――耳の奥から響く、その《声》が。
わたしの心を、掻き立てる。
急き立てるように、わたしを追い詰めていく。
イノセンスが叫ぶのだ。
戦えと、その声が耳の奥で響く。
戦う為に生きているんじゃないの。
護りたいから戦うの。
だけど…
――だけどそれが『望み』なら、わたしは戦おう。
「何が…起こった?」
目の前の光景に、バクさんは目を瞠った。
それがイノセンスだなんて、同じエクソシストでもなければわからないだろう。
「これは…? 俺達を助けてくれたのか…?」
白銀のそれが、バクさん達を庇うように彼らを包み込んでいる。
その腕が握るのは、AKUMAの放ったダークマターの糸。
『何だ? また変なのが出てきた』
AKUMAの足下に、壊れ掛けた右腕が水の中から伸ばされていた。
次に起こることを知るわたしは、羽根を羽ばたかせ、宙に浮かび上がる。
「ウォーカ…?」
フォーが、微かに呟く声がする。
彼女は『守り神』の欠片。微かな気配を感じ取ることが出来るのだろう。
『邪魔だよ。――そこ、全部消えちゃいな』
AKUMAが、水を蹴って駆けた。
さすがに、この距離じゃ追いつけないか。
だけど、アレンのイノセンスがふたりを護ってくれるから、大丈夫だ。
『分解!』
「!」
ガバッと開いたAKUMAの口から、小さな腕のような糸が伸びた。
それがバクさん達に、向かう。
「わああっ」
バクさんがフォーを抱き込み、目を閉じた。
その頃には、ようやくわたしもAKUMAの背後に追いつく。
「…あれっ? なんともない…?」
「大丈夫だ…よ、バク…ウォーカーのイノセンスだ…」
小さく、フォーが呟いた。
その視線が、わたしの方を見る。
「――切り裂け、《時空斬盾》」
わたしの腕にまとわりつく刃が、AKUMAの左手の指を落とした。
それとほぼ同時に、アレンのイノセンスが動く。
その白銀の光は、一瞬でAKUMAを『解体』した。
『あがぁあぁァあァア!!』
悲鳴を上げながら、それでもAKUMAはまだ動いていた。
アレンのイノセンスが、バクさん達から離れる。
それと入れ替わるように、わたしはふたりの元へ辿り着いた。
「…ふたりとも、大丈夫?」
「……」
酷く鈍い動きで、フォーがわたしの方へ顔を向けた。
スッと、わたしはふたりに触れる。
「今、《再生》させます」
「…」
「――《瞬癒結盾》」
短く告げる言葉と共に、『分解』されかけていたふたりの肌が、本来の姿を取り戻す。
――わたしのイノセンスは、進化している。生身に負った傷以外のものも、少しなら治すことが出来るようだ。
「……」
視線を向けた先には、水の中から延ばされた、壊れ掛けの右腕。
そこに、白銀のイノセンスが舞い降りる。
ドクン、と。
脈打つ音が、聞こえた。
イノセンスに包み込まれた右腕が、再生される。
水の中から、水面を割るようにして現れたのは、白銀の光。
「行コウ…共ニ…」
神々しいまでの輝き。
白い髪すら、白銀に見える。
真っ直ぐにAKUMAだけを映す左眼。
――その為だけにある、姿。
『貴様ぁ…』
両腕を落とされたAKUMAが、ゆらりと立ち上がった。
既にAKUMAに、ダークマターより生まれた糸を操る能力はない。
『ああアぁあぁぁぁァアあァッ!!』
それは恐らく、AKUMAとしての本能なのだろう。
能力を失ってなお、AKUMAはアレンに向かって走る。
それをひらりと上に飛んで避けると、すり抜けざまにAKUMAの下半身が『壊れた』。
既にそれは、初めの形を保ってはいない。
「――哀れなアクマの魂よ」
バッと、アレンの左腕が鋭利な爪を見せる。
以前の左腕よりもずっと、『壊す』力を増した、イノセンス。
「安らかに眠れ」
静かな言葉と共に、振るわれた爪。
――AKUMAを構成する『部品』、が、音を立てて崩れていく。
+++
――戦いは、終わった。
…いや、それを戦いと称して良かったのかどうかすら、わたしにはわからない。
ただ、目の前には完全なイノセンスを得たアレンと、既に頭だけになったAKUMAがいる。
「教えて下さい、アクマ」
辛うじて『存在している』AKUMAに、アレンは静かに問いかける。
「誰に何処へ、僕達を連れてくるよう言われていたんですか?」
『「ダレに、ドコへ」…? くはは…助けテくれるナら、答エルよ!』
その言葉に、アレンは一瞬、きょとんと目を瞬かせる。
そして次の瞬間には、酷く穏やかで優しい微笑みを浮かべていた。
「…いいですよ」
AKUMAの動きが、止まる。
「教えて?」
軽く小首を傾げて訊いたアレンに、一瞬沈黙してから、AKUMAは笑い出した。
アレンもまた、緩く口角を持ち上げて嗤う。
『あはははは! そんな気ナイくせに!
