…この期に及んで、わたしはいったい何をしてるんでしょうか。
お腹空いてるし眠いし。
でもうっかり食堂でアレンと鉢合わせるのが嫌だ。
…多分、あの三人が一緒にいる様な気がする。
なら部屋で寝てればいいんだけど、それも何か考え込みそうで嫌だし。
…っていうか、わたしはいったい何をくだらないことで悩んでるんだ。
今頃日本に向かっているはずの、みんなが心配だ。
特にリナリー。きっと泣いてる。優しい子だから、自分を責めてひとりで苦しんでる。
ラビだってそうだ。きっと、ひとりで色々抱え込んでいるに違いない。
――わかっているはずなのに。
ダメだな。わたし、自分のことばっかり考えてる。
「…あーもー…なんだか嫌な感じだー…」
「あーーー、さーーーーん」
背後から掛けられた声に、反射的にビクッと身体を強張らせてしまった。
…いやいや。この反応失礼だから。大人になれ、わたし。
「…ええと…蝋花。どうしたの?」
「はい! さんを探してました!」
「…わたし? アレンじゃなく?」
「あわわ…何言うんですか、もー!」
慌てたように顔の前で手を振って、蝋花は耳まで真っ赤に染めた。
…普通に可愛いよなぁ。男の子はこういう女の子を「守ってあげたい」とか思うんだろう。
「さんの服の採寸です!」
「いや、借りた服で充分だよ…??」
「ダメですよぉ。それ、科学班見習いの制服じゃないですか!」
言われた通り、わたしの今着ている服は科学班見習いの制服で、蝋花のものと同じタイプだ。
わたしの団服はボロボロだったので、適当に貸して貰った。結構可愛いしわたしは全然構わないんだけど。
「…ダメなの?」
「間違われて仕事頼まれたりしたら困りませんか…??」
「あー」
それは確かに、一理ある。
その度にいちいち説明するのも面倒くさい、か…。
「…うん、じゃあ、お願いね」
無理矢理笑顔を作って、わたしは蝋花にそう答えた。
数分後。
わたしは、自分に与えられた部屋で採寸されていた。
なんか高校に入る時のことを思い出すなぁ。全身採寸して、制服一式揃えたっけ。
あれは服の上からだったから、出来上がった制服は少し大きめだった。
「わー…さんってスタイル良いですねー」
「いやいや、そんなお世辞は要りませんヨ」
「お世辞じゃないですよぅ。…あ」
腕の長さを測る際に、蝋花が小さく声を上げて動きを止めた。
どうしたのかと、彼女の視線を辿ると、その先はわたしの腕。
「ん? ああ、腕? 痕消えないんだよねぇ、コレ」
巻き戻しの街で負った、傷だった。
痛みはない。だけどブックマンが言った通りに、傷痕は残ってしまった。
…これ見えると、アレンもリナリーも泣きそうな顔するんだよなぁ。
ラビもいい顔しないし、コムイさんも痛まし気に見るし。神田には怪我の経緯が経緯だから怒られそうだ。
「…あのさ。袖のある服にしてくれる? 見てて気分良いもんでもないし」
「あ、はい。伝えておきます!」
こくこくっ、と蝋花が必死に頷く。
気を遣われてるんだろうか。
こんな平和と言い難い世界でも、女の子の身体に傷痕ってやっぱり異常、なのかな。
「…哀しいですね、戦争って」
採寸を続けながら、ぽつりと蝋花が呟いた。
それに対して、わたしは苦く笑いながら頷く。
「そうだね」
「大人も子供も、女も男も関係なく…傷付くんですよね」
「うん」
「…さんは、それで良いんですか…」
――良いわけあるか。
痛いのは嫌だし、苦しいのだって嫌。
わたしは普通の家に生まれた普通の人間で、この世界は《物語》の中で。
だけどそれでも、ここは今のわたしには《現実》だ。
そしてわたしには――この《世界》を守る《力》がある。
「…だって、誰かがやらなきゃいけないことだから」
もちろん、わたしは《世界》なんてどうでも良い。
ただ、みんなと一緒に居たいだけ。…アレンと一緒に生きていたいだけだ。
誰にも理解されないかもしれない。
でも、それでも良い。わたしは決めた。この《世界》で、生きていくことを。
「で、でもっ…さん、女の子なのに身体に残るような傷を負って…
ウォーカーさんだって、あんなに大怪我をしてて、片腕も…」
「――ねぇ」
自分の声が、酷く固いことに気付く。
…ああ、やっぱり、わたしはガキだ。感情の制御が出来ない。
「それ、アレンに言わないでね。言ったら、わたしあなたのことキライになるよ」
「え…」
言葉を失う蝋花に、視線を向ける。
――ここに来たばかりの頃のわたしなら、きっと彼女と同じ言葉を口にした。
《世界》の為に、子供が犠牲になるのはおかしい、と。
だけど今のわたしにとって、それは何も知らないからこそ言える綺麗事でしかない。
