのように、オレ達を見下ろしていた。
「!!?」
あまりにも気味の悪い光景に、本能が悟る。
危険だ。
これは危険なモノだ。
早く離れなければ。早く早く――!
「、掴まってろ! ――《伸》!!」
反射的にオレの腕を掴んだを確認して、アレンを抱え直し、槌を床に叩きつけた。
勢い良く柄が伸びた槌で、『それ』の上空を移動する。
移動している際に、『それ』と目が合った。
ニタリと、『それ』は嗤った。まるで獲物を追い詰めた肉食獣のように。
「……ッ」
ふたりを抱えたまま、リナリー達の元へ戻る。
だが、ここまで逃げてきたからといって、何か打つ手があるのかと聞かれれば答えに詰まる。
どうする…っ?
俺もアレンも、ヘロヘロだってのに…っ
ここ以外に逃げる場所はもう無い…ああ、くそ…ッ
「ラビ! !! …アレンくん…!?」
「!!」
駆け寄ってきたリナリーとチャオジーが、顔色を変えた。
アレンは辛うじて《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を握ってはいるものの、目を開ける気力すら無い。
この状況で、どうすれば――!
「…ふたりともオレにつかまれ!!」
「ラビ、わたしは良い。自分で行ける。三人を…」
「…わかった。――《伸》…っ」
オレの腕から手を離したに小さく頷き、槌を構えた瞬間だった。
――音もなく、漆黒の武装を纏う『それ』が、目の前に現れたのは。
ぞわりと、総毛立つ。
咄嗟にアレン達をに押しつけ、槌を前に構える。
「…ッ! 三人を護れ!!」
「ラ…ッ」
三人を押しつけられたが、床を転がる。
それでも反射的に盾を張ったのだから、上出来だろう。
それを視界の端で確認しながら、オレは目の前の『それ』が発する力を槌で押し止めた。
「…ぐっ、っか…か、い、じん…っ」
――なんて力だ。
力に圧されて、槌に亀裂が入る…ッ
「…ッ《直火判》!!」
力を振り絞って、槌を『それ』に叩きつけた。
倒せるかどうかなんてわからない。ただ、せめて退けることが出来れば。
だが、それが如何に甘い考えだったのかを、次の瞬間には思い知ることになる。
「ガフッ…な…?」
ウソだろ…こんな…っ
「…はっ、はっ…か…ッ」
辛うじて膝を着くのがやっとだった。
一瞬、何が起こったのか理解出来ないほどの、速度。
ぼたぼたと、鮮血が滴り落ちた。吐く息が、酷く冷たい。
霞む意識の中で視線を巡らせれば、アレンが『それ』に向かって《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を振り上げた。
だがその一撃を、『それ』はいとも容易く薙ぎ払い、衝撃波にアレンの体がまるで人形のように空を舞う。
――ヤバイ。
違い…すぎる…っ!
オレらが、どうこうできるレベルじゃねェ…
どうしたら…っ
「ッ…」
なんとか立ち上がろうとした瞬間、蔦とも蟲ともつかないそれが、周囲を取り囲んだ。
「どうした…ら…」
抗う力も残っていない。
そのまま、その奇妙なモノに取り込まれるようにその中に沈められる。
「いやあぁぁぁぁああぁぁッ!!!!!」
リナリーの悲鳴が、耳の奥に突き刺さった。
+++
アレンに続いて、ラビも下方の瓦礫の中に落とされた。
死んではいないはずだ。こんなところで死ぬようなふたりじゃない。
いいや、死ぬものか。勝手に死んだら許さない。
だから。
ふたりが戻ってくるまで、わたしがリナリーとチャオジーを護らなければ。
「ッ…リナリー、下がって!」
「…ッ」
「扉はわたしがなんとかする。…みんなはわたしが護る、だから」
怖くないわけがない。
怖い。怖い。これは何。こんなの知らない。
だけど――どんな困難にも、知らない未来にも、立ち向かおうと決めた。
みんなが居る。アレンが居る。だから、わたしは絶望しない。
「――絶望しないで」
「…ッ」
リナリーが、大きく目を瞠る。
傍にいたチャオジーも同じ様な表情を、した。
そんなふたりに、わたしは強がった笑みを浮かべてみせる。
「――発動! 《天蓋黒盾》!!」
ありったけの力を込めて、漆黒の盾を生み出す。
全身全霊の力を込めて。
――決して砕かれない、最強の盾を。
「ぐっ…これ、以上…仲間を、傷つけられて…堪るか…ッ!!」
勢い良く繰り出されたティキの攻撃を凌ぎながら、わたしは全神経を盾に集中させる。
護る。絶対に護ってみせる。これでもまだ足りないのなら、更なる力を。
「――ッ!?」
ピシリ、と。
響く異音に、わたしは目を瞠る。
「黒、龍…?」
どんな攻撃にもビクともしなかった、盾が。
――砕け散った。
「ぅあ…あああああぁあぁぁぁああああッ!!」
「ッ!!!」
リナリーの悲鳴が、遠くに聞こえた。
叩きつけられた体には、まともに力が入らない。
脚に焼けるような痛みを感じて、顔をしかめた。
「…ッ?」
…左脚…動かない…?
