「ラビッ!?」

急に糸が切れた人形のように、ラビがその場に膝を着いた。
何度呼ぼうとも反応を返さない。

「エクソシストさま!」
「ラビ、どうしたの? 返事をしてッ…ラビッ!!」

虚ろに床を見つめる、その姿に顔から血の気が引いた。

「どうしたの、ラビ!!」

――まったく反応を返さないそれは、の状態と、…似ていた。

『レロレロ~。レロはロートたまの能力が一番怖いレロ~』
「ふふ♪ さぁて、次期ブックマンのココロはどこを突くと血が吹き出すのかなぁ~♪」

歌うように、喜悦を含んだ声でロードが嗤う。

「真っ赤で綺麗~な、飴色だといいな」
「…ッ」

ギリ…ッ、と唇を噛んだ。
ああ、私は無力だ…!
何も出来ない。何も…――

「……」
「……」

硝子玉のような瞳をしたが、静かにそこに座っていた。
感情のないその瞳を、私達に向けて。

「…ッ…! 目を覚まして! お願い、
私じゃ何も出来ないの…じゃなきゃ、ふたりを助けられないの…ッ」
「無駄だよ、リナリー。は目覚めない」

希望を断つように鋭く、ロードは言い放った。
胡乱げに首を傾げながら。

「それに、目覚めたところでに何が出来るの?
――エクソシストでもないに、なにが?」
「え…?」

…エクソシストじゃ、ない?

「何を言ってるの…?
はエクソシストよ。私達の、大切な仲間よ!」
「違うよ、リナリー。は僕達ノアの為に、千年公が用意したお姫さまなんだから」
「!?」

――千年伯爵が、用意、した?
何を言われているのか、よくわからなかった。
困惑する私に、ロードは小さく首を傾げ、嗤う。

の身体にはイノセンスが宿ってる。だけどの身体には聖痕も刻まれている。
ねぇ、リナリー。はそれでもエクソシスト? キミ達の『仲間』?」
「…関係、ない」

無意識に、言葉が零れていた。
余裕の笑みを崩さなかったロードが、初めて、僅かに目を瞠る。

が何者だって…誰がどう言ったって、関係ないわ」

――薄々、感づいては、いた。
は、どこかいつも『異質』だった。
私達の中心にいながら…いつも、どこかで外れた場所に立っているような。そんな違和感を持っていた。

でも、そんなことは今更だ。
が例え、エクソシストではなかったとしても。
――で在る限り、彼女は私の…私達の、大切な人なんだから!

は必ず戻ってくる。約束したもの、は約束を破ったりしない。
は、負けないわ。――私達も、絶対に諦めない!」
「…ふぅん…?」

面白くもなさそうに頬杖をつきながら、ロードが目を眇める。
そして、ゆらりと――酷薄の微笑を、浮かべた。

「だったら、祈っていると良いよ。
すべてが終わったとき、そこに立つがエクソシストか、ノアか――

くすくす、と。
耳障りなほど耳に残る、嘲笑。






「ま、僕はどっちでも構わないけどね」



File44 《世界を守る者》~ The 1st Night




「全身鎧みたいなもんだな、こりゃ。
 『白い道化(クラウン)』というより白い悪魔って方がしっくりくるぜ、少年」

ティーズを文字通り薙ぎ払い、破壊した僕を前に、ティキ=ミックの表情は始終笑みだった。
余裕の表情――とでも表現すれば的確か。
つまり彼は、まだその実力を出し切っていないということになる。

「ゾクゾクするね。この手でもう一度壊してやるよ…!」

喜悦を含む声音で告げられた言葉と、感じる力の波動。

「あの夜のように…もう一度少年の左、壊してもぎ取ってやるよ」

咥え煙草を吐き捨て、ティキ=ミックは嗤う。
その表情には、先程までの飄々とした様子は――無い。

「覚悟しろよ?」
「……ッ」

――来る! 伯爵とノアが持つ、イノセンス破壊の力…!

「…」

…あの時の気持ちは、忘れない。
闘う力を失い、全てを奪われたような、あの喪失感。
忘れない。
忘れられない。
あの時の絶望。無力感。恐怖。

――だけど。

「……」

スッと、顔を上げた。
そして、左腕を前に突き出す。

無線で話した時の、コムイさんの言葉が蘇る。
でも、僕は――

「へぇ…逃げないのか?」

――すみません、コムイさん。僕は…ッ…逃げない!!