そんなキ無イクセに! この道化役者!!』
よく喋るAKUMAだな、とわたしは思う。
そしてこの後の情報は、わたしは『知っている』ことだから、あまり意味はない。
『くくくっ、ノア様だ。ティキ=ミック卿ダよ!!』
言いながら、AKUMAは高笑いをする。
狂ったように嗤うAKUMAが告げた言葉は、『知って』いても、胸を抉った。
『江戸じゃ今ゴロどうなっテルかなァ!?
オマえの仲間!!
あそコにハ、ミック卿以外に4人のノア様ト伯爵様ガイル!!』
アレンの表情が強張った。
それを見て、ますますAKUMAは嗤う。
『アァれ~~~ん? ヤバイんジャなイ?』
「――ありがとう」
スッと、アレンは左腕の爪を滑らせた。
額から、直線に引かれた光。
それは少しずつ、AKUMAを壊していく。
『ソコニある…ノアの方舟に乗っテイケ、アれん…』
AKUMAの示した先には、薄っぺらい、どこか機械的な物体があった。
ノアの方舟。その周囲に、ティーズがひらひらと優雅に舞っていた。
『空間を超エテ、江戸ニイケルヨ…』
「――…どうしてですか?」
不思議そうに訪ねるアレンに、AKUMAは消えかけながらも言葉を紡ぎ続けた。
『ドウシテ…? ノア様ノ命令ダカラダヨ』
少しずつ、AKUMAの気配が消えていく。
『イヤ…ドウダロウナ…』
どこか語る声は、穏やかだ。
――レベル3。悪化しきった魂を器に繋ぎ止めた存在。
『ナンダカネ――気分ガ、スゴクイインダ…』
そんな存在にすら、『救い』を与える者。
――ああ、存在自体が、AKUMAの為に在るかのようだ。
「おやすみ」
優しくそう呟いたアレンの姿を、わたしは複雑な思いで見つめていた。
それは、アレン自身が望んだ姿。
わたしは彼の望みに応え、共に歩む道を選択した。
なのに、どうして…
「ウォーカー」
バクさんに呼ばれて、アレンが振り返る。
完全なイノセンス。AKUMAの為に存在する、AKUMAの為の姿。
《愚かな道化(オーギュスト)》を追い回す、《白い道化(クラウン)》。
記されたその名は――――《神ノ道化(クラウン・クラウン)》
この道を選択したのは彼自身。
そして、わたしの意志。
なのに、
――こんなにもその姿を哀しいと思うのは、どうして…?
+++
それから数時間後。
わたしとアレンは、簡単な検査を受けてバクさんの研究室へ来ていた。
「…アレーン、ちゃんと服着てくれないかなぁ?」
「何恥ずかしがってんですか、そんな歳でもないでしょ」
「なんて失礼なこと言いやがるのかね、この子はッ!!
わたしが同じ格好してたら同じコト言うでしょ?
