「アレン! ラビ!!」
わたしはリナリーの手を引いて、ふたりの方へ駆け寄った。
たくさん怪我をしてるけど、生きてる。
生きて、笑ってる…!
「あ…。リナリーとチャオジーも…」
「よー。、さっきぶりー…」
「ッ、バカ!!」
わたしが返事を返すより先に、リナリーの鉄拳がラビを殴り飛ばした。
あまりの早業と威力のあるパンチに、わたし達は顔を引きつらせる。
心配して殴るのは良いだろうさ。心配掛ける方が悪い。
で、でもそれなら平手にしてやってください、リナリーさん。
「あ、リナリーの愛の鉄拳が…」
「リナリー、一応ラビってば怪我人…」
可哀相に、痛みに声も上げられずに蹲ってますよ、ちょっと。
呆れたように息を吐いて、アレンがラビに肩を貸して立ち上がらせた。
リナリーはまだ言い足りないらしく色々説教してるけど、これは自業自得として受け入れろ。
「――あはっははははははははッ」
突然響いた笑い声に、わたし達はハッと目を瞠った。
視線を向けた先には、既に面影すらわからない、ロードだった『モノ』が、狂ったように笑っている。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハッ」
『ロ、ロートたま』
「あはははははははははははは!!!!!」
それは、まるで『死体』だった。
焼け焦げた体。
それにまとわり付く布地で、ようやく彼女だと認識させる程度の。
「ロード…ッ!?」
思わず声を上げたアレンに反応して、ロードが高笑いを止めた。
そして、ゆらりとこちらを振り返る。
「アレン…」
一言、だけ。
アレンの名前を呼んで、彼女の体は砂塵と化した。
『キャーーーッ! ロートたまっ!!』
崩れ、空気に流されていく砂塵。
レロが悲鳴を上げ、必死に彼女の名前を呼ぶが――もはや、返事が返ってくることはない。
「なんスか、今の。なぜ爆笑…?」
「……」
「ねぇ、ちょっと。ボソッと「アレン」て聞こえんかった?
どんだけ好きなん。
アレン、お前マジあの子に何したんさ。あんな小っさい子に」
「何もしてません。の前で変なコト言わないで下さい」
「ぐふっ」
一応小声で耳打ちしたラビの腹に、アレンは表情を変えないまま肘鉄を食らわせた。
当然、怪我のせいで普段より重く響いたであろう痛みに、ラビが変な声を上げる。
「お前ーーーッ! 火傷でムチャクチャ体痛ェのにぃぃーーーッッ!!」
「ひぶんれやったんれひょッ(自分でやったんでしょ)!!」
「やめてッス、ふたりともボロボロなのに!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながらお互いの顔を引っ張り合う、アレンとラビ。
それを必死に止めようと慌てるチャオジー。
…………緊張感無さ過ぎです。
「…バカですかあんたらは…」
「…ねぇ、アレンくん。ロード消えたけど…
この塔の上にある出口の扉は、ロードの能力なのよね…?」
ふと、考え込んでいたリナリーが口を開いた。
瞬間、男性陣はハッと目を瞠って一切の動きを止める。
「「「「!!!」」」」
――そうだ。
本人が消えたからといって生み出したものまで消えるかどうかは、わからないが。
少なくとも…
恐らく唯一の出口であろうソレは、ロードの能力が生み出したモノで。
「「「あ゛あ゛ーーーーーーーーーーっ!!!」」」
絶叫が、束の間の静寂を取り戻した空間にこだました。
「ラビッ!! 《伸》です、《伸》!! 天井の穴からッ」
「お、おおう!」
あたふたと槌を握ったり乗ったり、忙しない。
こんなうっかり者ふたりが好き勝手に大暴れしてたんだ…。
……………不安になってきた。
「つか、この有り様で、扉があったとしても無事なんスか…?」
「…ラビのイノセンスってホント、危険だわ…」
思っていても言ってはいけない一言です、おふたりさん。
まだあたふたしているふたりに、わたしは呆れ半分でかくんと首を傾げた。
「…わたしが行こうか?」
「は良いから休んでろ! オレが先上行って無事か見てくる、イケたらすぐ引き上げっから!」
