「………」
「………」

…見られてる。
ご飯食べてる姿をまじまじと見られるのは嫌なんですけど。

「…その居心地の悪い視線攻撃はなんとかなりませんかね、アレンさん」
「大丈夫、僕は気にしないから」
「ンなこと訊いてねぇよ…」

そりゃ見てる方は気にしないだろうさ。
見られてる方は居心地悪いんだよ!

「…ねぇ、
「なんですか…」
「気付いたんですけどね」
「何を」
「僕、まだに「好き」って言ってもらってない」
「ぶッ?!」

思わず、わたしは飲んでいた水を吹き出した。
うわ、汚い。っていうか気管に入った。痛い!
げほげほ、と咳き込んで痛みをやり過ごしてから、わたしは口元を拭った。

「いきなり何を言うかなァ!?」
「重要なことだよ、
「だからって公衆の面前で言うなよ!!」

あっちこっちから視線が来てるよ! 注目されちゃってるよ!
半分以上わたしが怒鳴ったせいだとわかっているけど、それをさせたのはアレンだしやっぱりアレンが悪い!
頭を抱えるわたしに、アレンは首を傾げて微笑った。

「ふたりきりなら良いの?」
「ナチュラルに口説きモードに入らないで頂きたい」
「………神田には「愛してる」とか平気で言うくせに」

ぼそりと呟かれた言葉に、わたしは箸を取り落とした。
…いや、あの。あのね、この子いきなり何を言い出すの?

「あれ冗談だしいつの話だよそれ!?」
「冗談でも僕は言われたことないのになー…」
「拗ねんなーッ!?」

憂いを帯びた表情でため息なんてつきやがって!
さっきから変な注目浴びてんだよ! しかもこれじゃあわたしが悪い女みたいじゃないか!?

「まぁ冗談はこのくらいにしておきますね」
「冗談!?」

今の冗談!? どこから冗談だった!?
本気で泣きそうだったんですけどわたし!!

「わかってますよ。は照れ屋ですから」
「こら勝手になに言ってんの!」
。…今更「その気は無い」なんて無しですよ」
「……」

どこか黒い微笑で言われて、思わずぐっと言葉に詰まった。
…言わないさ。言わないけど。…なんで笑顔が黒いのかなァ?!

「返事は?」
「…ハイ」
「よろしい」

偉そうにそう言うと、アレンはわたしの前髪を軽く掻き上げた。
なんだ突然、と顔を上げると、そのまま額に軽く口付けを落とされる。
…って、ちょっと待て。

「~~~ッ!!」
「じゃあ、僕は先に行きます。ごゆっくり」
「待てこらアレンーーーーーーーーーーーーーッ!!」

笑いながら食堂から出ていくアレンを、わたしは慌てて追いかけた。
ご飯が途中だけど、あの状況であそこに居られるわけないだろ!




…今更ながら、わたしは大変な男に惚れてしまったんじゃないだろうか…。



File33 焦燥感




「…他人の付き合い方にどうこう言う気はないがな、
「言ってるじゃないですか」
「キミ達はただでさえ目立つのだから、支部の風紀を乱すような行動は」
「話聞いて下さいよバクさん」

資料を片手に喋ってる割には、バクさんの話はまったく今の検査と関係ない。
…だいたい、そういうのはアレンに言って欲しい。

「…そんなことより、わたしのイノセンスはどうなってるんですか?」
「ん? ああ…駄目だな」

駄目って。
そんな、きっぱりはっきり駄目とか言わなくても。

「シンクロ率がまったく上がらない。…これも強制開放の影響だろう。
 無理に発動するんじゃないぞ、キミの場合は腕一本等という生易しいものではないんだからな」
「……それって下手に発動したら死ぬってことでしょうかー」
「端的に言うとそうだな」

だからシンクロ率が戻るまで、絶対に発動するな。
噛んで砕くように言い含められて、ふとわたしは気付きたくなかったことに気付く。

「…あの…バクさん…」
「うん?」
「…今まであんまり気にしてなかったんですけど…
 あの、…わたし、まだエクソシストですか…?」
「………」

おずおずと口にしたわたしの言葉を、バクさんは沈黙で受け止める。
ちょ、怖いから沈黙はやめて欲しいんですけど…。

「…イノセンスをその身に宿している以上、キミはエクソシストだ。本部の意向も変わらん」
「………」

…じゃあ。
アレンの左腕が戻っても、わたしのイノセンスが使えなかったら。
――わたしは、みんなの元へは戻れない…?