まさか、健を切られたりしてないだろうな…。
「…リナ、リ…ッ」
護らなければ。
リナリーは、あの子は今、自分を護る術を持たない。
チャオジーは普通の人間で、大怪我を負ってる。
アレンもラビも動けないなら、わたしが、…わたしが、護らないで誰が、護れる。
「…やめて…ッ」
リナリーの首に、蔦のようなものが巻き付く。
苦しげに顔を歪める彼女の様子が、目に焼き付いた。
「やめて…やめて、もうやめて…ッ」
動かない脚を引きずるようにして、わたしは無理矢理体を起こした。
――何でも良い。
どんな力でも構わない。
どうか、どうか、みんなを護れる力を…ッ
「…切、り裂、け…《時空斬盾》…ッ!!」
発動させた漆黒の刃を、小太刀ほどの長さにまで《形成》する。
…刀の扱い方なんて知らない。
神田にも才能無いって言われたし。
だけどこれが、わたしの中の明確な《武器》の『イメージ』。
「――ノアを『壊せ』! 《黒龍》!!」
ほとんど重みを感じないその刃を握り、私はそれを振り下ろした。
キィンッ、と響く金属音。
渾身の力を込めて振り下ろした刃はあっさりと阻まれた。
「ッ」
体勢を整えようと、真横に大きく飛ぶ。だけど。
気が付いた瞬間に、ティキは眼前に居た。
奇声を発しながら、その腕が私の握る刃を捕らえる。
それとほぼ同時に、刃は飴細工のように無惨に握り潰された。
――通用、しない。
呆然と壊された刃を見つめていたわたしの腕を、ティキが掴む。
酷く強い力に、思わず顔をしかめた。
「ッ、ぁ…っ!?」
わたしを見下ろすティキが、一瞬、嗤ったように見えた。
わたしが目を瞠るとほぼ同時に、ティキは水に沈む下方の瓦礫へと、わたしの体を叩きつける。
「…ッ…――――ッ!!」
リナリーの悲痛な声が、耳の奥にこだまする。
痛みに失いそうになった意識を、その声だけを支えに必死に繋ぎ止めた。
「…っ…く…」
瓦礫に叩きつけられた体が、軋むように痛い。
咄嗟に盾を張ったけれど、もうまともに機能してくれなかったみたいだ。
視界が歪む。
頭が痛い。
血の匂い…これ、わたしの血?
――ねぇ、これ、わたし死ぬんじゃないの…?
「……」
歪む視界の端に、アレンとラビの姿を見つけた。
ふたりとも全然動かないけど、死んではいない。
…ああ。わたしなんて動けなくなっても良いから、ふたりの傷を全部治してあげれば良かった…。
――ここは隔離された方舟の中。
助けは来ない。
戦える人も、もう居ない。
…諦める?
出口を断たれ、戦う力ももう無くて、時間も無い。
諦めてしまおうか。
だって、生きてここから出られないなら、結局同じだ。
「…諦め、て…この、まま…」
――一緒に、『死ぬ』?
「…やだ…死にたくない…死なせたくない…ッ」
だって、折角ここまで来たのに。
たくさんの約束を果たせないまま、諦めたり出来ない…!!
