「…改造…アクマ?」
『あい』
「………クロス元帥の、遣い?」
『あい。そちら様をお連れするように命じられんした』

にっこり微笑んで、AKUMAは小さく首を傾げた。
その仕草は妙に人間くさい。…あ、いや、元人間だからおかしくはないのか。

「わたしを? どうして」
――日本は既に伯爵様の領地。
数多のアクマによる妨害で、マリアン様は身動きが取りんせん状態でありんす』

ああ、そんな話、ちょめ助もしてたっけか。
でもあの辺説明台詞が多くてあんまり覚えてないんだよなァ…。

『そこで、伯爵様がご所望されているそちら様に、江戸に入って欲しいとのこと』

何気なく言われた一言に、思わず目を瞠った。
――どうして、それを、クロス元帥の遣いが知ってる――

「…どうして、それを、クロス元帥が」
『あちき達アクマの間では、有名な話でありんす』
「……」

…ああ、そう、か。
改造アクマであっても、AKUMAであることに変わりはない。
伯爵がAKUMAすべてにそれを伝えているとしたら――クロス元帥が知っていても不思議はない、か。
そして、それを理由に、わたしに「江戸へ来い」と言うのなら。

――つまりそれは、わたしに囮になれということね?」
『……』

AKUMAは、笑うだけ答えない。
だけど逆に、それが『答え』だった。

…でも。
これは、渡りに船だ。







――良いわ。その話、乗ってあげる」



File39 改造アクマ




ーーーーっ!!」

怒鳴るように名前を呼ばれて、わたしは弾かれたように振り返った。
駆け寄ってきたのはフォーだ。その表情は、思いっきり怒っていた。

「フォー」
! やっと見つけたぞ、テメェ何やってんだ!!」
「だから、江戸に…」
「ンなこと認められるわけがな…ん?」

そこまで喋って、ようやく気付いたらしい。
フォーは、わたしの後ろに立つAKUMAをまじまじと見つめた。

「そいつ、なんだ?」
「え? ああ、実は…」

言いかけた瞬間、フォーはハッと顔を強張らせて腕を武器状に変えた。

「アクマ!?」
「ああああっ! 待って、フォー、待ってッ! このアクマはアクマだけど敵じゃないの!!」
「はぁ!?」

なにわけわからねェこと言ってんだこいつ、と。
フォーの目が雄弁に語っていた。…ああ、うん、そうだよね…。

「クロス元帥の改造アクマよ!」
「改造アクマだァ!?」

驚愕に目を瞠って、フォーがAKUMAを振り返った。
AKUMAは呑気に微笑んで、小さく首を傾げる。

『あい』
「証拠がどこにあんだよ」
『証拠と言われると困るのでありんすが』
「でもほら、これでわたしは江戸に行けるし」
ーッ!!」
さーーーんっ」

言いかけたわたしの言葉は、ふたり分の声に掻き消された。
振り返ると、バクさんとウォンさんがこっちに走ってくるのが目に映る。

「…バクさんとウォンさんまで来ちゃったのかー…」

息を切らして駆けつけてきたふたりに、思わず苦笑した。
まさかバクさん自ら出てくるとは…よっぽど心配を掛けてしまったらしい。

「か、勝手な行動はいかんぞ、…っ」
「大丈夫ですか、バクさん。息切れしてますよ」
「ほっとけ!」

怒鳴られた。
インテリは体力ないなぁ。わたしも人のこと言えないけど。

『姫御前は大事にされているのでありんすね』
「え。待って、なんかまた新しい呼び方になってない?」

ほのぼのとした口調で、わたしの後ろにいたAKUMAがそんなことを言う。
…姫御前ってなんだよ、どいつもこいつも人を好き勝手に呼び過ぎだよ。

「ん? 、彼女は…?
 ――ッ!? そ、その額の黒いペンタクルは!!」
「ああああ、だからアクマだけど敵じゃなくてですねー!」

二度目の同じ説明を繰り返して、わたしは息を吐く。



わたし、いつになったら江戸に行けるんですか?



+++


「…事情はわかった」
「バクさんって適応力ありますね」
「キミが言うのか、キミがッ!!」

そりゃ、わたしは『知っていた』のだから当然だ。
曖昧に笑うわたしに、バクさんは盛大なため息を吐き出す。

「しかし、数少ないエクソシストであるを囮に使うなど、クロス元帥は何を考えているんだ」
「それはほら、他の人と違って、わたしが殺されないからですよ」
「怪我をしない保障は無いだろう!」

強い口調で言われて、わたしは思わず背筋を伸ばす。
気分的には、学校の先生に説教されてる感じ。ある意味懐かしい感覚だ。

「いいか、。キミに万が一のことがあれば、我々はウォーカーに顔向け出来ん」
「良いですよ、全部アレンのせいにして放っておいても」
「そういうことじゃないだろう。…キミが危険な目に遭うのは、我々も辛い」
「……」