「…もちろん、キミには戦線から離脱すると言う選択肢もある」
「え…」
「コムイから話は聞いている。
 キミが千年伯爵から狙われている以上、これより先は戦場に出るべきではないかもしれない」
「………」

…それは、そうかもしれないけど。
でも、わたしは護ると決めたんだ。
アレンを。リナリーを。ラビも、神田も、みんな――

「選択の時なのかもしれん。キミも、ウォーカーもな」
「…選択の、時…」

重い、言葉だった。
戦場に戻るか、否か。
――そんな、今更…迷うようなことを、言わないで欲しい。

『おーい、バクー。ウォーカーがぶっ倒れた』
「何っ!?」
「アレン!?」

無線ゴーレム越しに聞こえたフォーの言葉に、わたしとバクさんは同時に立ち上がった。

「ウォン、傷の手当を!」
「はッ」
、ウォンの手伝いを頼む」
「はいっ」

バタバタと足音を立てながら、薬と包帯を持ったウォンさんにわたしも続く。
…こんなこと繰り返してて、アレンの怪我って良くなるんだろうか…。


+++


――つまり、浮かれている場合じゃないってことなのだ。


深夜。
フォーの守る扉の前に座って、わたしは考えていた。
わたしの周囲には粒子化したアレンのイノセンスが漂っていて、わたしはそれに手を翳す。

「……」

――聞こえる。脈動音。イノセンスの《音》。
何故かわたしの周囲に集まってきてる。

「…ねぇ…なんで、聞こえなくなったんだろう」

アレンのイノセンスに、わたしは呟く。

――彼のイノセンスの《声》は聞こえるのに、自分のイノセンスの《声》が聞こえない。

それに気付いて、愕然とした。
アレンのイノセンスが一度破壊されてから、わたしは自分のイノセンスの《声》が聞こえない。
わたしの身体にはイノセンスが存在する。それはわかる。検査でも判明してる。だけど。


《 声 》 が 聞 こ え な い 。


「シンクロ率の低下の原因はそれかなぁ…でも、何で聞こえないんだろ…」

こうして他者のイノセンスのそれは聞こえるのだから、能力が失われたわけじゃない。
わたしが無理矢理発動したから拗ねたのかしら。…ンなわけないか。

「…寝るか」

自問自答しても、答えなんて出てくるわけないか。
わたしはさっさと立ち上がって、服の裾を払った。











廊下を歩いていると、同じようにふらふら歩いてる人影が見えた。
暗闇でもくっきりと映える、白い髪。

「アレン…?」

何やってんだ、あんなところで。
どこに行くんだろう、と見守っていると、急にアレンが転んだ。
…って、何やってんだこの子は!!

「アレ…ッ」
「……待ってくれよ、まだ行けないんだ」

駆け寄ったわたしは、倒れたアレンを抱き起こす。
アレンは左眼を押さえたまま、譫言のように呟いた。

「頼むから、黙っててくれ…こんな、」

苦しげに息を吐きながら、呻くように吐き出された言葉。
アレンの左眼が、ギョロギョロと獲物を探して動く。

「こんな姿は嫌だ…!」

悲鳴のような、悲痛な声。
わたしは反射的に、アレンを抱き締めた。
…震えてる。顔色が悪い。どれほどの苦痛なのか、わたしにはわからない。
わたしはただ、アレンを抱き締めることしか出来なかった。


――AKUMAを求める、左眼。
まるでアレンが休むことを許さず、AKUMAの元へ誘おうかというように。
追い立てるように、追い詰めるように。
…内側からの脅威から、わたしはどうやってアレンを護ればいいの。
 
 
 
 
 
 
――… アレン…
 
 
 
 
 
