タンッ、と。
軽く地を蹴って、わたしはそこに近づいた。

渦巻く圧倒的な力の波動。
球体のその中は、空気を排除された領域。


ヒトを、壊す為の――《世界》だ。


「…時間が無い、ってのに…厄介なモノ、造ってくれちゃって…」

小さく、息を吐く。
体に掛かる負荷は、思っていたより大きい。
無理矢理贋作の《扉》で出てきたんだから、代償は覚悟していたけれど――

「…こりゃ、思ったより時間無いな…」

ラビを助けて一緒に出てくれば、問題はないわけだけど。
…今、変に中途半端な場所で《ココロ》があっちに戻されると、まずい。

無防備な自分の体を、こんな場所に置いていくことになる。
――肉体の死は、これ以上はないほど明確な『死』だ。

「…ご冗談。死んで堪るか」

が無い。
なら、与えられた時間内に、すべてを終わらせる。

――《天蓋、黒盾》」

全身に盾を纏い、わたしは躊躇うことなく――





――その空間へと、飛び込んだ。



File44 《世界を守る者》~ The 2nd Night




朦朧としながらも、辛うじて保たれていた意識が、ざわめく。
左眼の傷が、微かに痛みを訴えた。

「……ッ」

――…死ね、ない…。

生きたい…。
ノアを…ティキ=ミックを倒す…為…、

「(――いや、ちがう…僕は僕はそんなことの為に生きたいんじゃ…ない)」

生きたいのは…大事なものを…見つけたから…。

「……」

そうだ…。
僕は、人とアクマを守りたいから。

「(…ッ…イノセンスよ!!)」

声は出せない。だから、心の中で叫ぶようにその存在へ語りかける。
この空間から出るには、ティキ=ミックの、ノアの力をはね返せるだけの強い力がいる。
僕は、こんなところで死ねない!!

やらなくちゃならないことが、まだあるんだ。
いつものように発動出来ないなら、もっと強く!!

もっと強く同調を!!
強い力を!!

「(もっと…ひとつに!!)」

――僕とお前で、世界を守る武器に!!

――ッ!」

ドッ…と、鈍い衝撃がはしる。
左胸――心臓に入り込む、ティキ=ミックの腕。

衝撃に、咽る。血の香が口内に広がる。
その気配を飲み下すように、唇を噛んだ。

「(集…中しろ…ッ、イノセンスと同調することだけを…)」

霞みかける意識の中、ただ、イノセンスに同調する、そのことだけを考えた。
――だから、だろうか。
その声が、聞こえたのは。

――アレン 」
「!!」

耳に馴染む、その声に――目を、瞠る。
同時に、強い…それでいてどこか懐かしさを覚える波動が、空間に満ちていく。

「……?」

今、確かに――の声が、聞こえた。
幻聴?
いいや、違う。
今、はっきりと――彼女のイノセンスの気配と共に、声が聞こえた。

「 アレン 」
「…、…なん…で」

遠退き掛けた意識が、戻ってくる。
おぼろげな意識が、人形のように虚ろだった彼女の姿を、思い出す。
――の意識が戻った? どうして…。


――起きなさい、アレン=ウォーカー!」


凛とした、その声音。
気高く、強く――すべてを包むような、その声が。

強い叱咤の声に、途端、意識がクリアになる。
――そう、だ。
こんなところで立ち止まっている暇なんて、ないんだ。

「…イノ、セ、ンス…ッ」

スッと、左腕を持ち上げる。
持ち上げた腕が、強い光を、放つ。
――それに彼女の手が重なったように見えたのは、幻影だろうか。
いいや。幻影なんかじゃない。
耳の奥に、彼女の――の声が、響く。