「う、うん」
こっちの返事もまともに聞かずに、ラビは槌を握り直す。
「《伸》ッ!」
その声に呼応するように、上に向かって槌の柄がラビを乗せたまま一気に伸び上がった。
それとほぼ同時に、足場に大きな振動がはしる。
「! 地震が…」
「ここも崩壊が始まったんだ。座ってましょう」
怪我をしているリナリーとチャオジーを気遣ってか、アレンがそう促す。
その言葉に従って、わたし達は瓦礫の上に腰を下ろした。
「いてて…扉、あるといいっスね…」
「出血は大丈夫? チャオジー」
「これくらい!」
平気そうに言うけど、イノセンスの守りを持たない彼には、その傷はきついだろう。
「…治そうか?」
「だ、大丈夫っス! そんな、お手を煩わせるわけにはっ」
「いや、そんな遠慮要らないし。リナリーの脚も治すよ。
まったく、生身の脚で結界を蹴破ろうとするなんて、無謀なんだから…」
「…ごめんなさい」
しゅん、と肩を落とすリナリーとチャオジーに、わたしは治癒の力を発動させる。
…ああ、マズイな。あんまり上手く作用しない。
ロードの夢世界で、《複写(トレース)》を酷使し過ぎた。これが、代償か…。
「………」
普段ならものの数秒で終わる治癒に悪戦苦闘していると、妙にアレンが静かなのに気が付いた。
ひとり、あらぬ方を見て黙り込んでいるその横顔。
同じようにアレンを見て、リナリーが口を開いた。
「…アレンくん。扉があっても、自分だけ入らない気でいる?」
「………………」
リナリーの言葉に、アレンはゆっくりと視線を彼女に向けた。
きょとんと目を瞠って、返す言葉を必死に探しているのがわかる。
もうはやそれを探すことを放棄したのか、困ったようにへらりと微笑った。
「…さすが…」
「「さすが」、じゃない!」
「ぐふっ」
先程ラビを殴り飛ばしたリナリーの鉄拳が、今度はアレンを殴り飛ばした。
…なんか、リナリー…変な方向性で逞しくなったような…。
「…リナリ…なんか足使えなくなって凶暴になりましたね…イタイです」
「うるさいッ!!!」
がなるリナリーに、アレンは困ったような表情で口を開いた。
「神田とクロウリーがどこかで足止めくってるかもしれません。
師匠のことも気になりますし、方舟が崩壊する前にふたりを探しに戻ります」
「私も…っ」
「リナリー達は先に外へ」
リナリーの言葉を遮り、アレンは静かに告げた。
あまりにもその声音が静かだったからか、リナリーは反射的に口を噤む。
「この中で、僕が一番まだ動ける。
…辛いことを言ってるのはわかってます。でも聞いてください」
優しく微笑んで、アレンはリナリーの涙を軽く拭う。
わたしは、スッとイノセンスの発動を解いて腕を降ろした。
「…ひどいって思ってるよ…っ、アレンくんはいっつもそうやって笑う…っ」
リナリーの瞳から、涙が零れて落ちる。
「人がどんな気持ちになってるかわかってて、笑うんだから…っ」
ぽろぽろぽろ、と。
飴玉のように零れ落ちる涙が、リナリーの頬を伝う。
「でもね、私がアレンくんの考えてることがわかったのは、
…私が…アレンくんと同じ立場だったら、同じことを私もすると思うから」
強く、リナリーはアレンの手を握った。縋るような強さで。
「ホームに、みんなで帰りたいもの…っ」
強い祈りの声、だった。
その真っ直ぐな強い想いに、泣きそうになる。
「…」
ぐっと、拳を握り締めた。
そして、音も立てずに立ち上がる。
「――アレン」
「え? あ、はい。なんですか…って!?」
アレンが全部言い終わる前に、わたしは握り締めた拳でアレンをぶん殴った。
さすがにリナリー程の威力は無いし、鍛えていないわたしの拳はヒリヒリと痛む。
リナリーがきょとんを一瞬目を瞠って、わたしを見た。
かと思ったら、苦笑を浮かべてそっとわたし達から距離を取る。ご丁寧にチャオジーまで連れて。
…ありがとう、リナリー。いつも以心伝心でわたしは嬉しいよ。
「なんでいきなり殴るんですかちょっと!? しかもグーで!!」