「ぐ…ッ」

重い。
なんて、圧倒的な力――

「受け止められやしないぜ? これは絶対の力!!
 お前等エクソシストに取り憑いてる『神』とやらから、解放してやるよ少年!!」

ピシ…ッ、と。
左腕に亀裂が入った。

「…!!!」

痛みより、衝撃が大きい。
持ち堪えてくれ、と。
左腕に力を、込めた。


――砕け散れ、アレン=ウォーカー」


冷酷な言葉とほぼ同時に、強い衝撃が襲い掛かってくる。
それは、ほんの一瞬のこと。
衝撃に耐え切れず吹き飛んだ体が、何かに衝突して、止まった。


+++


「うわっ」
「きゃあ!」

強い衝撃が来て、私とチャオジーは反射的に悲鳴を上げた。

「な、何だ?」
「! アレンくん?」

恐る恐る視線を上げれば、そこには、結界にクレーターを作る形で人影が凭れ掛かっていて。
その姿は、力なく項垂れた――アレンくんだった。

「アレンくん!!」

呼んでも反応が無い。
衝撃で軽い脳震盪を起こしているのかもしれない。
このままでは、意識を取り戻す前に――

「イテテ…一度じゃムリだったか…。
 進化しただけあってなかなか頑丈だね」

降って来た声に、ハッと身を強張らせた。

「だが次で終わらせる。もう抵抗すんなよ、少年?」

カツ、カツ…と。
高く靴音を鳴らしながら、迫り来るその存在。
絶望にも似た気配が、胸の奥を冷やす。

「よう、ロード」
「ティッキ~ってば僕のアレン、ボロボロにしすぎぃ~~~」
「大目にみろよ。っていうかおまえ、姫さんどうした」
「あっちに座らせてるよぉ~」

ロードが指をさした方向に視線を向け、ティキ=ミックは小さく息を吐いた。
彼の視線の先にいるのは、感情のない視線を前に据えたままの、の姿だ。

「相変わらずのお人形さん、ね」
「うん。の《ココロ》はまだ、僕の中だよ」
「じゃ、サクサク終わらせようか。うっかり姫君が目覚める前に」

一歩、また一歩、と。
少しずつ、彼は近づいてくる。
――アレンくんを、『壊す』為に。

「や…やばいッス。
 起きてッス、エクソシスト様! 起きてッス!!」

チャオジーの呼びかけにも、アレンくんは応えない。
その間にも、少しずつ縮まっていく距離。

「来ないで…ッ」

咄嗟に出た言葉は、強い拒絶だった。
胸に落ちるこの恐怖は、彼を――仲間を失う、恐怖。

「彼に…私の仲間に、触らないでよ!!!」




自分でも驚くほどに鋭い声が、発せられた。




+++


――ッ!!」

耳の奥に響いた声に、わたしはハッと顔を上げた。

「…今の、リナリ…?」

確かに、声が聞こえた。
凛とした、強い声。
仲間を想う、強い――だけど悲痛な叫びだった。

――アレン達と、一緒にいるの…?」
「ねぇ、諦めなよ。

どこか哀れむような声に振り返れば、そこにはロードが立っている。
小さく小首を傾げながら言われた言葉は、どこか悲哀の色を孕んでいた。

「どんなにが《複製(トレース)》しても、その扉はただの張りぼて。
 だって、が複製出来るのは『視て』、『感じた』ものだけだもん」
「……」

――もう何をしても無駄なのだから、諦めろ…と。
言外に含まれた言葉に、わたしは嗤う。

――一瞬で良いのよ」
「?」
「一瞬で良い。…道が繋がるのは」

複製しては使い物にならずに崩れていく、《扉》の《複製品(レプリカ)》。
これはロードの能力であり、オリジナルではないわたしに、扱い切れる能力ではないのだろう。
だけど、それでも良い。
ほんの一瞬で良い。道を繋ぎ、少しの間でもここから出られれば。

「《黒龍》――ここから、出るよ」

自らのイノセンスに語りかけることで、わたしは決意を固めていく。
わたしはひとりじゃない。このイノセンスが、その証のひとつ。
例えこれが、偽りの使徒の証でも――

「…ねぇ、。どうしてそこまでするの?」
「「どうして」? くだらないこと聞くんだね」

――くだらない。
そんな質問に、何の意味がある?
答えなんて、ずっと前から決まってる。

「『仲間』だからよ」

――その強い想いが、わたしをここまで支えてくれたのだから。


+++


――その声が、覚醒を促したのだと、思う。

悲痛な、だけど強い…声。
リナリーの声だった。
譲りの彼女の強さに、意識が覚醒する。

――心まで、砕かれるもんか…」

自分を奮い立たせるように、呟いた。

「貴方達闇から…絶対…ッ」

左腕は、まだ動く。
壊れてはいない。
――まだ、闘える。何度でも!