真剣な表情で言われた言葉に、わたしは言葉を詰まらせた。
…狡い。そう言われると罪悪感が。

『…決めるのは姫御前でありんす。
 マリアン様は、選択権はそちら様にあると言っていんした』
「……」

自分で決めろ、か。
でも、方舟が使えない今――現状を打破するのは、もうこの道しか残っていない。

「行きますよ」
!」
――わたしは、エクソシストだから」

真っ直ぐに、わたしはバクさんを見る。
揺らがない決意がある。わたしには、わたしの信念が。

「戦場に戻ります。本部室長に代わり、許可をください」

「これは、わたしが自らに課した使命です」

自らに課した誓いを、守らなければいけない。
せめて、自分で決めたことだけは。

「誰ひとり犠牲にしない、《未来》を創る。
 理想を掲げるだけでは足りない。わたしが、それを成す。みんなと、一緒に」
「……」

しばらくの間、わたしはバクさんと睨み合った。
やがて、根負けしたようにため息を吐いたのはバクさんの方だ。

「…わかった」
「バクッ!!」
「言っても無駄だ、フォー。知らない間に出て行かれても困るだろう」


……
………信用無いなぁ、わたし。
まぁ、うん、当然か。飛び出してきたのはさっきの今だし。

。本部室長に代わり、戦線に復帰することを許可する」
「ありがとうございます、バクさん…!」

わたしが頭を下げると、バクさんは苦笑を浮かべた。
そして照れ隠しのように視線を逸らして、黙ってやりとりを見ていたAKUMAに向かって口を開く。

「ところで、改造アクマよ」
『あい?』
「どうやってを江戸へ連れて行くつもりだったのだ?
 人体が耐え得る限界の速さで飛んだとしても、2日は掛かるだろう」
『あちきのダークマターの能力は、瞬間移動でありんす』
「へ?」

…瞬間、移動?
なにその反則くさい能力。

「そんな能力ありなの!?」
『有りも何も、そういうものなのだから仕方ないでありんす』

おっとりとした口調で、AKUMAはあっさり言い放った。

『ただ、一度に移動できる距離に限界があるので…』
「あ。…だから、わたしなんだ」
『あい。姫御前なら自力で飛べるので、海のど真ん中に出ても大丈夫でありんす』
「…心臓には悪そうだけどね」

目を開けたら海の真上でした、とか。
心臓に悪いなんてもんじゃないぞ、それ。

「それで、掛かる時間は?」
――約30分』

告げられた時間に、バクさん達は目を瞠った。
だけど、わたしはゆっくりと首を左右に振る。

「…15分よ」
『あい?』
「15分で行く。30分じゃ間に合わない」

方舟を使わない移動で、間に合うかどうかも本当は怪しい。
あれからどのくらいの時間が経ってる?
アレン達は、まだ江戸に――この世界に、いるのだろうか。

『…承知しんした、姫御前。最善を尽くしんしょう』

静かに、AKUMAが頷く。
その言葉を受けて、わたしは立ち上がった。
…不安だった。間に合わないかもしれないという、マイナス思考に支配される。

「…

俯くわたしの袖を、フォーが引っ張った。
ハッと顔を上げるわたしに、彼女は強い視線を向けてくる。

「…絶対、戻って来いよ」
「うん…」
「それで、ウォーカーと一緒にあたしに挨拶に来い。世話してやったんだからな」
「うん、絶対行くよ」

ぎゅっと、わたしはフォーの小さな体を抱き締める。
そして、自然とその言葉が口から出ていた。

「…アレンと、一緒に。今度はみんなも連れて」

わたしの返事に、フォーは満足そうに微笑んだ。
バクさんもウォンさんも、穏やかな表情で微笑んでいる。
胸の奥が暖かくなるような感じがして、わたしも思わず微笑みを浮かべた。

さーーーーんっ!!!」

ここ数日で聞き慣れた声に、わたしは振り返る。
これまた見慣れた3人組が、息を切らせて駆け寄ってきた。

「蝋花!? 李佳にシィフも…」
「キミ達、仕事はどうした」

苦い表情をするバクさんに、しかし3人は悪びれた様子もなく笑う。

「大目に見てくださいよぉ、支部長!」
さんが飛び出していったって聞いて、じっとしていられなかったんですよ」
「あ、あのっ! 私、さんに言いたいことがあってですね…ッ」