 
頭の奥に響いた声。
聞き覚えのある、少女の声だ。

「!?」
「リナ…リ…?」



――アレンくん… 



「…にも、聞こえた…?」
「アレンにも…?」

アレンが、わたしに寄りかかるようにして身を起こす。
リナリーの声が聞こえた。ふたりで聞いたのなら、聞き間違いじゃないはず。

「…リナリー…ッ」

震えが止まらない。
気付かなかった。『今』が『いつ』なのか。

リナリーが戦っている。
レベル3と、たったひとりで。

その結末は知っている。
リナリー達は大怪我をして、アニタさん達が――…。

「………ッ」
…?」

震えるわたしを、アレンが気遣うように窺ってくる。
ここで「大丈夫だ」と応えないと、アレンが追い詰められてしまう。なのに。

「…早く…戻らなきゃ…」



無意識に、わたしは呟いていた。


+++


――それから、更に数日が経った。
今頃、もうリナリー達は日本に入っただろうか…。

未だにわたしのイノセンスのシンクロ率は戻らないし、アレンの左腕も戻っていない。
変わらない検査を受けていたわたしは、モニター越しにアレンとフォーの戦いを眺めた。
――最近のアレンは、見るからに気が逸ってて集中力に欠けている。

夜もろくに眠れてない。
時々ふらふらと部屋を抜け出すから、その度に回収して寝かしつけて。
わたしのそのおかげで、自分のことを考えなくて済むと言えば、そうなんだけど。


わたしの前では、アレンは微笑う。
普段と変わらない仕草と表情。
たまに優しくてたまに意地悪なのも変わらない。

――彼は知らない。
わたしがそれを『知っている』ことを知らない。

ああ、…限界、か。
結局、アレンが生きるために必要なのは…――AKUMAだ。


「こっの…ドアホがーーーーーーーーーーーーーッ!!」


ぼんやりと眺めていたモニターの向こうで、フォーの怒声が響いた。
それと同時に、アレンの身体が部屋の隅まで吹っ飛ばされる。

「ウォッ!? ウォーカーさんーっ!? 飛んでったーーー!!」

悲鳴を上げたのは蝋花だ。
…っていうか、あの三人またあんな所にいたのか。

瓦礫の中から身体を起こしたアレンに、蝋花が駆け寄った。
…む。何か面白くない。

「やってらんねェ!! いい加減にしろよ、テメェ。ウォーカァ!!」
「待ってフォーさん、彼、さっきからなんだか調子が悪いみたいで」
「うるせぇっ! んなもん関係ねェ!」
「は、はいっ」

