「少年。今、何考えている?」
どこか楽しそうにすら聞こえるその問いに、僕は沈黙で答えた。
今は何も考えない。
目の前の『敵』を、退けること以外は。
「オレと殺し合えて嬉しい?
カードでオレらを打ち負かした時は、結構楽しんでただろ?」
それでもなお、ティキ=ミックは言葉を紡ぐ。
挑発のつもりか。
…カードとこれは、似ているようで違う。
賭けるものは金ではなく、命だ。
「ポーカーフェイス気取ってないで教えろよ」
「――哀しいですよ」
返した言葉が、自分で思った以上に重い響きを孕んだ。
闘うたびに圧し掛かるそれは、命の重みだ。
「あなたは会うたびに飄々としていて、人間臭くて人間らしい」
――そう。多分、僕よりもよほど。
「叶うなら、これがすべて――」
叶うわけもない。
彼はノアで、僕達はエクソシスト。
相容れない存在。互いを壊すことを願うだけの。
「――誰も死なないポーカーならよかったのに」
その願いが傲慢だということさえ、理解していた。
「アレンッ」
椅子を蹴って立ち上がったラビの前に、スッとロードが立ち塞がった。
レロを足場に、宙に立つ酷薄な微笑を浮かべた、ノアの少女が。
「ティッキーもねぇ、アレンのことが好きなんだよ。だから邪魔しな~いで♪」
歌うような軽い口調で言われた言葉は、どこまでも無邪気な響き。
だがその表情は、どう見ても――冷酷な色だった。
「僕と遊ぼー♪ ブックマン」
「……ッ」
ギリ…ッ、とラビは唇を噛む。
アレンひとりで、ティキ=ミックと戦うのは危険だ。
だが、ロードがただ傍観者でいるわけがない。
――それに、彼らの側には、が居る。
今のところ、は明確な意思を持ってノア側に居るわけではない。
だが、いつどのような形で『使われる』かはわからない。
出来るだけ早く、取り戻さなければ――。
「んー? ねぇ、聞いてるぅ?」
「!!!」
スッと、ロードが腕を持ち上げた。
瞬間、ラビの背後に居たリナリーとチャオジーが、サイコロのような何かに閉じ込められる。
「リナリー!! チャオジー…ッ」
「だ、大丈夫だよラビ! 閉じ込められただけみたい…」
「ッス!」
どうやら、何かしらの危害を加えるための仕掛けでは、ないようだ。
そのことに安堵するラビに、再度ロードが口を開く。
「今は閉じ込めるだけにしといてあげるぅ。ね? 遊ぼ? ブックマン」
「……」
――言外に、従わなければ閉じ込めるだけでは済まさないと、脅されたようなものだった。
ちらりと、ロードの向こう側に居るに、視線を向ける。
演技であることを期待したが――やはり、そうではないようだ。
普段のなら、リナリーが囚われた時点で動く。
この状況下で冷静でいられるほど、彼女は薄情ではない。
「ラビ…ごめんね…」
「エクソシストさま…」
そんなふたりの声を背に、ラビはロードの方に向き直った。
「――ノアの一族長子,「ロード」だっけ?」
槌がラビの意思に答え、その大きさを変化させる。
「勝ったらふたりと――を解放するって条件さ」
「うん♪ いーよぉ」
ゆらりと首を傾げ、ロードは嗤う。
だが、ふと思いついたように小さく「あ、」と呟いた。
「でもは無理」
「なッ」
「だって、《時》が来るまではこのままだもん」
『時』、と。
笑みを孕んだ口調で言われた抽象的な表現に、ラビは顔をしかめた。
「《時》?」
「そう――それはね、〝君達が死ぬとき〟だよ」
言い放ったロードの姿が、揺らいだ。
突如沸き上がった奇妙な感覚に、ラビは目を瞠る。
「!!!」
「ラビ!!」
リナリーの悲鳴に近い呼び声を最後に、
――意識が、落ちた。
+++
「……」
――長い、夢を見ていたような感覚だった。
ゆっくりと、でも確実に…意識が、覚醒する。
「…ここ、どこだ」
チェス盤のような《世界》で、わたしは徐々にクリアになっていく思考に顔をしかめた。
そうだ。わたしは、ロードとティキの前に引きずり出されて。
彼らと一戦交えて、そう――負けたんだっけ?