「は? わたしの可愛いリナリーを泣かせたからよ?」
「ちょ、待ってください! どうしてそうなるんですか!?」
何を今更言っちゃってるんでしょう、このおバカさんは。
ああ、そうだ。忘れるところだった。
――わたし、怒ってるんだったよね。
「…で、次はわたしを置き去りにした分」
「え」
小首を傾げてにっこりと微笑むと、アレンの表情が引きつった。
スッと目を眇め、再度拳を握り締める。
「歯ァ食いしばれ」
「、あの、目が据わってますよ? その握り締めた拳はなんですか!?」
「黙れ身勝手男」
「ちょ、待っ…僕、一応怪我人…ッ」
慌てるアレンに構わず、わたしはそのまま――、
アレンの首に、抱きついた。
「…?」
恐る恐る、といニュアンスで、アレンが戸惑ったようにわたしの名前を呼ぶ。
密着した箇所から感じられる体温と、心音。生きている《音》に、涙が出そうだった。
…ああ、腹立たしい。ムカつく。心配ばっか掛けて。アレンなんか大嫌いだ。
「殴らない…ん、です、か…?」
「…手が痛いからやめた。か弱いわたしに感謝して」
「……なんですか、それ」
困ったような声に、わたしは腕に力を込めた。
悔しい。悔しい。悔しい。
大嫌いだと思うのに、それ以上に好きで好きで堪らなくなる。
「…言ったでしょ…?
わたしはわたしが思うように行動する。誰にもわたしを縛ることは出来ない」
いつか告げたそのままに、もう一度同じ言葉を呟く。
好きで好きで堪らないけど、愛しいけど、それでもわたしはやっぱり怒ってる。
わかってる。
アレンはただ、わたしを守ろうとしてくれただけ。
だけど、だけど、わたしは――わたしは、ただ、傍に居たかった。
一緒に、闘いたかった。守られるだけのお姫様なんて、ガラじゃない。
「わたしは、わたしで在る為に戦うの」
「」
「それにッ」
本当に本当に大好きで、だけど本気で腹が立ったから。
このくらいの報復くらい、したって当然だ!
「アレンがわたしを置いて行こうなんて10年早い!
わたしが居なきゃ何も出来ないくせにッ」
「は…」
言い放ったわたしの一言に、一瞬、アレンは目を瞬かせた。
やがて思考が戻って来たのか、その表情がみるみるうちに険しくなっていく。
「なんですかそれ!? 言うに事欠いて子供扱い!?」
「子供でしょ!? あれが大人の対応だとでも言う気かこのモヤシっ子!」
「誰がモヤシですか誰が!? たまにしおらしく可愛い事を言うかと思えば、すぐそうやって…ッ」
「悪かったわね悪かったわね!! どうせ可愛くないですよッ!」
「~~~ッっとに、可愛くないッ!!」
「可愛くなくてもいいもん、なにさバカアレンッ!!」
「誰がバカですか!?」
「うるさいッ! やるか!?」
「やってやろうじゃないですか!」
売り言葉に買い言葉の勢いで、わたしとアレンはバッと立ち上がった。
至近距離で睨み合うわたし達は、それはもう目つきが悪くなっているだろう。
「泣かせてやるから覚悟しなさいッ!!」
「こそ、泣いて謝っても容赦しませんからね!?」
「誰が泣くか! やれるもんならやってみろ!」
「その啖呵、死ぬほど後悔させてやりますよ…!」
お互いに変なオーラが立ち昇り始めた。
瞬間、リナリーの笑い声がその空気を両断する。
「ぷっ…あははは…ッ」
明るい笑い声に、わたしとアレンは視線をリナリーに向けた。
沈んだ表情が多かった彼女の、久しぶりに見る笑顔。
思わず目を瞬かせたわたしとアレンに、リナリーは笑いながら口を開いた。
「もう…ふたりとも、変わらないんだから…ッ」
変わらない、と。
そう言われて、わたし達は顔を見合わせる。
「こらそこ! 痴話喧嘩してんじゃねぇさ!」
続く言葉に困っていると、上からラビの声が降って来た。
痴話喧嘩ってなんだよ!とは思うけれど、今はそれより大事なことが。
「ラビ!」
「扉はーーー?!」
「まだあったぞ! 引き上げっからみんな柄に掴まれ――あっと! そうじゃねーや。
リナリーとチャオジーはケガしてっから、アレン、ふたり担いで上がれるか?