「…当たり前、です、よ…ッ」
「そ、うさ…こんなとこで、諦められっか…ッ」
「アレン…ラビ…ッ」
傷付いた体を引きずって、ふたりがよろめきながら起き上がった。
まともに動かない体を叱咤して、わたしも無理矢理起き上がる。
前のめりに倒れそうになった体を、咄嗟にアレンが支えてくれた。
「…大丈夫ですか?」
「…これが大丈夫そうに見える…?」
「ははっ…そうですね。酷い顔」
「言うに事欠いて酷い顔ですかー…」
自分だって、私に負けず劣らず酷い顔になってるくせに。
血が足りなくて、顔が真っ青だよ。
「上に残してきたリナリーとチャオジーが心配さ。…戻るぞ」
これもまた酷い顔色をしたラビに言われて、わたしとアレンは頷いた。
差し出された槌の柄を握る。《伸》は苦手なんだけど、今はそうも言っていられない。
しっかり掴まってろよ、と。
そう告げたラビの言葉に頷きかけて、瞬間、耳の奥に響いた異音にわたしは目を瞠った。
――これ…この《音》、は。
「…イノセンスの、《声》が訊こえる…」
半ば無意識に呟いた私の言葉に、ふたりは大きく目を瞠った。
「え…?」
「もしかして、リナリーの?」
「違う…」
耳を澄ませる。
この音は、『知っている』。
そう、これは――ミランダさんのイノセンスが、発動した時の感覚に近しい。
「…荒削りの、《音》…」
それは、原石のような荒々しさ。
加工されていない、イノセンスの波動。
「――もしかして、チャオジー…?」
「え…ここ、方舟の中ですよ!?」
「適合者の無いイノセンスがあったってのか…!?」
ふたりの言葉に、それでも私は頷くしかなかった。
だって、この感覚は――間違いようもなく。
「でも、聴こえる…」
耳を澄ませば、その《声》はどんどん近づいてきていた。
それは、新たな使徒誕生の、福音だ。
あまりにも強い《声》に、頭がズキリと痛む。
――瞬間、衝撃音と共にそれはわたし達の目の前の落ちてきた。
+++
――やはり、チャオジーが新たな《適合者》だったのか…。
下へ落ちてきたのは、リナリーとチャオジーだった。
リナリーを護り、巨大な瓦礫を素手で支える彼の両腕。
強いイノセンスの光。恐らくは、装備型のイノセンス。
だけど、もともと怪我を負っていた彼だ。
加えて、加工の成されていないイノセンスは装備型の適合者には、強過ぎる力。
これ以上は、きっと保たない。
「…アレン、ラビ」
辛うじて瓦礫を支えるチャオジーに迫る、ティキだったモノの姿を見つけてわたしは口を開く。
ふたりは小さく頷き、傷だらけの体を引きずってイノセンスを構え、駆け出した。
わたしは背後から、失血で震える腕を持ち上げて、その手をチャオジーが支える瓦礫に向ける。
「――切り裂け! 《時空斬盾》!!」
渾身の力を振り絞って、わたしは叫ぶように己のイノセンスに命じた。
チャオジーが支えていた瓦礫は砕け散る。
一方、アレンとラビに攻撃を防がれたティキは、後方に弾き飛ばされていた。
『キキッ』
だけど、浅い。
直ぐに体勢を立て直したティキが、嗤いながら再び向かってくる。
「…ッ」
再びイノセンスを構え直したふたりが、リナリー達を庇うように前に出る。
ぶつかるティキの衝撃波とイノセンス。
しばらく拮抗していたその力は、やがてティキの衝撃波に押され始める。
後ろに立つわたしですら、掠ってもいないその衝撃に息を詰まらせた。
瞬間、力負けしたふたりの体が、後方まで吹き飛ばされてくる。
「…ッ…《天蓋黒盾》!!」
慌てて、わたしは範囲を拡大した盾を張る。
力を最小に留めれば、それは防ぐだけではなく衝撃を和らげるクッションの役割を担う。
なんとか瓦礫に叩きつけられる前にふたりを支えて、わたしはその場に膝を着いた。
ダメだ。
もう、立っていられない。
「ふたりが…っ」
リナリーの悲鳴に近い声が上がり、反射的に視線を上げた。
――その背後に迫る黒い影に、わたしは呼吸を止める。
「リナリーさん!!!」
「!!」
チャオジーの悲鳴に、リナリーが振り返る。
無理矢理立ち上がり、私は羽根を広げた。
「リナ、リ…ッ」
動くことも出来ない彼女に迫る、暴悪なまでの殺気。
腕を伸ばし、盾を発動しようとするけれど、足がもつれてその場に転倒する。
――ダメだ、間に合わない!!
「リ…ッ」
叫び掛けた瞬間に、銀色の帯がわたしの横を横切る。
それはティキの腕に絡み付き、その動きを封じた。
これは――アレンの、《道化ノ帯(クラウン・ベルト)》?