「……」
…思い出したら腹立ってきた。
「…ここは…ロードの《世界》、かな。
厄介なところに閉じ込められた……」
中途半端にファンシーでグロテスクな人形は、ないか。
巻き戻しの街で見た空間とは、少し違うようだった。
「――《複写開始(トレース・オン)》」
静かに、告げる。
ロードの《世界》は、巻き戻しの街で『視て』いるから、『わかる』。
派手な扉を具現化させ、わたしは軽く目を眇めた。
「《複写終了(トレース・アウト)》――」
スッと、具現化した扉に手を当てる。
大丈夫。一度『視た』ものを複製するのは簡単だ。
「どこ行くのぉ、?」
「!!」
笑みを含んだ少女の声に、反射的に身を強張らせた。
ゆっくりと振り返れば、そこには無邪気な笑みを湛えたロードが、居る。
「――ロード」
「ダメだよぉ? はここに居なくちゃ」
「冗談。こんな何も無いところ、退屈だわ?」
「ふふっ♪」
どこか楽しそうに微笑うロードの表情から、その意図を読み取ることは難しい。
「どっちにしろ、はここから出られない」
「……」
「だって、ここは僕の《世界》。には何も出来ないよぉ?」
「やってみなきゃわかんないわ」
ロードの浮かべる、酷薄の微笑を睨め付けながら、わたしは口を開いた。
彼女のことだ、幾重にも罠を張り巡らせて――そう簡単には、出して貰えないだろう。
だけど…――、
「わたしは弱くてちっぽけな人間だけど。
――心だけは、負けられない。どんなときでも」
お姫様みたいに助けを待っていられるほど、わたしは可愛くなれない。
護られたいとは思わない。
――わたしが進むのは、共に戦う道だ。
「用意された道なんて要らない。それくらい、自分で作ってみせる」
「…そっか。強くなったね、」
一瞬の沈黙の後、ロードは慈愛すら感じさせる笑みを、わたしに向けた。
「――でも、はここから出られない」
「……」
「これを見て?」
ロードが、何も無い空間に手を翳す。
その瞬間、今まで何も無かったそこに、小さな窓が現れた。
――その向こう側に映るのは…鮮やかな、赤。
「…ラ、ビ…?」
あの、色彩を――見間違えるはずが、無い。
小さな窓に、手を着いた。
その向こう側にいるのは、ラビだ。間違いない。
たったひとりで。
――『誰か』と、対峙してる…?
「ロード! どういうこと!?」
「ブックマンの《ココロ》は今、僕の中にある」
スッと、彼女は自身の細い五指を開いて、自らの胸に押し当てる。
その言葉の意味することを、必死に考えた。
心? …精神?
ここは、ロードの《世界》でしょう?
「――どうする、? 助けに行ってみる?」
向けられた残酷な微笑に、ぞわりと寒気がはしった。
++++
――闘いは始まった。
後戻りが出来ないことなんて、最初からわかっている。
左腕が――イノセンスが、騒ぐ。
奴らを『壊せ』と。それが『役目』なのだと。
そしてそれは、相手も同じなのだろうと、思った。
「――ティーズ」
どういう仕掛けなのか、ティキ=ミックの体内から無数のティーズが姿を現した。
いったい、どこにあれだけの数を隠し持てるのか。
――だが、とりあえずは破壊するだけだ。
「《神ノ道化(クラウン・クラウン)》――」
自らの半身の名を、呼ぶ。
使い方は全て、イノセンス自身が教えてくれる。
――新たな力の、使い方を。
「《道化の帯(クラウン・ベルト)》!!」
紐状になったイノセンスの光を、伸ばす。
一瞬の気の緩みも許されない。攻撃の組み立ても、考えなくては駄目だ。
「ラビ!!」
「!!!」
後方で上がったリナリーの悲鳴に、思わず振り返った。
瞬間、横から攻撃が襲いかかってくる。
「ッ!」
反射的に左腕で受け止めた。
いつの間にか周囲にはティーズが舞い、取り囲まれている。
「あらー…可哀相に、眼帯くん。
ロードの相手して心が壊れなきゃ良いけどな~」
――ラビが、ロードと戦っている?