「 左に破壊の力を 」

――左はアクマの為に。

「 右に守る力を 」

――右は人間の為に。

「 どちらも、強い想いが生み出した力」

――どちらも救済する。
あの時決めたじゃないか。



――――僕とお前は、ふたりでひとつだ。


「…ッ!」

左腕のイノセンスが、大きく姿を変えた。
身の丈程の、大剣の姿に。

イノセンスが教えてくれる。
これが、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》の――本来の姿。

――わたしの声が聞こえる? アレン」
「うん…聞こえるよ、

彼女のイノセンスが、傍に居る気配を感じてる。
彼女自身が隣にいるわけではない。だけど、すぐ傍に居る。それだけはわかる。
たとえ隣に居なくても――共に、闘える。

「 良い? アレン。時間が無いからよく聞いて」
「うん…」
「 わたしがナビゲートする。――ここから出るよ」

相変わらず一方的だな、と思って思わず苦笑する。
彼女の言葉に従い、僕は大剣の形を成した《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構えた。

――《神ノ道化(クラウン・クラウン)》に呼吸を合わせて 」

――力を。

「 出来る限り、力を込めて。他の事は考えなくて良いから」

――力を!!!

――振り下ろして! 」

その言葉と同時に、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を振り下ろす。
異音を立てながら、空間が真っ二つに――割れた。


+++


「……ッ!!」

空間の割れる音と共に、《世界》の《音》が戻ってくる。
時間にすれば、1分にも満たない程度の間だったはずだ。
感覚的には、酷く長く感じていたけれど。

「何かあったの、ティッキー?」
「……ビックリ人間ショー?」
「は?」

視界が晴れない。
ただ、声だけが聞こえてくる。

「ビックリしすぎて全然笑えねェっつの」

ティキ=ミックの声が、下の方で聞こえた。
彼は既に、割れた空間から脱出した後か。

「良くないものを、呼び起こしたか…?」

タンッ、と。
小さくブーツを鳴らして、その場に降り立った。
同じようにして背後に降り立ったその気配は、確認しなくてもわかる。

「…アレン」


小さく、だけどしっかりと呼ばれた自身の名が、懐かしいような気分だった。
微かにヒールを鳴らしながら、彼女が近づいてくる。
背に、僅かな重みが掛かった。

「ただいま? それともおかえり、かな?」
「さ…どっちでも、良いや…」
「そうだね…」

背に感じる彼女の体温が、心地良くて泣きそうになる。
彼女がいないことで…どうしても気持ちが不安定だったことを、自覚した。
自分で置いてきたくせに、随分身勝手な言い分だと、自分でも思う。
だけど――体に入っていた余分な力が、抜けた気がした。

――そう、今は」
「この戦いに、集中する――!」

スッと、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》を構える。
背後で、のイノセンスの羽ばたく音がした。

「守って、みせる…」
「!!」

地を蹴って、駆け出した。
――この剣の、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》の使い方は、イノセンス自身が教えてくれる。

「お前って…」

苦く嗤いながら、ティキ=ミックもまた、臨戦態勢に入る。
寸で、振るった剣は防がれた。

「なんでそんなに頑張んだよ?」
「あなたたちにだって…わかるはずだ」

――闘う理由、なんて。
頑張る理由なんて、誰だって同じだ。

守りたいから。
その為に生きたいと願うから。

理由なんて、――それ以外に何がある!