怒鳴られて、蝋花はこくこくと頷いた。
かと言って、それでフォーの腹の虫が治まるわけもなく。

「なぜ本気でかかってこない!!」
「や、やってますよ」
「殺気もクソも無くて何が本気だゴラァ!!」

再び、フォーの鉄拳がアレンの頭を叩いた。
痛そうな音に、横にいた蝋花がビクッと肩を震わせる。

「ビビってんだよ、テメェはっ!
 防御ばあっかで全然攻めてこねェのがその証拠だ!! このヘタレ! 根性なし!!」

仁王立ちになったフォーは、顔も上げないアレンを罵倒する。
…どうしよう。止めに行った方が良いだろうか。

「テメェみたいなモヤシ、一ッ生発動出来るか!!!」

…あ。それ禁句。

ピキッ、と何かヒビの入るような音が聞こえた。ような気がした。

「ガーーーーーーーーッ!!!!」

うわぁ、あれ、アレンですかー…?
物凄い形相で暴れるアレンを、李佳が後ろから羽交い締めにして止める。

「ガァァァァァァァッ!!」
「わーーッ! ウォーカーがキレた!」
「ンっだこの野郎やんのかコラァ!」
「落ち着けっ! ただのケンカになっちまうよこれっ」

腕を振り上げるフォーを、シィフが止める。
既に子供のケンカのようになっている状況を、わたしとバクさん、ウォンさんは唖然として見ていた。

「わからないんだよ僕だって…!! すきで…こんな所にいるわけじゃないっ」

李佳に羽交い締めにされながら、アレンが怒鳴る。
その言葉に、わたしは、一瞬言葉を失った。

「わかんないんだよっ!!」

悲痛な声。
苦痛の滲む表情。

「全然わからないっ! ちくしょう…っ」

フォーの表情に、初めて動揺が浮かんだ。
それに気付く余裕すら、今のアレンには無い。

「ちくしょ…僕はいつまで、こんな所で…ッ」

力無く項垂れる姿に、わたしは目を閉じる。
…ああ、気付いた。気付いてしまった。

――これは、わたしのせいだ。
あの日、…幻聴のようにリナリーの声を聞いた、あの日。

わたしはアレンに、「大丈夫だ」と言って微笑うべきだったのに。
…わたしが壊してしまった。
普通の少年のように、戦うこと以外にも目を向け始めた彼を、壊してしまった。



――追い詰めたのは、わたしだ。



「…仲間を想うあまり、ひどく焦っておいでですな。
 日に日にストレスが溜まっているのが見てわかります」
「ああ…」

ウォンさんからお茶を受け取って、わたしとバクさんは頷く。
わたしが一緒にいてもこうなんだ。…本で見たときは、孤独感からくる何かだと、思っていたのに。

「ずっと地下にこもってるのも良くないのかもしれませんよ。
 さん、どうです。一緒に外に散歩に行けば気晴らしに…」
「ダメだ」

わたしが返事を返すより早く、バクさんが厳しい口調で言った。

「忘れたのか、ウォン。ウォーカーはノアに命を狙われ、は伯爵に付け狙われている」
「そっ、そうでした」
「しかもノアは『エクソシスト』や『イノセンス』とは関係なく、
 『アレン=ウォーカー』という存在を消そうとした…『とある人物の関係者』として」

そこで言葉を切ると、バクさんは難しい表情で思案する。
――ティキの言う、「とある人物」。それが誰を指しているのか、わたしにもまだわからない。

「ウォーカーに聞いてもわからないと言っていた、『とある人物』…」
「……」
にも、わからないんだな?」

わたしを振り返ったバクさんが、目を瞠った。
その視線に気付いて、わたしは首を傾げる。

「…どうした、。顔色が悪いぞ」
「……」

顔に出るほどですか、わたし。
苦笑を返してから、ずっと気になっていたことを、わたしは口にした。

「…ねぇ、バクさん。
 アレンは、わたしが好きだと言いました。護りたいと」
「いや、、ノロケなら後に…」
――でも、アレンはわたしを拒絶してる」

わたしが口にした言葉に、バクさんもウォンさんも目を瞠った。

――確かに、アレンがわたしを好きだと言ってくれたのは本心だろう。
わたしを護ろうとしてくれるのも、わたし達の為にイノセンスを取り戻そうとしているのも。

だけど。
その苦悩を、彼はわたしに言ってはくれない。

「アレンは、わたしに『受け入れること』を望みながら…
 ――わたしが伸ばした手は取らない。わたしには護らせてくれない」

わたしはアレンにとって、『護るべき対象』なのだ。
だから、愛情を傾けてくれても信用はしてくれない。

それはきっと、彼の生きてきた境遇がそうさせた、彼なりの愛し方。
その左腕を、アレンは『戦う為』に欲するのとは別に――『愛する為』に、拒絶している。

…かつて愛する者を傷つけた左腕を、彼は無意識に憎んでいる。
だから今も、『わたし』を傷つけることを恐れて、拒絶しているのだ。無意識に。
「傷付かない」と告げたわたしの言葉を、信じてはくれないで。


――そう、いえば。
わたしのイノセンスの《声》が聞こえなくなったのは…アレンが、左腕を失ってからだ。


わたしとわたしのイノセンスのシンクロ率が落ちたのも、アレンのイノセンスが破壊されてから。
その奇妙な符号に、ひとつの可能性が弾き出される。
…でも、そんな。まさか、そんなことって…あり得るのか?




「…もしかしたら、わたしとアレンのイノセンスは――




――連動、してる?






恋と言う名の束縛、愛という名の拒絶。



To be continued?

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