李佳とシィフの後ろから、蝋花がわたしの前に進み出てくる。
なんか勢い込んでるけど、どうしたんだろう。

「なに、蝋花?」
「わ、私! 本気で本部科学班への転属を目指すことに決めました!!」

勢い良く言うと、蝋花はぐっと拳を握り締めた。
そして、きょとんとするわたしに、強い口調で言い放つ。

「絶対、さんに負けませんから!」
「……」
「だからっ…絶対、戻って来てくださいね…ッ、
 さんが居なかったら、張り合いがないじゃないですか…!」
「蝋花…」

真っ直ぐな彼女の視線に、わたしは目を瞠る。
宣戦布告されちゃいましたよ。予想外だ。

――上等。受けて立つよ?」
「はい! 覚悟しててくださいッ」

泣きながら微笑う蝋花に、わたしも笑い返す。
ここまで言われちゃ、生きて帰って来ないと死んでも死にきれないね。

「行って来い、。キミ達の帰りを、ボク達はここで待っている」
「はい! 行ってきます!」

…アジア支部。
ほんの数日間だったけど、ここで彼らと過ごした日々は掛け替えのない時間だ。

――大事なものが、増えた。
わたしの肩に掛かるのは、彼らの未来でもあるんだ――

『さあ、掴まってくんなまし、姫御前。参りんしょう』

ボディをコンバートしたAKUMAは、そう言ってわたしに手を差し伸べる。
その手を握って、わたしは頷いた。


+++


『ここまで来れば、もう江戸は目と鼻の先でありんす』
「速ッ!?」

どこかの浜辺に移動したわたしは、目を丸くした。
時間にして、だいたい10分から15分程度。
…凄い。ホントにやり遂げたよ、このAKUMA。

「あ…ねぇ、そういえばさ」
『あい?』
「あんた、名前なんていうの?」

そういえば、わたしはこのAKUMAの名前も知らなかったのだ。
わたしの至極当然な疑問に、しかしAKUMAはきょとんと首を傾げた。

『ボディ名は白藤でありんす。見世でも一、ニを争う器量の新造でありんした』
「へー…って、そうじゃなくてあんたの名前!」
『??』

新造ってなんだろう?とか思ったけど、今はそれより名前だ。
だというのに、AKUMAはしきりに首を傾げている。

「ボディ名って、あんたが被ってた皮の人でしょ?
 あんた自身の名前は、なに?」
『さぁ…そんなもの、忘れてしまいんした』

今度は、わたしが首を傾げる番だった。
そんなわたしに、AKUMAは微笑む。…人間よりも人間らしい、仕草で。

『あまりにも長き時間を過ごしてきたので、自分の名前なんて覚えてないでありんす』
「…そっか」

わたしや、やっとそれだけを返した。
もしかしたら、思い出したくない過去があるのかもしれない。
でも、謝るのもなんだか違う気がして、わたしは代わりに別の言葉を口にした。

「じゃあ、わたしが名前付けて良い?」
『あい?』

きょとんと、AKUMAが目を瞠った。
わたしはそれに気付かない振りをして、思案する素振りを見せる。

「ええと、あんた中身は男? 女?」
『…女でありんしたと思いんす』
「女の子か。で、ボディ名が白藤でしょー?
 …えーと、えーと…ツバキってどうよ!」
『ツバキ…?』
「うん。花の名前が良いかな、って思って。ダメ?」

首を傾げるわたしに、一瞬きょとんとしてから、彼女は柔らかく微笑んだ。

『いいえ、綺麗な名前でありんすね。ありがとうございんす、姫御前』

その微笑みに、わたしは嬉しいような、哀しいような、複雑な感情を抱く。


『参りんしょう。江戸までお連れしんす』

差し出された手を、わたしは握り返した。
再びボディをコンバートしたツバキの手は、微かに震えている。
そして、わたしは思い出す――改造アクマに科せられた、運命を。

「…ねぇ、ツバキ」
『あい?』
「…あんたは、わたしを殺したいと思う?」

わたしの言葉に、一瞬、ツバキの動きが止まった。

『…姫御前。そちら様は、知っているのでありんすね』
「うん…『知ってる』」

返した瞬間、何故か涙が零れる。
このやるせない感情は、なんだろう。

『姫御前が悲しむことではありんせん。
 マリアン様の改造を受けたあの日から、とうに覚悟は決めていたのでありんす』
「…でも、哀しいよ」
『姫御前はエクソシスト。あちき達アクマの為に泣いてはいけんせん』

――わかってる。
わたしはエクソシスト。AKUMAを壊すことが使命。
だけど、でも――彼らをも救うことが、『彼』の望みだから。
だからわたしは、…わたしも、彼らを救う努力をしようと、決めた。なのに。

「…何も、出来ないんだね」
『あい。…でも、ひとつだけ。我が儘を許していただけるなら…』

静かな声音で、告げられた言葉。
その重みを、覚悟を、わたしはきっと、この先もずっと忘れられないだろう。








――最期の時はあちきを、せめて姫御前の手で壊してくんなまし』






すべてを背負い、わたしは再び戦場に立つ。



To be continued?

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