は悪ィけど自力で…」
「大丈夫です!」
「ん。りょーかい」
言われて、わたしはイノセンスを発動させて羽根を具現化する。
アレンは槌に脚を掛け、その上にリナリーを乗せて、空いた手でチャオジーを抱えた。
「しっかり掴まっててくださいね」
「オレ、重いっスよ!」
「大丈夫大丈夫」
「ホントに大丈夫?」
「アレンは見た目に反して怪力だから平気だよ」
「怪力って。、言葉の端々に棘があるんですけど…」
そう感じるなら、心にやましいことでもあるんじゃないですかね。
そんな言葉を視線に含めてやれば、伝わったのかアレンは表情を引きつらせる。
ふん、このくらいは自業自得と受け止めろ。
ふと視線を巡らせた時、視界に項垂れたティキの姿入った。
ノアを失った体を壁に預けた彼と、その横で泣きながら震えているレロだ。
『レロロ~~…
伯爵タマ~~~、どして出てきてくれないレロ~』
――そうか。ティキはノアを破壊されたけれど、死んだわけじゃない。
確かに、伯爵が出てこないのはおかしい…か。
もし…ノアを失ったティキは、もう用済みだとでも思っていたとしても。
長子であるロードを助けなかったのは、何故だ。
「……っ」
同じようにティキ達を見ていたアレンが、微かに息を呑むのが、わかった。
…ああ、なんか、考えてること…わかっちゃったなぁ、と。
苦笑混じりに、わたしは小さく息を吐いた。
+++
「大丈夫でした?」
「うん」
「急ぐさ! この扉もいつ消えるかわかんねェ」
上に登ったわたし達は、ロードの創り出した扉の前に立つ。
今まで『視て』きたロードの扉と、形は変わらない。
だけど、恐らくは『構成』が違う。一度くぐれば、わたしにも《複写(トレース)》出来るだろうか。
扉へ足を踏み出したラビ達には続かず、アレンは不意に踵を返した。
ヴン…ッ、と微かなイノセンスの発動音。
それに気付いて、慌てたようにラビが振り返った。
「! おい、アレン!?」
「ティキ=ミックとレロを連れて来ます」
「はあっ?」
ああ、やっぱりな――と。
予想通りの行動に、呆れて良いのか笑えばいいのか。
「おいおいっ! マジで言ってんのかッ」
下に降りようとしたアレンの肩を、ラビが強く掴んだ。
「ティキ=ミックはもう、ノアを失ったただの人間です。それに、ラビだって見てるでしょうッ」
振り返り、アレンはラビに怒鳴り返す。
だけど、その必死の表情を視ればわかる。
アレン自身、自分の行動が正当ではないことくらい、理解しているんだろう。
「汽車で初めて会ったとき、彼には人間の友達が居た!
あの人達は何も知らず、ティキ=ミックの帰りを待ってるかもしれない」
「…オレは別に構わない…っ、でも…ノアを助けたことが教団にバレたらお前は…」
ラビの言葉に、ふと、わたしは思い出した。
「でもアクマが消えて、エクソシストが泣いちゃダメっしょー。
そんなんじゃ、いつか孤立しちゃうよぉ?」
巻き戻しの街で、ロードが言った、言葉。
孤立――と。
その言葉が、冷たく胃に落ちた。
「――ごめん、ラビ。リナリーとチャオジーを連れて、先に外へ」
「?!」
わたしはラビの横をすり抜け、イノセンスを発動させた。
消耗は激しい。だけど、飛ぶだけならまだ。
「わたしは、アレンの望みを叶える」
「…」
「…アレン。ティキとレロをお願い。わたしは神田とクロウリーを探しに行く」
「、何言ってるんですか! それは僕が」
「わたしが行く。移動速度だけならわたしの方が速いし、怪我もしてないから」
そう。外傷がないのはわたしだけ。
だったら、わたしが動かないでどうする。
「聞いて。…今のわたしは、ほとんど力が残ってない。
神田とクロウリーは怪我をしてるかもしれない、アレンの傷を癒す余裕がないの」
そう返して、わたしは微笑った。
余裕がないのは本当。
もちろん、動けなくなるまで力を行使することは厭わないけど、これ以上アレンに負担は掛けられない。
絶句するアレンに頷いて、わたしはラビを振り返る。
「ごめんね、ラビ。酷なことを頼むけど…扉の向こうに罠がないとも限らない。
イノセンスを使えないリナリーと、一般人のチャオジーだけじゃ不安だから…」
「……」
何か言いたそうな顔を一瞬だけして、ラビは仕方ないと言うように肩を竦めた。
そして、そのまま腕を伸ばしてくる。
「…ホント、お前には頭が下がる。さすがはオレが惚れた女さ」
「は?」
いきなり、強く抱き締められた。
あれ? あれ?? なんだこれ?