「間違えるな…」
顔だけで振り返る。
そこには、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を支えに辛うじて立ち上がった、アレンの姿。
「あなたの相手はこっちだ…言ってたでしょ、確か…」
失血で蒼白な顔色のまま、ティキを挑発するように嗤う、アレン。
わたしは、ゆるゆると頭を振った。
…ダメ。やめて、そんな体じゃ無理だ。
「――僕を、殺したいんじゃなかったんですか…?」
その言葉が発せられた瞬間、ティキが嗤う。
そして、リナリーの横を凄まじいスピードで抜け、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構えるアレンに向かう。
「あ…アレンくんッッ」
リナリーの悲痛な声が、響く。
動きの鈍い左足を叱咤して、わたしは立ち上がった。
傷口から血が滴る。
視界が歪む。だけど。
「…ダメ…アレン…ッ」
呼吸が辛い。空気を吸うだけで肺が痛む。
それでもわたしは、駆け出した。
ぼぅ…っと、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構えるアレンの体から立ち上る、イノセンスの光。
それと連動するように、わたしの体もまた、イノセンスの燐光に包まれる。
それはまるで、蝋燭が燃え尽きる瞬間に大きく燃え上がるかのように、枯渇しつつあった力が内側から沸き上がってきた。
「来い…っ、ここからもう…生きて出られないとしても。命が尽きるまで、戦ってやる…っ」
――わかった。
アレンが闘うというのなら。
「――発動、最大限…ッ」
わたしもまた、その力の一柱に。
例えこの身が壊れようと、その願いを。
「――マナとの約束だ…っ!!」
肥大化した水晶の羽根を広げ、わたしは床を蹴った。
――《複写(トレース)》。《発動》。この身に宿る神の欠片よ、全てを切り裂く刃と成せ。
わたしの右手に具現した、巨大な刃。
その形はアレンの《神ノ道化(クラウン・クラウン)》にも似た、まるでその影のような漆黒の大剣。
見た目に反して重みを感じないそれを、わたしは大きく振り上げた。
共に生きること。
共に闘うこと。
ならばわたしは、彼の剣となり盾となり、共に最後の瞬間まで戦い抜こう。
――どんな力でも良い。わたしに使える力なら、すべてを捧げて。
「!?」
踏み出した瞬間、足下から眩い光が発せられた。
肌を焼くように強い、その波動。
瞬間、耳の奥に響いた《声》に、ズキリと頭が痛んだ。
「…こ、れ…ッ」
――イノセンス!?
あまりにも強大な力の波動。
それは床に巨大な十字架を映し出し、絶対的な力を発する。
その力の波に、ティキ共々、アレンの体もまた宙に投げ出された。
「…っ!」
剣を握ったまま、わたしは背の羽根に意識を集中させる。
大きくそれを羽ばたかせ、アレンの方へ向かって瓦礫を蹴って飛び出した。
「うわあああっ」
「アレ…ッ」
先程の衝撃で開いた穴に、アレンの体が投げ出される。
落下速度はかなりのものだが、間に合わ無くはない――いや、間に合わせてみせる。
歯を食いしばり、速度を上げようとしたその時だった。
「――なんだ、この汚ねェガキは」
そんな言葉と共に、目の前でアレンの落下が止まった。
「!?」
…骸骨?
目の前に現れたのは、宙に浮かぶ箱のようなものに乗った、黒いコートの人物。
その人物が、落下していたアレンの片足を掴んで、拾い上げたのだ。
…頭部が骸骨なんだけど…なに、あれ。人間…?
「少しは見れるようになったかと思ったが…
いや、汚ねェ。拾った時と全然変わらんな、馬鹿弟子」
――今、なんて。
思わず目を瞠るわたしの前で、その骸骨の頭部に何かが乗っかった。
見覚えのある、シルエット。大きな羽根に、球体のボディ。ひょろりと長い尻尾。
「…ティム、キャンピー…?」
呆然と呟くわたしと同じように、目を瞠ったアレンは鎖に巻かれた箱を見下ろした。
そして、唖然とした表情で、呟く。
「これは対アクマ武器《聖母ノ柩(グレイヴ・オブ・マリア)》…!」
対アクマ武器――イノセンス?
わたしが知らなくて、アレンが知っている『誰か』の『イノセンス』。
――まさか、あの人は。
「…お…おひさし…ぶり…です」
「なんだその『嬉しそうな顔』は」
青い顔で口を開いたアレンに、その人物はそんな言葉を投げかけた。
その間に骸骨が溶け出し、徐々にその下にある顔が明らかになっていく。
風に流れる、鮮やかな赤。
その姿を、この世界で見るのは初めてで。
だけどわたしは、――『彼』を、『知っている』。
ティムキャンピーを従えた、赤い髪の男。
その顔を覆う、白い仮面。
「――おとそうか?」
不遜な態度と、傍若無人なまでに振る舞い。
だけど自然と、他者を惹きつける何かを持つ、その確かな存在感。
「…クロス、元帥…」
その姿を追い続けた異端なる元帥が、今、目の前に立っていた。
異端なる元帥、参戦。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。