「逃げる…もんか…!!」

ピシッ…と、異音がはしる。
だけどその存在を確かに感じていた。
自然と――口元に笑みが、浮かぶ。

「どうした? 腕を壊されて嬉しいワケねェよな?」

呼吸が辛い。
咳き込むと、鮮血が口から溢れた。
…なるほど、呼吸が辛いはずだ。

「!!! アレンくん、ノアの力に触れちゃダメ!
 寄生型のあなたは、イノセンスだけじゃなく身体にまで負荷が掛かるのよ!?」
「……」

悲鳴に近い声音で言い募るリナリーに、僕は微笑う。
…大丈夫。守ると決めた。だから、こんなところでは立ち止まらない。

「……ッ! アレンくん…?」

リナリーから視線を外し、目の前に立つティキ=ミックにそれを戻す。
圧倒的な力を持つノア。だけど、それを恐ろしいとは、もう思わない。

――ティキ=ミック。貴方はエクソシストを誤解してますよ…」

自然と口元に浮かんだ笑みに、彼は奇妙な表情をした。
まるでそれは、未知なるモノと遭遇したかのような、色。

「対アクマ武器のイノセンスさえ壊せば、エクソシストはただの人間だと思ってる。
 何の力も持たない、『ただの人間』だとね」

口元の血を、拭う。
少しずつ、呼吸が落ち着きを取り戻していく。

「貴方達が本当に恐れるべき相手は、その人間ですよ」

相手を睨めつけ、左腕に意識を集中させた。
瞬間、左腕に埋め込まれた十字架から、燐光が立ち昇る。

「力は、イノセンスから与えられたものでも。
 それを扱うのは人間であるエクソシストの心だ」

光が、徐々に強さを増していく。
確かな力が、溢れてくる感覚に満たされていく。

「僕の心が、イノセンスと結ばれている限り」

――何かの《音》が、耳の奥で聴こえた。
これがイノセンスの《声》なのか…それは、よくわからないけれど。

「その器である体が滅びない限り。
 僕がエクソシストで在る限り。僕の大事なものが…」

左腕が、光に包まれる。
この奇怪な腕に――何の躊躇いもなく触れてくれた『仲間』の顔が、脳裏に浮かんだ。

――この世界に、在る限り…!!」

強い光が晴れた瞬間、ひび割れていた左腕が本来の姿を取り戻す。
――損傷の、自己修復。
イノセンスとのシンクロ率の高さが、それを可能にする。

恐らくは、の治癒の能力はこれに近いのだろう。
この光は――彼女の治癒の力の波動に、とても近い。

「そう容易に、この《神ノ道化(クラウン・クラウン)》は砕けません」
「………」

ティキ=ミックが、探るような視線を向けてくる。
彼らノアにとって、弱者であった人間が力を示したことは――それほどの衝撃だったのか。

「ティキ=ミック。貴方達は人間をナメすぎてる」
「……」

言った、瞬間。
彼の表情に浮かんだのは――笑み、だった。

――あはははははははッ」

大気を揺らすほどの、笑い声。
何かのタガが外れたような――空気。

「ははははははッ…ホント、何者だよ…っ」

――その声音に孕まれたそれは、『怒り』だった。

「OK、よーくわかった。まず少年を殺さねェとそのイノセンスは死なねェってことか」

大きな力の波動を感じ取る。
先程のそれとは、比ではない――

「あっ」
『! どうしたレロ、ロートたま!?』
「ティッキーがキレたぁ~~」

視界の端で、ロードが立ち上がったのが見えた。
だけど、その先を認識する前に――――


――――――大きな衝撃が、襲い掛かってくる。


「!!」
――説教の礼だ、エクソシスト。オレの能力をプレゼントしてやるよ」

受け止めきれない、大きな力。
吹き飛ばされるというよりは、どこかに押し込まれるような感覚。


周囲の空気が、変化した。


「…人間なんて、奪われるだけで何も選択出来ずに死んじまう。
 その弱小さに愛しさは感じても、恐れなんてヘドが出る」

その声をおぼろげに聞きながら、

「なあ、少年。お前を好きなオレのままでいさせてくれよ…」

――体中の臓器を圧迫する、その重みに思考を奪われる。

――オレに壊されろ、少年」




冷酷な言葉が、冷たく耳の奥に響いた。




+++


『ティッキーまじレロ』
「ちょっとぉ~~、ここ壊す気かよぉ~~」

軽い口調で話しているけれど、ロード達にとってもこの事態は予想外だったのだろう。
何が起こっているのか、よくわからない。
アレンくんは、どうなったの…?