「――わたし達の『悲劇』は、わたし達だけが理解していれば良い」
わたしは我が儘で身勝手だ。
痛いのも苦しいのも嫌いなくせに、それを彼らが望むのなら、その為の力になろうと誓った。
それは、誰にも邪魔させない。その空間は侵させない。
わたし『達』の間にある、きっと他の誰もが理解出来ないソレは――わたし達だけが、知っていれば良い。
「…ごめん、ちょっとひとりにしてくれるかな」
「あ、あの、ごめんなさい、私、気に障るようなこと…」
「いいから!」
彼女は何も悪くない。
オカシイのはわたし『達』だ。
――ああ、わたしは醜いな。こんなの、ただの独占欲だ。
「…ごめんね、少しだけ、ひとりになりたい」
――わたしは、今、ちゃんと微笑えてるだろうか。
+++
――結局、の部屋を探し当てるまでに結構な時間を掛けてしまった。
待たせているフォーには、後で相当文句を言われるだろうけど…うん、仕方ない。
に与えられた部屋に向かっていると、の部屋からとぼとぼと出てくる蝋花さんを見つけた。
「あ。蝋花さん」
「え? あ、え、ウォーカーさん!?」
「そこっての部屋ですよね? 中にいるんですか?」
指でドアを示すと、蝋花さんは小さく頷いた。
「あ、はい。でも、ひとりにして欲しいって…」
「……」
慌てたように付け足された言葉に、思わず目を瞠る。
なるほど、蝋花さんが元気がなかったのはそのせいか。
珍しい。が相手が凹むほど他人を拒絶したのは初めてだ。
「わかりました。ありがとう、蝋花さん」
「え!? ダ、ダメですよウォーカーさん! さん、ひとりにして欲しいって…」
女の子らしい気遣いなんだろう。
狼狽える彼女に、僕は苦笑を返す。
「がそう言うときは、逆に誰かが傍にいてあげないと駄目なんです」
「……」
大抵、その役目は今までリナリーが請け負っていたことだった。
だけど今、リナリーはここにはいない。
だったら、代わりに僕が傍にいなくて、誰がを護るんだ。
「…あの、ウォーカーさん…ひとつだけ、訊いても良いですか?」
「はい?」
不意に、おずおずと蝋花さんが口を開いた。
首を傾げる僕に、彼女は俯きがちに言葉を紡ぐ。
「ウォーカーさんにとって…さんは、仲間ですか?
お友達ですか? それとも…」
――それは、ずっと自問自答を繰り返してきた疑問。
今なら、答えられる。
「――誰よりも、大切な人です」
+++
閉じたばかりのドアが、再び開けられた。
真面目な子だから、わたしの反応を相当気にしているんだろう。
…あれはわたしの、多分単なる八つ当たりで、別に彼女が悪いわけじゃない。
だけど今顔を合わせても結果は同じだ。これ以上酷いことは言いたくない。
「…蝋花? 気を遣う必要ないよ、少しひとりになりたいだけだから」
「――せめて鍵くらい掛けたらどうですか、不用心ですよ」
…蝋花じゃない。
聞き慣れた声に、思わず被っていた毛布をはね除けた。
「…ッ…アレン!?」
「はい。おはようございます」
「おはようじゃないよもう昼だよ! っていうかなんで女の子の部屋に勝手に入って来んの!?」
指を指しながら怒鳴ると、アレンは呆れたようにため息を吐いた。
「…同じ部屋で平気で寝てた人が言う台詞ですか、それ」
「う…い、いや、そうなんだけど…」
…あの時は、アレンは単なる《登場人物》で、ちょっとムカつく年下の男の子だったからだ。
別に嫌いだったわけでもないけど、年下のアレンを男として見ていなかった。
………今同じ部屋で寝ろと言われたら、確実に眠れない自信がある。
「…まぁ、良いです。
、ご飯食べてないですよね。食堂行きましょう」
「い、いや、良い…お腹空いてない…」
「ダイエットですか? 食事制限は体に良くないですよ」
「誰がだッ!! 女の子に向かってダイエットとか言うなよ!!」
思わず怒鳴り返すと、いつの間に傍に寄って来ていたのか、アレンが寝台の縁に両手を着いた。
…顔が近い。わたしは反射的に目を逸らす。
思わず後ろに身を引いたけれど、すぐに壁に背中がぶつかった。
「…アレン、顔が近いんですけど」
「逃げなくても良いでしょう」
「…や、だって、こんなに近かったら逃げるだろ、普通…」
「が逃げないなら、離れますけどね」
…うわー、なんだこいつ偉そうー…。
「…一度経験があれば、避けられてることくらいすぐ気付きます」
「う…いや、別に避けては…」
「避けてないなら僕を見て、」
無理言うな、顔が近過ぎる。
壁に背を張り付かせながら、わたしは必死に視線を彷徨わせた。
…逃げ場がない。大ピンチです。
ああ、こういうこと前にもあったなぁ!