普段だったら、頭をこう、ぐりぐり撫でるとこじゃないの、ラビ?
…むしろ今、なんか凄いことをさらりと言われなかった??
「ッラビ! に何するんですか返して下さいッ」
目を白黒させていると、横から無理矢理引っ張られた。
引きずられるようにして、わたしの体は今度はアレンの腕の中に収まる。
…いや、だから。なに、いったい?
「ア、アレン…」
「返せって何さー。アレンはを置き去りにしてきたんだろー?」
「そう言う意味で置いて来たんじゃありませんッ!」
そう怒鳴り返して、アレンが腕に力を込めた。
…なんでしょうか、この居たたまれない恥ずかしさは…。
「…あのね、今は時間が無いんだってば…。
とにかく、アレンは早くティキとレロを助け」
「――「助ける」…? あの男を殺したんじゃなかったんスか…?」
「「「!」」」
どこか感情を押し殺したような言葉が、発せられた。
わたし達は弾かれたようにそっちに視線を向ける。
――言葉を発したのは、チャオジーだ。
「…まだ、生きてます」
「どうして…? あいつらはアクマとグルになって、
アニタ様やマホジャ様、オレの仲間をいっぱい殺したんスけど…?」
穏やかで明るい、人好きする笑顔が、チャオジーの表情から消える。
そこにあるのは、怒り、憎悪、不審――マイナスの、感情。
「なのにどうして? 「助ける」? 「助ける」って…」
ラビも、リナリーも、アレンも――苦い表情で口を噤む。
「オレらの想いを、裏切るんスか?」
ズキリと、胸が痛んだ。
「…アレン」
「…大丈夫です。彼の言い分は正しい、ですし」
「――わたしが、居るから」
ぽつりと、呟く。
言うべき言葉は、たったひとつだ。
「例え世界中が敵に回っても。わたしだけは、最後までアレンの傍にいる」
「……」
わたしの名前を呼ぶアレンの声が、痛みを孕んでいる。
――ああ、きっと。わたし達は、この痛みを一生抱えて生きていくんだ。
この、《世界》で。
「助けるんなら、アンタ達は敵だ」
「チャオジ…ッ」
「敵ッス!!」
――ああ。
前にも、似たようなことがあった…
クロウリーと初めて会った、あの村で。
こんな言葉を。
だけど今は、哀しみと怒りの声を。
――わたし達は、胸に疼く痛みと共に、聴く。
「……」
ぎゅ、と。
わたしはアレンの左手を、握り締めた。
大丈夫だから。わたしが居るから。
すべてを敵に回しても構わない。世界から拒絶されても受け入れる。
ただ、ただ、彼を。アレンを。この、アクマに魅入られた神の寵児を、守りたいだけ。
「……」
アレンの手に、僅かに力がこもる。
握り返された手から、感情が伝わってくるような気がして。
抱き締めてあげたいなぁ、とか。思うけど。
それを気丈に受け止めている彼のプライドを、汚したくはなかった。
だから、わたしも受け止めよう。
アレンを敵だと言うのなら、わたしも敵だ。
彼を悪魔だと言うのなら、わたしも悪魔で良い。
憎みたければ憎め。
罵りたければ罵れば良い。
わたし達の『悲劇』は、わたし達だけのもの。
誰にも、理解なんてされなくても、構わない――。
「奴らと同じ悪魔だ!!」
受け止めよう。
共に生きるとは、そういうことだから。
アレンが闇を抱えて、背負って生きるなら。
わたしは、それを共に支えることで彼と共に生きる。
だから今は。ただ、この方舟から、皆で出ることだけを。
「…チャオジー。聞いて、わたし達は…」
顔を上げて、わたしは口を開いた。
――その、瞬間。
「…ッ!?」
ぞわり、と。
酷い悪寒が、した。
顔から血の気が引くと同時に、握り締めていたアレンの手が、解ける。
「ッ…チャオジ…ッ」
アレンが右腕を伸ばして、チャオジーを突き飛ばす。
瞬間、下から『何か』が大きな衝撃と共に突き上げてきた。
それは、まるで蔦か、蟲か。
不気味なその『何か』が、チャオジーを庇ったアレンを捕え、ロードの扉を破壊し、下へと引き摺り下ろした。
「…アレ、ン…?」
搾り出すように、名を呼ぶ。
返事はない。
今、何が、あった?