「でも今はオレに集中」
「……ッ」
咄嗟に、大きく腕を振った。
その攻撃を避けたティキ=ミックが、宙で足を止める。
――まるでそこに、足場があるかのように。
「! …そうか。あなたの能力は通過自在でしたね」
「そ。オレは触れたいものを自由に「選べる」」
答えて、ティキ=ミックは口角を持ち上げて嗤った。
「言い換えりゃ空気だって踏みつけられる。
この世の万物すべてに対して、オレは「選べる」権利を持ってんのさ」
――それこそ、イノセンスに負けず劣らずの異能だ。
その自覚が、あるのか否か。
「つっても、お前らの「イノセンス」は別だが?
ムカツクことに、それ「この世の万物」じゃねーし」
つまりそれは。
逆を言えば――イノセンスなら、彼を『壊せる』ということだ。
《道化ノ帯(クラウン・ベルト)》を伸ばし、宙へ身を躍らせる。
響く剣戟。
相手の攻撃を防ぎ、逆に防がれ、それを繰り返す。
「アレンくん…ラビ…ッ」
悲痛なリナリーの声が、耳に残る。
命に代えても、なんてもう思わない。
生きて、すべてに決着を付け――皆で帰る、その為に。
その為に、今、自らに出来る最善を。
それは彼女に――に教えられた、大切なものを護るための、方法だ。
「……ッ」
心の中で、その名前を繰り返す。
ともすれば焦りを感じてしまう心を、落ち着かせるように。
――視界の端に、何も語らない双黒が、映った。
+++
「……」
――ここは…どこだ?
開けた視界いっぱいに広がるのは、まるでチェス盤のような模様の世界。
ひとりそこに立ち、そんなことを朧気に考えた。
「……地平線が遠い……」
さっきまでいた場所じゃねェよな、絶対。
ロードは『空間移動』ができんだったさ。ってことはどこか別の場所に飛ばされたか…。
――でもなんかここ、現実味が無くね…?
『……』
「………何笑ってんさ?」
『ふふ~♪』
嗤う気配に、僅かにムカつきながら振り返る。
そこには、未だ半身を床から生やした形の、ノアの少女が愉快そうに嗤っていた。
『もしかしてぇ~、「どこか別の場所に移された~」とか思ってんのかなぁって思ってぇ~』
「もしかしなくてもそうじゃんよ」
ここはどう見ても、先ほどまで居た場所じゃない。
だとしたら、別の場所だ。
目の前のノアには空間移動の能力がある。間違いないだろう。
「で? お嬢さんはいつまでそんなチェス盤みたいな柄で床に生えてんさ? 闘る気あんの?」
コンコン、と槌で床から生えたそれをつつくように叩いた。
オレの言葉に、彼女は嗤った表情のまま、不満そうな声を上げた。
『ブ~~~~♪ 僕は闘わないよぉ~~~~』
「は?」
『ホラ、来たよ』
言われた瞬間。
――背後に、唐突に気配を感じた。
『――キミの、闘うモノが』
槌を構えて、背後を振り返る。
――視界に入り込む、鮮やかな赤色。
「!!?」
そこに居た『モノ』に、思わず目を瞠った。
何の冗談だ、これは。
『――…』
「…は? オレ…ッ!?」
――そう。
そこに居たのは、オレ自身だった。
冷めきった目をした――2年前の、オレだ。
「――なワケねェよな~」
そう、あるわけがない。
どうしてオレがふたりもいる? そんなわけあるか、これは幻だ。
「《劫火灰塵》ッ」
『――ダメさ』
《火判》を放とうと振り上げた槌を、目の前の『オレ』が手で制した。
平坦な声は、確かに自分のものなはずなのに、まるで別人のようだ。