「…」
「は、ぃ…?」
意を決して視線を上げると、物凄く近くにアレンの顔があった。
思わず息を止めたわたしの唇に、アレンが自分の唇を重ねてきた。
それは触れ合うだけの行為で、あの時のような強引さも理不尽さもない。
…逆に、恥ずかしさに目の前が真っ赤に染まるような錯覚を覚えた。
「…ッ…なんでいきなりこういうことすんの!?」
「わからないんですか!?」
「わかるわけないだろ、ちゃんと言えよ!!」
怒鳴り返すと、一瞬、アレンはギリ…ッと強く唇を噛んだ。
挑むような視線に、思わずわたしは息を呑む。
「好きだからに決まってるでしょう!? それ以外に何がある!?」
「は…」
…いま、なんと仰いましたか、この人。
「が好きだから! だからキスしたいし、触れていたいんですよ…ッ」
「………」
ゆっくりと、わたしは目を瞬かせた。
一瞬、からかわれているのかと思う。
だけどアレンの表情は真剣だし、顔も赤い。
「あ」
「?」
「あははははは」
「なんで笑うんですかそこで!?」
思わず笑ったわたしに、アレンが反応に困っていた。
でも、わたしだって反応に困ってるんだから、お互い様だと思う。
「だ、だって…笑ってないと、なんか…ッ」
ああ、ダメだ。耐えられない。
意志に関係なく、ぼろぼろと涙が零れてきた。
瞬間、ぎょっと目を瞠って、アレンが窺うようにわたしを見る。
「な、なんで泣くんですか…?」
「わ、わかんない…ッ」
うわ、なんだこれ。止まらない。
なんで自分が泣いてるのかわからない。
「あ、あれ…なにこれ…」
止まらない涙に戸惑うわたしを、アレンが抱き締めた。
まともに力の入らない右腕で、それでも精一杯の力を込めて。
「…抱き締める腕がないのって、悔しいな。奇怪な腕でも」
わたしの肩に頭を預けるようにしながら、不意にアレンがそんなことを呟いた。
微かに震える声に込められたのは、自嘲的な響き。
「を傷つけるかもしれないあの左腕でも、今は無いことが悔しい」
「わたしは、傷付かないよ」
反射的に、わたしは返事を返した。
一瞬、アレンは言葉を失う。
「…僕の左腕は、武器ですよ」
「違う。アレンはアレンだ。武器なんかじゃない。だから、」
スッと腕を持ち上げて、アレンの左側の肩に触れる。
アレンの身体と、左腕を繋ぐその肩の部分。そこに触れると、アレンは身を固くした。
いつもそうだ。左腕に触れると、いつもこんな反応をする。わたしは少しだけ、それが哀しかった。
「――アレンは、わたしを傷つけたりしないよ」
そっと腕を背に回して、白い髪を撫でる。
力の入っていた肩から、少し力が抜けたような気配がした。
こういうところはやっぱり子供なんだよなぁ、と思っていたら、不意に耳元でアレンが呟いた。
低い声で。
「…で、なんで僕を避けてたんですか」
「………」
「。…一応言いますけど、僕、結構傷付いたんですけど?」
「…ご、ごめ」
「謝らなくて良いですから、理由を言ってください」
重ねて言われて、わたしは思わず唇を噛んだ。
ダメだ。この調子だと、喋るまで解放してくれそうにない。
「…だ、だって」
「だって?」
「……蝋花達と仲良くしてて、わたしが入る余地が無かったからッ」
「は?」
…絶対、呆れられる。だって自分でも馬鹿だと思う。
幼稚な独占欲とやきもちだ。情けない。
「…だって面白くなかったんだから仕方ないじゃないッ!!」
「………って本当に馬鹿ですね」
「なにおぅ!?」
ため息と共に言われて、思わず顔を上げた。
目が合った瞬間、アレンはどこか大人びた表情で微笑う。
「君が望むなら、僕は君以外の周りのすべてを拒絶しても良いですよ」
「そ、そこまで言ってないよ?!」
何言っちゃってんですかこの子は!
いくらなんでも、そこまで言うわけないだろ!