「ロード、これは何? アレンくんはどうしたの!?」
「アレンはあの中。あれはちょっとヤバイよ~~」

華奢な指で方向を示しながら、ロードは口調とは裏腹に真剣な表情を作る。

「ティッキーは万物を選択することが出来る「快楽」のノア。
 アレンの周囲の空間が蒸発してるところを見ると…多分、大気を拒絶して真空を造ってるんだ。
 息が出来ないどころか、このままだとアレンの肉体が消滅しちゃうよぉ」

淡々とした口調ながら、その真剣な眼差しに、悟る。
嘘でも脅しでも、ない。
彼女の語るそれが、紛れも無い事実だ。

「く…っ」

結界の壁に、爪を立てた。
この渦巻く感情を言葉で表現するなら――なんだろう。

「リナリーさん…?」
「…………」

怒り?
哀しみ?
焦燥感?

そのすべてが混ざり合ったような――感情。
心が痛みを訴えて、血を流しているのがわかる…。

「もうイヤ…」
「!?」
「もう、イヤだよ…」

――苦しい。
何も出来ない。
エクソシストでありながら――何一つ、守る力も無くて。

「こんなところで、ただ…闘ってる仲間を見てるだけなんて…」

――泣いて祈るしか出来ないなら、『私』に何の意味があるの。

「……」

足に力を込めて、立ち上がる。
まともに動かない足に、ありったけの力を注いだ。

「!!!」

息を呑むチャオジーの気配を感じながら、私はそれでも結界を壊す為に足を振り下ろした。

「……!」

力が入らなくなって、その場に転がる。
だけど、それでも私は立ち上がった。

何度でも立ち上がってやる。
何度も。何度でも!

「リナリーさん…!?」

チャオジーの声を聴こえない振りをして、結界を攻撃し続けた。
鈍い痛みがはしる。
普段だったらこの程度で痛むわけもないそれが、私を酷く苛立たせた。

「…ムダだよ、リナリー。
 イノセンスも発動してない、そんな足じゃね…」

結界の外で呟かれた、ロードの言葉が胸を抉った。
わかってる。
イノセンスが発動出来ない私なんて、何も出来ない子供だ。
だけど、それでも、私は――!!

「ちょ…っ、リナリーさん!! 足が…」
「はなして…」
「こんなことしたら、足が潰れます!
 今のあなたは闘える力を失ってるんでしょう!?」
「…それでも、私はエクソシストなの……」

――闘う力を、失ってしまっても。
何の役にも、立てなくなってしまっても。
それでも、私は――エクソシストなの。
それだけが私の価値。私がここに存在する理由――

「戦う為に、私は在るの…」
――リナリー。それは違う」
「!?」

聞こえた声に、ハッと顔を上げる。
凛とした、この声は。

「わたし達は――戦う為に在るんじゃ、ない」

ばさりと、羽音が聴こえる。
背後――

――大切な人達と微笑い合う為に、わたし達は在るのよ」

振り向いた先に在る、その姿、は。
漆黒の羽根と、流れるぬばたまの、黒。

…!!」

大切なその名を、叫ぶように呼んだ。
凛とした双黒に宿る、強い力。
呼び声に応えるように、彼女は微笑う。

「待たせてごめんね、リナリー。ただいま」
「……っ…、本当に…!?」
「うん、本当だよ」

壁越しの会話でも、充分だった。
その真っ直ぐな言葉に、どんなときでも変わらない笑顔に、安堵する。

――本当に出てきちゃったんだね、
「有言実行がモットーだからね」
「…長時間なんか保たないくせに?」
「そうだね。…時間がないから、やるべきことをやらせてもらうよ」

どこか自嘲気味な笑みを浮かべて、は視線を私の方へ戻した。

「ごめんね、リナリー。時間が無いから、やれることだけやってみる」
…? 時間が無いって…!?」

はそれには応えずに、ただ私に向かって微笑んだ。
――その姿が、アレンくんの姿に重なり…奇妙な胸騒ぎを覚えた。
は、何をするつもりなの…?

「いくらでも、あの中に入ったら――死ぬよ?」
「死なないわ」

ロードを見上げ、はいっそ不遜とも取れる笑みを浮かべていた。
ノアを前にしてなお、その強い瞳は光を失わず。
――とてつもなく大きな《力》を、感じさせる。

「わたしは死なない。誰にも、わたしの死を背負わせない」

迷いの無い言葉。
揺らがない視線。
躊躇いもなく、は渦巻く《力》の中へと、身を躍らせる。





「人間の底力、見せてやるわよ」





漆黒の翼を広げ、彼女は強く、そう告げて笑った。






反撃開始。



To be continued?

気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。