言うよね!?」
「当たり前です。はっきり言って、検査でも肌晒して欲しくないくらいですよ」
「…………」
…真顔で言われると反応に困ります。
これはどう返せばいいんだろう。わからない。
「そもそも、男と女じゃ肌晒す重みが違うでしょ、重みが」
「…いや、そうかもしれないけど…」
見せられるのも恥ずかしいと言うか。
…なんか、もういいや…。
言い返すのも面倒になってため息を吐くと、丁度バクさんが振り返った。
「!」
バクさんが気付いてくれたので、わたしとアレンは大きなモニターの方へ近づく。
そこにはアレンの姿が映し出されていて、周囲のモニタにはわたしの姿もある。
「『道化(クラウン)』…まるでそれみたいですね、僕の姿」
モニターを見上げながら、アレンがしみじみと呟いた。
ふわふわと浮かび上がるモニターを指でつついたりと、やたら悪戯しながら。
…この子、こういうの好きなんだろうか。
「ウォーカー、。検査は済んだのか」
「ウォンさんが「異常ナシです」って」
「わたしもです」
「そうか。…ウォーカー、左腕は?」
訊かれて、アレンは羽織ったシャツをはだけて左腕を見せる。
…なんの躊躇いもなく脱ぐのはやめて欲しい。わたしがいるんだから。
「まだ少し感覚がボケてますが、大丈夫です」
「そうか」
軽く手を握ったり開いたりを繰り返すアレンに、バクさんは笑って頷いた。
だけど、その声にはどこか元気がない。
「あ。でもまだちょっとイカサマはできないかなー…」
「ンなこと出来なくても良いでしょ、とりあえずは…」
「出来ることが出来ないのは落ち着かないんですよ」
「…良いから服を着てください」
「はいはい」
頭を抱えるわたしをからかうように笑いながら、アレンはようやくはだけたシャツに腕を通す。
まだ動かしにくいのか、上手くタイが結べない様子を見かねて、わたしは横から手を伸ばした。
タイを結んであげている間、アレンは大人しくそれを眺めていた。
…やだわー。ナニコレ、新婚さんじゃないんだから。
「……」
「バクさーん? 何しょんぼりしてんですか」
ふと視線を向けると、バクさんがしょんぼりと肩を落としている。
アレンが不思議そうに声を掛けると、すぐにハッと顔を上げた。
「あ、いや。なんでもない。
《神ノ道化(クラウン・クラウン)》か…そう呼ばせてもらうよ」
「強かったですか?」
アレンが発した一言に、わたしは一瞬、どう反応して良いかわからなかった。
思わず、アレンを見上げる。
「ん?」
「強かったですか? 僕のイノセンス」
重ねて言われた言葉。
わたしは何故か、胸の奥が痛んだ。
自らの左腕を、どこかで憎んでいたアレン。
なのに今、それを指して訊ねた言葉は――『武器』の評価を訊ねるようで。
その違和感に、バクさんも気付いたのかもしれない。
一瞬言葉に詰まってから、バクさんは慌てて口を開いた。
「あ、ああ! 強い対アクマ武器だったぞ、ウォーカー」
「そっか」
嬉しそうに、アレンが笑う。
屈託のない笑顔は、年相応のもののはず、なのに。
わたしの胸を支配する――この無力感は、何だ。
「……」
「? どうしたの?」
「え…あ、ううん。なんでもない。ちょっと検査疲れ」
苦笑して手を振ると、アレンの右手がわたしの頬に触れた。
じっとわたしを不安そうに見つめて、口を開く。
「…そうだね、少し顔色が悪い。
少し休んでて。僕はフォーの様子を見てくるから」
「うん…わかった…」
無理矢理、わたしは微笑んだ。
そんなわたしの頭を軽く撫でてから、アレンはバクさんの方を振り返る。
「バクさん、をお願いします」
「ああ」
バクさんが頷いた瞬間、電話が鳴り響く。
そのけたたましい音に、わたしたちは一斉に振り返った。
「支部長、本部との回線復旧しました!」
「あ、うむ! ではウォーカー、後でまた会おう」
「はい」
バクさんに頷き返して、アレンは背を向けた。
フォーのお見舞いだ。わたしも行きたいところだけど、顔色が悪いと言われては休んでいるしかない。
「バクさん」
不意に立ち止まり、アレンは顔だけをこちらへ向けた。