「そのくらい束縛しても良いのに。その方が僕は嬉しいから」
「~~~ッ! 手のひら返したように優しくなるなこのタラシーーーーッ!!」
「あはは、今のの暴言なら全部笑って許せそうです」
「なにそれわけわかんなぁーーーいッ!!」
なんでそんな、憑き物が落ちたように急に優しいこと言うわけ!?
しかもなんでそんな嬉しそうなの!? こっちは混乱してきて思考回路がぐちゃぐちゃだよ!!
まともに言葉も出てこないわたしは、何度も唇を空回りさせてから、面倒くさくなって口を噤んだ。
――だって、
…嬉しいのは、わたしだって同じなんだから。
+++
苛立った足取りで、フォーは支部の廊下を歩いていた。
なかなか来ないアレンに痺れを切らして、フォー自らが探しに出てきたのだ。
どこを探しても見当たらないし、部屋にもいない。
迷子になっている可能性もあったが、見当たらないならここかもしれない。
そう思ってフォーがやってきたのは、の部屋だった。
「おい、! ウォーカー知らねぇ…か…」
思わず、フォーは硬直した。
不用心に鍵も掛けていないから、起きているものとばかり思っていたが。
「フォー、ウォーカーくんは見つかっ…」
続いて部屋を覗き込んだウォンも、フォー同様に硬直する。
――部屋にひとつしかない寝台の上で、とアレンが寄り添って一緒に寝ていたからだ。
「「……」」
思わず、ふたりは顔を見合わせた。
とりあえずこの状況は、俗に言う「見てはいけないもの」なのではあるまいか。
「…ウォン。これは見なかったフリをするべきだよな」
「…でしょうな。バク様には私から上手く言っておきますので…」
「おい、の部屋の前で何をしているんだ?」
突然第三者に声を掛けられたふたりは、ビクッと肩を揺らした。
振り向くと、訝しげにふたりを見ているバクの姿がある。
「げッ、バク!?」
「バ、バ、バク様!?」
「なんだその反応は。そういえばウォーカーは見つかったのか?」
問われて、フォーは咄嗟に部屋の扉を後ろ手で閉めた。
この光景を見られたら、アレンはともかく女であるの立場がない。
「いっ…いやいや!? ここにはいねぇぞ!?」
「そそそうです、居ませんぞ!」
「…挙動不審だぞ、ふたりとも…の部屋に一体何を隠してるんだ」
そのままふたりを押し退け、バクはドアノブに手を掛ける。
鍵など掛かっちゃいないその部屋は、あっさり訪問者を受け入れた。
「「わー! ちょっと待っ…」」
止めるふたりの悲鳴も虚しく、ドアが開け放たれる。
中の光景を見て、バクは硬直した。
「………………」
あーあ、と。
嘆息を吐いて、フォーとウォンは一歩下がる。
そして、同時に己の両耳を塞いだ。
「~~~ッ!! ウォーカー! !! 何をしてるんだキミ達はッ!!」
支部中に響き渡るのではないかと思うほどの怒声が、響き渡った。
.
.
.
叩き起こされたわたし達は、ふたり並んで正座させられていた。
その前で、バクさんがくどくどと何度も何度も…何度も何度も!
同じ説教を繰り返している。
…蕁麻疹出しながら。
「…いいか、支部の風紀を乱すような軽率な行動はだな…」
「だから何もしてないって言ってるじゃないですか!!」
「いや、そもそもはともかくウォーカーはまだ15歳で」
「わたしはともかくってなんですかちょっと! わたしまだ19ですけど!?」
「むしろ嫁入り前の女子が」
「だからなんもしてないって言ってるでしょうがーーーっ!?」
もう全然話聞いてないんですけどこの人!?
頼みの綱のウォンさんはオロオロしてるだけで何もしてくれないし、
フォーは面倒だから関わりたくないという姿勢を崩さない。
アレンはアレンで、もう否定するのも面倒になったのかバクさんの話聞いてないし。
「で? 実際どうなんだよ、ウォーカー」
「何もしてませんよ。この腕じゃ何も出来ませんし」
フォーの耳打ちに、アレンは平然と答えた。
…それは左腕が健在だったら何かしたってことですか?
「じゃあますます気合い入れて左腕取り戻さねぇとなァ?」
「そうですねぇ」
「そんな不純な動機で良いのかキミは!!!」
呑気なアレンとフォーの言動に、ビシッとバクさんは指を突きつけて怒鳴る。
そんな彼に、アレンは逆ににっこりと微笑んで、さらりと言い放った。
「写真相手で満足してるバクさんとは違って、僕は俗物ですから」
…バクさんが更に蕁麻疹を出してぶっ倒れたのは、言うまでもない。
君は世界で唯一、誰よりも大切なひと。
To be continued?
気に入っていただけたら、ぽちっと押してあげてください。コメントは入れなくてもOKです。