「ッ!?」

ティキ=ミックを守る、ティーズによって出来た盾が割れる。
さすがに予想外だったのか、彼の瞳が驚愕に見開かれる。
その隙を突いて、大きく剣を振り払った。

「あっ」
『ティッキィーーー!?』

切り払った瞬間に、と目が合った。
顔色が悪い。だけど決して目を逸らさず、僕を見る双黒。

――彼女は多分、『わかってる』。
この武器の、能力も。
甘いと、エゴだと罵られようとも、譲れないこの願いも――

「!! ――…どういうことだ。『死なない』…?」

呆然と自身の胸に手を置き、ティキ=ミックはうわ言のように呟く。
その視線が鋭さを増し、怒りと困惑とを滲ませて、問いかけてくる。

「……何のマネだ、少年」
「幻術なんかじゃないですよ」

僕が斬ったのは――肉体じゃない。
破壊したのは、あなたの――――――

「ぐっ…ぁ…」

ティキ=ミックの体内を侵すように、十字の刻印が浮かび上がった。
剣で斬りつけた、そのラインに沿うように。

「…オレの中の、ノアが…っ」

呟いた後の声は、言葉にならない、苦悶の悲鳴に変わった。
耳を劈くような、声。
その声に、痛みを感じるのは僕のエゴだ。

――人間を生かし魔だけを滅する。
 それが、僕と《神ノ道化(クラウン・クラウン)》の力…!!」

――この力が、ノアや伯爵の持つイノセンス破壊の力と、どう違うのか。

人間を生かす。
その謳い文句すら、偽善だ。

「オレから…ッ! ノアを奪おうっての…かッ、少…年」

ティキ=ミックの体から、何かが這い出てくる。
――それは彼の体内に宿る、『ノア』だ。

「オレを殺さず…に、ノア…だけ?
 フハッ…ハハハハハ!! お前は…甘い…な!」

苦しげに、どこか嘲るように嗤う彼を、ただ見下ろす。
この感情を、どう表現して良いのかわからない。
哀しいのか、嬉しいのか、心地良いのか、苦痛なのか――
――ただ、とても…『重い』。

「甘いよ。これは…ただの、お前のエゴだ…ッ」
「なんとでも」

スッと、《神ノ道化(クラウン・クラウン)>》を持ち直す。
――彼からノアを奪うことは、エゴでしかない。わかっている。
彼らにとって『ノア』を奪われることは、僕らが『イノセンス』を失うことに等しい。

わかっている。
これは僕のエゴだ。
失うことの痛みを知る僕が、彼らと同じことをする。
――これがエゴ以外のなんだと言うのか。
それでも進まなければならない道なら、僕は――

「その為の重荷を背負う覚悟は出来ている」
――ひとりでは背負わせないよ」

凛とした声が、すぐ傍で聞こえた。
いつの間にそこに居たのか――…、
の細い指が、僕の握る《神ノ道化(クラウン・クラウン)》に触れる。

「…
「わたしが、その十字架の半分を背負う」
「…うん」

君まで背負う必要は無い、と。
言おうとした言葉を飲み込んで、僕はただ頷いた。

どうせ言ったところで、聞き入れるような人ではない。
それに――共に背負うと言ってくれたその言葉は、正直に言えば嬉しかった。

…愚かで浅ましい願いだ。だけど。
共に闇を背負い、それでも…彼女が一緒に、歩いてくれるなら。
――背負う数多の闇も、怖くは無い。

「ティッキ…!!」
『ロッ、ロートたま!』

飛び降りてきたロードを、ティキ=ミックは手で制す。
その意図はわからない。
だけどロードは、足を止めた。

「いい」
「!」

――覚悟を、決める。
傍らのに視線を向ければ、彼女も強く、頷き返してきた。
グッと、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》の柄を握り締める。