『お前は今、精神だけ連れて来られてるんだ。イノセンスは無いんだよ』
「え…?」
呟いた瞬間、手に握っていた槌が崩れ落ちる。
まるで、そこには初めから何も――無かったかのように。
『「空間移動」…そうだね。
もし、それだけしか僕のコトを聞いてなかったら、誤解しちゃうかもねぇ』
嗤いながら、ロードが口を開いた。
その間にも槌は崩れ続け、ついにはただの残骸となって地に落ちる。
『僕がノアで唯一、方舟を使わずに空間移動出来るのは、
「僕の住む世界」と現実世界を繋げることが出来るから』
背後で、いっそ不気味なほど無邪気に嗤う、気配。
語られる言葉は自らの手の内を語っているようでいて、だが決して余裕を崩さない。
『僕はノアの《夢》を持つ羊。
キミが今いる「ココ」は、ロード=キャメロットというノアが生み出した夢の中なんだよッッ』
ここまで来て、
――オレはようやく、とんでもない相手に捕まったことを、悟った。
+++
「――ね? は優しいから、ここから出られなくなっちゃったでしょ?」
「…ロード。あんた、体幾つ持ってんの?」
「さーぁ、どうかなぁ?」
答える気はない、か。
よくよく考えれば、ロードはノアの中でも特殊だ。
――巻き戻しの街で、アレンの左腕でも傷付かなかった。
ノアの弱点は、イノセンスだ。
彼らはイノセンスでしか傷付かない。逆を言えば、イノセンスで『壊せる』。
だけど、ロードは違う。
ロードだけは駄目だ。『壊せない』。
彼女の持つものは、ただ空間を操るだけの能力じゃない。
もっと、別の何かだ。
「選択肢がないのもフェアじゃないよね。じゃ、こっちも見せてあげるね?」
「え…」
ロードが、もうひとつ小窓を作り出した。
反射的にそっちへ視線を向けたわたしは、今度こそ硬直する。
「――ッ!!」
――交差する、白銀と黒。
ざわりと、わたしの中でイノセンスがざわめいた。
《神ノ道化(クラウン・クラウン)》。
こうして目にするのは、二度目だ――。
「…ア、レン」
「嬉しい? 大好きなアレンとようやくご対面だね?」
「………」
ギリ…ッ、と唇を噛む。
ああ、少なくともアレンとラビは、引き離されたんだ。
リナリーの姿が見えない。クロウリーと、チャオジーも。
神田も、まだ追いついていないの…?
「どうする、?
アレンを助ける? ブックマンを助ける?」
「…くだら、ない」
吐き捨てるように、その言葉を口にする。
ああ、くだらない。
本当にくだらない。
そんなこと、考えるまでもない。
「――両方助けるに、決まってるでしょ……ッ!!」
「…あはっ。ってば欲張りぃ」
愉快そうに嗤い、ロードは面白がるように目を眇めた。
そして、小首を傾げながら――まるでゲームのルールを説明するように、告げた。
「――いいよ。じゃあ、ブックマンがここから出られたら、も解放してあげる」
つまり――わたしが先か。彼らが先か、ってことか。
…当然、わたしでしょ。
「――《黒龍(コクリュウ)》」
呼び声と共に具現する、漆黒の羽根。
――ああ。傍に、アレンのイノセンスがあるのがわかる。
明確な気配となって、それの気配を感知している。
例え、今、隣に居られなくても。
――わたしも、一緒に闘える。
タイムリミットは、あと40分――――――。
第二ラウンド、開幕。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。