「アレンッ」
「アレンくん!」
「がっ…ち、ちかづかない、で…あ…ぐ…っ」
駆け寄ろうとしたわたし達に、苦しげに告げられた言葉。
「うぁぁああぁあああああぁぁぁぁぁぁああッ!!」
悲鳴と連動するように聴こえる、バキバキ、という異音。
それが扉を破壊する音なのか、アレンを『壊す』音なのか…わからない。
…わからない。
わからないわからないッ!
これは何だ。
ノアはもうこの方舟の中には居ないはず。
だってティキのノアは破壊した。なのに。なんで!
「アレンッッ…くそっ、ひきずり降ろされたッ」
「ティキ=ミックなの!? どうして…どうして?」
座り込むリナリーが、呆然と呟いた。
わたしだって同じだ。どうして、と何度も繰り返す。
心臓が脈打つ。嫌な汗が流れる。
なんだ、これ。
なんだ、この感じ。
「だから…奴らなんて助けなければいいんス…
どんな理由があったって…奴らは人間を殺す…悪魔だ…」
呟かれたチャオジーの言葉に、妙な言葉が浮かんだ。
――あれは、ノアの、ちから?
あり得ない、と。
思うのに、頭の片隅にその考えが居座って消えてくれない。
「…ッ…《黒竜》ッ!!」
羽根を広げ、わたしは下へと身を躍らせる。
ラビとリナリーの制止の声が聞こえたけど、わたしは聞こえない振りをした。
「アレンッ!!」
悲鳴のように名前を叫び、わたしはそこに降り立った。
地に叩きつけられたアレンの姿を見つけて、慌てて駆け寄る。
「アレン! アレン、しっかりしてッ!
わたしの声、聞こえてる!?」
「ぁ…ぐ…っ」
まともに声になっていない。
だけど意識はある。
「――発動、《瞬癒結盾》!!」
抱き起こしたアレンの傷口に触れて、わたしは治癒の力を発動させた。
…治りが遅い。怪我が多過ぎるんだ…。
思っていた以上に、怪我が酷い。
この怪我で、神田とクロウリーを探しに行こうとしてたの?
こんな。…こんな、酷い、怪我して。それでも…。
「…バカ…ッ…あんたバカだよ、本当に…救いようがないよ…ッ」
「……」
「何…?」
「…、…と、扉…が…」
「!!」
視線を向ければ、そこには無残に破壊されたロードの扉の、残骸があった。
――唯一の、出口が。消えた。
「…はァ…は…っ」
「アレン、ダメ! まだ動かないで…ッ」
「でも、…、――ッ!」
ドクン、と。
脈打つ鼓動の音が、耳の奥に響いた。
わたし達は、ゆっくりとその音の方へ視線を巡らせる。
「お…まえは…、そんな…ノアの力は…破壊したはずだ…っ」
ゆらりと幽鬼のように立つ、その姿。
「どういうことだ…」
ゆっくりとした足取りで近づいてくるのは。
あれは、間違いなく――
「…おまえ…誰だ」
妙な気配。軋むような異音。
その喉元に浮かぶのは――聖痕?
「ティキ=ミックなのか…?」
そしてわたしは、朧気に悟る。
――ああ、まだ、なにも…終わっていなかったんだ…。
絶望という悲劇を踊れ、愚かな道化達。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。