受話器を片手に持ったバクさんが、何事かと目を瞬かせる。
「コムイさんが何と言っても、僕は方舟に乗りますよ」
それだけ言って、アレンは研究室を出ていった。
一瞬、困惑したような顔をしていたバクさんが、慌てて受話器に向かう。
電話の相手はコムイさんだろう。
わたしやアレンの検査の報告から始まり、方舟の話に移行して。
話が進むにつれて全然意味がわからなくなってきたので、わたしは聞き耳を立てるのもやめた。
椅子に座ってぼんやりとモニターを見る。
研究員が、気を遣ってくれてコーヒーを煎れてくれた。
それをなんとなしに飲んでいると、バクさんから声を掛けられる。
「。おい、!」
「え? あ、はい?」
顔を上げたわたしに、バクさんは手招きをしながら受話器を差し出してくる。
「コムイが話をしたいと」
「え?」
この展開は予想してなかった。
わたしは、差し出された受話器を受け取る。
その手が、微かに震えた。
「………コムイさん?」
『ちゃん?』
「はい」
聞こえてきた声に、思わず涙が浮かんできた。
ああ、コムイさんだ。なんだか懐かしい。
『本物かい?』
「ニセモノなんかいませんよ、そこまで有名人じゃないし」
『ははっ…ああ、ちゃんだね』
どういう意味さ。
妙に納得したように言われて、わたしは苦笑する。
受話器の向こうで、絞り出すようにコムイさんが呟いた。
『…無事で、良かった…』
「…ごめんなさい、心配させて」
謝ると、「君達が無事ならそれで良いんだよ」、と言われた。
その言葉に、泣きそうになる。
『で。あのね、例の方舟なんだけど』
「はい」
『そっちでデータ摂って貰って、こっちで解析するから、少し時間掛かるよ』
「えっ…」
…時間、掛かったっけ?
記憶を辿っても、方舟突入までせいぜい数時間だけだった様な気がする。
『あと、ちゃんとアレンくんのイノセンスのデータも、こっちでちょっと見るから。
辛いのは充分理解してるけど、早まった真似はしないでね』
「えっと…はい…」
歯切れの悪いわたしの返事をどう解釈したのか、コムイさんの声が厳しさを帯びた。
『特に、アレンくんが勝手に方舟使わないように止めてて。ちゃんだけが頼りだよ!』
「うわー、アレン信用ないなー。わかりました、殴ってでも止めておきます」
これは責任重大だ。
笑うわたしに、また、コムイさんが呟くように、どこか哀しげに告げた。
『…行かなくて良い、って。今すぐ戻っておいで、って言えたら…良いんだけどね』
「言われて聞くような奴ですかアレンが」
『そうだよねー。ああ、君もだからね、ちゃん』
「あそこまで無謀じゃないですよ、わたし」
『シンクロ率一桁の状態で、イノセンスを発動しようとした子が言う台詞じゃないなぁ』
…
……
………ああ、一桁台まで落ちたのか。
いざ告げられると、薄ら寒いものを感じる。
『…お願いだから、もう無茶はしないでね』
「コムイさん。あの、でも…わたし、」
『わかってる。でも、君達に無事に帰ってきて欲しいから、勝手だけど無茶をしないで欲しい』
「……」
静かに告げられた言葉は、コムイさんだけの言葉じゃないんだろう。
目を閉じる。リーバーさんや、ジョニーさん。科学班のみんな。ヘブラスカ。
たくさんの人達の顔が、脳裏に浮かんだ。
「…はい…帰ります。必ず、みんなで」
『うん…。あ、そうそう、ちゃんとアレンくんの新しい団服はもうそっちに届いてると思う。
もうふたりの団服もボロボロだろうからね。日本へ向かうなら、あった方が良い』
「ありがとうございます、コムイさん」
『…こんなことくらいしか、出来ないからね』
「……」
そんな、哀しそうに言わないで欲しい。
教団で待っているコムイさん達の存在が、どれだけ外で戦うわたし達の支えになっているか。
「…ね、コムイさん?」
『ん?』
「新しい団服、可愛いですか?」
『…うん、きっとちゃんも気に入ってくれると思うよ』
「楽しみですねー」
明るく笑うわたしに、コムイさんも笑ってくれる。
そんな些細なことに、泣きたくなった。
『…じゃあ、そろそろボクは仕事に戻るよ。
リミットは半日。それまでに何も判明しなかったら、最悪その方舟は使用しないように』