「この戦争から――退席しろ、ティキ=ミック!!!」


その胸に。
退魔の刃を――突き立てた。


「…残念だ…少…年」

額に浮かぶ聖痕に、根を張るようにイノセンスが侵食していく。
力なく崩れていくその体に、まるで彼を殺してしまったような嫌な感覚が残る。

「悪いな…ロード…」

――最後に、彼がノアとして呟いたのは…
同族の少女に向けた、謝罪の言葉、だった。

「ティッキ…」
『ティッキーの、聖痕が消えたレロ…』

呆然と呟かれた言葉を、痛みと共に受け止める。
――これが僕に出来る最善。
甘いと、エゴだと罵られようと――譲れない願いだ。

「…ッ」
!?」

息をついた瞬間、不意にの体が傾いだ。
慌てて支えると、は辛そうに顔をしかめて僕の腕を掴む。

「ごめ…も、限界…」
「な、…どういうこと!?」

いったい、彼女の身に何が起こっているのか。
蒼白な顔色で喘ぐように息をつきながら、それでも瞳の光だけは変わらず、彼女は言葉を紡ぐ。

「わたしの、《ココロ》は、…まだ、ロードの《内》に…」
「……!!」
「…ごめん、無理矢理、なんとか出てきて…もう、これ以上は…」
…」

どうやって出てきたのか、そんなことはわからない。
だけどただひとつだけ、確かなことがある。
――無茶をしてでも、ここに、戻ってきてくれた…その理由は。

「…大丈夫…ちゃんと、帰ってくる、から」

細い指が、頬に触れた。
その表情には、頼もしいまでの笑顔が浮かんでいて。
強い人だな、と。どこか誇らしい気分にすらなってしまう。

「…ラビを連れて、帰ってくるよ…。
 約束する、から――それまで、リナリー達を…お願いね」
「…うん。ありがとう、――待ってる、から」

細い手を握り締めて、その指に軽く口付ける。
少しだけ驚いた顔をしてから、は小さく微笑った。
その次の瞬間、双黒から光が消え――硝子玉のような瞳に、戻る。

「…

――彼女の願いに、応えなければ。
そう決意して、顔を上げる。

「チャオジーッ!」

顔を上げると同時に響いたリナリーの悲鳴に、弾かれたように視線を向けた。
視界に入った、ロードの結界の内部――
そこには、鋭利な蝋燭を突き立てられたチャオジーと、その傍らのリナリーの姿。
その瞬間に響く、重く鋭い――声。

――動くな」

それがロードの声だと認識するまでに、少しの時間を要した。
どんな局面でも酷薄な無邪気さを失わない彼女から、初めて発せられた冷酷な声。

「動いたら、全員刺す」

その言葉と同時に、周囲に現れる無数の蝋燭。
ただの蝋燭ではない。
下手な刃物よりよほど鋭利な――命を侵すモノ。

「!!」

僕の周りだけではなく、それはリナリー達をも包囲していた。
僕ひとりならなんとかなる。
だけど、怪我をしたチャオジーと、闘う力を失っているリナリー、そして意識の無いラビは。

「《黒龍》のと、《神ノ道化(クラウン・クラウン)》のアレンはこんなんじゃ死なないだろーけど。
 ――それ以外は、たぶん死んじゃうよぉ?」
「……ッ」

ギリ…ッ、と唇を噛む。
…迂闊だった。
ロードとてノアだ。ティキ=ミックが倒れれば、次の相手は彼女になる。
それを、どこかで失念していた――

「僕ね。アレンのことスキだけどぉ」

カツッ…と靴を鳴らして、ロードは倒れたティキ=ミックの傍らに立った。

「家族も、特別なんだぁ…」

その体を抱き起こし、呟くように告げるその声音は、不気味なほど静かだった。

「このキモチは、アレンと一緒だね」
「……ッッ」

ジリ…ッ、と足に力を込める。
その微かな気配すら察知するのか、ロードの鋭い声が飛んだ。

「動かないで。僕、ちょっとムカついてるんだよ。
 仲間の体に穴が空くの、見たい?」

あまりに冷酷な響きを孕むその言葉に、動きを止める。
脅しではない。
彼女ならば、本当に――やる。

――でも、それだけじゃ足らない。
 『ひとり』――…アレンの仲間にお仕置きしちゃうんだから」

淡々と語る口調に、寒気をおぼえた。
殺気とは違う、渦巻くような何か。
冷たい汗が、流れ落ちる。

「赤毛の子…『ラビ』っていうんだね?
 あの子のココロは今、僕の内にあるんだよ」
「!!」

残虐な微笑と共に告げられた、その宣告。
その言葉の意味がわからないほど、鈍くもなければ楽観的でもなかった。









「そいつの心、メチャクチャにしてやる――――――!!」






闇の中で奏でるは、飴色に輝く破滅の前奏曲。



To be continued?

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