「…はは…半日、アレンを止めるくらいしか出来ないですよ、わたし」
『かもしれないね』
「わたしだって、早くリナリー達のところへ行きたい」
『うん…わかってるよ』
…あ。しまった、リナリーの話題は出すべきじゃなかった。
コムイさんにとって、リナリーはたったひとりの肉親。
きっと、酷く傷つけてしまった。…どうしよう。なんてバカなんだろう、わたし。
『…でも、ただ今は休んで。休めるときに休むのも、必要なことだよ』
「はい…」
神妙に返事を返して、わたしは受話器を研究員に返した。
それを待っていたのか、バクさんが資料を片手に持ったままわたしに声を掛けてくる。
「終わったのか?」
「あ、はい。ごめんなさい、長電話して」
「いや、構わん。そんなことを気にするな」
そう言ってから、何かを言いかけてまた口を噤む。
首を傾げるわたしに、思案してから、バクさんは再び口を開いた。
「…。ウォーカーのあの左腕、キミにはどう映る」
「――以前より、接合部分が綺麗だな、と」
素直で率直な感想を言うと、小さく頷かれた。
以前のアレンの左腕は、まるでイノセンスに侵食されているかのように見えたのだ。
それが、今は完全に繋がっていた。
「…ああ、そうだな…。人体とイノセンスが以前より完全に接合されている。
ウォーカーの心とイノセンスが完全に繋がった証拠だ」
「バクさん」
「ん?」
「――わたしに、何か言いたいことがあるんじゃないんですか?」
「……」
真っ直ぐに、わたしはバクさんを見る。
一瞬目を瞠ってから、どこか哀しげにバクさんは微笑った。
「…ああ。キミのイノセンスについて」
「はい」
「今まで、治癒と盾、刃は…同時には使えなかったんだったな」
「はい…そういうもんだと思ってたんですけど…」
「だが、あの時キミは、盾を張ったまま治癒の力を同時に使った」
無自覚だったで、よく覚えていない。
ただ、記録されている映像を見る限りでは、確かにわたしは盾を纏っていた。
つまりわたしは、盾を纏ったまま宙を飛び、バクさんとフォーの傷を治した。
今までだったら、絶対出来なかった――盾と治癒の、同時発動。
「この資料を見てくれ。
こっちが過去の検査記録、そしてこっちがさっきの検査結果だ」
示された資料を覗き込む。
書かれていることはよくわからないけれど、羽根の大きさや形状が少し変わっていた。
「君のイノセンスの姿は、漆黒の羽根。しかし恐らく、今までは片翼ずつしか使っていなかったんだろう」
「片翼ずつ…」
「《双黒の使徒》か――こういう意味だったのかもしれんな。
ふたつの力を、二対の羽根に秘めた使徒…」
――《双黒の使徒》。
ヘブラスカがわたしに下した予言。
未だにその意味はわからず、そしてわたしには、もうひとつ、気になる名称があった。
《イヴの娘》。
ロードがわたしに告げた名称。
そして、最初にイノセンスを得た瞬間に聞こえた、イノセンスが告げた名。
「――まるでキミとウォーカーは、対のようだな。
漆黒と白銀のイノセンス。イノセンスの《声》を聞く耳と、アクマの魂を見る左眼…」
思考に没頭し掛けたわたしは、その言葉に意識を引き戻される。
対、か。
もしそうだとしたら、それが《物語》に取り込まれたわたしの《運命》なのかも、しれない。
「…ボクはキミに、謝らなければいけないのかもしれない」
「……」
不意に。
俯きながら、辛そうにバクさんが呟いた。
それは自らへの怒りと、やるせなさの混在した、声。
――ああ、きっと、寄生型の適合者を『存在自体が武器』と譬えた、あの言葉のことだろう。
「…良いんですよ、バクさん」
わたしは、微笑う。
バクさんが言ったから、そうなったんじゃない。
初めから――『そう』だった。
わたしは『知って』いた。
それでもこの道を選んだのは、わたしの意志だ。
「――わたしは、すべて理解した上で、それでもアレンと一緒に生きると決めたんです」
白と黒の世界で、わたしは生きる。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。